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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第15章 舞奈の長い日曜日
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今度のサメは女の顔をしていない

「サィモン……」

「サィモン・マイナーだと!?」

 金髪の男たちが、舞奈の名を知り動揺する。


 妙な訛りは外国人が舞奈の名を呼ぶときのよくある癖だ。

 どうも海外で有名な聖書に魔術師シモン(あるいはサイモン)という人が出ていて、そいつの名前と混同されているらしい。

 付き合いの長い知人の何人かが舞奈を名前ではなく「志門」と呼ぶのも同じ理由だ。


「だ、だが! 銃がなければ只の小娘! そいつを返せ!」

 銃を持ってきたモヤシ男が甲高い声で叫びつつ、舞奈に向かって手をかざす。

 その指先から氷の蔓がのびる。

 即ち【氷結剣(クリオ・ソード)】。

 先ほどのジェイクと同様に指輪を媒体にして、こちらは氷を現出させたのだ。


 舞奈から少し離れた背後で麗華が息を飲む。

 だが舞奈は構わず、


「返せじゃねぇ! 元々あたしんだ」

 男から奪ったばかりの拳銃(ジェリコ941)を手にしたまま跳び退る。

 氷の蔓は追い切れずに空しく宙を切る。

 射程は鞭と同程度といったところか。


 背に麗華の温度を感じながら、ポケットから弾倉(マガジン)を取り出しセットして、


「狙いは良いが、そこまでだ」

 背後に忍び寄っていたひとりを威嚇する。


 舞奈が離れた隙に麗華を捕らえようとしたのだろう。

 悪くない判断だ。相手が舞奈でなければ。

 あわてて距離をとる男を視界の端に捉えつつ流れのまま、


「そっちもあんたもな」

 真横の虚空に銃口を向け、笑う。

 途端、何もなかったはずの空間から滲み出るようにひとり出現する。

 舞奈の手元を警戒しつつ、じりじりと後退る。

 こちらは【透明化能力(インビジブル)】。


 麗華を背に庇いつつ、拳銃(ジェリコ941)を構えてニヤリと笑う。

 舞奈は優れた感覚によって空気の流れを読み取ることができる。

 そして成人男性の大きな身体が動くと空気もゆれる。

 故に肉体による打撃は完全に避けられるし、見えなくても居場所がわかる。


 2人を遠巻きに囲んでいるのは誘拐犯でもある6人の白人男。

 正確には8人いたが、イワンとジェイクは足元で昏倒している。


「本当にサィモン・マイナーだ!」

 モヤシ男が金切り声をあげて、


「Shit! Shiiit!! どうしてサィモン・マイナーがここにいる!?」

 金髪の生え際が派手に後退した年配の男が怒鳴る。

 その剣幕に首をすくめる麗華と見張りの3人に代わって、


「おいおい、麗華様がいるんだ。下品な言葉を使わんでくれ」

「だいたい何処から入ってきた!? 見張りは何をしていたんだ!」

「入れてくれたんだよ。ジェイクさんが」

 答えた瞬間、白人たちは一斉に、床でのびているジェイクを見やる。


「そういえば、子供が侵入してきたから捕まえたって……」

「何かおかしいって気づかなかったのか……?」

「意外に使えない奴だなあ……」

「でかい口ばかり叩きおって! このデクノボウめが!!」

「……いや、そこまで言ってやるこたぁないだろ」

 どよめく彼らに、思わず舞奈は苦笑する。

 あまり仲は良くないのだろうか?

