依頼 ~新開発区の偵察
他校とのバスケ試合の後、唐突に招集された舞奈、明日香、紅葉。
迎えに来たサチやソォナムと共に訪れたのは【機関】支部の会議室だった。
巣黒支部ビルの2階に位置する会議室は、今日も打ち放しコンクリートが物々しい。
しかも広い。
なにせ普段は数十人単位の執行人たちがミーティングに使っている大部屋だ。
だが今回、集っているのは数人。
全員が各組織の精鋭だ。
壁の一角を占めるモニターの前には、冷徹なサングラスで目元を隠したフィクサー。
その側には糸目のニュット。
ソォナムは会議机とセットのパイプ椅子に座る。
次いでサチが座った席の横には、普段通りに素の表情が不機嫌そうな小夜子。
それでも朗らかなサチが隣に座ると少しばかり口元が緩む。
彼女は舞奈たちより一足先に支部に来ていたようだ。
一方、紅葉の隣に座っていたのは楓。
彼女も小夜子たちと一緒に支部にいたらしい。
だが何をしていたのかはあえて詮索しないのが賢明だ。
舞奈と明日香は空いていた椅子に適当に座る。
そして会議机の片隅には、普段はいないゲストが2人。
仕立ての良いスーツを着こんだマッチョのアーガス氏。
生え際が派手に後退した金髪が目に眩しい。
その側には揃いのスーツを着こなしたナイスバディなKAGE。
2人とも海外の平和維持組織【ディフェンダーズ】のヒーローである。
アーガス氏はミスター・イアソン、そしてKAGEはシャドウ・ザ・シャーク。
ミスター・イアソンはディフェンダーズのリーダーだ。
屈強な肉体を色鮮やかな全身タイツのコスチュームに包み、敵ヴィランと真正面から相対して市民を守る盾となるヒーローの中のヒーロー。
超能力により身体を強化し、飛行や瞬間移動をも使いこなして勇敢に戦う。
流石の舞奈も前回の事件の後に少しばかり資料をあたり、そう話を聞いていた。
シャドウ・ザ・シャークもディフェンダーズのメンバーで、東洋人が変身する神秘的なサメ女ヒーローだ。
グラマラスな肢体を包むはサメを模した白黒の全身タイツ。
多彩な魔術によってサメを召喚し、その力を借りてクレバーに戦う……らしい。
そんな彼女らを紅葉がちらちら見ているのは、紅葉が大の映画好きだからだ。
ピュアな彼女にとって、イアソンもシャドウ・ザ・シャークも憧れのヒーローだ。
対して隣の楓と、そして舞奈が見やるのもシャドウ・ザ・シャーク。
彼女が魔法で変身しているからだ。
シャドウ・ザ・シャークことKAGEの正体は中学生と見紛うばかりの子供体形。
それが今は高等魔術【形態変化】で大人の姿に化けている。
楓はKAGEが高度な変身の魔術を維持し続けている事実に感嘆している。
彼女と似た系統の術を使うウアブ魔術師の楓にはわかるのだ。
そして舞奈が見やっているのは、KAGEの本性を知っているからだ。
先日は全裸で街を徘徊していた彼女と出くわし、ちょっとした面倒に巻きこまれた。
舞奈がやれやれと苦笑するのに構わず、
「彼らの国のヴィラン……我が国で言う怪人が、新開発区に潜伏しているとの情報を得た。何らかの手段で物資を搬送し、拠点を建設しつつあるらしい」
「拠点だと? 人ん家の近所に勝手に住み着くつもりかよ」
重々しい口調でフィクサーが言った。
舞奈は肩をすくめながら愚痴る。
実は先週の日曜、新開発区にある舞奈のアパートをアーガス氏が訪れた。
理由は慰問だといってた。
だが実際はそれだけでなく、新開発区の様子見も兼ねていたのかもしれない。
「具体的な場所はわかるか?」
「新開発区の奥地なのだ」
「……詳細は不明ってことか」
