ウサギときどき……
日曜の早朝から図らずも催された、駅前での悪魔術師同士の決闘。
そんな些細なトラブルがあった翌日。
月曜の午後の、初等部の校舎裏にあるウサギ小屋へと向かいながら、
「……てなことがあったんだよ」
「先週と言い、舞奈は本当にトラブルに好かれてるわね」
「いや、あたしが何かしたせいで厄介事に巻きこまれてる訳じゃないんだがなあ」
隣を歩くテックの言葉に苦笑する。
結局、あの後で舞奈が【機関】支部に連絡して脂虫の死骸を片づけてもらい、来てくれた執行人に舞奈が事情を説明した。舞奈は何もしていないのに尻拭いの役である。
ため息をつく舞奈と、それを見やって無表情ながらも苦笑するテック。
そんな2人が立ち止まった先、小屋の中にいるのはチャビーと麗華。
彼女らは今日のウサギ当番だ。
舞奈たちが通う蔵乃巣学園の初等部4年生~5年生が持ち回りで世話しているウサギの小屋は、四畳半くらいの広さがある金網で囲まれた豪邸だ。
屋敷の奥にはすのこ張りの寝室やかじり木が設置されている。
中央にはつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像が鎮座している。
手前には清潔な餌入れがすえ付けられている。
そんな小屋の中で、2人はウサギと遊んでいる。
「あ、マイちゃんにテックちゃん。今、お掃除が終わったところだよ」
「らしいな」
小屋の前でチャビーを待ってた園香に笑みを返す。
帰りに2人で寄り道する約束をしているらしい。
「チャビーちゃんも麗華ちゃんも、すっごく頑張ってお掃除してた」
「そりゃ結構。園香もお守りをおつかれさん」
「ふふっ、マイちゃんったら」
舞奈のいつもの軽口に、園香もしとやかな笑みを返す。その隣で、
「えり子ちゃんも来てたのか」
「……うん。ルージュが散歩したがってたから」
「なぁー」
「そっか。おまえらも仲良さそうで何よりだ」
えり子の腕の中で、サバトラの子猫がウサギを見やっている。
クリクリとした目で珍しそうにウサギを見ながらなぁーなぁー言ってる子猫の首には警備会社の文様のついた首輪。
首輪に仕込まれたカメラで視覚を提供することで、警備の一端を担っているのだ。
ウサギ小屋の確認ヨシ!
「……それはいいが」
舞奈は周囲を見やりながら、
「今日の当番は3人じゃなかったか?」
「明日香様なら、ウサギさんの餌を取りに行かれましたよ」
「舞奈様は明日香様に用だったンすか?」
「いや、用って言うかな……」
問いかけに答えたのは園香たちと並んで小屋を見ていたデニスとジャネット。
彼女ら2人は麗華様の取り巻きで、だいたいいつも3人一緒だ。
先週に麗華様が誘拐されてからは特にそうだ。
「……まあ、そのほうがいいだろうな」
デニスの答えに苦笑する。
先週の日曜日に麗華を誘拐した白人男たち。
彼らは麗華をさらった理由を話していないらしい。
そんな彼らの収監と尋問を受け持つ県の施設の見解は、彼らの背後に何者かがいる可能性が高いとのことだ。
舞奈と明日香の見解では、そいつは2年前に泥人間に麗華を誘拐させた奴と同じだ。
そしてデニスとジャネットは荒事に慣れている。
超能力者サーシャほど強くはないが、そこらのチンピラよりは腕が立つ。
一方、明日香も毛のある動物を愛でるのは嫌いじゃない。
だが彼女は小動物に怖がられる体質だ。
なので3匹のウサギは清掃中、小屋の隅で立ち上がった体勢で警戒していたはずだ。
その反動か、今は開放感いっぱいにはしゃぎまわっている。
正直なところ明日香には気の毒だが、彼女はウサギ小屋に長居しない方がいい。
それを本人も理解しているのだろう。
そんな気遣いの甲斐あって、チャビーは楽しそうにウサギと遊んでいる。
しゃがみこんだ膝の上に跳び乗ってきたウサギの頭を、慣れた調子で優しくなでる。
ウサギもくつろいだ表情で身をまかせる。
近づいてくる生き物をこばまない性格の良さはチャビーのチャビーたる所以だ。
屈託がないという意味でも、無防備という意味でも少し先日のイリアに似ている。
そういう他者を安心させる振舞いは、修羅場に慣れてしまった舞奈には無理だ。
