王女の使命
「やれやれ、なんとか無事に終わったぜ」
放課後の商店街を、舞奈は学生鞄を背負ってだらだら歩く。
スカイフォールの王女たちによる学校訪問も、どうにか無事に終了した。
クラスの皆も盛り上がっていたし、ルーシアやレナも喜んでくれたようだ。
チャビーの思いつきで始まった励ましイベントも、ひとまず成功といったところか。
「……終わったんだよな? 無事に」
今日一日を思い出し、やれやれと苦笑する。
麗華様が承認欲求を満たす機会と思ったか、普段に輪をかけて酷かった大暴走。
それも、まあ怪我の功名でいいアクセントになったとも言える。
本物の王女に対する麗華の心証は割とだだ下がりだった気がするが、それはまあ自業自得だ。そして、ある意味で正当な評価だ。
なのでルーシアは迎えに来たマーサとゴードンを連れ、帰路についた。
護衛の明日香も一緒だ。
舞奈も何となくレナと園香を家まで送ってから、新開発区のアパートに帰る途中だ。
ある意味で波乱に満ちたイベントを終えて、そのまま何となく気が抜けた気分で通りを歩いていると、
「奈良坂さんじゃないか」
「あっ舞奈さんこんばんわ」
奈良坂に出くわした。
粗忽な眼鏡の女子高生は、舞奈に気づいてにへらと笑う。
「しもんだ!」
「しもんだ!」
「しもんがでた!」
足元にはリコに加え、桜の妹たちもいる。
マミにマコといったか。
「でたって……ったく、人をお化けみたいに言いやがって」
マミだかマコだか見分けのつかない未就学児どもに笑いかけ、
「友達の家に遊びに行ったら、マミちゃんマコちゃんにせがまれちゃいまして」
「ははっ奈良坂さんも、すっかり子守りが板についちゃったな」
そのまま奈良坂の眼鏡を見やって苦笑する。
奈良坂の友人は桜の姉。
桜たちの家は 伊或町の一角にある貧乏子だくさんの家だ。
おおかた件の友人も今日はバイトで忙しいのだろう。
2人の妹をほっぽり出してるということは桜もか。
対して低ランクとはいえ執行人の奈良坂が金に困ることはない。
なのでバイトの日にも遊びに行ったりして子守りを引き受けているのだろう。
正しい相互扶助の形と言えなくもない。
「きょうはマミとマコと、おひめさまをさがしにきたんだ!」
「お姫様? ああ、なるほどな……」
元気なリコの言葉に納得する。
舞奈のクラスに海外からの客人が来るとは昨日の帰りのホームルームで聞いた。
その時点で真偽は不明だったものの、桜は妹たちにそのことを話したのだろう。
その話をリコが聞いて、皆で金髪を見に来たと言ったところか。
現に王女たちはクラスに来た。
というか舞奈は先ほどレナを園香と一緒に家に送って行ったばかりだ。
今からリコたちを連れてとんぼ返りすれば家に居るはずだ。だが……
「……ちょっと待ってろ。お姫様を見つけてやる」
「おおっわかるのか!」
携帯を取り出す。
『何の用よ?』
「おっ明日香か。そっちにルーシアさんはいるか?」
『そりゃあいるわよ。皆もね』
不機嫌な様子に気にせず問いかける。
生真面目な明日香は無駄なことが無駄だという理由で嫌いだ。
「近くで落ち合えるか?」
『まさか緊急の用事?』
「まあ……大事な用事だ」
『了解。じゃあ公園にしましょうか? 噴水広場のベンチのところにいるわ』
「オーケー。すぐ行く」
手早く話をまとめる。
口元にはニヤリと笑み。
舞奈の予想は、ある意味ビンゴ。
ルーシア王女は迎えと明日香と一緒に大使館に向かう手はずだった。
それが公園の近くということは、正規のルートを外れて徒歩で移動中か。
会話にまぎれて雑踏や喧騒が聞こえたので間違いはない。
例のリムジンじゃないということは、そうする理由があったのだろう。
なにせ明日香は無駄なことが嫌いだ。なので、
「……公園にいるらしい」
「おおっ! やるなしもん!」
リコたちに向き直り、
「すまんが奈良坂さんも」
「いえいえ、お供しますよ」
皆で歩き出す。
