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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第18章 黄金色の聖槍
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仮初の平和の裏側で

 ささやかなサプライズを計画するチャビーと仲間たち。

 動きの見えないヴィランたち。

 奴らを警戒する【機関】、ディフェンダーズ、スカイフォールの王女たち。

 身の回りの厄介事の処理に奔走し、未来を憂うる舞奈。

 敵も味方も水面下で少しずつ何かを進める、一見すると平和な朝。


 今日の舞奈はちょっと早めな時間に学校に着いた。

 そして校門をくぐった途端、


「あら志門さん、おはようございます」

「センセ、ちーっす」

 スーツ姿の妙齢の女性が警備員室の前で何やらしているところに出くわした。

 舞奈の身の回りの厄介事その1。

 副担任の鹿田先生だ。


 舞奈が見やる先で、先生の地味な色のスーツは全身タイツへと変化する。

 もう毎日のことなので驚きもしない。

 彼女は今日も今日とて黄緑色の全身タイツ風ローブを着こみ、認識阻害で見た目を誤魔化しているのだ。


「おや? 先生の顔に何かついてますか? じっと見たりして」

 ニコニコと微笑む先生に「いえ胸の先に乳首が……」みたいな感じで誤魔化す。

 袖や裾はひらひらしてるのに要所はピッチリしたタイツ風ローブの、胸の先だけが不自然にツルツルなのが気になるのは本当だ。

 まあ本当に乳首が見えてたら、逆に何かひとことくらい物申すと思うが。


 そんな舞奈に、副担任は「まあ、志門さんはいつもユニークですね」と笑う。

 側の警備員室の窓の奥の、ちょっと離れた場所でルージュが「なぁー」と鳴く。

 正直、彼女は穏やかで賢明かつ博識で、格好以外は申し分ない先生だ。

 なので余計に何とも言えない気分になっていると、


「先生、ルージュとは仲良くなれたっすか?」

 奥から半笑いのベティが顔を出した。


 こちらの浅黒い長身の警備員も、未熟とはいえヴードゥー女神官(マンボ)だ。

 女教師の正体に気づいていないのだろうか?

 あるいは知っていて、あえて様子見をしているのだろうか?


