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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第16章 つぼみになりたい
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威力偵察1 ~合同偵察部隊vs怪異

 よく晴れた日曜の早朝。

 新開発区の大通りを、乾いた風が吹き抜ける。


 コンクリートの骸にも似た廃ビルが歪に立ち並ぶ廃墟の街の、朽ちて剥がれて瓦礫が転がるアスファルトの路地を、武装した男女が進む。

 執行人(エージェント)仕事人(トラブルシューター)、欧米のヒーローたちによる合同偵察部隊だ。


「人がいない場所でも、あの格好で調査とかするんだなあ」

 ひとりごちて舞奈は笑う。

 普段通りにジャケットをなびかせ、手にはアサルトライフル(ガリルARM)

 一見するとヒーローたちの背中をぼんやり眺めながら歩いている舞奈。

 だが実際は研ぎ澄まされた感覚を駆使して周囲を警戒している。

 新開発区の住人としては一般的な振舞いだ。


「当然でしょ。ステージ衣装じゃなくて戦闘服なんだから」

 側を歩く明日香が生真面目に答える。

 下フレームの眼鏡が朝日にキラリと光る。

 こちらも普段と同様に、肩には髑髏の留め金がついた戦闘(カンプフ)クローク。

 頭上には黒いつば付き三角帽子。

 手には護身用の小型拳銃(モーゼル HSc)


「我がディフェンダーズの開発部による超能力者(サイキック)用の戦闘スーツだ。高い耐久性能を持つだけでなく、ある程度ならば気温や環境の変化からも守ってくれる」

戦闘(タクティカル)セーラー服の凄い版ですね」

 先頭を歩くミスター・イアソンの言葉に紅葉が反応する。

 憧れの映画の中のヒーローとの合同作戦に、柄にもなく声が弾んでいる。


 舞奈たちの側にはセーラー服を着こんだ楓と紅葉。

 彼女らの戦闘(タクティカル)セーラー服にも多少の防刃効果がある。

 まあ聞いた感触によると、効果の程には雲泥の差があるようだが。


「ふふ、紅葉ちゃんが仕事中にこんなにはしゃぐのも珍しいですね」

 隣の楓がおしゃれ眼鏡をキラリと光らせながら妹を見やり、


「いや別にはしゃいでる訳じゃ……。でも姉さんは凄いよね。あのシャドウ・ザ・シャークと知り合いだったなんて」

「御存知なかったですか? お姉さんはわたしから見ても優秀な術者ですよ」

「いえ実力は知ってましたが、人格的には……」

 紅葉は前を歩くシャドウ・ザ・シャークに答えながら姉から目をそらす。


(ひょっとして、わたし紅葉ちゃんにディスられていますか?)

(自業自得だと思うがな)

 楓が少し離れた舞奈を見やってきたので、舞奈も冷たい視線を返す。

 それはともかく、紅葉はシャドウ・ザ・シャークことKAGEのアレさには気づいていないらしい。彼女もまだまだピュアな中学生だ。


「みんなが仲良くなれて良かったわ」

「ええ、本当に」

 側を歩くサチと小夜子が、ヒーローたちと姉妹を見やって他人事のように評する。

 次いで2人は人目もはばからず、余人には向けない類の視線を交わす。

 さりげなく手も繋いでいたりして、こちらも仲睦まじくて何よりだ。


 サチがまとっているのは巫女装束。戦闘(タクティカル)セーラー服同様に防刃効果を持つ。

 セーラー服を着こんだ小夜子はアサルトライフル(FX05シウコアトル)肩紐(スリング)で肩に吊っている。


 そして一行の先頭を歩くのは2人の全身タイツ。


 ピッチリした白黒のタイツを身にまとったグラマラスな女性。

 シャドウ・ザ・シャーク。


 そして派手な色をしたタイツに身をつつみ、マントをまとったマッチョ。

 こちらはミスター・イアソン。


 ミスター・イアソンは得物こそ持っていないが、油断なく周囲を警戒している。

 彼が屈強な肉体と超能力(サイオン)を持ったヒーローだと舞奈は知っている。


 もちろん、その側のシャドウ・ザ・シャークも熟達した高等魔術師だ。

 正直なところ彼女も人格的には……だが、実力の程は本物だ。

 映画のヒーローファイルによると、多彩なサメ術を使うらしい。……サメ術?


