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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第16章 つぼみになりたい
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戦闘2-1 ~超能力vs超能力

 少し時間を遡る。

 ヴィランの結界を首尾よく破壊した合同攻撃部隊は、だが唐突に転移させられた。

 そして孤立したシャドウ・ザ・シャークがクラフターと邂逅したのと同じ頃――


「――こっちに跳ばされたのは、この3人ってことかしら」

「らしいな」

「どうやら、その様だ」

 周囲を見渡す明日香の問いに、答えたのは舞奈。

 何食わぬ表情で廃墟の一角を見やりつつ気配を探る。

 側には、こちらも周囲を警戒するマッチョの全身タイツ――ミスター・イアソン。


 数秒前まで目前にあったはずの、歪で巨大なヴィラン拠点は影も形も見当たらない。

 周囲に立ち並ぶ廃ビルの種類も並びも異なる。

 なので先程の一瞬で強制転移されたのだと気づいた。


 そんな舞奈たちの他に、動くものは何もない。

 シャドウ・ザ・シャークに桂木姉妹、小夜子、サチ、加えて鷹乃の式神もいない。

 気配もない。

 転移のどさくさに分断させられたらしい。


 サチが維持していた【護身神法(ごしんしんぽう)】も効果を失くしている。

 明日香とイアソンも、注連縄が力を失くしたことに気づいたようだ。


 敵はどうやら日米の術者が集結した合同部隊を分断して各個撃破する算段らしい。

 舞奈がいないところで他の女の子が危ない目に会っていなければいいが。


 そんなことを考える舞奈の後頭部めがけて何かが飛んで来た。

 イアソンがビックリする前で、


「おっ、さんきゅ」

「いちおう預けておくわ」

 舞奈は何食わぬ表情でキャッチする。

 その程度は空気の流れを読める舞奈には造作ない。

 投げたのは明日香だ。

 投げられたのはドッグタグ。


 タグをジャケットのポケットに突っこんだ途端、風の流れが変わる。

 周囲を微弱な斥力場が覆ったのだ。


 即ち【力盾クラフト・シュルツェン】。

 明日香がクロークにかけて常用している斥力場の障壁だ。

 サチとはぐれたせいで効果を失った【護身神法(ごしんしんぽう)】の代用のつもりか。


 だが、こちらはタグにこめられる魔力の制限のせいで強度も持続時間も心ともない。

 これから戦うであろう相手がクラフターにせよ、クイーン・ネメシスにせよ、あるいはリンカー姉弟にせよ、まともに通用するものではないだろう。

 それでも、ないよりはあったほうがいい。

 自分の周囲に張り巡らされる斥力場は、【妖精の舞踏(フェアリー・ステップ)】【転移能力(テレポーテーション)】による至近距離への転移を阻害してくれる。


 それにしても、仲間と分断された舞奈たちを迎撃に来るのは誰だろうか?

 あるいは一行が合流する前に、順番に戦力を集中して倒すつもりか?


 ミスター・イアソンは目をつむって集中する。【能力感知(サイ・センス)】による魔法感知だ。

 そんな彼を守るように舞奈は周囲を警戒しながら、


「にしても、さっきのは何の魔法だ?」

 先ほどの現象を訝しむ。

 あの光に目がくらんだ一瞬で、一行は抵抗の余地なく分断された。

 合同部隊の大半(というか舞奈以外全員)が術者だったにもかかわらず。


「【歪空(ワープ)】にしろ【智慧の門(アーケイン・ゲート)】にしろ、こんな器用な真似ができるもんか?」

「術者の仕業じゃないわ。強力な魔道具(アーティファクト)が使われたみたい」

 対して明日香はひとりごちるように答える。


「『プリドゥエンの守護珠』という代物について聞いたことがあるわ」

「なるほどわかるぞ。守護する珠なんだろ?」

「……ええ。【智慧の門(アーケイン・ゲート)】をほぼ無制限に行使できる希少な魔道具(アーティファクト)よ。加えて攻撃者を強制的に転移させることで所有者を守ることも――」