だから楽しそうな友人とウサギを、舞奈は笑みを浮かべて見守る。
園香もニコニコ笑顔で見守る。その一方で、
「きあゃっ! 何しますの!?」
残る2匹のウサギは一斉に麗華めがけて跳びかかって押し倒す。
尻餅をついた麗華様を皆はビックリして見やり、
「わっ、麗華ちゃんだいじょうぶ?」
「ハハハ、しっかりしてください麗華様」
「ウサギにナメられてるンすよ」
園香は少し慌てて、デニスとジャネットは笑う。
先週は麗華を守ろうと、果敢にも格上の超能力者に挑んだ2人。
だが小動物がアグレッシブに襲いかかるのは気にしない。
修羅離れした彼女らには危険な相手とそうでない相手の区別がつく。だから、
「おおいウサ公、自分より弱い相手をいじめるんじゃない」
舞奈が苦笑しながら言った途端、
「……あ」
2匹のウサギは麗華の左右それぞれの脚にしがみつく。
そして揃ってカクカク腰を振り始めた。
「えっ? ええ……!?」
麗華はどうしていいかわからず硬直する。
「これは……」
「お詫びのセッ――」
「――ごめんねジャネットちゃん。今、えり子ちゃんやチャビーちゃんがいるから」
「あ、いやすンませン園香さン」
珍しく割と本気でたしなめる園香にジャネットが思わず平伏し、
「麗華ちゃんすごーい! いいなー! いいなー!」
お子様チャビーは麗華を見やって羨ましがる。
遊んでいると思ったらしい。
「ふ、ふふん! どうですの日比野さん! 羨ましいですかしら?」
「麗華様……」
「もう誰かにマウント取れれば何でもいいンすね……」
まあ麗華様らしいといえば、この上なく彼女らしい。
天然でお子様なチャビーはマウントを取りやすいという意味では理想的な友人だ。
そんな期待を裏切らないようにという訳でもないのだろうが、今そんな状況じゃないにもかかわらず増長した彼女を、
「うんうん! うらやましい! どうやるの? 麗華ちゃん!」
「チャビーちゃん……」
チャビーが無邪気に持ち上げる。
何の裏もなくこの言動は、もはや流石と言うべきか。
抱いていたウサギがビックリして見上げる。
えり子とルージュも目を丸くしてチャビーを見やる。
いきなり大声を出したから……だと思う。
ウサギはカクカク。
チャビーはキャッキャ。
周囲は微妙な表情で見守っている。
そんなところに、
「……ちょっと餌を取りに行っている間に、人が増えたわね」
「明日香ちゃん。おかえり」
校舎の陰から明日香がやってきた。
力仕事を他人に投げがちな彼女には珍しく、両手で段ボール箱を抱えている。
箱には近所のスーパーから頂いたクズ野菜がずっしり盛られている。
小動物全般に恐れられる体質のために雑用を買って出た明日香。
そんな彼女はウサギ小屋の中で『遊ぶ』ウサギと麗華様を見やり、
「安倍さん見て見て! 麗華ちゃんがスゴイんだよ!」
「どうですこと安倍明日香! わたくしのカリスマ性に恐れおののいたかしら!?」
「え、ええ。楽しそうで何よりね……」
ダブルピースしながらドヤ顔で見やる麗華からそっと目をそらした。
いくら毛のある動物が好きとはいえ、この状況を羨ましいとは思わないのだろう。
だが麗華は、そんな明日香の様子を敗北宣言と見なして得意満面。
明日香が地味に動物好きなことには麗華も気づいてるのだ。
まあ皆がそれぞれ満足しているのなら、舞奈としては何も言うつもりはない。
そんな風に小学生たちが和気あいあいとしていると、
「――あ、いたいた。こんにちは舞奈ちゃん、みんな」
「紅葉さん? 珍しいなあ」
爽やかに手を振りながら、ポニーテールを揺らせて紅葉がやってきた。
皆もそれぞれに挨拶を返す。
初等部の校舎裏にあるウサギ小屋に中等部の彼女がやってくるのは珍しい。
しかも部活の最中らしい体操服で。
「――ありがとう。恩に着るよ」
言いつつ紅葉はポケットに携帯を仕舞う。
一瞬遅れて、えり子に抱かれたルージュが「なぁー」とひと鳴きする。
猫と会話可能な呪術を使って自宅のバーストに電話して、猫のネットワークを経由してルージュに舞奈の居場所を尋ねたといったところか。そこまでして……
「……あたしに用か?」
