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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第15章 舞奈の長い日曜日
313/579

一難去ってまた淫乱

 アーガス氏と別れた商店街の一角。

 人気のない細い裏路地で、


「おや、見つかってしまいましたか」

「っていうか、またこの手の奴らか……」

 舞奈はうんざりした表情でため息をつく。

 まあ予想はついていた。

 気配が――風の流れと温度が伝えてくれたから。


 目前にいたのは全裸の少女だった。

 ヴィランならぬ淫乱である。


 背格好は、小学生の高学年~中学生ほどか。

 同じ小5のはずの舞奈の脳裏を『未成年者略取』という字面がよぎる。

 もちろん舞奈が捕まる側で。


 そう思わせるに足るほど、目前の全裸には何か、こう、見てはいけないものを見てしまったような残念さがあった。


 極端に長い前髪がかもしだす陰キャ感。

 手足が細く、胸も肉付きも貧相なせいで余計に幼く見える。

 あえて褒めるところを探すというなら、鎖骨の形が綺麗だとは思う。


 ――それでも。


 彼女の挙動が小中学生のそれではないことにも舞奈は気づいていた。

 クラスメートと大人を交互に観察できる舞奈だからわかる違和感。


 何故なら小学生は隙があれば動く。

 チャビーやみゃー子は言わずもなが、冷静な明日香やインドア派のテックもそう。

 情報のチェックなど動作の内容こそ合理的だが、手間を惜しむ様子はない。

 大人に比べて体力に余裕があるからだ。


 対してフィクサーを始めとする大人たちは、隙あらば休む。

 先日の明日香の言葉ではないが、できるだけ動かないようになる。

 たとえば、正直なところフィクサーも意思決定から離れた雑事は一緒にいるニュットがほとんどしている。かつて腕利きの執行人(エージェント)だったらしい彼女だが、今現在、若いか否かと問われたら残念ながら後者だ。

