戦闘1-2 ~悪魔術&外宇宙よりの魔術vs完全体
「ウィアードテール! デビュー!」
KASC支部ビル上層階のとある廊下で、華奢な少女がポーズを決める。
年の頃は中学生くらいだろうか。
細い腕の先の、シルクの手袋をはめた繊細な指に握られたステッキ。
肩には極彩色のハリネズミ。
髪型はリボンで結ったポニーテール。
控えめな胸を覆うビビットなドレスのスカートの端で、フリルが揺れる。
神話怪盗ウィアードテール。
首都圏で大人気だというアイドル怪盗の噂は萩山も知っていた。
彼女の自由奔放な生き方に、可憐な容姿に、憧れなかったと言えば嘘になる。
そんな彼女の側で、萩山は我に返った。
屑田灰介との戦闘中、ふとした油断から彼はデーモンもギターを失った。
戦う術をすべて失い死を覚悟した。
だが次の瞬間、側にいる彼女に救われていた。
救われた……のだろう。
自分がこうして立っていることがその証拠だ。
そして先ほどとは真逆に、屑田の胸には風穴が開いていた。
何かの間違いのような形勢逆転。
だが具体的に、どういう現象がおこったのかはすぐにはわからない。
だから【協会】で聞きかじった噂や知識を、端から思い出そうとしてみる。
そうしながら側のビビットな女子中学生――ウィアードテールが可愛いと思った。
何かが燃える嫌な匂いが立ちこめる廊下で、彼女の側だけいい匂いがする気がする。
そんな彼女が、
「うわっ! 光った!?」
少しバカっぽい仕草で驚いた。
その目前で、風穴の開いた屑田がはじけ、中から魔法の光があふれ出す。
光は残骸と化した身体を弾き飛ばしながら膨らむ。
そして一瞬にして人の形へと変化した。
完全体。
そう【協会】の先輩たちから聞いていた。
今回の作戦中、敵の道士は倒された後、究極の姿に転化すると。
だが実際にそれを目撃した萩山は声もなく驚愕した。
何故なら光がおさまった後、そこには人間の形をした異形が佇んでいた。
金属の色に輝く、逞しい男性の身体。
釣鐘のような、首まで覆うヘルメットのような、眼鼻も口も耳もない頭。
そんな異形への恐怖が、一命を繋いだ萩山の希望を塗りつぶそうとしていた。だが、
「うー! 黒くない!!」
「えっ?」
「黒い人なのに!! やっつけたのに黒くならない! なんでよ!?」
「いえウィアードテール、あのね……」
いきなり素っ頓狂に喚き始めたウィアードテールに呆気にとられる。
そして三度、我に返った瞬間、萩山は目前のそれが怖くなくなっていた。
「ふ……ハハハハハ! 俺もついにこの姿になれた!」
当の完全体もまた突然の死から転化へのショックから解放されたらしい。
「この究極の肉体の前に邪魔者が2人になろうが3人になろうが同じよ!!」
目も鼻も髪もない顔で、なのに生前と同じくらい下品に笑う。
同時に完全体の身体から、いくつかの光の玉が飛び出した。
銀色に輝く身体は魔術師の式神と同じように魔力を循環させることにより、屈強で硬い無敵と化しているのだろう。その余剰魔力を放出したのだ。
数個の光球は数枚の符となり、
「まとめて俺のアートにしてやる!」
叫びと同時に一斉に火の玉へと変わる。
先ほどの【火行・多炎矢】より強力な爆炎を無数に放つ算段だろう。
萩山は成す術もなく目を見開く。だが、
「えい!」
ウィアードテールはステッキを振るう。
すると廊下の隅から数多のウィアードテールが『生えた』。
そう。
廊下の上下左右の4隅の角に沿うように、等間隔でにょっきり彼女が生えていた。
そのシュールな様に完全体は怯み、
「まさか……あんた、エイリアニストなのか!?」
萩山も驚愕する。
ようやく彼女の正体に思い当たった。
