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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第4章 守る力・守り抜く覚悟
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九杖

 開け放たれた障子の向こうで、ししおどしがタンと鳴った。


「そんなことになっていたのか。なんというか、【機関】はあいかわらずだなあ」

 そう言って、三剣悟は苦笑する。


 サチをアパートに送り届けた後、舞奈たちは三剣邸を訪れていた。

 悟はサチと同じ古神術士だ。

 だから、同じ脅迫文が届いていないかが心配になったのだ。

 だが悟は涼やかに笑う。


「安心して、舞奈ちゃん。僕のほうには脅迫状なんて届いてないよ」

「そっか、なら一安心だ」

 悟の言葉に、舞奈も笑う。


「けど、それなら奴らがサチを狙う理由はなんだ?」

 舞奈は訝しむ。

占術士(ディビナー)だからじゃない。古神術士だからでもない。かと言って、あの嬢ちゃんに個人的な恨みを買う理由もなさそうだし」

 そう言って首をかしげ、ふと思いつく。


「単に一番弱そうだから、とか?」

 九杖サチは防御魔法(アブジュレーション)回復魔法ネクロロジーが得意な古神術士。

 中川ソォナムは付与魔法(エンチャントメント)による接近戦を得手とする仏術士。

 そして如月小夜子は南米アステカに由来する呪術を使い、敵を贄にして無類の戦闘能力を発揮する。

 その中で、誰が一番狙われやすいかなど一目瞭然だ。


「あるいは九杖家に受け継がれている特別な術か何かが目的……?」

 明日香は思索に沈んでひとりごちる。

 その言葉に、悟ははっと何かに気づくそぶりを見せる。


「明日香ちゃんの考えが正しいなら、確かに九杖の者には狙われる理由がある」

「へいへい、頭脳労働は明日香様にゃぁ敵わないよ」

 舞奈はむくれる。


 さらに悟は「それに」と繋げる。


「舞奈ちゃんの考えが正しいとすると、逆に九杖サチは狙われないんだ」

「どういうことだ?」

 訝しむ舞奈に、悟は向き直った。


「古神術の流派は家系ごとに枝分かれしてるってことは知ってるよね?」

「ああ」

 戦闘魔術(カンプフ・マギー)や仏術のように他国で発祥した流派は、現地の魔道士(メイジ)が編纂したテキストを読んで学習する。だから、流派が同じならどの術者も同じ術を使う。

