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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第18章 黄金色の聖槍
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依頼2 ~ヴィランチーム首領ヘルバッハ討伐

「わざわざ呼び出してすまない」

「いいってことよ」

 執務室のローテーブルを挟んだソファに座ってフィクサーは告げる。

 対面に座っているのは舞奈を含めて4人、2組の仕事人(トラブルシューター)

 舞奈と明日香の【掃除屋】。

 楓と紅葉の【メメント・モリ】。


 皆が改まった表情こそしているものの、緊張はしていない。

 後の展開を知っているからだ。

 4人がここに集められた理由も実は形式的なものに近い。

 いわば儀式だ。

 犠牲と困難を乗り越え、前へ進むための。だから……


「……【掃除屋】【メメント・モリ】にヘルバッハ討伐作戦への協力を依頼する」

「言われるまでもないぜ」

「喜んで」

「もちろん、お請けしますとも」

「異存はないよ」

 4人は異口同音に即答する。


 執行人(エージェント)へのそれが辞令の形をとるのと異なり、仕事人(トラブルシューター)への危険度の高い作戦への参加要請は高額の報酬を約束された依頼という形をとる。

 仕事人(トラブルシューター)が【機関】の恩恵を受けながらも独立した、いわば請負人だからだ。

 にもかかわらず、舞奈たちが今回の作戦に参加することは決定事項だった。


 何故なら舞奈と明日香はヘルバッハが引き起こした一連の事件で仲間を失った。

 トルソ、バーン、スプラ、切丸、そしてピアース。

 2人が彼らと出会えたのは奴のおかげなのも事実ではある。

 だが彼らが命を落とした理由も奴が企む野望のせいだ。

 だから、あの作戦で生き残った舞奈と明日香に奴を捨て置く理由はない。


 対して楓と紅葉は、一連の事件で何かを失った訳ではない。

 だが脂虫が関わる作戦に、彼女らが関わらないなどあり得ない。

 何故なら2人は【メメント・モリ】。

 かつて脂虫に最愛の弟を奪われた、永遠の復讐者なのだから。


 そんな少女たちの強い意思をフィクサーも理解していた。

 だからと言う訳でもないが、


「こちらからの用件は以上だが……特に舞奈君は新開発区からわざわざ御足労願ったのだ。せっかくだから久しぶりに食事でもどうかね?」

「いいね!」

 フィクサーの一言に舞奈はたちまち相好を崩す。


 もとより【掃除屋】への依頼の際には食事を振る舞うのが通例だった。

 育ち盛りの小学生に、腹一杯になって気持ちよく依頼を引き受けてもらうためだ。

 だが前回、渦川支部奪還作戦への参加要請は特に飯もなく依頼された。

 作戦があまりに特殊、未知数かつ生存率が低いと予想されたため、飯で釣らずに作戦内容を吟味して参加の是非を決めて欲しかったからだ。

 だが今回はそういう配慮は必要ない。

 何故なら前回の状況と異なり、今回はWウィルスへの対抗策がある。

 舞奈が文字通り命がけで見つけ出した対抗ウィルスだ。

 今回の作戦は各勢力が協力し、万全の態勢で挑むことができる。だから――


「――お、揃ってるじゃないか」

 立て付けの悪いドアを開け、でっぷり太った食堂のばあさんがあらわれた。


「食堂のメニューに加える予定の新メニュー、試食してくれるかい?」

「よっ! 待ってました!」

 言って不敵に笑うばあさんに、舞奈は満面の笑みを向ける。


 その後の支度は迅速だった。

 流石は食べ盛りの未成年執行人(エージェント)を擁する【機関】の食堂を統べるばあさんだ。


 そして場所を移した食堂の一角。

