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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第17章 GAMING GIRL

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犠牲 ~銃技&戦闘魔術&異能力vs巨大屍虫

 舞奈は開け放たれたマンホールから跳び出す。

 途端、


「おおっと!」

 小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)の洗礼。

 視界の端に、密造ライフル(97式自動歩槍)を構えた野球のユニフォーム姿の脂虫ども。

 先ほどピアースを撃った奴らか。


 舞奈は広いアスファルトの道路を転がりながら短機関銃マイクロガリルを掃射する。

 薄汚いくわえ煙草が3匹、穴だらけになって吹き飛ぶ。


 どうやら舞奈の嫌な予感の半分は正解。

 待ち伏せされていたらしい。

 逃げ場を塞がれなかっただけマシだが。


 明日香の斥力場障壁が意外に役に立った。

 敵の小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)の直撃を防ぐほどの強度はなさそうだが、かすめるはずの銃弾が明後日の方向に飛んでいくので少しは気分も楽だ。


「こりゃあおっかない!」

 舞奈も敵と同じ小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)をばら撒きながら走る。


 幸いにも道路の脇に縦列駐車されていた車のひとつの陰に滑りこむ。

 隠れた舞奈を追って、銃弾の雨あられが乗用車を一瞬でズタボロにする。

 撃たれたドアがひとりでに開く。

 だが、こいつに乗りこんで走らせるのは無理だろう。


 慣れた手つきで短機関銃マイクロガリル弾倉(マガジン)を交換しつつ、穴だらけになったボンネットの陰から小さなツインテールを覗かせ、射手の数と位置を確認する。

 そうしながら胸元の通信機ごしにマンホールの中の会話を窺うと――


『――糞っ! こいつが怪我さえしなければ!』

『……っ。すまねぇ』

『おい! どういう口のきき方だよ切丸!』

『謝るんだ切丸くん。さっきのは運が悪かっただけだ』

(おいおい頼むぜこんなときに)