 子供時代に比べて少なくなってしまった体力を温存しようとしている。

 もう少し言葉を選ぶなら、エネルギー効率の良い動作をするようになる。


 そんな大人が何らかの手段で若返っても、挙動は変わらない。

 身についた効率的な動作が無になるわけじゃない。

 身体に活力が溢れていた頃の無駄だらけの動き方なんて忘れてしまったからだ。


 たぶん今の舞奈が、3年前の幸せな日々に戻っても戸惑うだけなのと同じ。

 歳月が奪い去った若さという得難い資産を、持たない生き方に慣れてしまうのだ。

 そんな大人の動作の微妙な加齢感を、意識して拭い去るのは難しい。


 だから舞奈にはわかる。

 目前の彼女は見た目こそ貧相な未成年だが、中身は大人だ。

 おそらく三十路前後だろうか。

 見た目は子ども、頭脳は大人である。悪い意味で。


 そういった視点で目前のインチキ幼女をよく見てみると、挙動の既視感に気づく。

 一瞬だけ考える。

 そして、わざとらしく恥じらうポーズをとってみせる彼女を睨みつけ、


「……ひょっとして、あんた公安のKAGEか?」

 問いかける。


 もちろん、以前に見かけた公安のコスプレ婦警と背格好はまるで違う。

 それに舞奈は明日香みたいに骨格を見抜いて同一性を判断できる訳じゃない。

 だが立ち振る舞いや挙動の癖……筋肉の動きならわかる。

 そいつが寸分違わず同じなのだ。


 もちろんKAGEと特に親しかった訳ではない。

 だが朱音やフランシーヌと一緒にいるところを何度か見たことがある。

 地味な容姿を最大限に活かす、どこかこそこそした動きは特徴的ですらある。

 だから一度、意識してしまうと印象に残りやすい。


「おお、よくわかりましたね。流石は舞奈殿」

 答える少女の姿に、虚空からあらわれた光る何かが包帯のように絡みつく。

 光る人影になった少女の手足が少しのびる。

 そして光の中から、前髪が長い大人の女があらわれた。

 見知った姿形のKAGEである。

 ただし全裸だが。


「……ウアブの【変身術ケペル・ジェス・ケトゥ】と同じ術か」

 露骨かつ唐突な超常現象に、特に驚く風でもなくひとりごちる。


 身体を式神で置き換えて変身する技術。

 その御業を使えば、ゴリラになることもできるし大人になることもできる。

 ちょっと前に楓が遊んでいたので記憶に新しい。


「流石は桂木楓と親しいだけあって、こういった秘術も見慣れてますね」

「服は着てたがな」

 流石の楓もそこまで羞恥心を捨ててはいなかった。


「ゴリラもですか?」

「……ゴリラには毛が生えてるだろ」

「ふむ……」

 KAGEは包帯がほどけるように子供体形(こっちが素なのだろう)に戻りつつ、


「毛なら、ほら」

 むむっと眉に皺を寄せる。

 すると下の毛がニョキッと生えた。


「そういう意味じゃねぇ」

 舞奈は冷たく睨みつける。


 何というか軽い冗談くらいのノリで毛を生やす仕草が気に入らない。

 そいつを頭に生やしたかったロッカーの絶望と葛藤、それに付き合わされた自分たちの苦労を軽んじられた気がするからだ。

 だから大仰に肩をすくめて徒労感を誤魔化しつつ、


「……まあいや。あんた、高等魔術師だろ?」

