微笑ましい諍い
「なんだって僕たちがこんなところを……」
「そりゃまあ脂虫どもがいないからなあ」
切丸の愚痴に何食わぬ口調で答えつつ、舞奈は盛大に顔をしかめてみせる。
正直、愚痴りたい気持ちは舞奈にもわかる。
というか全員がよくわかる。
なにせ窓もない通路の、一行の歩く側には音をたてて下水が流れているのだ。
生活排水の悪臭は煙草にも匹敵する。
慣れた慣れたと思ってみても、まだ臭い。
結界内部に潜入2日目の朝、一行はホームセンター襲撃から辛くも逃げのびた。
そして舞奈の機転で逃げこんだ下水道。
そこをそのまま進んでいた。
人に扮した喫煙者が進行した屍虫どもは、流石に下水道を徘徊したりはしない。
なので、そのまま下水道に沿って、目的地のスーパーマーケットまで進む算段だ。
幸いにも流れる下水の側には人が数人並んで歩ける程度の通路がある。
なので一行は耐えがたい悪臭が漂う汚水の川のほとりを、昔のファンタジーRPGのパーティーみたいに隊列を組んで歩いている。
先頭は最年長のトルソとバーン。
2人とも相応の手練なのに加え、トルソは防護性能に優れる【装甲硬化】だ。
続いてピアースと切丸、明日香とスプラ。
ピアースと明日香には範囲防護の手札がある(ピアースの斥力場はやや不安だが)。
明日香とスプラは遠距離攻撃ができる。
切丸は、まあ……。
そして、しんがりは舞奈だ。
なにせ舞奈はSランク。
卓越した感覚により背後から奇襲されても気配でわかる。
正確に言えば奇襲そのものが不可能だ。
……だが舞奈にとって気配を察するということは、周囲の空気の流れを読むことだ。
そのせいで下水から漂う悪臭への不快感も人一倍。
心なしか周囲の空気そのものがぬめぬめしているように思える。
正直、言い出しっぺが自分でなければ誰より愚痴っていたところだ。
それはともかく、先頭のバーンがかざした剣の先に【火霊武器】で灯した異能力の炎が、一行の行く先を松明のように照らしている。
スプラが手にした弓の端には【雷霊武器】の明かりが灯る。
明日香の側には小さな電光を生み出す【雷波】で創った照明が浮いている。
照明はバッチリだ。
トルソもライトを持ってるらしいので予備も万端。
だが、異能力と魔法の照明の範囲外が暗闇に閉ざされている事実は変わりない。
舞奈の類まれな感覚もまた一行の命運を握る『目』だ。
そのように五感を最大限に研ぎ澄ましても、今のところ近くに舞奈たち以外に動くものは見つからない。
後ろだけでなく周囲にもいない。
下水の中(うへっ! 考えるのも嫌だ!)にもいなさそうだ。
気配でわかる。なので、
「せめて気晴らしのBGMでも許可してくれよ、リーダーさんよぉ」
「却下だ却下た。作戦中だぞ」
「ちぇー」
弓を片手に器用に携帯を取り出したスプラの寝言を、トルソが一蹴する。
「いちおう我々は今、敵の追撃から逃げてますので」
「そうですよ敵が近づいて来る音が聞こえないし、こっちの音が聞こえますよ」
「ええ。携帯の充電だって貴重ですし」
「ええっ、明日香ちゃんにピアースまで……」
当然のツッコミにスプラはぶーたれ、
「……で、おまえは何を聞こうと思ってたんだ?」
「いや、こいつにあずさちゃんの曲が何曲か入っててね」
「双葉あずさか! いい趣味してるじゃねぇか」
バーンが喝采をあげた。
他ならぬ彼がそういう反応するのは意外だと思った。
だがまあ、あずさの歌声と容姿は万人に愛されている。
そのうちひとりが彼であっても不思議じゃない。
環境省のポスターと同じだ。
可憐なあずさの曲は、『美』は人間の精神を賦活させ、怪異を委縮させる。
この閉鎖された空間で、気晴らしに聞きたいと思う気持ちもわからないでもない。
もちろん他の戦術的な問題がなければ。
「へぇ、スプラさんもあずさとか聞くんですね。俺もCD持ってますよ」
「なら尚更だ。こんなところで聞く曲じゃないだろう。もっと和んだ気分でだな」
「ですね。もう少し移動して落ち着いたところで聞きましょう」
他の面子も少しだけ態度をやわらげる。
まあ、あずさはゲームともタイアップしてるのでピアースが知ってるのはわかる。
