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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第18章 黄金色の聖槍
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黒騎士ヘルバッハ強襲 ~銃技vsケルト魔術

 平和な日曜に突如として散布されたWウィルス。

 ヴィランからの宣戦布告。

 さらにヴィランどものリーダー、ヘルバッハが強襲。

 居合わせた舞奈とプリンセスたちを戦術結界に閉じこめた。


「さあプリンセスたち! こちらにお越しを!」

「させると思うか?」

 迫るヘルバッハの前に舞奈が立ち塞がる。

 黒騎士は左右2本の剣を構えて女子小学生に斬りかかる。


「両刀使いは失敗だったな! 右も左も中途半端に軽くてのろいぜ!」

 対して舞奈は重心をずらし、身をかがめて難なくかわす。

 縦に、横に、襲い来る斬撃は、はためくジャケットの端を薙ぐのみ。


「ほざけ極東のサルが! 女だてらにプリンセスを守るリボンの騎士気取りか!?」

「そっちこそ! ブルーナイトとお揃いでブラックナイトか? 鎧にしこたま魔法を仕込んで可愛がって、デブとどっちがタイプだ? 黒チン野郎!」

「貴……様ぁ!!」

 安い挑発に乗った黒騎士は舞奈めがけて斬撃を繰り出す。

 だが舞奈の残像すら捉えられない。


 背後でルーシアが困惑、麗華がうわぁ……みたいな表情をしているが気にしない。

 何より今は奴の狙いをプリンセスからそらす必要がある。

 多少アレでも挑発は必須だ。


 加えて舞奈が射抜くような視線を向けるのは奴の顔全体を覆う赤い仮面。

 その血のような赤い色を忘れるはずもない。

 舞奈と明日香、そして奴に知識を与えた赤い石だ。


「貴様の!」

 ヘルバッハは2本の剣を続けざまに振るう。

 空間そのものを歪める【加速(ヘイスト)】によって高速化された斬撃を、


「その減らず口を――!」

「――無理だね! あんたは何もできやしない! 何もだ!」

 あたしがさせないからな!