 それでも、


「う……狼狽えるな!」

 床に転がるジェイクが叫んだ。

 意識を取り戻したらしい。

 だが叫んだ直後に力尽きて崩れ落ちる。立ち上がることはできなさそうだ。

 それでもなお、


「この国の法律では、銃を持っていても俺たちには撃てないはずだ」

 機転の利いたアドバイス。


「おお! それもそうか! 悪知恵だけは回るなおまえ!!」

「……」

 仲間に割と酷い賛辞を返しながら、年輩の男は天に掌をかざして集中する。

 その掌から、影のような何かが生える。


「【念力剣(サイオニック・ソード)】って奴か?」

「知識もあるようだな。流石はサィモン・マイナー!」

 舞奈は不可視の力で小型の武器を形作る超能力(サイオン)の名を語る。


「だが! 惜しいなサィモン!」

 年輩男はニヤリと笑い、


「俺の超能力(サイオン)は【精神剣(マインド・ソード)】! 敵のあらゆる防護をすり抜けて精神にダメージを与えるチート剣だ!」

「ほう」

 得意げに語る。


 異能力のカテゴリーとして確立されておらず、国内では埋もれがちな精神系の異能。

 だが米国の超心理学(パラサイコロジー)が内包する【魔力と精神の支配】技術を用いれば超能力(サイオン)として開花させることもできる。

 物理的な影響を受けず、与えず、精神のみにダメージを与える異能。

 これがデニスとジャネットを昏倒させた、おかしな手段とやらだろうか?


「しかも! この私の力はこれだけじゃない!」

「まだあるのか?」

 言い募る男を、舞奈は冷ややかに見やる。

 そんな舞奈を見やりながら男はニヤリと笑みを浮かべ、


「【精神剣(マインド・ソード)】を習練により進化させた【精神読解(マインド・リード)】だ!」

「なんだと!?」

「怯えたな! 心を読む超能力(サイオン)は危険だが、この調子で貴様の弱点を探れば……!」

「わたくしの心を読むですって!?」

 麗華が思わず悲鳴をあげる。

 舞奈も小さく舌打ちする。


 昼間にKAGEと話したばかりの危険な超能力(サイオン)

 それに対する対処法を求め、舞奈は全裸幼女が語った知識を思い出そうとする。

 そんな思考を読解し嘲笑うように、男は口元を歪める。


「私が奴の動きを読む! おまえたち全員でかかれ!!」

 年輩男の号令に合わせ、


「「「Wowwwwwww!!」」」」

 白人たちは舞奈と麗華めがけて一斉に跳びかかってきた――


 その頃、


「……」

 アーガス氏は公園の噴水広場の一角で立ち尽くしていた。


 舞奈と別れて公園を訪れてから、小一時間ほど待ちぼうけである。

 呼び出したシャドウ・ザ・シャークも舞奈も来る気配はない。


「ブナァ~~」

 鳴き声に見やると、図体の大きな茶トラの猫が革靴を引っかいていた。

 見下ろす視線に気づいたか、マッチョを見上げて「ナァー」と鳴く。

 どうやら見慣れぬ観光客に餌をせびる気らしい。


「君も中々にしたたかだね」

 仕方なく、何か猫が食べられるものが売ってないか屋台を見回す。

 そのとき、


「みゃみゃみゃみゃー」

「この国の公園は猫が多いんだなあ……あっ」

 何かが胸元の携帯をパクって逃げた。

 みゃー子である。


「待ちたまえ! 君!」

「みゃあ~♪」

 遊んでいるように楽しげに、携帯くわえて駆けてくみゃー子。

 追うアーガス氏。

 背後で茶トラが不満そうな鳴き声をあげる。


 みゃー子は公園を跳び出し、健全な店や建物が並ぶ亜葉露(あばろ)町の大通りを走り抜ける。

 アーガス氏も走ながら、訝しむ。

 彼は今、こっそり加速の能力【加速能力(アクセラレート)】を使っている。

 なのに彼女に追いつけない。

 術も異能も使った形跡がなく、ジャガーの物まねのような珍妙な走り方なのに。


(彼女も特別な……マイナ君と同じ種類の人間なのか?)