 飯時から少しずれたせいで人気のないホールの片隅のテーブル席を囲んで、


「ほう。どんぶりですか」

「食べごたえのありそうな大きな器だね」

 4人の前に並んだ蓋つきの丼を、楓と紅葉が珍しそうに見やる。

 ブルジョワな彼女らは丼物なんてあまり食べないのだろう。


 そしてばあさんが各々の丼の蓋を取り、湯気を上げる吸い物の側に置いた途端、


「サーモン丼ですか」

「わかるかい。流石は明日香ちゃん」

 明日香が早速、知識を披露する。


 側で舞奈は丼から香る、甘辛いタレの匂いを堪能する。

 大ぶりな丼には大胆にカットされたサーモンがところ狭しと敷き詰められている。

 ひと目でやわらかいと察せられる食欲をそそる切り身が濃い紅色をしているのは、醤油ベースのタレに漬け込んであるからだろう。

 見た目以上に手間暇かけた一品に、皆の口元も自然にゆるむ。

 丼に彩を添えるようにサーモンの合間に散りばめられた……


「……この緑いのはアボガドって奴だっけ?」

「アボ『カ』ドね」

「へいへい」

 明日香のツッコミに苦笑しつつ、


「それでは、いただきましょうか」

「ああ、そうだね」

 上品な言葉遣いとは裏腹に待ちきれぬ様子の桂木姉妹の言葉に従い、舞奈たちも丼に箸をつける。


 まずはサーモンをつまんで、ひと口。

 途端に舞奈は笑顔になる。

 脂ののったサーモンの例えようもないやわらかさ、醤油ベースの甘辛いタレの旨味が舌の上で踊る。

 ほんのりタレに混じったごま油の風味が、味わいに深みを加える。


 しっとりとタレにまみれたサーモンを、お次は顔を覗かせた白米と一緒にいただく。

 とろりと舌の上でとろける切り身の食感と、ほんのりあたたかな米粒のやさしい舌触りが、甘辛いタレの風味と混ざりあって口の中でアンサンブルを奏でる。


「中々に上品な味わいですね」

「こう言った食べ方はあまりしたことないけど、いいね。食べ過ぎてしまいそうだ」

 桂木姉妹がレンゲを片手に丼を称える。

 ブルジョワどもも気に入ってくれたようで何より。


「ははっ、あんたたちも丼の持ち方が堂に入ってるじゃないか」

「舞奈ちゃんのを真似してるだけだよ」

「ん?」

 破顔するばあさんと紅葉に見つめられ、舞奈は首をかしげる。


 舞奈が左手でしっかり丼の底を持って食べているのは、ただ落とすのが嫌だからだ。

 特に何処かで教わった作法とかではない。

 丼も、銃も、女の子も、必死でつかんだ平穏も、しっかりつかんでいなければ、たちどころに落ちてなくなってしまうと舞奈は知っている。


 そんな皆の側で、明日香は無駄口を叩かず完璧な作法で丼を堪能している。

 とろけるようなサーモンに大満足なのは表情でわかる。

 舞奈もそれに倣って丼に箸を戻す。


 丁度いい案配で混ぜこまれたアボカドもサーモンと同じくらいやわらかい。

 それでいて爽やかな食べごたえが、濃厚なサーモンの味わいとコントラストを織り成して食欲を加速させる。


 そのように丼を味わい尽くした舞奈は、次いで吸い物にとりかかる。

 程よくあたたかい薄味の出汁つゆが、甘辛いタレに慣れた舌をやさしく包みこむ。

 つまは三つ葉。

 実は豆腐。

 やわらかく煮こんだ鮭の切り身が風味と思わぬ食べごたえを加える。

 サーモンと鮭の食べ比べだ。


 そのように皆が料理を平らげ、舞奈はおかわりして用意されたおひつを空にした後、


「結構なお手前でした」

「ああ! 最高だぜ」

 明日香も舞奈も心の底から満足した笑顔で箸を置く。

 桂木姉妹もうっとりとした表情でうなずく。


 そのように食事を堪能した皆は解散し、食堂には新たなメニューが追加された。


 と、そんなことがあった翌日……


「……こいつはまた、錚々たる面子が揃ったもんだぜ」

「当然でしょ。ヴィランチームの首領を討伐するための合同部隊なんだから」

