異能力者
「こ、困ります……!!」
悲鳴が聞こえた。
「なんだよ、いいところだったのに」
受付嬢との楽しい遊戯を邪魔された舞奈は、不機嫌に見やる。
騒ぎの源は、受付からちょっと離れた待合室らしい。
数人の少年が眼鏡の少女を取り囲んでいた。
少年たちは舞奈と同じエスカレーター校の、高等部指定の学ランを着崩している。
うち何人かは得物を手にしている。
その中の大柄なひとりが、少女に詰め寄っていた。
彼が少年たちのリーダーらしい。
少女も高等部のセーラー服を着ている。
セミロングの髪を気弱げにゆらせながら身を縮こまらせている。
「可愛いお嬢ちゃんだな。何より、もっちりしたお尻が可愛い」
「高校生なんだけどねぇ~」
受付嬢は苦笑して、
「それにしても、あの子は相変わらずトラブルに巻き込まれてるなぁ~」
「あのお嬢ちゃん、知り合いかい?」
「知ってるよぉ~。コードネーム【鹿】。本名は奈良坂……だったかな?」
「奈良坂さんっていうのか。見た目通りの可愛い名前だ」
「彼女ねぇ~実力はあるらしいんだけど、気が弱いせいで任務に失敗したり、ああやって、よくタチのよくないのに絡まれてるのよぉ~」
「やれやれ、執行人も大変だな」
舞奈も苦笑する。
入り口には警備員がいる。
だが彼は執行人同士のトラブルは見て見ぬふりを決めこむ様子だ。
舞奈はやれやれと肩をすくめてカウンターを背にする。
「よう、兄ちゃんたち」
奈良坂という名の少女の前に立ちふさがる。
高校生である奈良坂の前に、立ち塞がった舞奈は小5の子供だ。
なので身長差の関係で割と情けない構図になる。だから、
「兄貴! こんなところに子供がいますぜ!!」
少年たちは爆笑した。
奈良坂は不安げに舞奈を見やる。
小学生の女の子が、ガラの悪い高校生に取り囲まれているのだ。
普通の子供なら泣いて逃げだすような状況だ。だが、
「嫌がってるだろ? 止めてやれよ」
舞奈は構わず、大柄なリーダーを見やる。
怪異11匹を苦もなく屠った仕事人の視線に、リーダーは怯む。
「なんだ、てめぇは?」
リーダーは小柄な舞奈を見下ろしながら睨み返す。
だが凄んだ相手が動じる素振りすら見せないので、少しばかり焦っている。
「俺たち最強の執行人【雷徒人愚】に、文句があるってのか!?」
「らいとにんぐ? ……ええっと電気だっけ? 電器屋か何かか?」
「俺たちの蛮勇を知らねぇってのか? さてはてめぇ、新入りだな!」
リーダーは顔面を歪めて舞奈を睨む。
後の受付で受付嬢が「ぷっ」と噴き出す。
舞奈は横目でそれを見やって苦笑する。
その余裕を、リーダーは挑発と受け取ったらしい。
「なら【雷徒人愚】の恐ろしさを思い知らせてやるぜ!」
叫ぶと同時に、その身体からオーラが立ち昇った。
気功で大柄な身体が膨れあがる。
膨張した筋肉に耐えきれずに学ランがはちきれる。
その凄まじい筋肉を前にして、仲間のはずの取り巻きすらたじろぐ。だが、
「その服、異装迷彩か。ってことは【虎爪気功】――気功で強くなる異能だな」
舞奈は何食わぬ顔で納得する。
「あんた、異能力者だったのか」
言って笑う。
人間でありながら怪異と同じ異能力を得た者たちがいる。
彼らは異能力者と呼ばれ、怪異と同じようにひとりひとつの異能を持つ。
彼らの多くは異能力によって怪異を狩るべく執行人となる。
そして人知れず闇との闘いに身を投じる。
とはいうものの、所詮は異能を得ただけの少年たちだ。
中にはこのようにチンピラまがいの輩も存在する。
「俺様の力にやっと気づいたか!? けど、もう遅いぜ!」
チンピラまがいの少年は、ボクシングを構えてパンチを放つ。
「ガキだからって容赦はしねぇ! てめぇに恐怖を教えてやる!」
鋭い鉄拳が、小学生の小さなツインテールを揺らす。
