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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第18章 黄金色の聖槍

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依頼1 ~令嬢の護衛

 舞奈はヴィランたちと、ヒーローたちと邂逅し、ファイヤーボールと戦った。

 あるいは明日香は王女らと共闘してデスリーパーを退けた。

 そんな激動の一日を乗り切った、一見すると平和な平日の朝。


「おはよう舞奈ちゃん」

「舞奈ちゃんはいつも元気ですね。通学路が新開発区で大変なのに」

「おう! おっちゃんたちもいつもお疲れさん」

 新開発区を封鎖する守衛に、舞奈は普段通りに挨拶する。


 もちろん守衛はいつもの緑色の迷彩服姿でアサルトライフル(89式小銃)を携えた2人組。

 ひとりは戦争映画に出てくる軍曹みたいなスキンヘッドのおっちゃん。

 もうひとりは物腰の柔らかい妙齢の女性だ。

 そんな仲良し2人組の、


「ははっ、まあ大変だって言っても立ってるだけだからなあ」

「ここのところ特に大きな事件もありませんしね」

「ま……そりゃあそうだ」

 呑気な言葉に苦笑する。

 2人の挙動も物腰も、平穏に慣れきった人のそれだ。


 まあ確かに界隈を震撼させたWウィルスの一件は遠い四国の話だ。

 きみどりおばさんも今のところ学校の舞奈のクラスだけの話。

 ヴィランの浸透についても表向きには伏せられている。

 先日のファイヤーボールの襲来も、知っているのは当事者の舞奈と駆けつけたミスター・イアソンくらいのものだ。


 だから、まあ最近の新開発区が平和だというのは嘘じゃない。

 旧市街地も同じだ。

 直近の事件と言えばKASC攻略戦の際の屍虫大量発生まで遡るか。


「そういえば昨晩、舞奈ちゃんの後にファイヤーボールに似た異能力者のお姉ちゃんが通って行ったよ。ほら、映画の。ひょっとして知り合いかい?」

「……まあな」

「そっかー。舞奈ちゃんは美人の友達がいっぱいいて羨ましいなー」

「まあな……」

 言いつつガハハと笑うおっちゃんに苦笑する。


 異能力者になれるのは若い男だけのはずだ。

 若い女から異能力の反応がしたら訝しんで欲しいと少し思う。

 だが、まあ術者か大能力者だと思ったのかもしれない。

 平和な時間が長いとそんなものだ。

 そんな世間様と、身の回りの温度差に苦笑しつつ、


「舞奈ちゃんも学業がんばってねー」

「おっちゃんたちも見張りよろしくなー」

 挨拶しながら普段通りに検問を後にする。


 やれやれと苦笑しながら、ゴーストタウンを通り抜ける。

 灰色の軍人街を衛兵に挨拶されながら歩く。

 やがて商店街を貫く比較的まっとうな通学路に差し掛かり、そのまま学校に到着。


「舞奈様、おはようございます」

「いやー最近は平和すぎて退屈っすね」

「学校の警備員が、何物騒なこと言ってやがる。あと、あんたらは明日香から話を聞いてないのか?」

 警備員室の呑気なベティの台詞に肩をすくめ、クレアに得物を預ける。

 少し軽くなった胴回りを意識しながら初等部の校舎へ。


 そして自分のクラスのドアを開けると――


「――なんと! わたくしの前にイエティとスピナーヘッドが!」

「そうかー麗華様は毎回ヴィランに襲われて大変だなー」

「ヴィランも大変だなー」

「真面目にお聞きあそばせ!」

「……また麗華様か。毎日が楽しそうでなによりだ」

 相変わらずの麗華様ワンマンショーが開催されていた。

 聞き役の男子たちも、もう誰ひとり真面目に聞いていない。

 嫌なら聞かない選択肢もあることを考えれば、つき合いが良いと言えなくもない。

 そんな、ある意味で普段通りの皆の様子に苦笑しつつ、


「おはよう舞奈」

「おっ、今日も早いなテック」

 例によって先に席にいたテックに挨拶し、


「今度は誰に襲われたんだ? 麗華様は」

 問いかける。

 舞奈も別に麗華の話を真面目に聞いていた訳じゃない。


「イエティとスピナーヘッド」

「たしかイエティってのは氷の巨人で……もうひとりは誰だっけ?」

「甲冑の人」

「ああ、頭が回ってる奴か……」

 返ってきた答えを聞いて、以前に見た映画のダイジェストを思い出す。


 スピナーヘッド。

