戦闘3-1 ~銃技&戦闘魔術vs完全体
KASC巣黒支部ビルの上層階。
「やれやれ、ようやく辿り着いたぜ」
舞奈たちの前には、観音開きの大きなドア。
頭の中に叩きこんだ見取り図を確かめる必要すらない。
ここが施術室だ。
「準備は良いか?」
「ええ」
舞奈は改造ライフルを手に、明日香は大型拳銃を手に頷き合う。
直後、舞奈は両開きのドアを蹴り開ける。
間髪入れずに部屋に踏みこむ。
同時に斉射。
交錯する銃声が奏でるメロディー。
発火炎。
部屋の中央めがけて大口径ライフル弾が、周囲に中口径弾がばらまかれる。
更に2人の周囲に4つの氷塊が出現する。
明日香の【氷盾】だ。
同時に舞奈は素早く弾倉を交換し、明日香は小型拳銃に持ち替える。
ここまで数秒。
だが更に数秒後、反応がないのを訝しみながら部屋を一瞥する。
支部の会議室に似て飾り気がなく、だが広さは数倍。
コンサートでもするつもりかと思えるほど。
そんな大広間には何もない。
机や椅子どころか調度品まで。
改造ライフルを油断なく構えたまま、再び舞奈は訝しむ。
この場所で、一連の事件の黒幕である蔓見は儀式をしているのではなかったのか?
舞奈たちはそれを阻止するためにここに来たはずだ。
たしかに薄汚れた床には脂虫の死骸がいくつか転がっている。
だが、それは蔓見雷人が悪魔術に使った贄だ。
舞奈たちを迎撃すべく表に大怪鳥を出現させた【あなたをどこかへ】。
悪魔術による空間操作はナワリ同様【供犠による事象の改変】技術によるものだ。
その上で【魔力と精神の支配】技術で、歌による圧倒的なパワーを贄の代用にする。
今回は常識外れのデカブツを転移させるため、その両方を使ったのだろう。
だが他には何もない。
ここには1年前に見たような、不吉な儀式の形跡が何もない。
もっとも、その理由を考える時間もない。
何故なら、何もないがらんとした大広間の中心には、
「ここに来たのは君たち2人か」
ギターをつま弾きながら、ひとりの男が佇んでいた。
黒皮のコートを着こんだ壮年の男だ。
コートには無数のリベットが埋められている。
目元を覆うは洒落たデザインのサングラス。
明るい金色の髪が、部屋の中なのになびいている。
そして手にしたギターは稲妻を象った特注品――ゴールデンライトニング。
ファイブカードのジャックであり、その前身であるフォーカードのライトだった男。
KASC巣黒支部長、蔓見雷人。
その目前の床に、乾いた音を立てて幾つもの鉛が転がった。
おそらく先ほどの掃射を、悪魔術【風蓑】で防いだのだろう。
アドラメレクが象徴する風を操り身を守る悪魔術。
本来ならば空気の盾に単体で大口径ライフル弾を防げるほどの強度はない。
それでもなお、それを成しえるということは彼の技量がずば抜けているか、あるいは道士として木行が内包する風のエレメントを強化できるか。
「やれやれ、ようやく会えたな」
「ああ、よく来てくれた」
油断なく身構える舞奈に、蔓見はギターをかき鳴らしながらキザな笑みを返す。
その仕草は、つい先ほど再開したばかりの萩山光を彷彿とさせる。
あのハゲはこんなところでも影響を受けていたのだろうか?
あるいは蔓見もまた、ギターの音色で自分の弱い部分を隠しているのだろうか?