これでも勤勉な医学生である萩山は、魔術結社の術者としても優秀だった。
故に【協会】が所有する文献を活用して他流派の術や祭祀への見分を広めた。
そんな彼が知りえた数々の魔術系統の中でも、特に畏怖すべき驚嘆すべきひとつ。
混沌魔術。
外宇宙からもたらされた謎めいた魔術。
狂気のイメージから魔力を産む、他に類のない異常な魔術。
強大な威力と引き換えに暴走の危険をはらむ、破滅と隣り合わせの禁断の魔術。
そして、それを用いるエイリアニスト。
そう。
巷で人気な神話怪盗ウィアードテールの正体。
それは外宇宙からもたらされたと謂われる混沌魔術の魔法少女だ。
そんな混沌魔術は3つの術に大別される。
混沌と狂気の魔力を地水風火に転化する【汚染されたエレメントの生成】。
魔力を強化し、魔力と源を同じくする精神を操る【狂気による精神支配】。
そして魔力で空間と因果律を歪めることによる【混沌変化】。
角度を利用した転移術も、幻影――実体のない光学的欺瞞ではなく落とし子と呼ばれる混沌魔術における式神の一形態も共に【混沌変化】技術の応用だ。
つまり先ほど焼かれる直前だった萩山を救ったマジック。
それは混沌魔術による転移に、反撃する幻影の魔術を組み合わせたものだ。
同じ技術を活用すれば、今のように数多の分身を作って敵を惑わせることもできる。
「くそっ! 俺を小馬鹿にしやがって! くそっ! くそがぁ!!」
完全体はふざけた幻影めがけて周囲の火球を掃射する。
燃え盛る火の玉は幻影を貫き、爆風で吹き散らす。
幻たちが消えた後には、先ほどと同じように色彩の槍が残される。
そして数多の槍は、一斉に飛来して完全体を穿つ。
「ぐはぁっ! なんだ!? なんだこりゃ!!」
数多の槍は銀色の表皮を突き刺し、貫通し、あるいは表面で爆発する。
無敵の肉体は槍のいくつかを弾く。
他の何本かに貫かれた穴も、すぐさま癒える。
それでも完全体は慌てふためき、両腕で顔のない頭をかばう。
他者を頓着なく傷つけてきた屑田が、自身が傷つくことに慣れていないからだ。
そんな完全体が怯んでいる隙に、
「貴方は悪魔術の使い手かしら?」
落ち着いた女性の声がした。
驚き見やる萩山の肩に、極彩色の小動物がちょこんと乗っていた。
先ほどまでウィアードテールの肩にいたハリネズミだ。
使い魔だろうかと萩山は思った。
色と姿、何より主と真逆に知的な物腰に面食らいつつ、
「あ、ああ。けど俺、ギターが……」
無いと魔法が使えない。
そう言おうとして口ごもった途端、
「わかったわ。そういうことなら協力するわ」
「協力……って、うわっ!?」
言うが早いか使い魔の姿が捻じれて変化し、ギターになった。
ハリネズミを象った極彩色のギターだ。
そして驚く萩山の手の中に収まった。
さっきまで愛用していたギターより派手で、しかもしっくり手になじんだ。
彼に合わせて魔法で変化たからかもしれないが、ちょっと釈然としなかった。
そんな彼の思惑に構わず、
「ルビーアイ? なにやってるのー?」
側にぬっと生えたウィアードテールが問いかける。
角度を伝った転移を連発しつつ、下品なポーズで完全体を挑発していたらしい。
萩山はビックリする。
いきなりだったし、その……顔が近い。
「そういう格好はやめなさい。カメラに写ってたらどうするの?」
「はーい」
「この方のお手伝いよ。構わないでしょ?」
「いいよー」
軽いなあ。
見た目通りの中学生と母親が話すみたいなノリの雑さに苦笑する。
けど、そんな彼女の仕草が可愛らしいと思ったから、
――夕暮れふとキミの横顔を
――ひとめ見た途端にゾッコンになったよ
――My Angel!