 本人が聞いたら憤慨しそうなことを考えながらアーガス氏は走る。

 みゃー子も走る。


 いつのまにやら2人の周囲には無人のビルや倉庫が立ち並んでいる。

 彼と舞奈がやってきた統零(とうれ)町……正確には隣町との境にある倉庫街だ。

 彼も『仕事先』の地理くらいは頭に叩きこんでいる。

 それでも地図を確認しないと心ともないなとも思う。

 だが、その地図は目の前の少女がくわえた携帯の中だ。

 そんな状況に困り果てた途端、


「……!?」

 超能力(サイオン)や魔力の使用を感知する【能力感知(サイ・センス)】に反応があった。

 目前の彼女を訝しんで行使していたところに割りこみで反応したのだ。

 アーガス氏が立ち止まると、みゃー子も止まる。


 超能力(サイオン)の反応は多数。

 この国の異能力レベルの単一の異能のようだが、数が多い。

 それが活性化されている。

 どうやら近くで異能を使った戦闘が行われているようだ。


「……そういうことか」

 アーガス氏は笑う。

 彼女は彼を、この場所に連れてきたかった。そう判断した。


「案内ありがとう」

 笑いかけるアーガス氏に、みゃー子は「みゃ~~」と携帯を手渡す。

 いつの間に操作したのか画面には付近の地図が表示されている。

 表示された地図の片隅にはマーキング。

 近くにある廃工場だ。

 その位置を頭に叩きこんでから携帯を仕舞い、


「サイオン・アップ!」

 叫ぶとともにアーガスの姿が光に包まれ、その姿が変わる。

 仕立ては良いが普通のスーツは、鮮やかなデザインの全身タイツに。

 肩には同じデザインのマント。

 そして頭は口元だけを覗かせたマスクに。


 次の瞬間、そこにいたのはミスター・イアソンだった。


「あとは私にまかせてもらおう!」

 そう言い残し、イアソンは空へと舞い上がった。


 同じ頃、統零(とうれ)町の灰色の大通りを、サメの背びれが走る。

 そう。サメだ。

 通りの左右の施設を警備していたガードマンが思わず目を剥く。


 シャドウ・ザ・シャークことKAGEが魔法で高速移動しているのだ。

 式神の前段階である概念に変身して短距離を移動する【影移動(シャドウ・ムーブ)】。


 実のところ空間湾曲による転移より安全な高速移動の手段ではある。

 だが、影に変じていられる時間が短いという欠点がある。

 存在している/していないの間にある不確かな状態を、長く維持できないからだ。

 その短所を克服するため、KAGEは身体の一部を式神にする。

 変身の魔術【形態変化(シェイプ・チェンジ)】を併用し、背びれだけ実体化した概念のサメと化すのだ。

 だからアスファルトの路地の『中』を、まるで人食いサメが海を駆けるように高速で進むことができる。


 そんなKAGEが目指す先は【機関】支部に匿名の通報があった廃工場。

 そこに誘拐されたひとりの少女がいるらしい。

 志門舞奈も先んじて救出に赴いたという。

 だからKAGEも急いでいた。


 ――KAGEが誘拐された少女を救いたい理由。

 それは彼女が公安だから、【ディフェンダーズ】だからという理由だけじゃない。

 かつて彼女自身も同じ立場だったから。


 10年ほど前、彼女は魔法とも怪異とも無縁だった。

 実のところ将来を誓った恋人もいた。

 彼女は人生を謳歌していた。


 だが破局は突然に訪れた。

 デート中に暴走族に襲われ、恋人は彼女をかばって殺された。


 そして彼女の命運も尽きたと思われたその時、思いもよらぬ救いがあらわれた。

 それは、ひとりの少女だった。

 地元高校の制服の上にコートをまとったその少女が舞うと大気は唸り、噴水の水が大蛇のように蠢き、暴徒どもを切り刻んだ。

 それがKAGEにとって怪異と、魔法との最初の邂逅だった。


 九死に一生を得た彼女は、やがて魔術に傾向した。

 文献を入手し、実践し、さらなる知識を求めて留学し、神秘の一端に辿り着いた。


 魔術を総合的に、系統的に学びたいと欲した彼女が選択した流派は高等魔術。

 だが恋人の死を目の当たりにした彼女の魔術は生命と死に偏重した。

 即ち大天使ザドキエルのイメージを核とした血肉の創造だ。

 あの日の突然の喪失と絶望が、KAGEの魔術の片翼を担っていた。


 対して彼女にとっての希望は『水』だった。

 あの日、コートの少女が用いた水の魔法。

 美しい噴水の水が、醜く恐ろしい暴走族どもを斬り刻む様。

