襲撃2 ~銃技&戦闘魔術&異能力vs屍虫
「時間がないのに遊んでるから」
「うっさいなあ。あの状況じゃあ仕方なかったろう?」
軽口を叩き合いながら、
「……えっ?」
切丸が、Aランクたちが訝しむ前で、舞奈は短機関銃を構える。
側の明日香も戦闘クロークの内側から大型拳銃を取り出して構える。
狙うは一行が歩く通路の側を流れる汚水の川。そして、
「……!!」
トルソが何かに気づくと同時に、下水に向かって発砲する。
反響する2種類の銃声。
数多ばらまかれた小口径ライフル弾が飛沫をあげる。
汚水を斬り裂くように一直線に斉射された中口径弾が飛沫のラインを描く。
飛び散る飛沫に混じる、ヤニ色の破片。
ヤニで歪んだ喉から漏れる、くぐもった悲鳴。
一泊遅れて汚水に浮かぶ、汚水色をした野球のユニフォームを着こんだ、くわえ煙草の人型生物の死骸。指先に生えたカギ爪。
下水に潜伏して屍虫が近づいていたのだ。
明日香は魔力感知で、舞奈は不自然な水面の揺らぎと気配で気づいた。
「何!?」
男たちが驚愕する。
汚水の中から雄叫びをあげながら、さらなる屍虫どもが跳び出してきた。
残念ながら、掃射で潜行者すべてを片付けられたわけではなかったらしい。
「うわぁ!?」
ピアースの悲鳴。
跳び出してきた屍虫に驚いて尻餅をつく。
まったく役に立たない!
だがカギ爪を振りかざした屍虫は斥力場障壁にはじかれて怯む。
無意識に発動した【重力武器】による斥力場障壁に阻まれたのだ。
ピアースは昨日の戦闘で【重力武器】を使った防御をものにしていた。
どうやら覚えはいいらしい。
だが攻撃の方は、もはや矯正のしようがないかもしれない。
恐慌に駆られるまま突き出された槍の穂先が虚空を穿つ。
黒い力場に阻まれ怯んだ1匹を、スプラが放った稲妻の矢が射抜く。
優男が素早く次の矢をつがえた弓は【雷霊武器】の放電に包まれている。
ピアースは異能力により身を守ることはできるようになった。
だが、そもそも戦闘のノウハウもセンスもない。
対してスプラは優秀な射手だが、至近距離から敵が沸くのは好みじゃない。
当然だ。弓矢は銃に比べてなお接近戦には不向き。
しかも奥の手の認識阻害も近づかれてからだと効果が薄い。
あべこべな2人が、連携によって本来の実力以上の戦果を叩き出していた。
そんなスプラの足元から跳び出した1匹
だが空飛ぶ氷塊に叩き落とされて落ちる。
即ち【氷盾】。
汚水の飛沫を散らして暴れる屍虫が、銃声とともに静かになる。
明日香は大型拳銃を片手に、盾で仲間のフォローをすることにしたらしい。
魔術師は強力無比な攻撃魔法を誇る。
だが狭い下水道で迂闊に使うと仲間ごと吹き飛ばすことになる。
見やるとトルソとバーンにも1匹づつ跳びかかっていた。
トルソ太刀で、バーンは長剣で敵のカギ爪を受け止めている。
気づいていなかった様子なのに見事なものだ。
一瞬遅れてバーンの長剣に【火霊武器】の炎が宿る。
「バーニング!」
1匹を袈裟斬りにした炎の剣が、異能の炎で怪異を焼く。
勢いのまま胴を焼き斬られた怪異を汚水の川に叩き落とす。
スカイフォールの魔剣のスペックもさることながら、バーン本人の技量も相応だ。
焼かれた屍虫はピクリとも動かず汚水の川を流れていく。
そんな同族を突き飛ばしながら新たな一匹が跳び出してくる。
振り下ろされたカギ爪を、だがバーンは事もなく炎の剣で焼き払う。
屍虫が態勢を立て直す間もなく素早い突きで腹をえぐる。
次の瞬間、
「バァァァァニング!!」
叫ぶとともに爆発。
身体の内側から爆ぜた屍虫の四肢と頭が別々の方向に飛び散る。
こちらも【火霊武器】の高度な応用だ。
刃先にこもった異能力を一度に放つ。
スプラの爆発する矢と同じ原理だ。
彼もまたAランクに相応しい優れた異能力の使い手だ。
実のところ、それは一樹も好んで使っていた殺しかたではある。
熟達した異能力や妖術を使った戦法としてはメジャーなのかもしれない。
「なるほど【魔法増強】――魔力を上昇させる魔術ですか」