愉快な学校訪問が彼女の笑顔にあと少しだけ届かなかったというのなら、無邪気な子供たちや能天気な奈良坂と少し話してみるのも悪くない。
……なので公園のベンチの近くで、
「おひめさまだ!」
「おひめさまだ!」
「おひめさまがいた!」
「……大事な用事って、このこと?」
「いやほら、会いたがってたんだ」
明日香は露骨に舞奈を睨む。
明日香は無駄なことが無駄だという理由で嫌いだ。
まあ不機嫌な表情を子供らに見られないよう気を使うあたりが昔の彼女との違いか。
そんな2人の側で奈良坂が苦笑する一方で、
「まあ、可愛らしいお子様ですね」
「いいにおいがする! おまえはほんもののおひめさまだな!」
「ふふっ、まあ王女ですので」
ルーシアはリコを抱っこしている。
まったくリコにも困ったものだ。
だが子供を抱き上げる姿も堂に入っているあたりがルーシアの人徳だろうか。
正直、レナだとこうはいかなかったとは思う。
僅差でまだ、彼女は抱っこをされる側の人間だ。
側ではマーサさんとゴードンがニコニコしている。
ルーシアの気晴らしになったと思っているのだろう。
ともかくルーシアも子供が好きなようで良かった。
「引っぱるなよリコ。その子の髪は地毛だ」
「もんだいない! ほんもののおひめさまだからな!」
何気ない舞奈の言葉に答えながら、リコはルーシアの腕の中ではしゃぐ。
「リコちゃん、お歳の割に筋肉ありますわね。舞奈様に似たのでしょうか……ひゃっ」
「あばれるんじゃないリコ。あと顔が近い」
白い肌が珍しいのか、あるいは単に調子に乗ったか、リコは抱きかかえられたままルーシアの顔に抱き着いたり、鼻をかぷっとくわえたりする。
そんな様子を見やって舞奈は肩をすくめる。
まったく誰に似たんだか……。
「マミもだっこー」
「マコもー」
リコとルーシアの様子がよほど楽しげに見えたのだろう。
2人の妹もぴょんぴょん飛び跳ねながら抱っこをせがむ。
「はぁい。それじゃあ降ろしますね」
「すまないルーシアさん。……楽しかったか?」
「おう! きちょうなたいけんをさせてもらった」
「どこでそんな言葉遣いを覚えてくるんだ」
満足げにニッコリ笑うリコに舞奈は苦笑する。
だが次の瞬間……
「……あっどうした?」
リコはいきなり走っていった。
まったく子供のすることはわからん。
まあ舞奈も子供ではあるのだが。
ともかく元気な幼女がバードテールを揺らして止まった先は、少し離れた場所で見ていた大人組のところ。
見やるマーサとゴードン氏に向かって、リコは再び抱っこをせがむポーズをする。
美人のマーサの形の良い鼻が気になったのかもしれない。
やれやれ、まったく誰に……。
「ふふ、ルーシア様やレナ様が小さかった頃を思い出しますね」
マーサはニコニコしゃがみこみ――
「――!?」
側のゴードンがいきなり跳び退った。
両手で頭を押さえている。
しかも割と切羽詰まった表情だ。
その挙動に舞奈は訝しみ、すぐに気づいた。
生え際が派手に後退した彼の髪を、リコが狙っていたのだ。
ルーシアは『ほんもののおひめさま』だから地毛だと納得した。
だが似たような色の髪をしたおっちゃんに対してもそうだという訳じゃない。
生え際の後退具合も不自然と言えば不自然に見えなくはない。
髪の真偽を確かめてみたくなったのだろう。
その企みをゴードンは【精神読解】で見抜いた。
もちろん普段から道行く人の心を読むことを【組合】は推奨していない。
それは不躾なだけでなくリスクを伴う行為だ。
だが騎士として王女に付き従っている場合は別だ。
害意を抱いただけで見破ることのできる超能力は護衛には最適だ。
超能力者としても古株であろう彼ならば、表層意識のさらに上澄みをちょろっと覗くだけみたいな無差別ながら比較的安全な読心技術も会得しているのだろう。
そして老いた男の残り少ない金髪を毟ってやろうと考えるのは明確な害意だ。
「やめろリコ! その人も地毛だ!」
舞奈はリコを捕まえようと走り出し――