 明日香が応急手当に手間取る側、男たちがもめていた。

 というか切丸が場を乱していた。


 先ほどは矛を納めたものの、彼はスプラを下に見ている。

 自分が刀の使い手で、スプラが射手だからだ。

 まあ正直、異能力者としては良くある考え方だ。

 近接武器で戦う男の異能力者が最も上等で、弓矢や銃や魔法の使い手、女は劣るという考え方。【雷徒人愚】【グングニル】もそうだった。


「だいたいこいつ、敵から見えなくなる魔道具(アーティファクト)を持ってたんじゃなかったのか?」

「――さっきのは乱射でしたよ。特定の誰かを狙った訳じゃないわ」

 包帯を巻き終えた明日香が切丸を睨む。

 口調にも少し険があるのは手間取った自覚があるからだ。

 正直なところ手順は知っているが応急手当を何度もしたことがある訳じゃないし、完璧主義なせいで時間も余計にかかってしまった。

 もちろん回復魔法(ネクロロジー)による手当には遠く及ばない。


「骨には異常はなさそうだけど、できるのは止血だけです。動かすのは……」

「……すまない、無理そうだ」

 明日香の言葉にスプラは右腕を動かそうとして激痛にうめく。

 そんな優男の左の肩に、


「あの、これを」

「すまない……」

 ピアースが弓の入った袋と矢筒をかける。


「ピアースさん、付き合ってもらって良いですか?」

「えっ? 良いけど何処へ……?」

 首をかしげる青年に、明日香は事もなさげに上を指差す。


「おそらく敵は密造ライフル(97式自動歩槍)が複数。舞奈くらい慣れていないとマンホールから出た瞬間に蜂の巣です」

「それはわかるけど」

「敵が多い以上、【装甲硬化(ナイトガード)】では頭の後ろを守りきれないと思われます」

「でも、それじゃあ……」

「ですが【重力武器(ダークサムライ)】による斥力場障壁なら全周囲からの射撃を完全に防護可能です。わたしとピアースさんで舞奈を援護します」

「ええっ」

 明日香の言葉にピアースは、一同は驚く。

 理には適っているが、同行者の選択には多分に疑問の余地がある。

 よりによってピアースだ。


「なら僕が行く! こいつの魔道具(アーティファクト)を使えば僕だって!」

「――上の連中の得物は先ほどと同じです。狙う必要もなく乱射してくるので認識されてなくても当たりますよ?」

 切丸の妄言を容赦なく切って捨てる。

 どうも切丸はスプラの魔道具(アーティファクト)を使いたくて仕方ないらしい。

 相手に認識されなければ、自分の強みを生かして倒せると思っているようだ。


「けど明日香ちゃんは……?」

「斥力場障壁ならわたしも展開できます」

「そうなの!? って、ちょっと!?」

「トルソさんと切丸さんは、スプラさんの警護をお願いします!」

 言うことだけ言って明日香は階段を登っていく。

 ピアースも慌てて後を追う。


 明日香は無駄なことが無駄だという理由で嫌いだ。

 相手が年上だろうと同じこと。

 無駄なトラブルを避けるべく敬語を使ってはいるが、別に遠慮がある訳じゃない。

 そんな彼女をAランクは頼もしそうに、切丸は面白くなさそうに見やる。


「止まって」

 明日香はマンホールの出口で止まる。


 素早く真言と魔術語(ガルドル)を唱えると、周囲の空気の流れが変わる。

 斥力場障壁を展開する【力盾クラフト・シュルツェン】の魔術だ。

 同様の術が戦闘(カンプフ)クロークに焼きつけられているが、施術したほうが強度は高い。

 少なくとも四方から飛んでくる小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)を防ぎきるには必須だ。


『そっちは終わったのか?』

「ええ」

 胸元の通信機から舞奈の声。

 強力な斥力場の発生に気づいたのだろう。


「そっちは?」

『残りは密造ライフル(97式自動歩槍)が1ダースってところか』

「手間取ってるじゃない」

『いや10分足らずで半分に減らしたつもりだったんだがなあ』

 軽口を叩きながら戦況と、パートナーの無事を確かめる。

 そうしながら頭上から聞こえる銃声の種類と方向から敵と味方の位置を割り出す。

 その程度は明日香にもできる。


「下水道を逆走した方向にまとまってる?」

『ビンゴだ。ちなみにあたしは右側に停まってる車の隣な。巻きこまんでくれよ』

「了解」

 真言を唱えながらクロークの内側から数枚のドッグタグを取り出し、投げて、


災厄(ハガラズ)

