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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第18章 黄金色の聖槍

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調査3

 夕食時には少し早い時間帯の、繁華街の一角。

 3人の天女と『太賢飯店』の店名が描かれた看板の下で、


「おーい張! 来たぞ!」

「おや舞奈ちゃん、いらっしゃいアル」

 舞奈は赤いペンキが剥げかけた横開きのドアをガラリと開ける。

 すると長袍(チャンパオ)を着こみ、首が見えないほど肥え太った店主が満面の笑みで出迎える。


 ディフェンダーズの面子からの情報を期待して教会に赴き、思いがけずベリアルや彼女が従えた元ヴィランたちとの邂逅を果たした後。

 どうせなら、と街に戻って公園や商店街をぶらついてみた。

 だが、あてのない捜索は当然ながら空振り。

 気がつくと少し早めの夕食に丁度いい時間だったので、そのまま張の店を訪れた。


 夕食がてら、折角だから何か情報を仕入れようと思ったのだ。

 店主の張は元執行人(エージェント)の術者で占術を得手とし、おまけに各所にコネもある。

 彼なら何か具体的な情報をつかんでいるかも知れないと思った。

 クラリスやベリアルの話によると、今度の敵は全貌が把握できないほど大規模なヴィランの勢力らしい。だが、それだけわかっても敵への対処ができる訳じゃない。


 別行動をとっている明日香から特に連絡はない。

 まあ、そんな約束はしていないので当然だが。

 占術で調べようなどと思っていないかどうかだけが気がかりだ。

 そんなことを考えながら、


「ったく夕飯時だってのに相変わらず客が……」

 言いかけて……


「……いるな」

「おや舞奈さん、晩御飯ですか?」

「Oh! シモン! お久しぶりデース!」

 カウンターに並んで座った女と何かが顔をあげる。

 婦警コスプレと、側にペストマスクを置いた小柄な黒マント。

 KAGEとイリアだ。


 先ほどはあれだけ探してもいなかったのに。

 まあ、舞奈のすることはだいたいいつもこんな感じだ。

 というか、ここで飯を食っていたのだから公園や通りにいる訳はない。


 舞奈も彼女らの隣に座る。

 そこが舞奈のいつもの席だからだ。


「何にするアルか?」

「じゃあ担々麺と餃子で」

 メニューを見もせず慣れた調子で注文する。

 その後、奇しくも同じ担々麺に取りかかっていた2人を見やる。


「アーガスさんは仕事か?」

「Yesデス」

「追加のメンバーを出迎えに行ってるんですよ」

 問いにイリアが元気に答え、KAGEが補足する。


「そっちも大変みたいだな」

 言いつつ苦笑する。


 今日は彼女らのリーダーである金髪マッチョは別行動中らしい。

 最後に彼を見たのは病院のベッドの上だったはずだ。

 彼も苦労を背負いこみがちな性分らしい。

 というよりディフェンダーズの任務が佳境に差し掛かっているのだろう。


 もちろん彼女らが増援を要するほどの敵と相対するのは舞奈たちと同じ。

 だからこそ、国内に入りこんでいるというヴィランについて情報が欲しかった。

 なので彼女らと会えたのは幸運だ。

 ついでに彼女らが読心に長けていないのも好都合。

 こちらの情報の出所のひとつがクラリスだとは言わない方がいいかもしれない。


 どちらにせよ、同じチームの術者である以外は何の接点もなさそうな2人がそろって飯を食っているということは、何らかの調査の後である公算が高い。

 ホームステイしているイリアは他に用がなければ萩山の家で食うはずだ。


 だが先方は、舞奈の言葉を違った意味で捉えたようだ。


「そちらもその……大変だったみたいですね」

「……まあな」

 KAGEの言葉に口元を歪める。

 いつも何処かひょうひょうとしたKAGEの声色が、少し硬かったから。

 カウンター越しに見やる張の表情も。


 禍川支部を巡る一件のことは彼女らの耳にも入っていたらしい。

 まあ当然と言えば当然か。

 情報通の張はもとより、ディフェンダーズにだって相応の諜報部門はあるはずだ。