萩山はハリネズミのギターをかき鳴らす。
というより考えるより先に指がイントロを奏でていた。
選曲は『NO LOVER NO LIFE』。
それ以外に考えられなかった。
気分がノルのと同時に頭からも毛が生える。
ウィアードテールが生み出す彩色の槍に劣らず豪華に輝く虹色の長髪に、
「歌うと髪が生えるのね。おもしろーい」
長身の萩山を見上げながら、中学生が屈託なく笑う。
とっさに髪のことを話題にされて、その笑顔から無理やり視線を引きはがして戦闘に集中しようとして、果たせずドレスの胸に釘づけになった。
萩山の心の奥底のいちばん大事な場所で……ヅラと胸パッドの位置は近い。
そんな彼が見やった胸は、中学生にしても割と残念な部類に入る控えめな胸だ。
チャムエルあたりと比べたら完膚なきまでの大平原。
いつか森で出会った小学生にも劣る。
だが少女の小さなバストは、淡く憧れたかつての担任の胸パッドを、あの日に出会った最強の少女の胸板を連想させる。だから、
「あらわれやがれ! ベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」
周囲に少女を象った小型のデーモンが無数に出現した。
ある者は大気中の熱から、燃えさかる炎のドレスと髪をゆらめかせ。
ある者は天井で千切れた電線から、光り輝く金髪と金衣をパチパチと放電させ。
ある者は白霜の衣装と髪をなびかせ。
ある者はコンクリートの床を裂き、岩石の鎧で身を固め。
ある者は水道管を内側からぶち破り、流水で形作られたローブと長髪をなびかせ。
ある者は白いワンピースと草木めいた緑色の髪を嵐の中のようにはためかせ。
――だけどキミと僕とじゃ月とスッポン
――どうせ吊り合うはずなんてないんだって
――あきらめる僕にも君は優しく微笑んでくれたから
――Burning!
「わあ! なにこれ可愛いー」
「なんだ!? なんだこいつら!?」
「おまえたち! 一斉砲火だ!!」
ウィアードテールはデーモン群を見やってはしゃぐ
その隣でギターをかき鳴らしつつ萩山は叫ぶ。
完全体を囲んだ小さなデーモンたちが、狼狽える目標めがけて一斉に魔弾を放つ。
炎の髪のデーモンは火弾【灼熱】。
金髪のデーモンは雷弾【閃雷】。
白霜の髪のデーモンは氷の矢【冷気】。
岩石のデーモンは石弾【岩裂弾】。
流水の髪のデーモンは水の矢【沸水弾】。
緑色の髪のデーモンは見えざる大気の矢【魔弾】。
完全体の全周囲から降り注ぐ魔弾の雨。
無数の爆発、爆煙、破片。
だが、それらが止んだ後、中心に立っていた銀色の異形は……無傷!
――キミの王子様になりたくて僕は
――柄にもなく張り切ってしまったよ
「クソっ! クソがぁっ! 舐めやがって!!」
完全体が叫ぶと同時に、その周囲に無数の光球があふれ出す。
そして光は無数の符を形作る。
「気をつけて! あれ全部が攻撃魔法になるわ!」
「ああ! わかってる!」
ギターの常識的な警告に、そのギターをかき鳴らしつつ答える。
先ほどと同じ攻撃なのはわかる。
この豚野郎には一度死んでも独創性が身につかなかったらしい。
その先ほどの猛攻はウィアードテールが防いでくれた。だが、
「アートになってくたばれ! クソ野郎ども!?」
目鼻も口もない顔で、完全体が吠える。
「そういうもんじゃないだろアートってのは! ルキフグス! 守れ!」
萩山も叫ぶ。
同時に無数の符が無数の火球となって、周囲のデーモン群めがけて放たれる。
同時に群の内側に躍り出た大地のデーモンが【堅岩甲】で硬化する。
霜のデーモンは【氷霜衣】で同様に防御する。
無数の火球が、その周囲のデーモン群に受け止められて爆発する。
まるで大魔法のような熱と光と爆音が、群を内側から削り取る。
そして熱光と破壊の多重奏が鳴りやんだ後。
残っていたのは完全体と、ウィアードテールとギターをかき鳴らす萩山。
デーモンたちは消えていた。
――だけど、やること成すこと全部、空回り
――そんな自分が嫌になっちゃって
「あー! ちっちゃいのが消えちゃったじゃない!!」
ウィアードテールは憤慨する。
完全体に跳びかかりつつ、手にしたカードの束を投げる。
異次元の彩色に輝く数多のカードの各々が、別の軌跡を描いて完全体に襲い掛かる。
風神の魔力を気体にしてカードを誘導しているのだろう。
だが避ける間もなく全弾命中した数多のカードにも、銀色の身体は傷つかない。
「むっきー!! なによもー! えい!!」
今度は1枚のカードを両手で構えて飛び上がる。
そして大きく海老反り、全身をばねにして全力で投げる。
カードは術者の背丈ほどある出鱈目なサイズに膨らみながら、完全体めがけて飛ぶ。
今度は土神の魔力で硬度と質量を増したのだ。
それが激突。
工事現場か交通事故みたいな金属製の轟音、周囲の空気を揺らす衝撃。
だが、それですら両腕をクロスさせて受け止めた完全体は無傷。
その凄まじいまでの耐久性能を目の当たりにして萩山は目を見開く。
奴を倒せる手段などないのか?
