暗闇に閉ざされた街で
暗躍していたヴィランたちが遂に宣戦布告。
舞奈は敵の首領ヘルバッハと交戦、完全版のWウィルスに感染した。
だが、それがきっかけで逆にプリンセスの犠牲なしでWウィルスに抗う術を得た。
プリンセスの身体に宿る対抗ウイルスだ。
イリアのアイデアで弾頭に対抗ウイルスを仕込もうと思い立ち、公安のフランシーヌのアドバイスを受けて張にプリンセスたちの垢擦りをしてもらった。
そして舞奈はプリンセスの垢がつまった袋を持ってスミスの店を訪れた。
ネオンが消えかけた『画廊・ケリー』の看板の下をくぐる間もなく、
「しもん! ぶじだったか!?」
「志門ちゃん、よかったわ」
「当然だぜ。そっちも大事ないみたいで何よりだ」
リコとスミスが飛んできた。
元気なバードテールと岩のようなハゲマッチョを見やって舞奈も破顔する。
ひと足先に帰宅したリコは、公園での一件をスミスに話したのだろう。
そして2人とも舞奈の身を案じてくれていた。
「そういやあスミス。本当に何もなかったか?」
「ええ、こっちは別に何ともないわよ?」
舞奈はふと問いかける。
あまりの剣幕にスミスはちょっと訝しむ。
だが舞奈がちらりと見上げた空は今も漆黒に染まっている。
Wウイルスは街全域に散布されたはずだ。
「本当の本当に何ともなかったのか?」
「まあ、ちょっと立ちくらみがしたけど……本当にそれだけよ」
「立ちくらみがしたのか……」
訝しげなスミスの答えにふむとうなずく。
件の四国や北海道の一角と異なり、巣黒市にはヴァーチャルギアの結界がある。
本人に耐性はなくともWウイルスの被害を食い止めることができる。
一瞬だけ不調を自覚し、だが次の瞬間に完治する。
それが耐性のない一般的な人の症状らしい。
公園にいた他の人々もそうだったし、スミスも同じなようだ。
「志門ちゃんってば心配性なんだから。今はもう何ともないし、心配いらないわよ」
「それもそうだな。変なこと聞いてスマン」
言い募るスミスに、舞奈は別の意味で安堵の笑みを返す。
よくよく考えれば、スミスは『Studio Abyss』でいつでもプリンセスになれるのだ。
他所のプリンセスの下着を嗅ぐ必要はない。
だが舞奈がここを訪れたのは、2人を安心させるためだけじゃない。
スミスが通販でパンツ買ったか否かを確かめるためでもない。
この街を暗闇で覆い、リコにつまらん魔法をかけたヘルバッハに、今度こそ引導を渡すための秘策を用意してもらうためだ。だから、
「それよりスミス、頼みがある」
舞奈はスミスに笑いかける。
普段の仕事の前に、銃の手入れを頼む時と同じように。
対してスミスも熟練の職人の表情で笑う。
「弾頭にこいつを入れた弾丸を作って欲しい」
言って張から預かった小袋を差し出す。
「いいけど……何なの? これ」
「いや、話すと長くなるんだが……」
舞奈は一連の事件の黒幕であるヘルバッハの秘密を語る。
怪異が開発したWウイルスを用い、奴が四国と北海道の一角を滅ぼしたこと。
人を害し怪異を強化するWウイルスのこと。
ウイルスによって奴自身もパワーアップしていること。
現に蜂の巣になっても普通に動いて逃げたこと。
この3つの小袋に入っている3人のプリンセスの垢、そこに含まれる対抗ウイルスによってWウイルスの効果を無にできること。
「そういう事情なら心得たわ。これを最高の特殊弾にしてみせるわ」
「よろしく頼むぜ」
カイゼル髭を揺らせて笑うスミスに、舞奈も不適な笑みで答えた。
……そんなことがあった翌日の月曜日。
舞奈は普段通りの登校時間にアパートを出る。
「じーさん! 学校行ってくる!」
「おう! 今日は早いじゃねぇか!」
「いつもと同じ時間だよ!」
「そうか! 気をつけて行ってこい!」
「わかってるって!」
新開発区の人里寄りに位置するアパートの前で、管理人室に向かって叫ぶ。
素で同じボリュームの管理人と軽口を交わして歩き出し……少し笑う。
空はいつか見た四国の一角の結界の中と同じように暗い。
だが情報封鎖はされていないし、市外と行き来もできるのは救いだ。
これもバーチャルギアの結界のおかげだ。
なので普段通りに灰色な統零町を歩き、道行く人々が訝しげに空を見上げる商店街を通り抜け、特に何事もなく学校にたどり着いた。
「いやー昨日は災難だったっすね」
