ヴィラン強襲1 ~銃技vs超能力
帰宅が遅くなった舞奈が新開発区で出くわした泥人間。
もちろん舞奈は苦も無く殲滅する。
だが最後の1匹を片付けようとした途端、そいつは倒す間もなく吹き飛んだ。
代わりに、そこに彼女がいた。
「仲間を雑に扱ってやるなよ」
「んなのが仲間な訳ないっしょ!」
軽口に、レオタードに身を包んだ少女が怒る。
ピッチリしたエグイ角度のレオタードの色は、炎を思わせる深紅と黒。
同じ色のブーツと手袋。
目元を隠すマスクのエッジなデザインで、彼女がヴィランなのは一目瞭然だ。
「だいたいここは何なのさ!?」
舞奈が見やる先で、年若いヴィランはいきなりキレ散らかす。
「子供が住んでるスラムだって聞いて受け持ったのに! 人っ子ひとり居ないどころか家すらないし! Fiendいるし! スラムじゃないじゃん! 廃墟じゃん!」
「出会い頭に、人の地元の悪口かよ」
対して舞奈も口元を歪めてみせる。
受け持った、ということは他の場所を受け持った奴もいるということだろうか?
舞奈にとっては千載一遇のチャンスだ。
ヴィランの情報が欲しかったところにヴィランそのものがあらわれたのだ。
だからこそ何食わぬ表情のまま、赤いレオタードの彼女を油断なく観察する。
身のこなしと体つきから、彼女の年の頃を女学生ほどと見当をつける。
あるいは海外の基準からするとティーンエイジャー真っ盛りなのか?
……というか、普段着の彼女がハイスクールの友人たちと軽薄なトークに興ずる場面を映画で見たことがある。以前にテックに見せてもらったダイジェストの一幕だ。
金髪の友人のひとりが凄い巨乳だと思った感情を元に記憶を探り――
「――たしかヴィランのファイヤーボールちゃんだったっけ」
意図して軽薄に聞こえる声色で確認しつつ、油断なく身構える。
右手には泥人間との戦闘で抜いたままの幅広のナイフ。
「へぇ、こんな辺ぴな島国でも知られてんだ」
「有名だからな」
対して舞奈がファイヤーボールと呼んだ相手も笑う。
割と裏表のない、年齢不相応に屈託のない笑みに思える。
アメリカ白人の彼女が、舞奈の感覚からすると身体だけ大人に見えるからだろう。
だから舞奈も口元に不敵な笑みを浮かべ、
「こいつは眼福だ。映画で見てから、あんたに会いたいって思ってたんだ」
「悪いけどガキンチョの、しかも女に興味はないね。あたしが興味あるのはイイ男さ」
「知ってるさ」
軽口に軽口を返される。
映画そのままの軽薄な言動に、思わず口元の笑みが深まる。
彼女は映画の中でもあけすけで男好きな少女だった。
テックがあえて口にしなかったコメント欄での呼称はファイヤービッチ。
だから舞奈は動く前に、
「……そこそこ良い身分の超能力者で、あたしと違って金髪の生え際が凄い後退するくらい大人の中肉中背の男って、どう思う?」
ふと思いついて問いかけてみる。
「いや普通に問題外なんだけど……誰? ミスター・イアソンの中の人?」
「いんや、【精神読解】の専門家で、もうちょっと年いってる」
「それもう爺さんじゃん!」
「……まあ、そりゃそうだな」
無体な返答に苦笑する。
ゴードン氏の名前を出さずに薦めてみたが、駄目だったようだ。
小学生の舞奈からすれば、彼女もミスター・イアソンもゴードン氏も、年上の大人という意味では同じようなものだ。
だがティーンエイジャーの彼女からすれば別なのだろう。
孫がいそうな年頃のゴードン氏に対する反応なんてそんなものだ。
そんなファイヤーボールの、
「そんなことより――」
マスクの下の妖艶な口元が笑みの形に歪み――
「――少しあたしと遊んでいきなよ!」
続く言葉と同時に、赤いレオタードの姿が消えた。
光学迷彩や認識阻害の兆候はなし。
超スピードで視界の外へと逃れたのだ。
「ガキンチョに興味はないんじゃなかったのか?」
「サィモン・マイナーなら話は別さ!」
「へぇ! 知っててくれて嬉しいぜ!」
油断なく身構えながら、姿の見えない敵と何食わぬ表情で軽口を交わす。
舞奈は彼女のことを映画で知った。
ヴィランのことは映画やガイドブックを見ればわかる。
対して彼女が舞奈について知るには、辺ぴな島国の、小さな街を根城にするSランクについて調べなくてはいけない。
まあ騎士団の連中も麗華を誘拐する際に舞奈のことを知っていた。