「まあな」
汚水から跳び出してくる屍虫を片付けながら明日香が笑う。
釣られてバーンも笑う。
その側で、奇襲をトルソに受け止められた1匹が跳び退って距離を取る。
「やぁぁぁぁぁ!」
すかさず両手に日本刀を構えた切丸が突撃する。
彼が得意とする【狼牙気功】の超スピードを活用した必殺の突進。
だが先ほどトルソが指摘した通り突撃には不向きな閉所で繰り出された必殺の突進は屍虫の脇腹をえぐるにとどまる。
「うわっしま……っ」
動きの止まった切丸は怯む。
屍虫は反撃とばかりにカギ爪を振り上げる。
次の瞬間、
「貴様に次の生があったら、正々堂々とかかってこい!」
トルソの太刀が腕ごと首を跳ね飛ばす。
その太刀筋の鋭さに見惚れる切丸に、
「切丸くん横や後ろからぶつかるんだ! ここは狭くて勢いがつけにくい」
「はい! トルソさん!」
トルソの指示。
切丸は素直にうなずく。
トルソは未熟な切丸をフォローするつもりになったようだ。
対して切丸は同じ太刀使いのトルソを信頼している。
加えて先ほどの舞奈との戦闘から慎重に動くようになっている……気がする。
良い傾向だ。
「ったく、ドブの中なら臭いもバレないって思ったのか?」
舞奈も跳びかかってきた1匹の土手っ腹にハイキック。
くの字に折れ曲がった屍虫の喉笛を、左手で抜いたナイフで深く斬り裂く。
びしょ濡れなのにくわえ煙草の頭をぶらぶらさせながら、屍虫は足元に崩れ落ちる。
跳び出してきたのはこれで最後だ。
だが襲撃は終わっていない。
後続の喫煙者どもが下水を泳いでやってくる。
舞奈たちが来た方向からだ。
ホームセンターを襲撃してきた奴らが逃げた獲物を追ってきたか?
銃を持っている奴がいたはずだと舞奈は警戒し、
「リーダー! どうするんだよ?」
バーンが問う。
炎の剣を果敢に構えながら、それでも口調の焦りは隠せない。
「明日香! 次の出口までどのくらいだ?」
「あと少しです。突き当りのT字路を曲がった先ですよ」
「そっちに敵の反応は?」
「魔力感知には反応なし。出た先までは保証できかねますが」
「なら移動を優先する。極力、敵を足止めしつつ明日香の誘導に従い出口に向かう」
「了解!」
トルソの指示に従い一行は動き出す。
「そういうことなら奴らを一旦、蹴散らさないとな!」
舞奈は短機関銃を掃射する。
手前にいた屍虫どもが穴だらけになって通路を転がり、汚水の川へ沈む。
背後の仲間たちは勢いを得て――
「――伏せろ!」
唐突に叫びながら舞奈は身を低くする。
一瞬遅れて幾重もの銃声。
舞奈のものではない。
もちろん明日香でも。
「ひいっ!?」
ピアースが斥力場障壁で銃弾を防ぎながら尻餅をつく。
「切丸くん無事か!?」
「あ、ああ……」
異能力で銃弾を防ぎつつトルソが問う。
背後で切丸が呆然と答える。
倒したばかりの屍虫どもの後ろから後続が撃ってきたらしい。
音からして密造ライフルか。
明日香の前には4枚の氷盾が並ぶ。
とっさに【氷盾】を操作して掃射を防いだようだ。
「畜生! また銃かよ!」
「糞ったれ……」
バーンとスプラが悪態をつきつつ立ち上がる。
だが血の臭い。
「……俺ちゃんついてねぇぜ」
スプラだ。
左手で押さえた右の肩から大量の出血。
撃たれたらしい。
一行が動揺する間にも明日香が素早く真言を唱え――
「明日香!」
「――守護!」
舞奈の叫びと同時に魔術語。
次の瞬間、霜と冷気。
一行が来た通路を塞ぐように、透き通った分厚い氷壁が出現する。
氷の壁を創造せしめる【氷壁・弐式】の魔術。
次の瞬間、爆発。
半透明な壁の向こうが炎の色に塗りこめられる。
「糞ったれ! ロケットランチャーだ!」
舞奈は叫ぶ。
爆発の色に見覚えがある。
「ホームセンターにいた奴か?」
「そのようだ。追いついてきたのだろう」
バーンが、トルソが身構える。
またしても舞奈は気配で奇襲を察した。
だが、そいつが撃ってくると察したのは経験によるものだ。
飛んでくるロケット弾に先んじて氷壁を準備した明日香も同じだろう。