「――おまえ、リコのあたまがよめるのか?」
リコが首をかしげた。
ゴードンが思わず硬直する。
側のマーサも。
当然ながら彼が超能力者であることは一般人には秘密。
子供たちに看破される事態は避けたいと思うのは普通だ。
それでも、その反応は迂闊だと舞奈は思った。
たぶんリコは、不意をついて髪を毟ろうとしていたところを感づかれたので言ってみただけだろう(それについては後で注意しておく必要があるが)。
だが誰に似たやらリコは妙なところで勘がいい。
その後の反応で状況を察し、思いつきが確信に変わる可能性は高い。
その事態に、一瞬だけ遅れてゴードンも気づいたらしい。
流石は年の功と言ったところか。
あるいは舞奈の思考を読んだか。
そして彼は何とか誤魔化そうと算段を巡らせたのだろう――
「――あっ」
意外に手馴れた仕草でリコを抱き上げ、
「Ouch!」
「とれない……」
予想通りに毟られた。
「おおい、その人は初恋だってまだなんだ。少ない毛まで毟ってやるな」
「……余計な世話だ」
碧眼から涙をちょちょぎらせながらゴードンが睨む。
その仕草が面白かったのだろうか、
「マミもやるー!」
「マコもー!」
桜の妹たちまでゴードンの周りに走ってきた。
あーあ。
「……ふふ、すっかり子供たちをゴードンに取られてしまいましたわ」
「おつかれさま」
言葉とは裏腹ににこやかな表情でやってきたルーシアを労う。
子供と触れ合った後の彼女の笑みは、やわらかくて自然だ。
気晴らしになったようで何より。
その一方で、追い詰められたゴードンは活路を求めて側の木の上とかを見やる。
いや、あんたは【転移能力】とか使えないだろうと舞奈は苦笑する。
マーサはニコニコ見守っている。割とヒドイ。
追いかけてきた奈良坂は状況が飲みこめずに困っている。
明日香はいろいろ諦めた様子で、ハゲいじりを生暖かい目で見ている。
そんな様子を静かに見やりながら――
「――何か飲み物を買ってきますわ。舞奈様、よろしいですか?」
「それならわたしが」
「いえ、この国のお金を使ってみたいんです」
ルーシアは言いつつ、その場を離れようとする。
舞奈も続く。
明日香の申し出は仕草で押し止める。
ルーシアは天然だが王女の器だ。
技術者としての意識が強い妹のレナよりも、他者に頼る方法を知っている。
頼るに足る人物を見抜く目も持っている。
そんな彼女は、明日香ではなく舞奈を選んだ。
たぶん舞奈にしかない何かを求めているのだろう。
魔術と知性で物事を解決する明日香じゃない。
力こぶと感情で事態を動かす舞奈に。だから、
「それに、皆の好みは把握しておりますわ」
「あたしもだ」
「……貴女は普通の飲み物を買って来て。頼むから」
明日香のジト目を背中に感じながら、ルーシアと近くの自販機へ向かった。
そして木々が立ち並ぶレンガの道を、王女と並んで歩く。
まだらな木漏れ日の中の彼女も美しい。
クラスの男子が群がるのも道理だ。
金髪をゆるやかに揺らせて歩く彼女の姿は清楚で、可憐で……少し儚げに見える。
「あの眼鏡の方、奈良坂様とおっしゃいましたか」
「ああ」
ボソリとこぼれた言葉に相槌を打つ。
「……仏術士ですね」
「よく気づいたな」
「ゴードンの様子を見ていれば、術者なのはわかります」
「なるほどな」
ルーシアの言葉にうなずく。
やはりゴードンは王女に近づく者の心を精査する役割を担っていた。
害意の有無だけでなく、【精神読解】を妨害されれば術者だとわかる。
「それに、あの方は善き心を習練によって魔力に変えて、己が身に宿しています」
「見ただけでわかるのか?」
「なんとなく……ですけどね」
ルーシアは言葉を続ける。
その瞳が、この先にある自販機じゃない遠くを見ているように見えて、
「……月輪様の他の仏術士にお会いしたのは初めてです」
「ははっ奈良坂さんはちょっと特殊だけどな」
舞奈も意識して軽薄に笑う。
実は舞奈も似たようなものだ。