「歓迎するよ。小さなお姫様たち」
「そりゃどうも」
キザな台詞に軽口を返す舞奈に、
「もうひとつのライブ、聞かせてもらったよ。最高だった」
「なんだと?」
言って蔓見は笑う。
少し寂しそうに……だが心の底から満足そうに。
サングラスで目元は見えないものの、その表情に偽りはない。
彼もあの最高のライブを楽しんでいたらしい。
「っていうか、あんたんとこの疣豚潤子が邪魔してきたんだがな」
「……彼女自身を水の術の媒体にしましたか」
横から口をはさんできた明日香の言葉で気づいた。
悪魔術には【猿真似】という、水を媒介にした音声伝達の術がある。
以前に萩山が遠距離に声と歌を届けるために使っていた。
だが応用すれば、遠くの音楽を聴くためにも使えるらしい。
「それに彼女では、君たちとクイーンの手管には敵わない。そうだろう?」
「いやまあ、そうなんだがな」
とらえどころのない彼の言葉に苦笑する。
つまり半狂乱で委員長を妨害していた疣豚も彼にとってはバケツの水と同等らしい。
まあ確かに、彼は他の悪党どもとは別格だ。
見た目こそ老いてはいるものの、元ファイブカードのカリスマ性は現役。
歯が浮くようなキザな台詞も、彼が言うと様になる。
目前にいるのが儀式を阻む敵なのに物腰は柔らかく、自身の半分も生きてない子供なのに丁重に、あくまでスタイリッシュに相対する。
まるでステージに立っているかのように。
なるほど人気があったというのも納得だ。だからこそ――
「――貴方の目的は何ですか?」
小型拳銃を向けながら明日香が問う。
やはり彼の真の目的を、明日香も量りかねていたのだろう。
今回の騒動の目的が、悪党どもに更なる力を与える儀式などではないと。だが、
「すぐにわかるさ」
蔓見は何食わぬ笑顔で答える。
突きつけられた銃口など気にならぬとばかりに。
舞奈も度々そうするから、わかる。
確実に対処する自信があるのだろう。
まあ先ほども掃射を防いだのだから当然といえば当然だが。
そして答えるつもりもないらしい。
「言いたくなけりゃそれでいい。あんたの計画はここで終わる」
舞奈も口元に笑みを浮かべたまま、改造ライフルの銃口を蔓見に向ける。
ギターを構えたロッカーに銃を向ける構図が気に入らないといえば気に入らない。
だが、たぶん、これが彼の真意に近づく唯一の手段だ。
奴も萩山と同じ。
ロッカーとして、歌以外で答えるつもりはないのだろう。
そして悪魔術師にとって、歌は攻撃魔法と同義だ。
そんな舞奈の思惑に気づいているのか、いないのか、
「紹介しよう」
蔓見は言って、演技がかったスタイリッシュな仕草で腕をあげ、
「私の新しい仲間だ」
指を鳴らした。
乾いた音ががらんとした大広間に響く。
すると蔓見の前に、4つの人影があらわれた。
隠れていたか、あるいは転移させたか。それを考える暇もなく、
「ヒヒヒ、俺はお前みたいな子供をいたぶるのが大好きなんだ!」
貧相な身なりをした、くわえ煙草の団塊男が下品に笑う。
女児ストーキング犯の長屋博吐である。
「てめぇら!? 今度こそ俺様のアートにしてやる!」
唇に煙草を癒着させ、豚みたいに肥え太った金髪が吠える。
放火未遂の屑田灰介だ。
「今度の相手は君たちかね?」
こちらは仕立ての良い背広を着こんだ、くわえ煙草の老人。
自動車暴走事件を引き起こした死塚不幸三。
そして……
「あんたたちみたいな子供! アテクシたちの敵じゃないザマス!」
品のない顔立ちをした中年女。
「……見ない顔だな」
「弁護士の大蛸ゲイ子よ」
「ああ、あいつがか」
明日香の言葉になるほどと返し、
「……こいつらが仲間で本当にいいのか?」
苦笑しながら思わず蔓見に問いかける。
まあ外で他の精鋭が相手していたはずの悪党どもが並んでいるのは予想済みだ。
前回の滓田妖一とその一味のように、倒されてから復活したのだろう。
それに今回の儀式の目的は、少なくとも表向きには彼らに力を与えることだった。