 奴は青い甲冑を着こんだヴィランだ。

 レディ・アレクサンドラみたいなメカニカルな感じではなく、中世の騎士風の鎧。

 鎧のデザインに合わせたか、得物も古めかしい剣と盾だ。

 見た目通りに鉄壁の防護を誇る、おそらくは【要塞化(フォートレス)】。

 加えて何故か頭がレドーム状になっていてジャミングや諜報の真似事をしていた。

 率直に言って印象的……というか笑える容姿のヴィランだと思った。


 対してイエティは身の丈3メートルあまりの氷でできた巨人だ。

 巨躯から繰り出される超パワーと耐久力、加えて氷の異能力を使う難敵だ。

 重機みたいな勢いで強打しながら凍らせるというとんでもない打撃と、口から凍りつく霜の息を吐くというベタな攻撃を使っていた。

 おそらく超強力な【冷却能力(クリオキネシス)】。


 そんなヴィランたちに襲われたという麗華様の話を、


「西園寺、ヴィランの名前を全員分出すつもりだろう……」

「不審者や安倍が出た! のほうが意外性があって面白かったぞ」

「ネタじゃありませんわ!」

 はなから信じていない男子。

 麗華様はキレる。

 取り巻きのデニスとジャネットが苦笑する。

 だが舞奈は今回の麗華の話がまんざらデタラメとも思えなかった。


「……レナちゃんたちのことだと思ったら、麗華様だったのか」

「何かあったの?」

「ああ、実はな……」

 テックにかいつまんで昨晩の出来事を話す。


 昨日、舞奈は新開発区でファイヤーボールに襲われた。

 その後にあらわれたミスター・イアソンが、別のヴィランがプリンセスを襲う計画を立てていると言った。

 だが旧市街地にとんぼ返りしようと思った矢先、ヴィラン撃退の報が入った。

 なので詳細は明日の朝(今日)にでも確認すればいいと思い、そのまま帰宅した。


 襲撃したヴィランが撃退されたということは、襲われたのは自身らも術者であり護衛もいるスカイフォールの王女たちだと思っていた。

 だがプリンセスというのは麗華のことだったのかと思いなおす。

 まあ確かに以前、廃工場に麗華様を誘拐した騎士団の面子が彼女をプリンセスと呼んでいた。そんなことを思い出しつつ……


「……てことは、明日香でも居合わせたのか?」

 わかる範囲の情報から状況を推測しようとしてみる。


 もちろんデニスやジャネットも素人じゃない。

 だが本物のヴィランが相手では荷が重い。

 2人のヴィランを撃退するには他の戦力が必要だ。

 麗華の危機に駆けつけられる戦力といって、最初に考えつくのは明日香だ。


 だが、それならそれで、よく不審がられないように撃退したなと思った。

 明日香が術者であることは、麗華様にも取り巻きにももちろん内緒だ。

 というか術者の存在自体が内緒だ。

 なので誤魔化す必要があるはずなのだが、麗華様はともかくデニスやジャネットを誤魔化すのには苦労したろうに。

 そんなことを考えて、ふと嫌な予感にさいなまれ……


「……まさか明日香の奴、ヴィランと一緒に麗華様にまで何か酷いことを――」

 この間の廃工場のときみたいに。

 苦笑する舞奈の背後から、


「――してないわよ」

 失礼ね、と睨みつつ明日香がやって来た。


「あっ、おはよう明日香」

「おはよう。こっちはレナ王女とルーシア王女がデスリーパーに襲撃されたわ。なんとか撃退はしたわけど……あっちは貴女が撃退したんじゃないの?」

 問いつつワンマンショーを指差す明日香。


「いんや? その頃、あたしはファイヤーボールちゃんと遊んでたんだが……」

 同じ方向に目を向けながら訝しむ舞奈。

 次いで2人は顔を見合わせ、


「じゃあ誰がイエティとスピナーヘッドを撃退したんだ?」

 首をかしげる舞奈の目の前で――


「――わたくしの危機にあらわれたのは、なんとディフェンダーズのタイタニアとスマッシュポーキー!」

「お、おう……」

 麗華様は高らかに宣言した。


「……つまりデニスとジャネットが何かしたのか?」

「おめーらも大変だな」

「労っていただいて恐縮なんですが、そうじゃないんですよ」

「違うンす。本当なンすよ」

「そうかそうか」

 男子たちは知った顔で解釈する。

 まあ確かに浅黒い肌をした長身のデニスはタイタニアに、小柄なジャネットはスマッシュポーキーに似ていなくもない。

 そんな2人がフォローしようとするが、男子たちは取り付く島もない。

 挙句の果てに、