その手の伝手を使って巣黒市や新開発区について調べる気になれば、術も異能力も使わないSランクが有名だと言われれば納得はできる。
その事実は、彼女らにもその程度の情報網があるという推論の裏付けになる。
敵が組織力と、何かを成そうとする意図を持っているということの。
もちろん、そんなことを調べて成そうとしている何かとは悪事だろう。
舞奈のことが知られているということは、対策を立てられるということでもある。
それらを差し引いても、まあ美人に評価されるというのは悪い気分じゃない。
そんなことを考えながら口元を緩めて――
「――おおっと!」
横に跳ぶ。予備動作なし。
そんな舞奈の残像を貫き、熱い何かが猛スピードで通り過ぎる。
人間サイズの巨大な火の玉だ。
舞奈の反射神経と身体能力がなければ回避しきれなかった奇襲。
だがクイーン・ネメシスの【転移能力】からの【炎熱撃】すら回避した舞奈にとっては十分に回避可能な炎の砲弾。
「ヒュー! やるじゃん」
振り返ると、そこに赤いレオタードの彼女はいた。
「さっきはまぐれかと思ったけど、やっぱりあんたはこいつを避けるね」
軽薄な声色。
ファイヤーボールの口元は笑みの形に歪んでいる。
派手な色の口紅を塗られた唇は遠目に見ても滑らかで若々しい。
何より心の底から楽しげだったから、
「なるほど本当に魔術師が撃つ火の玉みたいだ」
対する舞奈も笑みを返す。
何のことはない。
彼女は自身が火球と化し、猛スピードで突撃してきたのだ。
常識を超えた超スピードも、熟達した【加速能力】を使えば十分に可能だ。
最初の一撃も同じ。
それが彼女の名、ファイヤーボールの由来だ。
「けど映画で見たより地味なんだな」
「本物の魔術師の火球みたいにはいかないさ! あれはCGで加工してるんだ」
「……そういうことか」
軽口を叩きながら、彼女の答えで舞奈は気づいた。
彼女は別にクイーン・ネメシスみたいに【炎熱撃】で爆発している訳でもない。
もちろん【炎熱剣】で発火している訳でもない。
使っている【加熱能力】は自身の熱に耐えるための【耐熱防御】のみ。
ひょっとしたら【炎熱盾】くらいは併用しているかもしれないが。
そう。常識を超えたレベルの【加速能力】による超高速によって引き起こされた空気摩擦で燃えているのだ。彼女自身が発火している訳じゃない。
だから舞奈の知る炎の魔術に比べて派手ではない。
だが逆に言えば、彼女のスピードは速すぎて燃えるほど。
本当に恐ろしいのは熱ではなく突撃の威力だ。
生身でまともに喰らえば打撲や骨折じゃあ済まない。
どう楽観的に見繕っても【装甲硬化】が木端微塵になる威力だ。
それでも舞奈は笑う。
その目前で、再びファイヤーボールの姿が消える。
先ほどと同じ、光学迷彩や認識阻害のような兆候すらない一瞬。
次いで真横に熱を――
「――けどスピードは本物だ!」
感じる前に避ける。
空気の流れを読んで凄まじい身体能力で回避する舞奈にとって、燃え上がるほど凄いスピードで飛んでくる身体は回避しやすい部類に入る。
真横を通り過ぎた少女が発する熱が、ひるがえったジャケットの端を炙る。
舞奈は笑う。
ファイヤーボールも……笑う。
軽薄な彼女は、それ故に今までの自分たちの常識を超える相手を前に笑う。
ある意味その生き方は舞奈と似ている。
ファイヤーボールは間髪入れずに振り返って再突撃。
一旦、視界の外に逃れて奇襲しても舞奈には無駄だと理解したらしい。
そのように次から次へと繰り出される炎の突撃を避けながら、
「スマッシュポーキーとの高速戦闘は、毎回、映画の見せ場だった!」
舞奈は軽口を叩いてみせる。
何故なら舞奈は彼女から情報を得たいし、ビッチに有用な何かを語らせるには、軽快なトークで仲良くなって彼女を気持ちよくさせる必要がある。
「本当にディフェンダーズと戦うときも! 彼女と接戦してるのかい!?」
「あんなちんちくりんと! セットにされるのは不愉快だ!」
「ハハッ! そりゃあスマン!」
先方も突撃しながらの軽口めかした文句に、舞奈も避けつつ笑みを返してみせる。
背丈はともかく立ち位置的には似合いのライバルだと思っていたのだが。
まあ本人が気に入らないのなら別に囃したてるつもりはない。