それを鑑みれば、4匹(今ここにはいない疣豚潤子を含めれば5匹か)が仲間だという台詞は理には適っている。
適ってはいるのだが……なんというか蔓見本人とそれ以外の格が違いすぎる。
取り巻きだと考えても違和感がぬぐい切れない。
いっそ「私が飼っている家畜だ」とでも言われた方が、よほど腑に落ちる。
頭脳明晰な明日香ですら、彼の言葉の真意を量りかねている様子だ。
そんな2人の困惑を他所に、
「あとひとり面子が足りないが、コンサートの開始と行こうじゃないか」
「……ああ、そうだな」
蔓見はギターをかき鳴らしながら宣言する。
舞奈は、側の明日香はうなずく。
これ以上、言葉を重ねても埒が明かないのは事実だと思った。
だから――
――ここはコンクリートの壁に囲まれた……
――冷たい鉄の檻の中……
――ボクらは堕とされ翼を無くしたANGEL……
心に響くような深いギターとともに、蔓見はかすれた声で歌い始める。
曲目は『堕天使のINNOCENT∵WISH』。
彼自身が歌い慣れたであろうファイブカードの定番曲。
歌う蔓見の口元には……微笑。
――だからボクらは古びた鎖、引き千切って……
――何処へ続くか知れない彼方を目指して、走り出す……
悪党どもはそれぞれ手にした符を元素の剣へと変えながら、舞奈たちめがけて走る。
先鋒は岩石剣を手にした長屋博吐に、炎剣を構えた屑田灰介。
その後ろに鉄剣の死塚不幸三、水刀の大蛸ゲイ子が続く。
もちろん全員が身体強化による高速化【狼気功】を使っている。
その動き方は舞奈たちの思惑通り。
長屋は弱者や女子供を傷つけることに執心していた。
屑田もアートとは名ばかりの欲望のままに暴れていた。
対して死塚はまず己が保身を考える。
大蛸ゲイ子もそうなのだろう。
――ボクは走る走る走る息が切れるまで、走る!
――羽は無くても2本の足があるから!
爆発するようなシャウトとギター。
蔓見雷人その人だけは、動かずギターをかき鳴らす。
後方支援に専念する算段か。
セオリー通りなら結界創造の大魔法【小さな小さな世界】の施術だ。
対して明日香は真言を唱える。
奉ずる仏は大自在天。
――ボクは歌う歌う歌う声がかれるまで、歌う!
――天使のリングなくても願いがあるから!
その側で、舞奈は改造ライフルを斉射する。
大口径ライフル弾が長屋の脇をかすめ、死塚と大蛸ゲイ子の足元を穿つ。
足元を鋭く抉られて老人と中年女は足を止め、2匹そろって符を取り出す。
死塚はそれを、人ひとりが隠れられるサイズの金属塊へと変える。
即ち【金行・鉄盾】。
側の大蛸ゲイ子は符を水の盾へと変化させて身を守る。
こちらは【水行・防盾】。
大蛸も水行の使い手らしい。
小夜子たちが相手してるはずの疣豚潤子の代役といったところか。
そんな彼女ら、彼らを尻目に長屋博吐は空気に溶けるように消える。
透明化の妖術【看不】か。
対して屑田は構わず走る。
自身の【狼気功】を過信しているか。
あるいは先ほど蔓見が防いだから、銃など大したことないと侮ったか。
舞奈は笑う。
手にしたドッグタグを鋭く投げ、
「今だ!」
合図と同時に、明日香は「守護」と魔術語を唱えて施術を締める。
途端、ドッグタグを起点にして部屋を分割するように氷の壁が起立した。
白い霜をまとわせた分厚く冷たい氷壁【氷壁・弐式】。
突如として部屋を2分割した氷壁が、突出した敵を後続と分断した。
氷壁で敵を分断して各個撃破する戦術は、前回の戦闘でも使った。
だが今回は、周囲を囲まれていた前回のようにはいかない。
なので普段は使わないドッグタグを起点にした術の行使などしたのだ。
術者から離れた場所に魔法をかけようとすると難易度がはね上がる。
だが戦闘魔術師がタグを起点にした場合は難易度の上昇も比較的に緩和される。
そんな妙技によって分断されたこちら側にいるのは驚く屑田灰介ひとり――否。
