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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第16章 つぼみになりたい
336/579

歌の力

 よく晴れた日曜の午前。

 亜葉露(あばろ)町の繁華街の一角にあるライブハウス『Joker』。

 双葉あずさの新曲お披露目ライブは朝から大いに盛り上がっていた。


 なにせ、あずさには老若男女を問わずファンが多い。

 下は親御さんに連れられた未就学児から。

 上はその親御さんより年上ほどの定年間近で、大学生くらいの子供がいそうな頭頂が禿げあがったおっさんまで。

 皆があずさに心からの声援を送っていた。


 もちろん客席の一角では園香やチャビーたちも、


「あずさちゃん可愛かったね」

「うんうん。歌もとっても上手だった」

 興奮に顔を上気させ、満面の笑みを向け合う。


 今はちょうどあずさが3曲目を歌い終わり、場繋ぎのアーティストと交代すべく幕が一旦、下りたところだ。


「すっごくステキだったのー!」

 桜も興奮気味にはしゃぐ。

 さらに横ではテックが無表情なりに感極まった様子でうなずく。

 結局、余ってしまったチケット2枚で、園香は彼女ら2人を誘っていた。


 各々の流儀で感動を表す皆を見やって園香も微笑む。


 けれど、ふと遠い目をして、ここにはいない友人の無事を祈る。

 本当は映画館デートを彼女と楽しみたかったのだけど、園香には窺い知ることもできないのっぴきならない理由によって来られなくなった友人。

 ……大好きなマイちゃんが、怪我をしたり嫌な目に会いませんように。


 一方、舞台の袖には大学生くらいの細長い男。

 パーカーのフードで頭を隠し、サングラスをかけている。

 事情を知らない者が見たら、すぐさま警備員が飛んで来そうな不審者っぷりだ。

 なにせ双葉あずさは以前にも暴徒に襲われている。


 だが彼は【協会(S∴O∴M∴S∴)】から正式に派遣された術者――萩山光だ。

 彼の目的は続いて披露される場繋ぎライブを新開発区に届けること。

 だから肩の上で飛び交う少女の形をした2体のアドラメレク――伝達の呪術の媒体となる水のデーモンを見やって笑う。

 ……そんな様子も微妙に不審者チックなのだが、幸い彼に注視している者はいない。

 何故なら皆の目当ては双葉あずさ、そして場繋ぎにと公表されたアーティストだ。


 だから大学生が、小学生たちが待ち侘びる中、再び幕が上がった。

 そこにあらわれたアーティストは――


 ――少し時間を遡り、先週と同じく晴れわたった空の下。

 廃墟の街の一角を乾いた風が吹き抜ける。

 朽ち果てて瓦礫が転がる大通りを、先週と同じように武装した男女が進む。


 改造ライフル(マイクロガラッツ)肩紐(スリング)で背負った志門舞奈。

 いつもの三角帽子をかぶり、戦闘(カンプフ)クロークを羽織った安倍明日香。

 各々の得物を構えた桂木姉妹に九杖サチ、如月小夜子。

 一行の前を歩くミスター・イアソンとシャドウ・ザ・シャーク。

 もちろん皆の左腕には、サチの【護身神法(ごしんしんぽう)】の媒体となる注連縄。


 仕事人(トラブルシューター)執行人(エージェント)、欧米のヒーローたちによる合同部隊である。

 だが今回の目的は偵察ではない。

 結界を破壊してヴィランの拠点を破壊すること。そのために、


「鷹乃ちゃん、具合はどうだ?」

