調査1
平和で変哲のない月曜日。
ホームルームで前触れもなく紹介された美人の新任教師。
その正体は、鮮やかな黄緑色の全身タイツ風ローブを着こんだ謎の術者だった。
そんな衝撃的な1日を、どうにか乗り越えた放課後――
「――にしても、ビックリするくらい黄緑色だったなあ」
舞奈はひとり、通学鞄を背負って商店街を歩いていた。
脳裏に浮かぶのは授業の間じゅう見続けた黄緑色の謎衣装のこと。
「ひょっとして、ヒーローかヴィランか? ……ん?」
ふと、路地の向かいに見えた集団に目を止める。
がやがやと話す声に聞き覚えがあったからだ。
加えて先頭を歩く少女にも。
背後に続く男たちにも。
ありていに言うと知人だ。
「おーい! レナちゃんにルーシアさんじゃないか!」
「……? あっ志門舞奈!」
声をかけると、通りの向かいからレナが小走りにやってきた。
園香の言う『仕事』の最中だろうか。
「あら舞奈様、学校帰りですか? 毎日ご苦労様です」
「ははっどうもさん」
ルーシアもおっとり続く。
「あんたたちこそ、補導とかされないように気をつけてくれよ。この国の子供は、昼間は学校に行ってるんだ」
「スカイフォールにだって学校はあるわよ」
「ははっそりゃあスマン」
ちょっと言ってみた舞奈にレナが口をとがらせ、
「いちおう政府や官憲には話はついていますので、その心配はないと思います」
ルーシアがにこやかに答え、
「ボクたちもいるから大丈夫なんだナ」
「ああ、その通りだ」
追いついてきた太っちょイワンとマッチョのジェイクが答え、
「…………」
さらに遅れて追いついてきたゴードンも無言でうなずく。
派手に後退した生え際の下に、玉の汗をかきながら息を切らせている。
無駄に走らせて申し訳ないことをしたなあ……と考えたら睨まれた。
それはともかく、彼女らは護衛として騎士のうち何人かを連れ歩いているらしい。
まあ当然といえば当然だ。
ゴードン氏も普通に騎士の仕事をしているようで何より。
それに大人が一緒なら保護者だと思われて話が早くなることもあるかもしれない。
まあ護衛の人相的に別の意味で通報とかされるかもしれないが。
まあ、それもさておき、
「そっちの仕事は順調かい?」
何食わぬ口調で問いかける。
普通に考えれば、一国の王女が何となくという理由で他国を訪れることはない……はずだ。まあ留学先がまるごと壊滅したルーシア王女はともかくとして。
そして目的が国家間交流や親善なら、短期留学や学校訪問くらいするはずだ。
現にルーシアも四国では地元の学校に通っていたらしい。
休養という雰囲気でもない。
そもそもレナは園香に仕事だと言って昼間は外出しているという。
流石に一国の王女が、失職した親父みたいな真似はしないと信じたい。
そうすると問題は彼女の仕事の内容だ。
外交ではないだろう。
それは彼女の親であり、公的な立場を持つ大人の役目だ。
ならば魔道士の王国の若き王女が、はるばる海を越えて訪れた理由。
それは魔法に関わることだろう。
彼女らは王女なだけでなく、やはり強力な術者でもあると先日に聞いた。
その力によって、この国で何かを成そうとしている。
おそらくは来たるべき災厄への備え。
要はミスター・イアソンたちディフェンダーズの面子と同じだ。
そんな彼女から、舞奈は情報を得たかった。
この国を蝕みつつある、この街に迫りつつある危機。
クイーン・ネメシスが立ち向かおうとしていた強大な何か。
殴山一子を操っていたとおぼしき黒幕。
そいつは目前のゴードン氏をも操り、舞奈を襲わせた……かもしれない。
さらに教室に襲来したきみどりおばさん。
なのに舞奈は奴らの尻尾を何らつかんでいない。
それらが独立した厄介事なのか、それとも繋がっているかすらわからないのだ。
だから何でもいいから事件について知りたかった。だが、
「申し訳ありませんが、何らわからず仕舞いでございます。この国の諜報機関や協力者たちに話を聞いてはみているのですが、皆様も何もわからず仕舞いで……」