舞奈は側の壁めがけて改造ライフルを掃射。
――走り続けるうちにキミと出会った
――キミはボクの隣で歌ってた
――何を願い走るのか忘れたまま
――気づくと皆で歌ってた
壁際の虚空に、滲み出るように何者かがあらわれる。
長屋博吐だ。
くわえ煙草の卑しい団塊男の、ヤニで歪んだ顔に浮かんだ表情は、
「な……んだと……!?」
驚愕。
卑劣な彼は透明化したついでに奇襲を試みたらしい。
だが空気の流れで周囲の状況を察知する舞奈にはお見通しだ。
そんな下衆男の体は穴だらけ……というか胴の大半が引き千切られて消失している。
なにせ1ダースほどの大口径ライフル弾をまともに食らったのだ。
付与魔法による生半可な強化など無意味。
「こいつは酷い」
舞奈の口元に浮かぶのは乾いた笑み。
長屋も屑田も、死塚も大蛸ゲイ子も皆が同じ。とにかく動きが雑なのだ。
慢心というレベルですらない。まともに戦う気がないのかと思える。
ここまで酷い相手とは、流石に舞奈も戦ったことがない。
まあ確かに舞奈が過去に戦った相手も、それぞれ動きに隙があった。
例えば滓田妖一と息子たちは格闘技の心得があったらしい。
肉体を使った戦闘に秀でるあまり、それ以外の攻撃に対して無意識に油断していた。
だから容易く射殺できたし、感じるまでもなく透明化を見破れた。
執行部の異能力者や【雷徒人愚】たちも同様。
対して諜報部のどんくさい少年たちは、実戦経験の不足からか個々の異能力の活用に偏重したゲームライクな戦術が不安を誘う。
それでも彼らは、自身の持てる力を最大限に活かして敵と戦おうとしていた。
そんな彼らと比べて目前の悪党どもはどうだ。
相手と――あるいは自分とすら向き合おうとしていない。
何故なら彼らが常に忖度され、与えられながら大人になったからだ。
自分は特別な存在だから、誰もが自分の意に従った。
人も物も、法すら自分の我儘のために好きなように動かすことができた。
そんな安穏としたレールの上を、ただ無為に歩いてきた。
だから奴らは相手の意図を、力量を推し量ることはできない。
自分の意のままにすべてが動く状況以外に対処できない。
そんな奴らの記憶をデータ化して利用した結果が、この様だ。
そんな悪党のひとりの身体を内側から吹き飛ばすように、魔法の光があふれる。
長屋博吐――正確には当人から顔を奪った泥人間は倒すと完全体へと転化する。
だが舞奈は承知済み。
だから間髪入れず、左手でコートの裏から手榴弾を取り出す。
3つのパイナップル型手榴弾のピンをまとめて口で引き抜き、投げる。
「まだだ! まだ終わらんよ! オレはもっと女を! 子供を――!!」
光の中から、銀色に輝く屈強な肉体があらわれる。
その頭部は釣鐘状の、ヘルメットのような、眼鼻も口も耳もない異様な何か。だが、
「――できないよ。もうあんたにはな」
ひとりごちると同時に左手を構え、ワイヤーショットを発射する。
手の甲から、小口径弾に押されてフック付きワイヤーがのびる。
極細のワイヤーを手首のスナップで操作し、手榴弾ごと銀色の巨躯に絡ませる。
そして素早く手元のレバーを引いてワイヤーを切り離す。
「な……!?」
銀色に輝く至高の肉体に、まるで自爆テロの如く密着した3つの手榴弾。
それが一斉に爆ぜた。
至近距離で引き起こされた連続大爆発に、巨躯はたまらずひしゃげ、ひび割れる。
さらに追い打ちをかけるようにグレネードが直撃、爆発する。
改造ライフルにマウントされたグレネードランチャーによる追撃。
しかも巨大なグレネード弾頭の中身はスミス特性の特殊炸裂弾――式神や魔法による被造物に対して高い効果を持つ魔法弾だ。
その一撃がとどめになって、至高の肉体は悲鳴もなく呆気なく砕け散った。
破片は塵になって、空気にまぎれて消えた。
――それが愚かだなんてボクだって思うさ
――皆はボクらを指さして笑うさ
――けれどそれこそが冷たい壁を打ち砕く、POWER!