 そのイメージを通じて大天使ガブリエルの姿を幻視し、強力な水の魔術を会得した。


 そのようにしてKAGEは絶望と希望を合一させ、自分自身の魔術へと昇華させた。

 肉と水。水と肉。

 その先に見出したものは海の王者であるサメだった。


 習練の末に、KAGEは変身の魔術【形態変化(シェイプ・チェンジ)】を習得。

 それにより米国の国民的海洋生物でもあるサメへの変身すら可能となった。

 故に平和維持組織【ディフェンダーズ】にスカウトされ、一員となった。

 神秘的な東洋人が変身するサメ女ヒーロー、シャドウ・ザ・シャークの誕生である。


 シャドウ・ザ・シャークは組織に日本の公安警察との協力体制の確立を進言した。

 そのための調整役も買って出た。

 かつての自分の恩人であるコートの少女――猫島朱音の力となるために。


 そして数年後。

 KAGEは朱音やフランシーヌの補佐として巣黒(すぐろ)市を訪れた。

 そこで舞奈と、明日香と出会った。


 朱音やフランシーヌが一目置くという【機関】巣黒支部の面子が気になった。

 だから再び、立場を変えて巣黒を訪れた。


 そんなKAGEの側には、今は巣黒の協力者がいる。


 古代エジプトの小神が1柱、メジェド神に乗った眼鏡の女子高生。

 桂木楓。

 支部で出会った優雅な彼女はKAGE同様に過去に何かを失い、喪失を力に変えて怪異に抗う永遠の復讐者である。

 彼女が修めたウアブ魔術はKAGEが得手とする生命の魔術に近しい。

 だから彼女はKAGEの教えを瞬く間に吸収し、新たな力とした。


 反対側を疾駆するのは猫耳カチューシャの女子高生。

 如月小夜子。

 身体強化を駆使し、メジェドやサメと同じスピードで疾走している。

 彼女もまた復讐への情熱を力へと昇華させた殺戮者だ。

 ナワリ呪術をよくする彼女もまた、KAGEの呪符を用いた疑似呪術から着想を得て更なる力を手に入れた。


 そして小夜子の側には、変わらぬ勢いで駆けるポニーテールの女子中学生。

 メジェドに乗った楓の後ろには巫女装束の少女。

 楓の妹である桂木紅葉と、小夜子のパートナーである九杖サチだ。

 支部ビルを飛び出したKAGEたちは、途中の教会で2人と合流したのだ。


 サメやメジェドを余人が見やって騒がぬよう、KAGEは認識阻害の出力を上げる。


 楓にも、小夜子にも、KAGEにとっての朱音やフランシーヌのような仲間がいる。

 それは喪失から必死で這い上がる中で彼女らが見つけた掛け替えのない友だ。

 今の自分には、楓には、小夜子には、共に戦う仲間がいる。


 だから奴らに遅れは取らない。

 何も奪わせない。

 もう二度と。


 そう決意を固めながら、サメはアスファルトの大通りを疾駆した。


 同じ頃。

 明日香もまた半装軌装甲車(デマーグ)を駆り、統零の通りを駆け抜けていた。

 デニスとジャネットから麗華がさらわれたと報を受け、ほどなくテックからも問題の廃工場付近の地図が送られてきた。

 だから部下でもある警備員たちに麗華の救出を命じ、自身も先んじて動いた。


 そんな明日香にとって、実は麗華はそれほど重要な人物ではない。

 疎んでいる訳ではないが、仲が良い訳でもない。

 ありていに言うと、クラスメートのひとりにすぎない。


 最近の明日香はチャビーや園香といった舞奈との共通の友人に心を許すことも多い。

 それでも麗華はその範疇の外にいる。


 だが……あるいは、だからこそ、麗華を無事に取り戻したい。

 それは、たぶん2年前と同じ理由だ。

 今と同じように麗華を救い出すべく奔走したのと同じ理由。


 守るべきものを守り抜く。

 それは明日香が明日香自身であるための意地のようなものだ。だから、


「急ぎなさい」

『了解しました。閣下』

 半装軌車(デマーグ)の運転を担う式神に命ずる。

 そして荷台で小型拳銃(モーゼル HSc)を構え、突撃のタイミングに備える。

 自分が、自分自身であるために。


 そして同じ頃。

 再び廃工場の大広間で、


「Ouch!」

 モヤシ男が空気が抜けるような悲鳴とともに、床をバウンドしながら転がっていく。

 舞奈の拳銃(ジェリコ941)を持ってきてくれた元見張りの彼だ。


「よ、弱いぞお前ら……」

「黙れ……小娘……」

 やれやれと肩をすくめる舞奈に、年輩男がうずくまったまま抗議する。


 ちなみに彼は最後のひとりだ。

 他の男たちは既に床を這ったままうめいている。