だがトルソまで曲の選択に関しては好意的なのは意外だった。
まあ、それだけ双葉あずさの歌が万人に愛されているということだろう。
そんな他愛もない話をする側で、
「ところで僕たちは何処に向かってるんだ?」
「うん、それは僕も気になってた」
切丸とピアースがそろって首をかしげ、
「おおい、少しは考えて喋れよ」
舞奈がジト目で2人を見やり、
「先ほどピアースさんが言ってたスーパーマーケットですよ」
携帯を片手に明日香が答える。
次いで通路がT字路に行き当たる。
明日香は「右です」と指示して一行は従う。
「おチビちゃん、道がわかるのかい!?」
「それもあんたの……魔法なのか? スゲェぜ」
スプラとバーンが驚く。
「おまえにそんな芸当があったなんてな」
釣られて舞奈も笑い、
「ちょっと、少しは考えて喋りなさいよ」
明日香はジト目で舞奈を振り返る。
舞奈はビックリして明日香を見やり、
「工藤さんが送ってくれたデータの中に、下水路の見取り図があったのよ」
「へぇ、さっすがテック様だ」
「もらったデータを、事前にチェックしておきなさいよ」
明日香はやれやれと肩をすくめて語る。
なるほど、それで携帯か。
作戦前日、舞奈たちはテックにこの界隈の調査を依頼した。
テックは調査結果をメールで送ると言っていた。
その日の晩には確かに狂った数のメールが届いていた。
数が多すぎるので舞奈はざっと件名を確認しただけだった。
だが明日香はすべてに目を通し、内容を頭に叩きこんでいたのだ。
それを元にピアースが知るというスーパーマーケットを目指していた。
さすがは知識が大好き明日香様だ。
「……つまり協力者からの提供情報ということか」
「まあな。クラスの友達に得意な奴がいるんだ」
「クラスのって……まさか、その子も小学生なのか!?」
どうにか事情を察したトルソに何気に答えた途端に驚かれた。
まあ無理もない。
舞奈も、舞奈のクラスメートも小学生だ。
大規模な作戦に際して下調べして、下水路の地図まで用意して来たと知ったら驚くのもまあ道理。現に他の面子は身一つで来た。
だが別に舞奈はそんなことでマウントを取ろうとも思わない。
何より自身も驚くほうの立場だという自覚はあるので、
「ま、いい友達がいて結構じゃないか」
「それを言うならバーンさんも、魔道士の協力者がいますよね?」
バーンに言葉を返す明日香を見やって笑う。
「わかるのか?」
「ええ。その剣、魔力を焼きつけられた業物でしょう」
「へへっ! まあな」
明日香の言葉に気をよくしてか、バーンは手にした剣を構えてみせる。
ライト代わりの炎が揺れてピアースと切丸が戸惑うが、まあ御愛嬌。
舞奈に剣の良し悪しはわからない。
だが振り回すバーンの様子と風を切る音から、刃のついた打撃武器として良好なバランスの品だとわかる。業物だというならそうなのだろう。
「西欧の極小国家スカイフォール王国って知ってるか?」
「いや知らんが……」
バーンの問いに即答する。
何となく聞き覚えがある気がしたが、まあ思い出せないのなら知らないのと同じか。
だが他の面子は聞き覚えがある様子。
もちろん明日香もだ。
「たしか魔道士が中心となって運営されている国だとか」
「そうそう! やっぱ知ってる奴は知ってるんだなあ!」
「そんな国があるのか……」
「ええ。国家ぐるみで魔道具の流通に関わってたはずよ。ちなみに表向きの主産業は農業。ジャガイモが有名だけど、こちらにも呪術が使われているわ」
うなずくバーン、無知な舞奈に知識を披露する明日香を見やりつつ、
「そこから入手したってことか」
「そういうこった! 振りやすいだけじゃなくて、異能力をパワーアップさせる魔法剣だぜ! まあ、それなりに値は張ったがな」
得意げに笑うバーンから目をそらし、
「スプラ、あんたが持ってるのもそこのか?」
「えっ俺ちゃん?」
側のチャラ男に矛先を変える。
思わず首をかしげるスプラに、
「先ほどの戦闘で、スプラさん、認識阻害を使っていましたよね?」
舞奈の言わんとしたことに気づいた明日香が耳ざとく補足する。
明日香は知識を収集/披露するのも好きだが、隠された知識を見抜くのも好きだ。
「気づいてたのかい!?」
