足止め ~戦闘魔術&ヴードゥー&銃技vs宝貝
楓と紅葉が梨崎蔵人を守り、死塚不幸三と激戦を繰り広げていたのと同じ頃。
校舎の裏にひっそり開いている業者用の搬入口へと向かいながら、
「あの作戦に、本当に引っかかるとは思わなかったよ。泥人間じゃないんだ」
舞奈はやれやれと苦笑する。
側には委員長と明日香、おまけにクレアとベティまでいる。
こちらが彼女を『Joker』に送り届けるための護衛部隊の本命だ。
一行は、まばらに車が並んだ人気のない簡易駐車場を警戒しながら歩く。
無論こちらの搬入口にも警備員はいる。
校門の警備員室にもクレアたちとは別のチームが詰めている。
だが、だから校内は安全だと油断するようでは護衛は務まらない。
現に『もうひとりの』委員長が先ほど無事に誘拐されていったばかりだ。
校門前に委員長に化身した楓を目立つように立たせて誘拐させる。
それは既定の作戦だった。
情報漏洩を警戒して校門横で待ち合わせる方向で話を進めていたら、委員長が本当に行ってしまった。なので呼び戻す必要が出てきた。
まあそれは良いのだが、
「だいたい委員長を、みゃー子なんかに呼びに行かせたのは誰だよ」
「貴女よ」
愚痴る舞奈に明日香は冷たい声で答える。
首尾よく委員長を連れ戻したみゃー子。
だが何を思ったか、彼女を連れたまま学校中を走り回ったのだ。
舞奈はそれを追いかける羽目になった。
おかげで委員長も舞奈も無駄に疲労した。
それに時間も無駄にした。
今やライブの時間ギリギリだ。
その上さらに、いつの間にか本人はいない。
本当にみゃー子はロクなことをしない。
「けど、まあ、敵が委員長のスケジュールを把握してたなら裏をかいたことになるわ」
「悪い意味でな」
妨害されるまでもなく自発的に間に合わなかったら意味ないだろう。
やれやれと肩をすくめつつ、携帯片手の明日香を見やる。
社会人みたいに『Joker』に遅れそうメールをしていたらしい。
そんな彼女に苦笑した、次の瞬間――
「――!!」
委員長を抱えて跳ぶ。
同時に銃声。
2人の残像を何かが射抜き、脇に停めてあった乗用車のボンネットに穴が開く。
「残念ながら、そうでもなかったらしい」
ひとりごちつつ、驚く委員長を支えながら立ち上がる。
逆の手には硝煙を立ち昇らせた拳銃。
少し離れた別の車の陰で何かが崩れ落ちる。
「……糞ったれ、園香たちを別に行かせて正解だったよ」
首尾よく敵の出鼻をくじけた勝因は、人並外れた動体視力だけじゃない。
相手は無駄に待たされて集中力を削がれ、舞奈は気が立っていた。
面白くもなさそうに口元をへの字に曲げる舞奈に、
「それだけ相手も必死だということでしょう」
軍用拳銃を構えながらクレアが答える。
「ま、こっちもお楽しみっすね」
「楽しめねぇよ」
ベティも小型拳銃を抜く。
明日香も渋面で小型拳銃を抜く。
どうやら搬入口の警備員は、怪異の侵入を阻止できなかったようだ。
強行突破された風でもないのが不幸中の幸いか。
油断なく構える一行の目前に、車の陰から若い男の集団が跳び出した。
「……何だこいつら?」
舞奈はあからさまに不審げに襲撃者を見やる。
男性アイドルだと言われても納得できる甘い顔立ち。
だが舞奈はアイドルの顔形なんて知らない。
それ以前に全員が寸分違わず同じ顔で、不気味なんてものじゃない。
何より奴らは火のついた煙草をくわえ、密造拳銃を構えている。
先ほど倒したひとりも同類だろう。
一斉攻撃の機会を狙っていたらしい。
「ったく、時間もないのに」
ひとりごち、
「突破するしかねぇか。さてどうやって――」
包囲の隙を見つけようとした途端、舞奈の頭上に不意に影がさした。
と思った次の瞬間、
「――うわっ!?」
降ってきた何かが優男の男性アイドルどもを蹴散らした。
機に乗じてクレアとベティ、明日香が素早く動く。
舞奈は偶然を装って委員長の視界をふさぐ。
鋭い銃声。
たちまち優男どもは倒れ伏す。
ベティはひとりの胸ぐらをつかみ、面白がって顔面をボコボコに殴りまくる。
そして舞奈たちの側に立っていたのは、
「メェ~~!」
6年生が飼育しているヤギだった。
ヤギは横向きの目で舞奈を見やってニヤリと笑う。
「……乗れって言ってるのか?」
舞奈と委員長の前で身をかがめたヤギを見やって首をかしげる。
もうひとりのSランクの差金だろうか?