 舞奈は見やりもせずに問いかける。

 一行のしんがりに今回はニュットはいない。

 代わりに頭上には人間サイズの早期警戒機(E-2C)がたゆたっている。


「抜カリハ無イ。ソレト鷹乃チャント呼ブナ」

「ははっ、すまんすまん」

 正確には軍用機を模したドローン。

 鷹乃の式神だ。

 姿形こそ早期警戒機(E-2C)を模してはいるが陰陽師が操る式神なので、実機と違って人の行軍にあわせて牛歩することもできる。


 そんな早期警戒機(E-2C)の両翼には戦闘機がミサイルを提げるように機材が吊られている。

 左右1対の放送用スピーカーだ。


 あずさのコンサートの場繋ぎとして披露される委員長のライブ。

 彼女のロックに秘められたパワーによって一行の魔力を引き上げ、ヴィランが拠点の周囲に張り巡らせた強固な結界を破壊するのが今回の作戦のキモである。

 そんなライブを戦場に届けるのが、今回の鷹乃の役目だ。


「皆さん一旦、止まってください。……こちら合同攻撃部隊。目標地点へ到達」

『はい。目標地点への到達を確認しました』

 一行が立ち止まり周囲を警戒する中、明日香は胸元の通信機に伝える。

 通信機は少しくぐもった中川ソォナムの声で答える。


 ニュットに代わって今回の作戦の責任者とされたのは諜報部の小夜子。

 だが実質的に指揮を任されているのは明日香だ。

 正規の執行人(エージェント)ではあるものの直接戦闘に特化しすぎた小夜子より、沈着冷静な彼女のほうが合同部隊の指揮は適任との判断からだ。


「時間的にはもうすぐ委員長のライブが始まるわね」

「ヒュー! さっすが優等生。到着する時間もピッタリだ」

 茶化す舞奈の側で、明日香が時計を確認する。


 そんな2人や皆の目前。

 そこには廃墟の通りを塞ぐように超巨大な結界が鎮座していた。

 もはや隠すつもりもないらしい。

 結界を構成する無数の六角形の文様が、不退転の決意を示すように妖しく輝く。


 その向こうに確かに視認できる、歪な建造物のシルエット。

 それこそが――


「――巨大戦術結界および敵ヴィラン拠点を確認。これより作戦を開始します」

『了解しました。ご武運を』

 今回の結界攻略作戦の目的である。

 明日香が通信機ごしに報告し、それが同時に作戦開始の合図となる。

 だが次の瞬間、


「おおっと! 奴さんのお出ましのようだ」

「奇襲デアル! 警戒セヨ!」

 舞奈と鷹乃が同時に叫ぶ。

 鷹乃は早期警戒機(E-2C)の機能……と言うより陰陽術【孔雀・護身符(くじゃく・ごしんふ)】を使ったのだろう。


 だから警告に応じて身構えた一行の目前に、無数の何かが出現した。

 種々様々な銃を手にし、ヤニで濁った眼をした暴徒の群。

 脂虫どもが転移して撃ってきたのだ。


 前回ほどの数はいないのが幸いか。クラフターは旧市街地で脂虫を集めていたようだが、損耗分を補填するのは無理があったのだろう。

 それでも一行を包囲するには十分。


「えっ敵が!?」

「明日香ちゃん!?」

「皆さんは自衛しつつ結界破壊の準備を。鷹乃さんも放送を始めてください」

 驚く紅葉やサチの手前、明日香は冷静に指示を出す。


 その背後、早期警戒機(E-2C)ドローンのスピーカーからイントロ。

 手足を展開してガウォーク状態になった式神を中心にロックンロールが流れ出す。

 委員長のコンサートが始まったのだ。


 ポップでライトなイントロは『星屑たちのAFTER∴PARTY』。