「まあ一応は魔道士ですので、魔道具に焼きつけられるくらいの認識阻害なら逆に精神への干渉を回避、察知して存在を見抜けるんですよ」
「それに伏兵の大屍虫の動きが不自然だった。明日香とピアースとあんたのうち2人を襲うなら、近接武器を持ってない明日香とあんただ。奴らもその程度は考える」
驚くスプラに、それぞれの見解を語ってみせる。
明日香はもとより舞奈も認識阻害への対策はできる。
巣黒を徘徊する全裸のせいで、かの技術が身近になってしまったという理由もある。
だが、それ以前に3年前にも同等の手段によって奇襲されたことが何度かあった。
その程度を見抜けなければ、幼い舞奈は1年に渡るエンペラーとその一味との戦いを生きのびられなかった。
そんな2人の見識に、皆と同様にスプラもすっかり感心し、
「スカイフォールの魔剣に比べられるようなものじゃないんだけどね」
珍しく少し照れ気味に、
「うちの支部の技術担当官が、いろいろ創って寄越すんだよ」
シャツの左腕をまくってみせる。
伊達男の生白い腕には注連縄が巻かれている。
サチの【護身神法】の媒体に似ている。
だが作りがしっかりしていて、恒久的に効果を発する魔道具だとわかる。
「国家神道の【物忌・改】ですか」
側の明日香が焼きつけられた術を見抜き、
「あんたにも、いい友達がいるんじゃないか」
「……まあ愛想はないんだけどな」
軽口に、ひとりごちるように答えてスプラは笑う。
こちらの魔道具は本当に知人の協力者の手によるものだったらしい。
彼がいつもの軽い調子じゃなくて、はにかむように笑っているのに舞奈は気づいた。
「誘ってもそっけないし、なのに何かと文句ばっか言ってくるし……」
「……けど良い奴なんだろう?」
「まあな」
語るスプラの口元には照れたような笑み。
だから舞奈も口元に笑みを浮かべる。
他の面々も。そんな中……
「……なあ、その道具、この作戦の間だけでも僕に預けてくれないか?」
唐突に誰かが言った。
切丸だ。
「やらんぞ! だいたい、おまえの得物は刀だろうが!」
「いや、そっちじゃなくて……」
「じゃあ俺ちゃん!?」
「……なに言ってるんだ? おまえ」
それぞれ戸惑うバーンとスプラ、思わずツッコむ舞奈に、
「だって、そうだろ? 後ろから弓矢を撃ってるだけのおまえより、前に出て敵の攻撃にさらされる僕が持っていたほうが有効に使えるはずだ!」
切丸は言い募る。
ジョークのつもりではなかったらしい。
側のスプラが後退り、一行の歩みが止まる。
明日香が露骨に嫌な顔をする。
生真面目な彼女はつまらないトラブルで計画が遅延するのが嫌なのだ。
「それが仲間ってものじゃないのか? 足りないものを他の誰かが補うんだ!」
「落ち着くんだ切丸君」
「トルソさんだって、舞奈に銃の弾をやってたじゃないか!」
引っ込みがつかなくなったか?
あるいは他の面々と比べて芳しくない自分の戦績を思いつめていたか?
思わずなだめるトルソに切丸は食ってかかる。
「舞奈は俺より銃弾を上手に使える」
「それなら僕だって!」
「おい! いい加減にしろよ切丸!」
説得を試みるトルソ、キレるバーンを尻目に、
「……認識阻害の魔道具を、おまえがどうやって使うんだ?」
舞奈は再び問う。
その声色の鋭さに、当の切丸はもとよりトルソやバーンまでもが押し黙る。
一瞬、低い声の主が女子小学生であることを皆が失念した。
何故なら一行の中で誰よりたくさん何かを誰かを破壊し、誰より何度も死の淵に立ったのは最年少の舞奈だ。くぐり抜けてきた修羅場の数が貫禄となって他を威圧する。
舞奈がSランクであることを担保するのはポケットの中の証明書じゃない。
志門舞奈という存在そのものだ。
そんな舞奈は、ふと思う。
トルソは思慮深く責任感も強いが、子供に甘いところがあるらしい。
対してバーンは中学生が相手でもはっきりものを言うが、言葉足らずが過ぎて意見が相手に伝わらない。その先にあるのは無意味な罵り合いだ。
2人とも道理のわからない子供の相手はあまりしたことがないのだろう。
顔面蒼白なピアースは論外。