奈良坂が「ひっ」と息を飲む。
「お! でました兄貴のイナズマパンチ!」
「兄貴、気をつけてくださいよ! 当たったら頭がふっとんじまいますぜ!」
取り巻きは笑う。
「そうそう、俺様たちは次の討伐任務でAランクに昇格するんだぜ!」
リーダーの少年も笑う。
「つまりテメェはガキの分際で、次期Aランクにケンカを売ったってワケよ!!」
喋るうちに気分が乗ってきたのだろう、大柄な彼は凄みのある笑みを舞奈に向ける。
舞奈も笑う。
執行人はその実力や任務の成功度によってランク分けされる。
最下位はFランクだ。
いちおうAランクの上には最上位のSランクがある。
だがSランクに認定されるのは個人で核攻撃をしたり不死だったりする人外だ。
なのでAランクは常識的な範囲での最高位だ。
彼らはその最高位に限りなく近い立場にいるらしい。
「これが次期Aランクの実力よ!」
少年は舞奈を怯えさせようと何度もパンチを放つ。
異能力で強化された鉄拳が小柄な少女の髪を揺らし、頬をかすめる。
「オラオラ! 怖くて声も出せねぇか!?」
リーダーは得意げに笑う。
取り巻きも嗜虐的な笑みを浮かべる。
奈良坂は顔面を蒼白にして怯える。
だが舞奈も笑う。リーダーの拳など気にならないとでもいうように。
そして背後の取り巻きを見やる。
「で、後ろのあんちゃんたちは、気功で素早くなる【狼牙気功】」
少年たちはリーダーを真似るようにオーラをまとい、舞奈を睨みつける。
リーダーがボクサーだからか、手には長い高枝切りバサミを携えている。
人相の悪いチンピラに、長柄の凶器は意外にも似合っていた。
だが強そうには見えない。
「そっちのでっかいのは、空を飛ぶ【鷲翼気功】だ。へへっ、詳しいだろ?」
少年たちの背後には、太った少年が浮いている。
着こんでいるのは仲間と同じ学ランだ。
だが彼だけが丸々と太っているので違和感が半端ない。それに、
「……それはいいが、何ていうか、あんた……うまそうだな」
舞奈の口の端からよだれがたれた。
ジャケットの袖でぬぐう。
腹をすかせた舞奈の目には、豚の丸焼きか巨大なもも肉が空を飛んでいるように見えるのだ。しかも彼からは食欲をそそる焦がしマヨネーズの匂いがする。
だがリーダーは、その仕草を本格的な挑発と受け取ったらしい。
「よそ見してんじゃねぇぞ! オラァ!!」
リーダーは苛立った様子で、
「女に異能は使えねぇ! 【機関】の人間なら子供だって知ってることだろ!?」
叫ぶ。
異能力を使えるのは少年だけだ。
己が身に宿した魔力を異能力として顕現させられるのが、精力に満ち溢れた若い男性だけだからだ。
だから大人になると異能力は弱まり、老いると消える。
そして、たとえ少女であろうとも、女は異能力を使えない。
「なら男の後ろから銃や弓矢で援護するか、まじないでもしてろってんだ!」
得体の知れぬ少女への戸惑いと焦りを覆い隠すように、叫ぶ。
「それに比べて、俺はなぁ!! この無敵の拳で泥人間を2匹同時に倒したことだってあるんだぜぇ!!」
異能で強化されたパンチを何度も放ち、小学生の小さなツインテールを揺らす。
奈良坂はおろおろと狼狽える。
肉を見るのに飽きた舞奈は、ふとリーダに目を戻し、軽く驚く。
やっと怯えるつもりになったと少年は笑う。だが、
「――パンチが遅くなってる。あんた、ビックリするほどスタミナないな」
言って舞奈は苦笑した。
「な、なんだと!?」
少年は狼狽える。
舞奈は肩をすくめる。
「それに勢いもない。泥人間を殴り殺したことってそういやなかったけど、このくらいのパンチが2匹分なのか?」
その一言で、リーダーの理性がブチ切れた。
「このガキ! ふざけやがって!!」
「兄貴! そりゃやばいっす!」