「あ、ちょっと姉さま!」
「そりゃ残念、お互い様だ」
ルーシアの言葉に肩をすくめてみせる。
レナが慌てたのは事情を知られたくないと思っているからか。
だが舞奈は感づいているから問題ない。
逆にルーシアは舞奈の事情と思惑を察して情報交換に応じてくれた。
この国の協力者というのは【機関】や【組合】のことだろうか。
まあ単に知人に尋ねられたから何も考えずに答えた可能性も多分にある。
そう思わせる何かが彼女にはある……。
だがまあ、残念ながら先方の成果もこちらと変わりはないのは事実のようだ。
レナの様子からも嘘はついてないのは確かだ。
逆に舞奈が隠し事をしていないのもゴードン氏がいればわかる。
つまり互いに何もわからないというカードを交換しただけだ。泣ける。
まあ舞奈が欲しい情報が文字通り向こうから歩いてくるような都合のいい状況は今までにだってなかった。
それでも無理やりに何らかの収獲を見つけようとするならば、スカイフォールの王族と調査のための協力関係を結べそうだと確信できたくらいか。だから、
「ま、あんたちも気をつけてな」
「あんたたちもね!」
「ああ、園香に心配かけないくらいはな」
「当然よ!」
レナと軽口を叩き合って、王女様御一行と別れた。
その後、舞奈はぶらり讃原町を訪れた。
そして久しぶりに立ち寄った九杖邸で……
「……認識阻害で新任の先生に化けた術者?」
「異能力者を操って舞奈ちゃんを襲わせたかもしれない?」
ちゃぶ台を挟んだ目前で、サチと小夜子が揃って首をかしげる。
開け放たれた障子の向こうの庭で、ししおどしがタンと鳴る。
「まあ明日香ちゃんも見たって言うなら確かな話なんだろうけど……」
「小夜子さんは、あたしを何だと思ってるんだ」
舞奈はジト目で見やってくる小夜子を睨み返す。
次いで隣に座った明日香に目をやる。
だがまあ、舞奈自身も他人から同じ話を聞かされたら同じ反応を返すと思う。
舞奈が九杖邸を訪れたのは、きみどりおばさんの正体について何かヒントになることを彼女たちが知らないかと思ったからだ。
側の明日香も同じことを思ったのだろう。
舞奈が訪れた頃には座って茶を飲んでいた。
だが、こちらも成果は舞奈と似たり寄ったりだったようだ。
舞奈はやれやれと口元を歪める。
この国に、この街に、全貌のわからない何か大きな危機が迫っている。
だが調べようにも取りかかりすらわからない。
とりあえず手の届く範囲の厄介事からでも調べて片付けようと思いたち、調査のヒントでもと聞いてみた結果もこのザマだ。やれやれ。
「けど認識阻害で見た目をごまかせる術者なんて、そんなにいないのよ」
「いや、そりゃわかってるんだが……」
サチの言葉に苦笑して、
「本当に認識阻害だったの? 光学迷彩じゃなくて」
「間違いない。光学迷彩なら、あたしやチャビーに正体は見えないはずだ」
「それに、あの状況で光学迷彩を破ったりしたら……」
小夜子の問いに、舞奈は肩をすくめてみせる。
明日香も付け加えながら目をそらす。
術者の知人が多い舞奈たちは忘れがちだが、認識阻害は高度な技術だ。
魔道士の中でも魔術師の流派にしか存在しない手札なのだ。
なにせ本来ならば干渉できないはずの正常な他人の精神へ介入し、多少なりとも改変するのだ。光を操って姿をブレさせるのとは訳が違う。
実際、あれが光学迷彩だったとしたら、奴の正体として想定できる範囲も広がる。
というかハードルが下がる。
呪術師や妖術師……怪異の道士だと断ずることもできる。
つまり何時かのように怪異が侵入したというわかりやすい状況が有力となる。
それなら対処もしやすい。
だが状況が、安易な希望を否定する。
認識阻害が対象それぞれにかけて勘違いさせるのに対し、光学迷彩は術者の見た目そのものを別のものに変化させる術だ。
だから当然、術を解けば実際に正体が丸見えだ。
その場合、いきなりの全身タイツの登場にクラス中が大騒ぎになっていたはずだ。
