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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第17章 GAMING GIRL
353/579

討伐任務1

 新開発区での泥人間殲滅作戦の当日。

 作戦開始の時間が迫った正午過ぎ。

 だが舞奈は真神邸の2階に位置する園香の部屋で……


「……あたしの舌は、イソギンチャクより凄いぜ」

 言って唇をペロリとなめて微笑む。

 そして口をイソギンチャクみたいにウネウネウネっと動かしてみせる。


「もうっ、マイちゃんったら……」

 園香は細い声でささやき、頬を赤らめてうつむく。

 舞奈はベッドのへりに腰かけ、側の園香を見つめる。


 作戦を間近に控えた今の今。

 舞奈は園香の部屋にお邪魔していた。

 そういえば以前にフロントホックのブラのホックを舌で外せると豪語したっきり実際に見せていなかったことを思い出したからだ。


 チェック模様の椅子の背もたれには、シャツと下着が引っかかっている。

 リスのキャラクターがプリントされた可愛らしい代物だ。


 園香はベッドの上に座りこんだまま、丸みを帯びた白い肩をふるわせる。

 ふんわりボブカットの髪がゆれる。

 普段はハーフアップにしている髪も、今はおろされている。


「これから明日香ちゃんと会うんだよね? こんなことしてていいの?」

 園香は気遣わしげに問いかける。


「平気さ」

「ならいいんだけど……」

 舞奈は口元に笑みを浮かべたまま、答える。


 園香はうるんだ瞳で、舞奈は穏やかな瞳で互いに見つめ合う。

 園香は口元に誘うような笑みを浮かべ、舞奈もまた微笑みかける。

 そして園香がそっと目を閉じて……


「……舞奈君、来ているのかね?」

 ドアがガチャリと開けられ、頭頂が禿げあがった恰幅の良い紳士が顔を出した。

 言わずと知れた園香父だ。


「パパ!?」

 園香はあわててシーツをたぐりよせる。

 舞奈は「やっべ」とひとりごち、ベッドから飛びのく。

 何もしていませんとでも言いたげに両手を広げ、白々しく笑みを向ける。だが、


「何をしているのかね!?」

 2人の様子に気づいた父の怒髪が天を突く(ないけど)。


 まあ父の気持ちと立場も理解できる。

 彼が娘の友人に選びたいと思うような良識ある子女は、2階の窓から友人の部屋に入って、その……遊んだりはしない。というか、まともな神経ならしない。


 自分でも正直、最近は園香とのスキンシップに身が入りすぎていたなあと思う。

 親御さんにも目をつけられていた自覚もある。

 なので今日は2階の窓からの訪問だった。

 だが妙なところで察しの良い親父さんにはお見通しだったらしい。

 しかもそのせいで余計に怒らせてしまったようだ。


「ちょっと良いかね?」

 言いつつ父は手をのばす。

 口調こそ穏やかだが目は笑っていない。

 捕まえて説教のひとつでもしてやろうという算段だろう。


 だが舞奈は床を蹴って華麗に避ける。

 狙いを外した父はたたらを踏む。


 舞奈は口元に笑みを浮かべる。

 そのままサイドテーブルに手をのばしてスニーカーをつかむ。


「それじゃ行ってくるよ。あんまり待たせると怒るしな、あいつ」

「あっ!」

 父親が体勢を立て直す隙に、素早くベッドの脇に跳びこむ。

 シーツを羽織った園香のおでこにキスでもしようと口元をすぼめ――


「待ちなさい舞奈く――!?」

 園香父が動いた。


 本来ならば舞奈に身体を用いた攻撃は当たらない。

 剣も拳も当たらない。

 舞奈は周囲の空気を通して相手の筋肉の動きすら把握する鋭敏な感覚を持つ。

 加えて積んできた場数によって、数多の敵と、時には達人をも相手に戦い続けた経験によって、身体を使ったあらゆる攻撃を予測することができる。


 だが園香父は舞奈を害するためでなく、娘を守るために全力で己が身体を動かした。

 父には戦闘の経験などない。だからセオリーから外れた挙動をした。

 そのくせ娘に悪戯をする不埒な舞奈の動きのクセを知っていた。

 舞奈の動きの裏をかこうとした。

 何より父は娘を守ろうと必死だった。だから――


「――んんっ!?」

 結果、父は愛娘に迫ったイソギンチャクみたいな唇をブロックすることに成功した。

 自身の頭頂の、ちょうど髪のない部分で。

 父もいきなり頭皮にキスされるとは思ってもいなかったのだろう。

 流石に変な声が出た。

 だが舞奈はそれどころではない。


「……!? ……!! …………!!」

 声もなく口を押えて跳び退る。

 動揺のあまり距離を誤る。

 壁にぶつかった拍子に飾り棚から転がり落ちたリスと子猫のぬいぐるみが、ビクリと避けた舞奈のツインテールをかすめて絨毯を転がる。


 今しがた、舞奈は良い音をさせてキスをした。

 父の……園香父の禿げ上がった頭頂と!

