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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第14章 FOREVER FRIENDS
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明日へと続くメロディ

 週末を明日に控えた金曜の、晩飯時には少し早い夕暮れ時の空の下。

 テーブルが設えられた真神邸の裏庭で、


「小夜子ちゃん、娘たちを守ってくれてありがとう。心から感謝する」

「本当にありがとう。怪我が治って良かったわ」

「いえそんな、お気遣いなく……」

 恰幅の良い園香父と、可愛らしい園香母が、そろって深々と頭を下げる。

 慣れない小夜子は狼狽える。


 諜報部の斬りこみ隊長として畏怖と称賛を欲しいままにしている小夜子。

 だが、こうやって混じりけない善意や感謝を向けられるのには慣れていない。

 そんな小夜子を側のサチ、園香と舞奈、チャビーに明日香が優しく見やる。


 今日は園香の家で焼肉パーティーだ。

 趣旨は小夜子の退院祝い。


 先日に死塚不幸三が引き起こした暴走事件で、小夜子は園香たちを庇って負傷した。

 医師からは治療は絶望的だと判断された。

 だが奇跡的に(というか本人が回復魔法(ネクロロジー)を使って)完治した。


 その後にいろいろありすぎて舞奈たちはすっかり忘れていた。

 死塚不幸三も3回くらい屠り、最後にぐちゃぐちゃになって消滅したのを確認した。


 だが実際は、あれからさほど日数はたっていない。

 だから救われた友人のひとりである園香のご両親が、祝いの席を設けるのも当然だ。

 小夜子のお隣さんでもあるチャビーのご家族に任せなかったのは、あの家、立地の都合で庭はそんなに広くないという理由も少しある。

 だが、なにより亡き陽介のことを思い出さないようにとの気遣いだろう。


「お肉が焼ける良い匂いがするなあ」

「うんうん、もう少しで焼けるよ」

 七輪に乗ったBBQ用の網の上で、ロースやカルビがジュウジュウ焼ける。

 舞奈はそれをニコニコ眺める。


「流石は園香ちゃん。肉の返し方も手馴れてるわね」

「えへへ、ありがとうございます」

 小夜子の賛辞に園香が微笑む。

 まあ肉を裏返すこと自体を褒めないだけましだと舞奈は思う。


「それにサチさんの火加減が丁度いいから」

「ふふ、照れるわ園香ちゃん」

 七輪の側で、扇子で細やかに火加減を調節しながらサチが笑う。


 頬に少しついたススを、小夜子がそっとハンカチで拭く。

 サチは「ありがとう」と笑う。

 小夜子も微笑む。

 七輪の熱のせいか、2人とも少しばかり頬が赤らんで見える。


 サチと小夜子は以前から仲が良い。

 2人は作戦では息の合ったパートナーで、平時もいつもいっしょにいる。

 だが今回の一件の後、2人の距離が更に縮まった様に思えるのは気のせいだろうか?


 そんな仲睦まじい2人を、園香父は微笑ましそうに見やっている。

 園香母は、あらあらうふふみたいな表情で見ている。


「まったく見事で御座います。流石は園香様で御座いますな」

 何故か明日香のところの夜壁まで来ている。

 明日香の送り迎えがてら、執事らしくパーティーの手伝いという名目だ。

 だが本心は、小夜子を是非とも祝いたいといったところか。


 夜壁は脂虫――悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者を切り刻むのが趣味だ。

 そして今回の一件のどさくさで相当量の脂虫が小夜子経由で彼に譲渡されたらしい。

 なので明日香の家の地下室で、連日もうひとつの焼肉パーティーが開催されている。

 それに対する感謝の気持ちを伝えたくて、夜壁はここにやってきた。


 まあ街から脂虫がいなくなるのは良いことだと素直に思う。

 なので何か言うつもりはない。だが、


「肉と火、それを食する人の感情を、完全に把握し操っておいでです。素晴らしい」

「いえ、そんな」

「……」

 園香をその道に引きずりこむことは許さん、と父親のようなことを考える。

 そんな舞奈と夜壁の前に、


「執事さん! わたしも褒めてー!」

 チャビーがしゃしゃり出て来た。

 空気が読めるのか読めないのか。

 苦笑する舞奈を他所に、執事はこちらにも完璧な一礼をしてみせながら、


「千佳様はいつも元気で屈託がなく、見ているだけで心がはずみます。小さくて愛らしく、その可憐さは正に妖精の如しに御座います」

「わーい! ありがとー!」

 チャビーはニコニコ無邪気に笑う。

 小夜子のお隣さんだという理由で、そこまでベタ褒めするのか?