 打ち放しコンクリートが物々しい会議室の一角で、パイプ椅子に腰かけて周囲を見渡しながら舞奈と明日香は並んで笑う。


 巣黒(すぐろ)支部ビルの2階に位置する、数十人単位で会議が可能な大部屋。

 今やそこに、各勢力の術者や異能力者がひしめいているのだ。


 舞奈たちが見やる先にはスカイフォールの王女ルーシアとレナ。

 彼女らのメイドのマーサ。

 ずらりと並んだ騎士団の皆。イワンにジェイク、ゴードンもいる。


 側にはディフェンダーズのミスター・イアソンことスーツ姿のアーガス氏。

 シャドウ・ザ・シャークこと婦警コスのKAGE。

 ドクター・プリヤことイリア。

 タイタニアとスマッシュポーキーもいる。

 長躯のタイタニアが着こんでいるのは常識的なワンピース。

 勇敢で屈強な戦士も、そうしていると物静かな淑女に見えるのが不思議だ。

 対してスマッシュポーキーの中の人は、小太りで快活なヒスパニックの少女だ。

 メキシコ風のラフな格好が、ラップ歌ってそうな陽気なイメージに拍車をかける。

 なので面子の中ではイリアのペストマスクだけが悪目立ちしていた。


 KAGEの隣には公安のフランシーヌ草薙と猫島朱音。

 クールなコートと金髪の行者スタイルが、雑多な集いに緊張感を添えている。

 彼女らは張が垢すりが得意なことを教えるためだけに巣黒に来た訳じゃない。

 ヴィランと雌雄を決するための、心強い援軍だ。


 さらに隣には【機関】巣黒支部が誇る執行人(エージェント)の小夜子、サチ。

 えり子と奈良坂、ハットリに中川ソォナム。

 今回は人の間に隠れるようにちょこんと座っているSランク椰子実つばめ。

 諜報部の異能力者たち。

 仕事人(トラブルシューター)の楓と紅葉。


 明日香の実家【安倍総合警備保障】からはベティとクレア。

 学校が休校になったので、警備員の彼女らも心置きなく作戦に参加できる。


 そして魔術結社からは【協会(S∴O∴M∴S∴)】の萩山。


 さらに隣で陽子と夜空がじゃれあっている。

 相変わらずマイペースな奴らだ。

 だが公安と、ウィアードテールの中の人が仲良く腰掛けている姿は貴重ではある。


 これほどまでの面々が集まるのはKASC攻略戦以来か。

 そんな錚々たるメンバーを前に、


「先日のヴィランチームの首領ヘルバッハからの犯行予告、Wウイルスの結界による地域の封鎖およびスカイフォール王族への襲撃については聞き及んでいると思う」

 臆することなくフィクサーは語る。

 対して一同は各々のスタイルで同意の意を示す。


 ヘルバッハが姿をあらわした日曜からずっと、巣黒の空は暗闇に覆われている。

 学校も休校になっている。

 禍川支部や、おそらく北海道のアサ卑川支部と同じ状況だ。


 だが今回は、ヴァーチャルギアの結界がWウィルスによる被害を抑えている。

 だからウィルスによる死傷者は出ていない。

 外部との行き来も連絡も特に制限されていない。

 今回は奴らに反撃するための力がある。


「ヘルバッハは一連の事件の首謀者である公算が高い」

 続く言葉にも一同はうなずく。

 舞奈も同じだ。


「そして失踪していたスカイフォールのバッハ王子でもある」

 そのひと言に一同はざわめき……


「……君たちは、それで納得しているのかい?」

 思わず、と言った様子で紅葉が問う。

 対してルーシアは「はい」と即答しながら凛とした表情で立ち上がり、


「今のわたくしたちが信じ、共に戦うべきは血が繋がっただけの兄ではありません。わたしたちと同じものを守るために集ってくださった皆様方です」

 そして同じものを奪われた。

 言外にそう匂わせたルーシア王女の言葉に、集った皆も力強くうなずく。


 スカイフォールの若き王女は短いスピーチで皆の心を奮い立たせてみせた。