怒りに我を忘れたリーダーは、鉄拳を舞奈の顔面めがけて叩きつける。
奈良坂が声にならない悲鳴をあげる。
だが次の瞬間、
「へへっ、お兄ちゃんと握手、握手っと」
舞奈は拳を片手で受け止めていた。口元に笑みを浮かべたまま。
リーダーの額を脂汗がつたう。
冒頭でリーダーが破り捨てた学ランは、異装迷彩と呼ばれる特殊な服だ。
異能の源である魔力で作られており、着用者が異能を使うと崩壊する。
そして、しばらくしたら元に戻る。
服の幽霊みたいなものだ。
そんな服を着ているのは、気功によって筋肉が肥大化する【虎爪気功】を使う際に普通の服を着ていると怪我をするからだ。
逆に言えば、異能力による身体強化など服に負ける程度でしかない。だが、
「動かねぇ……俺の拳が動かねぇ……!! どうなってやがる!?」
大口径弾の反動に鍛えられた舞奈の拳は本物だ。
小柄な少女のジャケットからのびる手は、子供とは思えないほど武骨で、固い。
まるで筋肉が凝固して鋼と化したかのようだ。
さらに着やせする割に筋量があるから、小柄なのに重い。
だから高校生が渾身の力で押しても、引いても、舞奈はびくとも動かない。
まるで器具で拳を固定されたかのようだ。
取り巻きは焦る。
奈良坂は呆気にとられる。
太っちょはたゆたう。
恐怖と緊張のあまりリーダーの異能力が解除される。
だが彼に、それを気にする余裕などない。
舞奈は笑う。その時、
「君たち、何をしている!」
ようやく警備員がやってきた。
舞奈が思わず手を緩めた途端に、少年はひっくり返って尻餅をつく。
「う、運がよかったな、ガキ! おぼえてやがれ!」
リーダーは捨て台詞を残し、取り巻きを連れて逃げ去った。
太っちょも「ぶひぃ」と滑るような低空飛行で仲間を追う。
「さっすが次期Aランク。流れるような逃げ足だ」
苦笑する舞奈の前に、学生服が降ってきた。
再生した異装迷彩だ。
舞奈は落ちた服は無視して、
「お姉ちゃん、だいじょうぶかい?」
奈良坂に向き直る。
「は、はい、ありがとうございます……」
女子高生は、おどおどと怯えながらも礼を言う。
フレームレスの眼鏡の奥の視線を彷徨わせながら、かぶりを振る。
野暮ったいセミロングの髪が、気弱げにゆれる。
垂れぎみな瞳に戸惑いと怯えをにじませながら、手首にはめられた地味な色のブレスレットを無意識に弄る。
うつむき加減なのは他人と目を合わせないための癖のようなものだろうか。
だが子供の舞奈と目を合わせるには丁度いい。
「お暇なら、食堂でディナーなんてどうだい? ちょうど食券があるんだ」
舞奈は奈良坂を見上げ、安心させるように微笑む。
「舞奈ちゃん、さっきの男の子たちと同じようなこと言ってるぅ~」
受付嬢のツッコミを聞かないふりして奈良坂のお尻に手をのばす。
舞奈は子供だから、おしりも胸も同じくらい大好きだ。
セーラー服のスカートの下のもっちりした尻は、受付嬢のおっぱいと同じくらいやわらかくて揉みがいがありそうだ。けど、
「その、ごはんはもう……。あ、あの、ごめんなさい……!!」
奈良坂はビクリと後ずさる。
そしてフォローする間もなく走り去ってしまった。
「やれやれ、ふられちゃった」
惜しむ素振りも見せずにそう言うと、警備員に向き直る。
「見てたんなら、最初から止めればよかったじゃないか」
温厚そうな警備員に、軽く八つ当たりしてみる。
だが頭頂からうっすら頭皮を覗かせた彼は、朗らかに笑う。
「はっはっは。舞奈ちゃんがいたから、まかせても大丈夫かと思ってね。いやー今日も格好良かったよ。おじさん惚れ直しちゃったよ」
「……仕事してくれ」
「いや、すまん、すまん。お詫びと言っちゃなんだが、仕事が終わってから一緒にラーメンでもどうだい?」
