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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第14章 FOREVER FRIENDS
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戦闘1-1 ~悪魔術&高等魔術vs異能力

「ったく、キリがねぇな!」

 KASC支部ビルの廊下を駆け抜けながら舞奈は愚痴る。

 曲がり角から跳び出してき脂虫に跳びかかって首をへし折りつつ走る。

 明日香も続く。


 薄汚れたKASCビルの廊下にはヤニの悪臭がこびりついていて不快この上ない。

 しかも廊下をこんなにした脂虫や屍虫が徘徊している。

 儀式の影響にムラがあるのか、進行してないのとしてるのは半々ほど。

 どちらにせよ走るついでに蹴散らすのだから同じだ。


 そんな喫煙者どもの数は多く、散発的に出現する。

 その個々は余裕な連戦は、だが予想外なロスの要因にもなっていた。

 舞奈たちに時間的な余裕はあまりない。


「なあ明日香」

 次いで跳びかかってきた屍虫の、くわえ煙草の頭を撃ちつつ背後に問う。


「……あたしたちが失敗して、蔓見の奴が儀式を終えたらどうなるんだろうな」

 後ろを走る明日香は答えない。

 純粋な身体能力由来のSランクである舞奈は相当に健脚でもある。

 それにつき合う明日香に答える余裕はないだろうし、また答えたくもないのだろう。


 だから全力で走りながら、頭の片隅で考える。

 滓田妖一の件でもそうだった。

 儀式の阻止に失敗することによる損失を、舞奈は『敵が強大な力を得る』という曖昧な表現でしか聞かされていない。誰もそれについて詳しく話したくないのだろう。


 だが、その慣れ果てらしきものを儀式の失敗という形で見たことはある。

 おそらく彼らが欲した強大な力の暴走という形で。

 魔獣と化した萩山光、ウィアードテール、ネコポチ、そして三剣悟もか。

 そこから察するに、成功によって得られる力とは大魔法(インヴォケーション)と同等のものだろう。

 そう見当をつけていた。


 なるほど死塚不幸三、屑田灰介、長屋博吐、疣豚潤子といった屑野郎どもが核ミサイルの発射ボタンを得る儀式なんてものは断固として阻止せねばならない。

 あるいは公安の福神晴人警部のような結界創造の異能力も十分に悪用可能だ。

 4匹の悪党ども――正確には悪党どもから顔と人格を奪った泥人間が、その力を欲するだろうことは理解はできる。

 魔術結社や【機関】が一致団結して阻止しようとする気持ちもわかる。


 だが肝心の蔓見雷人は大魔道士(アークメイジ)だ。

 大魔法(インヴォケーション)なら自力で行使できるだろうにと舞奈は思う。

 報酬としての地位や権力が目当てにしても、奴は既にKASCの支部長だ。

 まさか悪党仲間に義理立てするとも思えない。


 あるいは舞奈の予想が見当はずれなのだろうか?

 儀式で得られるものは、大魔法(インヴォケーション)ですら成しえない夢のような何かなのだろうか?


 そんなことを考える舞奈たちの行く手に、またしても屍虫が立ち塞がった。

 だが舞奈も明日香も立ち止まる。

 今度は少しばかり数が多い。


「ったく、しゃあねぇなあ……」

 舞奈は拳銃(ジェリコ941)を握る手に力をこめる。

 別に自身の推論を、実際に儀式を最後までやらせて確認するつもりはない。

 もちろん側の明日香も同様だ。そう決意した、そのとき、


――Welcome to Purgatory.