 口腔いっぱいに加齢臭の味が広がる。

 頭の中が真っ白になりそうなショックを、戦場で鍛えた意志力でどうにか耐える。

 言うなれば非魔法の【精神波(マインド・ブラスト)】をくらったような状況だ。


 動揺を隠せぬまま、それでも開け放たれた2階の窓から身を翻す。

 赤いキュロットからのびるしなやかな脚で、音もなく表の路地へ着地する。

 もちろん宙を舞う数秒の間にスニーカーを履くのも忘れない。

 どんなに正気を失っていても、その程度の機動は造作ない。


 塀の上のシャム猫が、呆れたように「なぁ~~」と鳴く。


「あっ待ちなさい! 舞奈君!」

 父親の怒声がジャケットの背中に投げかけられる。

 舞奈は動揺を無理やりに抑えながら、うららかな午後の路地を駆け去った。


 そして数刻後。


 無限軌道(キャタピラ)が朽ちた路面を踏みしめ、廃墟の街を半装軌車(デマーグ)が駆けていた。

 明日香が召喚した式神だ。

 県の支部の執行人(エージェント)との待ち合わせ場所へ向かう道すがらである。


 新開発区の奥地(向かいの市寄り)に位置する怪異の出現ポイント。

 作戦開始地点でもあるそこで【グングニル】と待ち合わせる約束になっているのだ。

 先方は森の結界を抜けて。

 舞奈たちは普段通りに新開発区を駆け抜けて。

 巣黒(すぐろ)市側から歩くには少しばかり厳しい距離なので、移動用の式神の出番となった。

 そんな式神の荷台で明日香といっしょに揺られながら……


「あっそうだ、靴履かなきゃ……」

「履いてるわよ」

 舞奈は呆けていた。

 荷台の端に背を預けたまま足元を見やって「ほんとだ……」とひとりごちる。

 明日香は「しっかりしてよ」とジト目で見やる。


 舞奈は数刻前にやらかした頭頂ブロックのショックを引きずっているのだ。

 唇の先に加齢臭と頭皮の感触が残っている。


 正直なところ、今日はもう帰りたかった。

 1日中ふて寝して、今日あったことを記憶から消して、別の自分になりたかった。

 そして明日は何食わぬ顔で学校に行きたかった。


「仕事前に何してるのよ、まったく」

 やれやれと肩をすくめた拍子に、ケープの留め金代わりの骸骨が冷たく光る。

 ぐでっと座りこんだ舞奈を、行儀よく座った明日香が指ひとつ分ほど上から目線でぬめつけてくる構図である。


 まあ当然と言えば当然だ。

 仕事前のタイトな時間に園香と遊んでいたのも、親父さんに見つかって逃げる間際に余計なことをしたのも、すべて舞奈の自業自得だ。

 それを理由に大事な共同任務の前に凹まれても彼女も困るだろう。

 だからという訳でもないのだろうが……


「……だいたい時間厳守って言われてたでしょ? 県の執行人(エージェント)と共同作戦なのよ」

「いや、間に合う時間には来ただろう?」

「遅刻ギリギリに到着するのは、時間厳守って言わないのよ」

「ちぇっ」

 メガネは文句を言い続ける。

 舞奈は凹んでぶーたれながら聞き流す。


 そんな2人を乗せて、無口な影法師が駆る半装軌車(デマーグ)は廃墟の路地を走り抜ける。


 そして、とある廃ビルの側で停まった。

 待ち合わせの場所だ。

 近くで数人の男女がたむろしているのですぐにわかった。


 舞奈と明日香は荷台から跳び降りる。

 途端、式神は消える。

 そんな様子を見やって先方は少し驚いたようだ。

 式神を見るのは初めてなのだろう。


「おせぇぞ! ……まあ、いい。てめぇらが例の仕事人(トラブルシューター)か」

 声をかけてきたのはワイルド……というより粗野な雰囲気の青年だ。

 年頃は大学生ほどか。仕草と顔立ちが、野生の猿を連想させる。

 なにより――


(――よろしくな、脂虫ヤロウ)

