表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第17章 GAMING GIRL
362/579

勇士の邂逅

 よく晴れた土曜の朝。


「舞奈ちん、明日香ちんも準備は良いのだね?」

「ああ済ませてきた」

「ええ」

 ニュットの言葉に、舞奈と明日香はそろってうなずく。


 普段より心なしか空が近く見えるこの場所は【機関】支部ビル屋上のヘリポート。

 マンティコア騒動の際に何度か転移してきたことがある。


 そんな中、明日香は普段の仕事と同じ戦闘(カンプフ)クローク。

 今はまだつば付き三角帽子はかぶっていない。


 舞奈はトレンチコート。

 コートの上には肩紐(スリング)で背負った短機関銃(マイクロガリル)

 割と不審者ルックだが、コスプレだと言い張ればギリギリセーフないでたちだ。


 対してニュットは普段と変わらぬ高等部指定のセーラー服。


 舞奈たちは長距離転移によって問題の地域の隣県に移動する算段だ。

 そこで他のメンバーと合流して車で県境へ移動、結界に穴を開けて突入する。

 今回、ニュットは移動のための足役に過ぎない。

 舞奈たちを現地へ運び、結界内に一行を送り届けたら彼女の仕事は終わり。だから、


樺の樹(ベルカナ)! 櫟の樹(エイワズ)! 大鹿(アルギズ)! 騎馬(ライゾー)! 駿馬(エフワズ)!」

 ニュットは魔術語(ガルドル)を唱える。

 途端、3人の姿は一瞬でかき消えた。


 そして次の瞬間、3人は吉野川からざぶんと顔を出した。


「うむ。成功なのだ」

「……おい」

 舞奈は側のニュットをジト目で見やる。

 小さなツインテールの頭上から、アユがピチピチ跳ね落ちる。


「場所を選べよ河童じゃねぇんだ」

「いやほら、人のいる街中にいきなり転移すると危険だし見られるのだ」

「……ったく」

 いけしゃあしゃあと答える糸目に毒づきながら舞奈は川を渡る。

 当のニュットは何食わぬ表情で、明日香は無言で岸を目指して歩く。

 足がつく場所なのが幸いだ。


 3人の周囲は球状に水が押しのけられているので服や銃が濡れたりとかはない。

 不可視の障壁で覆われているのだ。

 ニュットは【移動(ベヴェーグング)】による長距離転移の直後に【斥力盾(ヴァイセン・シルト)】を行使した。

 落ちたアユが普通に川に戻ったのは、魔法の斥力場障壁が『術者に都合が良い』ものだけを通過するからだ。

 なので川の水は押しのけ、アユは通過し、足は川底を踏みしめることができる。

 自分の周囲をくまなく覆っても呼吸するための空気は通過する。

 だが、それが故に、ウィルスが立ちこめる街を突破するのには使えない。


 ちなみに斥力場障壁を張りながら重力操作による転移はできないはずだ。

 空間の抜け道に障壁が詰まるからだ。

 なのに転移直後に防護されたということは、転移直後の絶妙なタイミングでシールドを張ったということだろう。

 その妙技はクイーン・ネメシスをも上回ると認めざるを得ない。

 だが、なんというか使い方がね……。


 でもまあ、幸いにも3匹の河童は誰かに目撃されることなく岸に上陸した。

 そのまま群生するススキをかきわけ、人気のないアスファルトの路地にたどり着く。


 そして舞奈たちは見知らぬ街を、勝手知ったる様子のニュットについて歩く。


 しばし歩くと、少ないながらも道行く人を見かけるようになってきた。

 もちろん舞奈に彼らと面識はない。

 だが少し雰囲気がピリピリしているのはわかる。

 ニュット曰く、問題の隣県との県境の周辺で通行規制が敷かれているかららしい。


 まあ確かに県境で待ち受けているのは超常現象による結界。