ニュットの雑な答えに口元を歪める。
近所と言ってはみたものの、最近でも舞奈が気づく範囲で不審者の気配はなかった。
日曜日に同行したアーガス氏にとっても同じだったはずだ。
アパートのある人里付近は普段通りに毒犬や屍虫が出没する平和な界隈だった。
その事実も含めて敵のアジトは奥地にあると判断したのだろう。
何せ先方には超能力による調査手段がある。
新開発区に何かいるならその索敵範囲外ということだ。
逆に言うと、それ以外の調査は未だされていないらしい。
その事実を咎めるように、生真面目な明日香と楓がニュットを見やる。
「……いやなあ、探索用に飛ばしたドローンが何者かにことごとく迎撃されてしまっておるのだよ。なので絞りこんだ敵のテリトリー内を足で探すのだ」
「そいつは結構な作戦だ」
開き直ったニュットの答えに、舞奈はやれやれと苦笑する。
怪異が跋扈する廃墟の街では防犯カメラや人づてでの情報収集は不可能だ。
なので何かあれば術や斥候を放って調査するか、直接出向いて調べるしかない。
あそこは街ではなく、劣化したコンクリートでできた未開のジャングルだ。
そこにはドローンを獲って喰う危険な何かがいる。
「敵の目的が拠点の建設である根拠はあるのでしょうか?」
「物資搬送の手段はわかりますか?」
明日香と楓は矢継ぎ早に問いかける。
ニュットの内容のない説明を補足する情報が少しでも欲しいのだろう。
「先方の占術士による預言なのだよ。そして搬送手段は【歪空】。【転移能力】の上位にあたる、いわば大能力だと断定できるのだ」
淀みなく答えたニュットの言葉に、
「そいつも超能力者ってことか」
「うむ。敵の中に非常に強力な超能力者……術者がいるらしいのだよ」
「詳しくは私から話そう」
舞奈の疑問に答えるように、アーガス氏が立ち上がる。
その様子を、珍しく紅葉がウキウキした表情で見やる。
紅葉は映画好きで、以前にディフェンダーズの映画について熱く語っていた。
しかも先週、教会でアーガス氏と会っている。
映画に出てくるミスター・イアソンやシャドウ・ザ・シャークが実在して、実は面識もあり、しかも共同で作戦を行うなんて心躍らない訳がない。
「今回、我々と敵対するヴィラン・チームのリーダーはクイーン・ネメシス」
「ネメシスが……」
アーガス氏の言葉に誰より先に息を飲んだのも紅葉だ。
映画でも有名な悪役なのだろう。
表情からすると、ずいぶんヒーローたちを手こずらせているらしい。
「知っての通り彼女は非常に強力な超能力者だ」
(いや知らんが……)
「元素のエネルギーを自在に操り、空を飛び、何より超能力で自身の屈強な肉体を更に強化することによって神々に匹敵するパワーを発揮する」
(神々とはまた大きく言ったなあ)
舞奈は表情に出さぬようアーガス氏を見やる。
つまり彼と同等の――あるいは彼を超える実力者だと言いたいのだろう。
種々の魔法の例に漏れず、超能力も男より老人や若い女の方が上手に扱える。
下手をすれば敵の大物に相応しくミスター・イアソンの完全上位互換だ。
もちろん舞奈はクイーン・ネメシスの映画での暴虐を知らない。
だが紅葉のそれに劣らぬ彼の苦々しい表情が、その推論を裏付ける気がした。
「加えて、少なくともひとりのヴィランが彼女に協力している」
「人物の特定はできますか?」
「……っていうか、どんな奴だ?」
明日香が下フレームの眼鏡の端を光らせながらアーガス氏に問う。
次いで舞奈が仏頂面で特徴を尋ねたのは名前だけ言われてもわからないからだ。