 ……たぶん何も考えていないだけだろう。


 この面白黒人が、そういう奴だということを舞奈は嫌というほど知っている。

 だから今はベティの言葉尻を捉えて、


「センセ、猫が好きなのか?」

 首をかしげながら問いかける。


「ええ、そうなんですけど……」

 答えの代わりの少し情けない声色に釣られて見やる先で……


「……ナァ~~!」

 差し出した細い指から逃れようとするように、サバトラの子猫が後ずさる。

 警備員室で飼っているルージュだ。

 ベティの制服と同じ色の首輪をはめた、これでも立派な警備員だったりする。


 だが、そんな子猫は身を低くして完全に警戒モードだ。

 人懐こい子猫が、こんな反応を示すなんて珍しい。

 まるで明日香と相対した時みたいだ。


「こわくないですよー」

 言いつつ鹿田先生は指を動かす。途端、


「フ~~!」

「ああ……」

 ルージュは跳び退り、毛を逆立てて威嚇する。

 首輪に仕込まれた警備用のカメラがキラリと光る。

 黄緑色の袖や指が、ヘビか何かに見えて気に障るんじゃないかと舞奈は思った。


「どんまい」

「ハハハ、ボスとおんなじっすねー」

「……」

 舞奈が慰め、ベティが笑う。

 黄緑色のトンガリ頭は少し困る。

 そんな様子がチャビーが好きな児童向けテレビ番組に似てると思った刹那……


「……あっ」

 ルージュが先生の指をかんだ。

 正確には2回ほど猫パンチをしてから、意を決したようにパクッ。

 幸いにもあまがみだ。


 対する鹿田先生は……


「先生の指は美味しいですか……。それは光栄です……」

 情けなさそうな顔をして子猫を見やる。


 そんな彼女を見やっりながら、舞奈の口元に浮かぶのは笑み。

 女教師の表情は思いのほか自然だ(格好は不自然だが)。

 むしろ子猫を慈しむ意図すら感じられる気がする。

 少なくとも今の彼女が、何か邪悪な目的で学校に潜入したヴィランだとは思えない。


 そうこうしているうちに普通に登校時間になって、人も増えてきた。


「それでは志門さん、また教室で」

「はーい、センセ」

 ルージュから解放された鹿田先生は教室のほうに歩いていって、


「舞奈様、こちらの用意もできました」

「じゃあ今日もよろしく頼むぜ」

 奥からクレアがやって来た。

 なので舞奈も得物をクレアに預け、生徒の波に混じって校舎へ向かった。


 そして初等部校舎の一角にある舞奈たちのクラスでは、


「……おはよう」

「あら、おはよう舞奈」

「ちーっす」

 テックと明日香が並んで座って何かしていた。

 朝からテックの私物のタブレットで面白動画でも見ていたようだ。

 テックはともかく、明日香が早く来るのも珍しい気もする。あと半笑いなのも。

 だが別に悪いことじゃない。

 舞奈も彼女らに話したいことができたばかりだ。なので、


「そういやあ、さっき警備員室でな……」

 雑談代わりに先ほど会った鹿田先生の様子を語ってみせる。

 曰く、校門の警備員室で子猫のルージュに警戒されていたと。


 もちろん黄緑色の全身タイツ風ローブについては触れないように。

 テックは先生の本当の服装を知らないはずだ。


 この期に及んで人好きのする先生の正体がはっきりしないのは不安要素ではある。

 だが彼女を警戒したり調べたりするより今は他にやることがある。

 そう舞奈が考えた途端、


「猫は霊格が高い生き物よ。つまりルージュちゃんが警戒するっていうことは……」

 明日香はしたり顔でそんなことを言い出し、


「……言っとくが、それ言ったらおまえも大概だからな」

「悪かったわね」

 舞奈の返しに明日香は憮然と睨んでくる。

 だが本当のことなのだから仕方がない。

 側でテックが無言で肩をすくめた。


 ……と、まあ、それはともかく、


「例の件はどうなってる?」

「先方の了解は得たわ。あとはスケジュール調整だけよ」

「さっすが明日香様」

 問いに対する明日香の答えに、掌を返してニヤリと笑う。

 こちらの話は知っているテックも無表情なりに口元に笑みを浮かべる。


 先日にチャビーが言い出した学校訪問。

 にこやかなのに時おり寂しそうな表情をするルーシア王女に喜んでもらおうと、彼女なりに考えた答えだ。

 その計画を、舞奈は明日香に丸投げしていた。

 だが生真面目な明日香は首尾よく話は進めてくれていたらしい。


 まあ彼女の実家であり王女の護衛を任された民間警備会社(PMSC)【安倍総合警備保障】が学校の警備にも携わっているという理由もあるのだろう。

 加えて昼間は高等部に【機関】巣黒支部の主だった術者が勢ぞろいしている。

 護衛付きで外回りするより安全なくらいだ。


 だが、何よりルーシアの周囲の人々が彼女を気にかけている。

 彼女の笑顔を守りたい。

 そのために何かできることをしたい、と。だから――


「――もうひとつのほうは?」

「そっちはさっぱり。実家のほうでも、こちらでつかんでいる以上の情報はないわ」

「そっか……」

 続く問いへの答えに、こちらは揃って口をへの字に曲げる。


 先日、テックに依頼して首尾よくはいかなかったヴィランの動向の調査。

 そちらも明日香にまかせていたのだ。

 何故なら彼女の実家は民間警備会社(PMSC)