 その先はウィルスへの耐性保持者以外は立ち入ることすら危険な死の街だ。

 その事実を考えれば、むしろ呑気に思えるほどだ。


 そのようにして糸目の河童が訪れたのは変哲のないショッピングモール。

 用があるのは一角にあるフードコートのようだ。


「ここが他県の執行人(エージェント)との待ち合わせ場所なのだ」

「あんたにしては良いセッティングだな」

「そうなのだろう」

 少し褒めた途端に増長してニヤニヤ笑うニュットを先頭に、3人は人もまばらなフードコートに並ぶ店のひとつのカウンターを訪れる。


「へえ、名物のラーメンなんてものがあるのか」

 舞奈はメニューから目ざとく見つけた名物とやらを注文。

 明日香も同じラーメンを、ニュットは焼き鳥が並んだ皿を持って空いていたテーブルに移動する。

 他の客が女子高生とコスプレ幼女にとりたて驚く風でもないのは土地柄か。

 隣県とは異なり、その手のイベントも盛んなのだそうな。


「他の面子と顔合わせの前に、作戦の確認をするのだよ」

 言いつつ箸で焼き鳥を串から外すニュットに2人は少し冷淡な視線を向ける。

 こういった行為の是非について、珍しく明日香と意見が一致したようだ。


 それはともかく、今回の作戦はかなり大がかりだ。

 全国から集結した執行人(エージェント)たちは複数のチームに別れて各々の移動手段(主に自動車)で結界に接近、穴を開けて突入する。

 結界が広大かつ内部の状況が不明、つまり最適な突入ポイントが不明だからだ。

 いちおう問題の県には高速道路も通ってはいるが、使うチームもあればそうでないチームもある。


 各々のチームには結界へ穴を開けるために術者が同行する。

 できないチームには魔道具(アーティファクト)が支給される。

 舞奈たちのチームにはニュットが同行し、高速は使わず日開谷川を眺めながらのんびりドライブと洒落こむらしい。


 そして結界に到達後、各々のチームは独自の判断で禍川支部ビルへ接近。

 状況に応じて支部を奪還、転送用の魔道具(アーティファクト)を修理する。

 話しに聞くだけなら簡単そうだが、実際は何ら頼れるもののないアドリブ勝負だ。

 これも内部の状況がわからないからだ。


 いちおう全員に通信機が支給されるが、他のチームとの連携は絶望視されている。

 Wウィルスには通信を阻害する効果もあるからだ。まったく!


 他のチームには転送用魔道具(アーティファクト)を診断、修理する機材も支給されるとのこと。

 そちらは舞奈たちのチームでは明日香が担当する。

 そんな風に作戦を確認し終わったところで、


「ちと急用ができたので、少し席を外すのだよ」

「急用だと?」

「すぐに戻るのだ。これ食っていいのだよ」

 ニュットは言い残し、焼き鳥の皿を残してそそくさと去って行った。

 舞奈と明日香が無言で見やる前で、フードコートの入り口で待っていたらしい性格悪そうなネコミミ眼鏡と合流して歩き去る。地元の協力者との調整だろうか。


「まあいいか」

 言いつつ舞奈は目前のラーメンに目を戻す。

 今は待つ以外にすることもない。

 頼んだラーメンを味わってもバチは当たらないだろう。


 とんこつとたまり醤油が混じり合った濃厚な湯気に、辛抱たまらずレンゲを握ってスープをひと口。予想を超えるコクと辛さ、そして旨味に頬をゆるませる。


 次いで箸を手に取り、豪勢に盛り付けられた豚のバラ肉をつまむ。

 チャーシューではなくすき焼きのような薄切りの豚バラ肉だ。

 やわらかいバラ肉を噛みしめるたびに、からむスープの濃厚な味わい、スープとは別に甘辛く調理されたらしい肉そのものの風味、カウンターでトッピングにとおすすめされた生卵の食感が口の中で混じり合って極上のハーモニーを奏でる。