「我々の失態で、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまいました」

「Sorryデス……」

 うなだれる2人の言葉に、


「あれが、あんたたちだけの落ち度でたまるか」

 舞奈は再び口をへの字に曲げる。


 ディフェンダーズは国際テロリストのテロドスを倒した。

 だが奴らが製造していたWウィルスは運び去られた後だった。

 そのウィルスによって、四国の一角は壊滅した。

 ウィルスの影響で喫煙者ゾンビが溢れた街で、舞奈たちも多くの仲間を失った。


 それでも舞奈は、あのどうしようもない身勝手な願望から生まれた一連の事件の責任を、少しばかりミスしただけの人間を責めることで有耶無耶にしたくはなかった。

 それは逆に事件を矮小化し、失われた多くの魂を無下にする行為だと思うから。


「それより」

 舞奈は口元を無理やりに笑みの形に歪める。


 彼らのために、彼らを失った者たちのためにできること。

 それは、さらなる犠牲を生み出さないことだけだと舞奈は思う。

 すなわち集いつつあるヴィランたちの魔の手から、大事なものを守り抜く。


 そのために奴らの情報が少しでも欲しい。

 ベリアルたち【組合(C∴S∴C∴)】も、レナたちスカイフォールの面々も、広大過ぎる敵の全貌を把握できていなかった。奴らヴィランが一枚板じゃない都合もあるのだろう。

 だが目前の彼女らならどうか?

 ディフェンダーズはミスター・イアソンをリーダーとする米国の平和維持組織。

 ヴィランどもの目論見を暴いて企みを阻止する達人のはずだ。

 加えてKAGEは公安としての顔をも持つ。だから、


「スカイフォールの王女様がこの街に来てるのは知ってるだろう?」

「もちろんですとも。彼女らの身の安全の保障は公安としての使命でもあります」

「知ってるデスよ! シモン好みのprettyな王女様たちデス」

 舞奈の問いに2人はうなずく。

 張もうなずく。特にイリアの言葉の後半に同意して。まったく!


 それはともかく、当然、予想できた答えだ。

 情報通な張はもとよりディフェンダーズにも公安にも情報網はある。

 西欧の魔法国家の王女が来日したなどという大ニュースに気づかない訳がない。


 だが、それは彼らと敵対するヴィランも同じ。

 奴らの目的が何にせよ、利用しようとするのは間違いないだろう。だから、


「その騎士団のひとりを操るなりそそのかすなりした奴がいる。【精神読解(マインド・リード)】をだ」

 操るなりそそのかすなりされたゴードン氏に襲われたことは伏せて話す。

 聞いていなければ話すほどのことでもないし、知っているなら彼がどう転んでも舞奈に対する危険には成り得ないこともわかる。


 それより舞奈は、敵の具体的な正体について知りたかった。

 抽象的な心構えの話ではなく、直近に迫った手掛かりからひとりずつ敵を探るのだ。

 幸いにも映画でヴィランのすべてはわからないが、チーム分けのヒントにはなる。

 ひとりの正体がわかれば、他にどんな敵が控えているかもわかるはずだ。


 何より他者を操る、という手管には覚えがある。


 殴山一子を裏から操っていた何者かがいると舞奈は確信していた。

 奴は邪悪な心を持った醜いつまらない脂虫の中年女だった。

 対してゴードン氏は善良な紳士ではあるが、前髪が後退するくらいの年頃の彼はコンプレックスを抱えていた。舞奈的にはそういう生き方があっても良いと思うのだが。


 ともかく、何らかの手段で心を操られた2人に共通点は多い。

 難易度も似たり寄ったりなのだろうと言う気はする。


 操られ方も同じ。

 性根が邪悪な殴山一子は支配欲を満たすために四国の一角を滅ぼした。

 根は善良なゴードン氏は舞奈を倒す下準備として無辜の人々を避難させた。


 他者の心を惑わす何者か。

 怪異の力を貸し与える手段を持つのもそいつだろうか?

 そいつが他のヴィランと一緒に襲いかかってくるというのなら、是非とも相手をしてやりたいと思う。そんな舞奈の思惑には構わず、


「術者に限らず、人間の心をまるごと上書きして思いのままに動かす魔法なんてものは実はないんですよ。あっても極端に効率が悪い」

 KAGEが語る。

 張も当然のことのように頷く。

 そういえば店主が聞いているのに構わずヴィランや魔法の話を始めたKAGE。

 彼女らは張が術者だと何時の間に知ったのだろうか?