 そんな彼らを舞奈は無言で見下ろす。


 彼らは煙草を吸わない普通の人間だ。

 だから無暗に撃つ訳にもいかない。

 モヤシ君が持ってきてくれた拳銃(ジェリコ941)は飾り物に等しい。

 最後の力を振り絞ったジェイクの言葉は紛れもない事実だった。


 にもかかわらず男たちが瞬殺だったのは、もう単純に実力の差だ。

 何というか、彼ら全員が信じられないくらい弱かった。

 あまりの弱さに逆に舞奈が驚くほどだ。


 それに加えて……


「……あたしの動きを読むんじゃなかったのか?」

 先ほど威勢よく号令を出していた【精神剣(マインド・ソード)】の年輩男を見やる。

 金髪の生え際が派手に後退した彼は、仲間が突撃すると同時にしゃがみこんだ。

 指示など出している場合ではない様子で、プルプルふるえはじめた。


 ……そして今でも顔面から流血しながらうずくまっている。


 ちなみに舞奈は彼には何もしていない。


 麗華は舞奈の背中に隠れ、両手で頭を押さえていた。

 心を読まれるのを防ぐつもりだと言いたいのだろうか?

 さんざん目撃したせいか、麗華は異能の存在を受け入れつつある。あーあ……。


 対してうずくまったままの年輩男は、


「Oh,hentai……lollita……」

「やめろよ麗華様の御前だぞ」

 不健全極まる単語をひとりごちていた。

 鼻を押さえた指の隙間からダラダラと血を垂らしながら。

 それを聞いた麗華が、


「わたくしはそんなこと考えてませんわ! 志門さん……?」

 後ろからジト目を向けてくる。

 まったく酷い風評被害だ!


 だが、なるほどと舞奈は気づいた。

 彼は深層意識を覗く危険を避け、舞奈の表層意識を読んだらしい。

 だが心を読むというタームに反応して、舞奈はKAGEの言葉を思い出そうとした。

 ついでに全裸幼女の姿も脳裏に浮かんだ。

 それを『覗き見』した結果がこれなのだろう。


(なんて敏感な男なんだ!)

「……悪いか!」

 舞奈は内心、仰天する。

 生え際も後退しかけた壮年の男が、女の裸を初めて見た訳でもあるまいに。

 クラスの男子みたいな反応は大げさなんじゃないかと舞奈は思う。


 それでも心を読むという行為は相手と同じものを『見る』のとは少し違う。

 感じるのだ。あるいは共有する。

 視覚情報に加え、舞奈が人並外れた感覚によって聞いたもの、嗅いだもの、空気の流れを読むことで感じた肌の感触、温度。そう言った諸々を……


「……Oh!?」

「あっ、すまん」

 考えた瞬間、男は豪快に鼻字を噴き出した。

 まったく、やり辛いことこの上ない。

 ある意味イワン同様、彼も読心能力だけは使っちゃいけない類の人間だ……。


 やれやれと肩をすくめた舞奈は、ふと、ひらめいて、


「……チャムエル!」

「teen! Japanese 眼鏡っ子!!」

 脳裏に全裸ストッキングを思い浮かべた途端、男は飛び上がった。


「ハニエル!」

「Big! Big!! Soft feel,Good smell……」

「大きい? 小さい?」

「すごく大きくて……やわらかくて、いい匂いって言ってますわ」

「……通訳どうも。奴の言葉は忘れてくれ」

 こちらへの反応も大概だ。


「Oh……Oh……」

「すまん、調子に乗りすぎた」

 男は顔を手で押さえながらダラダラと出血している。


 代わりに舞奈は少し元気が出ていた。

 傍迷惑なシチュエーション無視な全裸どもも、彼女らの身体それ自体は美しいものだと認めない訳にはいかない。

 彼女らの乳を、尻を、間近に感じた温度を思い出すと幸せな気分になるのは事実だ。


 なぜなら美は良き魔力の源だ。

 それは魔力を扱えぬ普通の人間の精神すら鼓舞し勇気づける。だが、


「……たしかに危険な力だな」

 彼にとっては刺激が強すぎたようだ。

 舞奈は動いてすらいないのに、もはや失血寸前だ。

 まるで何らかの超常的な攻防の末に、舞奈が彼の脳を破壊したみたいな有様である。

 やれやれ、心を読まれただけなんだがなあ。


 この調子ならデニスとジャネットを【精神剣(マインド・ソード)】で昏倒させたのは彼じゃない。


「ざまあみなさい童貞男!」

 舞奈の背に隠れながら麗華が高笑いする。


 童貞と聞いた年輩男が麗華を凄い形相で睨む様子にあえて気づかぬふりをする。

 他の男たちもピクリと肩が震えていた。

 何故ここまでピンポイントに全員共通の地雷を踏めるんだ?