 あまりに贅沢な味わいに、ラーメンの丼の側に据えられた椀を取って白米を食する。

 甘辛い肉に、卵に、米。それはまるですき焼きだった。


 再びラーメンへと箸を戻し、お待ちかねの麺に取りかかる。

 ちぢれの少ないストレートな麺を適量つまんで口に運ぶ。

 やわらかい麺の食感に、からんだ濃厚なスープが口いっぱいに広がり三度目の極楽を体現する。


 後は取りつかれたように丼と口を行き来するだけだ。

 溢れるバラ肉と、添えられた刻みネギといっしょに麺を食する。

 次はシャキシャキのモヤシといっしょにいただく。

 サッパリとしたモヤシが麺とスープのコクを引き立てる。最高だ。


 その様にして麺を半分ほど平らげたところで、ふと側に残された皿が目に入る。

 ニュットが残していった焼き鳥だ。

 せっかくだから冷めないうちにと手をのばす。

 串から自分で食う分だけ外していたことだけは褒められるべきだと思う。加えて、


「レモンも全部にかけたりしてないしな」

「それ、レモンじゃないわよ」

 口に出した途端に明日香がツッコみを入れてきて、


「じゃあ何だよ?」

「――すだちだ」

 返した問いへの答えは逆方向から聞こえた。

 見やると、ひとりの青年がいた。


 背の高い、精悍な顔立ちをした青年だ。

 見たところ大学生か新社会人ほどか。

 以前に共闘した【グングニル】の面子より少しばかり年上だ。

 鋭く鍛え抜かれた長躯を覆うは、地味な色の作業着。


「ここらの名産品だ。レモンほど酸っぱくないが、さっぱりしていて美味い」

 言いつつ男は「失礼する」とトレイを置く。

 そして隣に座る。


 舞奈は構わず、まだあたたかい塩焼き鳥のひと串に、冷たいすだちを絞る。

 次いでおもむろに串を手に取り、豪快に喰らう。

 美味い!

 皮はカリカリ、中はもっちりやわらかい脂ののった焼き鳥に、さっぱりしたすだちの風味がアクセントを添える。


「良い食いっぷりだ。足りないならこいつも食え」

「おっ! 気前がいいねぇ」

 青年は自身のトレイから、舞奈と自身のトレイの中間に皿を置く。

 ニュットのそれよりひと回り大きい皿には、ほかほかと香る焼き鳥が積まれている。


 そして彼も自身のトレイに乗ったラーメンに取りかかる。

 舞奈と同じ大盛りの丼の上にはすき焼きのような生卵。側には白米の椀。

 名物のラーメンだという話は本当らしい。


 唐突にあらわれた青年を舞奈も、そして明日香も警戒しない。

 彼が執行人(エージェント)だと気づいたからだ。

 背に長物を背負っている。銃ではない。大きな刀か。

 何より彼の身のこなし。


 先方も同じように舞奈と明日香の素性を見抜いたのだろう。

 互いに、相手が今回の任務のパートナーだと。だから、


「自己紹介が遅れたな。あたしは志門舞奈だ」

「安倍明日香。魔道士(メイジ)です」

「俺はトルソ。【装甲硬化(ナイトガード)】だ」

 並んでラーメンを食しながら互いに名乗る。

 明日香がちらりと見やってくる。一瞬だけ表情が変わったのに気づかれたらしい。


「コードネームがないのか。まさか仕事人(トラブルシューター)なのか? 若く見えるが」

「そりゃまあ小学生だからな」

「小学生だと!?」

 問いに対する舞奈の答えに、トルソは驚く。


 まあ先方から見れば、執行人(エージェント)の大半を占める高校生も中学生も子供だろう。

 それでも今回の危険な作戦に同行するのが小学生と知って動揺するのは道理。

 その上でなお【機関】が2人に作戦の参加を認めたという事実を思い出したか、何食わぬ表情でラーメンをすすりながらも2人を値踏みし、


「ひょっとして君は魔道士(メイジ)の……魔術師(ウィザード)か?」

「ええ、そうです」

 見抜いたトルソに、明日香も表情にこそ出さぬものの驚いたようだ。

 彼には人を見る目があるらしい。


 魔術師(ウィザード)は自ら魔力を生み出すことによる多くの手札と圧倒的な火力を誇る。

 だが他の流派と比べて会得は困難だ。

 本来なら子供がなれるような代物じゃない。

 目前の小学生がそうだと気づき、その洞察を否定しないことは難しい。対して、


「舞奈ちゃんは――」

「舞奈で構わん」

「そうか。舞奈は術者には見えんが……まさか魔法少女か?」

「……頭が悪そうに見えるってことか?」

(前はそうだったんだがな)