「そんなことをするくらいなら、本人のfakeを作った方が速いデス」

「偽物アルね。本人そっくりな式神やデーモンを創るアルよ」

「なるほどな」

 イリアの説明、張の補足に思わず頷く。


 以前に鶴見雷人が、かつての仲間のフェイクを作っていたのを思い出す。

 奴は輝かしい現役時代のコンサートを再現するため、他の悪党どもを材料にしてファイブカードのメンバーそっくりなアークデーモンを作り出した。

 まあ、たとえ手っ取り早くても、奴は古い友人を操ったりはしないだろうが。


 それもあるし、先日の楓もそうだった。

 魔術師(ウィザード)にこの手のことを尋ねると、決まって帰ってくる答えは精神操作の困難さ、そしてより安易な代案としての物理法則の改変だ。

 まやかしより変身や偽物の創造の方が難易度の高い技術な気がするのだが。

 あるいは、それほどまでに他者の精神を操るという行為は困難なのだろうか?


 だが、どちらにせよ先日の件はそれではない。

 先日に戦ったゴードン氏はまぎれもなく本物だった。

 そんな舞奈の表情で察したのだろう、KAGEは少しだけ考えて、


「もっとも難易度の低い介入は拘束なのですが、それでも回避は可能です」

「そうらしいが……」

 言葉を続ける。

 舞奈は相槌を打ちつつも、


「……っていうか、魔法の回避ってどういうことだ?」

 首をかしげて問いかける。


 そういえばゴードン氏は舞奈が精神の枷を『避けた』と言っていた。

 その時には避けたというんなら避けたんだろう、いちいち考えながら回避してる訳じゃないと聞き流していたが、具体的に何をしたのか心当たるところがない。

 そんな疑問に対し、笑みを浮かべたのはイリアだ。


「シモンの得意な奴デスよ」

「あたしの?」

「Yes。物理的な攻撃を避けるみたいに、心への攻撃をdodgeするデス」

「いや、ますますわからんのだが……」

 わかったようなわからないようなイリアの解説に首をひねり、


「術による精神への介入というのは、心の隙をつくようなものなんですよ」

「要するにspiritualな羽交い絞めデス」

「いやだから……要は威圧や恐喝の凄い版ってことか?」

 KAGEも交えた例え話を無理くりに解釈し、理解しようと試みる。


 羽交い絞めが屈強な肉体や素早い身のこなしで回避可能なように、精神的な拘束を回避する決め手となるのは気の持ちよう、ということだろうか?

 そういうことなら修羅場をくぐった舞奈は多少は慣れている。


「舞奈さんは物理的に素早いのと同じくらい精神的にも柔軟で、狡賢くて捉えどころもないですからね。精神的な拘束も効き辛いんですよ」

「freedom、デース」

「……うるせぇ褒めてねぇだろ」

 言って口をとがらせつつ、餃子を口に放りこむ。

 他人から言われると割と納得いかない気持ちにはなる。

 隅で張が、見えもしない首がもげそうなほど頷いているのも腹が立つ。


 だいたい、それは舞奈がニュットに対して思っていることだ。


 というより舞奈が知る魔術師(ウィザード)すべてに多かれ少なかれその傾向はある。

 フリーダムな生き方というなら楓や目前のKAGEだってそうだ(あと余談だがイリアさんよ、あんたも大概だからな!)。

 明日香も心に棚があって動じないという意味ではちょっとしたものだ。

 正直なところ記憶の中の美佳だって、狼狽したところなんて想像できない。


 つまり屈強な肉体がフィジカルな戦闘に従事する人間の基本なのと同じ。

 柔軟で狡賢くて捉えどころのない精神性は、魔力を用いて攻防する人間には必須の才能なのかもしれない。

 何故なら彼女らにとって、魔力の源は精神の力だ。

 精神を鍛えることで創造できる魔力は増し、精神的な抵抗力も上がる。

 そんな狡賢くてフリーダムなKAGEは、


「精神的な拘束の術くらいなら、わたしやアーガスさんができるんですが」

 虚空を見やりながら言葉を続ける。

 自身の記憶を探っている様子だ。なので、


「みたいだな」

 舞奈も何気に返す。


 そういえばアーガス氏は以前、執行人(エージェント)が取り逃がした脂虫を拘束していた。

 引き渡されてアーガスの手を離れた後も、脂虫は呆けて動かなかった。

 その時に使った術も【精神檻(マインド・ケージ)】だったはずだ。


 他者を操るまでもない拘束程度なら、割とありふれた技術なのだろうか?