 そんな彼女が手にしているのはサメを象った水鉄砲。

 その名もシャーク・シューター。

 映画の中で使っている専用銃らしい。……舞奈には普通の水鉄砲に見えるが。


 そして一行のしんがりは、短機関銃(H&K MP5K)を手にいけしゃあしゃあと続くニュット。

 合同部隊の作戦指揮は彼女の役目だ。


 そんな一行の左腕には注連縄が巻かれている。

 サチが用いる強力な防御魔法(アブジュレーション)護身神法(ごしんしんぽう)】の媒体だ。


 偵察とはいえ一行の準備は万全。

 なぜなら一行が敵の全貌を把握できていないから。

 そして、その理由が偵察用に放ったドローンがすべて何者かに撃墜されたからだ。


 そんな一行の死角から、数匹の獣が襲いかかる。

 大型犬ほどの大きさのある肉食の獣が、虚空からにじみ出るように出現したのだ。

 毒犬。【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】で透明化して奇襲する危険な怪異。


 だが次の瞬間、毒犬たちは粉砕された。

 シャドウ・ザ・シャークがシャーク・シューターを撃ったからだ。

 見た目通りの普通の水鉄砲から放たれたのは普通の水。

 だが射手が水術を得手とする術者だった場合は少し事情が異なる。

 水は護符を用いた疑似呪術【急流弾(ラピッド・ショット)】と化して毒犬を穿った。


 なるほど水術の媒体である水を持ち運ぶには水鉄砲は良い媒体だ。

 加えて鉄砲の形をしているので狙いもつけやすい。

 なにより玩具の水鉄砲は銃刀法による制限とは無縁だ。


 そんな女サメヒーローに続いて、紅葉が石つぶての弾丸【地の矢(アハ・ター)】を放つ。

 小夜子はナワリ呪術の気化爆発【捕食する火(トレトルクゥア)】を引き起こす。

 さらに爆炎からはサチによる古神術の火球【狐火法(きつねびのほう)】。

 攻撃魔法(エヴォケーション)の集中砲火だ。


「張り切りすぎなんじゃないのか?」

 舞奈はやれやれと苦笑する。

 アサルトライフル(ガリルARM)を構えたものの、撃つ前に無駄弾になるとわかった。


「この調子では私の出番はないかもしれんな」

「ま、真打の出番はもう少し先だ」

 ミスター・イアソンも身構えたまま笑う。

 屈強な超能力者(サイキック)の彼には遠距離戦の手札はあまりない。


「それにしても、奈良坂さんがいないと皆の反応は遅れるなあ……」

「まあ早期警戒に難があるのは事実だけど」

 舞奈の言葉に、明日香が少し難色を示す。

 明日香の戦闘魔術(カンプフ・マギー)付与魔法(エンチャントメント)による知覚強化を応用した同等の手札がないからだ。


 奈良坂が修めた仏術のひとつ【孔雀経法マハーマーユーリナ・ラクシャ】は、奇襲を察知する効果がある。

 そんな術を使える奈良坂が今回の作戦に参加していないのは、粗忽な彼女に威力偵察部隊への追従は荷が重いからだ。なので今ごろ彼女は休日を満喫している。


「すまない。私が【戦闘予知(コンバット・センス)】に熟達していれば」

「気にせんでくれ。無い手札を愚痴っても仕方がない」

 ミスター・イアソンの言葉に苦笑する。

 彼の超能力(サイオン)にも同等の手札自体はあるらしい。

 だが超能力者(サイキック)は特定の術を選択的/集中的に会得する。

 正面からの接近戦に長けた彼が高度な探知魔法(ディビネーション)を使えないことを責めても仕方ない。

 そもそも人知を超越した魔道士(メイジ)の可能性を我田引水して欲を出したらキリがない。


 そんな風に歩くうちに、崩れかけたコンクリート壁に施されたマーキングが見えた。

 毒々しい色のペンキはドローンのペイント弾によるものだ。


「……そろそろ問題の場所なのだ。一旦、止まるのだよ」

 ニュットの指示で一行は進軍を止める。

 舞奈は何食わぬ表情のまま、それでも油断なく周囲を警戒する。


 ニュットは事前偵察に複数台のドローンを使う。

 1台目が破壊された地点より先を危険地域とみなし、2台目以降は付近にペイント弾を撃ちながら進む。

 なので本当の危険は、ペンキの汚れが無くなった先にある。


「サッちん、頼むのだ」

「わかったわ」

 サチはうなずき、施術を始める。

 そして清らかな祝詞を唱え終えると同時に、空気の流れが変わった。

 周囲に古神術による障壁が形成されたのだ。

 即ち【護身神法(ごしんしんぽう)】。

 今や一行の各々が、次元断層を用いた強力な防御魔法(アブジュレーション)によって防護されている。


 それでもドローンはカメラでは認識不可能な手段で撃墜された。

 加えて今のところ、破壊されたドローンは見当たらない。


 なので再び進軍を始めた一団の片隅で、舞奈は少しでも敵の正体を示すものを見つけようと感覚を研ぎ澄ませる。

 だが一行の行く先には、背後と同じ廃ビルが立ち並んでいるだけだ。

 乾いた風も、そこに混じるすえた臭いも廃墟の他の場所と変わらない。


 そうやって何となく周囲を見やるうちに、ふと気づく。

 毒々しい色のマーキングに混じって古びたペンキの跡が覗いているのだ。

 よくよく見やると周囲を囲む廃墟のビルにも見覚えがある。


「……ったく。要はまたここってことか」

 ひとりごちて口元を歪める。

 どうやら以前に舞奈たちがマンティコアと戦った場所の近くらしい。


 あのとき、魔獣は美佳が遺した魔法の盾ハーモニウム・ディフェンダーの破片に遺された魔力から誕生した。

 海外から来たヴィランとやらも人為的に同じことをしようとしているのだろうか?