 歌が聞こえた。

 そう思った直後、目前の空間が歪んだ。

 大魔法(インヴォケーション)による転移だ。

 重力操作により空間を湾曲させる高等魔術【転移門(テレポート・ゲート)】。


 舞奈の口元に笑みが浮かぶ。

 そして捻じれた視界と空気の流れが戻った後、目前には2つの人影。


「お2人とも、お待たせしました」

「おう! 待ってたぜ大将!」

「協力に感謝します」

 ひとりは大学生くらいの眼鏡の女。

 以前に双葉あずさを巡る攻防で轡を並べた【協会(S∴O∴M∴S∴)】の高等魔術師チャムエルだ。

 幸いにも今回は甲冑に身を包んでいる。

 変形する金属の防具を創造する【機械の装甲(ギアーズ・アーマー)】の魔術だ。


 なるほど長距離転移の魔術を成功させるためには目標地点に目印が必要だ。

 だから転移先は見知った場所か、見知った誰かの近くということになる。

 舞奈もまあ彼女とは顔見知りだし、舞奈の近くなら安全も確保できる。

 つまり舞奈の周囲には、度々こうして追加の戦力が補充される……はずだ。そして、


――I aaaaaaam,


「もうひとりはあんたか」

「舞奈さん、明日香さん、えっと、その……その節はお世話になりました!」

 フード付きコートを着こんだ長身の男が、ギターをかき鳴らしつつ不器用に笑う。

 黒皮のコートには鉄色に輝くリベットが埋めこまれている。

 見ていて少し不安になるほど細身な彼はシャウトしつつ、


――Demon Load.


 ギターで風を操ってフードを跳ね除ける。

 その下からあらわれたのはサングラスと禿頭。

 かき鳴らしているのは派手なペイントを施され、稲妻を象った特注品らしきギター。


 萩山光。

 ハゲとツチノコを巡る一件で舞奈たちと激戦を繰り広げた悪魔術師だ。

 その後【協会(S∴O∴M∴S∴)】と接触したらしいが、どうやら上手くやっているようだ。

 なるほど【協会(S∴O∴M∴S∴)】からの増援というのはチャムエルと彼のことだったらしい。


――切り立った崖の頂きに立つ!

――神さえ恐れる異形の王!


――DEMON LOAD!! DARK STAR EMPEREOR!!


 魂のギターと、叫ぶような激しいシャウトは以前に戦った時と同じかそれ以上。

 さらにロックンロールのリズムに乗って禿頭から毛が生える。

 それは輝くような虹色に輝くスピリチュアルな髪。


 こちらも見知った彼の元気な様子と成長の証に、舞奈は口元に笑みを浮かべる。


「あんたたちは先に行ってくれ!」

 再開の余韻もそこそこに、彼は背中で舞奈たちに叫ぶ。

 ギターを弾き語りながら会話できる【風歌(ウィンド・ウィスパー)】の腕前も健在だ。


 それに舞奈たちに余裕がないのも事実。

 だから2人は頼もしい増援の前に躍り出て、


「後は頼んだぜ!」

「ご武運を!」

 屍虫どもの壁を無理やりに突破する。


「ふふっ、ご安心を」

「まかせてくれ!」

 待ち受ける怪異たちを、チャムエルの【小崩弾(ディスラプター)】が射抜く。

 萩山の【灼熱(ブレイズ)】【冷気(フリーズ)】が牽制する。

 2人の術者からの援護射撃に屍虫どもは怯む。

 その隙に舞奈も1匹の頭を吹き飛ばして怪異の壁を突破する。明日香も続く。


――瞳に地獄の炎を宿し!

――頭上には嵐を呼ぶ男!


――DEMON LOAD!! BLACK ARTS MASTER!!


「どうやら敵の道士はいないようですね」

 走り去る舞奈たちを見送りつつ、チャムエルは眼鏡の位置を直しながら不敵に笑う。

 萩山は、そんな彼女の横顔を盗み見る。


「手早く片付けましょう。我々にも果たすべき任務があります」

「ああ、そうしましょう!」

 ギターをつま弾きながら答えた萩山の側で、チャムエルは手近な屍虫に掌をかざす。

 短い詠唱。

 屍虫の四肢が鋭い何かに切断される。


 魔力で斥力場のワイヤーを形作って切断する【吠え猛る鎖(ハウリング・チェイン)】。

 通常は杖を用いて魔力を供給しながら締めあげたり周囲一面を斬り刻む。

 だが今回は、次なる術への布石に過ぎない。


――千億の悪魔の群を連れて!

――冥府の底からやってきた!