 軽快なロックのリズムが激戦の幕開けを告げる。


「舞奈は迎撃を。ミスターもお願いします」

「了解した!」

 ミスター・イアソンは全身タイツの下の筋肉を超能力(サイオン)でさらに肥大させつつ、一行を守るように躍り出る。ヒーロー然とした極彩色のマントが鋭くなびく。


 イアソンは銃弾を【念動盾テレキネシス・シールド】で受け止め、【念力盾サイオニック・シールド】で防ぐ。

 そうしながら【強化能力(リインフォース)】で強化された鉄拳で脂虫どもを叩き伏せる。

 マッチョな欧米のヒーローは勇敢にして屈強、そして熟練した超能力者(サイキック)だ。

 そんな彼がパンチで1匹を粉砕した瞬間、


「避けろイアソン!」

 舞奈の声に跳び退った足元から、瓦礫と土砂の柱が立つ。

 いきなり出現した土柱に、飛んで来た銃弾の何発かが当たって埋まる。


「さんきゅ!」

 土柱の陰から飛び出た1匹を拳銃(ジェリコ941)で射抜き、舞奈はニヤリと背後を見やる。


 一行の周囲を取り囲むように隆起した無数の土柱は小夜子とサチの仕業だ。

 2人で【挺身する土(トララチマリア)】【地守法(つちのまもりのほう)】を行使し、数多の遮蔽物を急造したのだ。

 点在する遮蔽の存在は、銃士の群を少数で相手する舞奈たちには有利に働く。

 ……まあ舞奈がいなければイアソンに激突必至のいきなりな施術はどうかと思うが。


「チイィィィィ!」

 鷹乃も機首にマウントした短機関銃(9ミリ機関拳銃)で応戦する。

 掃射された小口径弾(9ミリパラベラム)が脂虫どもを引き裂く。

 だが同僚の死など構わず飛び出てきた別の数匹に撃ち返される。

 数発の銃弾が【身固め(みがため)】による不可視の障壁を揺らして地に落ちる。


「エエイ! 厄介ナ」

「鷹乃ちゃんは下がっててくれ! ノイズが混ざる」

 撃ってきた脂虫すべての脳天を拳銃(ジェリコ941)で射抜き、舞奈はガウォークの前に立つ。


 鷹乃も舞奈も拳銃弾程度なら余裕で防げる障壁で守られている。

 だが万が一にも鷹乃のスピーカーに何かがあると作戦そのものが灰燼に帰す。


「知ッタ口ヲ。ダガ貴様ノ銃デ相手スルニハ数ガ多カロウ?」

「そうでもないさ!」

 不敵な笑みで答えつつ弾切れした拳銃(ジェリコ941)を仕舞う流れでナイフを抜いて投てき。

 後退する鷹乃に追いすがってきた1匹を仕留める。

 頭を斬り飛ばされたヒッピー風の中年男が崩れ落ちる間もなく駆け寄る。

 素早くナイフを回収しつつ、


「借りるぜ!」

 首なしヒッピーが手にした大型拳銃(デザートイーグル)を奪う。

 素早く動作と残弾をチェック。

 続けざまに撃つ。2発。

 隣の土柱から飛び出してきた臭そうな背広2匹の頭がはじけ、胴は体液をほとばしらせながら吹き飛ぶ。


「ヒューッ! さっすが50口径!」

 口元に笑みを浮かべつつ身をかがめる。

 その頭上を銃弾が駆け抜け、背後の土柱に埋まる。【護身神法(ごしんしんぽう)】に頼るまでもない。


「ホウ……」

 後方で放送に専念するガウォークの感嘆を尻目に、舞奈は間髪入れずに3匹を撃つ。

 うち手近な2匹が手にした得物を、流れるような動作でそれぞれ奪う。

 右手の小型拳銃(グロック17)を捨てる。

 左手の拳銃(コルト M1911)を右に持ち替えて撃つ。


 敵の数は多く、自前の弾丸を使っていたら鷹乃の言葉通りキリがない。

 そこで考えたのが、この方法だ。


 種々多様な脂虫たちが持っている銃は種類も残弾も整備の度合いもまちまち。