今回の戦場で、屍虫や大屍虫に混ざった脂虫どもは銃やヴィークルを使って襲ってきた。そのために意図して進行させられなかったとでも言うように。
続けざまに爆発。
分厚い氷の壁は何発かの爆発を防ぐ。
だが無数の砲撃を防ぎきることはできず、木端微塵に破壊される。
爆風と氷の欠片が周囲に散らばり、汚水のしぶきをあげる。
崩れた壁を乗り越え、くわえ煙草の脂虫どもがあらわれる。
ホームセンターで見たのと同じ奴らだ。
ロケットランチャーだけではない。
密造拳銃や、思った通り密造ライフルが見えた。
舞奈は歯噛みする。
やはり通常戦力で歯が立たないと、銃を持った脂虫が投入される。
「……急いだほうが良いかもしれないな」
ひとりごちるように言いつつ進路の先を一瞥する。
兎にも角にもスプラには治療が必要だ。
手で押さえていてどうにかなる出血量ではない。
回復魔法を使える術者がいない以上、どこか手当ができる場所と時間が必要だ。
それに奴らは何者かの指揮のもと、舞奈たちを追ってきている。
その何者かが本気で舞奈たちを始末する気なら、もうひとつ打つ手がある。
先回りだ。
出口のマンホールを潰されでもしたら、お手上げだ。
幸いにも追撃の屍虫が追いついて来るまでに間があった。
銃を持った脂虫が到着したのはさらに後だ。
奴らも状況のすべてに的確に対応できる訳ではないらしい。
舞奈たちの行き先に奴らが気づいていなければ、あるいは奴らより早く動くことができれば舞奈たちにも活路はある。
明日香が放った数個のドッグタグが放電を放つ雷球と化す。
次の瞬間、プラズマの砲弾となって放たれる。
弾数をセーブした【雷嵐】。
それでも轟音と閃光とともに飛翔する数多の雷球は、氷壁の残骸を乗り越え迫る屍虫ども、脂虫どもをプラズマで焼き払いながら飛ぶ。それを合図に、
「走るんだ! ……明日香、先導を頼む」
トルソが叫ぶ。
声色に焦りが滲む。
彼もまた舞奈と同じ推論に達していた。
「こっちです!」
「逃げるのか糞っ!」
「これじゃあ仕方ないよ!」
「頼むぜおチビちゃん……!」
明日香に続いて切丸、ピアース、スプラとバーンが走り出す。
スプラが撃たれたのが足じゃなかったのは不幸中の幸いか。
その場に残った舞奈は口元を歪める。
背後(舞奈たちが来た方向)から足音が聞こえるが、思ったより数が少ない。
先ほどの明日香の【雷嵐】で大半は片づいたらしい。
それでも半分は残っている。
幸い、この先は通路が緩やかにカーブしていて射線は通りにくい。
斥力場障壁が使える明日香とピアースがいるし、先行したメンバーは安全だろう。
だが彼らの安全性を高めるために、Sランクの舞奈にはできることがある。
「舞奈も急げ!」
「少し足止めする! 奴ら密造ライフルを持ってやがる!」
叫びながら振り返り、舞奈は短機関銃を掃射する。
手ごたえ。
だが数倍の数が撃ち返してくる。
それでも敵の小口径ライフル弾は、伏せた舞奈の頭上を通り抜ける。
舞奈だって素人じゃない。代わりに、
「しまっ……!」
慌てる舞奈の背後。
何発かが舞奈より先行していたトルソに当たる。だが、
「……おおっと! こりゃあ厳しい」
見やった舞奈の視界の端。
数発の小口径ライフル弾が硬い音をたてて床を転がる。
両腕で頭をかばった青年の作業着には傷もついていない。
異能力【装甲硬化】で防護されたトルソに、この程度の銃撃は効かない。
次いでトルソは左手に構えた拳銃を数発、撃つ。
銃声。
敵が怯む気配。
「へえっこりゃ便利だ」
安堵の笑みを浮かべつつ舞奈はひとりごちる。
なにせ敵の銃撃は効かない、なのに撃ち返せる難攻不落の人間要塞だ。
まあ銃撃が牽制にしかなってないのは御愛嬌。
だから舞奈も一挙動で立ち上がる。
それでも身を低くしながら改造拳銃を抜いて撃ち返す。
トルソと同じ小口径弾が違わず敵の脳天を射抜く。
銃声から射手の位置を察するくらいは造作ない。
何匹かの脂虫の射手が崩れ落ちる。
