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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第16章 つぼみになりたい
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戦闘1-3 ~ウアブ呪術vsケルト呪術

 シャドウ・ザ・シャークの危機にあらわれた【機関】の若き術者たち。

 楓と小夜子、サチはサメ女ヒーローと共に、クラフターが準備していた巨大ゾンビと交戦、辛くも討ち取った。


 一方、クラフター本人の前には紅葉が躍り出る。

 右の手には黄金色の短機関銃(P90TR)

 左手には【水の斬撃(シャド・ムゥ)】で形成した水の長杖。


 加えて風を操り加速する【爆風走(ウレレト・チャウ)】、大地の操作で移動を補佐する【爆地走(ウレレト・ター)】を併用すれば、ゾンビの群をかいくぐって奥の術者に接敵するのも造作ない。


「また貴女と出会えて光栄だよ! ミス・モミジ・カツラギ」

「それはどうも」

 小口径高速弾(5.7×28mm)の掃射を跳んで避けるクラフターの言葉に紅葉は笑う。

 名前を覚えられていたことが、嬉しくないと言えば嘘になる。


「Hey,Icicle!」

 反撃とばかりにクラフターの手から数発の【鋭氷の短剣(アイス・ダガー)】が放たれる。

 鋭く素早く飛来する氷のナイフを、紅葉は瓦礫まじりの土砂を壁にして防ぐ。

 即ち【地の守護(メケト・ター)】。


 防護が間に合ったのは事前に術を準備していたからだ。

 紅葉は志門舞奈ほど素早く正確に反応できないと自覚している。

 だから映画と前回の戦闘経験からクラフターの動き方を研究して対策を練ったのだ。


 続けざまに左手の【水の斬撃(シャド・ムゥ)】を巨大な刃にして振るう。

 クラフターは跳び退って避けつつ、つま先に霜をまとわせて回し蹴る。


「魔術で創造されたHoooly Water! 創ったのは眼鏡の彼女かい?」

「ああ、姉さんだ! 今日はコンタクトだけどね。脂虫を殺す日だからって」

「haha! 思った通りFunnyなLadyだ!」

 軽口を叩きながら紅葉は斬り、クラフターは拳と蹴りで応戦する。


 紅葉が左手に保持している水が、楓の【創水の言葉(メスィ・ル・ムゥ)】で創られたのは本当だ。

 水は大地より扱いやすく、空気よりは堅牢だが廃墟の街に都合よく沸いてはいない。


「そのWaterも君の意図を汲んで良く動く。妹想いのGood Elder sisterじゃないか!」

「そいつはどうも!」

 言いつつ口元に妖艶な笑みを浮かべる敵の意図を計りかねる。

 それでも【水の手(ジェレト・ムゥ)】を操り水を小手のように左手の甲にまとめる。

 そうしながら短機関銃(P90TR)を掃射する。


「Oops! haha!」

 クラフターは跳んで避けつつ、ふざけたような笑い声を残して姿を消す。


 対して紅葉は矢継ぎ早に呪文を唱える。奉ずるは大地を統べるゲブ神。

 急場しのぎの土壁を構成する瓦礫や岩が、つぶてとなってクラフターを打つ。

 即ち【地の矢(アハ・ター)】。


 紅葉も以前より呪術の腕前を上げている。

 今では一度に放てる石弾の数も無数。

 それを広範囲にばらまいたのだ。

 彼女の【妖精の舞踏(フェアリー・ステップ)】で転移可能な距離も把握済み――


「――残念っ」

「うわっ!」

 背後から衝撃。

 見やると放電する掌【痺れる手ショッキング・グラスプ】を突き出したクラフターがいた。


 近づきすぎた。

 迂闊にも背後に転移される可能性を失念していた。

 左手に巻かれた注連縄がゆれる。

