王女様よりえらい人?
Wウィルスによって引き起こされた、今度は北海道での惨劇。
それでも舞奈たちの身の回りの日常は滞りなく進む。
不幸中の幸いにも壊滅したアサ卑川支部の管轄区域は、もとより住人の過半数が脂虫に成り果てた暗黒地帯だったらしい。
早々に大魔法による殲滅が実施されたのもそのせいだ。
拠点の破棄も想定内だったので人員の退避も素早く完了。
なので今回の惨事で【機関】関係者に被害はなかったそうな。
なので、その件の後始末は北海道の他の支部にまかせ、舞奈たちは特にアクションをとることもなく数日が過ぎた。
その間は幸いにも近場でヴィランの襲撃はなし。
他県での惨事もなし。
逆に言うと、事態に進展もなし。
他の皆も再び穏やかな日々を過ごしていた。
明日香は王女たちにつき合いつつ。
舞奈も思い出したように連絡してくる陽キャどもの面倒を見つつ。
そんな少なくとも表向きは平和な、とある平日の朝。
初等部の一角にある舞奈たちの教室で――
「――という訳で昨日、連絡した通り、今日は海外の友達が皆と一緒に勉強する」
ホームルームが始まると同時に、小太りでサングラスな担任が告げた。
クラスの皆がざわざわする。
具体的には困惑している様子。
実のところ小学生にとっては割と重大なこのイベントを、皆は昨日の帰りのホームルームの終わり際にさらっと伝えられたのだ。
なので今日の今まで事の真偽と担任の真意についてクラス内でも意見が割れていた。
だが海の向こうのプリンセスが、今から本当に教室に来ると言う。
騒がずにいられる訳がない。
かく言う担任も、正直なところ困惑している。
学校から担任への連絡も相応に急だったらしい。
それに、ついこの間、副担任の先生が来たところなのだ。
正直、多忙な先生方に申し訳ないことをしたと舞奈は少し思ったりもする。
だが当の鹿田先生はニコニコ。
そして側のドアがガラリと開いて、
「始めまして! レナ・ウォーダン・スカイフォールよ」
金髪のツインテールをなびかせ、小奇麗に着飾った少女があらわれた。
年の頃は舞奈たちと同じくらい。
気そうな大きなつり目が印象的だが、目じりは垂れているので威圧感はない。
レナである。次いで、
「ルーシア・フレイア・スカイフォールと申します。皆さま、よろしくお願いします」
しとやかに入室してきた少女が、日本式の完璧な礼をする。
背丈も仕草もレナより少し大人びている。
長くのばした、妹と同じ明るい色の金髪が優雅に揺れる。
こちらはルーシアだ。
「レナさんとルーシアさんは、ヨーロッパの独立国家スカイフォール王国で王女をしていらっしゃる。皆も失礼のないように」
担任は平静を装って王女たちを紹介する。
そして再び一礼した2人の王女に――
「――きゃー!! 金髪よ!」
「金髪だわ!」
「王女様だって!?」
「そりゃそうよ金髪だもの!」
「巨乳の先生も来たし、最近すげーなこのクラス」
クラスの面子が若干、失礼な歓声をあげる。
リコと大差ない反応だなあと舞奈は思う。
だが、まあ小学5年生なんて所詮こんなものだとも思う。
それでも、まあ先日の副担任同様に好意的に迎え入れられているようでなにより。
2人の王女が可愛らしいからという理由もあるのだろう。
「スカイフォール王国って知ってる! 兄ちゃんが好きな国だ」
教室の端からそんな声が上がり、
「わたしも知ってるー! 観光用のサイトをバイト君が仕事中に見てるよ。国営サイトなのに凄く軽いっていつも言ってる」
「仕事中……」
「その人、駄目な人なんじゃ……」
モモカがのっかる。
他にもクラスでがやがや言っているのを聞くと、知っている生徒は多々いるようだ。
魔法の王国スカイフォール。
術者や魔道具以外にも、表の世界に訴求する何かを持っていたらしい。
そんなクラスの雰囲気に当てられた訳でもないだろうが、
「ルーシアとレナは、わたくしの遠縁の親戚ですのよ!」
麗華様がいきなり教卓の前に立ちふさがって、高らかに宣言した。
まったくフリーダムこの上ない。