用意周到な明日香はヒーローチームとの共同戦線を前に、事前に映画なり非公開の資料を調べていたかもしれない。だが舞奈は見てない映画のことはよく知らない。
そんな明日香と舞奈を尻目に、
「レディ・アレクサンドラは舞奈ちゃんが倒したから、順当に考えたら『死霊使いクラフター』『リンカー姉弟』かな? でも『ドクター・プリヤ』という可能性も……」
紅葉が自慢の映画知識を披露しつつ、相手の面子の予想などしていた。
隣で姉の楓が、どうしたらわからない表情で見ている。
そんな姉妹の様子を見やり、舞奈は少しほっこりした表情で笑う。
芸術家気質の楓は普段は妹や周囲を振り回す側だ。
舞奈も割と被害を被った。
なのに今は、隣で憧れのヒーローを前にはしゃぐ妹に戸惑っている。
正直なところ、楓には少し良い薬だとも思った。
それに、まあ紅葉も今はそれなりに場数を踏んだ術者だ。
作戦に支障を出すようなはしゃぎ方はしないだろう。
そんな舞奈の視線に気づいたか……
「……ああ、そっか。死霊使いクラフターはアイルランドの悪霊の血を引く魔女で、闇の魔法を使ってゾンビを操り、幻術でヒーローたちを惑わせるんだ」
「ゾンビって……そりゃまたアメリカンな悪役だな」
言った名前の説明を求めてると思ったらしい。
紅葉は楽しそうに解説を始めた。
人間、誰しも自分が詳しい事柄について語りたいものだ。
アイルランドってイギリスだっけ?
だとするとケルト魔術なり呪術なりを使うのか? と考える舞奈に構わず、
「リンカー姉弟は読心と瞬間移動を得意とする双子の暗殺者なんだ。そしてドクター・プリヤは14歳で博士号をとった天才科学者で、毒劇物の扱いに精通していて……」
「……なんだその漫画みたいな設定は」
そんなのが本当にいるのか?
それとも映画用に誇張してるのか?
思わず苦笑する舞奈だが、
「あ、でもプリヤは作品によって味方になったり敵になったりしてるし、基本的に味方だからなあ。今回はどう動くんだろう……?」
紅葉は構わず妄想をダダ漏らす。
「熟考中すまんが、実はプリヤは常に我々の側のヒーローだ」
「ええっ!?」
アーガス氏の答えに紅葉は驚愕し、
「ほら、プリヤさんって映画だとモニター越しに喋ってるだけじゃないですか」
「なるほど……」
KAGEの言葉に納得する。
そんな様子を見やって舞奈は苦笑する。
そのドクターとやらが、ヴィランと仲良く話している場面が映画にあったのだろう。
なるほど彼らの映画はヒーローとヴィランとの実際の戦闘を脚色したものだ。
ならば撮影の都合に合わせて動いてくれるわけもないヴィランの思惑を代弁する、動物動画のアテレコみたいな役割が必要になるのも必然か。
「そりゃあ構わんが、そいつが正義の側のヒーローだって周知しなくていいのか?」
そもそも彼ら、彼女らがヒーロー然とした色鮮やかなコスチュームを身にまとっているのは、ヴィランと間違えられて市民に撃たれたりするのを防ぐためだ。
映画の都合で、そのメリットを有耶無耶にするのはどうなんだと訝しむ舞奈は、
「ドクター・プリヤはヒーローとしては少しばかり性格がエキセントリックでな」
「そうか……」
アーガス氏の釈明にふむとうなずく。
まあ先日のレディ・アレクサンドラも、ヴィランとはいえ状況によっては味方になったりもするとも聞いた。
彼女の性根が不器用ながら高潔な武人だからだろう。
逆にドクター某とやらはヒーローとはいえ人格にいささか難があるらしい。
例えるならニュットや楓を【機関】の顔としては押し出し辛いような感じか。
「それにその……普段から服装のセンスが独特でな、あれをヒーローの一般的な姿だと周知するのもいささか問題が……」
