戦闘1 ~銃技&戦闘魔術vsヴードゥー呪術
「フリーズ!」
軍用拳銃を構えたクレアが威嚇する。
「手をあげて動くなってことだ! わかるか? デクノボウ」
ベティも続く。
手にしているのは、臓物を思わせるぬるりとしたフォルムの小型拳銃。
どちらも弾丸は入っていない。
(さっすが安倍おかかえの警備員だ。いいタイミングで出て来やがる)
ベルトのバックルの奥でほくそ笑みながら、テロリスト(舞奈)は走る。
剣闘士さながらの派手な演武でいろいろ誤魔化そうという算段だ。
それを察してか、応じるようにベティも走る。
荷物が乱雑にかけられた机の隙間を、2人は鋭い魔法のように駆ける。
そして教室のまん中で激突する。
「(気が合いますねお2人さん! ちょっと遊んできましょうぜ)」
ベティは笑う。
拳銃の銃底が、稲妻のように襲いかかる。
狙いはベティより頭一つ分長身なテロリストの頭部。
だが攻撃は不自然に逸れる。
明日香の術によるものだ。
彼女が行使したのは、斥力場による盾を作りだす【力盾】の魔術。
刀也の黒い剣にこめられた【重力武器】と似た効果を持つ。
有用な術だが、空間湾曲による斥力場を司る荼枳尼天の咒は術者の心身への負担が大きく、戦闘クロークにほぼ同等の防御効果があり、それに【雷盾】のほうが高出力なので普段は使わない。
だが電磁バリアは激しく光るからここでは使えないが、この術は光を吸収して黒く輝く【重力武器】と違い、慣れた術者が使えば不可視の盾となる。
それに舞奈に背負われているから、消耗を気にする必要はない。
「(ちぇっ、ボスはつき合い悪いなあ)」
不自然に狂わされた体勢から、ベティは野獣のような身のこなしで飛び退る。
「(ま、いっか。舞奈様とは一回殺りあってみたいって思ってたんすよね)」
「(そうかい)」
すかさずテロリスト(舞奈)が蹴りを見舞う。
ベティも応じる。
鋭い蹴りの応酬。
空気がしなる。
蹴りと蹴りが激突する。
椅子や机がなぎ倒される。
ベティが明日香をボスと呼ぶのは、彼女が上司にあたるからだ。
だがボスの友人だからというだけで、様づけで呼ぶ理由にはならない。
現にチャビーやゾマはちゃんづけだ。
にもかかわらず舞奈様と呼ぶのは、舞奈を最強と認めているからだ。
そして陽気なバトルマニアのベティは、幼い最強との手合わせを望んでいた。
(まったく……)
仮面の奥で、明日香は呆れる。
「みなさん! 危険ですのでこちらに!」
クレアが生徒たちを教室後方に避難させる。
だが肝心の中年女性たちはゴネてなかなか動こうとしない。
「(ボス、あんまり怖がられてないっすよー。あ、そうだ!)」
ベティは手品のように拳銃を仕舞い、特殊警棒を抜く。
そして逆の手で、自身の顔に指を滑らせる。
隠し持った顔料で、極彩色のペイントが施される。
「(鉄火のオグンよ、力をお貸しくださいっす!)」
「(ちょ!? こんなところで術を)」
「(ヘヘッ、先に使ったのはボスっすよ!)」
ベティは笑う。
ハイチ出身の彼女は、傭兵でありながらヴードゥー女神官の才を持つ。
ヴードゥー呪術は、古神術や祓魔術と同じく呪術の一派だ。
アフリカの民間信仰が【教会】の介入により変化した流派である。
神々への呼びかけによって、ヴードゥーの神々のイメージを媒体にして周囲の魔力を操り、あるいは取りこんで魔法にする。
そんなヴードゥー神官あるいはヴードゥー女神官が操る術は3種類。
周囲の魔力を媒介して魔力の源である火水風地を操る【エレメントの変成】。
魔力をトーテムとして自身に取りこむ【心身の強化】。
魔力を利用して因果をずらす霊媒術を応用した【供犠による事象の改変】。
戦闘においては【心身の強化】による付与魔法を活用した接近戦を得手とする。
そんな彼女が使った呪術は【猟犬の術】。
魔力を身体能力と化す【心身の強化】の一種で、猟犬の素早さと獰猛さを得る。
上位の術である【豹の術】や祓魔師の【サムソンの怪力】と比べ、敏捷性に特化しているだけに直接的な打撃力や耐久力は劣る。