 魔術語(ガルドル)と同時に閃光、轟音。

 ヤニと下水の悪臭を吹き散らすオゾンの残り香。

 複数のプラズマの砲弾がアスファルトの道路を這って、脂虫めがけて突き進む。


「ピアースさん、今です!」

「あ、ああ、わかった!」

 合図とともに明日香が跳び出す。

 後ろからピアースが這い出て、


「うわぁっ!?」

 飛んできた小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)を【重力武器(ダークサムライ)】で防ぐ。

 近くに縦列駐車していた車のひとつの陰にあわてて逃げこむ。


「その調子ですよ」

 明日香は同じ銃撃を【力盾クラフト・シュルツェン】で防ぐ。

 そうしながら涼しい表情で大型拳銃(モーゼル C96)を横向きに構えて撃ち返す。

 反動にまかせて横薙ぎに掃射する馬賊撃ちによって、薄汚れた野球のユニフォームを着こんだ2匹の脂虫が胴を穴だらけにされて吹き飛ぶ。

 次いで目ざとく舞奈を見つけて側に滑りこみ、


「おまたせ」

「お疲れ」

 互いの顔も見ぬまま素早く弾倉を交換。

 そのする隙に舞奈も短機関銃マイクロガリルで2匹を倒す。途端、


「ピアース! いるか!?」

「はい!?」

「そっちか!」

 叫びとともにマンホールからバーンが跳び出す。

 次の瞬間、


「うわあっと!」

 着弾した足元から逃れるように、車のひとつの陰に跳びこむ。

 舞奈たちの車よりひとつ前、ピアースが障壁を張りながら隠れている車だ。

 赤髪の熱血漢は斥力場障壁をすり抜けてピアースの側に転がりこむ。

 異能力の使用者であるピアースが彼を仲間だと認識しているからだ。

 直後に飛んできた小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)ははじかれる。


「馬鹿だろあんた! スプラが撃たれたのを見てなかったのか!?」

「まぐれ当たりだって聞いたぜ?」

 ボロボロになった車ごしに怒鳴る舞奈にバーンは笑う。

 どんな図太い神経をしているやら。

 舞奈は側を睨む。

 明日香は視線をそらす。

 次いで内心で頭を抱えつつ舞奈はマンホールを見やる。


 トルソまで出てくる様子がないのが幸いだ。

 だがまあ彼には分別と、なによりスプラと切丸を守るという使命がある。

 そして怪我人のスプラはもとより、正直なところ切丸にも銃弾が飛び交う中に跳び出してくる度胸……というか無鉄砲さはない。


 なので自分のすべき仕事を遂行すべく、広い道路の向こうを見やる。

 脂虫どもは、道路を封鎖するように横向きに停めた車の端から撃ってきている。

 小癪にも遮蔽物を盾にする知恵があるらしい。

 タイヤが不自然に斜めになったダサ車は奴らが乗ってきたものだろう。


「バァァァニング!」

 叫びに思わず目を戻す。

 ピアースが張った障壁の前でカギ爪を振り上げた屍虫が、炎の剣に貫かれていた。

 そんな様子を見やって舞奈は笑う。


 流石のバーンも安全な障壁の中から近づいてきた敵を狩ることを覚えたか。

 異能力による防御の腕前はそれなりになったが手にした槍が飾りに近いピアースからしても有り難いはずだ。


 なにより敵がこの戦場に投入できる銃が底を尽きたらしい。

 数合わせに屍虫を投入してきたのだろう。

 急きょ差し向けられたのであろう屍虫の数は先ほどよりも少ない。


 このまま脂虫の射手どもを片付ければ舞奈たちの勝ちだ。

 トルソたちを呼んで屍虫どもを蹴散らし、次の目的地を目指せばいい。


 そう考えつつ背後から襲いかかってきた屍虫の胴を撃ち抜きながら、道の向こうから撃ってくる脂虫どもを片付けようと距離を縮める方策を探る。

 敵の得物の割に距離が近いので、短機関銃マイクロガリルでも届く距離だ。

 だが遮蔽ごしに撃ってくる相手を悠長に相手している暇が惜しい。

 しけた増援を無限に呼ばれ続けるのは面倒だ。

 明日香の援護があれば接敵も容易い。