 舞奈は口元を笑みの形に歪めながらヒラリと避ける。


 高速化だけじゃない。

 敵には相手の表層思考を読む【思考感知(ディテクト・ソウツ)】がある。

 情報を召喚することによる戦闘予測【戦場の奸智(コンバット・カニング)】も。

 舞奈の動きに反応する敵の動きを見ればわかる。

 さらに結界内にはWウィルスが充満している。だが、


「我が【思考感知(ディテクト・ソウツ)】【戦場の奸智(コンバット・カニング)】で捉えられん!? 何故だ!?」

 ヘルバッハは両手で剣を振るいながら焦る。

 複数の魔術を重ね合わせて怒涛のラッシュを仕掛けているにも関わらず。


 舞奈は完全耐性を持つから、Wウィルスが充満した結界の中で普通に動ける。

 奴が心を読んで反応するより速く、舞奈は無意識に動いている。

 一瞬先の未来を読んで対策するより速く。

 奴が利用できるのは手遅れになった情報だけだ。


 加えて舞奈は、周囲にいる可能性のある仲間を正しく認識している。

 少なくとも公園の敷地内にミスター・イアソンとシャドウ・ザ・シャークがいる。

 他のディフェンダーズの面子も一緒かも知れない。

 テックが異変を察知し、明日香あたりが駆けつける可能性もある。

 同じく異変に気づいた【機関】の面子が来る可能性だってあり得る。

 小夜子やサチ。ニュット。桂木姉妹だってそうだ。

 それに、もうひとりのSランク椰子実つばめ。ケルト魔術と呪術を共に極めた、目の前の男の上位互換。

 あるいは【組合(C∴S∴C∴)】【協会(S∴O∴M∴S∴)】の術者。

 町内にはウィアードテールこと美音陽子もいる。混沌魔術の魔法少女だ。


 もちろん舞奈は彼女らの加勢に頼り切っている訳ではない。

 そもそも彼女ら、彼らが来ると確信がある訳でもない。


 だが舞奈の希望的観測ではない表層思考から協力者の存在を知ってしまったヘルバッハは、彼女らの襲来を警戒しなければならない。

 王族の坊ちゃまに、だろう運転は荷が重い。

 予想される援軍のうち何人かは奴より格上の術者だ。

 援軍が来ないと断ぜられる材料も奴にはない。


 奴は舞奈の心を通じ、結界で閉じこめた小さな場所の外はアウェーであるという事実を突きつけられている。

 そんな焦りも、黒騎士の動きを見ればわかる。

 時間は舞奈たちに有利に働く。

 奴が目的を果たすためには一刻も早く舞奈を倒す必要がある。


 そして奴が剣による接近戦を挑む限り、舞奈を害することはできない。

 唯一、可能性があるとすれば避ける手段すらない大規模攻撃。

 だが舞奈の見立てでは、奴はそれほどの攻撃魔法(エヴォケーション)は使えない。

 だから奴は無駄だと知りながらも強化に強化を重ねて剣で舞奈に挑むしかない。


 加えて奴はプリンセス3人を一度に拉致するつもりだったが、ここにいるのは2人。

 ルーシアと麗華を誘拐されれば舞奈の負け。

 だがイコールで奴の勝ちにはならない。

 Wウィルスによる黒き災いに対抗するだけならレナひとりでも可能だから。

 つまり奴にも舞奈にも、この戦闘での完全な勝利はない。


 それでも舞奈の口元に浮かぶのは凄惨な笑み。

 何故なら奴はスピナーヘッドより高度にケルト魔術を使いこなしている。

 借り物の魔道具(アーティファクト)を使っていたスピナーヘッドとは格が違う。

 つまり奴のレドームや、他のヴィランの指輪に魔法を焼きつけていたのは奴だ。

 そして奴は先ほど【人間の魅了(チャーム・パーソン)】を使った。

 ゴードンを操って舞奈を襲わせたのも十中八九、奴だ。そして――


「――四国と北海道に、Wウィルスを撒いたのもあんたか? 南と北にある島だ」

 乾いた声で舞奈は問う。


「そうだとしたら?」

 ヘルバッハは笑う。

 答えるように舞奈も笑う。

 今の奴の答えで舞奈のするべきことは決まった。だから、


「そうかい」

 流れるような動作で拳銃(ジェリコ941)を抜く。

 背後で麗華が息を飲む気配。

 そして動こうとするルーシアに――


「――身体強化はいらん!」

「ですが……!」

 鋭く指示。

 おそらく彼女は【勇猛たる戦士(ウォバービーネリング)】を行使しようとしたはずだ。

 優れた呪術師(ウォーロック)である彼女は自身だけでなく仲間の身体を付与魔法(エンチャントメント)で強化できる。

 生身の舞奈を援護しようと思ったのだろう。それでも、


「心配ないさ、相手は三下だ」

「何だと!? 貴様!」

 背中で笑う。

 激昂するヘルバッハの続けざまの斬撃を笑顔でかわす。


「それより麗華を頼む! 防御魔法(アブジュレーション)で身を固めててくれ」

「わ……わかりましたわ」

 戸惑いながらもルーシアの唇が呪術を謡う。

 ノルド語の古い詩だと言ったか。


 澄んだ声色で謳われたのは【冷ややかなる守護者カルド・バスキューター】。

 そして【吹きすさぶ守護者ヴィンデン・バスキューター】。

 ルーシアと麗華を囲むように、みぞれ交じりの氷の嵐が吹き荒れる。

 そんな様子を横目で見やり、


「小癪な真似を!」

 ヘルバッハは舞奈めがけて斬りかかる。

 舞奈は拳銃(ジェリコ941)を構える。

 その目前で、いきなり黒衣の姿がかき消える。

 同時に舞奈は横に跳ぶ。

 少女の残像を斬り裂くように――


「――避けただと!? 貴様! 本当に人間なのか!?」

 双剣をクロスさせるように振り下ろしたヘルバッハがあらわれる。

 仮面の下の口元に浮かぶ表情は、驚愕。


「よく言われるよ」

 舞奈の口元には変わらぬ笑み。


 短距離転移による背後からの奇襲。

 しかもケルト魔術【空間跳躍ディメンジョン・リープ】は他の流派の短距離転移と異なり隙も少ない。

 奴にとっては必殺にして必勝の戦術だったはずだ。


 だが、もはや舞奈にとっては瞬間移動からの奇襲は馴染み深い攻撃だ。

 直感と反射神経で十分に避けられる。


 そもそもルーシアが複数の防御魔法(アブジュレーション)を使って吹雪の壁を建てたのも、絶えず蠢き吹きすさぶ遮蔽で自身の周囲に何もない空間をなくすことで奇襲を避けるためだろう。

