つぼみになりたい
ディフェンダーズ、【機関】合同のヴィラン拠点攻略作戦は成功裏に終わった。
4人のヴィランのうち2人を拿捕。1人は撃破、1人は逃亡。
さらわれた少女も無事に奪還できたことを考慮すれば、これ以上は望めない戦果だ。
もちろん、時を同じくして開催された双葉あずさのコンサートも大盛況。
盆と正月が一緒に来たような、良いこと尽くしの日曜だった。
そして翌日。月曜日。
舞奈がいつも通りに新開発区を踏破し、検問の衛兵に挨拶し、学校の校門で警備員のベティやクレアと漫才してから初等部校舎の一角にある教室を訪れると――
「――そして待ち構えていたわたくしたちの前に、またしてもヴィランが!」
「その話は先週も聞いたよ」
「おまえは飯を何度も食おうとする婆ちゃんかよ」
例によって麗華のワンマンショーが開催されていた。
半強制的に聞き手に選ばれた男子たちは、承認欲求大爆発の麗華をジト目で見やる。
両サイドのデニスとジャネットは顔を見合わせて苦笑する。
予想通りの展開である。
まあヴィランたちが麗華を狙っていたのも、そのため先週は麗華に護衛がついていたのも、日曜にリンカー姉弟が麗華の誘拐を試みたのも事実だ。
デニスやジャネットも勇敢に立ち向かったと聞いている。
姉弟が一般人の少女を誘拐したのも、まあ事実だ。
だが異能力と魔法が飛び交う裏の世界の関係者たちは、トラブルが表社会に影響しないよう最大限の努力をしている。
なので麗華の告発は彼女自身の人望のなさに裏付けされて、
「なにおう! 昨日も新しく襲われたんですの! 今度の敵はリンカー姉弟ですわ!」
「お、おう……」
「西園寺おまえ、土日じゅうずっとそんな妄想してたのか……」
「妄想じゃありませんわ!」
「クラリスちゃんって可愛いよな。うちの親父がスッゲェ好きでさ」
「オレん家も大学生の兄貴がさー」
「リンカー姉弟の話はどうでもいいですわ! わたくしの話をお聞きなさい!」
妄言として片付けられていた。
そんな様子を見やって舞奈は苦笑する。
まあ舞奈も事情を知らずに話だけ聞けば、男子と同じ反応をすると思う。
それに今回、舞奈は麗華の護衛はしていないので、変にフォローするのも不自然だ。
なので喚く麗華とドン引く男子を視界の隅に追いやり……
「……さっきから何やってるんだ? おまえは」
まあ聞いても無駄なのはわかってるが。
隣にぼとりと落ちてきたみゃー子を見やる。
先ほどから虫みたいに壁をカサカサよじ登り、しばらく天井を這い回ってからぼてっと落ちてくる遊び(?)に興じているのだ。
彼女がそんなことをしている理由はわからない。
そもそもみゃー子の思惑を正確に理解できる人間なんて誰もいない。
会話が通じないのはもちろんだし、エミール(エミル)・リンカー曰く超能力で心を読むことすらできなかったらしい。本当にロクな奴じゃない。
ひょっとして先日にヴィランのアジトに錆食い虫でもいたのだろうか?