その側では小型拳銃の乱射を、屑田灰介が符を火の玉に変えて防ぐ。
即ち【火行・防盾】。
火球の盾は爆発し、銃弾の勢いを殺して爆炎の中に消し去る。
だが明日香は続けざまに左の掌をかざし、プラズマの砲弾を放つ。
攻撃に偏重した戦闘魔術の中でも初歩の攻撃魔法【雷弾・弐式】。
だが基本故に強力な雷弾は、爆発した防護の火球ごと屑田の身体を飲みこむ。
茶髪の脂虫は放電する雷光の中に消える。
高温プラズマの洗礼を浴びて瞬時に燃え尽きたのだ。
直後、雷光を裂いて光があふれる。
その中から屈強な巨躯を銀色に輝かせた完全体があらわれる。
だが次の瞬間、銀色の腹筋は不可視の杭に穿たれ、ひび割れた。
続けざまに明日香が放った斥力場による砲撃【力砲】。
さらに明日香はドッグタグを数枚まとめて取り出し、施術。
幾つもの斥力場の砲弾が銀色の巨躯を蹂躙する。
屈強な上腕を、胴を、筋肉質な身体のいたるところを撃ち抜き、釣鐘状の頭を砕く。
こちらは【砲嵐】。
先の【力砲】を連続発射する魔術。
戦闘魔術師の容赦なき猛攻によって、2体目の完全体も呆気なく砕けて消えた。
手始めに2匹。
「ほう、美しいな……」
後方でギターをかき鳴らしながら、蔓見の口元には感嘆の笑みが浮かぶ。
瞬時に『仲間』が屠られたにもかかわらず。
あるいは、それすら気にならぬほど、研ぎ澄まされた2人の動きに魅せられて。
強大な魔力と無敵の肉体を持つ完全体。
己が身体に宿る豊富な魔力を用いた道術を操り、生半可な損傷は瞬時に修復する。
そんな規格外を何体も相手するには、1体ずつ素早く確実に倒すしかない。
つまり研ぎ澄まされた一瞬に持ちうる火力を集中させ、瞬殺する。
言うは易く行うは至難なその神業を、舞奈は、明日香は苦もなくこなしてみせた。
だからこそ2人は最強Sランクとそのパートナーたりえる。
――だから走る走る走る走る倒れるまで、走る!
――そうさ立ちふさがるものすべてを蹴散らして、走る!
だが魔力と斥力場を司る荼枳尼天の咒は使用者を肉体的に疲弊させる。
そんなショックから明日香が回復すると同時に、氷の壁が溶けて消えた。
最初の2匹がほぼ瞬殺なことを踏まえると、予定よりかなり早い。
「……【魔法破り】。気をつけて。敵の消去は強力よ」
「ああ、わかってる」
警告に答えつつ、舞奈は蔓見を一瞥する。
ロッカーは熱唱しながらギターを奏でている。
正直なところ、こんな状況でなければ聞き惚れそうなほどだ。
それでも舞奈は周囲の空気が先程までとは違うことに気づく。
戦場は既に戦術結界の中だ。
大魔法による結界創造を早々に終わらせたのだろう。
労せず儀式で得た道術を振りかざすだけの他の悪党と違い、奴の悪魔術だけは本物。
素体が三尸から顔と魔力を奪っただけの泥人間なのは変わらないはずなのに。
あるいは、それほどまでにデータとして収められた蔓見雷人の人格は別格なのか?