たしかケルト呪術にも動物との会話の技術があったはずだ。
だが躊躇は一瞬。
「お言葉に甘えようぜ!」
委員長をヤギの背に乗せ、その後ろに自分も飛び乗る。
何故なら、離れた場所に潜んでいたらしい他の脂虫どもがやってきた。
こちらも型をとって量産したような同じ顔の優男。
だが、まともに相手をするのは厳しい人数。
しかも手に手に槍を持っている。
頭蓋骨と長い毛で装飾された不吉な長槍。
方天画戟。
脂虫の身体を虫へと変容させ、そして再生させる邪悪な宝貝。
なるほど銃で仕留め損なったら、再生能力を駆使して足止めする算段らしい。
今の舞奈たちにとって時間は貴重だ。
ライブが終わるまでに委員長が『Joker』に到着しなければアウトなのだから。
オーナーが間を持たせてくれることに期待するにしても限度がある。
「これを持っていって!」
「おっ、気が利くな!」
明日香は舞奈にドッグタグを投げよこす。
舞奈はそれを、委員長を支えたまま器用に受け取る。
その瞬間、舞奈が乗ったヤギの周囲を微弱な斥力場が覆う。
即ち【力盾】。
あくまで簡易的な施術なのと、タグに焼き付けられる魔力の制限のせいで、正直なところ強度も持続時間も心ともない。
銃を持った相手に対しては気休めにしかならないだろう。
だが気休め程度の効果があるのも事実だ。
「すぐに追いつくわ!」
「ご武運を!」
「メェ~~!!」
明日香たちの声を背に、ヤギは行く手を阻む優男のひとりを前足で蹴る。
男は粉砕された顔面を押さえて地を転がる。
そんな様子を尻目に、2人を乗せたヤギは一目散に駆け去った。
それを槍を構えた別の男たちが追おうとする。
集団でヤギを追うその様子は珍妙で、二重の意味で付近に人がいなくて幸運だ。
そんな男たちを世界から隔離するように、周囲の風景が変容した。
アスファルトの地面に無数のパイプが這い広がる。
向かいの民家が機械と臓物が混ざり合った金属質のオブジェと変す。
通りを這い回るパイプや蛇腹の合間で何かが脈打つ。
その合間に金属質な髑髏が浮かぶ。
即ち【拠点】。
戦闘魔術による結界創造の大魔法。
明日香の手の中で、小さな欠片が光の粉と化して消える。
小頭に焼き付けられる魔力はドッグタグより多いが、戦術結界の創造に用いた場合は強度や持続時間に難のある簡易的な施術にしか対応できない。
それでも戦闘魔術師と2人の傭兵が、再生する優男の脂虫を殲滅するには十分。
「さっすがボス! 仕事が早いっすね」
「ですからボスはやめてくださいと」
軽口に明日香が答えると同時に、銃声。
傭兵たちが新手に小口径ライフル弾のシャワーを浴びせたのだ。
優男どもは全身に風穴を開けながら倒れ伏し、吹き飛ぶ。そして、
「へい、気をつけます。ボス」
「明日香様、おまたせしました」
ベティとクレアはそれぞれ明日香の左右に立つ。
長身のベティの手には、内臓のように曲がりくねったアサルトライフル。
金髪のクレアは銃剣付きのアサルトライフルを構える。
背には手製のバックパックで背負われたグレネードランチャー。
そんな2人を横目に明日香は笑う。
2人の長物は、ヴードゥー女神官であるベティの大魔法で運ばれた。
即ち【蔵の術】。
結界創造の僅かな隙に、ベティも少ない手札を堅実に行使していた。
そんな2人が着こんだ警備員の制服の袖には桔梗印をあしらった社章のワッペン。
胴には同色のソフトアーマーを着用している。
彼女らは民間警備会社【安倍総合警備保障】から学園に派遣された警備員だ。
だが怪異が絡む有事の際には積極的な武力介入も容認されている。
もちろん、同社の社長令嬢である明日香の指揮の元での戦闘も。
そんな3人の目前で、優男どもが立ち上がる。
銃弾の嵐を浴びた衣服は脂色の体液にまみれてボロボロだ。
だが、その下の生白い身体は無傷。