 苦笑する舞奈の前で、


「……と、最近の明日香様はそれは楽しそうに話しておられます。いつも明日香様と御懇意にしていただき、感謝の言葉もございません」

「ちょっと夜壁。そこまでは……」

 珍しく慌てた様子で明日香が執事を制する。

 何というか、話の内容も反応も、舞奈の知る生真面目で冷徹な明日香らしくない。

 だが、それは悪い変化じゃないとも舞奈は思う。

 そんなことを考えながら口元に笑みを浮かべる舞奈の側に、


「たくさん食べているかね?」

「あ、ごちになってます」

 気づくと園香父がいた。

 舞奈もカルビを頬張りながら満足げな笑みを返す。


「それはよかった」

 父は笑う。そして、


「舞奈君」

 表情を引き締め、


「娘を悲しませないと約束してほしい」

 舞奈を真正面から見やって、言った。


 一見すると、舞奈の普段の言動に対して苦言を呈しているようにも聞こえる。

 なるほど舞奈は女にだらしなく、飯屋に多額のツケもある。


 だが父の真摯な表情は、そうではないと告げていた。


 彼は薄々、感づいている。

 亡き陽介がしていたことに。

 遺された小夜子が、そして舞奈がしていることに。

 そもそも少女たちの動向と、隠蔽しきれない連日の事件を重ね合わせればわかる。

 何処か自分たちが知らぬ場所で、皆が誰かを守るために危険を冒していると。


 少なくとも彼は、舞奈が側にいる誰かを身を挺して守る人間だと知っている。

 危険だと止めても止まらないことを知っている。

 舞奈の事情に自分が深入りするべきではないと気づいている。


 その上で、これからも舞奈に無事でいてくれと頼んでいる。

 どんな苛烈な戦場からも、娘のために戻ってきてほしいと願ってくれている。

 友人の親として。そして本来ならば子供を守る立場の大人として。だから、


「もちろんっすよ」

 舞奈は笑顔で答えた。

 一見して普段と変わらぬ、だが最強無敵を体現するSランクの笑顔で。


 同じ頃。

 学校や商店街が位置する亜葉露(あばろ)町の一角で、


「ただいま」

 ポークは普段通りに愛しい我が家の玄関のドアを開ける。

 少しくたびれた戦闘(タクティカル)学ランが太ましい。

 なにせ彼は体重と同質量の物品を輸送できる【鷲翼気功(ビーストウィング)】の異能力により、先日は舞奈と明日香をKASCビル高層階へと空輸したのだ。


 そんな彼も平時は普通の肥えた学生だ。

 なので今日も今日とて普通に登校して学生生活を謳歌した後、表向きにはバイト先である【機関】支部に赴き定型業務とトレーニングを済ませて帰ってきた。そんな彼を、


「あ! おかえり兄貴!」

「やあ、ただいま妹よ」

 スレンダーな少女が元気いっぱいに出迎える。

 背丈は兄より少し低く、横幅は半分以下。

 以前に舞奈がピアノ教室の一件で出会ったピカちゃんこと光である。


 中学生の妹は、兄より一足先に帰宅していたようだ。

 運動神経の良い彼女は、普段は運動部の助っ人などしている。

 だが決まった部活には入ってないので、ヘルプに呼ばれなければ帰りは早い。


「そういえば兄貴! 見た?」

「何をだい?」

「この前のイベントだよ! 町中にガンガルのコスプレした人がいて、空には大きく双葉あずさが映って、凄かったんだから!」

「ああ、そうだったな」

 言い募る妹を、ポークは優しい目で見やる。


 あの作戦の日、ポークは上空で舞奈たちを輸送していた。

 同じ頃に地上では、敵の儀式の影響で脂虫が進行した屍虫や大屍虫どもから市民を守るべく、各方面の術者が協力してくれたと聞いている。

 おかげで市民への被害はゼロ。


 もちろん屍虫の材料になった脂虫――喫煙者は全滅だ。

 だが元より悪臭と犯罪をまき散らす害虫だった彼らの死は諜報部が穏便に処理した。


 そんな戦闘を誤魔化す方便が、突発的に開催されたイベントだ。

 作戦後に技術担当官(マイスター)ニュットからそう聞いた。

 学校でもだいたい同じ内容を噂として聞いてきた。