それより驚異的なのは、繰り返される突撃の頻度。
クイーン・ネメシスの【炎熱撃】みたいに渾身の1発を避ければ終わりじゃない。
まるでボクシングのジャブぐらいの気軽さで、必殺の火球を繰り出してくる。
なぜなら炎の超スピードを成し得るために使っている超能力は【加速能力】のみ。
つまり――
「――こんなことだってできるのさ!」
ファイヤーボールは跳び退る。
察するまでもなく大技を繰り出すつもりだ。
そう思った瞬間、
「これならどうだい!」
舞奈の背後から、横から、巨大な火球が襲いかかる。
まるで熟練の魔術師が放つ火球の雨。
否、彼女は発火しながら猛スピードの突進を繰り出しているのだ。
もちろん舞奈は避ける。
だが避けるはなから敵は素早く再突撃。
なるほど高速化の超能力【加速能力】に熟練しているだけではない。
切り返しの速さ。
身体制御の柔軟さ。
その上で無謀とすら思える突撃を無数に繰り返す不屈の精神。
彼女の若さのすべてを注ぎこんだ、いわばファイヤーボールの雨あられ。
辛うじて【転移能力】は使っていない。
だが正直なところ、相手が舞奈でなければ瞬間移動しているのと大差ない。
加えて、ひとつひとつの火の玉が死角を狙い、フェイントも使う。
厄介さは魔術による火球の雨の比ではない。
そんな炎の猛打の中を舞奈は踊り――
「――全部……かわした!?」
ファイヤーボールは少し距離の離れた場所で立ち止まる。
その口元に浮かぶ表情は疲労。
驚愕の声も息が切れているのがわかる。
嵐のような超能力の連続行使には相応のデメリットもあるらしい。
「しかも……あんたは1発も撃っちゃいない!」
赤いレオタードの少女は目前の少女を見やりながら、口元を驚愕に歪める。
次の瞬間、その姿が消える。
「反撃できないんじゃない! しない!」
「やれやれ、気づいてたのか」
言葉を交わしながら、再び燃え盛る火球のラッシュ。
だが、ひとつ覚えと侮る気は毛頭ない。
圧倒的な若さと【加速能力】によるスピードと、おそらく熟達した超能力の副次効果がもたらすタフネスにものを言わせた、言うなればひとり包囲殲滅陣。
それは1対1の戦闘においては割と無敵な戦法だ。
現に映画でも必殺の手札として使われていた。
彼女とサシで戦ったヒーローは、ことごとく火球の雨の中に沈んでいった。
だが舞奈は違った。
舞奈は彼女が出会ったことのない最強だ。
そんな相手を目の当たりにして――
「当然だっての!」
――笑う。己の全力を振り絞った突撃を続けながら。
彼女はバトルを楽しんでいる。だから、
「あんたの得物は45口径のジェリコ941! そのくらいの下調べもせずに、この国のヒーローチームのSランクに喧嘩は売らないよ!」
「なら知ってるはずだぜ! あたしがカワイ子ちゃんに目がないって!」
舞奈も炎の突撃を避けながら笑う。
軽口めかしているが、彼女を傷つけるつもりがないのは本当だ。
おそらく今の彼女の目的は威力偵察、あるいは腕試し。
それなりに舞奈の実力を計れたら……というか満足したら帰るはずだ。
わざわざ必要のない大怪我をさせて、今すぐ本気にさせる必要はないだろう。
下手をすると他のヴィランによる報復や暴走を誘発する危険性もある。
だから拳銃を抜くタイミングがあるとすれば一度だけ。
一瞬の隙をついて、彼女の付与魔法を破壊して無力化する時だ。
身にまとった魔法は消える間際に術者を守るから、本人の負傷は最小限で済む。
そんな思惑を胸に秘めつつ、
「それに! あんただって得意の得物を使ってないだろ! 岩をも砕く必殺のスラッシュクローも! あんたの十八番だったはずだ!」
「あんなもん! 生身の子供相手に使ってどうしろってのさ!?」
舞奈はファイヤーボールと交差する。
互いに何度も猛スピードでかわし、突撃しながら何食わぬ口調で軽口を叩き合う。
移動距離が大きいぶん相手の方が不利だとは考えないようにする。
相手だって、スタミナ勝負でヒーローに勝てる程度に鍛えはているはずだ。
そんな彼女は映画の中で、左手に巨大なクローを装備してヒーローを苦しめた。
2枚のシールドを構えたスマッシュポーキーとは真逆。
猛スピードの火球の威力にクローの重さと鋭さを加えた必殺の突撃は、映画ではミスター・イアソンの【念力盾】、魔術師の魔術の壁すら破るほど。