 なので先日、比較的まともな銃の選び方をスミスから教わったのだ。

 そもそも舞奈は最高の状態の銃を知っている。

 卓越した感覚でそれに近いものを見繕って奪えばいい。


 そのように死の風の如く敵の間を駆け抜けながら撃つ。

 弾が切れたら次の得物を拝借して撃つ、撃つ、撃つ。


――カーニバルが終わった後の

――誰もいないステージに

――ひとりただ立ち尽くして夜空を見上げてた


――星が綺麗だね


 じらすような長めのイントロに続く軽快な歌声に、機動する舞奈の口元には笑み。


 ファイブカードのナンバーの中では比較的マイナーなこの曲を、聞くのは2度目だ。

 1度目はKASC支部ビル攻略戦。

 蔓見雷人が自身のすべてをかけた最後のコンサートで披露した。


 そんな曲を、委員長が楽しげに歌っているのが良い気分だった。

 彼が後世に残したかった何かを、若きアーティストが継いだように思えるから。


 皆のアイドル双葉あずさのライブの場繋ぎには、ポップな曲が合うとの判断か。

 生真面目な委員長は誰かを楽しませると決めたら全力だ。

 練習時間をとれないハンデを慣れたマイナー曲という選曲でカバー。

 はじけるような鮮烈なギターと歌声は、術者のみならず舞奈の精神をも鼓舞する。

 そもそも歌は人の心を湧き上がらせるものだから。


 舞奈は奪った銃で脂虫を撃ち、弾がなくなったら新たな得物を奪う。

 ミスター・イアソンは圧倒的なパワーとスピードで次々に脂虫を叩きのめす。

 そうやって2人が脂虫どもを蹴散らす側、


――さっきまでの何もかもすべて

――夢見てたより最高すぎて

――ハートあばれて身体ほてって眠れない


――ヘンじゃないよね


 術者たちの詠唱が完成した。


 手始めにシャドウ・ザ・シャークがかざした両の掌の先に、巨大な竜巻が発生する。

 即ち【大天使の風の大撃ラファエルズ・ウィンドブラスト】。

 シャドウ・ザ・シャークはディフェンダーズ随一のサメ女ヒーローだ。

 サメのみならず、サメに関わる自然現象をも創造せしめる。


 ……竜巻が? いや今はツッコんでいる場合ではない。


 竜巻から【生命ある雨(オーガニック・レイン)】によって数多のサメが飛び出す。

 巨大なホオジロザメの群はそれぞれ宙を駆け、鋭い歯が生えそろった大口を広げて結界に食らいつく。その中心で、荒れ狂う超巨大な竜巻が結界を削る。

 サメと竜巻。

 竜巻とサメ。

 高等魔術で再現されたシャークネードが強固な結界を揺らす側、


「――あ、ま、て、ら、す、お、ほ、み、か、み!」

「我が手に宿れ! 左のハチドリ(ウィツィロポチトリ)!」

 暴風の余波をものともせずに、しかと互いの手を握りしめたサチと小夜子。

 2人もまた祝詞と神への祈りを唱え終えた。

 同時に繋がずかざされた方のそれぞれの掌から鮮烈な光の束が放たれる。

 大魔法(インヴォケーション)によるレーザー光線の照射。

 即ち【十言神咒(とことのかじり)】【太陽の嘴(トナメヤカトル)】。


 かつてKASCビル攻略戦で完全体・疣豚潤子を滅ぼした聖なる光。

 煮えたぎるフレアのような光の軌跡。

 愛し合う2人の呪術師(ウォーロック)が互いを想いながら顕現せしめた光条は、捻じれあい、絡まりあって美しい光の螺旋を描きつつ、まばゆい熱の奔流と化して六角形に突き刺さる。


 その側で、紅葉が両手に構えた黄金色の短機関銃(P90TR)拳銃(ファイブセブン)

