日常
「へへっ、フォーカードだ」
舞奈は学校机の上にトランプを放り置く。
それなりに強い手札だ。
向かいの明日香は憮然とした表情でカードを見やる。
「とうとう年貢の納め時だな明日香! こいつで今までの負けはチャラだ!」
舞奈は満面の笑みを浮かべて勝ち誇る。
舞奈たちが通う蔵乃巣学園の初等部は生徒の生活態度もすこぶる良い。
授業中の私事や、まして盗難騒ぎなどついぞ起こったことがない。
だからか持ち物の制限も緩い。
トランプ等の娯楽品も常識の範囲内でなら持ちこみ可能だ。
テックなど私物のタブレット端末でゲームしている。
なので、舞奈は明日香と賭けポーカーをしていた。
その対戦相手の明日香は、
「はい、ストレート」
不敵な笑みを浮かべてトランプを放った。
「なんだと!? さっきまで役なしみたいな顔してやがったのに!」
「……失っつ礼ね」
ブタ呼ばわりに明日香は睨み、だがすぐに勝者の余裕を取り戻す。
なぜなら明日香は連戦連勝だからだ。
「負け分はツケにしておいてあげるわ。そのうちちゃんと払ってね」
「なあ、頼むよ、あたしが万年金欠だって、おまえもわかってるだろ?」
舞奈は明日香にすがりつく。
だが明日香は冷ややかに見やるのみ。
「畜生、貧乏人から毟りやがって……」
「はいはい。可愛そうな舞奈ちゃんに、勝負に必勝する秘訣を教えてあげるわ」
「お、そんなのがあるのか? 教えてくれよ」
「簡単よ。負ける勝負をしなければいいのよ」
「人非人! 鬼畜!」
舞奈は叫ぶと、そのままおいおいと泣き崩れる。そんな時、
「あ、トランプだ!」
花摘みから戻ってきたチャビーと園香が、舞奈の机にやってきた。
園香は数日前に誘拐され、何らかの儀式に利用されようとしていた。
だが舞奈たちの活躍によって無事に救出された。
その後に病院で検査したが心身ともに異常はなく、今では普通に登校している。
「ゾ~マ~」
「マイちゃん、泣いたりして何かあったの?」
舞奈は園香の豊かな胸にすがりつく。
女子でなければ張り倒されても文句は言えないセクハラ行為だ。
園香は頬を赤らめ、けど舞奈の後ろ頭を優しく抱きしめる。
園香には、念のために登下校時のみ執行人が護衛についてる。
だが、それ以外に変わったところは何もない。
園香は以前のままの園香だ。
それでも何故か、園香は少しだけ、舞奈に対して大胆になった気がした。
だから舞奈も、以前より少し多めに園香に甘える。
「聞いてくれゾマ! 明日香がひどいんだ! ケツの毛まで毟ろうとするんだ!」
「ケツって……おしりのこと? えっと……?」
「ちょっと舞奈、なに真神さんを巻きこんでるのよ」
明日香は面倒くさそうに舞奈を睨む。
園香は普通に育ちの良い女子小学生だ。
だから今の状況を説明しようとすると、賭けポーカーの概念からだ。
なので話題を変えようとした途端、
「あ! 志門さんに安倍さん! またそんなことを!」
三つ編み眼鏡の委員長に見咎められた。
「学校で賭けポーカーだなんて、そんな不良みたいなことしたらダメです!」
「かけ……? おそば?」
言って園香は可愛らしく来首をかしげる。
園香は賭け事の概念すら知らない純粋無垢な女子小学生だ。
金持ちだがすさんだ明日香や、耳年増の委員長とは違う。
そんなことを考えてニヤニヤと明日香を見やると、思いっきり睨み返された。
だが周りの状況なんて気にしないチャビーはトランプを見やり、
「ねね、いいんちょもいっしょに遊ぼうよ! わたし七ならべがやりたい!」
言って無邪気に笑った。
だが舞奈は苦笑する。
原因は明日香だ。
明日香は気真面目をこじらせたせいか、ゲームでも加減というものができない。
七ならべなどさせたら、無駄に止めまくってギスギスすること必至である。
「なあ、チャビー。どうせなら休憩中に終わるものにしないか?」
そんな歓談をしていると、ドアがガラリと開いて担任教師があらわれた。
「あれ? もう休憩終わりか?」
舞奈は時計を見やって首をかしげる。
だが担任は、黒板に大きな字で『自習』と書き記した。
「なんだ、四時間目は七ならべの時間か」
「勉強しなさいよ」
いつもの舞奈の軽口に、明日香は肩をすくめて見せる。
「そうです! 学生の本分は勉強です!」
委員長もうなずく。
だが、担任はまっすぐ舞奈のところにやって来た。
「志門、安倍、ちょっと来てくれるか?」
「何したのよ舞奈?」
「おまえだって呼ばれただろう?」
舞奈と明日香は顔を見合わせる。
だが担任は有無を言わせず、
「すまん委員長、1時間なんとか間を持たせておいてくれ」
すさまじい無茶ぶりをすると、2人を連れて教室を出ていった。