王女たちと担任は絶句する。
クラスの皆も「お、おう……」みたいな感じで沈黙。
仕方なく左右に並んだデニスとジャネットも困り顔だ。
「西園寺、流石にそれは失礼だろう……」
「不敬罪だぞ……」
普段からギャラリーをしていた男子たちが、やれやれと言った様子で席を立つ。
そして王女たちに恐縮しつつ、かけらも信じていない表情で麗華を囲んで、
「おまちなさい! 本当の事ですわー」
ジタバタする両腕をつかんで宇宙人みたいに拘束する。
そんな様子を白黒の姉妹は苦笑しながら見ている。
まあ、ある意味、普段通りの光景だ。
担任は頭を抱えている。
鹿田先生は楽しそうに見ている。
「あの、麗華は本当に父方の従姉妹で……」
我に返ったルーシアが麗華をフォローしつつ、男子たちを制止する。だが、
「……本当に優しいんですね、ルーシアさん」
「よかったな西園寺。ルーシアさんが姉妹だって言ってくれたぞ」
「ホントすいませんコイツ頭がアレなんです」
ルーシアに平伏しつつ、男子はそのまま麗華を席まで引きずっていく。
容赦も躊躇いもない。
そんな従姉妹とクラスの皆の様子を見やり、
(麗華……)
ルーシアもレナも逆に気圧され目を丸くする。
麗華様の圧倒的なまでの信用のなさに度肝を抜かれ、言葉もない。
そんな微妙な雰囲気を払しょくしようと、
「質問があるのです」
「どうした? 委員長」
委員長が生真面目に挙手し、
「失礼ながらルーシア王女は中学生くらいのご年齢とお見受けするのですが、わたしたちのクラスの見学で本当に良かったのですか?」
「警備の関係上、安倍や志門と同じクラスにいた方が都合がいいんだそうな」
もっともな質問に、担任がもっともな回答を述べる。
クラスの品位が少し回復した気がした。途端、
「安倍さんの会社でルーシアちゃんたちのガードマンをしてるんだよ」
「本当か日比野!? 安倍スゲー!」
「脈絡もなく名前が出て来た志門もスゲー!」
チャビーの無邪気な一言を皮切りに、クラスの面々が一斉に明日香を見やる。
もちろん自席に戻された麗華様は、明日香を称えるムードに怒り心頭。
「おのれ! 安倍明日香!」
男子を振り払って仁王立ちになって歯噛みする。
思わず苦笑するデニスとジャネット。
王女を紹介した舌の根も乾かぬうちの騒動に、担任は思わず無表情。
鹿田先生はニコニコ。
((麗華……))
2人の王女はそろって目を丸くしていた。
どうやら麗華様、ちゃんとした王族の前では上手く自分を取り繕っていたらしい。
なのに学校での有様を見られた途端にこの始末。あーあ。
ふと気づくと、みゃー子が大人しく自分の席で座っている。
今日に限って体調でも悪いのか?
あるいは空気を読んだのか?
みゃー子の言動に理由なんて無いのはわかっているが、不気味なことこの上ない。
と、まあ、最初からいきなり不安な雰囲気の中、それでも授業は始まり――
「――じゃあ他にこの問題がわかる者は」
「はい! はい!」
担任の台詞を遮るように麗華様がド派手に挙手。
「では、Miss 西園寺」
鹿田先生はニコニコしながら指名する。
「いやあの鹿田先生……」
対して担任が言い辛そうにしているのは……
「……もう5回目ですし」
「ふふ、gutsは認めてあげませんと」
「ま、まあ先生がそう言うんでしたら」
何故かガッツの発音がすごく本格的な副担任。
屈託のない笑顔にほだされて……というか諦観した担任は麗華に向き直り、
「今度こそ……安倍明日香には負けませんわ!」
「よく考えて答えてくれ西園寺」
「55°! ごじゅうごどですわ!」
「違う」
「ええっ!?」
バッサリ切り捨てる。
((麗華……))
そんな様子をレナとルーシアは呆然と見やる。
「三角形の角度の計算は昨日の授業で教えたぞ。後で復習しておいてくれ頼む……」
疲れた声で続ける担任に、
「もう一度! もう一度チャンスを! はい! はい!」
麗華は熱病に浮かされたように挙手する。
明日香が当てられて正解されるのが嫌なのだ。
しかも王女たちの前で。