弱気だった自分が鎌首をもたげる。
かつて髪が逃げ去ったように、自分は勝利とは無縁なのだと。
――それでも君はいつもまぶしくて
――そんな君に手をのばしたくてボクは
――Baby!
否。
今の自分がそれを否定する。
魔術結社【協会】の一員となり、チャムエルの補佐を任された自分が。
あの最強の少女と死力を尽くして戦った自分が。
髪より大事なものを手に入れた自分が。
そして……だから!
「な、なあ、あんた!」
萩山は思い切って、ウィアードテールに呼びかける。
中学生の魔法少女は「ん?」と何気に振り返る。
その小さな胸が、チャムエルのそれと違って揺れなかったから、
「おまえの……お、おまえのハートも、キュートだぜ!!」
「えっ? あたしが可愛いって?」
裏返った声で、叫ぶように告白した。
手元のギターが絶句する。
ひょっとしたら萩山のことを主とは違う常識人だと思っていたのかもしれない。
だが萩山は構わず照れ隠しの中学生みたいにギターをかき鳴らす。
× HEART
○ BUST
× CUTE
○ SMALL SIZE
そもそも言葉の意図とと英単語のチョイスが微妙に剥離していた。
医学生の彼の頭は悪くはないが、昔から緊張には弱かった。
だが逆に言えば、それほどまでに繊細な彼のハートは激しく揺れ動いていた。
顔が熱い。
心臓が身体の中を跳ね回る。
いっそ混沌魔術の源にも似た制御不能な感情。
最高に激しいロックの渦中にいるような、爆発するような感情の奔流。
元素の魔力を引き寄せる魔法の源は心だ。
そしてロックを魔法に昇華させた、彼の心は本物だ。
そこに得体のしれない男子中学生みたいな激情が加わって最強の気分だ。だから、
「ベルフェゴール! ベルフェゴール! ベルフェゴール!! 俺に力を貸してくれ!」
萩山は狂ったようにシャウトする。
異次元の彩色に輝くギターを嵐のようにかき鳴らす。
周囲に再びデーモンが出現する。
その数は無数。
すべて燃え盛るベルフェゴールだ。
「――いいや」
魂のボルテージを心の奥底に蓄え、
「俺の歌に痺れて弾けろ!! 吹き飛ばせ! 打ち砕け! 地獄の爆発!!」
爆発のような、砲火のようなシャウトとギター。
同時に無数のベルフェゴールは火球と化し、銀色の異形めがけて放たれた。
即ち【地獄の爆発】。
以前に志門舞奈との戦闘時に1回だけ行使した、必殺の大魔法。
その1回は暴走した魔力に操られた、いわば偶然。
だが2度目の今は偶然じゃない。
窮地の中。
そして心乱さずにはいられない魅惑的な少女の側。
萩山は暴走状態に匹敵する感情のうねりを、理性で制御することに成功した。
故に先ほど完全体が放った火球の掃射など、及びもつかない猛攻。
デーモンたちを一瞬で焼き払った無数の火球の爆発より、なお凄まじい暴虐。
言うなれば火球の嵐。
無数の火球が黒煙と異音を引き連れながら1点に集う。
そこには圧倒的な物量を前にしてとっさに動けない完全体がいた。
廊下を埋め尽くす爆炎。
幾重にも連なる爆音。巨人が連打するドラムの如く臓腑をえぐる。
爆発に継ぐ爆発。
大爆発。
重低音と振動が廊下を揺らす。
視界が炎と光の色に塗りつぶされる。
相応に距離をとってはいるはずの術者をも焼き尽くすような熱。
そして爆炎と煙が去った後、
――何でもないってカラ元気出して
――痛み隠して胸張って
「あ……あ……」
完全体はひび割れたまま立ち尽くしていた。
だが奴はまだ生きている!