 サチの【護身神法(ごしんしんぽう)】がなければまともに食らっていた。


 紅葉は舞奈とは違う。

 怪異や怪人と相対した経験は圧倒的に足りないのだ。

 どれほど知恵を絞っても取りこぼしが出る。

 だから使える手札は活用しようと【護身神法(ごしんしんぽう)】の有用性も確認済み。

 そういう方向での肝の据わり方は実は舞奈と同じだ。

 それに失敗のリカバリーなんてスポーツの試合で慣れている。


 振り向きざまに【風の斬撃(シャド・チャウ)】。

 手ごたえ。


 斬撃そのものは空気の壁で阻まれたようだ。

 おそらく【旋風の守護者ガード・オブ・ウィンド】――紅葉の【風の守護(メケト・チャウ)】と同等の術。

 だが術にこめられたパワーとそれによる衝撃を無にすることはできない。

 通常の風の結界の挙動だ。

 前回の戦いのときのようにライフル弾を止めるような強度はない。

 リンカー姉弟のサポートを受けられていないからだろう。


 クラフターは【妖精の舞踏(フェアリー・ステップ)】で後ろに跳んで、衝撃を殺しつつ距離を取る。

 代わりに近くにいた何匹かのゾンビが襲い来る。

 だが掻い潜るのは造作ない。


 彼女の手札では【護身神法(ごしんしんぽう)】は破れない。

 少なくとも【鋭氷の短剣(アイス・ダガー)】程度ではどれほど撃たれたところで完全に防護可能。

 西洋では馴染みの薄い古神道に対する特別な防護策もないはずだ。

 まあ巨大な氷の刃を放つ【鋭氷の斬刃(アイシクル・エッジ)】を、集中されれば危険だとは思う。

 だが頼りきらずに可能な限り自力で防御すれば有り得ない状況だ。

 だから自身の攻撃魔法(エヴォケーション)が相手に届けば勝てる。

 そう再確認した後の、紅葉の行動は迅速。


 何としてもクラフター本体に喰らいつこうと短機関銃(P90TR)で牽制。

 風を操り【爆風走(ウレレト・チャウ)】の高速移動を強化して、


「Hey prestooooo,Skull dagger!」

「おおっと!」

 飛んで来た白い刃を、行使したばかりの風に力を借りて避ける。


 飛んできたのは近くのゾンビの胸から飛び出た肋骨だ。

 骨を操り刃と化すケルト呪術【残酷な骨刃(グリム・サイズ)】。だが、


「えっ……?」

 刃がかすめた【護身神法(ごしんしんぽう)】が軋む。

 かすめただけのはずなのに、障壁への負担が不自然に大きい。

 跳び退り、油断なく身構えながらも訝しむ紅葉に、


「haha! 極東の神秘的で強固な防御魔法(アブジュレーション)の弱点さ」

「知っているのか!?」

「調べたからね。清浄なる極東の魔法は穢れには弱い。だからMageたちは怪異が嫌うBeautifulを、邪悪に抗する人形にする技術を磨き、後世に伝えた」

 語りつつクラフターの側も紅葉から距離をとる。

 紅葉は短機関銃(P90TR)を構える。だが相手のが早い。


「Hey,Skull dagger!」

 叫びとゾンビの断末魔とともに、今度はゾンビ1匹分の何かが掃射される。

 骨の弾丸【牙突(ティース)】だ。

 全身の骨を失ったゾンビはぐにゃりと崩れ落ちる。


 対する紅葉は【地の守護(メケト・ター)】で岩壁を隆起させる。

 敵の言葉が本当なら【護身神法(ごしんしんぽう)】で受けたら完全に突破される。

 先ほど被弾した感触から導き出された結論も同じ。

 だから降り注ぐ骨の雨を、寸差で飛び出た岩壁が防ぐ。


「この国のShopでわたしの人形を見たよ。Cuteだった。美を嫌うCarrierどもを苛立たせるには十分なほどにね!」

 クラフターの妖艶な唇が笑みの形に歪む。


 紅葉は身構えながら訝しむ。

 先ほどからクラフターの言動は比較的まともだ。

 それに死霊使いの二つ名を持つ彼女が、怪異が嫌うものを歓迎する?