 因果律の改変による転移は、壁の内側に空間がないと半自動的に壁の外に移動する。

 ルーシアは魔法の国の王女だから、そうした対処の仕方を知っている。

 そして奴はケルト魔術師だ。

 互いに手札も対抗策も知れている。

 イレギュラーなのは舞奈だけだ。


「そんなまぐれが! この私に何度も通用すると思うな!」

「まぐれなんて、難しい日本語を知ってるんだな! 黒チン!」

「この……貴様!」

 ヘルバッハは左右の剣を続けざまに振るう。

 舞奈は苦も無く跳んで避ける。


 どんなに魔術で強化されていても、奴の技術そのものは切丸と大差ないレベル。

 舞奈なら目をつぶっていても避けられる。

 まあ確かに奴は男だてらに魔術を修めたらしい。

 だが剣の名手とは聞いていない。

 あるいは西欧の戦闘技術は、この程度の使い手が図に乗れる水準なのだろうか?

 そうだとしたらイワンやジェイクが騎士団をやっていられるのも納得だ。

 あと目前の騎士は地味に挑発に弱い。気位の高い坊ちゃんだからか。

 そんな舞奈の雑感に――


「――この私を愚弄するか!」

 ヘルバッハは雄叫びをあげる。

 怒りのあまり先ほどよりなお雑になった斬撃を、苦笑しながら避ける。


 そういえば奴は【思考感知(ディテクト・ソウツ)】で心が読めたと改めて気づく。

 戦闘中に相手が自分を値踏みする思念が聞こえてくるのは腹立たしく、あるいは調子が狂うとゴードンやクラリスも言っていた。

 心が読めるのも良し悪しだ。

 どんな罵詈雑言よりも、素直な感想が最高の挑発になるなんて皮肉でもある。

 舞奈は平坦な心のまま――


「――なにっ!?」

 身をかがめて足払い。

 平常心を失っていたヘルバッハは避ける間もなく転んで尻餅をつく。

 舞奈はただ、そこに脚があったから反射的に払っただけだ。

 正直、頭の中を占めていたのは別のことだ。

 だから次なるアクションも考えるまでもなく自動的。


「……もっと大事にすればよかったんだ」

 舞奈は口元を歪めつつ拳銃(ジェリコ941)を構え、


「レナちゃんもルーシアさんも、あんたの妹なんだろ?」

 撃つ。躊躇はない。

 奴の口元からはヤニの悪臭がするから引鉄(トリガー)を引くのも無意識だ。

 だから黒騎士が防御を意識するより速く、大口径弾(45ACP)が鎧の胸元を穿つ。


「志門さん!?」

 背後の吹雪の壁越しに麗華が驚愕する。

 銃声は以前に1度だけ聞いたことがあるが、舞奈が撃つのを見るのは初めてだ。

 だが構っている余裕もない。


 何故なら舞奈は知っている。

 妹を守りたいと欲し、そのために慣れぬ戦いに身を投じた少年がいたことを。

 だが彼は死んだ。


 目前のスカした黒騎士に、彼と同じことをしろとまでは思わない。

 だが、こいつのやり口は気に入らななかった。

 こいつは愚かな女を操って大勢の人々をウィルスで殺した。

 目前の年の離れた妹の生命と心をないがしろにした。

 それが躊躇しなかった、もうひとつの理由だ。


 だが拳銃弾としては強力な部類に入る大口径弾(45ACP)は、固い音と共に弾かれる。

 黒い胸当てには傷もついていない。

 衝撃もほとんど受けていないようだ。

 テックのしていたゲームの、スーパーアーマーという言葉が脳裏をよぎる。

 ヘルバッハは口元を笑みの形に歪め、


「顔も知らぬ妹など、血がつながっているだけの他人だ! 我が悲願を妨げる障害になど成り得ぬ!」

 仕返しとばかりに吠える。

 一瞬だけ消失、【空間跳躍ディメンジョン・リープ】の応用で立った状態で再出現しながら斬撃。


「そうかい!」

 舞奈は跳び退って避ける。

 叫びを返し、口元を歪める。


 聞いた限りでは、ケルト魔術に鎧の強度を飛躍的に高める類の術はなかったはずだ。

 それは妖術師(ソーサラー)の領域だ。

 あるいは【エレメントの創造と召喚】技術のひとつ【金属創造(クリエイト・メタル)】で創ったか?

 ケルト魔術における春の女神ブリギットは鍛冶と金属の象徴でもある。

 その聖名とイメージにより術者に都合のいい金属を創造することも可能なはずだ。

 だが今は鎧の出所を探っている暇はない。


「貴様こそ何の為に我が前に立ちふさがる!? プリンセスを守ろうとする!?」

 高速化の魔術にまかせた無数の剣戟を繰り出しながらヘルバッハは吠える。

 そのすべてを舞奈は避ける。


「貴様が守り通しても、プリンセスは我が目的を阻むための贄になるのだぞ!」

「預言のことなら知ってるよ!」

 絶叫を返しながら拳銃(ジェリコ941)の銃口をヘルバッハに向ける。

 だが引鉄(トリガー)は引かない。

 闇雲に撃っても無駄弾だ。


 もうひとつ。

 奴は黒き災いを鎮めるためにプリンセスが犠牲になることを知っている。

 災いを引き起こす立場で、あえてルーシアたちを暗殺ではなく奪取しようとしているということは、言葉とは裏腹に彼女らの命だけは尊重するつもりなのだろうか?