 幸いにも寺や教会、モスク、シナゴーグからの協力者たちはロボットアニメの、日朝アニメのコスプレをしながら怪異だけを的確に攻撃してくれていた。

 なのでイベントという体での隠ぺいは容易だったと諜報部の知人から聞いている。


 加えてゴリラが徘徊し、爆発する○○コを投げまくったせいで、あの日の出来事についての真面目な詮索は馬鹿らしいという雰囲気が界隈に出来上がっていた。

 ……桂木楓の自由すぎる振舞いに、そろそろ誰かがツッコむ必要があると思った。


 まあ、それはともかく。

 自分たちが命がけで守り抜いた平穏。

 それを最愛の家族が何も知らずに享受しているのが嬉しくて、


「その頃はバイト中だったんだ。見られなくて残念だよ」

「もー兄貴ったらしょうがないなあ」

「ハハ、すまん、すまん」

 何食わぬ調子を装って、それでも楽しげに答える。

 そして玄関の天井を見上げる。


 変哲のない天井の向こう。

 先日は双葉あずさの姿が投影されていたが今はもう映っていない空の彼方。

 先日に彼が飛んだ高高度の、更に上。

 そこに彼の昔の仲間たちがいる。


 日比野陽介。

 桂木瑞葉。

 あの忌まわしい滓田妖一にまつわる事件で命を失った、1年前の仲間たち。


 三剣悟とシスター・アイオスに挑み、敗れた【雷徒人愚】の面々。


 ひとつ何かが違っていたらポーク自身も彼らと共に逝っていただろう。

 そして、この先、判断を間違えれば同じように。

 自分は志門舞奈とは違う、一介の異能力者に過ぎないのだから。


 それでも彼には守りたいものがある。

 一命を賭しても。

 友の屍を乗り越えてでも。

 そんな彼が見守る前で、


「そんなことだろうと思って動画に撮っておいたから……ってあれ? 撮れてない!?」

「ハハハ、あずさなら今度またライブを見に行けばいいさ」

 妹はスマホをポチポチ操作しながら首をかしげていた。

 そんな可愛い仕草を見やり、ポークは何食わぬ表情で思索を誤魔化す。


 スマホの不具合は技術担当官(マイスター)の仕業だろう。

 彼女が収めたルーン魔術は【物品と機械装置への魔力付与】技術を内包する。

 その御業を使い、機器の不具合を装って騒動の証拠を消したのだ。

 人の口に戸は立てられないが、その礎となる記憶は物的証拠がないと割とあっさり霧散・変質してしまう。

 だから彼も、妹の記憶を良い方向に変えたくて、


「それより詳しく聞かせてくれよ。すごかったかい?」

「うん! 空にこーんなに大きく映ってたんだよ!」

 こーんな! と小柄な身体いっぱいに表現してみせる。

 そんな妹の満面の笑顔を見やり、ポークも再び笑った。


 同じ頃。

 所は地元警察署。

 その一角にある所長室で、


「事件の後処理は終わったはずだ。公安風情が何時までこの街に居座る気かね?」

 椅子にふんぞり返った警察署長が、くわえ煙草のまま目前を睨み、


「実はひとつだけ、やり残した仕事がございましてな」

 年齢相応に太ましい公安の福神晴人警部が、にこやかに答える。


「やり残した仕事だと?」

「左様です。……ああ、そうそう。我が方の刑事が『壺』を破壊したそうですよ」

 満面の笑みを崩さぬまま、世話話の様な口調で報告する。途端、


「壺を……!?」

 所長は目を見開き、煙草をくわえたまま椅子を蹴って席を立った。

 官憲の要職についた脂虫は、焦った様子で部屋を飛び出す。

 その背を警部は変わらぬ笑みのまま見送る。だが、


「……!? 何故、おまえが!?」

 所長は悲鳴をあげて立ち止まる。


 廊下には、2人の少年が立っていた。

 窓から差しこむ血のような夕日に照らされ、廊下に長い影がのびる。

 まるで死神の顎のように。


 それは死塚不幸三が引き起こした自動車暴走事件で犠牲となった兄弟だ。

 弟は【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】で、その事実を知った楓が死塚への報復を決行する要因となった。