残り僅かな魔力を賦活し、元の銀色の身体を取り戻そうとしている。
奴ら自身の他すべてを不幸にする邪悪な欲望のために。
激情が去った後の凪をおして、無理やりに感情を鼓舞して追撃を試みる萩山の側で、
「なにそれ! すごーい!!」
ウィアードテールは子供みたいにピョンピョン飛び跳ねてはしゃぐ。そして、
「よーっし! あたしもー!」
スカートのフリルの角から何かを取り出した。
もう1本のステッキだ。
「ダメよ!? ウィアードテール!」
「だーいじょうぶだって!」
切羽詰まったギターの制止を軽く差し置き、止めるべきかと焦る萩山の前で、
「あたしは同じ失敗を2回しないのよ? 知ってた?」
ステッキを持ち替える。
そして新しいステッキをかざし、
「イーッツ・アー……あー…………お色直し!」
叫んだ。
「……いえ初耳だけど」
「……MAKEOVER?」
思わずひとりごちるようにツッコみながら見やるひとりと1匹。
その目前で、少女の姿が魔法の光に包まれ、そしてはじける。
中から出てきたのは、少し大人びた格好のウィアードテールだった。
黒とピンクを基調にしたビビットな色合いはそのまま。
フリルのついたスカートは、同じデザインのロングに変化していた。
ポニーテールがほどけた長い髪が、風もないのにほのかに揺れる。
額のサークレットに装飾された大ぶりなジュエルが妖艶に光り輝く。
そんな格好を、だが無垢な(バカっぽい)彼女がしている様もまた、背伸びをしてるみたいで可愛いと萩山は思った。
その間にも、完全体はひび割れを修復しつつある。
萩山もギターをかき鳴らして可能な限りデーモンを召喚しようと試みる。
そんな中で、
――キミの笑顔を守るためならば
――地の果てだって駆けつける、なんて
「イッツ、ショータァイム!」
新たな衣装をまとったウィアードテールはステッキを振り下ろす。
途端、床が異次元の彩色に輝く液体に覆われる。
技術としては【汚染されたエレメントの生成】のひとつ、水神の魔力による創造。
「ひっ! なんだ!? ガソリンか!?」
完全体はひび割れたまま狼狽える。
そんな銀色の異形の目前で、
「ていっ!!」
ウィアードテールは敵にステッキを突きつける。
すると異界の色に輝く海から無数の触手が吐き出される。
萩山はギターを奏でながら、それを美しい噴水のようだと思った。
「がっ! がはっ!!」
触手の群は数多の鋭い鎖鎌と化し、再生途中の完全体に襲いかかる。
避ける余裕すら与えず四肢を、胴を貫き、その場所に縫い留める。そして、
「ウィアードテール! アァークション!!」
ウィアードテールは今度はステッキを手にしたまま両手を掲げる。
すると再び輝く海から群れ成す触手が吐き出された。
だが今度の輝く流水は、ウィアードテールのステッキに、細い両腕に絡みつく。
そして何とも名状しがたき奇怪な形状をしたオブジェを形作る。
オブジェは虹色の噴水を吸いこみ、肥大する。
そうやって海の水を飲み干し肥大化した巨大な両腕を、薄い胸の前でかちあわせ、
「と――りゃ――!」
ウィアードテールは額のジュエルからビームを放った。
こちらは火神の魔力を用いた熱力学攻撃。
異界の彩色にまばゆく輝く光の束が完全体を打ち据えて焼く。
だが完全体の銀色の身体は砕けない。
だからウィアードテールの攻めも終わらない。
魔法少女は廊下の角に吸いこまれる。
そして角度を使った転移術により完全体の真正面にいきなりあらわれ、
「ふんす!」
「!?」
巨大な右腕で、完全体のひび割れた胸ぐらを強打した。
次いで右腕を構成する虹色のオブジェの肘のあたりが蠢く。
空気を押し出すポンプのように勢いよく押しこまれる。
同時に、突きつけた拳の先から烈風が噴き出した。
蠢く水でコンプレッサーを成形し、内部の空気を圧縮させて拳先から噴出したのだ。
それも火神の魔力で加熱・変容された熱風を、至近距離から。
ひび割れ焼かれ瓦解を始めた完全体はひとたまりもない。その上さらに、
「てぇぇぇりゃあぁぁぁぁ!」
気合とともに突きつけた巨大な両腕が蠢く。今度は激しく。
そして次の瞬間、無数の触手の槍と化して放たれた。
鋭く尖ったドリルのような触手の噴水。
間の抜けた声とは真逆に凄惨で無慈悲な刺突の嵐が、半ば崩れた完全体の胸を穿つ。
そのまま銀色の胴を貫き、貫いた穴を勢いのままこじ広げ、
――失敗だらけの僕だけど
――キミの前だけでもヒーローになれたらいいな
――Fantasy!