 だが国産の古神術は、各地で発展した術がそのまま現代に受け継がれている。

 だから、今でも家系ごとに少しずつ異なる術を伝えている。


「その中でも、三剣家に伝わる神術は剣を使った補助魔法(オルターレーション)を得意とする、どちらかというと直接戦闘には不向きな流派なんだ」

 悟の口調に、少しばかり自嘲の色が滲む。

 それは、彼の術がピクシオンとエンペラーの戦いにおいて決定的な役割を果たすことができなかったからだ。


 三剣家は、術者の家系としては珍しい男系である。

 男でも禁欲と修練によって呪術師(ウォーロック)になることはできる。

 だが、魔力を操るという行為への親和性において少女を超えることはない。

 だから三剣の呪術は、補助の術でしかない。

 無論、悟の術に幾度となく世話になった舞奈に、彼を軽んじる気持ちなどないが。


「対して九杖家は、東北の由緒ある巫女の家系なんだ。魔力への同調性が高く、天地に満ちる魔力を操って攻撃魔法(エヴォケーション)すら使うことができる」

 悟は意図して淡々と、サチにまつわる事実を告げる。


 古神術士が使う術は、魂と肉体の因果をずらすことによる【霊媒と心霊治療】。

 そして因果をずらす霊媒術を応用した【防護と浄化】。


 だが使える術は、実はもうひとつがある。

 それは、魔力を媒介して火水風地を操る【エレメントの変成】。

 悟がどれほど望んでも手が届かないが、九杖サチならば使える術。


「それに、九杖家には代々、魔道具(アーティファクト)が伝えられているんだ」

魔道具(アーティファクト)?」

「舞奈ちゃんも、名前くらいは聞いたことあるんじゃないかな?」

 悟はそう言うが、明日香は疑わしそうに舞奈を見やる。

 舞奈は口の中だけで(よけいな世話だ)と言い返す。


「【八坂の勾玉】だよ。神術の一種である修験術【四大・須佐之男・究竟しだい・すさのお・くっきゃう】がこめられていて、術者の身体能力を上昇させることができるんだ」

攻撃魔法(エヴォケーション)に、身体強化の魔道具(アーティファクト)か」

 舞奈の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。

 悟が欲してやまなかってであろうそれを、サチは揃って手にしていた。

 美佳に似た面影のサチは、美佳と同じように魔力に愛され、使いこなしていた。

 そして奇しくも美佳は、サチと同じく【機関】の要職に就いていた。


 そんな彼女のことを、舞奈と同じように美佳を失った悟に、してよかったのかと少し悔やむ。そんな時、


「よう! クソガキ!」

 玄関側のふすまを乱暴に開けて、クセ毛の少年が顔を出した。

 悟の弟、刀也である。


「誰がクソガキだよ。っていうか、せめて本人のいないところで言えよ」

 舞奈は露骨に顔をしかめる。

 だが刀也は意にも介さぬ様子でニヤリと笑う。


 そんな刀也を、舞奈は胡散臭げに見やる。

 彼にドヤ顔できるような良いことがあったなんて、舞奈は聞いていない。

 だが刀也は舞奈を、上から目線でぬめつける。


「聞いて驚くな! ガキども! この前、教室がテロリストに占拠されたんだ!」

「「……テロリスト?」」

 舞奈と明日香はジト目で見やる。


 高等部の刀也のクラスがテロリストに占拠された話なら良く知っている。

 二人羽織りのテロリストの正体が舞奈と明日香だからだ。

 発狂した保護者を『穏便に』教室から追い出すために、テロリストの扮装をして教室を占拠するふりをしたのだ。


 だが、そんなことは知らない悟は、うんざりした顔で弟を見やる。


「またその話かい? 舞奈ちゃんも明日香ちゃんも、信じないと思うよ」

「兄貴は黙ってろよ! 信じないも何も、本当のことなんだ!」

 そして刀也は得意げに笑う。


「よく聞けガキども! そのテロリストはな、とてつもない大男だったんだ! 警備員が取り押さえようとしたけど、あっさり返り討ちにあってたんだぞ!」

 警備員というのは、ベティとクレアの事だろう。

 彼女らがテロリストを捕らえるふりをする手筈だったが、ベティが暴走した。

 仕方なく、舞奈たちはベティと大立回りをするはめになった。


 そんなにあっさり倒したっけ? と舞奈は首をかしげる。

 そもそも、ベティとテロリストが戦う以前に刀也は泡を吹いて気絶したはずだ。


 だが刀也は得意げに語る。


「テロリストは股から触手をのばしてオレに襲いかかってきたんだ!」

「刀也。女の子を相手に、そういう下品な話をするのは感心しないな」

 下品な触手の正体は、二人羽織りの下半身(舞奈)が社会の窓から出した腕だ。

 舞奈は右手をじっと見やり、指をわきわきと動かしてみた。

「その下品なナニを仕舞いなさい」

 明日香に嫌がられたので仕舞った。


 そんな2人に構わず、刀也は気持ちよく話を続ける。


「けどオレの敵じゃねぇ! 得意の剣術でテロリストを一刀両断!」

「剣どっから出したんだ?」

「だまって聞けよ! そしてオレは、とどめに股間を蹴りあげてやったのさ!」

「一刀両断したら、それがとどめじゃないのか?」

「だから、だまって聞けっつってるだろ!? オレは机4つ分の距離を一瞬で跳躍して、奴の股間に華麗なキックを喰らわせたんだ!」

「机4つ分またいで両断したのか?」

「……。そしたら! テロリストの奴、真っ二つになってひっくり返ったんだ!」

「お、おう……」

 舞奈は明日香と顔を見合わせる。


 刀也の話の後半は、ほとんど彼の捏造だ。

 なんというか、テロリスト(舞奈)に股間を蹴られて気絶したのがよほど気に入らなかったらしい。


「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、品のない話で本当にすまない……」

 悟が沈痛な面持ちで詫びた。


 刀也は得意げにな顔で舞奈を見下ろしていた。

 そのドヤ顔が気に入らなかったから、


「なあ、トウ坊。教室にテロリストが来たってとこまではは信じてやろう」

 舞奈は何食わぬ顔で言ってやった。

「信じるんだ」

 悟は驚く。


「でもな、股間を蹴りあげられたのはテロリストだったか?」

 刀也の顔を、舞奈は真正面から見据える。

「そんでもって、泡を吹いて気絶したのは、本当にテロリストだったのか?」

 見破るような舞奈の双眸に、舞奈の声に、刀也の顔が青くなり、赤くなる。

 そして、


「おぼえてろよ! クソガキ!」

 捨て台詞を残して走り去った。


「まったく、しょうがない奴だな……」

 ひとりごちて苦笑する。

 そんな舞奈に、


「ひょっとしてテロリストって、舞奈ちゃん……?」

 悟が気づいた。

 舞奈は何となく目をそらしながら「まあな」とうなずく。


「あのね舞奈ちゃん。女の子が、そういうことをするのは感心しないな……」

 悟は沈痛な面持ちで言った。

「女の子にはわからないんだけど、痛いんだよ。ものすごく……」

「なんかごめん」

 悟があまりに痛そうな顔をするものだから、舞奈は思わず詫びた。


 その内心で、悟と九杖サチの話を続けなくてすんで、すこしほっとしていた。


 九杖サチは、美佳と同じように術士の才能に恵まれている。

 けれ優しさと強さを兼ね備えていた美佳とは違い、完全に守られる側の人間だ。


 あるいは、本当は美佳も守られるべき人間だったのだろうか?

 美佳は本当は無理をしていて、誰かが彼女を守る必要があったのだろうか?

 誰かが美佳を守っていたら、今も美佳は舞奈の側で微笑んでいたのだろうか?


 そんな問いの答えなんて、舞奈にはわからない。

 だから口元に乾いた笑みを浮かべて、


「ごめん……」

 ひとりごちるように、言った。


 そんな舞奈を見やり、明日香はやれやれと肩をすくめた。


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