 怪異どもの卑劣なやりかたに抗うように。

 だから紅葉も、皆も、納得したようにうなずく。

 レナは誇るように姉を見つめる。

 もはやルーシアは思い悩む少女ではない。皆を導くスカイフォールの王女だ。


「我が諜報部、およびスカイフォールのレナ王女による占術の結果を検分した結果、ヘルバッハの目的は何らかの儀式の完遂であるとの結論に達した」

 続くフィクサーの言葉に、


「(レナちゃんの占術だってさ)」

「(うるさいわね)」

 横目で笑う舞奈を明日香が睨み、


「異世界への扉を開く……という例の儀式ですか」

「その通りなのだ」

 マーサの言葉にニュットがうなずく。


 今回、ヘルバッハには新開発区でやるべきことがあるらしい。

 それが何なのかは結局わからず仕舞いだった。

 だが奴が逃げ出す公算が低いのは確かだ。

 舞奈たちが首尾よく事を運べば、今度こそ一連の事件は完全に終わる。


「ヘルバッハが儀式を行う場所は新開発区。詳細と推定日時は配布した資料の通りだ」

「また例の場所……って訳か」

 手元の資料を見やりながら舞奈は口元を歪める。


 それは新開発区の中心部。

 以前にクイーン・ネメシスが要塞を造った場所。

 もっと以前にマンティコアが出現した場所だ。

 淀んだ魔力の濃度が高く、イリーガルな儀式や拠点に利用されやすい場所。

 おそらく、その行為によりまた魔力が蓄積するのだろう。

 どちらにせよ、舞奈たちがすべきことは変わらない。


「よって我々はヘルバッハが儀式を開始した直後に新開発区に侵入、迎撃にあらわれると思われるヴィランを排除、儀式が完遂する前にヘルバッハを討伐する」

 フィクサーの宣言に、居並ぶ猛者たちはサメのような笑みで答える。

 ここにいる者のうち何人かは、奴が引き起こした一連の事件で大事なものを失った。


「ヘルバッハとやらが儀式に取りかかる前に、全員で強襲できないのですか?」

「ヘルバッハおよび配下のヴィランの潜伏場所は依然として不明なのだ。それに奴は長距離転移の魔術【智慧の大門マス・アーケインゲート】の達人なのだよ。中断不可能かつ奴にとって重要なはずの儀式の最中に仕掛けたいのだ」

 剣呑な声色で問う小夜子に、ニュットが自信ありげな糸目のまま答える。

 猜疑心の強い小夜子は不安な様子を隠さぬまま、それでも矛を収める。


「重要なはず……ということは、何の儀式かはわからないということですか?」

「うむ。【組合(C∴S∴C∴)】【協会(S∴O∴M∴S∴)】およびスカイフォール宮廷術師団の識者いずれも知らず、文献にもない儀式なのだ」

 続く楓の問いに、少しばかりバツが悪そうに答え――


「――さっきマーサさんが言った、異世界への扉ってのは?」

「配下のヴィランや奴自身がそう言ったらしいのだ。だが手掛かりにはならない謎の言葉なのだよ。むしろ心当たりがあったら教えて欲しいのだ」

 紅葉の問いに首をかしげたのも、この場にいるほぼ全員。


「あの野郎、異世界から猛者を呼び寄せて強者だけの世界を創るとも言ったぜ」

「それは軽視できない言葉だな」

「魔獣か何かを召喚、ないし呼び寄せるつもりでしょうか?」

 舞奈の補足にアーガス氏は口元を引き締め、KAGEはむむっと考えこむ。

 だが心当たりはないようだ。


 異世界へと繋がる扉を開くことがヘルバッハの目的だとスピナーヘッドが言った。

 ヘルバッハ本人は、そこから異世界の猛者を呼び出して世界を変えると言った。

 白い宇宙に輝く黒き星、とも。


 だが、その意味はニュットのコネでもわからなかった。

 そして皆の今しがたの反応。

 つまり【組合(C∴S∴C∴)】【協会(S∴O∴M∴S∴)】、スカイフォール宮廷術師団だけではない、この場に集まったヒーローたちや識者すら知らぬ謎の言葉ということだ。