 そもそもヴィランたちが新開発区に拠点を建築するメリットは、人目につき難いという以上に地下のインフラを利用できることだと聞いている。

 今でこそ廃ビルが並ぶ新開発区だが、通り名が示す通り建立はわりと最近だ。

 なので人がいなくなってからは整備もされていないはずなのに、不気味なほど容易に無料で電気やガスや水道を使うことができる。実は舞奈もその恩恵に預かっている。


 つまり超能力(サイオン)を操り怪異から身を守ることができるヴィランたちにとって、この立地はインフラと魔力が揃った理想の隠れ家だ。


 そんなことを考えるうちに、ふと風に混じる異臭に気づく。

 旧市街地で、ときに新開発区でも嗅いだ、糞尿が焦げるような――


「――!」

 舞奈はサチを突き飛ばして地面を転がる。

 その残像を何かが射抜く。

 一瞬前まで巫女装束の少女が立っていた場所の、側のコンクリート壁には弾痕。


「狙撃か!?」

 イアソンが叫ぶ。

 一行も身構えて警戒する。


 舞奈は口元を歪める。

 正確には小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)による先制攻撃だ。

 近くに脂虫のマークスマンがいる。

 つまり厄介なことに、敵は銃を持っている。


「銃弾くらいなら防げるわよ?」

「普通の弾とは限らんだろ」

 サチを抱えて立ち上がる舞奈の側、


「貪り喰らえ、トルコ石の蛇(シウコアトル)!」

 怒り狂った小夜子の叫びに応じ、少し離れた廃ビルの窓が爆発する。

 即ち【捕食する火(トレトルクゥア)】。

 爆ぜた窓から焦げた破片といっしょに長物が転がり落ちる。


 小夜子の目の前で、サチに危害を加えようとしたのが奴の運の尽き。

 怒り狂ったナワリ呪術士は煙立つ鏡(テスカトリポカ)からのサポートで射手を発見したのだろう。


 だが安心はできない。

 何故なら先ほどの一撃は何かの合図だったのだろう。

 前方の廃墟の通りに積み上げられた瓦礫の上に、数多の人影があらわれた。

 遠目にもわかるほど薄汚い身なりの脂虫どもだ。

 何処に隠れていたやら大量の怪異どもが……


「……野郎!」

 一斉に銃を抜いて撃ってきた。


 嵐のような銃声。

 舞奈はこれほど大量の拳銃が一斉に撃たれる音を今まで聞いたことがなかった。

 まるで歪なガトリング砲の掃射だ。

 そう思った瞬間、


「かけまくもかしこき大山津見神(おおやまつみのかみ)――」

「壁となれ、山の心臓(テペヨロトル)!」

 一行の目前の荒れ地が、アスファルトの残骸ごと盛りあがって壁と化す。

 即ち【地守法(つちのまもりのほう)】【挺身する土(トララチマリア)】。

 とっさに反応した小夜子とサチが施術したのだ。

 またしても神使(しんし)煙立つ鏡(テスカトリポカ)から警告を受けたらしい。


 2人とも呪術の腕前が上がっている。

 くわえてコンビネーションも完璧。

 流石は手練れの執行人(エージェント)だ。


 そんな2人の呪術で造られた、辛うじて一行の全員が隠れられるサイズの岩石の壁。


「Zombieか!?」

「いや脂虫だ! 全員が銃を持ってる!」

 壁に素早くすべりこんだ舞奈の叫びと同時に再度の銃撃。

 堅牢な岩壁に銃弾の嵐が叩きつける。


 壁の隙間を縫って何発かの銃弾が一行を襲う。

 瓦礫の陰で身をかがめた舞奈の側を小口径弾(9ミリパラベラム)が通り過ぎる。


 次の瞬間、側で幾重もの詠唱が完成した。

 同時に一行が潜む岩壁の前方3ヵ所に更なる壁が建つ。