あの厄介な虫は新開発区のどこにでもいる。
さらわれて連れてこられた廃ビルで珍しい虫を見つけ、気にいって真似をしていると仮定すれば色々と辻褄は合う。そう考えて……
「……やめろよ埃が立つだろ」
みゃー子なんかの思惑に察しがついてしまった事実に気づいて口をへの字に曲げる。
まあ、それでも彼女は先日のリンカー姉弟(姉妹)による襲撃の際、何処からともなく唐突にあらわれ、麗華の代わりにさらわれて行った……らしい。
らしい、というのは舞奈がその場に居合わせた訳じゃないからだ。
実際にヴィラン拠点にいて何かしていたみゃー子、麗華の護衛をしていた面子と当のリンカー姉妹の話を総括したうえでの判断に過ぎない。
なので正直なところ、彼女に感謝するのが妥当かどうかの判断もつかない。
なにせ彼女がそんなことをした理由の見当すらつかないのだ。
麗華に謎の友情でも感じていたのかもしれないし、実は秘められた思惑があるのかもしれない。ウケを狙ったか、あるいは何も考えていないのかもしれない。
だが確かなのは、それを確かめる手段などないということだ。だから――
「おっ! おっ! おっ!」
「――どうした? いきなり」
「っお! っお! っお!」
「……そりゃよかった」
いや何もわからんが。
目があったせいかいきなり2メートルくらい跳ねあがって仰向けになり、奇声をあげて反応を求めてきたみゃー子から無言で目を逸らす。
相手するのが面倒だという理由もある。
加えて先日にエミル・リンカーがこぼしていた「虫かエイリアンみたいな奴」という言い回しがあまりに的を得ていて少しツボにはまった。
なので、そんな内心を誤魔化すように窓際を見やると、
「~~♪」
「その調子なのです。桜さんは筋が良いのです」
「やったー本当なの?」
桜がバケツをかぶって歌っていた。
委員長の指示のもと、歌の練習をしているのだ。
開け放たれて窓に向かい、バケツをかぶったまま指示される通りに声を出す。
その様子は一見すると珍妙にも見える。
だが教室の真ん中で妄言を吐いてる麗華や、床を這いまわっておっお言ってるみゃー子よりは遥かにマシだと舞奈は思う。
そういえば以前に明日香も同じレッスンを受けていた。
そのときは放課後に音楽室でやっていた気がする。
だが貧乏子だくさんの家の桜は、放課後は地味に家の手伝いをしていることが多い。
加えて音楽室でのレッスンはお化けの噂の元になってしまった。
天丼も3度目だと少し飽きる。
そういったことを考慮できるのが委員長の人となりだ。
なので舞奈も口元に笑みを浮かべ……
「……そりゃまあ明日香よりはな」
「あっ志門さん、おはようなのです」
「マイちゃんなのー」
挨拶すると委員長が答え、桜がかぶっていたバケツをとる。
委員長は先日の場繋ぎライブを成功させたせいか、桜は朝から自己鍛錬に励んでいたせいか、2人とも笑顔が輝いている。
「中等部に入ったら、桜さんとバンドをするのです」
「それで急にレッスンなんか始めたのか」
「そうだ! マイちゃんたちもやるなのー」
レッスンをひと休みした2人とそんな話をしていると、
「おっ委員長たちバンドすんのか?」
がやがやと男子たちがやってきた。
麗華の作り話より面白そうだと思ったらしい。
「ああっ待ちなさい貴方たち……」
「麗華様ドンマイなンすよ」」
男子たちの背中を見やって悔しがる麗華を尻目に、
「志門さんは力が強いのでドラムが良いと思うのです」
「ドラムかあ……」
委員長は真面目に考えて提案する。
対して舞奈がドラムと聞いて思い出すのはスミスだ。
中学生の自分がハゲマッチョのスミスを真似てドラムを叩く絵面が脳裏に浮かぶ。
まあ、それも悪くはないと口元に笑みを浮かべ――
「――いや待て」
ふと我に返る。
「明日香の奴はどうするよ?」
「安倍がバンドを!?」
「こ、怖いこと言うなよ志門……」
脳裏に浮かんだ疑問を口に出してみたら、何人かの男子が割と本気で青ざめさせ、
「……パトロンとか?」
「……用心棒とか?」
他の男子どもが勝手なことを言い始める。
そんな様子を見ながら舞奈や委員長たちが苦笑していると、
「おはよう」
「おはよー」
「みんなおはよう、マイちゃんもおはよう」