「ご無事で何よりです」
「災難つうかな……まあ、そっちが何事もなくてよかったよ」
校門前の警備室でベティとクレアと雑談し、
「ちーっす」
初等部の一角にある人もまばらな教室に入る。
早朝から教室の隅に固まった男子どもは噂話の真っ最中だ。
優れた聴覚を誇る舞奈の耳に入ってきた会話は、昨日から黒雲に覆われた空のこと。
ここら一帯のヴァーチャルギアがエラーで使えなくなった件。
家庭用ゲーム機として普及したヴァーチャルギアが、本来の役目である人々の守護にリソースを集中させた結果だろう。
ゲームができないのは気の毒だが、たまにはオフラインを愉しむのもいいと思う。
……あの作戦がゲームだったらよかったと、逝った彼にはもうできないことだから。
そして噂の本丸は昨日の公園での一件。
流し聞く限りでは、投影された映像とメッセージは街中の人に届いたようだ。
映画かゲームのイベントの宣伝だとか、宇宙人の仕業だとか、カルト結社の陰謀だとか、霊だとか、小5らしい自由な憶測に苦笑しつつ自席に鞄を下ろし、
「おはよう舞奈。昨日はお疲れさま」
「あら、早いじゃない」
「おまえらもな……っていうか、昨日はさんきゅーな」
先に来ていたテックと明日香のところに移動する。
先日のヘルバッハの襲撃の際、異変を察知したテックは明日香に連絡してくれた。
ネットニュースで件の場面を見たテックが、投稿された画像から何かが公園に落ちていったのを見つけて明日香に連絡。
駆けつけた明日香が戦術結界と騎士団たちを発見した。
明日香は応援を呼ぶ側、外から結界に穴を開けようと尽力していてくれたらしい。
そんな彼女らは机を挟んで腰かけながらタブレットを覗きこんでいた。
テックの私物だ。
「何見てるんだ……ってニュースか」
舞奈も2人の後ろからタブレットの画面を覗きこむ。
ニュースサイトの記事のようだ。
優れた視力で流し読む。
「昨日の今日で、あちらもお疲れさまだぜ」
やれやれと苦笑する。
内容はこちらも先日からの黒雲と、ヘルバッハの宣戦布告についてだ。
記事では異常気象にかこつけた大掛かりないたずらということになっている。
各方面で情報操作が行われた結果だろう。
高度な魔術をいくつも使ってあれだけのパフォーマンスをされたのだ。
魔法の存在を隠匿するのもひと苦労だ。
関わっているのは【組合】か他の魔術結社のルーン魔術師あたりだろうか?
たしか【物品と機械装置の操作と魔力付与】の応用でコンピューターを操ることもできたはずだ。
もっと言えば、ネットの議論を誘導するだけなら術者である必要すらない。
「情報操作と言えば、もうひとつ……」
テックはタブレットを操作して情報窓を表示する。
何かの口コミを集めたもののようだ。
舞奈はそちらも瞬時に斜め読み……
「……パンツ買った奴がそんなにいたのか」
件の裏サイトで売っていた下着についての口コミだった。
テックがこの件を知っているということは、明日香が話したのだろう。
Wウィルスへの耐性は、プリンセスから感染する耐性ウィルスによるものだった。
舞奈たちは麗華がまき散らした抜け毛やつばで感染した。
それ以外の耐性保持者は通販で買ったレナやルーシアのパンツを嗅いで感染した。
例の四国での作戦に参加した男性メンバー全員がだ。
その件について、綺麗好きでピアースの友人でもあるテックが平気なら別にいい。
それはともかく、複数の掲示板からの抜粋とおぼしき内容は、何と言うか……そんな考え方や趣味があるなんて思いもしなかったような代物だ。
パンツのデザインやシミや匂いを評価する怪文章の束に舞奈は反応に困りつつも、
「これが情報操作ってことか……?」
「ええ。不自然ではあるでしょう?」
「そりゃまあそうなんだが……」
ふと気づく。
誰ひとりとして、それが王女たち本人のものだとは思っていない。
少なくとも抜粋されたネットの書きこみを見た限りでは、よくできたフェイクだと信じて疑わない者ばかりだ。
まあ本物の王女の使用済み下着が本当に売られているとは普通は考えないとも思う。
そして内容が最初から最後まで頭おかしくて不自然なのはおいておくことにして、
「ま、まあ、こっちもお疲れさまだな……」
「ええ……」
側の明日香ともども苦笑する。
こちらもハッカーやルーン魔術師の仕業だろうか?