「麗華様、当てずっぽうは諦めて教科書を読み返したほうが良いのでは?」
「今のが実戦だったら5回死ンでるンすよ」
(ジャネット。物騒な言い回しはやめてくれ)
囃したてる取り巻き2人に担任は頭を抱える。
他の生徒はドン引きして挙手しない。
このままだと授業が前回のおさらいから先に進まない。
というか麗華のハズレ解答だけで終わる。
そんな担任の内心を知ってか知らずか、
「はーい! はーい!」
無邪気なチャビーが手を挙げる。
「おっ日比野」
「60°です!」
「おおっ正解だ。凄いぞ日比野」
「やった! 三角形の角度は合計が180°になるんだよね?」
「ああ、その通りだ」
「立派ですわ! チャビー様」
見事に正解。見ていたルーシアが褒め称える。
懲りずに手を挙げる体勢だった麗華様は硬直したまま悔しそうな表情をする。
だが、それ以上の奇行はなし。
無邪気なお子様チャビーに食ってかかるのはさすがに傍目に大人げなくてみっともなく映るという自覚くらいはあるらしい。
(恩に着るぞ日比野。答えたのがお前なら角も立たんだろう)
ようやく授業が進むと胸をなでおろした担任の前で、
「昨日、安倍さんが教えてくれたんだよ!」
「おのれ安倍明日香!」
ブチ切れる麗華様を尻目に、地雷を自ら踏み抜いたチャビーはニッコリ笑った。
鹿田先生はニコニコ。
担任は疲れたようにサングラスのブリッジ部分を押さえて位置を直す。
明日香は無表情で他人のふりをしていた。
みゃー子は静かに板書していた。
……そのように午前の授業が終わった給食中も、
「麗華ちゃん、ご飯をよそうときはマスクしなきゃダメなのー」
「桜さんの言う通りなのです。ご飯につばが入るのです」
「嫌ですわ! スカイフォールの王女は国民の代表であり象徴なのですわ! 顔を隠すなんてとんでもない!」
「おまえは王女じゃないだろう……」
マスク着用を拒否って大騒ぎしていた。
鹿田先生はニコニコ。
担任は教卓の隣の事務机から、一心不乱に窓の外を飛ぶ鳥を見ていた。
「そうなのか?」
「国民の希望であるよう毅然としていろとは言われてるけど……」
麗華の隣で、舞奈とレナが顔を見合わせる。
もちろん2人ともマスクに三角巾にエプロンの完全装備だ。
舞奈は単に当番だから。
王女たちは給仕係の体験中だ。
そんなレナもルーシアもしっかりマスクをしている。
しかも皆に惜しまれながら見事な金髪を三角巾の中に押しこんで。
ノーマスク&縦ロール丸出しなのは麗華様だけだ。
「……」
更に隣のテックが露骨に嫌そうな表情で麗華を見やる。
地味に潔癖症気味な彼女は、給食中の飯の前でつばを飛ばしながら大騒ぎするのが我慢ならないのだ。普段の皆がみゃー子を見るような目でノーマスクを見ている。
その更に隣はみゃー子なのだが、これまた不気味なほど静かに普通に給仕している。
実はみゃー子はこれまでも、飯とか大事な催しを台無しにしたことはない。
それでも普段は真横で微妙にイラつく仕草で踊ったりして神経を逆なでしてくるのにも関わらず、今日に限って普通に飯をよそっている。
そんな面々を尻目に、
「わたくしはー! 何者にも囚われませんわー!」
「麗華……」
絶叫する麗華。
呆然とするレナとルーシア。
「ホントすいません。アイツ悪気はないんです。……何も考えてないだけで」
男子どもが平伏する。
結局、麗華様はデニスとジャネットが取り押さえ、代わりをモモカが務めた。
と、まあ、給食の時間はそんな感じで進む。
そして似たような感じで午後の授業も終わり……
「……ぐぬぬ!」
麗華様はうなっていた。
何せ王女をダシにしたアピールは失敗。
王女たちに向けたアピールも空回り。
情けないところばかりの麗華様である。
まあ普段通りの麗華と言えば普段通りなのだが。
クラスの皆も、デニスとジャネットまでもが生暖かい目で麗華を見やる。
そんな中、
「ナイスガッツですわ、麗華」
ルーシアだけは麗華の努力(?)を褒め称える。
そんなルーシアを、