「わかったぞ! つまり適当な不審者をデニスとジャネットが追い払って……」

「ちーがーいーまーすーわー!」

 勝手に総括されて麗華様がブチ切れる。


 そんな様子を見ていた舞奈はニヤリと笑う。

 彼女らが言っていることは嘘じゃないと舞奈にはわかる。

 タイタニアとスマッシュポーキー。

 張の店でKAGEたちが言っていた、ディフェンダーズの増員が間に合ったらしい。

 彼女らがプリンセスの危機一髪に駆けつけてくれたのだ。

 となると――


「――そっちの首尾を聞かせてもらおうじゃないか」

「ええ、そちらの状況も確認しようと思っていたところだから」

 側の明日香に何食わぬ口調で問う。

 明日香も冷徹な声色で答える。

 こちらも互いに昨日の戦闘を総括し、情報をまとめるべきだ。


 なのでテックを交え、情報交換が始まった。


 舞奈は教会でベリアルたち、張の店でディフェンダーズの面子に会った。

 だが、どちらからも収獲なし。


 代わりに……という訳でもないが帰り際にヴィランのファイヤーボールと交戦。

 火球の如く苛烈な突撃に面食らいはしたが勝負は互角。

 だがミスター・イアソンが加勢に来たので奴は撤収した。

 その際にクラフターが使っていたのと同じ【智慧の大門マス・アーケインゲート】で逃げた。


 火の玉のような彼女は戦闘中に、ヴィランたちを率いる『ボス』がいると言った。

 その何者かの意図でヴィランは一般人に手出しはしないとも。


 まあ聞いたはなから麗華様が襲われたらしいが、彼女は『プリンセス』だ。

 奴らにとってそれがどういう意味を持つのかは不明のままだが。


 対して明日香はデスリーパーと交戦。

 正確には目当ては直前まで会合していたレナとルーシアだとうと明日香は判断。

 ヴィランの死神は脂虫の群をけしかけてきて、騎士団が片づけた。

 すると敵は魔法戦闘を挑んできた。

 映画でのトリッキーな戦術とは異なる、まっとうな魔法戦闘。

 だが、その火力はレナと明日香の2人がかりで拮抗するほど。

 それでもシャドウ・ザ・シャークとドクター・プリヤがあらわれたことにより、デスリーパーは撤退した。


 ……口ぶりからすると他にも何かあったらしい。

 だが明日香はそれを言うほどでもないと判断したようだ。

 それより、と前置きして、


「それもあって、うちの会社で正式に殿下たちを護衛することになったわ」

「だろうな」

 宣言した。

 舞奈も特に驚きもせずに答える。だが、


「で、いきなりで申し訳ないんだけど、貴女を短期でうちの傭兵として雇いたいの」

「本当にいきなりね」

「どういうことだ?」

 次なる言葉にテックが苦笑する。

 流石の舞奈も困惑する。


「実は実家の方で受けた条件付きの護衛の仕事とバッティングしたのよ」

「おまえの会社でか? 珍しいな」

「ええ。護衛対象の意向で『腕の立つ女子小中学生』っていう条件付きの」

 訝しむ舞奈を見やって明日香も苦笑する。

 まあ舞奈としても、事情がわからない訳でもない。


 明日香の実家は民間警備会社(PMSC)【安倍総合警備保障】。

 おそらく常時ならば明日香がその役を引き受けたはずだ。

 それを見こんで会社は仕事を受けたのだろう。


 だがタイミングが悪く、明日香はスカイフォールの王族の護衛を承ったばかり。

 こちらの人員を他の面子に変えるという手もあるが、正直なところ術を使うヴィランが仮想敵という条件だと護衛の質が格段に下がることになる。

 だから苦肉の策として、舞奈に話が回って来たのだろう。


 まあ腕の立つ女子小中学生というのなら、中等部の紅葉も条件には合致する。

 ウアブ呪術を操るスポーツマンの彼女は腕が立つという条件にも合致する。

 ついでに彼女が【安倍総合警備保障】の傭兵として仕事を受けた場合、面白がったゴリラなり人面猫なりが付近を徘徊するだろう。

 姉妹2人で、という条件でなら彼女らにも相応の実績がある。


 だがまあ明日香にも、付き合いが長い舞奈を差し置いて彼女に頼む理由はない。

 それでも、なお、


「っていうか、そっち側のその条件は本当に必要なのか?」

 舞奈は再び訝しむ。


「会社にだって客を選ぶ権利はあるだろうに」

「まあ正直なところ、断ることも、やむを得ない事情という扱いで他の人にまかせることもできるのは事実なんだけど……」

 明日香は珍しく少し言葉に詰まってから、


「……そっちの仕事の護衛対象は首都圏有数の名家の御令嬢と、その御学友よ」