「これでいけますか?」

「大丈夫っす! 集えベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」

 叫びに答えて周囲が輝き、床を裂いて、森羅万象に潜む元素の魔力が顕現する。

 そして切断された怪異を依り代に集結し、混ざり合って、


「バールよ俺に力を! あらわれやがれ! アークデーモン!」

 少女に似た仮初の身体を形作る。

 複数のデーモンを【屍操り(ゾンビー・ゾンク)】で操る脂虫/屍虫を核に合成したハイブリッド。

 以前はその姿はチャムエルに似ていたが、目前にあらわれたそれは2体の子供。

 その凛々しい顔立ちは志門舞奈に似ていた。


「子供好きなんですか?」

「いやそういう訳じゃ」

「ふふわかりますよ」

「いやそういう訳じゃ……」

 茶化すチャムエルに口ごもる前で、舞奈を象った2体のアークデーモンは屍虫の群の真正面に踊り出る。

 両手に銃に似たオブジェを形作って元素の魔弾を放ち、殺到する屍虫の群を阻む。


 火弾【灼熱(ブレイズ)】。

 氷の矢【冷気(フリーズ)】。


 雷弾【閃雷(スパーク)】。

 石弾【岩裂弾(マイン・ブレス)】。


 銃器携帯/発砲許可証シューティング・ライセンスなど持たぬ魔術結社のデーモンも、術者がイメージした凄まじい銃技を魔弾による射撃に応用することはできる。

 しかも敵が殺到する廊下の幅には限りがある。

 だから的確に放たれる魔弾が敵の足元を射抜いて威嚇し、脚を穿って転倒させ、後続の進行を阻む。


 その隙に萩山本人もギターを奏でて新たな術を行使する。

 小柄な2体のボディーガードの頭上を飛び越えて巨大な火の玉が、続けざまに氷塊が敵の後続の真っただ中に炸裂する。

 周囲の熱を凝縮させた【地獄の爆裂(ヘル・ブラスト)】はその名の如く爆発して火の粉を散らす。

 熱を奪われた寒気と水分から生み出された【堕天の落氷(アイス・フォール)】も着弾と同時に破裂し、鋭く尖った氷の破片で周囲の屍虫を切り刻む。


――繋がれた愚かな人間どもを!

――悪魔の力に染めるため!


 だが何匹かは悪魔術による猛攻すら凌ぎ、カギ爪を振りかざして2人に接敵する。


「しまった!? チャムエルさん!」

「ふふ、問題ありませんよ」

 チャムエルがかざした掌の先に、ひと振りの巨大な剣があらわれる。

 即ち【鋼鉄の舞(スティール・ダンス)】。

 自身の鎧を形成する【機械の装甲(ギアーズ・アーマー)】と同様に魔力で創造した鋼鉄の刃。


 だが高等魔術師はそれを手に取ったりはしない。

 代わりに思念によって剣を操り、近づく敵の急所を的確に貫く。


 周囲の数匹は、貫かれた仲間を背にチャムエルたちに肉薄する。

 それでもチャムエルは笑みを崩さない。

 次いで火星の第7の護符を掲げ、剣を鉄の破片にして周囲に放つ。

 即ち【鋼鉄の片刃(メタル・シャード)】。

 高等魔術師に近づいた敵は、真横から貫かれて吹き飛ぶ。


 チャムエルは、なおも生き残った数匹に向かって太陽の第3の護符を突きつける。

 蛍光灯に照らされた鎧の輝きが無数の光弾となり、生き残った敵に降り注ぐ。

 誘導する光弾の術【光の魔弾(マジック・ミサイル)】。


「他愛もないですね」

 チャムエルは笑う。

 だが、すぐに表情を引き締める。


 複数の増援だ。

 今度は背広を着こんだ脂虫の集団。

 その手には方天画戟。


――王も貴族もデタラメばかり!

――自分の嘘に縛られて!

――真実なんて語れやしない!!