だが、すぐに後続が撃ってくる。キリがない。
「ポウチの中に閃光手榴弾が入ってる」
「そのうえ準備も良いときた!」
「そりゃまあ命がかかってるからな」
笑みを交わしながら、舞奈は身をかがめたままトルソの背後に走り寄る。
その間、一瞬。
みゃー子がしていたニンジャの物まねみたいで少し気分が悪い。
だが気分を取りなおしてトルソのポウチに手を回す。
次の瞬間、舞奈の手にはスリのような手つきで閃光手榴弾があらわれる。
手にしたそいつのピンを抜く。
そして投げる。
きっかり3秒後、2人の視覚と聴覚を暴力的な光と音が塗りこめる。
今だ、と叫びつつ聞こえていないことを察しながら舞奈は走る。
トルソも同じように走る気配。
ゆるやかにカーブする通路を気配を頼りに走る。
走るうちに光と音がおさまり、徐々に目と耳が使えるようになってくる。
なおも走るうちに、流石に息も切れてきた。
背後に脂虫どもが追ってくる気配がないことを確信して歩を緩める。
舞奈たちを見失った敵は撤収したか、単に罠を警戒しながら進んでいるか。
術を使えぬ舞奈やトルソに知る術はないが、それでも呼吸を整える余裕はある。
だから舞奈はトルソと並んで歩く。
「すまん舞奈。君には世話をかけっぱなしだな」
「いいってことよ」
生真面目なトルソの言葉に軽く返して少し見上げる。
小5の舞奈が大人のトルソと顔を合わせようとすると、どうしてもそうなる。
親子ほどとまでは言わないが年の離れた女の子を相手に、そういう風に接することができる男は珍しいと思った。たとえ相手がSランクだとしても。
「その、なんだ、切丸くんのことも」
「大したことじゃないさ」
なおも言い募るトルソを見やって少し笑う。
「ああいう手合いは苦手か? あんたなら、もっと厳しく叱ると思ってた」
「本当はそうするべきなんだろうが、他人事のように思えなくてな」
そんなトルソの言葉の先を無言で促し、
「俺も昔は、彼のことを笑えないくらいは世間知らずだった」
「そうは見えんが」
「誰もが君たちのように、幼い頃から賢明で世慣れている訳じゃない」
別にあたしも賢い訳じゃないんだが。
口元から出かけた言葉を飲みこむ。
「だが俺には道理を教えてくれた人がいた。彼女は異能力や剣術では勝てない相手がいることも教えてくれた。銃の撃ち方を教えてくれたのも彼女だ」
「彼女ってことは……術者か?」
「察しが良いな。懲戒担当官ベリアルだ」
「……なるほどな」
「知ってるのか」
「あんたほどじゃないよ。会ったのは1回だけだ」
トルソの言葉に苦笑する。
彼の銃がCz75である理由はわかった。
師が中東を発祥とするカバラ魔術師だからだ。
舞奈は彼の師から銃を借り、ゴーレム越しに共闘し、怪人の受け渡しに立ち会った。
少し話しただけの彼女のことを、生真面目そうだという印象以外に舞奈は知らない。
「……どんな奴なんだ?」
「生真面目で、理に適った考え方をする人だ」
「今のあんたみたいな感じか」
軽口を返す。
ヤンチャだった昔の彼が生真面目な師に鍛えられて今の彼になったということは、切丸も将来は彼のようになるということか。……想像もできない。
小柄なベリアルの実年齢も気になったが、こちらは意識して考えないようにする。
「そういやあ前にピアースが言ってた、禍川支部に遺産を残したのは奴だと思うか?」
「わからん。だが可能性は多分にあると思う。師は己が使命を果たすべく様々な支部を渡り歩いたと聞いている」
「そっか」
生真面目な答えに苦笑する。
まあベリアルの遺産とやらの正体は相変わらず不明だ。
だが、もっと大事なことを垣間見た気がした。
彼の過去。
在り得るかもしれない切丸の未来。
舞奈は彼らのことを先ほどより少しだけ知った。
生真面目で不器用な彼らのことを、もう少し知ってみたいと思う。
だからだろうか、彼らを死なせたくないという思いが大きくなった気がする。
皆で使命を果たすのだ。
ピアースもスプラも、バーンも一緒に。
今度こそ【グングニル】のときのような、あの夢のようなヘマはしない。