 技術だけでは困難な調査も、組織の力を借りれば進展があると思った。


 だが、こちらの結果はこのとうり。

 つまりヴィランに新たな動きはなし。

 奴らを束ねるボスとやらの目的についても謎のまま。

 もちろん異世界への扉とやらの意味も、


 単に安全上の観点からしても、ルーシアの心労を減らす意味でも、少しでも奴らの動向の手掛かりになる材料が欲しかった。

 だが、わからないというのだから仕方がない。


 なので……


「……がっこうにおひめさまがくるのかー」

「まあな」

 食事用の丸テーブルを挟んだリコの言葉に舞奈はうなずく。


 店の外で、看板の『画廊・ケリー』のネオンの『ケ』の字が点滅して消える。


 放課後、舞奈はスミスの店を訪れた。

 今は少しでもヴィランの動向を知っておきたい。

 地味に顔が広い彼の元に、何か有用な情報が舞いこんでいるのを期待したのだ。


 だが単にスミスの飯が食いたくなったからという理由も少しある。

 だからリコや、居合わせた桂木姉妹や奈良坂に学校の話をしていた反応がこれだ。


「リコもあえるかな?」

「まあ昼間は街をうろついてるだろうし……そのうち会えるさ」

 何食わぬ顔で答えながら、手元の皿に盛られたドリアにスプーンを入れる。


 とろけたチーズの下で層を成したビーフシチューとピラフを適量すくう。

 チーズとソースの香りと熱を愉しみながら、息で温度を整えて口に運ぶ。

 途端に口腔いっぱいに広がる濃厚なチーズの風味。

 次いで適度に混ざりあったデミグラスソースとホワイトソースが、やわらかく煮こまれた角切りビーフと米の食感を交えて口の中で踊る。

 ピラフにまぎれたブロッコリーが、アンサンブルに瑞々しいアクセントを加える。


 テーブルを囲んだ皆も各々の流儀でドリアをほおばる。

 桂木姉妹は上品に。

 奈良坂は美味しそうに。


 リコも口の周りをソースでベタベタにしながら、熱々のチーズとビーフシチューと飯を満面の笑みを浮かべながら頬張る。


 そんな様子を、テーブルの脇でオカマのハゲマッチョが笑顔で見守る。

 スミスの飯は今日も最高だ。


「リコはきのうネコをみたぞ!」

「おっそりゃ良かった。どんな猫だ?」

 元気なリコに何気に答える。

 別にリコの近状報告も嫌な訳じゃない。

 特に最近は忙しさにかまけ、あまり構ってやっていない自覚はある。


「しらないネコだ」

「ここらじゃ見かけない猫ってことか?」

 なんとなく話を合わせる。

 だが猫という単語に反応したか、


「実は楓さんも、魔法で猫になれるんですよ」

「おおっ! ほんとうか!?」

 楓がそんなことを言い出した。

 リコが目を輝かせる。


「楓さん凄いです」

 奈良坂が一緒になって目を丸くしたのは術者としてのレベルの高さを評価したか。

 あるいは単にリコと同じ理由で感激したか、判断し辛いあたりが彼女らしい。


「姉さん……」

「おおい、いちおうリコは表向きには一般人なんだが……」

 楓と舞奈は苦笑して、


「それでは良い子のリコさんに、神秘の御業をお見せしましょう」

「……後にしてくれ飯の皿が並んでるんだ」

 立ち上がりかけた楓を押し止める。

 流石に未就学児に、ワンと鳴く人面猫を見せるのは如何なものかという気がする。

 そんな舞奈の内心を他所に、


「でもな、まほうをつかっても、リコがみたネコにはなれないかもしれないぞ!」

「かわったネコなのか?」

「リコがみたのは、とてもおおきいネコだったんだ」

「へえ、そりゃ見ごたえがありそうだ」

 スプーンをにぎったまま、リコは満面の笑みで両腕を広げる。

 舞奈も口をもごもごしながら笑い……


「あと、きみどりだった」

「……見間違いだろ」

 続く言葉に眉をひそめる。

 夕方にでも黒やグレーの毛並みを見ると、光の加減でそう見えるのかもしれない。


 きみどり、というタームにひっかかるものがあったのは事実だ。

 眉間にしわを寄せたのもそのせいだ。

 だが身の回りの黄緑色のものをすべて彼女に関連付けるのも如何なものか。

 少し疲れているのかもしれないと苦笑する。


 だいたい猫が不自然というなら先にマーサを疑うべきだ。

 ケルト魔術師である彼女は【生物召喚(サモン・クリーチャー)】で猫の使い魔を創って主を護衛する。


「それでな、そらをとんで……」

「空!?」

 さらに続く言葉に驚く舞奈を他所に、


「みんなを……のせて……ふぁ――あ」