 そう考えて――


「――だいたい、てめぇが余計なことをしなけりゃ何事もなく済んだ話だろうが!」

 吠えながら撃つ。

 激情が捉えた照準は奴の仮面の額。ど真ん中。

 だが真正面から放たれた大口径弾(45ACP)を、奴は双剣をクロスさせて防ぐ。

 切り払ったとかではない。

 大気の盾を創造する【風精の防殻(エアリアル・シェル)】の魔術で防いだのだ。


「何が黒き災いだ! そんなものがなければレナもルーシアさんも、麗華様も犠牲になる必要なんかねぇって! てめぇのナニ臭ぇ脳みそじゃ理解できねぇか!?」

 叫んだ勢いのまま渾身のハイキック。

 間髪入れずに軸足を入れ替え、形態変化の魔法の如く低く身を屈めて足払い。

 ヘルバッハは辛くも【戦場の奸智(コンバット・カニング)】で察して跳び退る。


 ルーシアを守っていたものは、四国の一角で奴の野心に飲みこまれて消えた。

 舞奈が守りたかったものも。

 奴が殴山一子をそそのかしてWウィルスを散布させなければ、ルーシアは泣くことも悩むこともなく【禍川総会】の仲間たちと微笑んでいられた。

 トルソも、バーンも、スプラも。切丸も。……ピアースも。


 奴が本当にルーシアやレナ、麗華の命を保障したところで、舞奈がその提案に乗ったところで、それは彼女たちを守ることにはならない。

 ただ彼女たちを裏切るだけだ。

 そんな舞奈の激情を読んだか、


「私がこの国でしたことに怒っているのか?」

 ヘルバッハは【空間跳躍ディメンジョン・リープ】で更に距離を取り、改めて双剣を構えながら嗤う。

 剣では届きようもないが、拳銃では外しようもない距離から――


「――だが、あれらは必要だったことだ! 我が悲願のためにな!」

 ヘルバッハは鋭い斬撃を繰り出す。

 目前にいきなり黒い刃が迫る。

 おそらく【加速(ヘイスト)】を応用した、並の剣技では不可能なリーチの踏みこみ。

 油断した銃の使い手を、あり得ない間合いからの強襲で仕留めるつもりか。


 だが、舞奈は難なく跳んで避ける。

 奴がこちらに届く手札を持っていたのは構えでわかった。

 そもそも【空間跳躍ディメンジョン・リープ】の使い手に距離など無意味と理解していた。だから、


「くだらねぇ!」

 流れるような動作で拳銃(ジェリコ941)を構える。

 狙いは必殺の一撃を避けられて体勢を崩したヘルバッハの剣を持った左手。

 銃声。

 ヘルバッハの黒い小手は大口径弾(45ACP)を喰らってすら傷つかない。だが、


「くっ……!」

 痛みのあまり剣を取り落とす。

 舞奈は剣を蹴り飛ばす。


「異世界の扉とやらから理想の婿でも呼ぶつもりか!? 黒チン野郎!」

「貴様!? 我が悲願までをも愚弄するか!」

 跳び退った黒騎士は、痛む左手を庇うように右の剣を構えて怒り狂う。


 どうせ剣は予備があるのだろう。

 奴なら時空の狭間に物品を格納する【空間の小倉庫ディメンジョナル・ホルダー】も使えるはず。

 だが撃たれて傷つかぬまでも衝撃で痺れた左手を即座に癒す手札はない。

 ケルト魔術は時空を操る偉大な魔術だが、命の操作や治療が得意な訳じゃない。


「くだらないものをくだらないっつって、何が悪いよ!?」

「理解できぬか!? 嗚呼、白い宇宙に輝く黒き星。星すら霞むほど偉大なる異世界への扉! その尊さを! その存在そのものが放つ甘美さを!」