だが警棒のような武器と併用された場合、むしろ素早いこちらの方が厄介だ。
「(舞奈様のお手並み拝見!)」
見習い女神官の警備員は、得意の付与魔法にまかせて警棒を振るう。
棒とは思えぬ、斬撃のような一撃。
テロリスト(舞奈)はたまらず飛び退る。
ヴードゥー呪術を形作るイメージのひとつ、鉄火のオグンは戦と鍛冶の神だ。
その御姿を媒体にして形を成す呪術の多くは身体能力強化の効果を持つ。
さらに身体に収まり切らない魔力は、術者が手にした金属製の得物に作用する。
即ち【鉄の術】。サムライ系の異能力に相当する武器強化の術だ。
ベティの手にした警棒は、もはや棒にあらず。
鋼鉄の獣が手にした鋭利な刃だ。
そんなベティは鋼鉄の猟犬の脚力を使い、嵐のような連撃で襲いかかる。
保護者が持っていた日本刀も、振れば風切り音がした。
だが今回はそれが、何十、何百。
まるで恐ろしい竜巻のように、テロリストの上半身をめった斬る。
無論、斥力場障壁に守られたテロリスト(明日香)は傷一つない。
だが 無理矢理に軌道を逸らされた斬撃のひとつが、木製の机を削る。
気の弱い女生徒が息を飲んだ。
斬撃の嵐を凌いだテロリストがショットガンを構える。
ベティは飛び退く。
付与魔法があれば致命傷を防げる距離まで、一瞬で引く。
まるで人の形をした巨大な拳が引っこめられるように素早い。
弾が入ってないことは知っているはずだが、演技だろうか?
それとも、そんなことを忘れるほど勝負にのめりこんでいるのだろうか?
どちらでも構わぬとばかりに、テロリスト(舞奈)は椅子を蹴る。
狙いは着地直後のベティ。
続けざまに蹴られた2つの椅子が、砲弾のように空気を切り裂く。
だがベティの対処は一瞬。
素早く警棒を振るい、2つの椅子を迎撃する。
「テロリストの蹴った『椅子』をッ! 警備員さんが警棒で『真っ二つ』にッ!?」
生徒は目を剥く。
側の女生徒は顔面蒼白だ。
「(舞奈様! こいつを避けられますか!?)」
ベティは笑う。
術で防護されていない下半身を抉らんと、矢のように踏みこむ。
流血の気配に、誰かがたまらず悲鳴をあげる。だが、
「(馬鹿野郎! 加減とかしろよ!)」
舞奈はベティの警棒を、手近にあった椅子の背で受け止めていた。
無論、社会の窓から腕を出して。
「テロリストがッ、巨大な(中略)で椅子を持って、警備員さんと戦ってるッ!?」
生徒は目を剥く。
側の女生徒の頬が、ちょっと赤らんでいた。
(どうしてこんなことに……)
テロリストの仮面の奥で、明日香は頭を抱えたかった。
何でこんな状況になったのかを、もはや分析する気も起きない。
保護者追い出し作戦は見世物小屋の出し物になって、たぶん失敗した。
正直なところ、もう事態の収拾は諦めて帰宅して、後日に政治的な手段で何とかするのが最良の策だと思った。
……その時、
「キャー! レイプ魔ザマス!」
保護者が叫んだ。
「あの大きな(中略)でアテクシをレイプするつもりザマス!」
その暴言に、生徒たちは思わず保護者を見やる。
彼女らの容姿が、たとえ彼女が世界最後の女性になっても拒否られること必須のそれだからだ。
男子はおぇっと吐き気をこらえた。
女子はこの発言を反面教師に礼節の大切さを学んだ。
だが保護者は構わずクレアを睨み、
「何してるザマス! アテクシを守るザマス!」
「そうザマス!」
そう言って、クレアが答える間もなく逃げて行った。
(お、何か知らんが、これで仕事は終わりだな)
舞奈はやれやれと一息つく。
なぜか保護者たちは自分から教室から逃げて行った。
あの調子なら、二度と戻ってくることはないだろう。
後は適当な理由をつけて自分たちも退出し、給食の時間までに自分たちの教室に戻れば任務は成功だ。そう思った、その時、
「ボス、舞奈様、すいません……」
「ん?」
呼ばれて見やった舞奈の前で、ベティの双眸が赤く光った。
「……滾っちまいました」