 だが実は兄弟2人ともが異能力者だった。


「来るな! そんなはずはない……おまえたちは……!!」

 うわずった声をあげながら後退る。


 警察病院に運びこまれた兄弟は、その後、死亡したと発表された。

 だが実際は病院で一命をとりとめていた。

 その上で贄として悪党どもに差し出された。

 今しがた対面した、煙草をくわえた警察所長の暗躍によって。

 官職を簒奪したこの卑劣な脂虫は、数々の便宜、肉人壺による複数の命に釣られて市民を悪党どもに売ったのだ。


 彼の姓は『長屋』ではないが、それと同じくらい邪悪な背任者だ。

 喫煙を習慣とする脂虫の例に漏れず、人に仇成す怪異である。

 その事実を、彼もまた自身の行為で証明してみせた。そんな害畜は、


「わ、私は悪くない! 奴らに協力を……そう協力を乞われただけで……」

 身勝手な弁明を口走りながら後ずさる。

 不正の証拠を葬ろうと、所長はゆっくりと腰のリボルバー拳銃(ニューナンブM60)にのばし――


「――!?」

 醜い手から逃れるように、リボルバー拳銃(ニューナンブM60)がひとりでにホルスターから抜かれた。

 一瞬のことだった。

 拳銃(M60)はそのまま宙を舞い、銃口が脂虫の頭を捉える。


 銃声。


 所長の側頭がはじけた。

 醜い脂虫は驚愕に顔を歪ませたまま、ヤニ色の飛沫を散らして倒れる。

 床を薄汚いヤニ色の体液が汚す。

 側に、ランヤードでつながったリボルバー拳銃(ニューナンブM60)が転がる。


 そんな残骸の側に、空気から滲み出るように小柄な人影があらわれた。

 褐色の肌をした少女だ。

 固く結んだおさげ髪を左右にのばし、額には控えめなペイントを施している。

 中川ソォナムである。


 今しがた所長のリボルバー拳銃(ニューナンブM60)を拝借して撃ったのは彼女だ。

 そして【摩利支天九字護身法(マリーチナ・ラクシャ)】は【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】同様、術者を透明化のフィールドで覆う仏術だ。指紋は残らない。