 各々のレールにマウントされた小箱『マァトの天秤』。

 アーティスティックな黄金色の小箱は花の花弁のように精緻に展開する。

 そして咲き誇る花の中心からレーザー光線が放たれる。

 即ち【光条の杖(カー・ヘト・ウベン)】。


 その側で楓が構えたウアス杖の先端からもレーザーの奔流。

 紅葉のそれより幾分まばゆく太い。

 こちらも魔道具(アーティファクト)にこめられるほど習熟した【光条の杖(カー・ヘト・ウベン)】。

 妹のそれと合わせて完全体・死塚不幸三を滅ぼした裁きの聖光。


 かつて楓が陽光の魔術に用いるラー・ホルアクティの現身として脳裏に描いたのは委員長その人のイメージだった。

 別の術で変装するためにスケッチした彼女に惹かれたからだ。


 スリムだが均整の取れた女子小学生の身体。

 恥じらいながらも確たる意思を感じさせる口元。

 幼いながら厳粛さと公平さを秘めた、眼鏡の奥の凛とした瞳。


 あのとき、彼女の身体すべてを脳裏に焼きつけたと思った。

 その鮮烈なイメージから畏敬という魔力を賦活し、光に変えて敵を討ったのだと。


 だが違っていた。

 あのとき楓がキャンバスの前に見た神性は、彼女を構成する半分に過ぎなかった。

 自分が見逃していた彼女の半身を、今、見つけた。

 それは彼女の魂を構成する歌声、リズム。即ちロックだった。


 今ここに、清廉な身体と鮮烈な魂のイメージが結合する。

 いわば今まで最強の武器だと思っていた安全弁で抑えこまれた、猛り狂う精魂のうなりを魔力に変え、光に変えて解き放つ。

 故に光の勢いは、さらに上位の大魔法(インヴォケーション)大いなるラーの光杖カー・ヘト・ラー・ウセル】にすら迫る。


――ありがとうって伝えたいよ

――大きな声で叫びたい

――やっと見つけた俺が俺のまま居れる場所


――それがここだった


 以前と違ってニュットの援護はない。代わりに、


「――災厄(ハガラズ)!」

 真言に続く魔術語(ガルドル)と同時に、明日香の頭上に並んだ1ダースほどの光球。

 それらが一斉にレーザー光線の群れと化して結界を穿つ。

 即ち【熱光嵐(ラーサー・シュトルム)】。


 太陽光を司る大日如来マハー・ヴァイローチャナを奉じ、ドッグタグの代わりに小頭を用いた攻撃魔法(エヴォケーション)

 ロックと同じくらい鮮烈なレーザー照射の嵐。

 先の戦闘で大魔道士(アークメイジ)蔓見雷人を驚愕させた凄まじい破壊の権化。


 そのように光とサメの猛攻を受けた結界は――


――自分が誰だかわからなくただじっと膝を抱えてさ

――星屑みたいに漂ってた

――そんな俺が今日はスーパースターさ

――だけどクールなキャラが仇になって本当の気持ちを言えやしない

――言葉はぜんぶ軽口になって星空の彼方に散ってく


――だから今夜は歌うよ YAY! YAY! YAY! YAY!


 同じ頃、西園寺邸に近い路地裏で、


「何か用なンすか?」

「麗華様、下がってください」

 麗華たち一行の前に金髪の2人組があらわれた。

 リンカー姉弟である。

 姉弟は誰何を無視して無言で一行に襲いかかる。


「奈良坂さん! ハットリさん! やっておしまいなさい!」

「あっはい!」

「麗華サンには指一本触れさせマセんよ!」

 悪役みたいな麗華の命に応じるように、2人の護衛が立ち向かう。

 長い金髪をなびかせたクラリスには奈良坂。

 帽子を目深にかぶったエミールにはハットリ。だが、


「ああっ弱いですわ!?」

 自分を棚上げして麗華が驚愕する。

 奈良坂はクラリスが掌からのばした形のない刃に突かれて一瞬で気絶した。


(ええっ……!?)