 舞奈はそんな彼の言葉に苦笑する。


「ハハッ! スマン、悪気はなかったんだ」

「あたしの得物はこれだ」

 背負った銃を親指で差してみせる。

 もちろんソフトケースに入れてはいるが、わかる人にはわかる。


「つまり銃器携帯/発砲許可証シューティング・ライセンス持ちってことか。若いのに大したもんだ」

 言ってトルソは破顔する。

 そんな彼を見やり、


「銃ならあんたも持ってるだろ?」

 言って舞奈もニヤリと笑みを浮かべる。


「それ、太刀よ?」

「そっちじゃねぇ」

 ボケをかます明日香を他所に、


「わかるのか」

「動きでな」

「俺の地元じゃあ異能力者でも銃がないと危なくてな」

「そいつは頼もしい」

 トルソは懐から何気に出したそれを机に置く。

 人目を用心してか、舞奈と同じくらい無骨な手に大半が隠されたそれを、


「Cz75か」

「ほう、これだけでわかるのか」

「以前に知り合いが使ってたのを見たことがあるんだ」

 ひとりごちるように言った舞奈に、トルソは笑みを返しながら銃を収める。


 以前にベリアルから借りたSP-01と違ってマウントレールのない古い型だ。

 一瞥しただけでわかるほど銃に刻まれた年月の重みが、彼がくぐり抜けてきた数多の修羅場をあらわしているように思えた。


 なるほど攻撃面に寄与しない異能力を太刀で補い、拳銃(Cz75)で補う。

 彼は少しばかり年上の異能力者だというだけじゃない。

 場数を踏んで、自身に足りないものを補うことができる。

 勝手のわからぬ作戦で、彼は頼りになるだろう。

 そんなことを考えながらラーメンをすすっていると、


「おっ楽しそうにやってるじゃねぇか」

 新たな声に見やると、こちらも大学生ほどの青年。


 勝気そうな顔立ちをして、髪をツンツン逆立たせている。

 ジーンズに炎のように赤いジャケットを着こんだ、なんというか派手な格好だ。

 背にはトルソのそれより幾分短い……おそらくは西洋剣。


「オレ様はバーン。【火霊武器(ファイヤーサムライ)】だ。よろしくな」

 言いつつ3人の隣に勝手に座る。

 彼のトレイに乗っているのも名物のラーメンだ。


「女の子……ってことは、ひょっとしておチビちゃんたちが術者って奴か?」

「あたしは違うがな。あとチビっていうほど背低くないぞ」

「ははっ悪いわりぃ」

 口をへの字に曲げる舞奈に構わずバーンは豪快にラーメンをすすりつつ、


「おっ片方は眼鏡っ子か。こいつはラッキー」

 明日香を見やって笑う。


「そういう趣味か?」

「否定はせんがガキに興味はねぇ。……脂虫は統計的に眼鏡をかけた女を嫌う。見るだけで怒り狂って判断力が低下するんだ。あんたが同行者なら戦闘が少し楽になる」

「へえ」

 初めて聞いた話に素直に感心。


 どうやら彼も、異能力者には珍しく術者に偏見がないらしい。

 あるいは長く執行人(エージェント)を務められる人間には共通する性向なのかもしれない。

 どちらにせよ、今回の作戦がやりやすいのは確かだ。そして、


「やれやれ、男ばっかりだ」

 新たな声に見やると、今度はひょろ長い伊達男。


 背丈はトルソと変わらないのに細いものだから、余計に貧相さが目立つ。

 まあ萩山あたりと違って腹がポッコリ出てたりしないのはましか。

 派手に染めた長髪も地毛のようだし。


 ひょろ長い彼の背にも長物。

 どうやら得物は弓矢のようだ。


 そんな彼がテーブルの自席に置いたのは鯛めし。

 視界の端に映る椀から、鯛と出汁の香りが漂ってくる。

 皆がすき焼き風味のラーメンを喰らう中、気にせずそれを選んでくるあたりが彼の人となりをあらわしている気がする。


「ちなみに俺ちゃんは【雷霊武器(サンダーサムライ)】のスプラ。よろしくぅ」

「ああ宜しくスプラ。それは良いが、お嬢さん2人に対して失礼じゃないか?」

「いやお嬢さんって、チビっ子じゃんよ」

 咎めるようなトルソの言葉を、涼しい顔で受け流す。


「術者がいるって聞いてきたから可愛い女の子だと思って期待してたんだよ。そりゃーお供のSランクが小学生のおチビちゃんとは聞いてたけどさ」