 だが思索は後でもできる。

 だから今は小さな木の枝を取り出しヘビに変えて放つ。

 即ち【ヘビの杖(ヘト・ヘファウ)】。

 シャドウ・ザ・シャークの【蛇杖(スネーク・スタッフ)】と同様のウアブ呪術だ。


 続けざまに岩壁を手に取り盾にしながら敵との距離を詰める。


 対してクラフターも取り出した枝を投げ、ヘビへと変えて対抗する。

 黒マントのヴィランの手から放たれた漆黒のヘビが、同じ数の紅葉のヘビに襲いかかって共に木の枝に戻り地に落ちる。

 こちらも同等のケルト呪術【蛇蠍の小枝スティック・トゥ・スネーク】。


「え……っ?」

「haha! わたしが生命を操る術を使うのが意外かい?」

 ケルト呪術師は笑いながら跳び退る。

 彼女の【英雄化(インビンシブル)】は、紅葉の身体強化【屈強なる身体(ジュト・ネケト)】より少し速い。

 だがスポーツで鍛えた紅葉本人の身体能力を加味すれば互角。

 だから紅葉も跳んで距離を取り、


「君はウアブの呪術を使うのだったね。ならば【動植物との同調と魔力付与】技術を逆に使ってZombieやCarrierを支配できると知ってるかい?」

 語ると同時に、クラフターの側にいたゾンビの胸を突き破って骨の弾丸が飛び出る。

 紅葉は岩盾で【牙突(ティース)】を防ぎながら短機関銃(FN P90TR)を構える。


「我らがケルト呪術ではCarrierの肉体そのものに語りかけ、同じイギリス発祥の悪魔術でも肉体の悪魔バールの御名で操る。魔法的には奴らは人型の怪物なのさ」

 語りながら、今度は腰から骨盤が飛び出す。

 骨を刃と化す【残酷な骨刃(グリム・サイズ)】で鋭く形を変えつつ飛来する。


「ウアブでは木星に宿る死と再生の神オシリス。but,骨は土星……つまり冷たい土くれの一部と見なされる。ウアブでは死の神アヌビスだったかな」

 何故に戦闘の最中に魔法の講義などするのか?

 訝しみつつ岩盾で受ける。

 白い刃は特に誘導もせず盾を打ち据え、そのまま砕けて地を汚す。


「2柱の神名を使い分け、Carrierどもの身勝手な意思を無視して肉体のみを操り、捻じ曲げ、戦わせるのさ。やってみると君も気に入ると思うな!」

 言ってクラフターは笑う。

 だが妖艶な笑みの奥に潜む後ろ暗い感情は……憎悪。


 紅葉は気づいた。

 クラフターは自身が操る脂虫に憎悪を抱いている。

 憎しみで手下を操っている。

 その感情だけは理解できると逡巡する紅葉の――


「――!?」

 目前で何匹かのゾンビに青緑色の光線が突き刺さる。

 光線に射抜かれたゾンビどもは無様に膨らみ、破裂する。

 楓の【沸騰する悪血シェメム・セネフ・アジャ・シェム】だ。

 残してきた仲間たちが、他のゾンビの群れを殲滅して追いついたらしい。


 次いで周囲に4体の異形が出現する。

 楓のメジェド神だ。

 その双眸がギラリと輝く。次の瞬間、


「Oops!」

 クラフターの両手で何かが次々に小さく砕けた。

 それぞれの指にはめられた指輪だ。

 同時にメジェドも4体のうち3体が破裂する。

 一瞬の攻防だった。


 楓は複数のメジェドから一斉に魔法消去の魔術【あらがう言葉(ル・レク)】を放ったのだ。

 そして数々の魔術が焼きつけられたクラフターの指輪を無理やりに破壊した。


 魔法消去は抵抗されると術具や術者が破壊される。

 だから通常は抵抗不可能な力量差のある相手に対してのみ用いられる。


 だが楓は術で創造された魔神である、しかも大量に作り置きできるメジェドたちに一斉行使させた。

 さらに楓は作戦の前の1週間で、メジェドに大量の魔力を注ぎこんでいた。

 使い潰せば強固な魔術の指輪すら消去可能なほどに。

 