代わりに額からは、先ほどまではなかった蛾のような触角がのびている。
邪悪な宝貝の槍、方天画戟の能力によって再生したのだ。
ヤニ臭い優男どもは、完全に破壊されるまで槍に修復されながら襲ってくる。
まるで映画に出てくるゾンビのように。
それでも明日香は、その部下たちは笑う。
「ちょびっと数が減ってるっすね」
「そのようですね」
「ええ、今ので1割ほどは振り落とせたようです」
目の良いベティ、観察力に優れたクレア、それに明日香も見抜いていた。
この同じ顔をした優男ども。
彼らは復活の宝貝、肉人壺の能力を応用してコピーされた複製品だ。
中でも粗悪な複製は方天画戟の能力を上手く引き出せず、比較的容易に破壊可能だ。
それよりマシなものも、より強力な攻撃からは再生できない。
相手が死ぬまで殺し続ける。
それが偽りの不死者に対する王道とも言うべき対処法だ。だから、
「一気に片をつけます」
「はい、ボス!」
「了解!」
指示しつつ、明日香は掌を地に向ける。
真言を唱えて1語の魔術語で締める。
すると足元から重力場の黒い光が放たれる。
そこから出現した小振りな錫杖を手に取り、
「ハヌッセン・文観」
偉人の名を唱える。
錫杖の柄がのび、背丈ほどの長さになる。
先端の髑髏を囲う輪形に通された16個の遊環が、シャランと鳴る。
戦闘魔術師が用いる聖なる杖、双徳神杖。
明日香は双徳神杖を優男どもに向け、更なる真言を魔術語で締める。
途端、杖の先端から、みぞれ混じりの吹雪が吹き出す。
人工の吹雪を放つ魔術【冷気放射】。
恐るべき冷気の奔流が脂虫どもの足元を凍らせ、動きを止める。
敵は身動きのとれぬまま冷風に晒され、凍りつく。
そんな犠牲者たちの何匹かを、吹雪に混じった氷塊が粉砕する。
その頭上から、数発の砲弾が落下する。
連なる爆音、爆風。
クレアのグレネードランチャーだ。
砲弾は優男どもの真っ只中で爆発し、半ば凍った身体を粉々に破壊する。
その上さらに、
「雷嵐のシャンゴよ、力をお貸しくださいませよ!」
ベティがささみスティックを天に掲げ、叫ぶ。
次の瞬間、ささみは消え去る。
代わりに天から幾筋もの稲妻が降りそそいで、優男たちを打ち据える。
即ち【雷雨の術】。
呪術による落雷【雷の術】をまとめて引き起こす術だ。
凄まじい砲撃と攻撃魔法の猛攻。
凍らされ、爆破され、雷に打ち据えられ、優男どもは形も残さず砕け散る。
瞬時に限界を超えた方天画戟がまとめて圧し折れる。
それでもなお、
「これでも生き残る相手がいましたか……」
グレネードランチャーを構えたまま、クレアは苦々しくひとりごちる。
その目前で、1匹の優男が槍を手にしてゆらりと立ち上がった。
他の再生する同類を破片と化した猛攻を受けてすら。
おそらくは方天画戟の能力を最大限に発揮できる、最高のコピー脂虫。
奴を葬り去るには、今以上のダメージを与えなければならない。
それに劣る打撃をどれほど加えようと、奴の触角をのばすだけだ。
「ボス、他に何かないんすか? ほら、鳩時計みたいに便利な付与魔法とか」
軽口を叩くベティを睨みつける。
ライバルの鷹乃を引き合いに出されて少し腹が立ったのは事実だ。
それに、今以上にパワーのある手札は【雷嵐】くらいしかない。
だが無駄な浪費は避けたい。
蔓見雷人との対決を控えた今、戦闘後にドッグタグを補充する時間はない。
そう考えて、ふと思いつく。
「2人とも長物の準備をお願いします。クレアはL95を」
「了解」
「はいボス!」
明日香は再び2人に指示し、続けざまに真言を唱える。
熱と炎を司る不動明王の咒。
そして「兵站」と魔術語で締める。
すると素早く持ち替えた2人の得物に炎の魔力が籠る。
ベティのアサルトライフルに、クレアのアサルトライフルに。
それは以前にあずさを襲った長屋氏を葬った【燃弾】――