――だから歌う歌う歌う歌う狂うまで、歌う!
――そうさ限界なんてさ無視して振り切って、歌う!
束の間の逡巡のうちに、死塚不幸三と大蛸ゲイ子が元素の盾から顔を出す。
大蛸は無数の符をまき散らし、嘯。
それらは、それぞれ鋭い水の矢になって飛来する。
即ち【水行・多矢】。
だが明日香が一瞥すると、水の矢は符に戻って燃え尽きる。
魔法消去の魔術【対抗魔術・弐式】。
術者相手の行使は使用者に危険を伴うこの術を躊躇なく用い、そして完全な効果をもたらす程度に明日香の魔力は高く、敵の魔力は低い。
敵がただ与えられた分不相応な力を持て余しているからだ。
一方、死塚も手にした符を放る。
符は巨大な金属の刃と化して舞奈めがけて飛来する。
こちらは【金行・鉄刃】。
対して舞奈は素早く身をかがめ、金属刃の腹を改造ライフルの銃床で打つ。
鍛え抜かれた小柄な身体から繰り出される強打。
巨大な金属刃は無理やりに軌道をそらされ、何もない虚空で符に戻って消える。
人外の域に達した感覚と身体能力を持った舞奈に刀剣は無力。
それに似たものも同様。
剣であっても、飛来する巨大な刃であっても舞奈は等しく回避し、反撃する。
だから舞奈は間髪入れずに弾倉を交換し、改造ライフルを掃射。
対する死塚は、隣の大蛸ともども金属塊と水の盾に首を引っこめる。
降り注ぐ大口径ライフル弾は元素の防盾に阻まれて空しく床を転がる。
だが銃撃は牽制。
――その先にあるのが楽園だなんて
――そんな保障は何処にもないけど
――走り続けた者しか行けない
――すごい場所だとボクは信じるさ
その隙に明日香は真言を唱え終えていた。
手にしたドッグタグをベルトごと放り投げ、
「災厄」
施術を締めくくる。
途端、ベルトに吊られた無数のタグは、同じ数の火の玉へと変化する。
そして数多の火球は残る3匹の悪党めがけて降り注ぐ。
即ち【火嵐・弐式】。
明日香が炎術を使うのは珍しい。
しかも自身の必殺の手札である【雷嵐】とリソースを同じくするこの術を。
死塚と大蛸は壁の陰で、恐怖に震える。
辛くも防いだばかりの掃射を質も量も上回る火炎砲弾の雨が降ってきたのだ。
だが蔓見は素早くギターをかき鳴らす。
するとコンクリートの床が剥がれ、数多の岩石のデーモンと化して浮かびあがる。
ルキフグス。悪魔術で操られる防御デーモン。
群れ成すルキフグスたちは死塚の、大蛸の、術者である蔓見本人の前に集う。
そして硬化する。
即ち【堅岩甲】。
盾と化した数多のデーモンたちは、より合わさって壁になる。
そして火球の雨の直撃と爆発を防ぎきった。
だがデーモンも早々にコンクリートの欠片に戻って周囲に散らばる。
爆発の煙と粉塵が地を覆う中、死塚不幸三と大蛸ゲイ子が走り来る。だが、
――だから走る走る走る走る振り向かずに、走る!
――それがボクの生き方さだから振り向かずに、走る!