明日香が登校してきた。
チャビーと園香が続く。
表か廊下でバッタリ会って、一緒に来たといったところか。
「あら、何の話?」
「うわっ安倍だ!?」
「逃げろー!」
「ええっ!?」
明日香が声をかけた途端、男子たちは割と必死の形相で走り去った。
そんな背中を明日香は呆然と見やる。
向ける視線が麗華やみゃー子に対するそれと同じだ。まあ無理もないが。
「みんな明日香ちゃんが歌うと思ってるのー」
「何故……?」
桜の答えに明日香は困惑する。
そんな愉快な一幕の側で、舞奈は側で苦笑していた園香にそっと寄り添う。
「その、なんだ……昨日はスマン」
「ううん、いいの。マイちゃんもお仕事お疲れさま」
少しバツが悪い表情で詫びる。
それでも園香は優しげに微笑む。
「あずさちゃんのステージ、すごく可愛かったよ。委員長の歌もすごかった。お客さんもすごく盛りあがってたし、桜ちゃんやテックちゃんも喜んでた」
「そっか。そいつは何よりだ」
語られるステージの感想に、釣られるように口元に笑みを浮かべる。
先日の双葉あずさのコンサートを、ドタキャンしたのは舞奈も同じだ。
けれど園香は紅葉の眼鏡の友人とは違い、キレ散らかしたりはしなかった。
普段と変わらぬ優しげな笑顔で、舞奈の全てを許してくれた。
魔法や怪異とは無縁な園香に、舞奈や皆が日曜に何をしていたかを知る術はない。
けれど隣人の心の機微を敏感に察せられる彼女だから、舞奈たちがしていたことが何かを守るための替えの効かない仕事であると気づいてくれる。
だから、という訳ではないが、
「代わりと言っちゃあ何だが、今度の日曜日、空いてるか?」
少し気恥ずかしい表情で、それでも優しく問いかける。
対して園香は少し驚いた後に、笑顔でうなずいてくれた。
そうこうしているうちにチャイムが鳴った。
担任がやってきて、ホームルームが始まった。
斯様にして、舞奈も明日香も久しぶりに普段通りの学生生活を送った。
もちろん【機関】支部は事件の後始末で少しバタバタしてはいた。
だが舞奈は舞奈の仕事を完遂したのだから、そちらは任せても良いと思った。
なので、それ以上は珍しく目立った騒動もなく、日曜日。
舞奈はこれまた珍しく毒犬の1匹にも出会わず早朝の旧市街地を訪れた。
そして商店街の一角にある喫茶店の側で、電信柱にもたれかかる。
ここが園香たちとの待ち合わせ場所だ。
ふと青空に雲が流れる様子を見やり、早朝の街の空気を楽しむ。
時間が早いせいか、通りには数えるほどしか人はいない。
なので舞奈ものんびりと、シャッターがまばらに開きかけた数々の店を見やりつつ、
「お、こんなとこにもあるのか」
ふと壁に貼られたポスターが目に留まる。
少しよれたポスターの題材は、以前に公開されたディフェンダーズの映画だ。
映画に登場するらしいヒーローとヴィランがファイティングポーズをとって向かい合うように描かれ、エキサイティングなバトルへの期待を掻き立てる。
ミスター・イアソン、シャドウ・ザ・シャーク、ドクタープリヤ。
対するクイーン・ネメシス、クラフター、レディ・アレクサンドラ、リンカー姉弟。
何人かの知った顔を見やって口元に笑みを浮かべる。
ポスターの中でポーズを決めるヒーローたち、ヴィランたちの姿を何となく眺めながら、実際に彼らと共闘した先日の事件の顛末に想いを巡らせる。
舞奈たちがヴィラン拠点から帰還した後、ミスター・イアソンも無事に発見された。
ニュットが探しに行ってくれたらしい。
マッチョなヒーローは怪我と疲労で動ける状態じゃなかったが、命に別状はなし。
ビルをぶち抜いて吹っ飛ばされたにしては上出来だ。
一方、舞奈と明日香が倒したクイーン・ネメシスが発見されることはなかった。
奴には明日香が事もあろうに核攻撃をぶちかました。
それでも手加減はしていたので、逃げられたこと自体は不思議じゃない。
魔法の核攻撃は、術が消えれば放射された放射線も消える綺麗な核だ。
だが、その後も彼女の音沙汰はない。
県の施設に送られたリンカー姉弟を奪還しようとした形跡もない。
普通ならば、そのまま尻尾を巻いて逃げたと考えるべきだろう。
なにせ舞奈たち【機関】とディフェンダーズの合同部隊はヴィランたちをひとり残らず打ち倒し、頼みの綱の魔道具を破壊し、拠点を陥落させた。