 喉元まで出かけた一言を、明日香に睨まれて飲みこむ。

 それでも青年が手にしたタバコの煙を見やって口元をへの字に歪める。

 かくいう明日香も少しばかり虚を突かれた様子だ。


 現在、巣黒支部にタバコを吸う執行人(エージェント)はいない。

 数年前にはいたらしいが、少なくとも今はいない。

 きっかけは1年前の忌まわしい事件だ。

 執行部に在籍していた喫煙者が、今まさに討伐しようとしていた敵怪異に操られて同僚を罠にかけた。その結果、執行人(エージェント)5人が殉職。あまつさえ敵に異能力を奪われた。

 その背任により、奴らがどういう存在かが支部全体に知られるようになった。

 脂虫――悪臭と犯罪をまき散らす人型の害畜どもが、人に仇成す怪異だと。


 だが県の支部では事情は違うらしい。

 情報が伝わっていない訳ではないはずだ。

 だが単に身内に脂虫がいるリスクを、早急な改革を実施するコストと見合うほど高く見積もっていないのだろう。言うなれば以前の巣黒支部と同じだ。


 なるほど今回の任務に小夜子が不適任とされた、もうひとつの理由はこれだ。

 小夜子の幼馴染を殺したのは件の脂虫だ。

 なので以来、小夜子は脂虫の殺害を無上の喜びとしている。

 この場に小夜子がいたら、考える前に彼らに襲いかかっていただろう。

 なので何食わぬ表情で挨拶を返す舞奈に、


「よろしく、お嬢ちゃん」

「よろしく頼む」

 メガネの優男と、筋骨隆々とした大男が続く。

 こちらも揃ってくわえタバコだ。


 まあ何にせよ、他支部の執行人(エージェント)に作戦前に襲いかかる訳には流石にいかない。

 なので今日のところは焦げた糞のような悪臭を嗅ぎながら彼らと共闘だ。

 唇に厳しく、鼻に厳しく。

 まったく今日はしょっぱなからロクでもない日だ。


「どうも、はじめまして」

「よろしく、小さなお嬢ちゃんたち」

 華奢な少年が続き、ロン毛を鮮やかな紫色に染めた軟派男が続く。

 こちら2人は幸いにも普通の人間のようだ。そして、


「あ、あの、はじめまして……」

 最後におどおどと声をかけたのは、高等部の制服を着こんだ少女だった。


 うつむき加減なのは気弱だからか。

 だが子供な舞奈から見上げると、真正面から見つめ合う体勢になる。

 不安げに下げられた目じりが保護欲をそそる、なんとも可愛らしい少女である。

 彼女のウェーブがかかった長い髪は、醒めるような金髪だ。

 さらにセーラー服の胸はダイナミックに膨らんでいる。


「ヒューッ!!」

「……また始まった」

 舞奈の表情が一転する。

 明日香はやれやれと嘆息する。


 舞奈は可愛い女の子が大好きだ。

 どんなに凹んで働く意欲を無くしていても、美女を見やればシャッキリポン。

 だから昼間の頭頂ショックも、周囲に漂うヤニの悪臭もなかったように、


「お姉さん、名前を教えてもらってもいいかい? あたしは舞奈だ。志門舞奈」

「あ、あの……、レインです」

 がつがつとせがむ。

 そんな舞奈に少し狼狽えながら彼女は答える。怯む姿も別嬪だ。


 続けて男たちも何やら名乗る。

 だがそっちは適当にあしらって、舞奈はレインと名乗った少女に笑みを向け、


「あんたにピッタリの可愛い名前だ。どこの国の人? あんたの国には、あんたみたいなカワイコちゃんが他所にあふれるほどいるのかい?」

「え……? あ、その……」

「……イタリアじゃないことだけは確かよ。彼女の国も、ここもね」

 明日香はやれやれと肩をすくめ、舞奈の襟首をつかんで後へ追いやる。


 レインは会うなり口説いてきた『女の子』を困惑顔で見やっている。


「やってくれるねぇ、お嬢ちゃん」

 ロン毛が囃したてる。

 他の男たちも一様に顔を見合わせる。


 野猿だけは不快げに舞奈を睨みつける。

 彼はパーティの紅一点が他人と仲良くするのが気にいらないらしい。

 独占欲と排他性。素直に脂虫らしいものの考え方ではあると思う。

 なので舞奈は猿の不穏な視線もどこ吹く風。