――否。魔術師が本来は不得手な付与魔法の魔力が籠るその先を、弾倉ではなくその中の1発の実包、その先端に位置する弾頭のみに収束させる。
「シングルショットで確実に命中させてください」
「「了解!」」
傭兵たちが狙いを定める僅かな隙に、真言を念じて魔術語で締める。
不可視だが強固で鋭い斥力場の杭が優男の胴を穿つ。
即ち【力砲】。
だが生白い腹に空いた風穴は、じゅるじゅると不気味な音を立ててふさがる。
同時に脂虫の額から生えた触角がのびる。
荼枳尼天の咒の反動である肉体的な疲労に耐えつつ、さらに砲撃。
2発目の不可視の砲弾と同時に、2発の弾丸が同じ場所を穿つ。
クレアもベティも熟練の傭兵だ。
まあベティは狙いに多少の難があるとはいえ、この距離でなら必中だ。
だから次の瞬間、爆発。
否、大爆発。
先ほどの猛攻を一か所に集めたような、何かの工事のように統制された破壊音。
離れていてすら吹きつける熱風。
2発の弾丸は命中と同時に、凄まじい爆発を引き起こしたのだ。
即ち【炎榴弾】。
本来ならば弾倉内すべての弾薬に行き渡る炎の魔力を1発の弾丸に収束させる魔術。
その結果、命中した弾丸の威力は会心の【火球・弐式】を凌駕する。
そんなものを2発も食らわせたのだ。
しかも完全体すら破壊した【力砲】と同時に。
如何に最高のコピー脂虫が持った方天画戟をもってしても、再生など不可能。
だから最後の優男も木端微塵に粉砕され、圧し折れた槍の周囲に散らばった。
同時に戦術結界も解除される。
魔力枯渇により構造を維持できなくなったのだ。
正直なところ、割と際どい戦闘ではあった。
「やったっすね! ボス!」
「お見事です」
「ですから、ボスはやめてくださいと!」
軽口にいい加減キレ気味に返しつつ、だが明日香は不敵に笑う。
付与魔法を弾頭に収束させる妙技。
それは来るべき決戦に備えて準備していた奥の手の礎となる技術だ。
それに明日香は気づいていた。
方天画戟を装備したコピー脂虫の集団。
奴らを操っていた何者かが舞奈の行く先にいると。
それでも舞奈は、委員長は、己が使命を完遂してみせると信じていた。
その一方、先を急ぐ舞奈と委員長、そしてヤギは、
「こっちの道を行ってくれ」
2人を乗せたまま向きを変え、ヤギは指し示した人気のない路地に駆けこむ。
多分に混乱しながらも、委員長は舞奈のとっさの判断に感心した。
人通りが少なければ無関係な人々への被害を抑えられる。
加えて障害物や動くものが少ないほうが、襲撃者を見つけやすく対処しやすい。
いつか父親が語っていたが、自分には関係ない知識だと忘れかけていた緊急時の心構えを、舞奈は当然のように実践してみせた。
そして冷静な父のことを考えたせいで、自分自身も少し落ち着けた気がした。
それに背後から自分を支える二の腕と胸板の逞しさに、子供が親の腕の中に守られるように安心できたのも事実だ。そんな舞奈は素知らぬ様子で、
「……うちの学校の6年生は、こんなスーパー生き物の世話してやがったのか」
ひとりごちて笑う。
ヤギは気持ちよさそうに夕暮れの路地を駆ける。
舞奈ですら驚くほどのスタミナだ。
そして今さらながら気づいた。
本番前の委員長に、銃声なんか聞かせて大丈夫だったのか?
彼女は普通の小5の女子だ。委縮などさせたら演奏に差し支える。だが、
「ライブハウスにヤギに乗って行くなんて、少しロックなのです」
「……そりゃ良かった」
普段なららしくないと思うような委員長の言葉に、思わず笑う。
肝が据わっているのか。
あるいは音楽への情熱の前には、命の危険程度は些事なのか。
彼女の内心など知る由もない舞奈は、委員長が大物なのかもしれないと思った。
互いにそんなことを想いつつ、それ以上の襲撃はないまま2人と1匹は到着した。
目的の場所――『Joker』へ。