表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第3章 教室がテロリストに占拠された日
36/579

脱出

 ――舞奈は夢を見ていた。

 3年前の、ピクシオンだった頃の夢だ。


「こっちにこないで!」

「おのれ、これでは攻撃できん」

 幼い舞奈――ピクシオン・シューターが怯える。

 そんなシューターを、赤いドレスのピクシオン・フェザーが背に庇う。


 2人は人々の群に囲まれていた。

 手に手に得物を手にしてはいるが、ただの市井の人々だ。

 エンペラーの幹部は罪なき人々を操り、ピクシオンを襲わせたのだ。

 強力な魔術師(ウィザード)であるエンペラーは、人の心を惑わす術すら使う。


 切り伏せ、撃ち抜くことのできない敵に、ピクシオンは成すすべもない。

 そんな2人に、人々は群れなして襲いかかる。

 シューターは思わず目を伏せる。


 だが不意に、人々は恐怖におののき後ずさった。


 2人の後ろに、最年長のピクシオン・グッドマイトがいた。

 グッドマイトは外宇宙よりの魔術を操る。

 そのうちのひとつ【狂気による精神支配】によって人々を無力化したのだ。


 グッドマイトはたちまち幹部を見つけ出し、魔術を使って発狂させる。

 危機は去った。


 だが自分を庇うフェザーの背中が頼もしかった。

 だからグッドマイトが「もうだいじょうぶよ」と言ってくれるまで、フェザーの背中に隠れていた。


 ――だが昔の仲間はもういない。


 だから舞奈は閃光手榴弾(フラッシュバン)が破裂する直前に身を伏せ、轟音と閃光を防いでいた。

 そして光と音がおさまった数秒後に夢から醒めて、跳び起きた。


 回復しきっていない目を無理やりにこらして明日香を探す。

 テロリストの上半身は、少し離れた机の陰で身を伏せていた。


 明日香が普段している下フレームの眼鏡は、視覚妨害に対処すべくいくつかの術が焼きつけられたゴーグルだ(実は明日香は裸眼の視力も悪くはない)。

 だが今は仮面をつけているので眼鏡はなしだ。

 だからフラッシュにまともにやられたのだ。すぐには動けない。

 しかも彼女が回復する前に全てを終わらせなければ生徒たちに見つかってしまう。


 その側には、同様に目と耳をやられてもがくベティ。

 持ち前の耳と目の良さが仇になったのだろう。

 少し離れた場所に、寸前で異変に気づいたか生徒を庇うように倒れるクレア。

 その側には楽しそうな表情で転がるみゃー子。


(みゃー子の奴、手榴弾をおもちゃにしやがって)

 言いたい文句は山ほどある。

 だが、今はやらなきゃいけないことが他にある。


 クレアの近くを探す。

 砕けた椅子の側に落ちていた、ケルト十字のネックレスを見つける。

 クレアがベティの暴走に備えて【機関】の魔術師(ウィザード)から買った魔道具(アーティファクト)だ。

 これには暴走した魔法を消去するための【対抗魔法(カウンター・マジック)】の魔術がこめられている。


 魔術を明日香に任せっきりな舞奈は魔道具(アーティファクト)など使ったこともない。

 だが使い方は知っている。

 幼い舞奈がピクシオンに変身するために使っていたピクシオン・ブレスは、女王フェアリより授かった魔道具(アーティファクト)だ。


 舞奈はネックレスを拾いあげる。


「あんたの名前は【対抗魔法の護符チャーム・オブ・カウンター・マジック】ってところか」

 魔道具(アーティファクト)を発動させるためには、まず名前を呼ぶ必要がある。

 たいていの魔術師(ウィザード)は、使いきりの魔道具(アーティファクト)にはそれほど凝った名前はつけない。

 だから舞奈が見当をつけた名に答えるように、ケルト十字が輝く。


「力を貸しな!」

 発動をうながす言葉とともに、念ずる。


 魔道具(アーティファクト)を発動させるために2番目に必要なのは、イメージだ。

 魔術師(ウィザード)が魔力を作る出すために、呪術師(ウォーロック)妖術師(ソーサラー)が魔力を操る呼び水とするために使う意思と願いの力は、魔法がこめられた魔道具(アーティファクト)の発動にも用いる。


 だから舞奈は脳裏に思い浮かべる。

 浅黒い丸顔が人懐っこく、いつもささみスティックを食べてる警備員。

 クレアといつも一緒のパートナー。

 そんな彼女が、暴走した魔法から解放されて元の通りに笑う様を。


 すると次の瞬間、ベティの身体を覆っていた魔法の気配が消える。

 同時にネックレスは砕け散って塵と化した。

 消去には成功したが、クレアが買っている魔道具(アーティファクト)は使いきりだ。

 勝手に使って申し訳ないとは思うが、他に方法がないのだから仕方がない。


 生徒たちの視覚が回復しないうちに、舞奈は明日香を抱えて走る。

 光と音のショックに呻く生徒たちの間を縫ってドアへ向かう。


 戻りかけた視界の端に、目をおさえてのたうち回る奈良坂が映った。

 ……彼女の眼鏡は、本当にただ視力を矯正するための普通の眼鏡らしい。


 舞奈は教室を飛び出し、近隣の教室の前を駆け抜けて階段まで走る。


 そして階段を走り降りて、人の気配がないことを確認して足を止めた。

 かかえた明日香をおろす。


「……ありがとう。借りができたわ」

「じゃ、ケーキでもおごってもらおうか。とびきりデカイ奴」

「はいはい、今度の休みの時にでもね」

 明日香は肩をすくめる。

 巨大なテロリストの上半身から、小学生の足がちょこんと飛び出た格好だ。

 舞奈も巨大なズボンの上から顔を出して、笑う。


 どちらも相当に酷い格好だ。

 だが、明日香とある意味おそろいの格好でこうしているのが楽しくて、笑った。


「クレアたち、大丈夫かしら」

 明日香が問う。


「ま、後はなんとかしてくれるだろう」

 舞奈は根拠もなく答える。


 教室を占拠していた保護者たちは逃げ帰った。

 暴走したベティも元に戻した。

 自分たちも逃げのびた。

 残された生徒と教室は、まあクレアがなんとかしてくれると信じるしかない。

 そう思った、その時、


「ニャ~~~」

 声に驚き見やると、みゃー子がやって来た。


「おめぇ、こんなところで何してやがる」

 舞奈は睨む。

 だがみゃー子は気にせず笑う。

 そして手にした携帯を掲げて、何かのアプリを操作する。途端、


 タタタッ! タタタタタタタタタタタッ!