 突いたクラリス本人が驚くような呆気なさだ。

 いちおう相手が術者だからと警戒して【転移能力(テレポーテーション)】を使わず【加速能力(アクセラレート)】を使って慣れない接近戦を挑んでみた結果が、この様だ。


 まあ【精神剣(マインド・ソード)】は物理的な防護をすり抜け精神にダメージを与える。

 奈良坂の二段構えの身体強化とは相性が悪いのは確かだ。


 一方、ハットリは素早く跳び退る。

 それでもかすめた精神の刃に、顔をしかめて耐える。

 その側でジャネットがナイフを抜いて、デニスが空手を構える。


 加えて物陰から2つの人影が跳び出した。

 ひとりは小柄なベリアル。

 ひとりは長身のサーシャ。


 デニスとジャネットは身を硬くする。

 サーシャは以前に2人を打ちのめし、麗華を誘拐した。


 だがサーシャはベリアルとともに、リンカー姉弟に向き直る。

 だから2人もハットリとともに彼女らと並び、麗華を背にして身構える。

 デニスもジャネットも修羅場を知っている。

 敵と味方の区別はつく。


 麗華を巡って5人と2人は睨み合う。

 そのとき、


『エミール、クラリス、戻れ!』

 2人の脳裏に声が響いた。


『えっ? でも、まだプリンセスが』

『……状況が変わった。じきに【念砦(ネスト)】が破られる』

『何だって……!?』

『緊急時のプラン通り、奴らをプリドゥエンの守護珠で分断して各個撃破する。目的遂行はそれからだ』

『ああ、わかった』

 自身たちの【精神読解(マインド・リード)】に相乗りして行使された長距離からの【精神感応(テレパシー)】。

 そんな高い技術で伝えられた信じられない事実を、だが姉弟は冷静に受け止める。


 心の何処かで覚悟はできていた。


 火曜日の夜に相対した最強。

 志門舞奈。

 安倍明日香。

 あの底知れぬ2人と、ヴィランである自分たちは敵対しているから。


『今からゲシュタルトで【転移能力(テレポーテーション)】を増幅して拠点まで跳べるか? すまんが力を借りたい。……あと、最悪の場合に備えたい』

『そのくらいならできるけど……』

『了解したよ! 糞ったれ!』

『品がないぞ』

『口に出してないんだから良いだろ!』

 苦境ながらも冷静なネメシスの指示と軽口に答え、


「……姉さん」

「……ええ」

 姉弟は顔を見合わせる。

 何故だか【精神感応(テレパシー)】や【精神読解(マインド・リード)】を使う前に互いの意図がわかった気がした。

 その意味を考える前に、


「ええっ!?」

「しま……っ!?」

 驚くハットリやサーシャ、一行の目前で姉弟は唐突に『消えた』。


 そして次の瞬間、後ろでふんぞり返っていた麗華の目前に『出現』する。

 何のことはない【転移能力(テレポーテーション)】だ。


 護衛たちは術者だから、至近距離への瞬間移動は推奨されない。

 だが麗華は術を使えぬ一般人だ。

 超能力(サイオン)による空間の『抜け道』をブロックされる危険はない。


 加えて敵にとって姉弟は初見。

 今回の遭遇で姉弟が【転移能力(テレポーテーション)】を使うのも初めて。

 護衛の対応も遅れるはずだ。


 だから驚いた麗華が尻餅をつく間もなく左右からつかみかかり―――


「―――おっ! おっ! おっ!」

「ええっ!?」

「な……っ!」

 姉弟よりなお唐突に、麗華の前に人影があらわれた。

 麗華と同じくらいの背格好の女子小学生。


 姉妹は共に【精神読解(マインド・リード)】と【転移能力(テレポーテーション)】を使いこなす強力な超能力者(サイキック)だ。

 だが反射神経や動体視力は人並。

 目前にいきなりあらわれた何者かに対応することはできない。だから、


「――!?」

 姉弟は慣性のまま謎の子供の両腕をつかむ。

 そして3人で『消えた』。


 後に残された麗華は呆然と座りこむ。

 出かける前に準備はしたのに、仕立ての良いスカートにしっとりした染みが広がる。

 その様を、振り返った護衛たちが唖然とした様子で見やっていた。


――AFTER PARTY!

――さあ踊ろう

――俺と星たちの後夜祭さ


 再び廃墟の街の戦場で――


「――遅かったじゃないか!」

 舞奈が脂虫のいない虚空へと撃つ。


 その側に、空気からにじみ出るように黒マントの少女があらわれる。

 クラフターだ。


 なるほど結界への攻撃最中の術者たちに忍び寄ろうとしていたらしい。

 光学迷彩の呪術【透明化(インビジビリティ)】を使ったのは、【妖精の舞踏(フェアリー・ステップ)】による転移は舞奈に気づかれるからだろう。

 空間に抜け道を作るタイプの転移は周囲の空気をゆらす。

 前回の戦闘で瞬間移動による奇襲を察し、あらゆる近接攻撃を回避した技芸のタネが空気を読むことだと彼女は気づいていた。


 だが舞奈の感覚の鋭敏さは彼女の予想を超えていた。

 瞬間移動も透明化したこっそり移動も、卓越した感覚の前では等しく無力。


――FLYING MIND 今日は!