 まずは白く冷たい霜をまとわせ、透き通った分厚い氷の壁が虚空から『出現』する。

 明日香の【氷壁・弐式アイゼスヴァント・ツヴァイ】。

 因果律を歪ませることにより氷壁の材料たる水と冷気を無から生み出す。

 加えて冷気で周囲の水分を凍らせて壁を補強し、さらに強固な防護と化す。


 次いで先ほどの施術と同様にアスファルトの道路を裂いて壁が建つ。

 それは虚空からあらわれた無数の岩片に補強されて堅牢な壁と化す。

 ピラミッドのような精緻な詰み石で形作られ黄金色に輝くそれは【石の壁(イネブ・アネル)】。

 楓と紅葉が協力して創り出した岩壁だ。

 ウアブ魔術とウアブ呪術をかけ合わせることによる堅牢な岩壁も、芸術家である楓の手にかかれば状況にそぐわぬほど美しい芸術品となる。その側に、


「……!」

 海が出現した。

 否、海原のように荒れ狂い、しぶきを散らす水の壁だ。

 こちらはシャドウ・ザ・シャークの【水の防壁(ウォーター・ウォール)】。

 大天使ガブリエルの聖名により、大量の水を創造して壁にする魔術だ。


 舞奈は明日香と共に、身をかがめて氷の壁へと移動する。

 付き合い慣れた冷たい遮蔽は、半透明で向こうが透けて見えるので少し便利だ。

 そんな氷壁を創った明日香の周囲にも詠唱なしで展開された4枚の氷の盾。

 即ち【氷盾アイゼス・シュルツェン】。


 桂木姉妹も自身らが作り出した黄金の壁へと移動。

 その際に【石の盾(サー・アネル)】で創造した盾を従えた楓は地面を滑るように移動する。

 自身を【変身術ケペル・ジェス・ケトゥ】により仮初の魔神と化し、メジェドがそうするように低空を飛行しているのだ。そんな最中、


「hahaha! そんな豆鉄砲じゃわたしには効かないぞ!」

 ミスター・イアソンが壁と壁の合間に立って、他の面々を守る盾となる。

 派手な衣装のヒーローの周囲に展開された障壁が数多の銃弾をはじく。


「無茶苦茶するなあ」

 舞奈は氷壁の端から様子をうかがいながら苦笑する。


 サチの【護身神法(ごしんしんぽう)】を過信しているのかと思った。

 だがイアソンは銃弾が降り注ぐ中、射手に向かって掌をかざす。

 銃弾の雨は宙に固定され速度を失い地に落ちる。

 即ち【念動盾テレキネシス・シールド】。

 念力を広範囲に作用させることで、銃弾を『つかみ取る』能力だ。


 それでも何発かは抑止をすり抜けて本体へ迫る。


 だがミスター・イアソンは不敵に笑う。

 銃弾はヒーローの身体に達することはない。

 彼を守る障壁のコアである注連縄も揺れてすらいない。

 どうやら【護身神法(ごしんしんぽう)】に自身の【念力盾サイオニック・シールド】を重ね、ダメージを分散させて双方の防護の耐久性能を押し上げているらしい。

 こちらは念動力を収束させて防具にする普通の障壁だ。


 そこまでして彼が銃弾を防ごうとする理由。

 それはミスター・イアソンが海の向こうのヒーローだからだろうと舞奈は思う。

 暴徒の銃から、あるいは異能から身を挺して守ることが重要なのだ。

 それは暴力に曝された犠牲者の心までも救おうという彼なりのメッセージでもある。

 君は私が守り抜く、と。


 その隙にニュットとシャドウ・ザ・シャークは水壁の陰に滑りこむ。

 荒れ狂う人口の海原は1メートル近い厚みがあり、明らかに普通の水のそれではない粘度と謎の力で銃弾の勢いを弱めて飲みこむ。

 加えて意思を持っている如く波打ち、蠢き、端を抜けようとする弾丸を叩き落とす。

 流石は高等魔術師の防御魔法(アブジュレーション)