 指輪にこめられた強力な魔術による反撃で何体かのメジェドは破壊された。

 その隙に他のメジェドが指輪の魔法を消去した。


 そのようにして指輪を破壊されたクラフターは、もはや魔術を使えない。


「Oh! No! 何たるCrazy! この国のMageたちは本当に面白い!」

「ごめん、姉さんはいつもそうなんだ」

「haha! Uniqueで素敵なSisterじゃないか!」

 紅葉の言葉にクラフターは笑みを返し、


「Came here,Zombies!」

 指を鳴らす。

 すると何処からともなく歪なバイクが地に降り立つ。

 何匹もの脂虫を捻じ曲げ組み合わせて形作られたオートバイ。

 クラフター・モービル。


 唐突なバイクの出現に紅葉は、一行は怯む。

 その隙にクラフターはマントをなびかせクラフター・モービルに跳び乗る。


「あっ逃げる気だわ!」

 バイクは他のゾンビどもを残して走り出す。

 映画そのままのうめき声がバイクと一緒に遠ざかる。


 楓の指先から青緑色をした破邪の光線【沸騰する悪血シェメム・セネフ・アジャ・シェム】がほとばしる。

 側のシャドウ・ザ・シャークも【死鬼爆発コープス・エクスプロージョン】を行使する。

 だが光線が突き刺さったバイクの後方部分は僅かに膨れ、破裂するのみ。

 脂虫どもの身体は建材としてクラフターに強化されているため、聖なる魔術の効果を減じてしまうのだ。


「逃がさない!」

 紅葉も追おうと身構える。

 だが機械の構造としては出鱈目なはずのバイクが走り去る速度は相当に速い。

 紅葉の【爆風走(ウレレト・チャウ)】や【爆地走(ウレレト・ター)】で追いつくのは無理だ。

 短機関銃(P90TR)を持ってはいるが、この距離じゃ届かない。


 側には先ほどの攻防で1体残った姉のメジェドがいる。

 メジェドは人を乗せて飛行することができる。

 だが奴のバイクのが圧倒的に速い。

 そのように焦る紅葉は、


「ねえ小夜子ちゃん。あの2匹、この前の水曜に女の子を襲ってた奴だわ」

「そう言われればそうね」

「……!?」

 2人の会話に、ふと気づく。

 サチの視線を追って、クラフターが残していった数匹のゾンビを見やる。

 なるほど。


 水曜日に無垢な少女を襲っていた4匹の脂虫。

 そいつを成り行きで、紅葉たち4人とクラフターは協力して叩きのめした。

 クラフターは4匹を連れて行った。

 そのうち2匹を紅葉の前に残していったらしい。


 そして2匹は自身のバイクの材料にした。

 思い起こせば、クラフター・モービルを形作っていた脂虫に見覚えがある顔がいた。


「……あいつ」

 紅葉はクラフターが脂虫バイクで走り去った方向を見やる。

 そして周囲を見やり、奴を追いかける手段を見つけた。

 破棄され朽ちた軽四輪だ。