そう決意を新たにする。
そうこうするうちに地上へとのびる階段と、先行した仲間の姿が見えてきた。
「無事だったみたいね」
「トルソさん!」
「やっと来やがったか」
「すまないトルソさん、おチビちゃん……」
明日香が、切丸が、バーンとスプラが2人を出迎える。
側には上へと昇る階段がのびている。
「……っ!?」
「動かないで」
明日香が包帯を手に、スプラの肩の傷に応急処置を施している。
彼女がそうするところを初めて見た。
驚くほどの手際の良さだ。
だが舞奈は……一行は顔をしかめる。
この傷では彼は弓を引くことはできない。
「魔法使いなんだろう? 怪我なんかパッと治せないのか?」
「それは流石に無理だ切丸くん。ゲームじゃないんだ」
明日香に食ってかかる切丸をトルソがたしなめ、
「そうだぞ。ただでさえエレメンタルマスターのDPSに、デスウィッチのデバフまで使えるんだぜ? そのうえヒーラーまでできたらチートじゃねぇか」
「……わかる言葉で話してくれ」
バーンのフォローに舞奈は苦笑する。
ゲームではない現実の魔法にも回復魔法という手札はある。
妖術師は身体強化を応用し、触れた相手の自然治癒力を強化して治療する。
呪術師の一部の流派では因果律を操り、負傷を贄や形代に押しつけることで対象の傷を『なかったこと』にする。魔力で傷口をふさげる者もいる。
ごく一部の魔術師は代用器官を創って負傷を無にする。
高等魔術や陰陽術等、複数の治療手段を持つ流派もある。
だが明日香が修めた戦闘魔術に治療の手札はない。
魔術の中でも抜きんでて強力な攻撃魔法、防御魔法を持つ代償ともいえる。
大戦中に開発されたというこの流派が、敵への攻撃と殲滅を目的をしているからだ。
正直なところ、そのせいで舞奈たちが困ったことはなかった。
Sランクの舞奈は治療が必要な負傷をしない。
魔術師である明日香はなおのこと。
だが、そこに他の面子が加わった場合は別だ。
だから明日香は、戦闘訓練の一環として応急手当を学んだのだろう。
舞奈は口元を歪めながらも意識して思考を逸らす。
そういえばゲームの説明をしてくれそうな奴がもうひとりいたなと思い出し、
「ピアースは?」
「上で見張ってるぜ」
舞奈の問いにバーンが答える。
「それより早く登ろうよ! トルソさん!」
切丸が急かしながら階段を登り始めた途端、
「うわあぁぁぁぁぁぁ!」
ピアースが降って来た。
切丸が巻きこまれて転げ落ちる。
長い槍が通路を転がる。
「何!?」
「銃声がした! 外にも敵がいるらしいな」
それも複数。
驚く皆に舞奈が答える。
今しがた悲鳴と一緒に聞こえた轟音は耳がすごく良くなくても聞こえただろう。
だが瞬時に銃声だと判断できたのは舞奈と、たぶん明日香とトルソくらい。
舞奈たちが他の皆に馴染みがない類の修羅場に慣れているからだ。
間違いない。
外の敵も複数の銃を持っている。
おそらく先ほどの輩と同じ密造ライフルを斉射してきたのだろう。
見張っていたのがピアースなのは幸運だった。
斥力場障壁を張っていなければ一瞬でミンチになっていたし、驚いて転げ落ちなければシールドを破られて同じ結果になっていた。
「ううっ……外にも奴らが押し寄せてきて……」
「それよりどいてくれないか……」
ピアースは苦痛にうめきながらも危機を訴える。
尻の下で中学生がうめく。
そんな2人を見やって苦笑し、
「あたしがなんとかする!」
「ひとりでか!?」
「無茶だぜそりゃ!」
「あたしを誰だと思ってやがる! 銃声が止んだら加勢を頼む!」
舞奈は言って口元に不敵な笑みを浮かべてみせる。
トルソが、バーンが驚く。
だが銃を持った相手が複数いるなら舞奈ひとりのほうが被害が少ないのは事実だ。
正直なところ異能力者が何人もいても邪魔になるだけだ。
だから、
「これを持っていって!」
「さんきゅ!」
明日香に投げ渡されたドッグタグをコートのポケットにねじこむ。
そして階段をよじ登り、マンホールから跳び出した!