「うん。……いやね、ヘルプ先の部活がこれから他校との練習試合なんだけど、直前になってメンバーがひとり足りなくなっちゃって」
少しばかりバツが悪そうにポリポリと頭をかきつつ説明する。
彼女は各々の運動部の欠員を補う助っ人をしているらしい。
1年ほど前、弟を失った彼女は復讐のために部活を辞めた。
復讐の最中に彼女は舞奈と邂逅し、戦い、そして仕事人になった。
その後しばらくして運動部の助っ人を始めたと聞いていた。
それが彼女の復讐心に一応の踏ん切りがついた証だったら良いな。
舞奈自身が3年前の喪失を僅かでも拭い去れたように。
ふと、そんなことを思って口元に笑みを浮かべ、
「それであたしが代役か。……けどいいのか? あんたたちは中等部だろう?」
「他に助っ人の知人は高等部の人しかいないから、それよりはね」
「……まあ、それで先方が納得するなら構わんが」
紅葉の言葉に苦笑する。
ちなみに彼女は中3だ。
なのに受験勉強もせず遊んでいられるのは小中高一貫校の強みか。
舞奈たちが通う蔵乃巣学園は芸術活動への啓蒙が盛んだ。
おかげで絵画や音楽の才能を開花させる生徒も多い。
舞奈も在学中のプロをひとり知っている。
半面、スポーツ方面にはあまり力が入っていない。
おかげで運動部も慢性的な人材不足だ。
正式なメンバーはマネージャー+小数人という部も多い。
なので腕の立つ生徒が助っ人として各部活で転戦しているらしい。
その関係が【機関】と仕事人のそれに似ていると舞奈は思った。
「志門さんなら他校の中学生なんてちょちょいのちょいですわ!」
麗華がウサギ小屋の中から話に割りこんでくる。
話は聞こえていたらしい。
先週に誘拐された彼女を救出して以降、すっかり舞奈のマネージャー気取りだ。
「そりゃあ舞奈ちゃんならね……って、ウサギ何してるの!?」
「……遊んでるんだ。気にせんでくれ」
麗華の脚でカクカクしているウサギに気づいて動揺する紅葉に苦笑する。
「あの子、この前、誘拐された子だよね?」
「……流石に相手がウサギなら大丈夫だ。それより何やるんだ?」
「あ、ああ。バスケだよ。古巣だしね」
「それって高いとこにあるカゴにボール入れる奴だろ? 人数合わせならデニスのほうが適任だと思うんだが」
「わたしは麗華様についています。華は舞奈さんに譲りますよ」
「そっか。なら行ってくる」
舞奈は友人に挨拶し、紅葉に付きあうことにする。
「紅葉さん、お片付けが終わったら見に行ってもいいですか?」
「もちろんだよ。体育館でやってるから」
園香の申し出に、紅葉はにこやかに答える。
ちなみに体育館は初等部~高等部の共用である。
だが運動系の部活も体育の授業もそれで困らない程度しかない。
なので、所変わって体育館。
貸してくれたユニフォームに着替え、シューズを履いて出てきた舞奈を、
「あ、舞奈ちゃんだぁ~! この前ぶり~」
「先輩が言ってた知り合いって、舞奈ちゃんのことだったんだね」
見知った中学生が出迎えた。
以前にピアノ教室の一件で出会った小百合と、ピカちゃんこと光だ。
体操服を着ているのは光だけだから、小百合は応援兼付き添いといったところか。
「あっ舞奈さん。こんにちわっす」
長身な彼も知った顔だ。
諜報部の執行人の……たしか【偏光隠蔽】だったか。
「あんたもバスケ部だったのか。天職だな」
中学生の平均からしても長身な彼を見上げながら笑う舞奈に、
「あ、いえ、僕は助っ人を頼まれたんすよ。普段は演芸部の照明とか、写真部のレフ版持ちとか手伝ってるんすけどね」
「……本業は運動部ですらないのか」
答えるノッポに、舞奈はやれやれと苦笑する。
まあ確かに彼は長身で、男子の平均程度には筋肉もついている。
だが、それ以上に鍛えている様子はない。
さらに周囲を見回すと、他の面子らしき中等部の男女も正規の部員ではなさそうだ。
何処かよそよそしいというか、事務的な雰囲気から否が応でも察せられる。
どこからか視線を感じるのは舞奈が小学生だからだろう。
事情を知らない人から見れば、中等部の練習試合に初等部の生徒が紛れこもうとしていたら困惑もするだろうとは舞奈自身も思う。
