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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第14章 FOREVER FRIENDS
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それぞれの戦いの後

「昨日の爆発は、小夜子さんたちが原因だったのか」

「別にわたしが爆発させた訳じゃないわよ」

 舞奈の言葉に、憮然とした表情で小夜子が答える。


 ししおどしがタンと鳴る。


 チャビー宅に不審者が侵入し、小夜子たちが完全体と戦った翌日。

 日曜なのを幸いに、舞奈たちは朝から九杖邸に集っていた。


「内緒にしててごめんなさい」

「そう恐縮せんでくれ。守秘義務がある作戦だったんだろ」

 サチの言葉に、ちゃぶ台に並んだ皿から桜餅をつまみつつ舞奈は答える。


 先日、新開発区で起きた爆発。

 それは統零(とうれ)町のとある施設でおきたガス爆発だと報道された。

 だが実際は【ブリューナクの炎槍サモン・ニュークリア・ミサイル】――ケルト魔術の大魔法(インヴォケーション)によるものだ。


 Sランクの仕事人(トラブルシューター)にすら伏せられた先日の作戦。

 その目的は新開発区の奥地に住まう、異常発生した泥人間の排除だった。


 しかも【機関】は、泥人間どもの背後に何かがいると把握していたらしい。

 派遣されたのは小夜子たちAランクの術者/異能力者のみで構成された精鋭部隊。

 さらに敵が小夜子たちの手に余ることすら想定し、保険をかけていた。


 だから完全体と対峙した小夜子たちは素早く撤退した。


 そしてSランクが大魔法(インヴォケーション)による核攻撃を行った。


「そいつが悪魔術と道術を使う完全体だったってのは、確かなのか?」

「ええ。舞奈ちゃんたちが言ってたみたいにギターを弾いて呪術師(ウォーロック)の術を使ったわ」

「それに【狼気功(レアンチィーゴンズ)】で強化して【木行・多叶矢ムシン・ドゥオイェジイアン】を撃ってきた」

「道士としては木行なのか」

 サチと小夜子の言葉に、舞奈はむうと口元を歪める。

 加えて倒した後は完全体にまで変化したのだ。欲張りにも程がある。


「まさか泥人間に、大魔道士(アークメイジ)があらわれるなんて」

 側の明日香が憮然とした表情でひとりごちる。


「なんだいそりゃ?」

「魔術と呪術と妖術、そのうち2つ以上の技術を同時に会得した術者のこと」

 舞奈の問いに、面白くなさそうに答える。

 小夜子とサチも無言で頷く。術者の間では割と知られた概念なのだろう。


「複数の魔法技術を組み合わせ、柔軟かつ強力な施術が可能よ」

「そいつは厄介だ」

 舞奈は再び口元を歪める。

 聞いただけでも厄介だ。


 呪術師(ウォーロック)は周囲の魔力を操作する。

 妖術師(ソーサラー)は自身の身体に魔力を集積させる。

 魔術師(ウィザード)は魔力を創造する。

 その技術を組み合わせれば、普通の術者にはできないような無茶も可能となる。


 たとえば6大のエレメントを用いた強力な呪術が厄介な悪魔術士。

 その弱点は守りの弱さだと舞奈は思っていた。

 だが小夜子たちが相手した大魔道士(アークメイジ)とやらは、弱点を道術で補った。


 逆の見方をすれば、道術を使う泥人間は強力だが希少なわけではない。

 先日も1匹、登校のついでに屠ったばかりだ。

 奴らは普通の泥人間よりは強いが、手札が限定されるため付け入る隙は多い。

 だが、それに加えて多彩な術を内包する悪魔術を会得したなら話は別だ。何より、


「わたしが知ってる限り、この界隈の大魔道士(アークメイジ)は【組合(C∴S∴C∴)】にひとり、支部にひとり」

「……そいつは、もうひとりのSランクのことか?」

「ええ」

 明日香の答えに、今度は露骨に顔をしかめる。


 つまりSランクに相当する泥人間の術者なんてものが、出現したことになる。

 なるほど【機関】上層部があれほど恐れていたSランクを引っ張りだして、核攻撃などさせたのにも納得がいく。


 正直なところ【虐殺する火(トレトルミクティア)】も、その名の通り問答無用な大暴虐が可能な術だ。

 だが、そんな術を操る小夜子ですらAランクなのだ。


「けど、まあ、その件は一旦それで片付いたんだろうな」

「ええ」

 舞奈の言葉に明日香は納得こそしないまでも、うなずいてみせる。


 滓田妖一の件で完全体を何体も屠った2人だからわかる。