「ひとまず屍虫どもを片付けましょうか」

「そうね」

「……待ってくれ!」

 奴が残したゾンビを屠ろうとする小夜子たちを制止する。


 そして訝しむ皆を尻目に、ゾンビどもに掌をかざして呪文を唱える。

 奉ずるは【ヘビの杖(ヘト・ヘファウ)】と同じ、死と再生を司るオシリス神。

 だが目的は真逆。


 紅葉の掌から黒い魔力が束になって放出される。

 放たれた魔力は手近なゾンビどもに絡めとり、巻きつく。

 即ち【罪囚の支配(ヘカ・ケネル・アジャ)】。


 その様子はミイラに巻きつく包帯に似ている。

 だが故人への畏敬をもって弔うためのミイラ化とは違い、黒い魔力の包帯は死んで当然の罪人を痛めつけ、その身体を歪ませ捻じ曲げ操るための手段だ。

 だから紅葉が術を操るままに、ゾンビどもは無理やりに繋ぎ合わせれ馬と化す。


 その間に楓がレーザーで軽四輪の上半分を斬り飛ばしていた。

 流石は姉さん。

 妹の考えを察してくれたらしい。


 だから紅葉は黒い包帯を操り、ゾンビ馬を下半分になった軽四輪にくくりつける。

 即席のゾンビ・チャリオットだ。


 どんなに呪術を鍛えても、紅葉の本質はスポーツマンだ。

 しかも助っ人として多種の部活を渡り歩く万能選手。

 それが露骨な勝負を挑まれて、黙っていられる訳がない。

 スピード勝負も臨むところだ。

 幸いチャリオットは以前にも駆ったことがある。


 素早く軽四輪の車体に跳び乗り、術を駆使してゾンビ馬を走らせる。

 ヤニで歪んだ身体を呪術で無理やりに酷使することによる超馬力、加えて風と大地を操り疾駆する先で、紅葉はクラフター・モービルに追いついた。


「Gggggreat! 覚えが早いじゃないか!」

「先生が良かったからね」

 軽口を交わし合いながら2人は笑う。


 クラフターはバイクの側面から【牙突(ティース)】を放つ。

 その表情は童女のように楽しげに、あるいは映画の狂人キャラそのままに。


 先ほど彼女が呪術の知識を語った理由がわかった。

 狂人のような言動で皆を惑わすクラフターは、紅葉をゲームに誘ったのだ。

 臭くて汚い脂虫の肉体をボールのようにぶつけ合い、忌まわしい喫煙者の精神が苦痛と恐怖に朽ちて擦り減る様子を見ながら笑う、悪趣味なゲームに。


 だから紅葉も反撃しようと呪文を唱える。

 奉ずるは死を司るアヌビス神。その恐ろしいイメージを脳裏に描こうとして――


――紅葉ちゃん、顔が怖いよ。


 ふと眼鏡の友人の言葉が脳裏をよぎる。

 1年前、紅葉は姉とともに脂虫連続殺害犯【メメント・モリ】だった。

 当時の紅葉は部活を辞め、復讐で頭がいっぱいになって彼女に寂しい思いをさせた。

 いろいろあって心の整理がついた今は、彼女に少しでも償いをしたいと思っている。

 だが……


(……ごめん、今日だけは怖くいくよ)