ヴィランたちが新開発区でしようとしていた企みは完膚なきまでに打ち砕かれた。
だから奴は利用していた子供たちを捨てて自分だけ逃げた、と。
だが舞奈は別の思惑を予想していた。
クイーン・ネメシス――ミリアム氏と銃火を交わした舞奈にはわかる。
あの屈強な女ヴィランは本気でリンカー姉弟(姉妹)の身を案じていた。
子供たちの安全を確保するために敵である明日香と取引までした。
だから彼女自身も、子供たちからMumと呼ばれて親しまれていた。
そんな彼女は舞奈を仲間に引き入れ、『奴』とやらと相対しようとしていた。
だが舞奈は彼女の誘いには乗らなかった。
一方で紅葉から聞いた話では、クラフターは『もう間に合わない』と言っていた。
麗華の身柄を狙った今回の企てが、奴らの最後のチャンスだったらしい。
ヴィランたちが舞奈や麗華を使って何をしようとしていたかは不明。
だが奴らはどちらも手に入れることはできなかった。
だから自分たちだけで『奴』とやらに挑もうとしているのではないだろうか?
かつてピクシオンが、3人でエンペラーに挑んだように。
勝ち目のない戦いで2人の子供が傷つかぬよう『託した』のではないだろうか?
この界隈の術者を束ねる【クロノス賢人組合】、通称【組合】は魔法と術者を守るための組織だ。超能力者であるリンカー姉妹も保護対象に含まれる。
だが所詮、それらは根拠のない推論に過ぎない。
何故なら舞奈たちには情報が少なすぎる。
だから――
「――おお、志門舞奈ではないか」
「おっ鷹乃ちゃんちーっす!」
ちっちゃな鷹乃がおててを振り振りながらやってきた。
舞奈も何食わぬ表情で手を振る。
「流石に言い出しっぺが来とらんかったらどうしようかと思っておったわ」
「いや待ち合わせの時間よりだいぶ早いはずなんだが。だいたい、あんたはあたしをなんだと思ってるんだ?」
軽口を叩き合う。
出会った当初より彼女との距離も縮まった……というか遠慮がなくなってきた。
まあ、下手な考え休むに似たり。
ならば今は友人たちと束の間の平穏を楽しむべきだろう。
「梓さんや美穂さんはどうだい?」
「先ほど携帯に出発するとメールがあった。あと鷹乃ちゃんと呼ぶな」
「そりゃあよかった」
口をへの字に曲げる鷹乃を見やって口元に笑みを浮かべる。
先週の日曜日に園香たちと行けなかったコンサート。
舞奈はそれに、鷹乃たち3人とのショッピングで埋め合わせようと考えていた。
双葉あずさのコンサートの埋め合わせが、あずさの中の人との買い物というところで我ながら上手く考えられたと舞奈は思う。
当事者のひとりである鷹乃も快く橋渡し役を引き受けてくれた。
鷹乃としても、当日のコンサートに行けなかった埋め合わせを何処かでしたいと考えていたようだ。
「ちなみに安倍明日香は、友達を迎えに行くと飛んでいきおったぞ」
「……明日香の奴、意地でもチャビーん家に子猫を見に行くつもりだな」
やれやれと苦笑する。
最近は少し大きくなってきたネコポチを過度に意識した明日香の挙動も相変わらず。
まあ、用意周到で思慮深い明日香のことだ。
クイーン・ネメシスのことも、リンカー姉妹のことも、たぶん舞奈が思う程度のことは熟考済みだと考えるべきだろう。
だから必要な仕事があれば言ってくるはずだ。
あるいは彼女が匙を投げるような難問なら、それこそ舞奈が考えても無駄だ。
そう考えると少しは気分が楽になる。
頼れるパートナーがいることによるメリットのひとつだ。
だから明日香が子猫と遊ぶ以上に火急の仕事がないというなら信じようと思う。
そもそも舞奈にとって、トラブルがない日曜日は久しぶりなのだ。
そんな益体もないことを考えて笑う舞奈が見やった先から、
「鷹乃ちゃん! 舞奈ちゃんもおはよー」
「2人とも早いなー」
のびやかな四肢を活用して快活に手を振りながら、鷹乃の友人たちが駆けてきた。
加えて梓はおさげ髪を揺らしながら。
美穂はツインテールをなびかせながら。
鷹乃の友人たちは、鷹乃とは真逆に6年生の基準からしても発育が良い、
ナイスバディな2人の胸も、長い手足や豊かな髪に負けないくらいに躍動する。
うん! 良い眺めだ!