ひょっとしてスカイフォールの術者か?
いや、それなら先にマーサを止めろと思わなくもない。
舞奈が脱力していると――
「――剣を構えたヘルバッハは、わたくしをさらおうと襲いかかってきましたの!」
「お、おう……」
「西園寺。おまえ、こんな時でもぶれないよな……」
教室の後方の空いた場所で、麗華様のワンマンショーが開催されていた。
何時の間にか麗華たちも登校してきたらしい。
その早々にこれなのだから、流石は麗華様と言うべきか。
隣に並んだデニスとジャネットも苦笑しかない。
「わたくしを守るために志門舞奈が立ち向かって……」
「その展開は前にも聞いたぞ」
「で、どうなったんだよ?」
気持ちよくトークしながら麗華様は一瞬だけ舞奈を見やり……
「……ミスター・イアソンやサメも来ましたのよ」
「前のと同じ展開じゃん」
少しトーンダウン。
ヘルバッハとの戦闘の際に死にかけた舞奈を気にしているのだろうか?
完全版のWウィルスに感染した舞奈は、プリンセスである自身を犠牲に生き延びてくれと望むルーシアの言葉を無視して運命を受け入れようとしていた。
まあ結局、舞奈は完治し、プリンセスが犠牲にならずに済む算段もついた。
自身もルーシアと同じ資質を持つプリンセスだということを、麗華様は理解しているやらいないやら。
「何かあったの?」
「麗華様の言うことを真に受けるなよ」
訝しむ明日香に軽口を返し――
「――おまえたち、ちゃんと来てるな」
「みなさん、おはようございます」
ドアをガラリと開けて担任がやってきた。
側では小柄な副担任の鹿田先生がニコニコしている。
その姿が地味なデザインのスーツから、黄緑色の全身タイツ風ローブに変わるのはもはや慣れっこだ。
だが舞奈と明日香のそんな視線に担任は気づかず、
「すまんが全校集会をやるから体育館に移動してくれ。大事な話があるんだ」
困惑気味に、そう言った。
今回のことを鹿田先生に尋ねたら、流石にいろいろ聞けると思う。
結局、ヴィランどもとの決戦を控えた今になっても彼女の正体は不明。
だが腕のいい魔術師なのは確かだ。
そして未だに敵対的なアクションがないということは敵ではないのだろう。
素性を隠した味方にせよ、実は今回の件とは全く関係ない通りすがりか傍観者であっても、何らかの知見を持っていると考えるべきだ。
だが彼女の側に立つ小太りな担任は、少し疲れた様子でサングラスの位置を直す。
件の異常気象と公園の件のせいで、朝早くから会議だったのだろう。
あるいは昨日も?