「知るかよ!」

 口元に恍惚の表情を浮かべるヘルバッハに、吐き捨てるように言葉を返す。


 奴が言っている言葉の意味が本気でわからない。

 あるいは奴の心を覗けるなら理解できるのかもしれないが、舞奈にその手札はない。

 だから舞奈は何食わぬ表情のまま口元を歪め、


「異世界の扉から異世界の猛者たちを呼び寄せ、強者だけの世界にする! それが我が悲願だ! 強者が創り出す、強者の為の世界だ!」

「……やっぱりくだらねぇじゃねぇか!」

 威嚇するように両手で拳銃(ジェリコ941)を構え、狙いを定める。

 そうしながらヘルバッハの叫びに負けじと舞奈も叫ぶ。


「強者だけの世界だと? あたしの劣化版しかいない、チチも尻も美味い飯もない世界の何が楽しいよ!?」

「尻だと!? 所詮、女子供にはわからんか……」

 仮面の騎士の口元が侮蔑の笑みを形作る。

 対して油断なく身構える舞奈の前で、


「Please,Merlin!」

 剣を無くした左の掌を天に掲げて叫ぶ。

 すわ【智慧の大門マス・アーケインゲート】で逃げる気かと一瞬だけ訝しんだ舞奈の前で、


「Please,Airget-lamh! Concussion!」

 次なる施術。

 途端、こちらに向けられた黒騎士の掌の先に気配。

 さきほどルーシアと麗華の取り巻きたちを吹き飛ばした【爆裂衝球(コンカッション)】だ。

 だが収束された大気の威力は数倍。

 おそらく最初の施術は魔法の威力を強化する【魔力の増強アンプリファイ・マジカルパワー】か。


「避けろルーシア! その壁じゃ持たん!」

 叫びながら避けた舞奈の残像を貫き、巨大な空気の砲弾が飛ぶ。

 直後、ルーシアと麗華をとりまいていた吹雪の壁が破裂する。


「「きゃあっ!」」

「ルーシア! 麗華!」

 思わず目をやる舞奈の目前で2人は吹き飛ばされる。


 放たれたのが空気の砲弾だったせいで、それ以上の被害がないのが幸いか。

 否、奴は最初から2人を傷つけぬまま壁を破壊しようとしたのだろう。

 何故なら奴はプリンセスを拉致しようとしている。

 そう判断しながら次の瞬間、


「な!?」

 舞奈は敵の懐に跳びこんでいた。

 そのまま着地の勢いを脚力に加えてハイキック。

 砲弾の如く爪先が、虚を突かれて反応できないヘルバッハの右手を捉える。

 今度は黒騎士の右手を離れた剣が、空高く遠くに飛んでいく。


「貴様!」

「言ったろ? あんたは何もつかめねぇ」

 乾いた声色で告げながら、


「自分の剣も、プリンセスも、強者だけの世界とやらもな」

 拳銃(ジェリコ941)を構える。


 無敵の鎧をまとう騎士を、射殺するのは困難だろう。

 もちろん敵が易々と降伏するとも思っていない。

 だが得意の【智慧の大門マス・アーケインゲート】で逃げてくれるだけでも御の字だ。

 腹いっぱい叫んせいか少し冷静になった頭で考える舞奈の目前で――


「――Please,Brigit! Galient’s chain!」

「おおっと!」

 短い呪文と共に突きつけられた黒騎士の掌から、刃のように鋭い鎖がのびた。

 あるいは鎖のように繋がった無数のナイフと言うべきか。

 ケルト魔術のひとつ【ガリア人の刃鎖(ガリアンズ・チェイン)】。