 話しながらリコは大きなあくびをした。

 次いでスプーンをにぎったまま、耐えかねたように腕でごしごし目をこする。

 眠気が限界に達したらしい。

 元気な幼女は、喋るのも寝るのもいきなりだ。

 先ほどから妙にテンションが高かったのも少し眠気を意識していたからか。


「……寝ぼけて前にした話とごっちゃになってるな」

 舞奈はやれやれと苦笑し、


「前って、マンティコアのことかい?」

「おや舞奈さん、リコさんは一応は一般人なのでは?」

「違うよ。以前に園香たちと買い物に行った時に、電車の中で空想の話をしたんだ」

 桂木姉妹の追及に口をへの字に曲げて、


「さっきマミちゃんとマコちゃんと遊んだから、疲れたんですね」

「見ててくれたのか。すまない」

「いえいえ」

 奈良坂の言葉に納得する。

 そして感謝する。


 舞奈たちがヴィランを警戒する間にも、毎日の暮らしを支えていてくれる人がいる。

 美味い飯を食わせてくれるスミスはもちろん。

 幼いリコの面倒を見ていてくれた彼女もそうだ。


「ふふっ、寝かしつけてくるわね。いらっしゃいリコ」

「すまんスミス」

 スミスがリコの手からやさしくスプーンを取る。

 次いで手馴れた仕草で寝ぼけたリコを抱きかかえ、


「おやすみなーリコ」

「おー! しもんまたなー! みんなもまたなー!」

 奥の部屋へと運んで行く。


 そして腹もくちくなった一行の間に、張り詰めた空気が立ちこめる。


 この街にヒーローたちが、ヴィランたちが集っている。

 そしてヴィランは何か大きな厄介事を引き起こそうとしている。

 その事実に舞奈以外の皆も流石に気づいているはずだ。

 楓も紅葉も、奈良坂も、それぞれが魔法を操る裏の世界の一員だ。


 リコがいる間は意識して平和な空気を作っていた。

 だが今はその必要はない。だから、


「ここ数日で、何回かヴィランとやらかした」

 最初に口を開いたのは舞奈だ。

 他の面子も納得したようにうなずく。


「新開発区でファイヤーボールに襲われた。あと讃原(さんばら)町でスピナーヘッド。こっちは海外からの客人を襲ってたところに割りこんだんだが」

「そっか。西欧のスカイフォール王国の王女様が来日してるんだったね」

「あ、知ってますよ。ルーシア王女とレナ王女でしたっけ」

「知ってたのか。……奈良坂さんも」

 言葉を進めた途端、声をあげた紅葉と奈良坂に少し驚く。

 だがまあ彼女らにも情報網くらいあるだろうと思いなおす。

 それに、ここのところ街に外国人が増えてきたとはいえ、美少女を中心に据えた金髪の集団が街をうろうろしていれば相応に目立つ。


「ええ、首都圏からの知人が挨拶に来た時に小耳に」

「以前に舞奈さんのクラスの麗華ちゃんを護衛した時に話してたんですよ。自分にも王家の血が流れてるんだって」

「そっか……」

 楓と奈良坂の答えに納得する。あと少し脱力する。

 まあ楓の知人というのが気になるのも事実だ。

 それより奈良坂が麗華を護衛した時というと、リンカー姉弟に襲撃された時分だ。

 その頃から麗華様には、根拠のないプリンセスとしての自覚があったらしい……。


「王女たちも、前から居ついてるディフェンダーズの面子も同じ目的でここにいる」

 そう言った舞奈の言葉を遮り、


「ヴィランたちが大掛かりな何かを仕出かそうとしてる。王女たちもディフェンダーズも、それを食い止めようとしてここにいる。そういうことですか?」

「……知ってたのか」

「我々にも【組合(C∴S∴C∴)】とのパイプくらいはありますよ」

「そりゃ話が早い」

 言った楓に舞奈は笑う。

 なるほど楓も紅葉も若く有能な術者だ。

 そんな彼女らを、術者による術者のための組織である【組合(C∴S∴C∴)】が放っておく理由はない。情報を欲しているのであれば提供くらいするだろう。だが、


「他にも不安要素がある」

 そう前置きして言葉を続ける。

 おそらく【組合(C∴S∴C∴)】でも把握していない、舞奈の身の回りでのみ知り得る情報。


「あたしのクラスに副担任が来た。若い女の先生だ」

「あ、それも桜ちゃんから聞きましたよ」

「だろうな」

 奈良坂の言葉にうなずき、


「だが、そいつは……術者だ」

「術者!?」

「ああ。認識阻害で姿を変えている。奴の本当の姿は黄緑色の全身タイツだ」

「……見間違いでは?」

「舞奈ちゃん……」

 言った途端に楓と紅葉が蔑むような視線を向けてくる。

 まったく信頼で結ばれた仲間がいて嬉しい限りだ!