「ご明察通り、今のは高等魔術における変身術【形態変化(シェイプ・チェンジ)】です」

「そうかい」

 尋ねてみると、予想通りの答えが返ってきた。


 誠に遺憾なことに、舞奈には全裸で街をうろつく知人が何人かいる。

 むしろ痴人と言ってやってもいいと思う。

 そんな痴人どもに共通するのは、彼女らが高等魔術師だということだ。


「服は着ないのか?」

 もう何の期待もせずに尋ねてみる。


「いや、私用で警察の制服を着て出歩くのは問題でしょう」

「そうじゃなくて! 普通の服を着ろっつってんだ」

 何食わぬ顔でKAGEは答える。

 やっぱり言っても無駄だった。


 舞奈が知る高等魔術師たちが公共の往来を全裸で練り歩く理由は以前に聞いた。

 身体にまとう防御魔法(アブジュレーション)の腕前を鍛えるための訓練らしい。

 意思の力で偽りの衣服を身にまとい、それを維持し続けるのだ。

 たしか認識阻害【消失の衣バニッシュメント・コート】、光学迷彩【投影の衣プロジェクション・コート】と言ったか。

 それにより余人は術者が服を着ていると誤認する。

 だから表向きには彼女らの奇行がトラブルになることはない。


 だが認識阻害は直観と観察眼、あるいは曇りのない心によって看破できる。

 現に舞奈にはしっかり全裸に見えている。

 舞奈と同年代以下の子供に見られた場合も術の有効性はあやしくなる。

 だが、まあ、本人がそれでいいなら舞奈にとやかく言う理由はない。

 だから舞奈は昼間から疲れ果てながら、それでも、


「にしても、何でもありなんだなあ、あんたの流派は」

 そんな感想が口をつく。


 舞奈が知っている高等魔術師は2人。

 両方ともが多彩な攻撃魔法(エヴォケーション)防御魔法(アブジュレーション)を駆使して敵を殲滅する。

 加えてハニエルは重傷を治療し、大天使を従えて戦わせる。

 チャムエルは重力操作により空間を歪め、長距離転移を行う。

 おまけに2人ともが護符の力を借りて呪術の真似事までしてみせる。

 その様は、他のあらゆる流派の長所をまとめたように思える。

 そんな舞奈に、


「そりゃまあ主だった魔術の集大成ですからね」

 KAGEはニヘラと笑ってみせる。

 やはり彼女も術者である。自身の流派を賛美されるのは嬉しいのだろう。

 ようやく理解なり納得なりできる感情を出したなと思わず口元を緩める舞奈に、


「ですが反面、内包する術が多岐に渡り、理論も難解すぎる故に術者のなり手が少ないんですよ。現存する高等魔術師のほとんどは何らかの魔術結社のメンバーです」

「ま、そりゃそうか」

 KAGEは特に謙遜といった風でもなく答える。

 舞奈も納得する。


 便利な技術も強大な力も、有益なものは相応の代償と引き換えに得られる。

 それが世の理だ。

 たとえば異能力を使って刀剣で殴るだけなら誰にでもできる。

 だが魔法を駆使して、あるいは銃で狙うには相応の才能と訓練が必要だ。

 高等魔術とは、その最たるものなのだろう。


「それでも、なお、ひとりの術者が高等魔術のすべてを網羅することは、生涯をかけてすら至難なのですよ。だから高等魔術師は【エレメントの創造と召喚】技術のうちいくつかの系統に絞って会得せざるを得ないのです」