だが反面、非装甲の子供相手に当ててもオーバーキルにしかならないのも事実。
加えて重くて取り回しも悪そうで、舞奈との戦闘では逆に不利になる。
そのくらいの判断はできる相手だということだ。
まあ単に……子供相手に死ぬような攻撃はしたくないと考えたのかもしれない。
舞奈だって、拳銃を抜かない理由は相手に酷い怪我をさせたくないからだ。
もちろんヴィランたちの戦力を削ぐためにひとりずつ消していくという案もなし。
カワイ子ちゃんに目がないのも、彼女が美人なのも本当だ。
そんなカワイ子ちゃんは、
「あんただって、あたしのことを知ってるんじゃないのさ!」
叫びながら、それまでのラッシュよりなお素早い突撃。
だが舞奈は事もなげに避ける。
「あんたは映画に出てただろう!」
舞奈が軽口を叩く前で、ファイヤーボールは再び動きを止める。
どうやらラッシュの度に、ある程度のクールタイムが必要らしい。
それでも今までは、どうにかなっていた。
あの炎の嵐のようなラッシュの中で、立っていられたヒーローはいなかった。
少なくとも仲間の援護なしで。
それを舞奈は、自身の技量だけで避けきってみせた。だから、
「――聞いてた通りだ。あんた、自分が最強だって思ってるだろう?」
息を切らしながら、ファイヤーボールの口調に少し険がこもる。
まるで軽薄な言動に隠された何かがこぼれ落ちるように。
そう。
彼女はミスター・イアソンのような万能タイプの超能力者じゃない。
おそらく【加速能力】という一芸に賭けて他の可能性を諦めた、いわば異能力者。
しかも彼女は超能力を用いた強力無比な攻撃を会得するため何かを支払っている。
それはリンカー姉妹のような過酷なトレーニングなのかもしれない。
あるいは【加速能力】以外に単体で強力な手札を持たない故に、何か大事なものを失ったのかもしれない。そう舞奈は気づいた。……自分もそうだから。
だが彼女は、そういった犠牲を舞奈が払っていないと思っていたのだろう。
それでも……だからこそ舞奈は何食わぬ表情のまま、
「思ってるんじゃなくて、理解してるんだ」
そうしないと、側にいる誰かを守れない。
答えながら舞奈の口元にも乾いた笑みが浮かぶ。
その表情で、彼女も気づいたらしい。
「……やれやれ、こっちも聞いてた通りだ。安心しな」
ファイヤーボールの口元に微笑が浮かぶ。
軽薄でも、あるいは乾いた笑みとも違う少しだけ自然な笑み。
舞奈について、誰に何を吹きこまれて来たのやら。
「『ボス』がこの国の組織に気を使って民間人への攻撃を禁止している。だから今のところ、ヴィランはこの国で超能力者でも術者でもない非武装の人間を攻撃しない。そんなことをしたら、まず自分が消されちまう」
「そいつは重畳」
彼女の言葉に舞奈は口元をゆるめる。
「あたしも術や魔法を使わない子供なんだが」
「Sランクじゃなけりゃね」
ナイフを構えた舞奈。
炎の残滓をまとわりつかせたファイヤーボール。
二人の少女は再び軽口と、そしてニヤリと笑みを交わす。
舞奈としては、無辜の人々への被害がひとまずないことがわかったから。
おそらく、それが舞奈がヴィランに会って、いちばん知りたいことだった。
もちろん彼女の言葉を鵜呑みにするつもりはない。
彼女自身が嘘をついていなくとも、何者かが彼女に嘘を吹きこむことはできる。
それに敵が殴山一子の背後にいた奴と同じなら、いずれヴィランたちが手を下すまでもなくWウィルスを撒かれてお陀仏だ。
それでも、ヴィランが一般市民を襲撃する可能性が低くなったのは事実だ。
そんな彼女は……たぶん戦うのが好きなのだろう。
しかもスリリングな戦闘が。
良い意味で、年若い彼女は人生をナメて楽観視している。
だから恨んだり根に持ったりもあまりしない。
彼女の目的は接戦して勝つことで、奪うことや痛めつけることに興味はない。
映画の中の彼女はそうだったし、現実の彼女も同じなようだ。
そもそも映画のためにキャラ作りできるほど器用ではなさそうだ。だから――
「――次のラッシュで決着をつけようぜ」
「いいね! なら1発でも当てたらあたしの勝ち、避けきったらあんたの勝ち、ってのでどうだい?」
舞奈の提案に、ファイヤーボールは口元に笑みを浮かべて答える。