男子とか生涯心に残るアレを植えつけられていたかもしれない。
しかも先方の対応次第では、さらに取り返しのつかない致命的なアレも考えられる。
幸いにもそんなことにならなかったということは、あれは光学迷彩ではない。
そもそも舞奈に他人の術を解除するような手札はない。
明日香もそんなことをする必然性がない。
そして舞奈が認識阻害を使う不審者の正体を知りたい理由はもうひとつある。
認識阻害も精神を操る術の一種だ。
舞奈は異能力者の精神を操る相手と、間接的に一戦やらかしている。
つまりゴードン氏の心に介入し、舞奈を襲わせた何者かだ。
舞奈が関与していない場所で、事態が良い方向に転がったことはあまりない。
目の前にあらわれた露骨に怪しい副担任を放置して、後に舞奈にありもしない恨みを焚きつけられた知人みんなと戦う羽目になるのは御免被りたい。
「にしても……」
舞奈は障子戸越しに、庭に生えた木を睨む。
「……ミーンミンミンミーン!」
「う、うぜぇ……」
堪えきれず口元をへの字に曲げる。
先ほどから意図的に無視していたのだが、今回はみゃー子まで来ていた。
どうやら明日香について来たらしい。
そして先ほどから庭の木に張りついてセミの鳴き真似をしているのだ。
まったく何が楽しいやら。
付き合わされる方は鬱陶しいことこの上ない。
「そういえば、このパフォーマンスを始めたの、今日の休憩中からじゃないかしら?」
「まあ、確かに、あれからいろんなセミの鳴き真似してるなあ」
明日香の言葉に答えつつ、皆で季節外れのセミを見やり……
「……だがまあ、流石にみゃー子の言動で占うくらいならおまえの占術のがマシだ」
「悪かったわね」
言いつつみゃー子から目をそらしてズズッと茶をすする。
隣で明日香が睨みながら茶菓子をつまむ。
みゃー子の声が大きくなった気がするが意識して無視する。
みゃー子に何の意図があるのかはわからない。
そもそも何か意図があるのかすら定かではない。
確かなのは、みゃー子のすることをいちいち考えても無駄だということだけだ。
こいつの内心なんて誰にもわからない(読もうとして酷い目に遭った奴もいる)。
わからないものを前提にわからないまま考えて、導き出される答えなんかロクなものじゃない。
なので意識して、大きなセミを視界から締め出す。
そして明確な情報をもとに理性的に今回の敵(?)の正体を推測しようとする。
すると、真っ先に考えなければいけないことがある。
敵の意図だ。
ゴードンは舞奈を倒そうと襲いかかってきた。
少なくとも彼自身はそう思っていた。
だが彼の年齢と力量は、自分でばらまいたBB弾に足を取られる程度。
正直、1ダースくらい束になってかかってきても舞奈を害することはできない。
そんなことくらい、少し冷静になればわかるはずだ。
つまり今回の敵の目的は、舞奈の排除ではない。
それなら他にもっとましな人選はいくらでもあったはずだ。
もちろん他の面子や、あるいは【機関】や巣黒市への攻撃でもない。
あるいは、ひょっとして敵は県外……というか外国からの来訪者なのだろうか?
つまり敵は舞奈のことをよく知らないのだ。
知名度があるだけの子供だと判断して……
……いや、敵の判断力を過小評価すべきじゃないだろう。
自分の手の届かない状況を都合よく仮定すると、後にロクな目に遭わないということも舞奈はよく知っている。
最低でも力量を試すつもりだった程度には考えるべきだ。
そう仮定すると、今回の件で、敵は【精神読解】を使える程度の超能力者では巣黒のSランクに歯が立たないと学習したはずだ。
あるいは敵が、何らかのルールにのっとって事を進めている可能性もある。
つまり自身の手の内を晒してから総攻撃を仕掛けようとしている。
敵が超能力者なのか、他の流派の妖術師や魔術師なのかはわからない。
だが、どちらにせよ、その力の源である魔力はプラスの感情から精製される。
何の心構えもない相手を知人に襲わせるのが卑怯で嫌だと感じた場合、術の威力は格段に落ちる。