「梓さんも美穂さんも、おはようさんっす」
「そなたらも早いではないか。……というか志門舞奈よ、少しは視線を加減せい」
舞奈はにこやかに挨拶を返す。
ちっちゃな鷹乃も挨拶しつつ舞奈に白い視線を向ける。
園香への埋め合わせとは言いつつ、舞奈自身も梓たちと話したかったのは事実だ。
拠点でのクラリス・リンカーとの戦闘中、何処からともなく歌が聞こえてきた。
それを鷹乃の式神が最後の力を振り絞って放送してくれたのだと知ったのは後日だ。
それでも、あの時、あずさの歌に舞奈は勇気づけられていたのだと思う。
たぶん明日香も。
敵だったはずのリンカー姉妹すらも。
だから舞奈たちは、読心と瞬間移動を得手とするサイキック暗殺者に勝利できた。
そして絆を結ぶことができた……と思う。
そんなことを考えつつ梓の胸に跳びこもうとして鷹乃に襟首をつかまれていると……
「……ちょっと朝っぱらから何やってるのよ」
「マイちゃんおはよう。皆さんもおはようございます」
「みんなおはよー」
白い視線を投げかけながら、通りの角から明日香が出てきた。
側にはにこやかに、元気に笑う園香とチャビー。そして……
「いや言いたいことはわかるが、おまえもやってみろよ。楽しいぞ?」
「……遠慮しておくわ」
すっきりボブカットの髪を揺らせたテック。
普段は休日は家でゲームしている彼女だが、先週に舞奈たちの代理でコンサートに行った流れで今日も一緒に遊ぶことになった。
彼女も皆と一緒に一旦、チャビーの家に集まっていたらしい。
普段と同じ無表情ながらも少し口元が緩んでいるのはネコポチと遊んだからか。
スーパーハッカーの彼女は意外にも動物好きなのだ。
それにしても流石は明日香。子猫にかまけて予定の時間に遅れたりはしない。
というか予定より早く集合してしまった。
皆が時間に正確で何よりだ。
「じゃあ、これから何処に行こうか?」
「マイちゃん、予定とか決めてるの?」
「まあ午前中は適当に店とか冷やかして、飯食って、公園で時間を潰すくらいかな」
梓と園香に問われて何気に答える。
園香とデートするときはだいたいそんな感じなのだが、
「ちょっと、適当にって」
「時間を潰すって……」
明日香とテックが並んでツッコミをいれてきて、
「そこまできっちり予定を決めるこたぁないだろ? 緩さを楽しめ、緩さを」
「あはは、舞奈ちゃんらしいなあ」
「じゃあね! 新しくできたアクセサリー屋さんに行きたい!」
「それじゃあまずはそこだな」
梓のフォローとチャビーの思いつきに勢いづいて皆で歩き出す。
「あのね! そのお店にラーメンのキーホルダーがあるんだって!」
「わっ楽しそう」
店に向かって歩いている最中なのに到着が待ちきれない様子のチャビー。
微笑む園香。
(……ひょっとしてスミスの奴、流行りものとか調べて仕入れてるのか?)