「これでマネージャーまで部外者だったら、詐欺案件だぞ」
それだと我が校にバスケ部なんてものはないことになるし。
苦笑する舞奈の前で、
「それは大丈夫。わたしはちゃんとしたバスケ部員だから」
見た目はおっとりした雰囲気の、眼鏡の少女が微妙な表情で笑った。
「……去年までは紅葉ちゃんもね」
「いや、本当にごめん」
少し恨みがましそうに睨まれて紅葉が恐縮する。
1年前、紅葉は復讐のため、それまでしていた部活を辞めた。
それが部員数が定員割れしていた(まさか2人だった訳じゃないだろうが)バスケ部だったらしい。
今回、彼女が無理筋な助っ人勧誘を引き受けたのも、そのあたりが原因か。
気づいた事実を誤魔化すように笑う。
そして、ふと、それより大事なことに気づき、
「っていうか、いくら人手が足りないったって、男子が混じっていいのか?」
「「――ハハハッ! 何を言ってるんだ! 今日は男子バスケ部の練習試合だぞ!」」
首を傾げた途端、背後から暑苦しい合唱が答えた。
見やるとマッチョが並んでいた。
揃いのユニフォームは見慣れぬ他校のものだ。
そいつを着こんでいるのは、ちょっと中学生離れした感じの角刈りの巨漢。
どうやら彼らが今日の対戦相手らしい。
「「我らが強豪バスケ部を」」
「「歯牙にもかけぬと煽られて」」
「「学校に無理を言って半休をいただき他県はるばる出向いてみたら!!」」
強豪を自称するのも納得な筋肉を披露しつつ、マッチョらは事情を話し始める。
その巨躯は当方のノッポの彼とは別の意味で超中学生級。
寸分違わぬタイミングでポージングしながらハモるほどチームワークも完璧。
まあ、それがバスケに必要な資質なのかは門外漢の舞奈にはわからないが。
「「女子供がお出迎えとは!!!」」
「「まったく我らも侮られたものよ!!」」
「そうだぞ流石に先方さんに失礼だろう……」
マッチョと一緒に舞奈も眼鏡を糾弾する。
目下のところ、彼らは別に悪いことはしていないように思える。
ただ地元でバスケを頑張っていただけだ。
ノリも良さそうだし、話してみれば割と良い奴のような気もする。
それを存在しているかも微妙なバスケ部との試合を餌に他県に呼びつけるのは人として流石に如何なものだろうか? しかも学校を早退させてまで……。
「せめて日曜日に呼んでやれよ」
「日曜は別の用事があるし」
「……おい」
「えーだってー」
ツッコむ舞奈に、眼鏡は不貞腐れつつ紅葉を見やる。
紅葉は少し申し訳なさそうに舞奈を見やる。
その仕草で、何となく気づいてしまった。
おそらくバスケ部を辞めた後も、紅葉と彼女は親交があったのだろう。
一時期は復讐鬼と化した紅葉に彼女も気をもまされたはずだ。
そんな紅葉も抱えていた何かに踏ん切りをつけ、助っ人としてスポーツを再開した。
その際に……たぶん舞奈のことを話しまくったのだろう。
自身に匹敵する凄い少女がいると。
そんな感銘を与えるほどのことを、紅葉の前で舞奈はしたと自負はできる。
だが、そこで面白くないのは眼鏡の彼女だ。
面識のない小学生に親友をとられたと感じたのだろう。
ちょうど麗華様が、舞奈と仲が良いからという理由で明日香を敵視するように。
だから紅葉と舞奈を巻きこむ形で今回の無茶な勝負をマッチングした。
まったく傍迷惑な話である。
だが……否、だから、
「ま、始まっちまったものはしゃあない」
舞奈はやれやれと肩をすくめて苦笑する。
彼女のそういう考え方は嫌いじゃない。それは魔法や怪異と無縁な世界で、ひとりの少女が平和に暮らしていることを意味する。
それに屈強な男子中学生との『勝負』に心躍らないと言えば嘘になる。
何故なら互いに致命的な何かを失わない切迫した対決は楽しい。
なのに先週、舞奈は熟練の超能力者サーシャとの勝負を、友人の酷すぎる横やりによってお釈迦にされた。だから、
「行き帰りの電車代と、晩飯代くらいは楽しい思いをさせてやるぜ!」
不満げな他校の強豪たちに向かって不敵に笑いかけた。
同じ頃。
「マイったら、他の学校の中学生と試合なんて大丈夫なのかな?」
「ふふ、マイちゃんならきっと大丈夫だよ」