 加えて目撃者である福神警部の証言により、公的には自殺として処理される。

 そういう取り決めになっていた。


 今回の計画は、ただ悪党どもの共犯者を排除しただけではない。

 ソォナム自身のけじめでもあった。


 何故なら、あの日、ソォナムの預言は暴走事件を見抜けなかった。

 異郷で防いだ恐ろしい放火事件に気をそらされて。

 その結果、双葉あずさのサイン会に訪れた多くの人々が犠牲となった。

 それには目前にいる2人の少年たちも含まれている。


 そう。彼らはもう生きてはいない。

 魔術によって束の間、蘇ったまやかしだ。


 そんな彼らの側に、先ほどと同じく滲み出るように人影があらわれた。

 こちらは糸目の女子高生。

 技術担当官(マイスター)ニュットだ。


 彼女もまた【不可視(ウンズィヒトバーレ)】の魔術を用いてソォナムに同行していた。

 そして【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】によって死んだはずの少年たちを顕現させた。

 本来は世界に溶けた異能力者の魂を、式神として疑似的に再現する大魔法(インヴォケーション)だ。


 ニュットは組織の内外に知人が多い。

 だから公安や地元警察のまっとうな警官にも顔が利く。

 いわば、こうやって高官に扮した怪異を人知れず排除する適任者だ。


 舞奈のような最強とは異なる。

 義に根差した猫島朱音とも違う。

 後ろ暗い、だが彼女らの戦いと同様に誰かがしなければならないこと。

 そんな仕事を終えたニュットたちに、


「ありがとう……僕たちの仇を討ってくれて……」

 ややぎこちない挙動で、少年が微笑みかけた。


「申し訳ございません。君たちを守ってあげられなくて」

 福神警部は深々と頭を下げる。


「いいんだよ、もう」

「刑事さん、皆さん、僕たちの代わりにこれからも……」

 少年たちは笑みを返す。


 利発で善良な兄弟だったらしい。

 地域ネコの面倒を見ていたとも聞いている。


 だが、そんな彼らはもういない。

 今ここにいるのは、彼らを模した魔術的な偽物だ。

 その事実にニュットは柄にもなく口元を歪め、


「>>RELEASE」

 声とともに、少年たちの姿は光の粉になって消えた。


 さらに同じ頃。

 生徒がすっかり下校した夕暮れの、人気のないウサギ小屋の前で、


「新しい小屋は、気に入ってもらえているようですな」

 老いた小柄な校長はひとり、餌を食むウサギを眺めていた。


 初等部校舎の裏に鎮座するウサギ小屋は、四畳半ほどの金網で囲まれた空間だ。

 ちょっとした動物園のブースくらいの迫力がある。

 中身も豪華で、ブースの奥にはすのこ張りの寝室やかじり木が設置されている。

 中央にはつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像が鎮座している。

 手前に据えつけられた餌入れの前で、白毛とグレーの3匹のウサギが仲良く葉っぱを食んでいる。初等部4年、5年のウサギ当番はしっかりやってくれているらしい。


「……いや、今となっては新しくはありませんかな」

 冗談めかしてそう言って、ひとり笑う。

 かつてファイブカードのキングは、ジャックと並ぶムードメーカーだった。


 夕食を終えたウサギたちは、小屋の中央に置かれたマーリン像の周りを駆け回る。


 実はこの小屋、ヤギ小屋ともどもエースから母校への資金提供により新調したのだ。

 像はその際に記念にと据え置いた。

 エースのブルーマジシャンをイメージしたマーリンが手にした書には、おばけにハート、象に稲妻、ギターといった他のメンバーのモチーフが刻まれている。


 すっかり校長が板についた自分の、それでもたまに思い出して懐かしむ昔の仲間の象徴に、生徒たちが世話するウサギが戯れている様子を見やって温和に笑う。その時、


「あっこんなところにいたんですか」

 長いツインテールを揺らして、女子が小走りにやってきた。

 制服からすると中等部の生徒か。


「こんな時間にどうしたんですか?」

「あの、アルバイトの申請をしたいんですけど……」

 少し緊張した面持ちの生徒の顔と、脳内に叩きこんだ名前を素早く一致させる。

 記憶力と頭の巡りには少しばかり自信があった。

 その技術のおかげでファイブカードのキングだった頃には譜面を完璧に暗記できた。

 老いた今となってもこの通りだ。


「たしか貴女の御家庭は、お金に困ってはいないはずですが」

「そうなんですけど、その……音楽をやりたいんです! でも親にお願いしても、楽器を買えるほどお金はないって言われて……」

 たどたどしく、話せる範囲で事情を語る。


 校長は与り知らぬところで彼女はKASCのミュージシャンとして舞台に立った。

 資金援助を餌に、委員長からファイブカードの幻の新曲を奪うために。

 だが彼女は委員長との歌勝負に負け、KASCの陰謀を全部ぶちまけた。

 もちろん資金援助の話は白紙だ。


 だから楽器の購入と、その後の音楽活動のためにバイトをしようと考えたのだ。


「学校の勉強も真面目にやりますから……!!」

 中学生は深々と深々と頭を下げる。

 そんな彼女を見やりながら校長は思案を巡らせる。


 音楽を始めるのに遅すぎるということはない。

 伝説のロックバンドが一世を風靡したとき、彼ら、彼女らは大学生だった。

 対して彼女は中学生だ。


 だが早すぎるということもない。

 本校には初等部でアイドル活動をしている生徒もいる。だから、


「そうですね。では、こういうのはどうでしょうか?」

 口元に笑みを浮かべる。


「貴女がどれほど本気なのか、私を歌で納得させられたら許可しましょう」

 普段通りの温和な口調で提案する。

 その言葉に少女は面食らう。

 初々しいその表情を楽しげに見やりながら、


「もちろん、アカペラでとは申しませんよ」

 何処からともなく象を象ったオブジェを取り出す。

 そして次の瞬間、校長は緑色のギター――グリーンエレファントを構えていた。


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