「チャムエルさん! 行ってください!」

 ギターをつま弾きながら萩山は笑う。


「ひとりでいけますか?」

「大丈夫っす。群れ成す雑魚の相手は悪魔術の十八番っす!」

「ふふっ、それでは頼みましたよ」

 口元に笑みを浮かべ、矢継ぎ早に呪文。

 途端、かざしたチャムエルの左右それぞれの掌から漆黒の球体が放たれる。

 強力な重力場の砲弾を放つ【重力の槍(グラビティ・スピア)】の魔術。

 高等魔術師の行く手をふさぐ脂虫どもは重力の砲弾に吸い寄せられ、巻きこまれて引きずられながら左右の壁に激突した重力砲弾といっしょに壁に叩きつけられる。


 チャムエルは次いで【鋼鉄の舞(スティール・ダンス)】を施術。

 宙に浮かんだ2本の剣は、壁に張りついた脂虫どもを容赦なく切り刻む。

 そうやって無理やりに空けた廊下を、チャムエルは素早く駆け抜ける。


 そんな彼女の背中を、萩山は横目で見送る。

 体のラインそのままの甲冑に覆われた細い背中を見やって笑う。


――騎士も勇者も身勝手な奴さ!

――力と名誉に酔いしれて!

――他人の痛みなど知りやしない!!


 残る脂虫どもは屍虫の残骸を踏み越えて萩山に殺到する。

 去ったチャムエルへの追撃を諦めたか。

 槍を手にし、同じ顔をしたくわえ煙草の脂虫どもがいやらしく笑う。


 対する萩山はギターをかき鳴らす。

 途端、黒皮のコートをまとった悪魔術師の身体から無数の火弾が放たれた。

 即ち【爆熱の雨ブラスティング・パワー】。

 大量の【灼熱(ブレイズ)】を斉射する悪魔術。


 脂虫どもを火弾の群れが焼き尽くす。

 仲間を盾にして生き永らえた数匹も、2体のアークデーモンがたちまち射殺する。


 脂虫どもは槍の力で再生する。

 だが萩山のギターは止まらない。

 そして魂のシャウト。リフレイン。


 爆発する火球が、氷塊が次々に放たれる。

 風を操る【致命の斬風(ヴォーパル・ブレード)】により周囲の空気が刃と化して切り刻む。

 さらに稲妻を象ったギターから輝く雷球が飛ぶ。

 こちらはエレキギターを意図的にショートさせた過電流からの【堕天の落雷(サンダー・フォール)】。

 攻撃魔法(エヴォケーション)の猛攻は、敵が再生する順に粉砕する。


 チャムエルを先に行かせ、単身で奴らに立ち向かった勝算の由来だ。


 奴らは無尽蔵に再生する。

 だが悪魔術師も、ロックによって無限に魔力を生み出し攻撃魔法(エヴォケーション)を行使できる。

 何故なら歌による高揚は魔力の源だ。

 だから萩山は歌い続けるだけで勝利できる……はずだ。


 萩山も舞奈との戦闘を経て、【協会(S∴O∴M∴S∴)】の術者として修練を積み、そのくらいの判断ができる程度には成長していた。


――神も坊主もボンクラ揃い!

――象牙の塔に引きこもり!

――下々のことなど見もしない!!


――DEMON LOAD!! AWAKEN FORCES HERO!!


「――俺のコピー脂虫どもが!? おいてめぇ! 俺のナワバリで何してやがる!?」

 廊下の奥から怒声。


 見やると、金髪の豚が走ってきた。

 正確には豚みたいに醜く肥え太った団塊男。

 くわえ煙草に、濁って血走った双眸。

 頭上には脱色に失敗したような汚いヤニ色の金髪。


「ちょっと見張りで目を離した隙に、好き勝手しやがって!!」

 子供の癇癪のように憤慨する。

 まったくいけ好かない豚だと萩山は思った。

 特に地毛を粗末に扱うところが気に入らない!