「この状況で麗華様をフォローするなんて……」
「なかなかできることじゃないよ」
「なんて心優しい女性なんだ! 流石はルーシア王女!」
男子どもが異世界現地人みたいなノリで称える。
やれやれ、楽しそうでなによりだと舞奈は苦笑しながら、
「……気がついたか?」
「何を?」
舞奈はレナに問いかける。
生徒たち(特に男子)は上品でプリンセスらしいルーシアに夢中だ。
比較すると気性の荒そうなレナは比較的フリーになる。
だが舞奈にとっては都合がいい。
「いや、あの先生のことだよ」
「担任の先生? まあ、いつもああなら大変そうだとは思うけど……」
「そうだけど、そっちじゃねぇ。副担任の鹿田先生が認識阻害で姿を変えてたろ?」
「なら、わたしが気づかない訳がないわ。本当の姿はわかるの?」
「……黄緑色の全身タイツ」
「馬鹿にしてるの!?」
言った途端、噛みつきそうな勢いで睨まれる。
「むしろ貴女が何かの術にかかってるんじゃないの?」
「それならそれで問題だろう」
レナのジト目を睨み返し、
「疑うなら後で明日香に聞いてみろよ。あいつも同じものを見てるはずだ」
「まったく。それならもっと早く言いなさいよ」
レナはぶつくさ文句を言って、
「それより、あの子は何なのよ!? 急にヘンになったわよ?」
気味悪そうにみゃー子を指差す。
いや普通に戻ったんだ、と舞奈は言おうとしたが言えずに静かに目をそらす。
昼間はあんなに大人しかったみゃー子なのに、今は妙な鳴き真似をしながら跳びはねている。すっかり普段のみゃー子だ。
ひょっとして、みゃー子なりに気遣いをしていたのではないだろうか?
そして、みゃー子の気遣いと言うのは、自分よりキ○ガイがいた場合そっちに見せ場を譲るということなのでは?
そこで考えるのをやめる。
みゃー子なんかのために脳の容量を無駄使いしたくない。
何より、みゃー子の考えが理解できるとか何か嫌だ。
それはともかく、どうやらレナは認識阻害に気づいていない様子だ。
おそらくルーシアも。
ひょっとして、きみどりおばさん。実は並ならぬ腕前の術者なのだろうか?
ならば彼女の正体は何者なのだろうか?
そんな風に舞奈が訝しんでいると、
「レナ、今度は舞奈様と内緒話ですか?」
「あっ姉さま」
生徒たちから解放されたルーシアがやってきた。
「では御機嫌よう! ルーシア義姉さまー! おーっほっほっ……げほげほ」
「大丈夫ですか? 麗華様」
「高笑いに夢中になってむせたンすね」
「麗華もお体に気をつけてー!」
麗華がこれ見よがしに挨拶して去っていく。
あくまで王族の血縁者であることをアピールしたいらしい。
こちらも、ある意味で現実主義的なレナよりおっとりしたルーシアの方が絡みやすいと判断したようだ。
「ホント麗華様がすいません」
「すいませんルーシアさん。またねー」
「はい。皆さまとまたお会いできる日を楽しみにしています」
男子たちも頭を下げつつ、頬を緩ませながら帰っていく。
こちらは金髪でプリンセスなルーシアとお話がしたかったらしい。
しとやかなルーシアはここでも人気者だ。
みゃー子は教室の隅でゴリラのドラミングをして、犬の鳴き真似をして、おばけのゼスチャー(?)をして、セミの鳴き真似をする。
舞奈は意識して視界からみゃー子を締め出す。
意識するとルーシアまでそっちが気になると思ったからだ。
割とピュアなところのある彼女に、変なものを見せたくない。
「その……なんだ。お疲れ様」
苦笑する舞奈に、
「ふふ、皆さま素敵な方ばかりですわ」
ルーシアは微笑む。
「それに、あの方たちは麗華のために、わたくしに頭を下げてくださいました」
皆が去っていった、開け放たれたドアを見やる。
「彼らは麗華の本当の友達です。こんなに嬉しいことはありませんわ」
「あいつらは、あんたとも友達になりたいみたいだったぜ」
「……そのよう……ですね。光栄です」
舞奈の軽口に、ルーシアははにかむように微笑む。
そんな彼女の瞳が遠くを見ているようだと思った途端――
――金髪よ!