 そのように刹那で思考をまとめつつ短機関銃マイクロガリルを構え――


「――明日香! 上だ!」

「!?」

 側の明日香を突き飛ばす。

 間髪入れずに上空めがけて撃ちながら車の陰から跳び出し道路を転がる。


 次の瞬間、地を揺るがす衝撃と轟音。

 舞奈たちが隠れていた車がひしゃげた。

 上から重く巨大な何かが落ちてきたのだ。


「糞ったれ! ホームセンターに出てきた奴だ!」

 舞奈は叫ぶ。


 先ほどまで舞奈たちがいた場所に立ち尽くすのは、筋肉で膨れ上がった上半身を晒した身の丈3メートル以上の大屍虫。

 昨日ホームセンターを攻略する際に倒した巨大屍虫だ。

 何処かから大砲みたいに飛んで来るのが基本戦術なのだろう。


 数多の銃弾を防いでボロボロになった車は踏みつぶされて一瞬でスクラップ。

 その下のアスファルトまでえぐれている。


 正直なところ舞奈たちの上に降って来てくれてラッキーだった。

 ピアースやバーンの上に落ちてきたら2人が最初の犠牲者だ。

 彼らじゃ避けられないし、さすがの【重力武器(ダークサムライ)】もあれを防ぐのは無理だ。


『どうした? 舞奈』

「少しばかり面倒な相手が出た」

 通信機ごしにトルソに答える。

 流石に今の衝撃で、何か起きたのはわかるのだろう。


 幸いにも巨大屍虫は重くて強靭だが、攻撃手段は打撃のみ。

 必殺の大ジャンプからの踏みつぶしも、少なくとも先の戦闘では最初だけ。

 何らかの設備を使って中世の大砲みたいに飛ばしてくるのだろう。


 正直なところ、全員で相手ができれば倒せない相手じゃない。

 現にホームセンターのときもそうした。

 だが今回は道路の奥から数匹の脂虫が撃ってきている。

 トルソともかく、切丸や今のスプラが出てきてもメリットよりデメリットの方が大きい。むしろピアースやバーンも巨大屍虫と射手を両方一度に相手取るのは無理だ。


 2人を下水道に退避させるか?

 否。射手を手早く片づけるべきだ。

 そもそも下水道からだって半ば敵に追われて逃げてきたのだ。

 ここで時間を食いすぎると地上と地下から挟撃される。


「奥にいる脂虫どもを片付ける!」

「オーケー!」

 少し離れた場所で明日香が数個のドッグタグを放る。

 タグは火球と化して巨大屍虫とその周囲に着弾、爆発する。


「さんきゅ!」

 爆炎をスモーク代わりに舞奈は走る。


 襲いかかってきた屍虫2匹の胴と頭に風穴を開ける。


 巨大屍虫の足元めがけて撃つ。

 小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)は悪の魔法で形作られた筋肉に阻まれる。

 だが舞奈に気づいた巨大屍虫は、小柄なツインテールめがけて拳を振り下ろす。

 もちろん舞奈に肉体を用いた攻撃は効かない。

 道路を転がり難なく避けた拳と一緒に、小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)がアスファルトを削る。

 舞奈は一挙動で立ち上がり、敵が狙いを定める前に走る。


「こっちだデカブツ! ……うおっ!?」

 背後でバーンが燃え盛る炎の剣で斬りかかり、効かずに逆に殴られる。

 巨大屍虫の巨大な拳を剣で受け止め、後に跳んで勢いを殺す。

 業物だという彼の剣は【装甲硬化(ナイトガード)】のように猛打に耐える。


 障壁すら張れないのに無茶しやがると思いはするが、今は有り難い。

 明日香やピアースでは奴の拳を防げない。


「あっ! この野郎!」

 目前のダサ車の陰から脂虫どもが密造ライフル(97式自動歩槍)を撃つ。

 狙いは舞奈ではなくバーン。

 舞奈は短機関銃マイクロガリルで牽制するが、ダサ車の車体に穴が開くのみ。


 だがバーンを狙った小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)を、彼の目前に展開された氷盾が防ぐ。