「――へえ、詳しいじゃねぇか」

 声に見やると、そこには女がいた。


 ミスター・イアソンに匹敵する屈強な巨躯を、紫色の全身タイツに包んだ女。

 クイーン・ネメシス。

 今回の騒動の原因となったヴィラン・チームのリーダーだ。


「シモン君! アスカ君! 気をつけたまえ! 近くに――」

「――いや、目の前にいるよ。今しがた跳んで来たらしいな」

 強大な魔力を察知したのだろうミスター・イアソンが背後で身構える。

 驚く彼に苦笑する舞奈の前で、


「ついでに、こいつをやったのもおまえらだな?」

 口元を歪めるネメシスの手には、歪に割れた石の破片。

 先ほど明日香が言っていたプリドゥエンの守護珠とやらか。


「……大層な名前の割に、あんがい小さいんだな」

「いや、こいつはぶっ壊れた欠片だ」

 舞奈の素直な感想に、屈強なヴィランは苦笑する。


「おまえらを分断しようとした途端、反撃の魔法消去を食らってこのザマだ。本体も全壊こそしてないが、あと一回使えるかどうかだ」

 言いつつ色のない欠片を放り捨てる。

 同時に明日香も、両の手に持っていた折れた剣の柄を捨てる。


 彼女は転移の直前に【対抗魔術・弐式コンターマギー・ツヴァイ】――魔法消去を試みたらしい。

 あの一瞬、一行に対して『プリドゥエンの守護珠』とやらが使われたことに彼女は気づいていたらしい。そして対処しようとしたのだ。


 魔法消去は抵抗されると得物や使用者が破壊される。

 なので明日香はわざわざ不要な得物を準備していた。

 しかも2本の剣を使い潰すこと前提で捨て身の消去を試みた。

 結果、敵の強力な魔道具(アーティファクト)をスクラップ寸前まで追いこんだ、といったところか。


「なるほど。今しがたの集団転移は貴女の仕業でしたか」

 ミスター・イアソンも事の次第に気づいたようだ。

 そして舞奈と明日香をかばうように前に出る。


「ほう、一丁前の真似をするようになったじゃないか」

 クイーン・ネメシスはマッチョな極彩色のヒーローに向き直る。

 彼のマスクと似たデザインだが紫色で悪役らしくアレンジされたマスクから覗く口元には、不穏で不敵な笑みが浮かぶ。


「一連の事件の裏で、貴女たちが何を企んでいるのかは知らない」

 対するヒーローのマスクから露出した口元は、硬く引き締められている。

 彼が誰より知っているからだ。

 目前の女が恐るべき強敵であることを。


「だが貴女たちの思い通りにはさせない」

「ああ、そうだな――」

 ミスター・イアソンは身構える。

 クイーン・ネメシスも答えるように構える。

 隙のない構えは合わせ鏡のように同じ。


 そうしながら2メートル近い視点から、ネメシスは奢ることなく舞奈を見やる。

 次いで隣の明日香を見やる。

 そして不敵に笑う。


 彼女もアーガス氏と同じ。

 子供のSランクに、魔術師(ウィザード)に正しく敬意を向けられる人間だ。

 だから舞奈は確信する。


「――アーガス。我が弟よ」

「な……!?」

 ネメシスは、ミスター・イアソンを真正面から見やって笑う。


 その言葉にイアソンは怯む。

 あわてて舞奈と側の明日香を見やる。

 自身とクイーン・ネメシスが姉弟であることを、皆には内緒にしたかったらしい。

 ヒーローとヴィランの関係としては不適切だからだろう。

 その秘密を暴露された2人の子供の表情に……イアソンは驚く。何故なら、


「だろうな」

「まあ、そうではないかとは」

 2人は口元に笑みを浮かべてうなずく。


 ヒーローの不都合な事実を前に、明日香は特に気にもしていない。

 というか最初に見たときから気づいていた。

 彼女は相手の骨格を見て血縁関係を言い当てる特技を持つ。

 そして過去を語りたがらない彼女にとって、大事なのは血統ではなく行動だ。


 舞奈も同じだ。

 2人に共通するものを、舞奈はいくつも知っている。

 どちらも屈強で、おそらくは弛まぬ鍛錬で己が心身を鍛えている。

 なのに驕らず、強者に正しく敬意を表し、女子供を守り慈しむ。

 それでいて、どちらも生きるのが大変だろうと思うくらいに生真面目で頑固だ。

 そんな両者が赤の他人だとは最初から思っていない。

 血のつながった姉弟でなければ、それより強い絆で結ばれた家族だと思っていた。

 ……かつてのピクシオンのように。


 性差に反してクイーン・ネメシスは弟より縦にも横にも一回りずつ大きい。