 魔力を使わない威圧や恐喝でも、相手に何か特別な仕事をさせるより、とりあえず黙らせておくだけなほうが楽なのと同じか。


 幸いにして今まではそうした拘束術の使い手にはあまり出会ったことはない。

 だが今後もそうとは限らない。

 柔軟な精神による防護の手段について留意しておこうと思った。


 それはともかく、似たような手札をKAGEも持っていたらしい。

 使ったところを見たことがないのは、過去に共闘した相手が術者だったからか。

 精神に介入する術は術者には効かないと以前にKAGEが言っていた。

 そこを強制する手段もない訳ではなかろうが、生半の力量では無理なのだろう。

 というか自身も魔術師(ウィザード)なら元素の枷で物理的に拘束したほうが楽なのかもしれない。

 他者の精神を強制するくらいなら元素や物理法則を操る方が容易というのも、なんだか術者らしい気がした。


「あと、手札だけなら悪魔術にもあるんデスけど」

「あんたはできないのか」

 不満ありげなイリアを見やって笑う。


 飛び級の天才にも苦手なものはあるらしい。

 そこだけは彼女より力技では劣る萩山のほうが上手のようだ。

 彼は以前、舞奈たちと一緒に彼を取り囲んだ執行人(エージェント)たちを歌で操り、逆に舞奈たちを襲わせた。しかも複数の異能力者を一度にだ。

 まあ舞奈の機転とあずさの歌で事なきを得たのだが。

 人間や異能力者は、操られにくいだけでなく精神操作を逃れやすいのかもしれない。


 ……だから、たぶん殴山一子は切丸に力を与える前に脂虫にした。


 だが、そうした術はイリア自身の手札にはないらしい。

 イリアにとっての歌がツールであり、生き様ではないからだと舞奈は思う。

 なるほど彼女の本質は医学者なのだろう。

 ちょうど萩山が、医学生でありながら本質はアーティストなのと同じだ。


 とするとゴードン氏の件はディフェンダーズの面子とは無関係。

 というか……


「……いや別にあんたたちを疑う要素は最初からないんだが」

「それもそうですね」

 もっともな舞奈の言葉に彼女らは素直にうなずく。

 カウンターの後ろで何を当然のことを、みたいな表情で張もうなずく。


 彼女らには読心の手段すらなく、他者の精神を操るより他の手段を使ったほうが早いという事実は今しがたの説明でわかった。


 だが、それ以前に、そんなことをしても彼女らにメリットはない。

 動機の無さはベリアルの監視下にあったリンカー姉妹より上だ。

 というか、なんでそこを疑われたと思ったんだ……。

 仕方なく、舞奈はさらに質問の切り口を変えて、


「ヴィランにそういうのはいないのか?」

「考えられるのはサイキック暗殺者のリンカー姉弟ですかね。そういう手段で暗殺を試みたことが過去にもあります」

「そのときも力及ばず……Oops」

 2人の答えに苦笑する。


「今回の件は彼女らじゃないよ」

「そうデスかー」

 舞奈は断言する。


 リンカー姉弟――リンカー姉妹は読心と瞬間移動を得手とするサイキック暗殺者。

 だが彼女らが暗殺していたのは権威を持った脂虫だった。

 気に病むようなことじゃない。

 その事実に、以前、彼女らと戦った時に気づいた。


 というか彼女らには先ほど会って話をしてきたところだ。

 だが、そうすると……


「……精神介入が可能な術者は他の術も強いデスからねー」

 イリアが額に皺を寄せる。

 必死で考えてるのに思い当たる相手がいないという表情だ。

 要はたいていの術者は、そんなことするくらいなら面と向かって火球をぶつけに来るということらしい。意外に脳筋なんだなと舞奈は苦笑する。


 まあ修羅場をくぐることで精神に対する干渉やそれに対する回避が上達するというのなら、言う通り精神介入のみに特化した術者というのは生まれにくい。

 眼力や威圧だけ凄い武闘家とかがいないようなものだ。

 確かに映画でも、そういうヴィランは見たことがない。


「メンター・オメガなら、そういうことが可能かも知れないデスね」

「ええっと、あんたたちに指令を出している秘密の首領だっけ」

「そうデス」

「いや、あんたたち以上に動機がないだろう……」

 苦し紛れの答えに苦笑し、


「本当に精神介入に特化した術者がいたとして、そういう人は証拠を残さずに裏から手を回すでしょうしね……」

「それもそうか……」

 KAGEの言葉に同意する。

 つまり、そこにこだわって探そうとすると、それこそヒントもなしに砂漠で1本の針を探すような状況になる。