 頭の片隅で友人に詫び、彼女の瞳に映った自分の冷酷な表情をアヌビスに重ねる。

 ナルシストと謂うなかれ。

 姉に殉ずる形で歩み出した復讐者への道。

 だが弟を、無辜の人々を害した脂虫への憎悪は本物だし、今も変わらない。


 だからゾンビ馬から小さな骨の弾丸の弾丸【骨の矢(アハ・クス)】を放って反撃する。

 紅葉とクラフターは骨の弾丸を互いに撃ち合う。


 正直なところ、楽しかった。

 自分もクラフターと同じ表情で笑っている自覚はあった。

 これでは姉や小夜子をとやかく言えない。


 そうやって2人はバイクとチャリオットを走らせる。

 その最中、ふと以前に見た映画のシーンが脳裏をよぎる。

 死霊使いクラフターが、ディフェンダーズの敵として初めて登場した作品の一幕だ。


 ――中世の平和な村をイメージした牧歌的な花畑で、子役が女性と遊んでいた。

 可愛らしい銀髪の少女は子供時代のクラフター。

 同じ色の髪をした美しい女性は彼女の姉だ。

 周囲では姉妹に寄り添うように、小鳥や森の動物たちが戯れていた。


 だが次の場面は、流行り病のように蔓延した魔女狩りが平和な村を襲った体の凄惨な火あぶりのシーンだった。

 幼いクラフターを演じる子役は、迫真の演技で泣き叫んだ。

 何度も姉の名前を呼んで、村人役のエキストラたちに取り押さえられた。

 魔女を殺せとヒステリックに叫ぶ村人たちの大半がくわえ煙草なのが印象的だった。


 次の場面は恐ろしいBGMとともに少し背が伸びた少女が呪文を唱えるシーン。

 銀髪の少女は悪霊から恐ろしい闇の魔法を会得した。

 かつて姉から学んだ、草木や鳥獣を友とする善なる魔法を捻じ曲げる形で。

 自身から理不尽に姉を奪った村人たちに復讐するために。


 そして次のシーン。

 かつて魔女狩りがあった村に、現在のクラフターと同じ黒いマントをまとった銀髪の少女があらわれた。


 少女が闇の呪文を唱えると、空は雷雲に覆われる。

 雷雲からはすさまじい雷雨が降り注ぐ。

 地面からは氷の槍がいくつも飛び出し、逃げ惑う村人たちを血祭りにあげる。


 血しぶきと悲鳴をあびて少女は笑う。

 そして新たな呪文を唱える。

 途端、死した人々がぎこちない動作で起き上がって生存者を襲う。


 死霊使いクラフター誕生の瞬間だ。


「――but,」

 我に返った紅葉のチャリオットに並走しつつ、クラフターはバイクを駆りつつ語る。


 たぶん紅葉が何を思い出したかには思い当っているはずだ。

 何故ならディフェンダーズの映画に彼女らヴィランたちも協力していると聞いた。


「本当に悪いのは彼ら自身じゃないんだ。村人たちも操られていたんだよ」

「操られて……?」

「そう。人々の間に不和をもたらし、裏から2度にわたる大戦を引き起こし、今しも社会の裏側に潜んで負の感情をまき散らしている、あの忌まわしい……」

「……人間に化けた泥人間? 脂虫?」

「Yeeees!」

 狂ったようなクラフターの、だが狂おしいほどの感情のこもった笑みでわかった。


 映画の内容は、少なくとも部分的には本当だ。

 かつてクラフターは大事な何かを失った。

 本当に姉なのかもしれないし、別の誰かかもしれない。


 どちらにせよ彼女は復讐のために呪術を学んだ。

 そして理不尽な喪失の原因が脂虫――邪悪で卑しい喫煙者だと気づいた。


 クラフターはかつての紅葉――脂虫連続殺害犯【メメント・モリ】と同じだ。

 正義とは真逆の手段で、人間社会に隠れ潜む闇の存在を狩り滅ぼす。

 かつて姉妹がしようとしたように。


 そんな彼女は、もしかして今回の邂逅で紅葉に――


 ――次の瞬間、クラフター・モービルが爆ぜた。

 邪悪な脂虫で作られていたバイクは捻じれて歪んで腐肉の門と化す。

 その中から小夜子にサチ、楓にシャドウ・ザ・シャークが飛び出す。

 死霊使いクラフターは、死霊使いである故に【供物の門ネヨコリクィアウアトル】から逃れられない。


「もう逃げられませんよ」

 バイクから放り出され立ち上がろうとしていたクラフターに、楓は杖を突きつける。

 ウアブ魔術師の必殺の武器であるウアス杖を前に、ヴィランは思わず動きを止める。

 側では小夜子がアサルトライフル(FX05シウコアトル)を構える。