ウサギとのスキンシップを終えたチャビーと園香は体育館を訪れていた。
後ろに続く明日香とテック。
そして麗華とデニス、ジャネット。
「あ! 声がする! もう始まっちゃったかな?」
中から漏れ聞こえる声にチャビーがはしゃぎ、
「……にしちゃあバスケの音が聞こえない気がするンすが」
訝しみながらジャネットが、デニスと重い両開きの鉄のドアを開ける。
その向こうでは、
「マイちゃんおまたせ……あっ」
「「我らが……我らが強豪バスケ部が……」」
「「よりによって女子小学生ひとりに手も足も出せずに敗北するなど……」」
試合が終わっていた。
「「我らの実力はが小学生以下なのか……?」」
「「っていうか、あいつ本当に小学生なのか?」」
小学生であることすら疑われ始めた。
コートの隅で仲良く揃って膝をついてうなだれる中学生を、
「そんなにしょげるなよ。あんたたちも良い動きしてたぞ。特に、ほら、ボールを跳ねさせて走る奴!」
「「……ドリブル?」」
「そうそう! そいつが凄い上手だった! あれはあたしにはできない!」
舞奈はやれやれと苦笑しながらなだめる。
「「ええっ素人じゃん……」」
「「所詮は奴は虎、我らは猫ということなのか……?」」
「「鋼鉄の如き肉体と才能の前に、我らが血の滲むような鍛錬は無駄なのか……」」
「あ……」
緊迫した勝負を楽しませるを通り越し、相手の心を折ってしまったらしい。
意外にメンタル弱いなあと思いつつも気の毒なことをしたと困っていると、
「あなたたちだって、まだ中学生じゃない!」
「サチさん!?」
唐突にあらわれたサチが彼らを勇気づけた。
「きっとまだまだ伸びしろはあるわよ! たくさん食べて、たくさん練習とかしたら、きっと舞奈ちゃんみたいになれるかもしれないわ!」
(「きっと」って2回言った!?)
あんまり後先を考えていない感じの、ある意味で出まかせチックな激励。だが、
「「我らも努力次第で斯様な肉体に!」」
「「なれるかもしれないと!」」
マッチョたちは自信を取り戻す。
前向きな言葉と笑顔、サチが高校生である事実にほだされたからか。
どんなに屈強でも、彼らはピュアな中学生だ。
「そうですよ。皆さんだって身体が大きいですし」
次いで園香もフォローする。
そして相手が厳つい容姿の男子中学生だからか、少し緊張した面持ちで舞奈の側に立つ。舞奈は園香を安心させるように、やわらかな身体をそっと抱き寄せる。
そんな様子を見やり、
「「!? 努力次第で!」」
「「我らも斯様な大きな胸のガールフレンドを!」」
彼らは唐突に完全復活した。
並んだマッチョの、眼だけがおっぱいみたいに揺れる様は相応に壮観。
さすがはピュアな男子中学生だ。
「……保証はせんがな」
舞奈はさりげなく園香の身体を隠すように立ちふさがる。
けれど背丈の関係上、お胸がちょっと肩の上からはみ出てしまうのは仕方がない。
「サチさんも、園香ちゃんもありがとう」
「!? なによちょっとくらい胸が大きいからって……」
普段通りに爽やかに礼をする紅葉の側で、事件の発端のマネージャーがセーラー服の胸元を押さえながら渋面になる。
(その性格のせいで胸が大きくならないんじゃ……)
難儀な眼鏡だなあと舞奈は苦笑する。
「というか、サチさんは何しに来たんだ?」
「マイ、今度は高校生と試合!?」
首をかしげる舞奈、驚くどさくさに雑な期待を口走るチャビーの側で、
「サチさん、どうしたんですか?」
「実はね……」
紅葉に問われて振り向いたサチの視線の先には、体育館の入り口でにこやかに手を振るチベット人の少女。諜報部の中川ソォナムだ。
舞奈はやれやれと苦笑する。
どうやら今度の勝負の相手は、高校生じゃなくて大人(あるいは怪異)のようだ。
まあ、いつものことだが。
そして試合前から感じる視線の主を探す。
やはり他の面子や対戦相手、友人たちでも仲間でもない誰かが舞奈を見やっていた。
視線にこもる熱からそれを察することはできる。
だが不可思議なことに、超小学生レベルどころか人の水準すら上回る舞奈の鋭敏な感覚をもってしても、その何者かを見つけることはできなかった。