 そこまでの相手ならば映画にも出ていない公算も高い。


「けど大丈夫デス!」

「なにがだよ?」

「イアソンが戻ってきたら、タイタニアとポーキーが一緒です!」

 楽しそうなイリアの言葉に記憶を探る。


 たしか、どちらもディフェンダーズの面子だ。

 タイタニアはシャーマニズムを操る寡黙な女戦士。

 スマッシュポーキーは凄い勢いで突撃するのが得意のちびちゃんだったはずだ。

 その関係に、かつての仲間を思い出し――


「――彼女らがいれば、何者かが操られることによる事件の被害も未然に防ぐことができるでしょう」

「だといいけどな」

 KAGEの言葉に口元を歪める。


 その後、3人はそのまま世間話などしながら担々麺を平らげた。

 そして張がサービスしてくれた杏仁豆腐をいただいて、店を出た。

 その際に息を吸うように支払いをツケにした舞奈を他の2人が「うわあ……」みたいな表情で見ていたのは礼儀正しく無視。


 帰りの道中、そういえばきみどりおばさんについて尋ねてなかったなと思い出す。

 だが、あの調子じゃ聞いても有用な情報が得られたとも思えない。

 そう考えて、あえて気にしないことにした。

 わからないだけならともかく、見たいとか言われたら厄介だ。

 そんなことになればクラスには姿を偽った全身タイツに全裸、ペストマスクがひしめく羽目になる。控え目に言って地獄絵図だ。


 つまり、今日の調査でも具体的な情報はなし。


 明日香のほうで何か進展があればいいのにと思った。

 だがまあ、当てにはしないことにした。

 少し遅めの帰宅になった舞奈は新開発区で……


「……ああ、そんな奴もいたなあ」

 泥人間の群れと出くわした。

 通りの左右に並ぶ廃ビルの陰から1ダースほど、わらわら沸いて出てきたのだ。


 前面に並んでいるのは燃える木刀を構えた【火霊武器(ファイヤーサムライ)】【雷霊武器(サンダーサムライ)】。

 正面に立っているのは鉄パイプを構えた1匹の【装甲硬化(ナイトガード)】。

 その背後で粗末な弓矢を構えているのは素早い【狼牙気功(ビーストブレード)】か。

 並の異能力者がひとりや少数グループで出くわせば抵抗も空しく死ぬしかない。

 なにせ鉄壁の【装甲硬化(ナイトガード)】に手間取るうちに、左右から炎と稲妻の剣、頭上からは矢の雨が降ってくる。


 だが舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべ――


「――腹ごなしに丁度いいか」

 ひとりごちると同時に【雷霊武器(サンダーサムライ)】を屠っていた。

 人型の怪異が泥と化して崩れ落ちる。

 舞奈の右手には、いつの間にやら抜かれた幅広のナイフ。


 標準的な成人男性ほどの戦闘能力を持つ泥人間が、反応する間もなく数メートルの距離を詰めて1匹に跳びかかって喉元を裂く程度は舞奈には容易い。

 拳銃(ジェリコ941)を抜くまでもない。

 他の【火霊武器(ファイヤーサムライ)】どもが反応する間もなく、さらに1匹。


 その真上から矢の雨が降り注ぐ。

 前衛への被害などお構いなしに【狼牙気功(ビーストブレード)】の速さで放たれた矢の雨。

 だが次の瞬間、舞奈はそこにはいない。

 弓兵どもの背後から膝裏を蹴り、女子小学生の手が届くところまで降りてきた首を切り落とす。それを作業のように繰り返す。


 そして振り返った先で、置き去りにしてきた1匹が雄叫びをあげる。

 他の前衛が仲間の弓矢で蜂の巣になって崩れ落ちる中、生き残った1匹は鉄パイプ。

 泥人間の【装甲硬化(ナイトガード)】は獲物を振り上げて叫びながら迫り来る。


 今回の遭遇で、相変わらず泥人間は雑魚で異能力も代わり映えしないという以外に情報はなし。まあ当然だ。


 つまり、やっぱり今日の調査も目ぼしい成果はしということになる。

 なのでちゃっちゃと最後の1匹の喉笛を裂こうとナイフを構え――


「――おおっと!」

 不意に舞奈は跳び退る。


 その目前で、泥人間が『爆ぜた』。

 怪異は焼け焦げた破片になって飛び散る。


「あーあバラバラじゃないか」

 何食わぬ口調でひとりごちつつ、一瞬前まで泥人間がいた場所を見やる。

 そこには――


「仲間を雑に扱ってやるなよ」

「――んなのが仲間な訳ないっしょ!」

 深紅のレオタードに身を包んだ少女が立っていた。


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