「なるほどな」

 こちらの話にもうなずいてみせる。


 思い起こせば、同じ高等魔術師でもハニエルは各種のエレメントの創造と操作による圧倒的な火力、チャムエルは金属の召喚を多用していた。

 さしずめ超能力者(サイキック)たちが得意とする能力を集中的に会得するのに似ているだろうか。

 近代化された技術には、学習リソースの管理や効率化も含まれる。

 ならば目前の合法ロリの得意分野は……


「じゃあ、あんたが学んだ魔術は変身……肉体の操作かなんかか?」

「ご明察通り。我が魔術は【エレメントの創造と召喚】による血肉の『創造』です」

 言いつつKAGEの姿に再び光が絡みつき、今度は横に長い何かになった。


「うおっ」

 魚だ。


 スラリと長い身体は数メートルほど。

 細かい鱗に覆われた表皮はザラザラした皮のようにも見える。

 横向きに開いた口は舞奈を丸ごと食べられそうなほど大きくて、ナイフのような鋭いギザギザの歯が並んでいる。


 サメである。

 舞奈の目前の空中を、1匹のホホジロザメが泳ぐようにたゆたっていた。

 なんともシュールな光景である。

 というか、飯を食った直後に捕食者が目の前にあらわれた。


「映画ではありふれた光景なんですけどね」

「そんなわけがあるか」

 鋭い歯を並べた大きな口から垂れ流される妄言にツッコみをいれる。

 変身前と声色が変わらないのは、口パクしながら悪魔術師のように護符の呪術かなにかで空気を振動させて声を再現しているからだろう。

 サメの口から聞こえる女の声が、絵面のシュールさに拍車をかける。


 まあ、彼女の変身の腕前が確かなのはわかった。

 先ほどから軽い調子で変身しまくっているし、この手の術で人型を大きくはずれる形態に変身するには熟練が必要とも聞いた。


 顔の両側面から舞奈を見つめる瞳は意外にもつぶらで愛嬌がある。

 テックに見せたら喜ぶかもしれないと、ふと思う。

 まあ他の言動でドン引きだろうが。

 そんなことを考えてオーバー気味に肩をすくめてから、


「だいたい公安最強の術者は、猫島朱音じゃなかったのか?」

 言いつつ口をへの字に曲げる。


 かつて舞奈と互角の勝負を繰り広げた猫島朱音。

 だが彼女がいくら強くても、呪術師(ウォーロック)であることには違いない。

 対して目前の彼女は魔術師(ウィザード)だ。

 しかも魔力を生み出すだけでなく、呪術や妖術の限界をも容易く超える高等魔術師。

 習得がごく至難な故に魔術結社にしかいないはずの、魔法の最高峰。

 そんな流派を修めた彼女は、


「直接戦闘では朱音さんやフランシーヌさんのほうが強いのは本当ですよ」

 何食わぬ口調で答えた。


 その言葉は、あながち嘘でもないのだろう。

 彼女の多岐にわたる魔術が、そして裏技的な呪術が火力に回れば破壊の権化になる。

 その事実は舞奈が知る2人の高等魔術師が証明してみせた。


 だが多岐で高度な魔術の使い手は、サポートに回っても心強い味方となる。

 たとえば技術担当官(マイスター)ニュットはマンティコア戦で、強力無比なルーン魔術を要所で使って敵を妨害し、部隊全体の戦力と生存力を底上げした。

 ただでさえ手練れの猫島朱音やフランシーヌが、そうした援護を受けたなら。

 それは正に裏の世界の秩序を守るに相応しい絶対の力になるだろう。


 そのような補佐による集団戦力の底上げこそが、彼女の戦い方なのだろう。

 そういえば無軌道な言動も(悪い意味で)ニュットに似ている。


「……で、そんな公安の魔術師(ウィザード)が何の用だ?」

 尋ねてみる。


 KASCを巡る公安との共闘は、人間側の勝利で幕を下ろした。

 朱音たちも首都圏に帰ったはずだ。

 それが今さら、この界隈に何の用事があるのだろうか?

 というか舞奈は海外からの客のおもてなしで忙しいのに。

 だがKAGEは構わず、


「いえいえ、今日は公安の用事じゃあないんですよ」

「じゃあ何の用で来たんだよ」

 訝しむ……というか露骨にジト目をものともせずに、


「ディフェンダーズのシャドウ・ザ・シャークとしてですよ」

「なんだと?」

 驚く舞奈の目前でサメがほどけ、KAGEは再び人の姿に変わる。


 大人の女だ。

 だが婦警のスタイルより背が少し高く、乳尻にもメリハリがある。

 今の彼女の容姿は『シロネン』の広告で見たシャドウ・ザ・シャークと同じだ。

 見紛うはずもない。

 全裸だが。


 正直なところ、その事実に驚いたのは本当だ。

 彼女は公安の補佐役を務めるだけではない。

 アーガス氏と同じ平和維持組織【ディフェンダーズ】の一員でもあったのだ。

 舞奈は動揺を誤魔化すように、


「サメ映画はともかく、ディフェンダーズの映画は全年齢なんじゃないのか?」

 スタイル抜群の全裸を見やり、ジト目でツッコミをいれる。


 本来ならば眼福なシチュエーションではある。

 だが、何というか情緒というものがない。彼女らの全裸に全般的に言えることだが。


「もちろん任務の時には専用のスーツを着ますとも」

「当然だ」

 寝言に対して吐き捨てるように返す。


 アーガス氏が言った通り、確かに言動が桜と似ている。

 もちろん、こちらも悪い意味で。

 舞奈はやれやれと脱力しつつ、


「……ああ、それで公安からも部外者なのか」

 納得した。


 以前に梨崎邸で、職員名簿に載っていないステルス婦警と紹介された。

 そんなことが本当に、あり得るのかと訝しんではいた。

 だが事実は何のことはない。

 外部からの協力者という体裁だったわけだ。


「だって、ほら、警察でも、公務員ですらないコスプレしただけの人が公安の仕事をしてたら嫌じゃないですか?」

「あんたは、そのくらいの事やりかねないように見えるんだよ」

 いけしゃあしゃあと吐かれた妄言に、疲れ果てながら睨みつける。


 ニュットと同じように各方面に顔が利くタイプなのだろうか?