 何かの召喚の儀式のような雰囲気もするが、そうだと言い切れる確証もない。

 これから阻止せんとする儀式の内容すらわからぬ異常な事態。だが――


「――まあ、完遂する前に首謀者を排除するなら何の儀式でも同じでしょう。余裕があれば本人なり配下に『尋ねて』みれば良いかと」

 疑問を呈した本人が、何ら気にする様子もなくほくそ笑む。


 総じて知識欲の強い魔術師(ウィザード)として異端的な発言。

 だがWウィルスは脂虫――滅ぼすべき人類の仇敵たる喫煙者を強化する。

 そして先日の戦闘で、舞奈は奴がWウィルスで強化された脂虫だと確認した。

 元脂虫連続殺害犯に相応しい剣呑な口調に、皆は気を引き締めて納得する。


「そして大まかな作戦の流れだが、攻撃部隊は複数のチームに別れて各々が異なるルートで新開発区の中心部に向かい進軍。ヴィラン及びヘルバッハを排除する」

「チーム分けと進行ルートは資料を見て欲しいのだ」

 続く言葉とニュットの補足に、一同は手元の資料を見やる。

 何人かは舞奈をちらりと盗み見る。


 資料には記されていないが、ヘルバッハと対決すべきは舞奈がいるチームだ。

 会議室に集ったヒーローや術者のうち、少なくとも大半がそう思っている。

 それは参加者全員が作戦を理解し忠実に実行するという集団戦の理念とは真逆な考え方ではあるのだろう。

 だが舞奈には定石を覆す何かがあると、誰もが感じていたのも事実だ。

 一連の事件に終止符を打てるのは彼女を置いて他にはないと。

 それが、志門舞奈が魔法を使わぬSランクたる所以である。


「全員で一斉に向かったらダメなんですか?」

「うむ、良い質問なのだ。だが幸い数では圧倒的に我々が有利なのだよ」

 はいはいーと呑気なノリで問いかける奈良坂に、ニュットが自信満々に答える。

 それでも首をかしげる奈良坂に、


「つまり、こういうことですね。敵ヴィランを分散させて各個撃破する、と」

 KAGEがニヤリと笑いながら答える。


「敵は少数、こちらは多数。我々が複数のチームに別れて強襲すれば、敵はそれぞれのチームを少数ないしひとりで迎撃せざるを得なくなります。我々はチームごとに多数でひとりを倒せば用を果たせます」

「なるほど~。さすがおまわりさんは頭がいいですねぇ」

 解説にニコニコと納得する奈良坂。

 婦警のコスプレをしてるからおまわりさんと呼んだのか、本気でおまわりさんだと信じているのか。いやまあ、公安の刑事でもあるのは事実なのだが……。


「……結構えげつないこと考えるのね」

「それが戦術というものなのだよ」

 陽子の言葉に、ニュットが何食わぬ表情で答える。

 その言葉に楓が、KAGEが口元をサメのように歪めて笑い、


「イイ性格してるじゃない」

「お褒め頂いて光栄なのだよ」

 陽子もまんざらでもなさそうな表情で笑う。

 何と言うか……アレな面子の間に組織を越えた連帯感が生まれつつあった。


「なお諜報部からの報告によると、ここ数日で巣黒(すぐろ)市近辺の脂虫が何者かに相次いで拉致されているらしい」

「奴さんが戦力を集めてるって訳か」

「その可能性が高いだろう。交戦の際には敵増援に注意して欲しい」

 フィクサーの言葉に舞奈は笑う。

 楓も、そして小夜子も口元に剣呑な笑みを浮かべる。


 以前にクラフターがしたのと同じ、現地での戦力調達。

 今回はデスリーパーだろう。

 だが、その程度の事で今さら誰も驚いたりはしない。

 脂虫の大群が敵に回ることなんて珍しくもない。

 楓や小夜子の楽しみが増えるだけだ。


「加えて現在の新開発区中心部は高密度のWウィルスに汚染されている。そのためスカイフォールの王女が持つウィルスに対する完全免疫を付与すべく、作戦前日にスカイフォール大使館にて執り行われる儀式に参加するよう通達する」