「いやまあ、あんたたちがそれでいいなら構わんが……」
少し困った感じのアーガスの説明に苦笑する。
まあ、どうであれ舞奈はその映画を観たこともない。
そこに出てくるヒーローの話をされてもピンとこない。
それに、どちらにせよ相手が映画の中のキャラクターと同じと考えるのは危険だ。
舞奈はそう感じていた。
ドクター某とやらの件だけではない。
相手もこちらも魔道士だ。
映画館の客に好んで見せたい手札より、そうでない奥の手の方が多いと思うべきだ。
それは舞奈がピクシオンとしての戦いで生き残るために身に着けた教訓でもある。
先日のウィアードテールとのやりとりでも(悪い意味で)思い知った。
そんな舞奈を尻目にサチは小夜子の携帯を覗きこんでいる。
ディフェンダーズの映画の資料を見ているらしい。
小夜子もすごく映画が好きだという訳ではないようだが、有名なヒーローチームの情報をネットで仕入れるくらいはする。
「……右側の大きいのがクイーン・ネメシス」
「ちょっとイアソンさんに似てるわね」
サチは小夜子が手にした携帯の画面を食い入るように覗きこむ。
たまに目前のアーガス氏やKAGEと見比べる。
そんなサチを、小夜子が優しく慈しむように見つめる。
周囲の喧騒を他所に肩を寄せ合う姿は、相変わらず仲が良さそうで何よりだ。
紅葉も楓も、小夜子も、怪異との戦いで大事なものを失った。
だが月日が経った今、代わる何かを見つけて人生を謳歌している。
そんな様子を見るのは好きだった。
舞奈もまた過去に失い、代わりのものをつかみ取ってきたから。
「じゃあ、その不審者とやらがドクター某だったら、今回の敵はクイーン・ネメシスひとりってことでいいのか?」
「あ、いや」
舞奈は雑に総括する。
だがニュットは言葉を濁し、
「情報の根拠が、空港と亜葉露の駅を数日内に通った不審者がひとりというだけでな」
「ヴィランが電車で移動……」
「術で密入国すると国内での活動に支障が出るのだよ。下手をすると表の身分で使ってるカードが不正利用の疑いで使えなくなるのだ」
「ヴィランがカードで買い物……」
言い訳がてら紅葉の夢を粉砕する。
呆然とする紅葉を楓が優しい目で見やる。
普段と逆だ。
「まあ入国後に飛んだり転移されたり、空港から車で来られたら数えようもないがな」
「それじゃあ実際の数なんかわからんだろう……」
「まあ、そうなのだがな」
「おおい……」
ツッコミに、ニュットは反論もなく納得する。
そんな糸目を舞奈はジト目で見やる。
珍しく隣の明日香も舞奈と同じ視線をニュットに向ける。
そもそも彼女の情報網は肝心なクイーン・ネメシスを捉えらえていないのだ。
それに敵に【歪空】――長距離転移の手札があると言ったのも彼女だ。
正直なところ、ひとり以上が10人でも100人でも不思議じゃない。
跳んできて悪さして帰るだけならカードで買い物する必要なんかないし、そもそも地元で暮らしてる舞奈だってそんなもの持ってない。
なんというか、今回の作戦は全般的に事前調査が雑だ。
……あるいは海外から来たヴィランの防諜技術が、それほど高度だということか。
それはともかく、糸目の無意味な調査には他にも致命的なツッコミどころがあった。
「ちなみに聞くが、ドクター某の表の名前はイリアじゃないよな?」
「何故それを!?」
「……そうか。なら、その不審者がそうだ」
先日の駅での一件を思い出しつつ舞奈は苦笑する。
久しぶりに再会した従兄にいきなりデーモンバトルを挑んできた彼女。