 そうやって、一行はそれぞれの魔法の壁を遮蔽代わりに反撃の準備をする。


 舞奈も射点に目を向ける。

 廃墟の通りを閉鎖するように、瓦礫を積み上げてバリケードが設えられていた。

 その上から、あるいは近くの廃ビルの陰から数多の人影が撃ってきている。

 それが、この銃弾の雨の正体だ。

 くわえ煙草と狂ったような目つきのおかげで、全員が脂虫なのも一目瞭然。


 要は待ち伏せされていたのだ。


 だがまあ、こちらも度々ドローンを飛ばしていたので警戒されているのは想定内。

 加えて敵陣と一行の距離は拳銃で撃ち合うには少し遠い距離。

 長物のあるこちらに少しばかり有利な状況だ。


 おそらく敵の目論見としては、遠距離攻撃の手札を持たない異能力者の集団あたりがバリケードめがけて突撃してくる状況を想定していたのだろう。

 相手も瞬時に陣地を設置して反撃してくるのは予想外だったはずだ。


「……にしても、ずいぶん賑やかな顔ぶれだな」

 銃を撃ちまくる脂虫どもを壁の端から狙いながら、ひとりごちる。


 全員が脂虫なのだが、その容姿は種々様々。

 太いのや細いの、大きいのや小さいの、肌の色やタトゥーの種類までバラエティーに富んだ、まるで人種の博覧会だ。

 そんな彼ら全員が撃っている銃も大小様々。


「すまない、彼らは我々の国のCarrierのようだ」

「運んできたのは、秘密基地とやらの資材だけじゃなかったってことか」

 苦々しい表情を浮かべながら、銃弾を防ぎ続けるミスター・イアソン。

 対して舞奈もアサルトライフル(ガリルARM)を構えたまま口元を歪める。


 そういえば2年前、麗華を連れ去ろうとした飛行船は何で造られていたのだろうか?

 当時の舞奈は興味もなかった。

 明日香は怪異そのものを材料にしているかもと言っていた。


 今はそれが、状況を正確に把握するための要素のように思える。

 今回のヴィランの目的は本当に『拠点』の建設なのか?

 誰かを何処かに連れ去るための飛行船ではなくて?


 ケルト魔術で怪異の心を操る術は【怪物の使役(チャーム・モンスター)】【怪物の大使役マス・チャーム・モンスター】。

 そして相手がマイナスの魔力が凝固して誕生した怪異なら【魔力と精神の支配】を応用して精神面から肉体を捻じ曲げることは可能だ。

 かつて美佳がそうしたのを見たことがある。

 同等の技術である【狂気による精神支配】によってエンペラーの刺客を触手のバケモノに変え、かつての仲間にけしかけたのだ。


 そしてケルト呪術にも脂虫の身体を操る【屍操作(アニメイト・デッド)】の術がある。

 この術を応用すれば、ヤニの接種によって人から変異した怪異の肉体をさらに変質させて建材のように扱うこともできるのではないか?

 もし今回のヴィランの暗躍が、2年前の事件と繋がってるとしたら……


「……おおっと、あたしの国のキャリアァも混ざってるらしい」

 思索を打ち切るように、変な発音で彼らの呼称を真似てみる。


 そうしながら、バリケードから身を乗り出した1匹を撃つ。

 老いた容貌を厚化粧で誤魔化そうとして失敗したような醜い中年女だ。

 旧市街地で現地調達したのだろうか?