 年がいくつ離れているかは知らないが、子供の頃からそうだったとしたらイアソン氏も相応に苦労してきたのだと思う。そりゃあ姉相手に敬語にもなるだろう。


 どちらにせよ、彼と彼女はどちらもマッチョな生き方しかできない不器用な人間だ。

 合わせ鏡の好敵手だ。


 だから敵同士になったのなら己が信念をかけて徹底的に戦う。

 クイーン・ネメシスが恐ろしいヴィランなのと同じくらい、ミスター・イアソンは清廉なヒーローだから。血のつながりなど関係ない。忖度もない。


「君たちの聡明さには脱帽するよ」

 ミスター・イアソンは舞奈と明日香に笑みを返す。

 そして肩の荷が下りたような清々しい笑みを浮かべた次の瞬間、真顔に変わり、


「ならば容赦はしません、ミリアム姉さん! ……いや、クイーン・ネメシス!」

「あいつ、そんな可愛らしい名前だったのか」

 苦笑する舞奈、少し嫌そうなミリアム姉さんことクイーン・ネメシスの目前で、ミスター・イアソンの姿は突然に消える。


 同時にクイーン・ネメシスの目前にあらわれる。【転移能力(テレポーテーション)】だ。

 そのまま【強化能力(リインフォース)】による筋力強化にまかせて砲撃のような勢いでパンチ。

 しかも拳には【念力剣(サイオニック・ソード)】が宿る。

 目に見えぬが強固に賦活され、光すら捻じ曲げまばゆく輝く超能力(サイオン)の拳。

 得物を構えつつも見ていた2人が驚くほどの、容赦も加減もない奇襲。

 そんな必殺の打撃を、


「haha! 少しは楽しい男になったな!」

「何ッ!?」

 クイーン・ネメシスは片手で受け止めた。

 屈強なヒーローよりなお強靭な筋肉と、強力な【強化能力(リインフォース)】によって。


 さらに筋肉ではち切れそうな紫色のタイツの腕の、黒い手袋の掌に、


「なら、こいつはどうだ!」

 灼熱の炎が宿る。


「――!?」

 イアソンは素早く拳を引く。

 両者の間を灼熱と火の粉が舞う。

 あと一瞬でも反応が遅れれば拳が爆散していただろう。


 即ち【炎熱剣(パイロ・ソード)】。【加熱能力(パイロキネシス)】を応用した近接打撃手段。

 ネメシスが得手とする【エネルギーの生成】技術のひとつだ。

 それは、あくまで【念力と身体強化】を中核に超能力(サイオン)を会得したミスター・イアソンに対する大きなアドバンテージでもある。


 次いで距離を取った両者はそのまま宙を舞う。

 こちらは【浮遊能力(レビテーション)】。両者が共に習熟した【念力と身体強化】による飛行能力。

 同時にイアソンは【念力剣(サイオニック・ソード)】をその名の通り剣のようにのばす。

 ネメシスも【炎熱剣(パイロ・ソード)】を煮えたぎる炎の大杖と化す。そして、


「次はチャンバラごっこか? 付き合ってやろう!」

「負けませんよ姉上!」

 両者は再び愚直なまでに真正面から、炎の大杖と念力剣で殴りかかる。

 得物で得物を受け止め、交差しながら切り結ぶ。


 まとまった量の超能力(サイオン)を消費し続ける故に、難易度の高い【浮遊能力(レビテーション)】。

 術者への持続的な負担は、当術に限らず飛行の術に共通する。

 だから実用レベルで行使できるのは熟達した大人の術者だけ。

 そんな代物を瞬時に行使し、あまつさえ普通に空中戦などできるのは両者が共に熟練の術者――超能力者(サイキック)である証だ。


 そんな両者は何度目かの邂逅をしながら、


「hahaha! 前に戦ったときより少しは強くなったじゃないか!」

「当然です! 悪を挫き弱き人々を守るため、私は常に鍛錬を続けている!」

「ヒーローらしい良い返事だ! ならこれは――ッ」

「Oops!?」

 鍔迫り合いの最中、ネメシスの膝がまともにイアソンのみぞおちを捉える。

 屈強なヒーローは身体をくの字に折られて怯む。


 その隙に、ネメシスの逆の拳が凄まじい霜と冷気に覆われる。

 超能力(サイオン)を氷霜に変える【氷結剣(クリオ・ソード)】をさらに強化した必殺の氷撃。

 即ち【氷結撃(クリオ・ブラスト)】。


 空中で体勢を立て直している最中のイアソンに回避する余裕はない。

 遠目にもわかるほど凄まじい冷気の拳が、ヒーローの腹筋をまともに捉える。


「――!?」

 ミスター・イアソンは凍りつきながら砲弾のような勢いで吹き飛ぶ。

 それでも多少は使える【加熱能力(パイロキネシス)】で自身を解凍し、【浮遊能力(レビテーション)】を制御して体勢を立て直す。そんな様子をクイーン・ネメシスは腕組みしながら見やる。