 そして、気づいた。

 奴は屑田灰介。

 事前の情報で聞いていた、一連の事件の首謀者である道士のひとりだ。


「俺の落ち度になっちまう! 糞! どいつもこいつも俺様の邪魔しやがって!!」

 走りながら符の束を取り出し、まき散らす。

 そして嘯。

 途端、それぞれの符は火矢と化し、ロッカーめがけて降り注ぐ。


 即ち【火行・多炎矢ホシン・ドゥオアンジイアン】。

 先ほどの萩山が脂虫の群を一掃した【爆熱の雨ブラスティング・パワー】と同等の妖術。

 だが萩山は慌てずギターをかき鳴らし、


「守れ! ルキフグス!」

 叫ぶと同時にアスベストの天井が剥がれ、カーテンになって火矢を防ぐ。

 即ち【堅岩甲(クラッグ・クローク)】。

 岩石のデーモンが硬化に使うこの術は、そもそもは大地を操る防御魔法(アブジュレーション)だ。


 さらに風に乗って後退しつつ火の粉を防ぐ。

 こちらはアドラメレクの力を借りた【風乗り(ウィンド・ボーン)】。

 かつて相対した明日香のように二段構えの防護で敵の術を防ぎながら、


「あいつを倒せ! アークデーモン!」

 ギターをかき鳴らしつつアークデーモンに命ずる。

 小柄な少女を象った2体のデーモンが何発もの魔弾を叩きこむ。

 次いで舞奈に似た精悍な顔を屑田に向け、細く小さな精霊の言葉で何かを囁く。


「おっ! おっ!! お前は! あのときの!!」

 屑田は挑発に負けたらしい。


「なら、てめぇを先にアートにしてやる!」

 取り出した符を放って、嘯。

 符は火の玉となってアークデーモンめがけて飛ぶ。

 即ち【火行・炸球(ホシン・ジャチユ)】。

 それを続けざまに3発。


 だが2体のデーモンは口元に笑みすら浮かべながら、火球を事もなげに回避。

 次いで反撃代わりに魔弾を撃ち返す。


「くそっ!」

 屑田はそれを、取り出した符を【火行・防衣(ホシン・ファンイ)】に変えて防ぐ。

 その一方で屑田が放った3発の火球は空しく壁に当たって爆発する。


――神も王も勇者もみんな叩きのめして!

――我が足元にひれ伏させてやる!


 そんな攻防を見やりながら萩山は口元を歪める。


 一見すると有利な状況。

 だがアークデーモンの活動限界が近づいている。

 2体のデーモンが放つ魔弾の材料は、デーモン自身を形作る元素の魔力だ。

 そして何より、コアになっている屍虫がこれ以上もたない。

 機敏で有能なデーモンは、志門舞奈に似ているが所詮は姿を模しただけの偽物だ。

 その中身は四肢を切断して【屍操り(ゾンビー・ゾンク)】で操っている屍虫に過ぎない。


 もう一度、作り直すか?

 幸い萩山は屍虫や脂虫の群を蹴散らしたばかりだ。

 使えるものも1体くらいはあるかもしれない。


 だが死体の目利きは専門外だ。

 その1体をのんびり探す余裕はない。

 それに加工する手段もない。

 悪魔術師の萩山には、チャムエルみたいにワイヤーで切断する手札はない。

 風の刃【致命の斬風(ヴォーパル・ブレード)】で切り刻む?

 だが扱いやすいが軽い風で切断は困難。少なくとも今の萩山には無理だ。


 あるいは機に乗じて畳みかけ、一気に片を付けるか?

 悪魔術師として、萩山には必殺の大魔法(インヴォケーション)地獄の爆発(ヘルボム・バースツ)】という切り札がある。


 だが、あの術が成功したのは魔力を暴走させた際に無意識に使った1回だけだ。

 今ここで、確実に使える保証はない。


 もちろん失敗すれば勝算はない。


 今度の敵は舞奈たちとは違う。

 敗北は、すなわち死と同義だ。

 彼らが負ければ音楽そのものがそうなるように、彼自身は敵に殺されて終わる。


 ならば以前に舞奈や明日香と戦ったときみたいにデーモンを大量召喚するか?


 だが、それより戦場において大事なことを、萩山は失念していた。だから――


――本当のことを言ってやる!