「おっちゃん夜勤だろ? 今日中に帰りたいから、気持ちだけ受け取っとくよ」
そう言って手を振りながら、舞奈はひとり食堂に向かって歩き出した。だが、
「なんてこったい……」
閉ざされた食堂のドアの前で、愕然とする。
「……もう閉まってるよ」
へんへなと崩れ落ちる舞奈の後ろを、でっぷり太った食堂のばあさんが通った。
そんなことは見ればわかる。
「なあ、ばあさん。残りもんとかないのか?」
舞奈は必死の思いでばあさんにしがみつく。
だが、ばあさんはギロリと舞奈を見下ろし、
「片づけちまったよ」
太鼓腹をポンと叩いて中身が詰まった良い音をさせる。
次いでゴリラのような大きな手で舞奈をぞんざいに振りほどく。
そして去った。
「なんでこんなことに……」
舞奈は涙ぐむ。
無論、受付嬢が「早く行かないと閉まっちゃうわよぉ~」と言っていたのにチンピラたちと遊んでいた舞奈の自業自得だ。
そして、旧市街地の外れの検問。
「舞奈ちゃん、おかえりなさい」
「……ああ、ただいま」
舞奈は結局、報奨金も夕飯もなしで支部を後にし、帰路についた。
「なんか、甘くて美味しそうな匂いがする……」
守衛の脇に控えた装甲車をふと見やる。
「舞奈ちゃんは鼻が良いなあ」
2人組の守衛の、女の方が答えた。
「娘へのプレゼントにケーキを買ってきたんですよ。普段あんまりかまってやれないから、たまにはね」
ケーキという言葉の甘い響きが、すきっ腹に染み渡る。
舞奈は優しげな笑みを浮かべた守衛の顔と装甲車を交互に見やり、娘へのプレゼントという彼女の言葉を反芻する。そして、
「プレゼントかー。きっと娘さん喜ぶよ。女の子はケーキが大好きだからな」
「そうなら嬉しいんだけど」
微笑む守衛の前を通り過ぎ、しばらく歩いたところで腹が鳴った。
舞奈はトホホと情けない笑顔を浮かべる。
そして、すきっ腹をなだめながらアパートに向かった。
「それにしても。あの子、何でこんな所に住んでるんでしょうね?」
一方、少女をいつもの通りに見送った女の守衛が、ぽつりとこぼす。
「っていうか、住めるんですか? ここ。戦闘訓練を受けた我々ですら、危険だからっていう理由で単独での侵入が禁止されているのに……」
「あの子は住めるんだよ。俺たちよりずっと強いからな」
側にいた、スキンヘッドに口ひげを生やした年配の守衛が答える。
「その昔、ピクシオンという魔法少女がいたのを知ってるか?」
「国家機密のなんとかっていう化け物と戦ってた戦闘集団でしたっけ? 3年前に突然あらわれて、突然いなくなったっていう。でも魔法少女なんているわけないですよ。娘が見てるアニメじゃあるまいし」
女は笑う。だが、
「彼女らは居たさ」
スキンヘッドはひとりごちるように答えた。
そして、ひときわ高くそびえ立つ廃ビルを見上げる。
まるで、そこにあらわれる何者かの幻を見ているかのように。そして、
「あの子は、ピクシオンの生き残りさ」
ひとりごちるように、そう言った。
「いや、でも、それもおかしくないですか? 3年前って、あの子何歳だったと思ってるんですか」
「銃を持てない年じゃないだろ」
「そんな、紛争地帯の少年兵じゃあるまいし……」
言いかけて、だが女はふと気づく。
「そいつが証拠さ」
スキンヘッドはうなずく。
「まっとうな子供が、こんな街で暮らせるわけがない。だが戦い方だけを教えられた少年兵が、あんなに世馴れて人懐っこいわけがない」
「彼女は、普通の子供の暮らしと、戦場の両方を知っている……?」
「ああ、そうさ。あの子は昼間は学校の友達と普通に遊んで、けど裏では俺たちですら対応できないバケモノどもを狩ってたのさ。ガキの頃から、当たり前にな」
そう言って、スキンヘッドは舞奈が去った廃墟の奥を見やった。
「だから、あんなにも世馴れてて……最強なのさ」