「おいおい負けてるじゃないか……」

 屈強な超能力者(サイキック)同士の空中戦を見上げながら舞奈は苦笑する。


 まあ彼には申し訳ないが、予想はできた状況だ。

 超能力(サイオン)に限らず魔法を使いこなす能力は若い男より女や老人に分がある。

 その理を踏まえれば、魔法の世界に姉を超える弟は存在し得ない。

 現にネメシスの炎杖はイアソンの輝く剣の倍ほど大きく、イアソンは不意打ちの足技をまともに喰らうくらい余裕がない。


 おまけに見た感じでは、敵はイアソンの動きを先読みしている。

 ミスター・イアソンが不得手だという【戦闘予知(コンバット・センス)】にすら、クイーン・ネメシスは習熟しているのだろう。条件はイアソンに不利……というか絶望的だ。


 実は事前に見た映画のダイジェストでも同じだった。

 ミスター・イアソンはタイマン勝負でクイーン・ネメシスに勝ったことはない。

 代わりに仲間の力を借りて大局的な勝利を手にしていた。


 そう。ミスター・イアソンはヒーローで、クイーン・ネメシスはヴィランだ。

 常に市民の味方であり仲間と共に戦うヒーローと、社会の敵である故に個人ないし少数での活動を余儀なくされるヴィランでは要求される能力が違う。


 正直なところピクシオンも活動の形態としては後者だった。

 たった3人で、誰の力も借りずにエンペラーの刺客たちと戦った。


 だから舞奈にはわかる。

 ミスター・イアソンはクイーン・ネメシスには勝てない。

 ……ひとりでは。なので、


「この距離じゃあ効かんか避けられる気しかしないんだがなあ……」

 愚痴りながらも上空に向けて改造ライフル(マイクロガラッツ)を構え、クイーン・ネメシスを狙う。


 舞奈にもヴィランを倒さねばならない理由がある。

 ここはイアソンが得意なやりかたでクイーン・ネメシスを倒すべきだ。

 つまりは3人がかりでの集中攻撃。

 男と女のタイマン勝負に水を差すのも気が引けるが、こちらも遊んでる訳じゃない。


 幸いにも空中には遮蔽がないので身を隠される懸念はない。

 だが全力で飛び回る飛行物を正確に狙うのは至難の技だ。

 高度がある敵に対しての撃ち上げは、距離と重力の二重のハンデがある。


 だが舞奈が撃つより先に、


「――魔弾ウルズ

 動いていたのは明日香だった。

 魔術語(ガルドル)とともに、空中にパチパチと放電するプラズマの塊が出現する。

 ひとつ、ふたつ、みっつ……

 両者を囲むようにひとつづつ、だが着実に数を増やす。


 即ち【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】。

 明日香が修めた戦闘魔術(カンプフ・マギー)のうち最も初歩的な、故に強力な攻撃魔法(エヴォケーション)の雷撃。

 彼女は使い慣れたそれをネメシスの周囲にひとつずつ『配置』した。

 自身から離れた場所への、複数回の施術には手間がかかるし難易度も高い。

 だが明日香はそれを、熟練の技術で成し遂げた。


 異変を察したネメシスが、対処しようとイアソンを殴り飛ばす。

 だが、それは明日香の目論見通り。

 次の瞬間、幾つものプラズマ塊はネメシスめがけて一斉に飛来する。

 幾つものプラズマの塊が、四方八方から避ける間もなくネメシスを襲う。


 放電まじりの大爆発。


 だが爆煙が吹き散らされた後にあらわれたクイーン・ネメシスは無傷。

 プラズマの砲弾すべてを超強力な【念力盾サイオニック・シールド】で防いだ――?