 そう考えれば、つかみどころのない言動がどことなく似ている理由も納得できる。

 厚顔無恥な傍迷惑さも……


「……で、ディフェンダーズの面子が集まって、新しいサメ映画でも撮る気か?」

「それはまだ話せないんですよ」

 言いつつ子供体形に戻るKAGEに、


「ったく」

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。


「なら何しに出てきやがった」

「この街の【機関】の皆さんや、舞奈さんの人となりに興味がありましてね」

「興味ねえ……」

 舞奈はふむとKAGEを見やる。


 まあ興味を持たれる心当たりはある。

 舞奈と明日香の強さは梨崎邸での一件で見たはずだ。

 2人は手練れの猫島朱音、フランシーヌ草薙と真っ向勝負を繰り広げた。

 アイドル怪盗に扮していた2人だが、交わされた銃弾と攻撃魔法(エヴォケーション)は本物だ。


 次いでKASCを相手取った大規模な作戦で、公安は【機関】支部と共闘した。

 直接に轡を並べたわけではないが、彼女らは悪党のうち1匹を倒し、KASC支部の数々の悪事を暴いてくれたらしい。

 その一方で、舞奈と明日香は敵の本丸である蔓見雷人を倒した。

 舞奈たちを援護してくれた仲間たちも、それぞれ公安に匹敵する戦果をあげた。

 楓と紅葉、小夜子とサチ。

 公安の面子と比べて年若く、術者としても未熟なはずの彼女らが。


 そんな面々に、興味が出たというなら納得できる。

 公安の協力者としても。

 海外のヒーローチームの一員としても。


「でもって、【機関】の支部に挨拶しがてらいろいろと、ね」

「いろいろねえ……」

 言いつつ元の貧相な子供に戻ったKAGEを見やりながら苦笑する。

 聞いてきた話では、支部にはニュットに楓に小夜子が集まっているはずだ。

 あんまり楽しいことになっていたとは思えないのだが。


「その後、しばらく舞奈さんを観察した後にアーガスさんと合流しようと」

「そのアーガスさんと、さっきまで一緒にいたんだがな」

「ですよね。見てました」

「ですよねじゃねぇ! 見てたんなら止めろよ」

「いやあ、もう少し舞奈さんの人となりを確かめてからにしようかと」

「なんだそりゃ……」

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。


 なんというか、彼女もハニエルやチャムエルの同類だなあと改めて思った。

 一見すると頼りなさげで押しも弱そうなのだが、根本的な部分で余人とずれてる。

 平たく言うと、悪い意味で個性的だ。

 それは魔術の集大成たる高等魔術の使い手としては不可欠な資質なのかもしれない。

 だが、平時に関わる人間からしてみればひたすら厄介なのも事実だ。

 そんな彼女の貧相な身体から目をそらし、


「どうするんだよ。アーガスさん、もう行っちゃったぞ……」

 言いつつマッチョの背中が去って行った大通りを見やる。

 もちろん映画スター似の金髪スーツの姿はもう見えない。


 今ごろ彼は公園への道のりを進んでいるはずだ。

 待ち合わせの相手がここにいることも知らず……。


「どうしましょう」

「指示待ち人間かあんたは。ほら一緒に行くぞ。事情はあたしが説明してやるから」

 そう言いながら裏路地を出て歩き始めて、ふと気づき、


「そういや、あんた【転移門(テレポート・ゲート)】は使えるか?」

「いえ重力とか空間湾曲とかは苦手でして。形態変化の応用で概念化して短距離転移ならできるんですけどね。【影移動(シャドウ・ムーブ)】って言うんですが……」

「そうかい。なら足で急ぐぞ」

 再び歩き始める。

 手品が見たいわけじゃなくて公園まで急ぎたいのだ。

 これ以上どうでもいい遊びで時間を費やすと、流石にアーガス氏が気の毒すぎる。

 だが途端、


「……!?」

「おや、どうしました?」

 舞奈は不意に立ち止まる。

 慣れ親しんだ気配を感じたからだ。


 正直なところ、他人には見えたり見えなかったりする全裸幼女を従えたこの最悪のタイミングで、知人に会うのは避けたかった。


 なぜなら全裸である。

 しかも、よりによって(見た目は)舞奈と同年代の幼女である。

 下手をすると交友関係にヒビが入りかねない。


 だが、今からダッシュで逃げたところで手遅れ。

 余計に不審に思われるのが関の山だ。

 だから意を決して振り返る。


――どうか、これ以上、話がややこしくなる類の相手じゃありませんように。


 神か仏かもっと別の何かに、柄にもなく願いをかける。

 そんな舞奈の視線の先から――


「――マイちゃん、こんにちは。街に来てたんだね」

「マイだ! 金曜ぶりー」

「よ、よう、園香。チャビーも。奇遇だなあ」

 買い物帰りの園香とチャビーがやってきた。


 今さらのように舞奈は気づいた。

 この手の実力に左右されない博打事で、舞奈に幸運が微笑んだことはないことに。


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