 炎と鍛冶を司る春の女神ブリギットの聖名を借り、魔力で鋳造した金属を放つ。


 それを舞奈は気配で察して避けた。

 鋭い刃の鎖は小さなツインテールの毛先を散らし、頬に赤い糸を引くのみ。

 奇襲を避けられたヘルバッハの口元が歪む。

 舞奈は笑う。


 ヘルバッハは刃の鎖を横に薙ぐ。

 鞭のようにしなる刃を舞奈は身を低くして避ける。


 得物を仕留め損なった刃の鎖は縮み、騎士の手の中で剣になる。


「だがな! 所詮は貴様もプリンセスを守る騎士のひとりに過ぎん!」

 ヘルバッハは叫びながら、舞奈に剣を突きつける。

 金属が軋む異音。

 次の瞬間、剣は再び無数の小さな刃に分離して舞奈めがけて放たれる。

 飛来する無数の刃。

 それらを舞奈は苦も無く避ける。だが、


「な……」

 不意に息ができなくなって、それでも舞奈は踏みとどまる。


(どういうことだ……?)

 気力を振り絞って拳銃(ジェリコ941)を身構える。

 だが手足が痺れて思うように動かない。

 身体が鉛になったように重い。


「貴様のWウィルスへの耐性は……完全なものではなかったという訳だ」

 ヘルバッハは嗤う。


「だがな! 我がWウィルスは完成しているのだよ! 預言の持つ本来の力を100%発揮できる完全版だ!」

 その勝ち誇るような叫びで気づいた。


 刃に毒が――Wウィルスが塗られていたらしい。

 正確には【ガリア人の刃鎖(ガリアンズ・チェイン)】をアレンジし、刃を構成する金属にWウィルスの成分を含ませていたのであろう。

 以前にシャドウ・ザ・シャークは風の魔術に対抗薬の成分を付与したらしい。

 同じことを、Wウィルスを巡る一連の事件の元凶である奴がしてもおかしくはない。


 それが先ほどのかすり傷から感染したといったところか。

 そして、たとえ完全な抵抗力を持っていても、完全版のWウィルスの直接感染は防げないらしい。

 これは舞奈自身のミスだ。

 それでも次の瞬間……


「……くっ」

 ヘルバッハの口元から噴き出す何か。

 黒い鎧の隙間からも。

 汚いヤニ色をしたそれは、彼が喫煙によって人間を止めていたことを示している。

 全身から体液を噴き出しながらヘルバッハは立ちつくす。

 刃が飛び去った剣の柄が、手から滑り落ちながら光の粉になって消える。


 先ほど【ガリア人の刃鎖(ガリアンズ・チェイン)】を無数の刃にして放った際、一瞬だけ隙があった。

 その一瞬で舞奈は奴を念入りに蜂の巣にしていた。

 もちろん鎧が謎の強度を誇ることなど承知済み。

 撃ち尽くした全弾は、すべて鎧の隙間を正確無比に射抜いていた。

 しかも大口径弾(45ACP)は強固な鎧の内側で何度も跳弾して内臓をズタズタに斬り裂き、かき回し、うち1発は心臓にまで達した手ごたえがあった。

 むしろ立っていられるのが不思議なくらいだ。


 だが鎧の隙間と言う隙間からヤニ色の体液を流しながら黒騎士が動く。


 奴の身体もまた完成したWウィルスで強化されていたらしい。

 鎧を強化していたのも道術【金行・硬衣(ジンシン・インイ)】だったのだろう。

 加えて高速化の魔術【加速(ヘイスト)】だけでなく、【虎気功(フウチィーゴンズ)】で強化もしていたか。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。