「S……!?」

「……ランクだと!?」

 スプラが何気に言った途端にトルソが、バーンが露骨に目を剥く。

 やれやれ余計なことで目立つのは嫌なんだがなあ。


 それに、まあ彼の言葉には舞奈も同意だ。

 男連中や明日香じゃなくて、もっとおっぱいが大きな女の子と出会いたかった。

 だが、まあ異能力者がメインなのだから女がいるだけましだろう。

 そもそも他の組には女がいること自体が稀だと聞いた。


「……っていうか、そこのあんたも執行人(エージェント)なんじゃないのか?」

 言いつつバーンが見やる先に、新たな2人が立っていた。


「へえ、太刀に長剣に……弓矢か。同行者がまあまあ戦えそうでほっとしたよ」

 生意気そうに言ったのは小柄な少年。

 舞奈や明日香に次いで小さい。中学生ほどだろうか。


「僕は切丸。【狼牙気功(ビーストブレード)】だ」

 不敵に笑う。

 学校の制服でもなさそうな黒一色の衣装が印象的だ。

 背には交差するように2本の長物――おそらく日本刀を携えている。


「あ、どうも。【重力武器(ダークサムライ)】のピアースです」

 もうひとりは切丸くんとは真逆に気弱そうな細面な青年。

 着ている服は普通だが、他と比べてもひときわ長い何かを背負っている。

 槍だろう。


 そんな2人も状況を察して皆の隣の席に座る。

 ピアースの長い槍がすごい邪魔そうだと思った。

 やはり組み立て式の槍は巣黒オリジナルらしい。

 なので彼も変なところに引っかからないよう気を使っている様子がうかがえる。

 気配りができる性格でなければ周囲は大変なことになっているはずだ。


 そんなピアースが食べ始めたのは丼だ。

 乗っているのは豚バラ肉と生卵、刻みネギにモヤシ等々。

 皆が食っているラーメンの具材が白米の上に乗っているらしい。

 なるほど、先ほど舞奈も具材の豚バラ肉で米を食って至福のひと時を味わった。

 それが丼物としてメニューになるのも道理ではある。

 そんな丼を少し遠慮したように食しながら、彼は舞奈の視線に気づき、


「麺なら地元のものが食べたいかなって……」

「なるほど、君ちゃんが」

 口ごもるピアースの側で、スプラがたしたり顔でうなずく。

 どうも彼は情報通を気取りたいらしい。


「何がだよ?」

「君ちゃん、禍川支部の執行人(エージェント)なんじゃないかな?」

 舞奈のジト目に促されるまま問いかけるスプラに、


「ああ、うん」

 ピアースは答える。


「俺さ、たまたまネットカフェに遊びに来てて……」

「それで結界に閉じこめられずに済んだのか」

 トルソはうなずく。


「ネットカフェということは、目的は例の規制を逃れてゲームか?」

「そうなんです。バーチャルギアを使ったゲームは地元じゃもうできないから……」

 年上であろうトルソの問いに恐縮するピアース。


「そういやあそのメダル、収集イベントの優勝賞品じゃないのか?」

「あ、うん」

 今度はバーンがピアースの胸に提げられたメダルを見やる。

 ついでに麺を下品にすする。

 そんな様子を見やって隣で明日香が嫌な顔をする。


「リアルでも揃いのアイテムが送られて来るとは聞いてたけど、本当だったんだな」

「フレンドに手伝ってもらってね。俺の御守りなんだ」

 ピアースは言って自信なさげに頭をかく。

 それでもメダルに目を落とす彼の口元は笑っていた。


「全国のプレイヤーを差し置いて一等なんて、冴えない面してる割にヤルなおまえ」

「凄いのはテッ……手伝ってくれたその人で、俺じゃないよ」

 持ち上げるバーンの言葉に恐縮するピアースに、


「ったくシャキッとしろよ! シャキッと!」

「うわあっ!?」

 バーンはピアースの背中をバンバン叩き、


「おまえはラッキーボーイなんだぜ!」

 笑いかける。


「ゲームですげぇフレンド作ったり、今回だけ運よく難を逃れたり、そもそもレアな異能力に目覚めたり、おまえには何かあるんだよ! もっと胸張れ」

「そうだな。地元の人間が仲間にいるのは我々にとってもラッキーだ」