舞奈にとって、仏術士のイメージと言えば最初は一樹だった。
刃物の様に切れ味がよく強く頼れる戦闘のプロ。
まあ、それも極端な例ではあるが。
それが様々な意味で真逆な彼女と出会い、印象が変わったのは事実だ。
そんな奈良坂と出会ってから、まだ1年も経っていない。
そのように過去を振り返りながら、ルーシアと同じ瞳をして笑う舞奈は……
「……Wウィルスの存在は、実は古くから我が国で預言されておりました」
「なんだと?」
不意に、あまりに何気ない口調で語られた事実に驚く。
「『黒き災厄』という名で預言書に幾度か散見されております。悪しき者の力を増し、善き者から力を奪い徐々に死へ至らしめるという特徴を鑑みればWウィルスを指しているとみて間違いないでしょう」
「流石は魔法の国。そんなことまでお見通しか」
「はい。……災厄に際したプリンセスの使命も」
その重要な情報を、今になって舞奈に話す意味はわからないが。
内心を隠しながら何食わぬ顔で笑う。
そんな舞奈の側でルーシアは少しだけ押し黙る。
やがて決意したように小さく息を吸い……
「……血肉をもって災いを鎮める。それが我が使命です」
感情のない声色で言った。
「血肉だと?」
「はい。聖なる血肉とその成れ果てには災厄を無に帰す力があると」
「……」
「そしてプリンセスの血肉あるいはその成れ果てによって災厄から守られた勇敢なる戦士たちは、次いで襲い来る大いなる敵に立ち向かう。そう預言にはあります」
「レナや皆は知ってるのか?」
「いえ。預言の精査に立ち会っていただいた宮廷術師団の皆さまとわたし以外に知る者はいないはずです」
驚愕を隠し切れない舞奈に、ルーシアは淡々と告げる。
彼女がその事実を知ったのは何時頃なのだろうか?
どちらにせよ彼女は彼女なりに、その事実を噛み砕いていたのだろう。
周囲に伏せていたのは、その責を自分だけで引き受けるつもりだからだ。
預言書に記された『血肉』『成れ果て』という言葉が正確には何を指し示すものなのか、術者でもなく、その手の事柄に無学な舞奈にはわからない。
だが誰もが何も失うことのない安全な手段でないことは確かだと思う。
おそらく何かが……あるいは誰かが犠牲になるのだ。
贄と言い換えることもできる。
「あたしに話せばゴードンさん経由で皆にバレるぞ?」
「それは構わないと思います。……もう時間もないですし」
確認する舞奈に、彼女は寂しそうに笑う。
何故ならWウィルスの危機はすぐそこまで迫っている。
預言が成就するときが。
否、すでに預言は成就せぬまま時は過ぎ、民草に多大なる犠牲が出てしまった。
次は2度目のチャンスだ。
預言は犠牲を求めている。
その事実を、心優しい彼女は誰にも伝えなかった。
誰にも告げぬまま、自身がその責を引き受けようとしていた。
だから先ほど彼女は『我が使命』と言った。
……否。
「その預言の事、もう騎士団とヴィランの一部にバレてるんじゃないのか?」
「どういうことですか?」
「ヴィランの死霊使いクラフターが麗華の誘拐を企てた。最初は2年前だ」
「2年前!?」
「ああ。つい先日もクイーン・ネメシスとつるんで同じことをしようとした。あたしたちが食い止めたがな」
「……」
舞奈の言葉にルーシアは押し黙る。
情報を吟味しているのだ。
預言に記されたプリンセスとやらの条件がスカイフォール王家の血を引く女子というなら、候補は3人いる。
王女であるルーシアとレナ、そして王家の血を引く麗華だ。
さらにクイーン・ネメシスは麗華をプリンセスと呼んだ。
加えて彼女は誘拐した麗華を、大事な誰かの身代わりにするとほのめかした。
「あんたの身内にケルト呪術師はいるか? とびきり腕の立つ若い女だ」
「いえ、以前にいた宮廷術士長の妹君がそうだと聞いたことがあるのですが、わたしが物心ついた頃には……」
「そっか」
ルーシアの答えに何食わぬ返事を返す。
以前にいた宮廷術士長とやらは、出奔したというマーサの師と同じ人物だろうか?