「ルーシア! 銃に付与魔法(エンチャントメント)をかけてくれ!」

 叫びつつ左手で、今日に限って着けてきた背のポシェットから新たな得物を抜く。

 改造拳銃(ジェリコ941改)だ。


 おそらく舞奈が動ける時間は長くない。

 その間に奴にとどめを刺せば、すべては終わる。


 構えた改造拳銃(ジェリコ941改)の内側から熱を感じた瞬間に撃つ。全弾。

 銃にかけられた魔法は【燃える杖(ブレンネン・ガンド)】。

 ルーン魔術【燃手(ブレンネン・ハント)】と同等の効果を持つ術だ。


 煮えたぎる弾丸がヘルバッハの首筋、脇腹、男の急所めがけて飛ぶ。

 黒騎士は両の掌をかざして内またになって必死の【風精の防殻(エアリアル・シェル)】で防ぐ。

 口元がニヤリと笑みの形に歪む。

 だが次の瞬間、その上の仮面の額に炎弾が突き刺さる。


 今しがた、舞奈は憎悪と殺意をありったけに込めて急所を狙って撃った。

 奴は【思考感知(ディテクト・ソウツ)】で舞奈の激情を察知して急所を守った。

 だが舞奈はヘッドショットくらい手癖でできる。意識する必要すらない。

 最初に顔面を狙った一撃を奴が双剣と【風精の防殻(エアリアル・シェル)】で防いだ時に、そこが鎧の隙間と並ぶ弱点であると頭の片隅に留めていた。それだけで十分だった。


 あるいは奴は【戦場の奸智(コンバット・カニング)】により頭部への着弾を察知したのかもしれない。

 だが弾丸より激しく燃えさかる激情に圧されて判断を誤った。


 だから最後の炎弾はヘルバッハの額を直撃。

 だが貫通はしない。

 思いのほか強固な仮面に突き刺さって止まる。


 それでも赤い仮面の片側がひび割れ、大きく欠ける。

 その素顔があらわになると思った瞬間、ヘルバッハは右手で割れた仮面を押さえる。

 その様子が、命の危機より焦っているように見えた。


「お……のれ……」

 ヘルバッハは仮面の割れていない方の目で舞奈を睨みつけ、


「Please,Merlin!」

 左手を天にかかげて叫ぶ。

 次の瞬間、黒騎士の姿が消えた。

 気配も消えた。

 十八番の長距離転移【智慧の大門マス・アーケインゲート】で逃げたのだ。


 舞奈はその場に崩れ落ちる。

 身体に力が入らない。

 気力を振り絞って立っているのも限界だ。

 心なしか目の前が暗く、先ほどより呼吸も苦しくなってきている。


 迂闊だった。

 舞奈は確かにWウィルスへの完全耐性を持つ。

 だが完全な状態のウィルスが傷口から体内に侵入すると、さすがに防げないらしい。


「舞奈様。わたくしの……命をお使いください」

「……できるかよ」

 何時の間にか側でひざまずくルーシアを見やり、無理やり口元に笑みを浮かべる。


 禍川支部の拠点で見た、ヤンキーたちの末路が脳裏に浮かぶ。


「わたくしなら【傷の転移スカージ・ベジェージス】で舞奈様の災いを鎮めることができるはずです」

回復魔法(ネクロロジー)か。……そういう意味じゃないよ」

 彼女は預言に記された通りに自身の血肉を差し出し、舞奈を救おうとしている。

 その手段が負傷を他者に転移させる回復魔法(ネクロロジー)ということらしい。


 結局、それが彼女が自分で導き出した答えだった。


「志門さん!? どうしましたの!? わたくしの力が必要なら――」

「――いや、おめぇは話わかってねぇだろ」

 側に並んだ麗華の言葉に苦笑する。


 プリンセスの聖なる血肉とその成れ果てには災厄を無に帰す力がある。

 それは複数種類が集まることで威力が倍増する。

 結局、預言された犠牲なしでウィルスの脅威に抗う術は見つからなかった。


 だが舞奈の答えも、とうの昔に決まっていた。

 少なくとも舞奈だけは、その恩恵に与ることはないと。


 何故なら舞奈は少女の笑顔を守るために戦っていた。

 美佳と一樹の笑顔を失ってからずっと。