「――!?」

 不意に足をつかまれた。

 慌てて逃げようとして転ぶ。


 見やると先ほど倒したはずの脂虫が、萩山のブーツに爪を立てていた。

 その逆の手には方天画戟。


 完全にとどめを刺し損ねていたのだろう。

 だから槍の力で再生し、萩山が油断した隙に反撃に乗じたのだ。


 萩山は己が未熟さを呪った。

 戦闘の最中、思考に沈むべきではなかった。

 何故なら敵は常に動いて、彼の命を狙っているのだ。


 実戦はコンサートとは違う……否、ある意味で同じか。

 聴衆の熱気を感じられなければ最高のライブはできないように、戦場では感覚を常に研ぎ澄まして敵の動向を察していなければ見えない場所から襲われて死ぬ。


――貴様らに痛みを教えてやる!


 空気を振動させる【風歌(ウィンド・ウィスパー)】が歌を紡ぎ続ける。

 その残滓を起死回生の術に繋げようと、必死にギターを構えてつま弾こうとする。


 だが無情にも、脂虫は槍でギターを突く。

 稲妻を象った特注品のギターは槍に貫かれて中身をぶちまける。


「俺のギターが!?」

 思わず叫ぶ。


 だが得物を気にしている場合ではなかった。

 屑田を相手していたデーモンの片割れが、稲妻を放って脂虫を穿つ。

 脂虫は痺れて動けなくなる。


 萩山は脂虫を蹴り飛ばして距離をとる。

 サングラスが落ちて割れるが、それどころじゃない。


 なぜなら次の瞬間、2体のデーモンが同時に崩壊した。

 限界が近かったことに加えて萩山はギターを失い、集中をも欠いた。


「やったぞ! ぶち壊してやった!」

 屑田は吠える。そして、


「ハハハハハ! 次はお前の番だ!!」

 嗜虐的に笑いつつ、手にした符を剣に変える。

 即ち【火行・作炎(ホシン・ゾアン)】。

 金髪の豚は燃え盛る剣を振りかざしながら、ゆっくり萩山に歩み寄る。


 だが今の萩山には逃れる術も、防ぐ手段もない。

 ギターがなければ術は使えない。

 それに舞奈のような身体能力もない。


 腰にはチェーンといっしょにサイドアームのハーモニカを提げてはいる。

 だが今の萩山にそれを抜いて施術する余裕はない。

 だから成す術もなく目を見開いて、松明のような死の炎を見やる。


 脳裏を先ほどまで側にいたチャムエルの横顔がよぎる。

 ずっと彼女に憧れていて、ようやく隣にいられるようになったのだ。


 再会したばかりの舞奈、明日香、いつか成り行きで救った少女たちの笑顔がよぎる。


 最後に学生時代から淡い思慕を抱いていた担任教師の面影がよぎる。

 その表情が泣き顔になって――


――俺様が世界を変えてやる!!


 屑田は萩山の身体を両断した。


「ハハハ良い様だ! 俺はアーティストだ! 俺様の邪魔をする奴はみんな灰だ!!」

 豚は残虐な笑み浮かべて哄笑する。


 ……その目前で、ひょろ長いロッカーの姿は風船が爆ぜるみたいにはじけて消えた。

 跡には妖しく輝く色彩の槍が残された。


「……ああ?」

 屑田は訝しむ。次の瞬間、


「!?」

 槍が不意に飛んだ。


 鋭い色彩の槍が無慈悲に屑田の胸をえぐる。

 彼を守っていたはずの炎の衣は小さなハート形の欠片になって霧散していた。

 だから直撃だ。


 手にした炎剣が、符に戻って燃え尽きる。


「え? 何……が……?」

 屑田が目を見開いて見やる視界の端。

 そこに空気から滲み出るように、2つの影があらわれた。

 ひとりは屑田自身と同じくらい呆然とした萩山。

 そして、もうひとりは、


「ウィアードテール! デビュー!」

 ドレス姿でポーズを決めた、小柄な少女だった。


 ポーズにあわせてリボンで結ったポニーテールが可愛らしくゆれる。

 まとっているのは黒とピンクのビビットなドレス。

 手にはファンシーな装飾の施された小さなステッキ。

 肩には極彩色のハリネズミ。


 そう。

 それは反撃する幻影の魔術で萩山を救った、神話怪盗ウィアードテールだった。


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