「敵は思いのほか強い。お前たち、止まるんだ」
「この私に指図するつもりかね!?」
何かに気づいた蔓見の制止に、死塚はキレつつ走り続け――
「――!?」
死塚が四散した。
いきなり足元が爆発し、ヤニで歪んだ老人の身体を引き裂いたのだ。
一瞬のことだった。
爆発した老人は光になって寄り集まる。
そして銀色をした至高の肉体へと転化する。
完全体だ。
だが次の瞬間、2度目の爆発が無敵の肉体をも粉砕した。
銀色の下半身が消失し、上半身がひび割れ、砕けた。
「な……っ?」
胴を失った釣鐘のような頭部が地に落ち、床で3度目の爆発。
まるで交通事故のように理不尽で呆気ない、それが死塚不幸三の最後だった。
その側で、大蛸ゲイ子が恐怖に全身をこわばらせる。
地を這う煙の切れ目で、金属質の何かが光った。
遮断板。
細長い板に5個の皿型地雷を等間隔で設置した代物だ。
板の両側それぞれに影法師がいて、それぞれ板の両端を持っている。
そいつらが2体で板を動かし、据えつけられた地雷を目標の足元に持っていくのだ。
そんな少し楽しそうな道具は、明日香が召喚し、自身の陰に潜ませていた式神だ。
つまり死塚不幸三は、本来は戦車を破壊するための対戦車地雷を踏まされたのだ。
火球の雨すら、爆炎と煙で地雷を隠すカモフラージュにすぎなかった。
――だから歌う歌う歌う歌う何も考えずに、歌う!
――それがボクのやりたいことだから躊躇わずに、歌う!
さらに明日香の側に、もう1体の式神が姿をあらわす。
機関砲だ。
対して大蛸ゲイ子は、同じ水行の疣豚潤子のように水に――
――なって逃げない。
単に【水行・遁甲】を会得していないのか?
あるいは死塚が動いたから爆死したということには気づいているのか?
どちらにせよ大蛸ゲイ子は、その場を動かず符を水の盾へと変える。
だが次の瞬間、無慈悲に掃射された超大口径ライフル弾が水盾を紙の如く引き裂く。
ついでに中年女の身体をミンチに変える。
悲鳴をあげる暇もない。
肉片は先ほどの死塚と同じように寄り集まって魔法の光となる。
光の中からは銀色をした至高の肉体があらわれる。
完全体。
だが超大口径ライフル弾の雨は、完全体があらわれた瞬間に粉砕する。
なにせ、こちらは航空機を蜂の巣にするための高射砲だ。
だから完全体は光の粉になって四散し、今度はそのまま風圧に溶けて消えた。
結局のところ4匹の悪党は、舞奈たちに一矢すら報いることなく消滅した。
奴らはアーティストから、市井の人々から、歌を奪おうとした。
ひいては文化を、美しいものすべてを奪おうとした。
人々が対抗する術のない権力を、怪異から与えられた暴力をもって。
そんな悪党どもを、舞奈と明日香は敵が予想だにしなかった方法で屠った。
暴力を超える暴力で。
つまり戦争のノウハウで。
――そこできっと空と大地は混ざり合う……
――ボクはボクだけの空を取り戻した、FALLEN ANGEL……
――何処までも走って行けるだろう……
蔓見雷人はひとりギターをかき鳴らして曲を締める。
舞奈と明日香は再び油断なく得物を構える。
そんな2人を――自身が仲間と紹介した悪党どもを屠った2人を見やりながら、
「凄いなあ、君たちは」
蔓見は、ゆっくりと拍手をした。
ストラップで肩から提げているとはいえ、ギターから手を離したのが意外だった。
キザな仕草にあわせるように、風もないのに金色の髪がなびく。
洒落たデザインのサングラスの下の、口元には微笑。
「前座を楽しんでもらっているうちにメンバーが揃ったようだ。君たちだけでなく君たちの仲間も優秀なようだね。コンサートに招待できなかったのが残念だよ」
そう言って笑う。
舞奈がその言葉の意味を量りかねるうちに、彼は再び腕をあげ、
「それでは第二幕をはじめようじゃないか」
指を鳴らした。