ここのところ訳のわからないイベントばかりで先生も大変だ。
なので先生に余分な手間をかけさせぬよう、
「皆さん、体育館に急ぐのです。何がなんだかよくわからない時こそルールをちゃんと守ることが大事なのです」
「そうなのー! みんなも早く体育館に行って、桜の歌を聞くのー!」
「そうじゃないのです。聞くのは校長先生のお話なのです」
生真面目な委員長にうながされるまま妄言を吐く桜を引きずって移動する。
そして小中等部に高等部の人の波に流されて体育館。
普段の体育の授業と変わらず広い体育館。
だが初等部の全学年だけでなく中等部、高等部の生徒まで勢ぞろいする様は壮観。
普段は広いぞ広いぞと思っていた体育館も、こうなると流石に手狭だ。
そんな体育館のステージに立つのは校長。
小さく老いた爺ちゃんだが、知る人ぞ知る元有名ロックバンドのドラマーだ。
そんな校長は雲霞の如く全校生徒を前に緊張の欠片も見せず朗らかに挨拶。
そして前置きもそこそこに発表されたのは、明日から長期休校するとの連絡だった。
理由は昨日からの異常気象と、件のいたずらメッセージ。
生徒たちは困惑し、どよめく。
喜びの声も多々あるが、困惑の方が大きいようだ。
そこで登場したのがルーシア王女とレナ王女。
何せ彼女たちは金髪で上品な顔立ちをしたヨーロッパ系の美少女。
しかも西欧の小国スカイフォール王国のプリンセスだ。
あらわれた瞬間から、最後尾に並ぶ高等部の連中を中心にして盛り上がる。
そして慰問と言う名目でぶちあげられたスピーチに、大きいお友達は大感激。
不安も疑念も何処吹く風だ。
舞台に上がって並ぼうとする麗華をクラス総出で押さえつけたのは言うまでもない。
……あと、通販でパンツ買ってそうな男子が予想以上に多かったのが舞奈としては別の意味で不安だし、いろいろ大丈夫なのか? と少し思った。
次いで映画のミスター・イアソン役という触れこみでアーガス氏まで登場。
こちらは金髪の生え際がダイナミックに後退こそしているものの、アメリカンな顔立ちの筋骨隆々としたマッチョガイだ。
そんな彼は、未曾有の事態に戦慄する子供たちを勇気づけたかったのだろう。
その試みは大成功。
ミーハーな女子を中心に大いに盛り上がった。
続いて金髪美少女ドクター・プリヤ役のイリア、東洋の神秘的なサメ女ヒーローことシャドウ・ザ・シャーク役の影浦さん(というかKAGE)までゲスト出演。
至れり尽くせりの全校集会である。
ルーシアさんとは違った方向性の金髪少女に男子の盛り上がりも再燃。
大人に変身してきたKAGEの親しみの持てる顔立ちとナイスバディにも大興奮。
チャビーは知人を見かけたような表情で首をかしげていた。
まあ、実際にKAGEと会っているからなのだが。
そのようにして生徒への連絡なのかイベントなのか判別がつかなくなった集会は、大
盛況のうちに無事終了した。
そして今日の授業も中止となって、帰りのホームルームを待つだけになった教室に、
「レナちゃんだ!」
「ルーシアさん! また会えましたね!」
「はい。わたくしも再会できて嬉しいです」
レナとルーシアが来ていた。
こちらも迎えを待つ間、手持ち無沙汰だったからだ。
クラスの皆も思いがけない再会に感激。
「ルーシアちゃん! お話スゴイ上手だった!」
心の底から感動した様子のチャビー。
クラスの皆も同意の声をあげる。
「ありがとうございます。チャビー様、皆さま」
ルーシアはにこやかな笑みを返す。
「レナちゃんも可愛かったよ。キリッとしてて目力があるし、後ろの中等部の人たちが素敵だねって言ってるのが聞こえたよ」
「まあ当然ね」
園香の微妙にフォローじみた言葉に、レナは得意げに胸を張ってみせる。
スピーチは姉にまかせて立っていただけだった彼女。
魔法戦闘での獅子奮迅の奮闘とは裏腹に、普段はこんなものなのかもしれない。
姉のルーシアと比べて、勝気なレナはまだまだ子供だ。
「レナさん! 実はうちの兄ちゃんがすっげえファンで! 体育館でレナさんを見て感動したって携帯メール3通分の感想を――」
「あ、ありがとう……! 喜んでくれて喜んでたって伝えておいて!」
別の男子が嬉しそうに見せてくる携帯から微妙に逃げる。
賢明な判断だと舞奈は思った。
パンツのこととか書かれてたら色々な意味でみんな困るし。
そんなレナは、
「ワンワン!」
「あっあの子!」
「みゃー子がどうしたよ?」
犬の鳴き真似をしながら机の上を跳び回るみゃー子を指差して叫ぶ。