 ――否。


「撃ってくるぞ! 避けろ!」

 舞奈は叫ぶ。

 投射型の異能力も銃も持たない超能力者(サイキック)に対する、一見すると場違いな対処。


 だが次の瞬間、ネメシスの手元からプラズマの砲弾が『飛んだ』。


 イアソンは眼下の舞奈たちを見やって驚愕する。

 彼は殴り飛ばされたショックから回復し、体勢を立て直している最中だ。

 撃ち返された雷弾に対処する余力はない。


 だが代わりに明日香の周囲に展開されていた【氷盾アイゼス・シュルツェン】が反応した。

 4枚の氷盾は折り重なって、落雷のようなプラズマ塊を受け止める。

 外側の2枚が粉々に砕け散る。

 だが内側の2枚は無事。もちろん本体も無傷。

 用意周到な明日香は、反撃を想定せずに仕掛けたりはしない。しかも、


「……石かなんかに異能をこめて投げてきてるな」

「ええ。それが【放電撃(エレクトロ・ブラスト)】とは思わなかったけど」

 敵の手の内に気づいていたらしい。


 もちろん舞奈も。というか既知の戦術だ。

 以前に廃工場でレディ・アレクサンドラが同じ手札を使った。

 機械の身体で生成した空気の弾丸に【紫電の拳(クラーク・モルニィ)】【氷河の拳クラーク・リディニーカ】をこめて撃ってきたのだ。

 さらには【紫電の打撃(ウダル・モルニィ)】をこめた爆雷で落下物を粉砕した。


 今しがたネメシスがしたのも同じだ。

 空気を圧縮する設備や機器を使った様子はないから、石かナイフを持ち歩いているのだろう。そいつに【放電撃(エレクトロ・ブラスト)】をこめて投げた。

 そいつを誘爆させて【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】の猛打を凌いだのだ。


 つまり【念力盾サイオニック・シールド】に直撃はしていない。爆風を防いだだけだ。

 そうでなければ流石に屈強な超能力者(サイキック)とはいえ防ぎきれた理由がつかない。


 だが逆に言えば、敵もこちらを警戒しているということだ。

 相手に敬意を表するということは、侮らないということでもある。

 だから舞奈たち外野からの攻撃も不意打ちにはならない。


 だから敵は、余った雷弾を反撃代わりに投げてきた。

 正確には【強化能力(リインフォース)】を利用した凄まじい威力の指弾。

 しかも上から落とすのは投げるより遥かに容易だ。


「hahaha! やるじゃないか! 流石は魔術師(ウィザード)だ!」

「――クイーン・ネメシス! 私の仲間に手出しはさせん!」

 空中で仁王立ちになったまま笑うネメシスに、飛んで来たイアソンが殴りかかる。

 ネメシスと明日香が互いに雷弾を凌ぐうちにショックから回復したようだ。

 そんなヒーローの拳を避けつつ、


「アーガス! おまえは昔から友達を作るのだけは上手かったな!」

 クイーン・ネメシスも今度は拳で相対する。

 得物を使わぬ【強化能力(リインフォース)】同士の殴り合い。

 超能力(サイオン)によって強化され肥大した筋肉と筋肉がぶつかり合う。


 見たところ、イアソンとネメシスの戦い方には同じ癖がいくつかある。

 2人は姉弟だというだけでない。

 十中八九、ある程度の期間、同じ戦闘訓練を受けていた。


 だが正直なところ、こちらでもイアソンは押され気味だ。

 身体に蓄えた超能力(サイオン)の量にも姉と弟の差があるのだ。


 超能力者(サイキック)を始めとする妖術師(ソーサラー)が身体に宿す魔力は、減っても休息や宗教的な日々の勤めによって回復する。魔道具(アーティファクト)のそれと似た感じか。