彼女はデーモンの材料にと捕らえた脂虫の四肢を落とす際に薬物を使っていた。
加えて何と言うか……エキセントリックな性格でもあった。
「考えにくいな。彼女はその……普段からペストマスクをかぶっていて……」
「……ならビンゴだ」
アーガス氏の言葉が図らずも裏付けになって新事実が発覚した。
萩山の従妹のイリアちゃんは、ディフェンダーズの一員だった。
しかも黒マントとペストマスクは彼女の普段着らしい……。
そして先日の一件をかいつまんで話した舞奈は、
「流石は舞奈ちゃんの休日は充実してるなあ」
「……ああいうのを充実っていうんならな」
羨望の眼差しを向けてくる紅葉に思わず苦笑する。
先々週の日曜日、舞奈はアーガス氏と共闘して屍虫と戦った。
午後にはレディ・アレクサンドラと戦った。
昨日はドクター・プリヤと従兄の勝負に付きあわされた。
それらは舞奈にとっては単なる厄介事だが、映画マニアの紅葉にとってはヒーローたちと触れ合う珠玉の体験なのだろう。やれやれだ。
小夜子には携帯を見せてもらった。
画面の中のヒーローとしてのイリアは、シャドウ・ザ・シャークをもう少しエグイ感じにしたような際どい衣装に身を包んでドヤ顔で笑っていた。
まあヒーローたち全般に言えることなのだが、彼ら彼女らの格好はスタイルの良い欧米人がスクリーンの中でしているから許されているところが多分にある。
画面の中の彼女の格好も、知人に居たりして冷静に見ると只の痴女だと舞奈は思う。
だが、そんなことをこの場で言っても角が立つだけなので黙っていた。
その後、ミーティングは特に新たな情報が出ることはなく粛々と進んだ。
そして偵察任務の場所と日時が伝達されて、つつがなく終わった。
同じ頃。
亜葉露町の一角にある繁華街の大通りを、
「「意気揚々と出陣した対抗試合」」
「「惨敗であった」」
角刈りのマッチョが連れ立って歩いていた。
蔵乃巣学園のものではない学生服はみなぎる筋肉でピッチピチだ。
舞奈たちが【機関】支部を訪れる前に対戦していた他県の中学生である。
「「だが得たものは大きかった」」
「「あのような強者に」」
「「相見えようとは」」
舞奈ひとりに惨敗した雪辱を中学生らしく前向きに判断し、
「「さらなる鍛錬と練習を重ね」」
「「いつか正式な試合で奴に雪辱を!」」
「……けど、小学生の女子と対戦する機会なんてもうないんじゃ?」
「「「!!!!」」」
ひとりが気づいたもっともな事実の前に愕然とする。
だが若さゆえなのか素早く気持ちを切り替え、
「「それはともかく、奴にもらった割引券の店はこのあたりだっけ」」
「「そうみたいだけど」」
しわしわになったチケットを取り出す。
ちなみに手渡された時からしわしわだった。
実は先ほど、舞奈は彼らに『太賢飯店』の割引券を譲っていたのだ。
日曜日は結局、こいつを使いそびれてしまった。
散乱した脂虫の処理の手続きに丸一日かかり、昼食は支部の食堂で済ませたからだ。
なので行き場を失った食券を迷惑料代わりに育ち盛りの彼らに渡したのだ。
ついでに「金がなかったらあたしのツケにしといてくれ」とか言った。
まったく調子のいいものである。
だがまあ、流石に彼らも女子小学生のツケで飯を食うほど落ちぶれてはいない。
ピュアな中学生なだけに、そこらへんの体裁にも敏感だ。
なので皆が小遣いの入った財布を取り出し確認し……
「……キー! 中学生がこんなところで何をしてるザマス!?」
金切り声をあげながら、近くの裏路地から薄汚い身なりの中年女が跳び出してきた。