そういうところはリコと変わらんなあと苦笑しながら問う舞奈に、
「昨日の昼前にいきなり家の前にあらわれて」
「園香の家に?」
「うん」
側の園香が答えた。
レナは園香の家にホームステイしている。
昨日も、少なくとも朝方は一緒にいたはずだ。
「レナちゃんが出かけようとした時にみゃー子ちゃんが来てね」
「突き飛ばされたのよ! しかも、どさくさにまぎれてわたしの――」
「――パンツをくわえて走って行ったんだよ!」
「ええ……」
口をはさんできたチャビーの言葉に舞奈は絶句。
明日香や聞いていたクラスの皆も、顔を見合わせて困惑している。
「……履いてたのを剥いでか?」
「そうよ! 悪い!?」
「別に悪かぁないが……いや悪いか。人様に迷惑をかけるんじゃないみゃー子」
「にゃ~~」
文句を言う舞奈に、素知らぬ表情でみゃー子は徘徊を続ける。
皆の視線など当然ながら気にしない。
舞奈は口をへの字に曲げたまま、それでも訝しむ。
レナもいちおう戦闘訓練は受けているはずだ。
それを不意打ちらしいとはいえ転倒させ、ついでに身に着けていたものを失敬するなんて並大抵の手練ではできない。
だが、みゃー子のしたことをいちいち気にしたって仕方がない。
「追いかけてたせいで、姉さまと待ち合わせの時間に遅れちゃったのよ!」
「それで昨日、いなかったのか……」
「悪かったわね!」
「いやだから、責めてないって」
目をつり上げて怒るレナに舞奈は苦笑する。
こちらは本当に悪い話じゃない。
むしろ良い話だ。
先日、ヘルバッハはレナを含むプリンセス3人ともを拉致しようとしていた。
だが公園にはルーシアと麗華しかいなかった。
そのせいで奴の調子が狂ったところもあったはずだ。
当時は奴が占術にでも失敗したのだと思っていたが……。
そんな舞奈の思惑などさておき、
「レナちゃん、真神さんの家に……住んでらっしゃるんですか?」
「うん。わたしの家にホームステイしてるよ」
「さ、流石は真神さん……!」
カンガルのシャツを着た別の男子が驚き、
「……園ちゃん、あの子と何かあったの?」
「あはは……」
レナが訝しむ。
彼は2年の時に舞奈と明日香の些細な喧嘩に巻きこまれ、園香に救われた男子だ。
何せ、ひしゃげる勢いで前後から突っこんできた机と椅子が、彼の目前で割って入った園香を避けるように自爆したのだ。
それから今だに彼は園香に敬語で話す。
それはともかく、
「小室、おまえレナちゃんのパンツをくわえたのか?」
「バウワン?」
「匂いはどうだった!?」
「あ、味は!?」
「ちょっと! あんたたち!」
少し離れた場所で、男子どもがみゃー子を囲んで質問しまくっていた。
レナが露骨に動揺する。
舞奈も、うわ、あいつらみゃー子と意思疎通を試みてやがる、とジト目で見やる。
みゃー子は猫のお座りポーズのまま大口を開けて「は~~!」っと息を吐く。
「すんすん! ちょっとすえた匂いがする」
「これがレナちゃんの……!」
「それ、その子の口臭よ!」
嗅ぐ男子。
レナが思わず絶叫する。
……と、まあ、そんなこんなで楽しいホームルームを終えた後。
「あ、あの、こんな感じで間違いないですか……?」
「ああ間違いない。あの野郎だ」
Sランク椰子実つばめと舞奈の側に、黒衣に身を包んだヘルバッハがあらわれる。
舞奈の記憶を【思考感知】で読んで、【幻影の像】で投影したのだ。
普段より幾分と早い放課後。
舞奈たちは【機関】支部を訪れていた。
昨日、舞奈が見たヘルバッハの姿を皆に周知させ、対策に生かすためだ。
「彼が殿下たちの血縁者なのは確かね」
骨格から血縁関係を言い当てられる明日香が答え、
「ええ。成長はしていますが、彼はバッハ王子で間違いはないでしょう」
マーサも太鼓判を押し、
「奴の顔、知ってるのか?」
「ええまあ。弟弟子でしたので。わたしの知っている10年前は細面の可愛らしい顔立ちのお子でしたよ。やはり今でも面影は残っていますね」
遠い目をして懐かしむ。
だが、その台詞に舞奈は、皆は目を丸くする。
「ちょっと待て。どういうことだ?」
「え? あ、はい。王妃に似て華奢なお子で、座学より剣の稽古を好まれる、やんちゃで本当に可愛らしい坊ちゃまでした」
「そうじゃねぇ! 弟弟子だと?」
「失礼。バッハ様とは師がスカイフォールにいた時期に、共にケルト魔術を学ばせていただいておりました。……話してませんでしたっけ?」
「聞いてねぇよ」
いけしゃあしゃあと言ったマーサを舞奈は睨む。
それなら事前に聞きたいことが山ほどあったのに!