 だから自分自身のためにプリンセスの血肉を生贄に差し出すことはしない。


 その決意に間違いはなかったと、最後の時を迎えようとした今、確信した。


 再び【禍川総会】のヤンキーたちの最後の姿が脳裏に浮かぶ。

 Wウィルスにより全滅した彼らの表情は、一様に苦痛に歪んでいた。

 だが悔恨に苛まれた顔はひとつもなかった。だから……


「……それより笑ってくれよ」

 口元を笑みの形に歪めようとする。ピアースが最後にそうしたように。

 そして最後の力を振り絞って、奮える腕を、指先をのばす。

 ルーシアの目元に浮かぶ、大粒の涙を指でぬぐう。

 途端――


「――つっ!?」

 指先に熱を感じてうめく。

 熱はたちまち舞奈の身体じゅうを駆け巡る。


「舞奈様!?」

「志門さん!?」

 2人の声が妙に大きく脳に響いてうるさい。

 視界がまぶしい。


 思わず目を覆おうとして、腕が普通に動くことに気づく。

 そう意識すると、全身の痺れも何時の間にかなくなっていた。

 思わず半身を起こす。

 呼吸も苦しくない。

 すっかり元のままだ。


 徐々に光に目が慣れてクリアになる視界の中で、頬に涙の跡をつけたルーシアと麗華が呆然とこちらを見やっている。

 たぶん舞奈自身も同じ表情をしているのだろう。


「どういうことだ……?」

 唯一の違和感でもある熱の残る指先を見やりながら首をかしげる。


 その周囲で徐々に周囲の景色が変容していく。

 Wウィルスの魔力で構成されていた結界が、魔力を使い切って解除されたのだろう。

 あるいは結界の外側から何者かが消去ないし破壊したか。


「しもん! ぶじか!」

「ルーシア様! サィモン・マイナー!」

「無事なんだナ!?」

 結界からはじかれていた護衛たちが走り寄ってくる。


「志門君! よかった無事のようだ!」

「心配させないでよ!」

 異変を察して駆けつけてくれたらしいアーガス氏とレナもいる。

 その側に、


「無事ですか!? ルーシア殿下! 西園寺さん――」

 焦った表情の明日香。

 また無理のある移動手段でも使ったか疲労し上気した顔が、舞奈と目が合った瞬間に無意識にほっとしたように弛緩する様に舞奈も安堵する。

 そんな彼女の、さらに隣で、


「しもん……?」

 リコが首をかしげながら、眼鏡をはずしてまじまじと舞奈を見やっている。

 怪訝に思って舞奈も周囲を見渡すと、


「舞奈様……?」

「光ってるンす……」

 デニスとジャネットもまた舞奈を見やっている。

 そんな彼女らを呆然と見つめながら、


「どういう……ことだ……?」

 舞奈は再びひとりごちた。


 同じ頃。

 場所は再び萩山のアパート。


 バーチャルギアのエラーによってWウィルスの散布を察知した萩山光。

 トロルのような母親は謎の疲労を訴えながらソファを陣取ってテレビを見始めた。

 そちらは大丈夫のようだ。

 だが姿の見えない父親が心配になって、彼は父の部屋に赴いた。そして……


「……ああ、光か」

 父は、自室の机の前にいた。

 息子に気づいて振り返りながら、息子と違ってサイドの髪は無事な頭にかぶっていた小さな白い布切れを丁重にはずして手に取る。

 可愛らしいフリルで装飾されたそれを見やり――


「――ちょ!? 親父!?」

 萩山は驚愕する。


「親父……それって……!」

「そうか。知られてしまったか」

 言葉とは裏腹に、萩山父は落ち着き払った様子で息子に向き直る。

 萩山は動揺する。

 さらに間の悪いことに――


「――ヒカル? papaさん? こんなところにいたデスか」

 振り向いた萩山は硬直する。


 何故なら、そこにいたのは従妹のイリアだった。


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