 明日香も肩をすくめながら、


「敵の構成はわかりますか?」

 仕事の話を始める。


「確認済みです。泥人間が2ダース。向こうの広間にいるので全部です」

「おっどれどれ」

 レインの言葉を確かめるように、舞奈は崩れたコンクリート壁に忍び寄る。

 ゴミを漁っていた野良猫を丁重に追い払いつつ、壁の端から様子をうかがい、


「うへっ、泥人間ってやつは、いつ見ても吐き気がするな」

 口元を歪める。


 公園跡とおぼしき廃墟の広間に、人型の何かが群をなしていた。

 腐った肉にただれた皮膚を張りつかせ、錆びた刀や鉄パイプを手にしている。

 泥人間。

 新開発区のどこにでもいる最低ランクの怪異だ。


「やつらの異能力は……【火霊武器(ファイヤーサムライ)】【氷霊武器(アイスサムライ)】【雷霊武器(サンダーサムライ)】」

「それに【魔力破壊(マナイーター)】と【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】がいるわね」

「雑魚ばっかりだな」

「そりゃあ泥人間だもの」

 人型の怪異を見やりながら明日香と軽口を交わす。

 化物たちが手にした凶器のいくつかは炎を、紫電を、青白い冷気をまとっている。

 加えて明日香は魔法感知を利用して非常動型の異能力も見抜いたらしい。便利だ。


 先日にチーム【ロンギヌス】が全滅したのは、単に数が多かったからだろう。

 だが舞奈や明日香にとって、雑魚は2ダースいても雑魚だ。

 舞奈は口元に笑みを浮かべるが、


「あと、異能力の特定ができないのが1匹」

「ちゃんと確かめたのか? おまえらしくもない」

 几帳面で完璧主義な明日香の言葉に、ひとりごちるように愚痴る。途端、


「なんだガキ。怖気づいたのか?」

 言って野猿はあざ笑う。

 どうやら舞奈を敵認定したらしく、一言一句にケチをつけてくる気のようだ。


 事前に聞いていたのと少し話が違うなと苦笑する。

 先方は【ロンギヌス】を屠った泥人間どもを憎み、仇討ちに来たのだと思っていた。

 だが、それにしては彼らの(というか彼の?)言動は無軌道すぎやしないか。

 いちおう相手から見ても、舞奈は協力者のはずなのだが。


 けどまあ、血の気の多い執行人(エージェント)なのだからそんなものかとも思う。

 今は亡き【雷徒人愚】の連中も、思い起こせばこんな感じだった。

 それにまあ、今回は舞奈の落ち度もない訳ではない。


「泥人間ごとき、何匹いようが何してこようが、俺様の敵じゃねぇんだよ!」

「……【火霊武器(ファイヤーサムライ)】か」

 野猿は吠えつつ手にした木刀ををかざす。

 不敵な笑みとともに、木刀が紅蓮の炎に包まれる。


「それに、そういった怪異たちを闇へと帰すのが、能力ちからを持った私たち執行人(エージェント)の務め」

 優男の言葉と共に、組み立て式の槍が霜の混ざった冷気をまとう。

 こちらは【氷霊武器(アイスサムライ)】だ。


 次いで少年が取り出したナイフは稲妻をまとう。

 彼は【雷霊武器(サンダーサムライ)】の短剣家らしい。


 緑色のプロテクターで身を固めた大男が、手にした電動ミキサーを回転させる。

 身に着けた防具を強化することによって動く砦と化す【装甲硬化(ナイトガード)】の証だ。


 ロン毛は背から光の翼を生やす。

 念動力の翼によって空中移動を実現せしめる【鷲翼気功(ビーストウィング)】。

 割と希少な異能力だったはずだ。

 巣黒支部には以前に協力してくれたポークしかいない。


「へぇ、こいつは結構な異能力だ」

 いやそれ、おまえが何匹いようが敵じゃねぇと評した敵と同じ手札だぞ。

 舞奈は口元を笑みの形に歪める。

 露骨に失笑しなかったのを褒めてもらいたいと舞奈は思う。


 それでも彼らは自分たちの異能力に絶大な自負を抱いている。

 彼らの異能力は市井の人々が知ることも、思いつくことすらない神秘の力だから。

 それが彼らと常人を分かつ唯一の違いだから。