それにより不要な危機を避けられたかもしれないのに!
だが過ぎたことは仕方がない。
今は奴との戦いに備えて少しでも話を聞くべきだろう。まったく……。
「あんたから見て、奴の腕前はどうなんだ?」
「剣の方は、子供の遊びと言ったところですかね」
「……それは知ってる」
先日の戦闘を思い出して苦笑する。
まあ流石に修練はしている風ではあるが、舞奈から見て子供の遊びなのは同じだ。
それより――
「――魔術の腕前の方も、決して芳しいものではなかったのですよ」
「そうなのか?」
「はい。わたしも師の期待には添えていなかったと心得ておりますが、バッハ様も正直なところ特に秀でた才はお持ちでなかったようでして……」
「本当に正直だなあんた」
「……男性としては破格の才ではあるのですが、特に攻撃魔法を始めとする高い魔力を用いる魔術に適性がなく」
「それも、まあ」
「若い男性の方ですから……」
続くマーサの言葉に舞奈は苦笑する。
側の明日香も気持ちは同じなようだ。
異能力を会得できる若い男は、それ故に術の行使は不得手。
かつて舞奈の仲間だった古神術師の三剣悟も攻撃魔法は苦手だった。
「魔道具を創ったりは? 例えば大魔法が使える指輪だとか」
「失踪されてから奇跡が起こればあるいは……」
「……おおい。また別の黒幕がいたりしないだろうな」
いたたまれないマーサの言葉に舞奈は再び苦笑して、
「じゃあさ、『異世界の扉を開く』って言葉に、心当たりは?」
「そちらは何とも。……この国の文学に影響を受けたのではないでしょうか?」
「寂しいこと言ってやるなよ……」
いいかげん話を聞くのが忍びなくなってきた。
この国の異世界云々とかいう文学というと、現世でうだつが上がらない中高年が別の世界に生まれ変わって才と仲間に恵まれて幸せな余生を送るというアレだろう。
そんなものに年若い王子が感銘を受けるというのも寂しい話だ。
黒ずくめで顔まで隠し、『異世界の扉から災厄を呼び出し強者だけの世界を創る』などとイキっていた彼の心境を想うと心が痛む。
話を聞く限り、あり得る話だと思えてしまうのもまた世知辛い。
中途半端な才に踊らされて魔術を志した挙句に挫折した小国の王子が、世を妬んで計画した復讐だいうのが一連の事件の真相なのだろうか?
奴の仮面が例の赤い石だとしたら、高度な魔術を使える理由にも説明がつく。
そんな風に舞奈がため息をついていると――
「――失礼します。今しがた占術の結果が得られました」
中川ソォナムがやってきた。
続く話によると、ヘルバッハが儀式を行う日時が判明した。
だが儀式の内容は不明。
奴が言った『異世界への扉を開く』という言葉以外は。
あるいは『白い宇宙に輝く黒い星』。
そのあたり、もう少し詳しくマーサに聞いてみたいとも思った。
だが、こちらにも悲しい答えが返ってくるだけだと思うと気力も失せる。
そもそも、どちらにせよ今の舞奈たちがすべきことは変わらない。
ヴィランどもを蹴散らし、ヘルバッハを倒し、奴の野望を阻止するのだ。
なので後日、参加者を集めてミーティングを行うことになった。