 明日香の【氷盾アイゼス・シュルツェン】だ。


 そんな攻防を背に舞奈は走る。

 敵の狙いが逸れた隙に全力ダッシュだ。

 そのままダサ車の目前に転がりこむ。

 そして車の反対側で右往左往する脂虫をどう始末しようかと思った刹那――


『――何処に行った!? スプラ!?』

 通信機からトルソの声。


「どうした?」

『いや彼の姿が……!』

『なあに! ちょうど頭の上にいやがるから、ちょっとトラップを仕掛けるだけだ』

 尋ねた舞奈に当人からの返事。

 おそらく魔道具(アーティファクト)の認識阻害を使ったか。

 一緒にいたトルソ(と切丸)からすれば、いきなりいなくなったようなものだ。


「トラップだと?」

『そういうこと。俺ちゃんのスーパー・スプラッシュアローには弓で射る以外の使い方もあるってことだよ! あのデカブツを相手するには必要だろう?』

 舞奈の問いに答える軽薄な声。


 言わんとしていることはわかる。

 なるほど巨大屍虫はマンホールの真上にいる。

 認識阻害で狙われないのを良いことに、敵の足元に魔法の矢を仕掛けるつもりだ。

 ホームセンターで何度か使った水球の矢だろう。

 射かけることで水球となり、爆発して敵を斬り刻んだ魔術の矢。

 攻撃の後にも水は残り、続く雷撃や氷撃の威力を押し上げていた。

 そこで明日香が拘束なりした後に、大技を使えば奴を倒せるという算段か。だが、


「その腕で大丈夫なのか?」

『ちょっとばかり時間はかかるが、大したことないさ』

 問いに何食わぬ口調で答える。

 だが舞奈には、その声が何かを堪えているように思えた。


『仲間に少しは良いとこ見せないとな』

「さっきの切丸か? あんなの気にするなよ」

『おっかない受付の彼女に言われたんだよ。先方さんに迷惑かけるなってさ』

「例の不愛想な姉ちゃんか?」

『まあな』

 軽口を交わしながら、襲いかかってきた屍虫2匹を撃つ。

 弾倉を交換する。

 口元に笑み。

 スプラの声色に釣られたのだ。


 たぶん、それが彼が今回の任務に参加した目的なのだろう。

 彼の異能力を魔術を焼きつけることでサポートし、たぶんそれ以上の何かを与え、与えられているパートナー。舞奈にとってのスミスのような、明日香のような。

 そんな彼女に報いるために力を振るうことが彼の生き方なのだ。

 だから彼女の話をする優男の口調は優しい。

 普段の軽薄な調子ではなく。

 そう彼に真正面から指摘しても、たぶんはぐらかされるだろうが。だから、


「明日香、奴の足元にスプラがいる! 援護のつもりで当てんでくれよ!」

『こっちからも見えてるわ。彼が矢のトラップを設置し終わったら一気に仕掛ける』

 通信機ごしに明日香に伝え、返事に口元をゆるませる。


 認識阻害は卓越した洞察力を持つ相手には効果が薄い。

 他の情報から対象の隠れ場所がわかっているなら尚更だ。

 それ以前に術者への認識阻害は精神に影響する他の術と同様、魔力と魔力のぶつかり合いだ。阻害される側の魔力や技術が見えなくなる側を上回っていれば術は効かない。


「オーケー! こっちを片づけたらすぐに向かう」

 口元に笑みを浮かべる舞奈の視界の端に、車を回りこんでくる脂虫。

 遮蔽に張りついた舞奈にしびれを切らせたか。


 舞奈は苦も無く2匹を撃つ。

 敵が密造ライフル(97式自動歩槍)の銃口を定める隙すら与えない。

 残るは1匹。


 短機関銃マイクロガリルを構えたまま一挙動でボンネットの上に跳び上がる。

 向かいの敵が反応する間もなく胴に風穴を開ける。

 こいつで密造ライフル(97式自動歩槍)は全滅させた。


 周囲に伏兵の気配も、増援の屍虫の姿もないのを確認し、残る最後の敵である大屍虫を振り返り――


『――敵の魔力が上がっている? ピアースさん! バーンさん! 下がって! スプラさんも一旦、降りてください』

『お、おう?』

『わかりました!』

『心配しなくても、あとちょっとで完成するぜ、おチビちゃん!』

 胸元から流れる気がかりな通信に、思わず巨大屍虫の背中を見やり――


「――跳び下りろスプラ! 今すぐだ!」

『……?』

 舞奈の叫びに、通信機から流石に訝しむ気配。


 次の瞬間、巨大な屍虫が爆発した。