 もっとも、女性の話が出た途端に、この反応は舞奈の自業自得ではある。だから、


「本当なんだよ」

「まあ、そう言われるなら強く否定はしませんが……」

「もういいよ」

 舞奈は口をへの字に曲げて、


「あと、神話怪盗ウィアードテールっているだろ? 奴もしゃしゃり出て来てる」

「彼女なら心配ありませんよ」

 続く言葉に答えたのは楓だ。


「彼女はユニークですが根は良い子ですよ。悪に与することはないでしょう」

「知ってるのか? ……ああ、月瑠尼壇の」

「夜空さんはそうなのですが、陽子さんにも何度かカードのデザインを承ってまして」

「……おい」

 舞奈はやれやれと苦笑する。


 月瑠尼壇(げるにだん)夜空は首都圏の名家の御令嬢だ。

 同じブルジョワの楓たちと面識があるというなら、そうなのだろう。


 だが陽子……というかウィアードテールのカードのデザインまでしていたとは。

 楓は以前にウィアードテールのカードの偽物を作ってくれた。

 しかも二つ返事で楽しそうに。

 出来栄えも本物そっくりだと思っていたらオリジナルと同じ作者だったらしい。

 良い面の皮だ。

 元脂虫連続殺害犯と怪盗で、何か通じるところでもあるのだろうか?


 だが楓が大丈夫だと太鼓判を押すくらいならウィアードテールは敵じゃない。

 彼女は本人が食わせ者だけあって、同類を見抜く目もある……はずだ。

 そのように舞奈が少しだけ安堵した、その時――


「――おお、皆も揃っているようだな。丁度いいのだ」

 声に見やると、あわてた様子で入店してきた糸目の女子高生。

 技術担当官(マイスター)ニュットだ。


「飯はもうないぞ」

 舞奈は口をへの字に曲げる。


 表で大規模な重力操作をしたらしい妙な気配があった。

 支部から【移動(ベヴェーグング)】で転移して来たらしい。

 まったく長距離転移の大魔法(インヴォケーション)を気安く使いやがって。

 そいつはレナにも使えない高度な術なのだ。

 だが糸目はそれどころではない様子で、


「ソォナムちんの占術で、舞奈ちんの居場所を探ってもらったのだ」

「何の用だよ?」

 ニュットが直々に舞奈に用を伝えに来るなんてロクな用事じゃない。

 それに心なしか、昼行燈な彼女にいつもの余裕が無い気がする。

 内心の動揺を抑えながら何食わぬ口調で問う舞奈に……


「……他県の支部がひとつ、壊滅したのだ」

「何だと?」

 糸目はボソリと答えた。

 あまりに唐突過ぎて、そしてさりげなさすぎて聞き流しそうになった。

 だが彼女もまた舞奈と同じく意識して動揺を抑えていたと気づく。


「壊滅したのは北海道のアサ卑川支部。手口も同じなのだ。Wウィルスが散布され、住人ほぼすべてが屍虫に進行、ないし犠牲になったのだ」

「てことは、また支部の奪回作戦か?」

 続く言葉に舞奈は努めて冷淡な、いっそ皮肉のような口調で問いを返す。

 そんな様子を、他の面々は言葉もないまま見守る。だが、


「いんや。今回はもう手遅れなのだ」

 ニュットは再びボソリと答える。


「協議の末、【領域殲滅(アナイアレーション)】で地域ごと焼き払ったのだよ」

「……たしかケルト魔術の大魔法(インヴォケーション)でしたか」

「うむ。地域一帯を超高熱で焼き払う術なのだ。結果、生存者は屍虫に追われて川に跳びこんだ眼鏡の彼女1名。あちらの川は凍るほど冷たいらしいからな」

「なるほど、それで灼熱地獄の影響と相殺したと」

「うむ。それでも【組合(C∴S∴C∴)】のウアブ魔術師による緊急治療を要したがな」

 何かの感情が壊れたように淡々と言葉を重ねるニュットと楓。

 顔を青ざめさせる紅葉と奈良坂。


「糞ったれ……」

 舞奈は思わず口元を歪める。


 ニュットが舞奈にこの事実を急いで伝えた理由は義理立てだろう。

 同じ悲劇からの生還者である舞奈への。

 ただ、それだけだ。

 何故なら、もはや舞奈に新たな惨劇に対してできることはなにもない。


 押し迫るヴィランとWウィルス。

 それらに対して舞奈も皆も、最大限の警戒と備えをしているつもりだった。


 だが舞奈すら把握していなかった遠い他県で、再び悲劇は繰り返された。


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