 パァン! パァン!

 ズドォォォォン!!


「うおっ、何だ何だ?」

「ちょっと、何なのよ?」

 戦争映画の効果音らしき銃声と爆音が溢れかえる。

 スピーカーを改造でもしているのか、間近で聞くと鼓膜が破れそうだ。

 だがみゃー子は楽しそうにくるくる回り。


「わー。やーらーれーたー。ばたん」

 そう言って後ろ向きに倒れた。

 倒れっぷりがあまりにも見事で、頭を打ってないか心配になるほどだ。

 だがみゃー子の言動は、普段から打ち所が悪かったような妄言と無茶ばかりだ。


「こりゃ酷い。蜂の巣だ」

「グレネードも喰らってたわよ。木端微塵ね」

 2人はそろって肩をすくめる。

 そして舞奈はみゃー子を抱えて、明日香はたたんだスーツでくるんだ散弾銃(M870)を抱えて、高等部校舎の階段をのんびりと歩き出した。


 舞奈と、明日香と、みゃー子。

 3人という数だけはピクシオンと同じだが、別に嬉しいとかはなかった。


 それより、と舞奈はちらりと背後を見やる。


 自分たちが大暴れしてきた教室も、通ってきた廊下も、降りている階段も、本来は高等部の生徒のためのものだ。

 舞奈たちがテロリストではなく、生徒としてあの場所に立つのは数年後になる。

 その頃には舞奈の背も伸びて、教室の風景もバックルの隙間から見たのとは違った風に見えるのかもしれない。


 その光景を目指して、今いる仲間と暮らしていくのも悪くないと思った。


「……足を踏み外すわよ。これ以上のトラブルとか勘弁して」

 明日香が睨んだ。

 舞奈がみゃー子を背負って階段を降りながら後ろを見るのが嫌らしい。

 別に気に障ったわけでもないので「へいへい」と前を向く。


「忘れ物でもしたの?」

 明日香は証拠が残るのが心配で言ったのだろう。

 舞奈もとりたて何かを落とした自覚はない。

 だが、さっき考えていたことを素直に言うのがなんとなく嫌で、天井を見やる。


「……いやな。みゃー子の奴、何しに来たんだろうなーって」

「サイコロの出目に、理由なんてないわよ」

 明日香は即答し、肩をすくめる。

「そりゃそうだ」

 舞奈も笑う。

 そして一瞬だけ後ろを見やって……二度と振り向かなかった。


「……でも実際、日比野さんは何か目的があってここ来たのかしら?」

 明日香が首を傾げた。


 一方。


「遂にやりとげました。今は達成感しか感じないのです」

 三つ編み眼鏡におでこが可愛い委員長が、教卓の後ろで微笑んだ。


 担任から「1時間なんとか間を持たせてくれ」と無茶ぶりされた委員長。


 彼女は思慮の末、職員室に赴き、担任の机の上のプリントを発見した。

 算数のテストだったので、持って帰って配布した。

 真面目なクラスの皆は、自習の時間を使って問題を解いてくれた。


 いい気分だった。


 本来なら担任がするべき仕事をやり遂げて、ひとまわり大きくなった気がした。

 一日だけクラスの担任になった気がした。

 いつも自分の知らない世界を臭わせる舞奈や明日香に、追いつけた気がした。


 もちろん自分もテストに取り組み、終礼まで十数分を残した先ほど解き終えた。

 そして教卓に戻ってきた委員長は、クラスを見渡す。

 半分くらいの生徒はまだテストをやっていて、解き終わったり諦めたりした生徒がこっそりと私事をしている。


 担任に呼ばれた舞奈と明日香はもとより、みゃー子もいない。

 これについては委員長も諦めていた。みゃー子の言動を常人がどうにかできるとは思えないし、正直なところ彼女がいるよりいないほうが教室は静かだ。


 チャビーは園香に勉強を教わっている。

 園香よりテックの方が勉強(特に理数系)は得意なのだが、テックはわかりやすく説明することができない。


 そんなテックはテストなどとうに終わらせて、私物のタブレットを見ていた。

 別に咎める気もないが、テックが食い入るように見ているので気になった。

 なので見回りのふりをして、テックの手元を覗きこんだ。


 タブレットの画面には教室が写っていた。

 高等部の生徒らしき学生服が逃げ惑う中、警備員が怪人と戦っていた。

 CG? 自主映画? 画質からすると隠し撮り?

 委員長はわけがわからなかった。


 本物とも偽物ともわからぬまま見やるうち、警備員の跳び蹴りで怪人が倒れた。

 しかも怪人は胴から真っ二つだ。


「おおう!?」

 思わず声をあげ、睨まれて思わず誤魔化す。


 そして画面の中で両断された怪人の下半身から、ひょこりと頭が出た。

 その小さなツインテールの頭には、見覚えがある。


(志門さん!?)

 委員長の眼鏡が、担任のサングラスみたいにずり落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