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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第3章 教室がテロリストに占拠された日
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依頼1 ~教室奪還

「高等部の教室が……」

「占拠された?」

 舞奈と明日香は顔を見合わせる。


 2人が連れていかれたのは校長室だった。


 校長室の机の向うで、萎びた禿がこくこくとうなずく。

 舞奈たちが通う蔵乃巣(くらのす)学園の校長は、禿げた小さな老人だ。

 中学の頃は相撲部の主将だったという校長も、老いには勝てなかったらしい。


 舞奈はふと、机の上に立てられた額縁を見やる。

 装飾付きの古びた木製の額縁だ。

 古い写真が入れられている。


 写っているのはギターを構えた長髪の肥満児だ。

 足元の猫と比較すると、縦は舞奈の1.5倍、横は4~5倍ほどか。

 無駄に格好つけたギターと、腰まで伸びた黒髪が、元相撲部主将の貫禄とちぐはぐすぎて、正直なところ直視するのが辛い。


 高校に上がった校長は部活を辞め、すっかり音楽活動にはまったと聞いた。

 その後に教職を目指し、今では校長先生だ。

 まるでピンボールのような跳ねまくりの人生である。


 太っちょミュージシャンの過去など余人からすれば立派な黒歴史だが、本人にとっては麗しい青春の1ページなのだろう。


 ギターも髪も豊満な肉体も、若き日の無謀なまでの行動力も、昔の彼が持っていたものは、今の彼は何ひとつ残されていない。

 どんなに望んでも、写真の中から昔持っていたものを取り出すことはできない。

 そんなことは誰にもできない。


 けど今の萎びた校長は、そんなものは気にならないように穏やかだ。

 以前に写真のことを尋ねたときは、けっこう気さくにいろいろ答えてくれた。


 喪失から時が経つと、失ったものに普通に向き合えるようになるのだろうか?

 失ってから3年しか経っていない舞奈には、まだよくわからない。だから、


「占拠って、テロリストかなんかか? 警備の連中は何してたんすか?」

 額縁から目を背け、何食わぬ顔で尋ねる。


 いちおう敬語らしきものを話しているのは、担任の指導の賜物だ。

 親しくない年上に対しては、とりあえずですます調で話しておいた方が話が通りやすいし、余計なトラブルも起きにくい。


「状況の説明をお願いできますか?」

 明日香が尋ねたのは、校長ではなく部屋の隅に立つ2人の警備員だ。


 目が覚めるような金髪をした知的な女性はクレア。

 対して浅黒い肌をした愛嬌のある女性はベティ。


 警備員の制服の上からソフトアーマーを着用した2人の上腕には、桔梗印(五芒星)をあしらった社章のワッペン。


 明日香の実家は民間警備会社(PMSC)だ。

 その名も【安倍総合警備保障】。

 古くは平安・室町から護国に努めた陰陽寮の流れをくむ大手だ。

 海外では軍事行動に関わる諸業務をサポートし、国内では豊富な実戦経験を持つスタッフによる堅牢な警備を売りにしている。

 実力派ゆえ業界内での評判も高い。

 特に安全それ自体に大金を支払える金持ちや公的機関に人気がある。


 明日香がこの場所に呼ばれたのは、形式上は彼女らの上司にあたるからだ。

 舞奈は明日香のついでであろう。


「相手は3人。全員が刃物で武装しています。現在は保健体育の担当教師を人質に取って教室に立てこもっています」

「高等部の保健の……っつうと、あの中学生みたいなジャージの先生か」

「それより、たかが刃物を持った3人に、学園内に侵入されたんですか?」

「すんません、ボス」

「詫びはいいです。あとボスはやめてください」

 小学生相手に恐縮するベティを、明日香が諌める。

 明日香は金持ちのくせに、権力を振るうこと自体にそれほど興味がない。

 ただ権限を活用して、スマートに事をはこびたいだけだ。


「気を付けます、ボス。ですが、今回のアレは我々じゃ対処不可能っす」

 その答えに、明日香は緊張に目を細める。

 ベティの敬語は舞奈と同レベルだ。

 だが明日香の渋面には別の理由がある。


「対処不能……? それほどまでの相手ですか?」

 明日香は怒るでもなじるでもなく、訝しむ。


 警備員の雇用に当たって、学園側からはいくつかの条件が出されていた。

 ひとつは、生徒に威圧感を与えない容姿。

 ひとつは、生徒を外敵から守り抜く戦闘能力。

 その相反する条件を満たすべく、ベティもクレアも麗しい女性でありながら傭兵あがりの猛者だ。

 そこいらのチンピラや格闘家とは格が違う。

 彼女たちなら例えテロリストが集団で押し入ろうとしたところで蹴散らせるはずだ。

 ベティがうっかり何人か殺すかもしれないが。


 それを、侵入を許すどころか教室を占拠されたという。

 明日香は、そして舞奈も敵の正体を見極められず、異能力者や魔道士(メイジ)の可能性すら考慮して答えを待つ。だが、


「はい。全員があからさまに不審なトートバックを持参していたのですが、相手は保護者でしたので無理な身体検査もできず……」

 面目なさそうに、クレアが後を継いだ。

「「……保護者?」」

 明日香と舞奈は顔を見合わせた。


「ほんと、すんません」

 ベティが謝った。

 だが丸っこくて人なつこい顔立ちのせいで、あまり詫びてる感がしない。

 好物のささみスティックを食べながらだとなおさらだ。


「お恥ずかしい話で、本当に申し訳ないです」

 ベティの代わりに校長が詫びた。

「実は先日、生活態度が目に余る生徒に対して担任が指導を行ったのですよ。ですが、そのことで保護者が逆恨みをしたようでして……」

「こんな話を初等部の君たちにしなければならないなんて、恥ずかしい限りだ」

 担任も詫びた。

「安倍、志門、本当にすまない」

「あ、いえ、そこまでは……」

 この場の誰もが悪くないのに、ベティ以外の全員が恐縮していた。


「けど保護者っつっても、人前で刃物を抜いたら警察沙汰なんじゃないか?」

 舞奈は敬語も忘れて肩をすくめる。


「いやね、志門くん。そういう訳にもいかないんですよ」

 逆に校長が、頭皮を濡らす汗をふきふき言い訳がましく答える。


「相手はPTAの重役で、保護者会にも多大な影響力を持っておりましてな、迂闊に事を大きくすると、今後の学校運営に差し障りが……」

「意味がわからんが、なんとなくわかったよ。……学校の先生も大変っすね」

 言って舞奈は苦笑する。


 権力や社会的なパワーバランスのことなど舞奈は知らない。

 だが世の中にはそういう面倒くさい要素があるということは知っている。

 そいつのせいで、正しい人間が正しいことをできなかったり、悪い奴が平気でのさばって手出しできなかったりする。


 かくいう舞奈が所属する【機関】だってそうだ。

 あの組織だって、裏の世界の歪な権力と利権の集大成ともいえるべき代物だ。


 突然降ってわいた教室占拠事件。

 そのどうしようもない背景に想いを馳せ、舞奈は肩をすくめてため息をついた。


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