「へぇ」

 口調だけは落ち着き払って語る。


「御令嬢の方は月瑠尼壇夜空」

「げるにだん……? 今度は何処の国の人だよ」

「首都圏の名家って言ったでしょ。で、御学友は美音陽子」

「夜空に……陽子だと?」

 出された名前に思わず口元を歪める。


 そんな舞奈の前に、明日香は1枚の写真を差し出す。

 その仏頂面……というか意識して感情を脇に追いやった表情に嫌な予感を覚える。

 それでも舞奈は何食わぬ表情で写真を受け取って見やる。


 写真に映っているのは、お洒落なブレザーの制服を着こんだ2人の少女。

 どちらも年頃は中学生ほど。

 ひとりは少しバカっぽい短髪の少女。

 そして、もうひとり、バカ丸出しの長髪の少女を見やり――


「――どういうことだよ」

 口元をへの字に歪める。

 先ほどの明日香の挙動の意味がわかった。

 その長髪は、いつか委員長の屋敷で相対したウィアードテールの正体だった。


 神話怪盗ウィアードテール。

 首都圏を中心に活動しているアイドル怪盗だ。

 女児向け雑誌に特集を組まれたりと、割と人気も露出もある。


 だが彼女の正体は混沌魔術の魔法少女。

 性格は考えなしのバカの陽キャだ。

 ウィアードテール本人である陽子はもとより、パートナーも同じらしい。

 まともなのはペットのハリネズミだけだ。

 まったく、どうかしてる。


 舞奈たちはライブを反対されていた委員長を屋敷から連れ出す際に彼女に出くわして成り行きで交戦。散々な苦労をかけされされた。


 その後、KASCとの全面対決の際に協力してくれたと風の噂で聞いた。

 だが彼女らに対する感情が『関わると面倒くさそう』なのは変わらず。

 ただでさえ情報もやることも多くて大変なときに、しゃしゃり出てきて引っかき回されると迷惑だと思うのは別におかしな考え方じゃないと思う。


 そもそも、この先、予想されるのはヴィランとヒーローの決戦だ。

 怪盗がどちらに近いかと言われると割と前者な気もする。

 なのでやれやれと脱力して疲れつつ、


「っていうか、そんな大層な奴らだったのか」

「そもそも首都圏の有名私立の制服よ、それ」

 ひとりごちる舞奈に明日香が答える。

 状況に対する不満は仕方なく脇に置き、月瑠尼壇(げるにだん)ちゃんに話を戻す。


 夜空ちゃんとはウィアードテールのサインを貰いに行ったときについでに顔を合わせただけだが、そこまで御大層な人物には見えなかった。

 だが、まあ、名家の令嬢というなら令嬢なのだろう。

 明日香にここで舞奈をかつぐメリットはない。


「ここだけの話、何代かにひとり優秀な術者を輩出している家系らしいわ」

「それで名家って訳か……」

 続くうんちくに、舞奈は仕方なく納得し、


「……一族みんながあんなとか、タチの悪い呪いかなんかだろう」

「言動がああだった訳じゃないと思うけど」

「だといいけどな」

 続く言葉にやれやれと肩をすくめる。


「……で、受けるの? 依頼」

 ボソリと問うテックに、


「……仕方ないだろう」

 面白くもなさそうな声色で答える。


 正直なところ状況には不満しかない。

 この忙しい微妙な時期に、しゃしゃり出てきた陽キャの相手をする余裕はない。


 だが、依頼を断っても奴らは家で大人しくしていたりはしないだろう。

 むしろ舞奈の目すら届かない場所で、余計に事態をややこしくする。


 教室の隅の柱に張りついたみゃー子がミーンミーンと鳴いている。

 そんな様子が目に入って思わずため息をつく。


 舞奈が与り知らぬ場所で、物事が舞奈に都合よく動いた試しはない。

 陽キャが絡むのならなおさらだ。

 だから今の舞奈に出来ることは、降って湧いたトラブルを可能な限り小さく収めるべく陽キャどもを監視することだけだ。

 そう観念して、再び長く大きくため息をついた。

 今回ばかりは明日香も似たような表情をしていた。


 ……そんなこんなで放課後。

 今日も今日とてきみどりおばさんの授業を乗り切った2人は足早に下校する。


 向かうはいつもの繁華街。

 その一角の、3人の天女と『太賢飯店』の店名が描かれた看板の下で、


「張ー、来たぞー」

「こんにちは張さん」

 横開きのドアをガラリと開けると、


「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、いらっしゃいアル」