 トルソもしたり顔でうなずく。

 年上2人の笑顔を見やってピアースも口元に笑みを浮かべる。

 そんな皆を見やり、


「ちょっくらデザートでも買ってくるよ」

 食べ終わった舞奈はトレイを持って立ち上がる。


「折角だから人数分なにか見繕ってきてくれ。俺の奢りだ」

 トレイの端にひょいと置かれた一万円を見やり、


「いや食いすぎだろう」

「ははっ、食べ盛りの子供ばかりだからな!」

 豪快に笑うトルソを背に、席を立った明日香を伴いカウンターに向かう。

 並んでトレイを持って歩きつつ。


「……何が気に入らないのよ?」

 明日香には気づかれていたらしい。


「あいつらの名前が気にいらない」

「なによそれ。トルソにバーンにスプラなんて、よくあるコードネームじゃない」

「わかってるよ、そんなこと」

 呆れる明日香の側で、舞奈はますます不貞腐れる。


 脳裏をよぎるのは花屋で見た20年後の夢。

 不自然なまでにリアルな文明崩壊後の世界にも、同じ名前の仲間がいた。

 強大な敵との激戦の中で、彼らは皆……命を散らした。それに、


「だいたい【機関】の人選なんだから、気にいらなくてもどうしようもないわよ」

 明日香は冷静に答える。

 舞奈は口元を歪める。


 先ほどから特に気が立っていることにすら気づかれていた。

 態度には出さなかったはずだが、流石に付き合いが長い明日香に対して隠し通すことはできない。


 本当に気に入らないのはピアースだ。


 身のこなしから、彼の実力のなさがわかるのだ。

 彼は場数を踏んでいない。

 それ以上に戦闘のセンスがない。下手すれば奈良坂とタメだ。


 ゲームが得意ならネカフェでゲームをやっていてくれればいいのにと舞奈は思う。

 そうすれば彼は身の丈に合わない危険にさらされずに済む。

 皆だって正直なところ余計な苦労をせずに済む。

 それに舞奈自身も……人が死ぬところを見ないで済む。

 気弱で物腰もやわらかく、好感の持てる良い人間のそういうところを見るのは、不快な誰かの同じ場面を見るより何倍も辛い。脂虫の真逆の原理だ。


「彼の土地勘が役に立つのは事実よ。なんなら案内役に徹してもらって皆で彼を守りながら戦うメリットすらあるわ。そう言う仕事も初めてじゃないでしょ?」

「そう上手く行けば良いがな」

 もっともな明日香の言葉に口元を歪める。

 どうにもならないことなんて、わかっている。

 今までだってそうだったし、それが今から変わるとも思っていない。だから、


「すだちって、ここいらの名物なんだっけ。これにしようぜ」

 目前のどうにもならない事実から目を背けるように、すだち味のアイスクリームとやらに目をつけて人数分頼む。

 メニューで見るより盛りの多いアイスの皿を明日香と手分けして運ぶ。

 そしてテーブルに戻るころには何食わぬ表情を作り終えていた。だが……


「おお舞奈ちん、明日香ちん。おかえりなのだ」

 何時の間にか戻って来たらしいニュットが当然みたいな顔して座っていた。

 隣のテーブルから勝手に椅子を拝借してきたらしい。


 舞奈の表情が渋面に変わる。

 先ほどとの違いは隣の明日香も同じ冷たい表情をしていることだ。


「お、それが名物のすだちアイスかね?」

「あんたの分なんか買ってないぞ」

 糸目の寝言を切って捨てて、凹んだところに容赦なくカウンターを指差す。


 ニュットは糸目を八の字に曲げたまま立ち上がり、舞奈のトレイの端からトルソに返そうと思っていた釣り銭を当然のようにパクってアイスを買いに行く。

 なんて女だ。


 だが、そんな漫才を見やって皆が朗らかに笑う。

 ピアースも笑う。


 屈託なく笑う皆を……彼を見ながら舞奈も口元に少し笑みを浮かべる。


 気持ちの整理がついた訳じゃない。

 だが、どうにもならないのなら舞奈がどうにかするしかない。

 今までだってそうだった。

 たぶん今回も同じだ。

 舞奈が皆を……彼を守るのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