 だが、それは戦闘中に魔力を賦活する手段にはならない。

 魔術師(ウィザード)のように魔力を創造したり呪術師(ウォーロック)のように周囲の魔力を操ることのできない彼らにとって、戦闘中に連続で使える魔力は有限だ。


 風聞では呪術師(ウォーロック)の施術ですら度を越して使いすぎれば周囲の魔力が枯れるという。

 人ひとりに宿る程度の魔力ではなおのこと。

 それも本来は魔力の操作に適性がない男の場合は顕著だ。


「こっちは自分の身くらい守れる! あんたは奴に集中してくれ」

「すまない! そうさせてもらう!」

 舞奈の叫びに、ミスター・イアソンは身構える。

 先ほどまでは舞奈たちを気にしていたか、動きが少ししなやかになる。

 舞奈の言葉は先ほど明日香が証明してくれたから、ヒーローの口元に浮かぶ表情にも迷いはない。


 だが彼には時間もあまりない。

 強大な敵超能力者(サイキック)との激戦によって彼は相応に消耗している。

 短期決戦を仕掛けるしかないだろう。


 ミスター・イアソンの姿がかき消え、ネメシスとの距離を詰める。

 勢いのまま殴りかかる弟を、姉もまた【転移能力(テレポーテーション)】で回避して瞬時に反撃する。


「そろそろ限界か? アーガス。男に超能力(サイオン)戦闘のヒーローなんて無理なんだよ」

「そんなことは……ない!」

「息あがってるのにか? おまえもメンター・オメガと同じように、秘密の隠れ家から女の尻に指示だけ出してりゃよかったんだよ!」

「我がメンターを愚弄しないで頂こう!」

「……ったく。まるでテックがやってたゲームのバグだな」

 互いに【転移能力(テレポーテーション)】による転移で目まぐるしく位置を入れ替える攻防を、得物を構えて見上げながら、舞奈も口元をへの字に曲げる。


 本来は近距離専用の改造ライフル(マイクロガラッツ)にスコープはないが、この距離なら不都合はない。

 それより問題なのはタイミングだ。

 下手に撃つとミスター・イアソンに当たる。

 瞬間移動を駆使した攻防の最中では予測射撃もおぼつかない。


「っていうか、メンター・オメガって誰だ?」

「ヒーローたちに指令を出す、ディフェンダーズの謎めいた首領よ」

「そうかい」

 にわか知識を披露しつつ、側で次なる魔術を準備する明日香も同様に手が出せない。

 先程のようにネメシスとイアソンの距離が開かない限り攻撃魔法(エヴォケーション)は撃てない。

 2人まとめて吹き飛ばした場合、生き残るのはクイーン・ネメシスだ。


「私はオメガの指示のもと、仲間と共に正しいやり方で悪を打ち破る! いかなる困難が待ち受けていようとも諦めることはない! 姉上とて邪魔はさせません!」

「その大層なお題目で、一体おまえは何を成したよ!?」

「私個人の意向などどうでもいい! 我々は力なき市民たちの、力ある超能力者(サイキック)たちの希望であらねばならないのだ!」

 拳と激情をぶつけ合いながら、2人は転移を繰り返しながら交錯する。


 そんな2人を地上から舞奈と明日香が見やる中、イアソンの何度目かの転移。

 首尾よく姉の背後をとったイアソンは容赦なく殴る。


 だが次の瞬間、ネメシスの姿も消えた。

 紫色のヴィランは意匠返しのように弟の背後に出現する。


 間髪入れず、鋭い大鎌のような回し蹴り。

 イアソンは避けられない。

 自動車事故のような音をたてて【念力盾サイオニック・シールド】が粉砕される。

 辛くも腕を交差させてブロックし、その上で勢いを殺しきれず吹き飛ばされる。