そんなことを気にするなら余計なトラブルなんか起こさなければいいのにとは思う。
だがまあ敵には敵の都合があるのだろう。
それこそ舞奈の関与できない場所で事態が都合よく動いた試しはない。
現にレディ・アレクサンドラやクイーン・ネメシスたちは、別に性根は悪い奴らじゃないのに騒動を起こして舞奈と一戦交えた。
もしくは……警告という可能性も皆無ではない。
この国で敵が仕出かそうとしている何かは、まだ終わって……始まってすらいない。
次なる相手も一筋縄ではいかないと、何者かが伝えようとしているのかもしれない。
けど、まあ、正直なところ、こちらを予測する情報も少なすぎるのが事実だ。
推測に推測を重ねても妄想にしかならない。
みゃー子の行動を予測しようとするのと同じだ。
だが、ひとつだけ確かなことは、奴らが再び騒動を引き起こすということ。
舞奈たちは、それに備えなくてはいけない。
そんなことを堂々巡りで考えながら茶菓子をつまみ――
「――実際に変身していたという可能性はないのでしょうか?」
「いや、それなら逆にあたしに正体が見えた理由がないだろう」
背後からの声に何気に答える。
次いで声の主が小夜子でもサチでもないのに気づいて振り返る。
そこには1匹の猫がいた。
上品にちょこんと座った綺麗な猫だ。
楓のところのバーストに少し似ているか。
だが明確に違う顔だし、なにより首輪をつけていない。
子猫を可愛がっているチャビーやえり子。
術で猫と会話できる紅葉やもうひとりのSランク。
猫を友とする友人たちと交友を深め、術者と共闘するうち、舞奈も少しばかり猫に詳しくなった。だが、
「あれ? 近場にこんな猫いたっけ?」
首をかしげる。
舞奈の直感が、目前の猫を妙だと感じた。
まるで以前に全裸幼女のKAGEを、中身は大人だと見抜いたときのように。
加えて猫に怖がられるくせに猫好きな明日香が反応しないと思った矢先――
「――ふふふ、わたしですよ」
「!?」
声と同時に猫の顔が『変わった』。
包帯のような魔力の帯が、猫の顔の上から巻きつくように見えた。
次の瞬間……
「バウバウッ!」
「うわっ!? なんだあんた!」
……猫の顔だけがおしゃれ眼鏡の女子高生になっていた。
舞奈は思わず腰を浮かす。
そう。今や舞奈の目前にいるのは、
「ワンワン」
顔だけ楓の猫だった。
「楓さん、ここまで歩いて来たんですか?」
「ええ、猫の4本の足で歩いて来たんだワン」
「……」
明日香と交わされた会話に思わず舞奈は苦笑する。
どうやら楓は猫に変身して九杖邸を訪れ、庭から入って来たらしい。
そして機を見計らって人面猫に変身し直した。
正直、やっていることが庭で鳴いてるみゃー子と大差ない。
「いえその、街の他の猫が驚くので……」
明日香も少し嫌そうな表情で楓(顔以外は猫)を見下ろす。
珍しく、彼女も舞奈とまったく同じことを思ったらしい。
魔術師である彼女は、もちろん変化の理屈は理解できる。
ウアブ魔術【変身術】は身体を低位の魔神に置き換えて物理的に変身する。
術者の技量とイメージ力が十分であれば架空の存在に変身することもできる。
人面猫にもなれる。
顔だけ人間のまま猫に変身するのではなく、人面猫になるのだ。
だが理由が意味不明ということらしい。
ありていに言うと庭のセミを見るのと同じ表情をしている。
小夜子も冷たい視線を向ける。
2人は脂虫の拷問という他者が引くような趣味を共有する同士ではある。
だが、こういう状況では話が別だ。
隣のサチも、流石にフォローができない様子。
「人間型を大きく離れた生き物にはなれないんじゃなかったのか?」
「わたしとて鍛錬はしていますよ。それに、ほら、猫は4本の足で歩く生き物ですし」
「人間は2本足で歩くがな」
にこやかな楓の言葉にどっと疲れ、舞奈はやれやれと苦笑する。
ひょっとして先日の盲導犬も、本当に楓が化けていたんじゃないかと疑いたくなる。
だが話を蒸し返すのも面倒なので無言で疲労していると、
ピンポーン!