――最高さ

――ハートも星に乗って踊るさ


「Hey,Icicle! Icicle!」

 クラフターは矢継ぎ早に【鋭氷の短剣(アイス・ダガー)】【鋭氷の斬刃(アイシクル・エッジ)】を行使する。

 かざしたクラフターの掌から数本の氷のナイフが放たれる。

 次いで跳び退った舞奈の足元から氷の巨刃がのびる。

 だが舞奈は苦も無く回避する。

 

 施術に前回ほどのキレがない。

 どうやら焦っているようだし、リンカー姉弟のサポートもないからだ。


 対して舞奈は奪った銃を捨て、改造ライフル(マイクロガラッツ)を構えて撃つ。三点射撃(バースト)


「Defend me,Ice!」

 跳び退ったクラフターの前に、先ほどの氷刃と同様に地面から遮蔽物が建つ。

 即ち【堅氷の守護者(ガード・オブ・アイス)】。

 3発の大口径ライフル弾(7.62×51ミリ弾)は氷柱にひびを入れるが、砕くことは叶わず地に落ちる。

 だが、こちらも前回のように不可視の盾で無理やり防いだりはできないようだ。


――HAPPY SINGER!

――そりゃそうさ

――だって仲間が居るから


 次いで舞奈は跳び退る。

 ジャケットの内側からパイナップル型手榴弾を取り出して投げる。


 爆発。


 近距離からの熱い爆風を【護身神法(ごしんしんぽう)】が球状に防ぐ。

 同時に爆炎は氷の壁を砕きながらクラフターを足止めし――


――THANKS YOU みんな!

――さあ祝おう

――本当の俺から感謝をこめて


 委員長の歌声が曲を締める。

 続くギターのアウトロとともに、レーザーが照射していた、あるいは竜巻に削られサメに喰らいつかれていた六角形の文様が爆ぜた。


 砕けた文様は光の欠片になって消える。

 自壊は連鎖し、結界全体に広がっていく。

 文様で形作られた巨大なドームが小爆発に包まれていく。

 そして舞奈の、鷹乃の、ミスター・イアソンの、己が魔法に集中する術者たちの目前で、光の粉になって消えた。


 魂のロックによって無限に湧き出す強大な魔力。

 それらをこめられた竜巻にのしかかられ、何匹ものサメにかじられ、幾筋ものレーザー光線に炙られ、ついに結界が崩壊したのだ。


 いつの間にやらクラフターもいない。

 結界の崩壊を察して撤退したのだろう。


 だが今、深追いする必要はない。

 すぐに舞奈たちは拠点に突入するのだ。

 そのときには嫌でも再戦できるし、倒すか倒されるまで戦うことになる。

 それより――


『――舞奈さん。麗華さんの護衛チームから報告です』

 胸元の通信機からソォナムの声。


『麗華さんの御自宅近辺でリンカー姉弟の襲撃がありました』

「やっぱりか。麗華は無事か?」

『はい。……いえ、麗華さん御自身は無事だったのですが』

 ソォナムは言いよどみ、


「……他に何かあったのか?」

『ええ、その……他の誰かが【転移能力(テレポーテーション)】で誘拐されたようです』

「!? デニスかジャネットか?」

『いえ、お友達も無事らしいのですが……』

「じゃあ誰だよ? まさか奈良坂さんか、ハットリさんか?」

『彼女らでもなく、何というか……誰かとしか……』

「ええっ……?」

 柄にもなく要領を得ないソォナムの口ぶりに困惑する。

 まるで奈良坂の報告を聞いているようだ。


 まさかリンカー姉弟は何の脈絡もなく一般人を誘拐した?

 別に麗華じゃなくてもよかったのか?

 首をかしげる舞奈の視界が、


「気をつけて! 強力な魔術による強制転――」

「――!?」

 警告の声と同時に白く塗りこめられた。


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