 銃の扱いが素人同然だった。

 ヘッドショットしたのは悪意に歪んだ醜い顔が直視に堪えなかったからだ。


 次いで隣の水の壁から1匹のホオジロザメが『発射』される。

 スラリと長い数メートルの身体が、厚さ1メートルほどの水壁から飛び出る様子は割とシュールだ。

 あんぐり開いたサメの口の上にも下にも、ナイフのような鋭い歯がズラリと並ぶ。


 唐突なサメの出現に、脂虫どもの何匹かは慌てて迎撃しようと銃を向ける。

 だが空飛ぶサメは銃弾をものともせずにバリケードのところまで飛んでいく。

 そして脂虫どもの上半身を次々に食いちぎっては捨てていく。


 大天使ザドギエルのイメージから疑似生物を創り出し、襲いかからせる高等魔術。

 即ち【創命撃(オーガン・ブラスト)】。

 シャドウ・ザ・シャークの仕業だろう。

 ……なるほどサメ術だ。


「ひょっとしてあいつ、ネタ枠なんじゃないのか?」

 ひとりごちて苦笑する。

 だが次の瞬間、頭を引っこめた舞奈の残像を2発の弾丸が通り過ぎる。

 どうやら1匹、2匹を片付けても、らちが明かないようだ。


「皆の者、火力で敵をバリケードごと薙ぎ払うのだよ」

 背後からニュットが指示する。

 応じるように魔術の壁のあちこちから詠唱を――


「焼き払え! 喰らい尽くせ! トルコ石の蛇(シウコアトル)!」

 ――する間もなく小夜子の【虐殺する火(トレトルミクティア)】。

 叫びと同時に周囲にひしめく脂虫どもを贄として、バリケードが大爆発する。

 脂虫の集団に対し、小夜子は割とチートな殺戮者だ。

 なにせ敵をそのまま燃料にできるのだから。


 次いで皆の頭上に数多のプラズマ球が出現する。

 それらは尾を引く稲妻の砲弾と化して、半壊したバリケードめがけて降り注ぐ。

 明日香の【雷嵐(ブリッツ・シュトルム)】だ。


 さらに桂木姉妹の施術が完成する。

 バリケードの残骸を跳ね飛ばし、地面から岩の槍が無数に突き出る。

 即ち【地の刃の氾濫(ヌィ・デムト・ター)】。


 とどめに水の壁が波打ち1ダースほどのサメが飛び出す。

 群成すサメは巨大な口を広げながら全長数メートルの巨躯を揺らせて宙を駆け、バリケードを失った脂虫どもの群に襲いかかって次々に食い散らす。

 シャドウ・ザ・シャークの【生命ある雨(オーガニック・レイン)】だ。


 攻撃魔法(エヴォケーション)の猛攻により、脂虫の射手たちは瞬時に全滅した。

 死にぞこなった数匹も銃を捨て、蜘蛛の子を散らすように廃ビルの陰へと逃げ去る。


 だが一行は身構えたまま。

 何故なら脂虫どもが喰らい尽くされた跡。崩れかけたコンクリート壁の上に、


「Beauuutifuuuuul!」

 奇声とともに黒い影が降り立った。


 巨大なオートバイだ。

 数匹の脂虫を捻じ曲げ、組み合わせて形作られている。

 唇に煙草を癒着させヤニで歪んだ幾つかの顔が、虚ろな双眸を周囲に向ける。


「クラフター・モービル……」

 背後で紅葉がひとりごちる。

 どうやら映画でおなじみの乗り物らしい。

 まったく悪のヴィランに相応しい最低の乗り物だ。


 そんな屍肉のバイクの上から、ひとりの少女が降車した。

 黒いマントが廃墟の風になびく。


 伝承の妖精エルフに似た白くて華奢な身体にまとうは、大胆なカットのレオタード。

 ピエロのような2股のトンガリ帽子。

 目元を覆う血の色のマスク。

 剥き出しになった形の良い口元からは妖艶な唇が覗く。


「我がCarrierの軍団を一瞬で灰塵と化したEvocation! まさにFantasy! まさにArrrt!」

 少女は両腕を天に掲げて激情をあらわにする。

 まるで舞台の上の役者ように。


 だが舞奈は気づいた。

 派手なパフォーマンスに反し、彼女のポーズは一分の隙もない構えだ。

 加えて圧倒的な存在感でわかる。

 彼女は卓越した技術を持つ魔道士(メイジ)だ。

 そして魔法と異能力が幅を利かせる裏の世界の戦闘に精通した兵士だ。


「死霊使い……」

「クラフター……」

 紅葉が、ミスター・イアソンがひとりごちる。


 死霊使いクラフター。

 それは敵ヴィラン・チームの一員だと予測されていた強力なヴィランの名だった。


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