親和性の高い流派の魔術と呪術を、気心の知れた姉妹で手分けして会得するというのはよくあることなのだろう。
桂木楓と桂木紅葉は、姉妹でそれぞれウアブ魔術と呪術を修めた。
ルーン魔術師とセイズ呪術師のレナとルーシアだってそうだ。
もちろん宮廷術士長の妹とやらが、クラフターだという確証はない。
だが違うと断言する材料もない。
そして、そう考えると奴らの不可解な言動に説明がつく。
何らかの理由(姉絡み?)で王女ないし王家を敬愛するクラフターが、無茶が黙認されるヴィランという立ち位置を利用して王女の身代わりをたてようとした。
クイーン・ネメシスはその後に襲い来る大いなる敵とやらと戦おうとしていた。
先ほどのルーシアの様子からすると、預言が明るみになったのも2年前なのだろう。
舞奈はそんな憶測を語り、
「ならばゴードンたちも……」
「いや、あいつらは逆に麗華様を守ろうとしたんじゃないかって思う」
王女の言葉に答えて笑う。
2年前はクラフターに出遅れた騎士団たち。
だが先日、再び麗華が狙われると何らかの手段で知った。
だから先んじて麗華の身柄を確保し、本当の誘拐犯から守ろうとした。
自身の身代わりに別の誰かが犠牲になることを、王女は望まないと思ったから。
そのくらいに考えたほうが、あの不慣れと粗忽さの度が過ぎてツッコミどころしかない誘拐ごっこの説明には相応しいように思える。
そう語った後に「憶測だがな」と誤魔化すように笑う。
ルーシアも安堵したように少し笑う。
預言の件を、実は他に知ってた者がいると知らされて少し気が楽になったようだ。
心の内に仕舞いこんでいた預言の秘密は彼女の重荷になっていたのだろう。
「そこら辺の話は奴らから聞いてないのか?」
「それは、その……頑として話したがらなかったもので……」
「いや、いちおう、あいつら他国で悶着を起こしたからな?」
やれやれと苦笑する舞奈に、
「イワンとサーシャ(レディ・アレクサンドラ)の間に何かあったのだと思っていたのです。あの2人は同郷ですし」
ルーシアは釈明するように言い募る。
「そうなのか?」
「はい。お2人ともキーウの出身なんです。祖国が独立される際に難民として我が国に迎え入れられたと聞いております」
(じゃあ2人とも少なく見積もって三十路か……)
サーシャはともかく、イワンはそんな歳であれだと今後が不安なんだが。
苦笑する舞奈。
だが、それでも、県の施設が彼らを解放した事実は舞奈の憶測の裏付けになる。
怪人の受け入れ施設というくらいだから、心を読める術者くらいいるはずだ。
そいつが彼らが女児誘拐に及んだ理由を読み取り、危険はないと判断したのだろう。
……それ以外の理由で訳もなく怪人を保釈しないで欲しいし。
そんなことを考えて舞奈は苦笑する。
だが肝心な問題は解決していないから……
「……舞奈様」
「ん?」
ルーシアは遠い目をしながら問いかける。
「月輪様や【禍川総会】の皆さまは、何を想っていらっしゃったのでしょうか?」
「……」
舞奈は一瞬、口ごもる。
彼女が言っているのは禍川支部が壊滅したのときのことだ。
支部を守護する仏術士の月輪、【禍川総会】のヤンキーたちは、Wウィルスと迫り来る屍虫の魔の手からルーシアを逃すため、文字通り身を挺して戦った。
そんな彼らを、今の自分に重ねているのだろう。
犠牲になる者の心意気を。
預言によると、Wウィルスに抗するためには犠牲が必要だ。
ルーシア、レナ、麗華のいずれかから。
だが舞奈はこの考え方が嫌いだった。
3人ともが笑顔のまま、この先も生きていける結果が欲しかった。
それでも舞奈に、この考え方を否定することはできない。
なぜなら舞奈自身が、これと同じ冷たい判断によって命を繋いだたからだ。
ピクシオンが全滅するより、幼い舞奈ひとりだけでも生き残るほうがましだ。
仲間のその判断を、非難する資格は舞奈にはない。だから……
「……男が女のために何かする理由なんか、ひとつしかないよ」
舞奈はうそぶくように語る。
小5女子の舞奈は、男について誰かに語れるほど何か知ってる訳じゃない。
けどトルソや、バーンや、スプラ。ピアースのことを考える。
陽介のことを考える。そして――
「――笑って欲しいんだ」
ひとりごちるように、言った。