と呼び鈴がなって、
「紅葉ちゃんね? どうぞ入ってー」
サチが玄関に迎えに行った。
その背中を皆は無言で見送る。
妹は呼び鈴を鳴らして玄関から入ってくるのに、この猫は。
「バウワンッ!」
「……どうも。姉さんがいつもゴメン」
「いいよ。もう慣れたから」
廊下側の障子戸が開いて、申し訳なさそうに紅葉が入ってきた。
舞奈は座布団を引きずって場所を開ける。
次いでサチが追加の湯飲みと茶菓子を持ってあらわれる。
「ありがとう、サチさん」
「ふふ、紅葉ちゃんは礼儀正しいわね」
恐縮する紅葉に笑いかけながらサチはちゃぶ台に皿を並べる。
「ほら、着いたよ」
紅葉が持っていたケージを降ろして開けると、
「ナァー」
中からまだら模様のグレーの猫がのんびりあらわれる。
彼女らの飼い猫のバーストだ。
「障子戸、閉めるわよ?」
「猫のおやつは煮干ししかなかったけどいい?」
「お気遣いありがとう。バーストは逃げないし、いざとなったら呼べるから大丈夫」
小夜子とサチの問いに、紅葉はにこやかに答える。
彼女が修めたウアブ呪術には猫と話す手札もある。
いざとなれば、それを彼女は姉と違って真っ当な目的に使うこともできる。
対して猫のバーストは、
「ナァー」
早くおやつを食べたいらしい。
「――あっこら猫のおやつはこっちだ」
茶菓子を食べようとしていた人面猫の前から皿を奪い、煮干しをつまんで差し出す。
「クゥ~~ン」
「ナァ~~」
楓猫はもとより、煮干しを1個とられたバーストも嫌そうに舞奈を睨む。
なんだか性根が何処かの寺の猫に似てきたなと思いながら、
「内臓も猫になってるんなら、人間様の食いもの食ったらダメなんじゃないのか?」
「ワン!」
舞奈の言葉にひと鳴きした途端、人面猫の全体が輝く。
猫の形の光は広がり、人型になり、包帯がほどけるように解体される。
そして魔法の光が止んだ後、
「じゃーん! なんとビックリ楓さんでした」
「あんたの言動にビックリだよ」
そこには楓がいた。
「服は着た状態で人に戻るんだな」
意識して何食わぬ口調で言ってみる。
驚いてみせたら負けだと思ったという理由も少しある。
「まあ、低位の魔神をかぶっているだけですから、元がどんな格好をしていようが魔法を解けば元の格好に戻ります」
「なるほどな」
楓も何事もなかったかのように普通に答える。
魔法少女のドレスみたいなものかと舞奈は思った。
そういえば、あの魔法はこの手の変身の魔法の上位に当たる大魔法だと聞いた。
「それにほら、流石に変身が解けると裸というのは人間としてのプライドが……」
「人のプライドがある奴に、猫に化けてワンと鳴かれてたまるか」
言って舞奈は口をへの字に曲げる。
結局、きみどりおばさんの正体も、ゴードンを操った犯人の正体もわからず仕舞い。
舞奈は茶菓子だけ御馳走になって、疲れた気分のままおいとました。
そんな様子を、垣根の上から野良のシャム猫が見ていた。
そして優雅にひと鳴きした。
家人もその知人も気づいてはいない。
だが霊格の高い猫たちは、魔法的なネットワークにより遠くの仲間と会話する――
――貴婦人より皆へ。例の猫っぽい何かの行方がつかめましたわ
――ネコポチ。どこー?
――讃原の……ほら、ネコポチの家の近くの和風の御屋敷ですわ
――ネコポチ。九杖サチ人間の家だね
――バースト。というか、そこにいるにゃー
――ネコポチ。いいなー
――バースト。ケージに入ってたんだよ
――ああ、さっきの桂木紅葉人間の
――バースト。そうだにゃ
――公園のボス。じゃーあれか、九杖サチ人間か如月小夜子人間の猫なのか?
――バースト。猫じゃなかったにゃ
――エース君。猫なのに猫じゃない?
――桜ちゃん家のミケだよ。じゃあなんだろう?
――ルージュ。なんだろう?
――新開発区の名もなき黒猫。まさか……
――あー何となくわかりましたわ。美味しそうな匂いもしましたし
――バースト。うちの桂木楓人間がお騒がせしました、にゃー
――公園のボス。お、おう……
――エース君。猫なのに人間?
――バースト。美味虫を体に張りつけて変身する魔法を使ったにゃ
――ネコポチ。同じ魔法で前はゴリラになってたね
――日に日に訳がわからなくなりますわね、桂木楓人間……
――新開発区の名もなき黒猫。まったくだ
――ルージュ。そういえば、学校にもおいしい匂いの人間が来たよ
――弁財天。それも桂木楓人間なんだナ?
――ルージュ。ううん、大人の人間
――弁財天。いいナ。おいらも美味虫の人間をかじりたいんだナ
――公園のボス。おまえは寺で好きなだけ飲み食いしてるだろう……
――保健所のマンチだよ。きんきゅー連絡ニャ!
――どうしましたの? いきなり
――保健所のマンチだよ。椰子実つばめ人間からみんなにおしらせ!
――新開発区の名もなき黒猫。お前んところの人間からって……まさか!
――エース君。あの伝説の凄い魔法使い人間!?
――保健所のマンチだよ。うん。外国から悪い人間がいっぱい来てるって!
――桜ちゃん家のミケだよ。こわい
――ルージュ。こわい
――物騒な話ですわね
――保健所のマンチだよ。そう! だから知らない人間に近づくのしばらく禁止!
――保健所のマンチだよ。いい匂いがする知らない人間は特に禁止!
――「「「はーい!」」」