その女、着ている衣服自体はそれなりに高級な洋服ではある。だが首の上に乗っているのは、老いた容貌を厚化粧で誤魔化そうとして失敗したような悲惨な何か。
そんな醜女がヤニで濁った双眸で中学生たちをぬめつける。
歪な指の間にはさんだ煙草から糞尿が焦げたような悪臭を放つ煙がまき散らされる。
口から吐き出される悪臭と、他逆性に満ちた双眸。
疑いようもない脂虫だ。
筋骨隆々としたマッチョの集団と、ゲームに出てくるゴブリンみたいに小汚い醜女。
普通なら喧嘩を売ろうとは思わない体格差だ。
だが脂虫――悪臭と悪意をまき散らす害畜は、他者の弱みを見逃さない。
「ここらじゃ見ない制服ザマスね! どこの学校ザマス!? 言うザマスよ!」
「「お、俺たちは……」」
「はっきり言いうザマスよオスガキ! このアテクシに逆らって騒ぎを起こすと、大会に出られなくなるザマスよ! いいザマスか!?」
「「ええっ……」」
醜女はキイキイと甲高い声で喚く。
相手の朴訥とした顔立ちと学生服、スポーツバッグを見やって勢いづいたのだ。
抵抗できない相手をいたぶるのは邪悪な脂虫の最も好むところだ。
男の脂虫は身体的に弱い相手に物理的に危害を加える。
だが狡猾な女の脂虫は必ずしも暴力で人間を害するとは限らない。
それでも彼女らの卑劣さと有害さは男の脂虫と同じか、それ以上。
醜い女の脂虫は、繊細だったり純真だったりする善人を言葉の凶器で傷つける。
用いる単語だけは真っ当だが、言葉の意図はただ相手への攻撃と中傷。
美しい工芸品で殴りつけるに等しい卑劣な暴言を、彼女らは日常的に振りかざす。
男の脂虫に勝るとも劣らない有害さだ。
そんな人の形をした害畜を相手に、ピュアな中学生たちは成す術もない。だが、
「――おっと『友人』が失礼したね」
脂虫の背後にひとりの少女があらわれた。
こちらの容姿は側のゴブリンとは真逆。
すらりとした長身に黒いコートをまとった、色白で美しい少女だ。
浮世離れた雰囲気と合わせ、まるでゲームに出てくる妖精エルフを連想させる。
エルフは踊るような足取りでゴブリンの側を横切る。
そして中学生たちをかばうように立ちふさがる。
「今度は何ザマスか!? キー! 何ザマスか! そのふしだらな格好は!」
醜女は少女に向かって叫ぶ。
少女の黒いコートの下が、肌もあらわなシャツとダメージジーンズだったからだ。
「お前みたいなメスガキが女性の権利を――」
「――そのくらいにしておこうか」
少女がパチンと指を鳴らすと、醜女の動きがピタリと止まり――
「――女性の価値を貶めてるザマス! お前みたいな生意気なガキが!」
「……ま、まあ【屍操作】は心を縛る魔法じゃないからね」
変わらず喚き続ける脂虫を見やり、少女はクスリと苦笑する。
そんな彼女の横顔を、中学生たちはぼおっとした表情で見つめる。
「仕方がない。騒いでも平気なところへご案内するとしますか。>>Go!」
「な、何ザマスか!? 体が勝手に……!!」
エルフが通りの向こうを指さすと、ゴブリンはぎこちない動きで歩き去る。
そして少女は中学生たちに振り返り、
「君たちも、寄り道はほどほどにね」
チャーミングな笑みを浮かべてから、彼らに背を向けて歩き去る。
その間際、
「あっあの……」
中学生のひとりが声をかけ、
「……?」
少女は振り返る。
その仕草をきっかけに、
「「「「ありがとうございました!」」」」
中学生たちは礼儀正しく一礼した。
対して少女は面食らってから、次の瞬間、口元をクスリと緩める。
流石はピュアな中学生。
マッチョな容姿のくせに礼儀正しいスポーツマン精神であった。