「儀式だと?」

 フィクサーの言葉に舞奈は首をかしげる。

 だが儀式についてそれ以上の説明はないまま、ミーティングは終了した。


 その後、舞奈はスミスの店を訪れた。

 ネオンの『ケ』の字が消えかけた『画廊・ケリー』の看板の下で、


「しもんだ!」

「ようリコ。良い子にしてたか?」

 バードテールの幼女が飛んでくる。


「リコはいいこにしてたけど、そらがひるまにならないんだ」

 リコは口をとがらせながら、どす黒い空を見上げる。

 遊びに行けないのが嫌なのだろう。

 黒い空の下は薄暗く、夕闇と同じくらい危険だから外遊びを控えさせるスミスの判断は理に適っていると舞奈も思う。


 ヘルバッハがWウィルスを散布した巣黒(すぐろ)市の空は、日曜からずっと不気味な黒雲に覆われたままだ。

 バーチャルギアはウィルスによる健康被害から人々を守ってくれる。

 けどWウィルスそのものを祓ったりはできない。

 それができるのは舞奈たちだけだ。

 ディフェンダーズや【機関】【組合(C∴S∴C∴)】【協会(S∴O∴M∴S∴)】、スカイフォール王国の面々と力を合わせ、ヘルバッハを倒すのだ。

 そうすれば人々の心と体を蝕む黒い空は消える。おそらく永久に。だから、


「……ま、そのうち晴れるさ。明けない夜はないって言うだろ?」

 舞奈は何食わぬ口調で答える。

 自身の決意を、確かなものにしようとするように。


「まーしもんがいうなら、そうなんだろうな」

「ははっ難しい言い回しを覚えやがって」

 子供なりに納得しようとするリコに笑みを返した途端、


「あら志門ちゃん。いらっしゃい」

 ハゲマッチョのスミスも奥からあらわれる。

 ガタイ相応に太くて筋肉質な丸太のような腕の先の、ゴツくて大きな手の指につままれた何かを、なよっとした仕草で舞奈に差し出し、


「例のもの、こんな感じでいいかしら?」

「さんきゅ」

 舞奈はスミスから1発の特殊弾を受け取る。

 真鍮色に輝く、ピンクのマーキングが施された実包を目の前にかざし、


「さっすがスミス。完璧だ」

 ニヤリと笑う。


 弾頭に3人のプリンセスの垢――預言曰く血肉の成れ果てを仕込んだ特殊弾。

 対抗ウィルスの効果を凝縮したこの弾丸なら、Wウィルスで強化されたヘルバッハにダメージを与えることができる。


大口径弾(45ACP)が20発に、残りはライフル弾にしようと思うんだけど」

「わかってるじゃないか」

「長物は何にするの?」

「今回は改造ライフル(マイクロガラッツ)で行く」

 新たなオーダーを伝え、舞奈はニヤリと笑う。


 前回の禍川支部奪還作戦では短機関銃(マイクロガリル)を使った舞奈。

 先の見えない作戦で、少しでも多くの弾薬を持っていきたかったためだ。


 だが今回は、そんな気遣いは必要ない。

 今回の作戦は、多くの仲間と轡を並べた総攻撃だ。

 狙撃銃(ガラッツ)と同じ大口径(7.62ミリ)アサルトライフル(ガリル・エース53)銃身(バレル)短機関銃(マイクロガリル)並に切り詰めて無理やりな接近戦用にカスタムした改造ライフル(マイクロガラッツ)を、使い控える理由もない。

 必殺の大口径ライフル弾(7.62×51ミリ弾)を至近距離から喰らわせて、今度こそ奴を倒す。

 ヴィランとWウィルスに関わる一連の事件のすべてにカタをつけるために。だから、


「了解よ。明日までに残りの特殊弾も用意しておくわ」

「頼んだぜ!」

 力強いスミスの言葉に、改めて笑みを返した。


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