 選ばれた勇者として、彼らは神秘の力をふるって裏の世界の敵と戦っているから。


 ……それ以上の神秘があると、思いつきもしないから。


 そんな彼らの側で、【グングニル】の紅一点ことレインががおずおずと取り出したのは小ぶりな小型拳銃(グロック26)った。


「こいつは女だから、戦闘の役に立つ異能力を使えないんだ」

「そうなんです。あの、すいません……」

 レインはしょんぼりと肩を落す。

 側で嘲笑う野猿を舞奈は睨む。


 異能力は若い男の身に宿る。

 対して大能力は年のいった大人や、あるいは男ですらない少女の身にも宿る。


 大能力は異能力より強力な、言うなれば大魔法(インヴォケーション)に相当する高位の異能だ。

 だが大異能力者は異能力者に比べて極端に少ない。

 だから過小評価され易い。

 ニュットからはそう聞いていた。


 加えて大異能力者の大半はAランク以上。

 自衛の手段として銃器を支給される。

 そのため一部の異能力者からは肩書だけ立派な弱者として蔑まれるらしい。


 大能力は先方の頼みの綱だと勝手に舞奈は思っていが、実情は違ったようだ。

 信じられない話だが、あり得ないとは思わない。

 自分たちが常人にはない特別な力を得たと思いこんでいる集団の中で、それ以上の力が存在すると考えられる人間は稀だ。

 数年前までは巣黒も似たようなものだったらしいし、【雷徒人愚】もそうだった。


 レインの大能力の詳細を知らされなかったのも、おそらく同じ理由からだ。

 機密扱いとかではなく、単に些事だと思われているのだ。

 そんな『戦闘に不向きな大能力』は彼女のコンプレックスなのだろう。だから、


「グロック26か。いい銃じゃないか」

 舞奈はレインを見やって穏やかに微笑む。


「9パラじゃあ一撃必殺ってわけにはいかんだろうが、軽くて小さくて取りまわしやすい。カワイコちゃんにぴったりの得物だ」

 言いつつ右手をひと振りする。

 すると舞奈の手の中に精悍なフォルムの拳銃(ジェリコ941)があらわれる。


 ジャケットの内側から抜いただけだ。

 だが、その手練の鮮やかさにレインは驚く。


「ひょっとして、ジェリコ941ですか? えっと口径は……」

「45口径だ。まあ、こいつで飯食ってるからな」

 一見すると女子小学生には強力すぎる大口径の宣言に、レインは驚く。

 舞奈は相好をくずしてだらしなく笑う。

 その目前に、


「異能力もない無異能力者が。銃の話題で盛り上がろうとしてんじゃねぇぞ!」

 猿が怒りもあらわに立ちふさがった。

 どうやら彼は自身の異能力以外のものがもてはやされるのも気にいらないらしい。

 挑発に答えるように、舞奈の瞳に剣呑な光が宿る。


「俺たちは、この剣に宿らせた異能力で怪異どもを焼き尽くす」

 野猿は吠える。

 舞奈は不敵な笑みで言で先をうながす。その鼻先に、


「それが【グングニル】のやりかただ!!」

 猿は炎の剣を突きつける。

 それでも舞奈は笑みを崩さない。その理由がない。

 目前の剣先より、剣を持つ手がプルプルしているのが危なっかしいとすら思える。


 何故なら舞奈には剣も拳も当たらない。

 舞奈は周囲の空気を通して相手の筋肉の動きすら把握する鋭敏な感覚を持ち、人外レベルの反射神経によって如何なる近接攻撃をも回避するからだ。


「テメェみたいな生意気なクソガキが、俺たちのやり方に口出しすんじゃねぇよ!」

「あ、あの、待って……」

「ちょっ……やめなよ!」

「落ち着け、相手は子供だ」

 レインは怯える。

 青年たちも猿を制する。

 だが舞奈は口元に笑みを浮かべたまま、


「どっちが速いか試してみるかい? 何なら、この体勢からで構わないよ」

「そ、そんな、舞奈さんまで……」

 うろたえるレインの言葉を、澄んだ異音が遮った。


 見やると明日香がかざした掌の先に、霜をまとわりつかせた氷の柱が起立していた。

 明日香がさらに真言を唱え、魔術語(ガルドル)で締めると氷柱は溶け、代わりに炎が灯る。

 次なる施術で雷光となって、はじけて消える。