 シャドウ・ザ・シャークもシャーク・シューターの狙いを定める。


 紅葉に加えて2人の呪術師(ウォーロック)、2人の魔術師(ウィザード)に囲まれた今のクラフターに勝機はない。

 特に魔術をこめられた指輪を破壊された状態では。

 だがクラフターは、そんな状況すら楽しむような笑みを浮かべ、


「You’re the Winner! 君たちは本当に強いんだなあ」

 唇を妖艶な笑みの形に歪めながら両の掌を開いてかざす。

 得物はなく、攻撃の意思もないと示すように。そして、


「Gggggreatな君たちに、少しばかり昔話を聞かせてあげるよ」

 語り始める。

 油断なく身構える5人の敵術者を前に、平然とした挙動は流石と言ったところか。


「2年前にも、わたしはこの街を訪れた。目的は今日と同じさ」

「なんだって!?」

 クラフターの言葉に紅葉は、小夜子は、一同は驚く。


 2年前の桂木姉妹は、魔法とも怪異とも無縁な普通の中学生だった。

 小夜子は既に執行人(エージェント)だったが、当時はまだ幼馴染の彼が側にいた。


 その頃からクラフターはこの街で暗躍を続けていたらしい。

 当時から諜報部にいたサチも初耳だった。


「100 piece Zombiesを組み合わせて作ったクラフター・シップを使ってプリンセスを本国に輸送しようとしたんだ。でも果たせなかった」

 言ってクラフターは一行を順繰りに見やり、


「計画を邪魔したのは君たちと同じ……いや、もっと小さなGirlsだった。だからわたしは仲間を集め、準備した。そして今日はこのザマさ」

 笑う。

 頓挫した計画について語っているにもかかわらず。

 だが、相手の計画を邪魔しておいて、そういう表情をさせる小さなGirlsを一行は知っている。だから、


「じゃあ次は2年後かい?」

「いや。今回の計画が失敗したら、もう『間に合わない』んだよ」

「どういうこと?」

 少しばかり言ってみた嫌味に返された言葉に、紅葉は訝しむ。


「……詳細は支部で聞かせてもらうわ」

 小夜子はアサルトライフル(FX05シウコアトル)の銃口を油断なくクラフターに向ける。


 なるほど的確な判断だと紅葉も思う。

 彼女の所属は巣黒支部の諜報部。

 クラフターを捕らえてしまえば何時でも好きに話は聞ける。


「こちらデスメーカー。クラフターと交戦、及び確保。今からそっちに運ぶから、怪人としての受け入れの準備をお願い」

『了解。【供物の門ネヨコリクィアウアトル】の媒体を用意して懲戒担当官(インクィジター)ベリアルと待機します』

「よろしく」

 胸元の通信機越しに、手際よく怪人捕獲の手続きを済ませる。

 そんな様子を見守っていたクラフターは唐突に、


「勇敢な君たちのためにDaemonsに誓うよ。このわたしクラフターは、今後、この件に君たちと敵対する形で関わることはない」

 映画のように芝居がかった口調で語る。そして、


「Please,Merlin!」

「あっ!?」

 消えた。

 反応する暇すらなかった。


 一瞬だけ、彼女の白い指のひとつに指輪が残されているのが見えた。

 小癪にも他の指輪を犠牲にして【智慧の大門マス・アーケインゲート】の指輪を死守していたらしい。

 しかも一行が隙を見せるまでその事実を隠し通した。

 晒した両手の指のひとつに【幻影(イリュージョン)】をかけ、さも降参した体で並み居る術者(含諜報部員2名、公安刑事1名)を欺き通す技量と面の皮は狂人キャラの面目躍如だ。


 小夜子は悔し紛れにアサルトライフル(FX05シウコアトル)を構えながら周囲を見回す。

 短距離転移からの再攻撃を警戒しているのだ。だが、


「クラフターはもう襲ってはこないよ」

 紅葉は語る。

 先ほどまで黒マントの少女がいた場所を見やりながら。


「なんでわかるのよ?」

「映画でもクラフターは言動はあだけど、かわした約束をやぶったことはないんだ」

 特に敬意を表した相手と交わした約束は、絶対に。

 小夜子の問いに答えて笑う。


 そして先ほどまで黒マントの少女がいた場所を見やる。


 だから、クラフターはもうあらわれない。

 少なくとも紅葉たちと敵対する形では。


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