スプラも地味に論戦は苦手らしい。キザで軟派な彼らしく、その手のことは愛想のない彼女さんとやらに丸投げしていたのだろう。
かく言う舞奈も、今の切丸の言動が気に入らないのは確かだ。
相手の都合を考えない考え方が【グングニル】の野猿を思わせるからだ。
あるいは【雷徒人愚】の面々の。
そのせいで彼は、彼らは相手の力量を見誤り、全滅の憂き目にあった。
だが今、誰よりも危険な状態なのは押し黙っている明日香だ。
生真面目な彼女は、無意味なことが無意味だからという理由で嫌いだ。
しかも今は状況がひっ迫している。
切丸の態度と皆の出方次第で、洒落にならない実力行使に出る可能性もある。
7人のチームが全滅する(ないし2人になる)よりは、6人になった方がマシと。
明日香の本質は教室で机を振り回した小3の頃と変わらないし、表向きの良識で包みこんだオブラートも剥がれるときは一瞬だ。
だが、そんな周囲の様子などお構いなしに、
「僕は……僕はBランクなんだぞ! 執行部の期待の星だ!」
切丸は得意満面に言い放つ。
その事実が、他の執行人や仕事人に対して絶対的なアドバンテージがあると思っているからだ。
まあ普通の共闘作戦でならそうだろう。
各支部の通常の最高ランクはA。
Bランクは頂点であるAランクに迫るエリートだ。
現に彼の【狼牙気功】の超スピードを活用した突進は、そこらの異能力者が真似できる代物ではない。
彼がBランクであることは証明書を見るまでもなく明らかだ。だが、
「トルソさんもバーンさんも、あとスプラもAランクだぞ」
「えっ俺ちゃんだけ呼び捨て……?」
舞奈は事もなげに言ってのける。
どうでも良いところにツッコんできた優男は礼儀正しく無視。
そんなスプラを含め、言われた当人は少し驚く。
舞奈が彼らのランクを言い当てたからだ。
名乗った覚えはないのにと思っているのだろう。
まあトルソは銃を持っているのでわかる。
銃器携帯/発砲許可証の取得にはA以上のランクが必要だ。
だが、そんなものより彼らの動きを見れば一目瞭然。
舞奈の知人のAランクはたいていが術者だ。
それは多岐の術を操る術者の戦闘能力や作戦への貢献度を異能力者のランクに当てはめようとすると、最高峰であるAランクに相当するからだ。
逆に言えばトルソやバーン、スプラの戦闘能力は術者にも匹敵する。
まあ、ここでもピアースは論外。
奈良坂(地味に積み上げた功績が認められて最近Cに昇格!)以下のDランクか……あるいは新人からまったく変化のないFランクの可能性もある。
「なにを! 射手なんて敵と真正面から戦えない臆病者じゃないか!」
切丸は叫ぶ。
スプラの他にも、明日香あたりに失礼な言い草なのに気づいてはいないらしい。
そこらへんも【グングニル】の野猿と変わらない。だから、
「だいたい、おまえのランクは何なんだよ!」
「……試してみるかい?」
激情に答える形で舞奈はナイフを抜いてみせる。
音もなく抜かれた幅広のナイフに、一行の間に緊張が走る。
「待ってくれ舞奈。それに君は銃が得意なんじゃあ――」
「得意な得物は銃だけど、別に苦手な戦い方なんてないよ」
慌てるトルソに不敵な笑みで答えてみせる。
彼もいきなり決闘をおっぱじめるとは思ってもいなかったのだろう。
だが、言葉で語っても彼は納得しないと気づいていたのも事実。だから、
「なら、僕の実力を見せてやるよ!」
切丸は抜く手も見せずに両手に日本刀を構える。
ひょっとしてトルソに良いところを見せられると思っているのか。
スプラが、ピアースがあわてて跳び退く。
「なに余計なことしてるのよ」
「このままじゃ埒が明かないだろう? すぐ終わるさ」
明日香の文句に答えた途端、
「舐めるな!」
切丸の突進。
研ぎ澄まされた【狼牙気功】を活用した会心の奇襲。
筋肉の動きから、寸止めで驚かすつもりだろうと見抜く。
まあ確かに並の相手なら、この一撃で決まるだろう。
だが舞奈は逆に一歩、前に出る。
「何!?」
「いい勢いだ」
クロスさせた日本刀をナイフで受け止める。
ギリギリと押し合う2本の日本刀と、舞奈が片手で構えたナイフ。
切丸の顔に浮かぶ表情は驚愕。
自分の中では必殺のはずの突撃。
それを年下の小学生の、しかも女子に受け止められたからだ。