「嫌だ! 死にたく……!?」
ガラス細工のように粉々に砕いた。
触手の奔流はそのまま向かいの壁を穿ち、その後に凍りついて砕けて消える。
ウィアードテールは砕けるオブジェから元の細い腕を引き抜き、ポーズを決めた。
そんな彼女を見つめながら萩山のギターはアウトロを奏でる。
かつて志門舞奈との戦いで暴走し、魔獣と化したウィアードテール。
当の舞奈によって救われ、協力者『夜闇はナイト』に回収されて退場した彼女。
小学生に負けて悔しかった彼女は、その晩、信じられないことをした。
考えたのだ。
件の戦闘での自身の行動を顧みた。
まるで陽キャじゃない普通の人のように。
それは今まで使い魔にまかせきりにしていた狂的な行為だった。
そして、何故に負けたか、何故に暴走したかを考えた。
その結果、彼女は天啓を得た。
つまり小学生でもわかる初歩的な問題に気づいた。
自分のステッキにこめられ風神と土神の魔力、『夜闇はナイト』のステッキにこめられた水神と火神の魔力を同時に身にまとうと暴走する。
しかも、その問題に対する解決策まで思いついた!
2つのステッキを使い分ければいいのだ!
ドレスを着替えるのは楽しそうだし。
それまで2本だったステッキが何時の間にか4本になっていたが気にしなかった。
まあ、そのようにして彼女も舞奈との戦闘を経て成長していた。
同じように暴走し、救われた萩山と同じように。
志門舞奈というひとりの少女の生き様は、アーティストとアイドル怪盗、双方の心に何かを残していた。
そんな2人の前で、砕けた完全体は空気に溶けて、消えた。
跡には何も残らなかった。
まるで彼が叫んでいたアートとやらが、人の心に何も残さなかったように。
そして萩山が緊張から解放されて弛緩する中、曲のアウトロが終わった。
「あの、ありがとう。その……」
轡を並べて戦った中学生に、しどろもどろに話しかける。
連絡先くらい聞けたらいいなと思った。
だが当のウィアードテールは、
「ああっ! そうだった! 夜空を探してたんだった!!」
「えっ? 外かい?」
素っ頓狂な叫び声をあげた。
萩山は思わず怯む。
「ねえルビーアイ! あたしもそれやりたい!」
「いいわよ」
「あっ」
萩山の手の中のギターを呼び戻す。
そして彼女は竜巻のように、声をかける間もなく走り去った。
極彩色のハリネズミだったギターをマラカスにしてシャカシャカしながら。
そんなひとりと1匹の背中を、萩山は呆然と見送るしかなかった。
そして、背後の戦場を見やる。
焼けただれ、壁のあちこちが砕けた廊下はまるで災害の後だ。
まあ先ほどここで繰り広げられていた激戦を思えば、的外れな表現でもない。
そんな戦闘の最中、彼は自身のギターを壊されていた。
しかも落として無くしていた。
彼が悪魔術師になる前から彼とともにあった、もうひとりの友人。
だがウィアードテールと共闘した激戦の渦中で原型をとどめているとは思えない。
探せば部品のひとつくらいは見つけられるかもしれない。
だが、それは今すべきことではないとも理解していた。
彼は先に進んでチャムエルの、あるいは舞奈たちの補佐をしなければならない。
大事なものを手放さなければならない。
かつて髪を諦めたように。
だが彼は髪より大事なものを得た。
今回もそうだろう。
彼は自分のギターより大事なもの――音楽業界の未来を守るのだ。だから、
「……あばよ」
もう影も形も残っていないギターに、最高のポーズとスマイルで別れを告げる。
そしてサイドアームのハーモニカを手に取り、戦場に背を向けて駆け出した。
二度と振り返ることはなかった。
一方、ビルの下層階では、
「ええっと、陽子ちゃんはどちらに行ったんでしょう……?」
首都圏の私立中学の制服を着たショートカットの少女が迷っていた。
夜空である。
ウィアードテールを補佐すべく、透明化してビルに侵入した彼女。
だが合流する手筈を決めていなかったので、こうして歩き回る羽目になった。
そんな彼女の背後で、
「へへ、こいつは上等な獲物だ」
少女の後姿を下卑た目つきでぬめつけながら、くわえ煙草の下男が舌なめずりする。
それは悪党どものひとり、長屋博吐だった。