 でっぷり太った張がホクホク顔で出迎える。

 同時に、


「おそーい!」

「お待ちしておりました」

 店の中央にあるテーブル席で、2人の女子中学生が顔をあげた。

 面倒な記憶と一緒に見慣れたロングヘアはバカ丸出しで。

 隣のショートカットはニコニコと。

 陽子と夜空だ。


「いや、こっちは時間ピッタリだろうが!」

 舞奈は陽キャどもを睨みつける。


 そもそも舞奈たちは帰りのホームルームの後にけっこう急いで来た。

 余裕ぶっかまして他の街に遊びに来たこいつに遅いとか言われる筋合いはない。

 だいたい、こいつらだって中学生だろうに。

 自分たちの学校はどうしたのだろうか?

 文句と疑惑をひとまず胸の奥に仕舞いこむ。


 見やると席には空の皿が並んでいる。

 舞奈たちを待っている間に中華を堪能していたらしい。

 正直、相応の枚数だ。

 先ほど張が上機嫌だった理由はこれだ。


 単に張の料理が絶品だったというだけではなさそうだ。

 彼女らも舞奈と同じくらい食うらしい。

 そして――


「――やあ初めまして。僕はピーター・セン」

 テーブルの側に立っていた小太りなアメリカ白人が、片手をあげて挨拶する。


「彼女らの、まあ保護者代わりってところさ」

 にこやかに笑う。

 ラフな格好をした彼は保護者らしく、2人の背後で微妙だにせず立っている。

 その様子に、ふと感じる違和感。


 彼は2人がさんざん飲み食いする様子を見ながら立っていたはずだ。

 なのに特に何も感じていない様子。

 別に中華が気に入らない訳ではなさそうだ。

 職業意識が高い訳でも(というか、それなら格好をもう少し考えるだろう)。

 もちろん感情が希薄という風でもない。

 一見すると彼の表情はにこやかだ。

 そう。『一見すると』。


 彼に対する印象をあえて言葉にするなら……食事という概念を持たず、非保護者たちが飲み食いする様子を道楽か珍しい見世物だと思って楽しんでいた様子だ。

 彼の気配は人間のものではない。

 筋肉の動きも人間を――生物を模しているだけに思える。

 何らかの術で創造された式神か天使かデーモンか?

 否、もっと強力かつ厄介で一筋縄ではいかず、しかも馴染みのある……。


 ……そんな彼に、


「安倍明日香さん、貴社との契約の話は僕のほうからさせてもらうよ」

「よろしくお願いします」

 明日香は軽く会釈する。

 少しほっとした顔をしている。

 バカの陽キャ相手に書類を交えて仕事の話をせずに済んだからだ。

 人ならぬ気配を持つ彼は、だが2人のバカに比べてはるかに理知的だ。

 少なくとも、今のところは。


 なので、そんな彼と彼女らを前に何食わぬ表情のまま、明日香が対面の席に座る。

 舞奈も続く。


「……で、今度は何の騒ぎをおこすつもりだ?」

「前の騒ぎは、あんたが勝手にあたしの名前を使ったせいでしょ」

「まったく、余計なことだけは覚えてやがって」

 舞奈は馬の合わない陽子と睨み合い、


「だいたい、おまえら学校はどうするつもりよ?」

「ふふ、今回はただ観光に来ただけなので御安心を。学校にも休暇の手続きはとって来ましたので問題はありませんわ」

 夜空がおっとりと答える。


 ともかく明日香とピーター・セン氏を交え、契約が交わされた。


 彼女らはしばらく近くのホテルに宿泊して巣黒を散策したいらしい。

 必要な時……というか気が向いたときに呼ぶからつき合って欲しいとのこと。

 学業の邪魔になる時間には呼ばないよう気を使ってはくれるらしい。

 気を使うべきところは他にある気はするが。


 そして仕事の話を済ませた後に歓談し、料理を平らげて陽子たちは店を出た。


 その後、


「彼女たち、何者アルか?」

 食べ終わった皿を片付けながら張が問う。


「いやな……」

「――あのピーター・センという男、普通の人間じゃないアルよ」

「みたいだな」

 張の言葉に舞奈はうなずく。

 側の明日香も頷いたので、やはり舞奈の勘違いではなかったのだろう。


 陽キャの監視を請け負っただけのつもりが思わぬダークホース。


 どうやら舞奈たちが新たに請け負った仕事は、ただの護衛では済まなさそうだ。

 まったく、ただでさえヴィランどもに備えるのに忙しいのに……。


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