「オーケー! じゃあ勝った方が負けた方とデートってのは?」
「そいつは勝ち負け関係なくない? だいたい、そんなこと言ってていいの? あんた彼女がいるはずだろう」
「そんなことまで知ってたのか。ははっ身持ちの固いヴィラン様だ」
軽口を交わす。
そして最後の勝負に臨んで互いに身構え――
「――いや、勝負はお預けだね」
ファイヤーボールが跳び退る。
「……気づいてたのか」
「なんで自分だけ気づいてたと思うのさ」
口をへの字に曲げる彼女と軽口を交わしながら見やった先――
「――すまない。水を差すつもりはなかったんだが」
廃ビルの麓の何もなかった場所に、空気から滲み出るように巨漢があらわれた。
極彩色のタイツに身を包んだミスター・イアソン。
彼は透明化の超能力【透明化能力】を使えたらしい。
「すまんがもうすぐ終わる。邪魔せんでくれ」
「ああ、もちろんだ」
舞奈は極彩色の全身タイツマッチョを睨みつける。
対してミスター・イアソンは厳粛な表情で頷き、
「いいや、あたしはここで失礼するよ」
ファイヤーボールは油断なく身構えながら周囲を見渡す。
「そっちの坊ちゃんはともかく――」
「坊ちゃん?」
「――他の仲間がどう出るかはわからないからね。特にこの国の協力者」
彼女の言葉にイアソンは少し口元を歪める。
舞奈はけっこう露骨に。
根が素直な彼を矢面に立たせ、シャドウ・ザ・シャークやドクター・プリヤが企みごとをしたことが過去に何度かあったのだろうと察しはつく。
加えて確かに彼女の言う通り、この国の【機関】にも性根がアレな奴はいる。
彼女らが舞奈の意図を無視してヴィランを捕らえようとするかもしれない。
そういう警戒心がなければヴィランなんてやってられないだろう。だから、
「そう考えるなら今の時点でチェックメイトではないかね? 超能力による転移ができない君を、捕獲するのも追跡するのも容易だ」
「そう思うかい?」
あくまで冷静に語るイアソンを見やってファイヤーボールはニヤリと笑う。
手品のようなゼスチャーをしながら右腕をかざし――
「――何だと?」
舞奈が驚いたのは、彼女の指に先ほどまではなかった指輪がはまっていたから。
しかも、その指輪には見覚えがある。
だが舞奈が次のアクションを起こすより早く――
「待ちやがれ! もうひとつ聞きたいことが――」
「――Please,Merlin!」
「何っ!?」
舞奈が叫び、ミスター・イアソンが驚く先で、レオタードの少女は消えた。
一瞬のことだった。
彼女は自身では不可能なはずの長距離転移を用いて舞奈たちの前から逃げおおせた。
正直なところ、転移の手札を他者に与える術者は他にいくらでもいる。
例えばエンペラーは自身の配下に魔道具の指輪を持たせていた。
長距離転移を可能とする【智慧の門】の指輪を持たせたことも多々あった。
そもそも【智慧の門】を内包するケルト魔術は西欧では一般的な魔術の流派だ。
十分な実力を持った術者だって、ひとりや2人じゃない。
だが舞奈は人外レベルの動体視力で指輪のデザインを確認していた。
見間違いようがない。
あれは以前にクラフターが使っていたのと同じ【智慧の大門】の指輪だ。
つまり奴もクラフターと同じ支援者からサポートを受けている。
それが彼女の言う『ボス』なのだろうか?
クラリスからはクイーン・ネメシスやクラフターの目的は知らないと聞いていた。
だが、もう少しヒントになりそうな何かを尋ねておいても良かったのでは?
ないし転移の大魔法を魔道具にこめられる術者に心当たりがないかスカイフォールの王女たちに聞いておくべきだったのでは?
そう思ったが後の祭りだ。
だから舞奈は側で驚愕に固まっているミスター・イアソンの巨躯を見上げ、
「折角だから夜のデートと洒落こまないか? 坊ちゃん」
言いつつ口をへの字に曲げる。
だがイアソンは、それどころじゃない様子で舞奈を見やり、
「あんたにも聞きたいことが山ほどある」
「それよりシモン君、スカイフォールの王女たちとは一緒ではないのかね?」
「いんや。今日は会ってないが」
「そうか……」
意味深で嫌な予感のする問いかけの後で……
「……まさか!?」
「ああ。先ほど、別のヴィランが王女たちを襲撃する計画があるとの情報を得た」
厄介な事実を告げた。