 姿勢制御が間に合わないイアソンの背後にネメシスが転移。

 途端、その背中が爆発。


「なにっ!?」

 クイーン・ネメシスは思わずのけぞる。

 そして眼下を見やる。


「ビンゴだ! 【転移能力(テレポーテーション)】といっしょに【念力盾サイオニック・シールド】は使えないらしいな!」

「……っ。まさか見て気づいたのか?」

 地上で改造ライフル(マイクロガラッツ)を構えた舞奈の口元には笑み。

 マウントされたグレネードランチャー(GL40)からは、硝煙。

 そんな様子を見やるクイーン・ネメシスの口元には驚愕。


 何のとこはない。

 舞奈はタイミングを計ってグレネードをぶちこんだのだ。

 そもそもカービン化された改造ライフル(マイクロガラッツ)で、この高さに有効射撃はできない。


 2人の転移のクセは、凄まじい密度の攻防を見ているうちに把握できた。

 細やかな筋肉の動きや警戒の様子から、転移の瞬間だけ【念力盾サイオニック・シールド】を使っていないことにも気づいた。空間の『抜け穴』につまるからか。


 なので転移の一瞬の隙をついて撃った。

 まあ姉弟同士の口喧嘩に夢中になっていなければ避けられる可能性もあったが。


「ったく、おまえは超能力(サイオン)すら使わずにそれか! まるで周到な魔法の罠だ!」

 こちらは弟と違って【転移能力(テレポーテーション)】で体勢を立て直しつつ、ネメシスは笑う。


「あんたの能力も大概だがな! 超合金かよ!」

 無傷のヴィランを見上げながら舞奈も笑う。

 グレネードの直撃も、超強力な【強化能力(リインフォース)】の前では有効打にはならないらしい。

 そんなヴィランの目前に、


「退いてください姉上! もはや貴女に勝ち目はない」

「ほう、大層な自信だな」

 こちらも体勢を立て直したミスター・イアソンが立ちはだかる。


 だが正直なところ虚勢だろうと舞奈は思う。


 敵はひとり。

 味方はイアソンの他にSランクの射手と魔術師(ウィザード)


 だが彼には余力がない。

 舞奈や明日香が外野から致命打を喰らわすのも少しばかり厳しい。

 むしろネメシスが退かなければ、敗れるのは彼だ。


 それでも正義のヒーローには、悪に屈するという選択肢はない。


 そんな事情を察しているのかいないのか、クイーン・ネメシスは眼下の舞奈と明日香を見やり、正面に仁王立ちになってマントをなびかせる弟に目を戻し、


「この一撃で勝負をつけましょう! 姉上!」

「いいだろうアーガス! おまえのやり方じゃあ何も守れないって、教えてやるよ!」

 ミスター・イアソンは身構える。

 クイーン・ネメシスも口元に不敵な笑みを浮かべて身構える。そして、


「サイ・ブラスト!」

「イーヴル・ブラスト!」

 ミスター・イアソンは拳に輝く【念力撃サイオニック・ブラスト】を宿らせる。

 クイーン・ネメシスの拳には煮えたぎる【炎熱撃(パイロ・ブラスト)】が宿る。


 次の瞬間、2人の超能力者(サイキック)は空中で激突した。

 2つの強大なエネルギーが、容赦も加減もなく全力でぶつかり合って爆発する。


 爆熱。

 轟音。

 地上にまで吹きつける熱風に、2人は思わず腕で顔を覆う。


 その凄まじい激突に、勝利したのはクイーン・ネメシスだった。

 ヴィランの渾身の一撃で吹き飛ばされたイアソンは、背後の廃ビルをぶち破りながら何処かへと消えた。


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