鍛え抜かれた舞奈の肉体は、加速を力に変えた彼の一撃に勝っていた。
「く……っ!!」
「本気で当たれば屍虫なら一撃、泥人間も【装甲硬化】でなけりゃあ倒せる。けど大屍虫は駄目だ。さっきもそうだったろう?」
口元に笑みを浮かべて語る。
加えて突進の勢いをかけ続けることは当然ながらできない。
止まった時点で勢いもなくなる。
そして素早さを増す【狼牙気功】は筋肉を過度に肥大化はさせない。
純粋な筋力だけなら舞奈>強化された切丸。だから、
「なに……っ!?」
相手の力がゆるんだ隙に押し返す。
加えて人間は渾身の力をこめ続けることもできない。
だから必殺の一撃の後には隙ができる。
寸止めするつもりが受け止められたのなら、なおさらのこと。
なにより彼は、思ったほど身体を鍛えてはいないようだ。
異能力を活用した不意打ちじみた一撃に頼り切っているからだ。
だから辛うじて体勢を立て直した彼は、
「この! このっ!!」
竜巻のように両手の日本刀を繰り出す。
まあ、こちらも【狼牙気功】の持ち味を生かした戦い方ではある。だが、
「おおっと!」
対して舞奈は笑みのまま、のらりくらりと刃を避ける。
ナイフで受け止めすらしない。
切丸の2本の刃は舞奈に届かない。
まるで、どちらかが実体のない幻であるかのように。
そんな様々な意味で一方的な攻防を、Aランクたちが驚愕しながら見ている。
ピアースが真面目に魔法かゲームのスキルを見る表情なのが、別の意味で心配だ。
舞奈は卓越した感覚で空気の動きを読み、空気をゆるがす肉体の動きを読む。
だから肉体を使った攻撃は無意味。
肉体と繋がった剣や刀による攻撃も無意味。
たとえ異能力で高速化していても同じ。
故に魔法も異能力も使えぬ身でSランクでいられる。
それ以前に切丸の太刀筋は直線的すぎる。
だが、それを彼の努力不足と断じるのは気の毒だと舞奈は思う。
彼はまだ年若い。
彼が一般的な執行人として任務をこなしていたのなら、自身の有り余る強みだけでは対処できない難敵を克服するために技術を身に着ける余地はない。
故に天狗になるのも無理はない。だから、
「まあ、こんなんで疲れ果てても意味ないしな」
言いつつ踏みこむ。
「――!?」
次の瞬間、切丸の日本刀が宙を舞っていた。
刃を弾いてはたき落としたのだ。
驚いて力が緩んだ隙に、もう片方のも。
力比べに負けた直後に的確なフォローができないのも若さ故だ。
明日香がボソリと魔術語をつぶやく。
すると宙を舞う2本の刀が黒い光に釣られ、不自然な軌道で切丸の足元に落ちる。
明日香の【力鎖】だ。
切丸は足元に転がる自身の得物を拾い上げ、
「おまえ……何者なんだ?」
「いや刀をつかんだのは明日香の魔法だ。車で見たろう?」
「そうじゃなくて――!!」
「……舞奈はSランクだ」
軽口に耐えかねたようにトルソが事実を告げる。
他の面子も厳粛な表情で頷く。
最初に会った時に話しはしたし、屍虫での戦いでも技術は披露した。
だが今の攻防ではっきりと悟ったのだろう。
Sランクとそれ未満の差を。
正直なところ切丸の代わりがトルソやバーンであっても結果は同じだった。
スプラとはレギュレーションのある射撃や狙撃でなら好勝負ができそうな気がするのだが、タイマンでは問題外だ。
ピアースだけは最初から驚きっぱなしなので、相対的に冷静だ。
舞奈ちゃんはやっぱり凄いんだね! くらいの奈良坂みたいな反応に、もういっそ逆の意味で安心する。
そんな皆の反応を見やり、その言葉を確信して切丸も腑に落ちたようだ。
「……ごめん。少し言い過ぎたよ」
「いいってことさ。仲間なんだ、まあ仲良くやろうぜ」
切丸は観念したように頭を下げる。
舞奈は特にわだかまることもなく笑いかける。
そんな様子を見やって皆も笑う。だが、そのとき――
「――友情ごっこはそろそろにしたほうが良いわよ」
「ええっ明日香ちゃんそれは……」
明日香が悪役みたいなことを言い出したなと苦笑し、
「みたいだな」
舞奈も表情を一転させる。
明日香は魔法感知で察知したのだろう。
そして舞奈は気配で気づいた。
下水道の向こうから、複数の気配が近づいている。