 舞奈は背後の麗華を睨み、


「サィモン・マイナーの力を見誤ったのがあなた方の敗因ですわ!」

「……志門舞奈はあたしだがな」

 増長し始めた『お友達』に苦笑する。

 最後のひとりが不戦勝みたいな感じにのびた途端にこれである。


 まあ無理もない。

 舞奈にとっては紙切れみたいに軽くて白くて貧弱で、投げ方ひとつにも怪我をさせないよう余計な気遣いを要した白人男たち。

 しかも最後の年輩男は手も触れてないのに血を吹いて倒れた。

 身体的に脆弱なのに接近戦を挑んできた他の男どもも大概だが、精神的にピュアすぎる彼が何故に人の心を読もうとしたのか小一時間ほど問い詰めたい気分だ。

 そんなんじゃあ先が思いやられるぞと。


 だが麗華にとって、彼らは見上げるように大きく恐ろしい大人の男の集団だった。

 そいつらを同い年のクラスメートがあっさり叩きのめしたのだ。

 壮年の彼なんて雷の如く恐ろしい祖父みたいに見えたはずなのに、舞奈と超能力とかそういう話をした途端に血を吹いて倒れた。

 そんなファンタスティックでアメージングな光景に、興奮しない訳がない。


 加えて2年前、麗華は舞奈の強さを見こんで友達になろうとした。

 その目に狂いがなかったことを確認できたのが嬉しかったのかもしれない。


「あと下品な言葉を使ってやるな。委員長が聞いたら卒倒するぞ」

「わかっていますわ! あ! そうですわ! 志門さん、今度こそわたくしたちと一緒に暮らしませんこと?」

「その話は断ったろ……」

「デニスとジャネットに貴女が加われば、正に最強無敵ですわ」

「その最強の力で、何するつもりなんだよおまえは……」

 やれやれと苦笑しつつ、強引に麗華の手を取り搬入口に向かう。

 彼らも気が済んだだろうし、舞奈にも麗華にもここに長居する理由はない。

 だが、そんな2人の視線の先に……


「……雇い主が童貞ですまない」

 ひとりの女が立ち塞がった。

 搬入口から逆行を浴びて、ゆっくり2人へ歩み寄る。

 ラフなシャツにカーゴパンツといういでたちの、長身で短髪の白人女だ。


「そいつはあんたのせいじゃないだろ」

 舞奈は先ほどと変わらぬ調子で軽口を叩く。


「だが用心棒なら、もう少し早く出てきてやったほうが良かったんじゃないのか?」

 後ろでのたうち回る男たちを横目で見やりながら苦笑する。


 男たちのひとりが「センセイ……」とうめく。

 なるほど彼女が『センセイ』か。

 デニスとジャネットを気絶させたのも十中八九、彼女だ。

 身のこなしでわかる。


「わたしは小間使いではない。大の男が8人がかりで子供2人に手間取るとは思わなかったんだ。だが認識を改めなければならないようだな」

 舞奈を真正面から見据えながら、センセイは構える。

 その精悍な口元には、鮫のような剣呑な笑み。


 気づいているのだ。

 舞奈がただの子供ではないと。

 肩書だけが立派な子供でもないと。


 何故なら彼女自身も、同じレベルの使い手だから。

 その事実に舞奈もとうに気づいていた。


 だから再び怯える麗華を背に庇いつつ、舞奈も油断なく身構える。


 途端、センセイの周囲の空気が軋んだ。

 その現象で舞奈は気づいた。

 彼女は武術に秀でるだけじゃない。

 ミスター・イアソンと同等の……あるいは、それ以上の超能力者(サイキック)だと。


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[一言] あ~·······うん、ドンマイ (舞奈の余計なエロ妄想のせいで失血死寸前まで追い込まれた挙げ句に地雷踏み抜かれた可哀想過ぎる男)
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