聞き覚えのある単語に、いつかスミスの店に女マッチョが来た日のことを思い出し、
「マイちゃんどうしたの?」
「いんや、何でもない」
訝しむ園香に何食わぬ笑みを返す。
「チャビーちゃんは好きなラーメンとかあるのかね?」
「えっとねー。いちごタンメンのキーホルダーが欲しいな」
何気ない美穂の問いに、チャビーも悪気無く笑顔で答える。
だが舞奈はその異様な響きの単語に、いつか食した登山の味を思い出し――
「――!? 落ち着けチャビー。あのな、苺は甘くて、菓子やデザートにして食うものだろ? だがタンメンってのは要は素麺で、あったかいおかずなんだ」
言い募る。
「キーホルダーの話だよ?」
「……あなたが落ち着きなさいよ」
チャビーは不思議そうに、明日香は白い視線を向けてくる。
「マイちゃん、顔が真っ青だよ? 大丈夫?」
園香は少しビックリして舞奈を見やる。
テックは単語の組み合わせを脳内でシミュレートしたか何時にも増して無言だ。
そのように馬鹿な話をしながら一行は、朝の商店街をかしましく歩く。
実のところ舞奈は一行に注がれる視線を感じてはいた。
だが友人たちと楽しむ中、視線の主を探すようなことはしなかった。
今は、その必要はないから。
だから、そんな女子小学生たちをビルの陰から見守る一団。
仮面をかぶった小柄なベリアル。
後ろに控える長身のサーシャ。
そして金髪の子供――クラリスとエミール(エミル)。
姉弟ならぬ姉妹の額には、サーシャと同じ金属の輪がはめられている。
怪人の反乱を抑えるためのゴーレムだ。
姉妹は通りを歩く女子小学生たちの背を眩しそうに見つめる。
ベリアルは、そんな2人に仮面を向けて、
「今日だけは、一緒に行っても良いのだぞ?」
生真面目ながらも少し優しい口調で語りかける。
一行は便宜上の主であるベリアルの任務のため、この街を暫らく離れることになる。
だが姉妹はそろって首を横に振る。
「わたしは……次に彼女に会う前に、彼女に釣り合う人間になっていたいから」
クラリスは言いつつ舞奈の背から視線をそらす。
美しい顔立ちの白い頬に赤みがさす。
志門舞奈の心の中にいた、天使の現身のような自身の姿。
そういう風に現実の自分自身もなれるとしたら、そんな姿を彼女に見てもらいたい。
だから再び胸を張って彼女に会える日まで、自分を見つめなおしたい。
そんな姉の側で、エミルもまた安倍明日香の背を見やり、姉を見やる。
そして虚空に目をやりながら、
「そういえば、天津飯ってさ、美味しいのかな?」
「……? 以前に一度だけ食したが、餡と卵の食感がたまらないものであった」
「そっか……」
誰にともなくボソリと問いかけ、口元を緩める。
自身を圧倒的な力で討ち破ったタマゴ女。
エミルの中で、彼女はMumと並ぶ目標になった。
いつか自分も鍛錬を積んで、彼女と同じくらい超能力を、心を強くしたい。
そして今度こそ、自身の意思と力でMumを取り戻す。
だからエミルは視線の先の黒髪の彼女と同じように性別を偽ることをやめた。
「……ねえ、ヌードルに苺を入れると美味しいのかしら?」
「落ち着いて姉さん!」
とぼけた軽口を叩く2人の表情は、ヴィランだった頃より和やかだ。
戦闘に敗れ、懲戒担当官の僕となったにも関わらず。
そんな2人を見やり、ベリアルとサーシャは顔を見合わせて笑う。
志門舞奈。
安倍明日香。
幼い2人の最強に、若き超能力者が更なる高みへと至る道へと導かれた。
かつて自分たちがそうであったかのように。
魔力の源は心。イメージだ。
そして想像上の神仏すら上回る圧倒的な善と力のイメージを、一行のうち誰もが目前の少女たちから会得した。
だから声もなく、だが絶対の意思を持って自身の心に誓う。
遠からず訪れる災厄から、彼女らをとりまく平和な世界を守り抜くと。