――金髪だわ!
――ちょっとダンディ!
――そりゃまあ金髪だもの!
かしましい他クラスの女子の声。次いで、
「ルーシア様、レナ様、お迎えにあがりました」
「この国の学校はお楽しみになられましたかな?」
「はい。マーサもゴードンも、お出迎えありがとうございます」
妙齢の美女と、金髪の生え際が派手に後退したおっちゃんがやってきた。
王女たちを迎えに来たのだ。
ゴードンの表情が少し浮ついているのは女子の反応のせいか。
高学年とはいえ所詮は小学生。
相手が金髪というだけで珍しいし格好良く見えるらしい。
うっかり気が緩んだ隙に(手を出すなよ)と考えてしまう。
すかさず(出さぬわ!!)と怒りの思念を返される。
いきなりゴードンが睨んだので王女たちがギョッとして見やる。
だが次の瞬間、舞奈の脳裏にイメージが流れこむ。
ルーシアと笑い合う在りし日の友人たち。
感覚の優れた舞奈のそれとは違って視覚と音声だけで構成された記憶。
それでも言葉にならない、穏やかで、それでいて強い感情と一緒に。そして……
(……恩に着る)
(大した事はしちゃいないさ)
思念に思念とむずがゆい感情を返す。
無邪気な幼女が計画したささやかなイベントは、ある意味で成功したと舞奈は思う。
王女の心の中に押しやられていた記憶と感情を思い出させることによって――
――こことは違う場所。
――今より……おそらく少しばかり以前。
満開に咲き乱れるヒマワリ畑の前。
ずらりと並んだバイクの側。
これまた綺麗に整列した特攻服たちの一角で、
「――よーっし! みんな並んだか!?」
モヒカンが叫ぶ。
特攻服のあちこちから「うっす!」と元気な声があがる。
「あの、わたくしが真ん中で本当によろしいのでしょうか……?」
「何言ってるんすか! 姫がいるから記念撮影っすよ!」
「そうっすよ! でなきゃ誰が好き好んでムサイ男どもと一緒に写真なんか……」
「んだと! コラ!」
金髪の気弱げな少女を囲むように、強面のヤンキーたちが軽口を叩き合って笑う。
「皆の言う通りです。姫のおかげで【禍川総会】がまとまっているのですから、皆の真ん中で胸を張っていてください」
「ありがとうございます。月輪様」
側の精悍な僧服の言葉に、少女は安堵の笑みを浮かべる。
「でも『禍川総会』って文字をどこかに入れたいっすよね」
「じゃ、テメェが後ろ向けメガネ」
「ええっ!? そりゃないっすよ!」
端にいた眼鏡の少年が言った途端、ヤジが飛んで笑いが巻き起こる。
彼らが着こんだ特攻服の背には揃いの『禍川総会』の文字。
さらに2列に並んだヤンキーたちの後ろの列は、会議室から勝手に持ち出した机を並べて乗っている。後で調整役に怒られるのは確実だ。
そんな少年たちの顔にも、皆一様に満面の笑み。
「ゴードンさんも頼みますよ。ボクだけ見切れるとか勘弁してくださいね」
「ははっ御安心めされ。老いぼれとはいえ記念撮影には馴れておりますからな」
「カメラ係をさせてしまって申し訳ありません」
「お気になさらず。ほら、私はルーシア様が幼少の頃に何度か写っておりますし」
「子供の頃の……姫と」
「あっ! テメェ! 何考えてやがる! ロリコンか?」
「違いますよ!」
口を滑らせたメガネをモヒカンがからかって、皆が笑ってポーズをとる。
「それではまいりますぞ」
ゴードンが合図とともにシャッターを押す。だが、
「うわあっ!?」
バランスを崩した眼鏡の少年が足を踏み外した。
隣のヤンキーがとっさに腕をつかむ。
だが結局、彼は後ろ向きになって見切れてしまった。
それでも皆は、眼鏡の彼も、ルーシアも、ゴードンも、心の底から笑っていた。
四国の一角で、ルーシアが無垢なまま仲間と共に過ごしていた輝かしい日々。
その時の写真は大使館の何処かにまだ残っている。