 即ち【冷波(カルト・ヴェレ)】【熱波(ヒッツェ・ヴェレ)】【雷波(エナギー・ヴェレ)】。

 冷気や熱を照射する魔術を空気に対して行使すると、小さな霜や火になる。


「な……!?」

「2つの……いや3つの異能力……!?」

「わたしたちは完全分業制なんです。彼女が物理的手段による直接戦闘を、わたしは魔……異能力の分析と行使を担当しています」

 明日香は言ってニッコリ笑う。

 柄にもなく魔法や魔術のことを説明するのも面倒だと思ったか。

 まあ気持ちはわからなくもない。


 対して野猿も、優男も大男も、少年とロン毛までもが息を飲む。

 青年たちの異能力をひとまとめにしたかのような明日香の手品に驚いているのだ。


 それはそうだろう。

 ひとりの異能力者が持つ異能力は1種類だけ。

 そもそも『戦闘に不向きでない』異能力は男にしか使えない。

 それが彼らの中の常識だ。


 その例外中の例外にしか見えない明日香の魔術に、執行人(エージェント)たちは戸惑う。

 まあ先方も魔術や魔法について県の支部の調整役から説明くらいされて来たはずだ。

 それでも話半分に説明を聞くのと実物を見るのとでは事情は違う。


「とりあえず、仕事を終わらせてしまう方向で構いませんか?」

 諍いを収めた当の明日香は満足げに微笑む。


「相手は泥人間ですが、数が多く、先日の戦闘で執行人(エージェント)の別チーム【ロンギヌス】を壊滅させています。くれぐれも気をつけてください」

「俺たちは、そんなヘマしねぇよ!」

「では、作戦は打ち合わせどおりに一斉攻撃ってことでいいですね?」

「……ああ、かまわねぇ」

 野猿は舌打ちを残し、廃ビルの陰へと消える。

 他の面々も、各々の配置に着く。


 舞奈と明日香も、崩れかけたコンクリート塀に身を潜める。

 そして倒壊した廃屋の陰から敵の様子をうかがう。


 仕事人(トラブルシューター)執行人(エージェント)の合同部隊が泥人間の群れを殲滅するための作戦。

 それは2チーム合同戦力による強襲という単純なものだ。

 異能力を持つだけで強くも賢くもない最下層の怪異相手など、それで十分だからだ。


 まあ正直なところ、泥人間は雑魚だ。

 本来なら野猿の言葉通り異能力の把握すら必要ない。

 その自負は、少なくとも舞奈や明日香にとっては事実だ。

 だが彼らにとってもそれは敵の過小評価ではない真実なのだろうか?


 いっそ彼らの命運を他人事だと割り切ってしまえれば楽だと思う。

 最悪の場合でも、今回の仕事は舞奈と明日香だけで完遂できるのだから。

 口元をへの字に曲げる舞奈の側で、


「……余計なトラブルをおこさないの。ああいった手合いは初めてじゃないでしょ?」

「まあな」

 明日香がささやく。

 舞奈は生返事を返す。


 言われて脳裏に浮かぶのも、やはり【雷徒人愚】の面々の顔だ。

 散々に舞奈を敵視した挙句にAランクに昇進し、かと思えば悟とアイオスとの戦闘であっさり逝った彼らの、もう聞くこともない憎まれ口を頭の端に追いやり、


「けど、あいつが何をカリカリしてるのか、あたしにはさっぱりわからないんだ」

 口元に軽薄な笑みを浮かべつつ、近くに積みあがった瓦礫の山を見やる。


 瓦礫の陰にはレインがしゃがみこんでいた。

 両手で構えた小型拳銃(グロック26)をにぎりしめて攻撃の合図を待つ。

 そんな金髪の彼女の横顔に浮かぶのは、緊張、そして恐れ。


 不意にレインと目が合った。


 舞奈は45口径(ジェリコ941)を片手に余裕のウインクを返す。

 こわばった少女の表情が少しだけゆるむ。

 舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。


「それが原因よ」

 側の明日香が肩をすくめる。

 そして攻撃の合図を兼ねた先制攻撃のために真言を唱え始めた。


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