 舞奈は反射的に、今しがた脂虫が隠れていたダサ車の陰に跳びこむ。

 通信機越しでないと会話できないはずの距離から吹きつける爆風。

 銃弾のような勢いで雨あられと遮蔽にぶつかる瓦礫。

 先ほど蜂の巣にしたばかりの脂虫の隣で、舞奈は思わず歯噛みする。


 技術としては、ありふれた道術のひとつ【三尸爆炸(サンシーバオジャ)】。

 怪異が怪異を爆破する汚い【断罪発破(ボンバーマン)】だ。

 同様の術は各流派にあるが、そのほとんどは脂虫を破壊するための術で、進行した屍虫には効果がない。蓄積したニコチンの爆発を、強化された肺が防ぐからだ。

 だが【三尸爆炸(サンシーバオジャ)】は別だ。

 忌まわしい怪異の術は同族である怪異の身体そのものを爆発させるから、進行していても通常通りの効果がある。これは怪異が同族を利用して他者を害するための術だ。

 しかも今回、爆発の媒体はWウィルスによって極限まで肥大化した巨大屍虫。

 爆発の威力は大魔法(インヴォケーション)にすら匹敵する。


 爆風が止んだ途端、舞奈はダサ車の陰から跳び出し走る。


 目前のアスファルトの道路に巨大なクレーターができていた。


『皆さん無事ですか!?』

『な、なんとか……』

『オレ様は無事だが……』

 通信機から漏れる明日香とピアース、バーンの声に安堵する。

 見やるとクレーターから少し離れた場所で3人が起き上がっていた。

 どうやら爆発の直前に跳び退って距離を取り、斥力場障壁の維持に集中したおかげで大した怪我もせずに済んだようだ。だが、


「トルソさん! 切丸! 無事か!?」

 叫びにどちらも答えない。

 糞ったれ!

 舞奈は声もなく罵る。


「スプラ!」

 走って、端って、舞奈はクレーターができている場所までたどり着く。

 側に明日香や仲間たちが集まってくる。

 他の屍虫も片付けるか追い払うかしたらしい。


――じゃあ俺ちゃんの華麗な弓さばきのアンコールといきますか


――まだまだ! 俺ちゃんの怒涛の攻めはこれからよ!


 爆発の中心近くにはマンホールがあったはずだ。

 だが土砂と瓦礫が転がるクレーターの中心にそれらしいものはない。

 想像を絶する大爆発によって崩れて……吹き飛んでしまったのだ。


――シャイでクールな俺ちゃんが、なんでこんな肉体労働を


――ちなみに俺ちゃん、鍵なしで車のドア開けれるよ?


 ふと瓦礫の合間に何かを見つけた。

 拾い上げる。

 朽ちた注連縄の残骸だ。


――うちの支部の技術担当官(マイスター)が、いろいろ創って寄越すんだよ


 魔法を焼きつけられた、ないし魔法で形作られた魔道具(アーティファクト)は【装甲硬化(ナイトガード)】のように、それ自体が高い耐久力を持つ。

 特に直接的な防護の効果を持つ代物でなくとも。

 たとえ後生大事に腕に巻いていた使い手のほうが、消し飛んでしまっても。


「糞ったれ!」

 舞奈はひとり叫ぶ。

 背後で仲間たちが呆然と佇む。


 敵が道術を使ってくる可能性を考えていなかったことが悔やまれた。

 確かに今まで一行に襲いかかってきたのは屍虫の類と銃を持った脂虫。

 道士はいなかった。

 だが、それは敵が道術による攻撃を仕掛けてこない理由にはならないことに、もう少し早く思い当たるべきだった。

 そもそも、この街を覆うWウィルスそのものが敵の魔法なのだ。


「……行くわよ」

「……」

「でもトルソさんと切丸くんが!?」

 冷徹な明日香の言葉に、珍しくピアースが舞奈の内心を代弁して反論する。

 けどスプラの名前は出さない。

 恐ろしくて……出せない。


「出口は塞がったけど、この深さのクレーターなら下水道そのものに被害はないわ。トルソさんがいるなら2人は他の出口に向かっているはずよ。そうですよね?」

「ああ……そうだな」

 やや強引な明日香の言葉にバーンが答え、


「……ピアース。例のスーパーマーケットとやらの場所はわかるか?」

「あ、ああ。こっちだよ……」

 ピアースの先導で、一行は戦場を後にした。


 後にはボロ雑巾のように転がる屍虫の残骸と、凄惨な戦闘の痕だけが遺された。


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