 奴らは硬い身体と施術能力を兼ね備えた強敵だが、核攻撃を防ぐほどの力はない。


 問題なのは、泥人間を完全体へと変えらる術が、脂虫を三尸に変えてその記憶と魔力をコピーする術の上位に相当するものだということだ。

 小夜子たちを襲った泥人間の悪魔術士/道士――大魔道士(アークメイジ)は再びあらわれる。

 それでも奴の復活は、もう少し先の話になるはずだ。


 だから今は、それより――


「それよりチャビーが心配してたぞ」

「わかってるわ」

 続く言葉に、小夜子が不機嫌そうに答える。


 側に居た大事な人が、夜半に前触れもなくいなかった。

 それはチャビーが兄を失った時と同じ状況だ。

 それが【機関】の作戦によるものだということも。


 ただ小夜子たち――あるいはポークたちは当時の陽介たちより少しだけ賢明だった。

 彼ら彼女らが生き残れた理由は、それだけだ。


「今日は適当な理由を作って、千佳ちゃんの家で晩御飯をご馳走になる予定」

「それがいい」

 その答えに舞奈は笑う。


 小夜子の親御さんたちも、共働きで共に帰りが遅い。

 そして正直なところ、子供と向き合う余裕がないのではないだろうかと舞奈は思う。

 かつてのチャビーと陽介のご両親の両親のように。


 そんな内心を誤魔化すように、


「なあテック。そいつの表の顔が誰だったのかわかるか?」

 小夜子のパソコンを拝借していたテックに問いかける。


 完全体は、魔力を高めた泥人間の道士が転化する。

 そのために奴らは人間の顔と記憶を奪い、利用しなければならない。

 泥人間を大魔道士(アークメイジ)へと導いた表の顔が誰なのか、少しばかり興味がある。だが、


「……無茶言わないでよ」

 テックは身も蓋もなく答えた。

 まあ、それはそうか。


「代わりと言っちゃ何だけど、ゾマに付きまとってた不審者が捕まったみたい」

「おっ、そりゃ朗報だ」

伊或(いある)町の郷田さん宅……って、桜の家に忍びこもうとしたそうね」

「園香の家に人が増えたからチャビーの家、それも失敗したから桜の家ってことか?」

「節操のない……というか元気な犯人ね」

 舞奈と明日香は顔を見合わせて苦笑する。

 園香やチャビーの家のある讃原(さんばら)町と、伊或町にはそれなりの距離がある。


「というかその野郎、チャビーん家で、ネコポチが八つ裂きにしたんじゃないのか?」

 舞奈は訝しむ。


 あの後、呪術で猫と会話できる紅葉がネコポチから聞き出したのだ。

 飼い主の部屋に忍びこんだ不埒物を、子猫は大能力でズタズタに切り刻んだ、と。

 その言葉が本当なら、奴には他の家に忍びこむための足はない。だが、


「紅葉さんのそれ、往生寺の弁財天がツチノコを捕まえたって言ってた術でしょ?」

「まあ、そりゃそうなんだが……」

 明日香の言葉に苦笑する。

 術のせいか猫のせいか、話が誇張されて伝わっているやもと言いたいのだ。


 まあ実際はネコポチが軽く脅したら奴は逃げて行った。

 そして場所の離れた桜の家に襲撃先を変更した。

 そう考える方が自然だろう。

 ……少なくとも、奴が2人になって讃原と伊或の双方にいたと考えるより。


 生贄を使って脂虫を再生/コピー可能な宝貝(パオペエ)――肉人壺は、あの事件で破壊された。

 あんなものが、そうそう転がっていたらたまらない。

 希少な度合いとしては……ちょうど喋る泥人間と同じくらいか。あるいは完全体と。


 まったく気に入らない。

 先日に出会った道士の覆面を、無理にでも剥いでおけばよかったと思った。


「――で、その不審者、居合わせた女子高生2人に取り押さえられたらしいわ」

 舞奈の思惑には構わず、テックが無表情に情報を読み上げる。


「桜の奴、高校生の姉ちゃんがいるっていってたなあ」

 舞奈はとりとめもない考えを中断し、


「もうひとりは奈良坂さんかな」

 ふと思いついて、思わず笑みを浮かべる。


 2人は友人なのだと以前に聞いたことがある。

 それに、あれでも奈良坂は付与魔法(エンチャントメント)のプロフェッショナルだ。

 怪異との戦闘は今一つ振るわないが、非魔法の男ひとりを捕まえる程度は造作ない。

 そんな思惑を誤魔化すように、


「桜の奴、明日は学校で大はしゃぎだろうな」

 うんざりした表情を作り、やれやれと肩をすくめてみせる。


 桜は目立つのが大好きだ。

 自宅に不審者が忍びこもうとしただなんて大事件をネタにしないわけがない。

 そんな舞奈の挙動と桜の生態に、テックは興味もなさそうに、


「犯人の情報が出てるわ」

 目前の事実を告げた。


「どれどれ」

 舞奈は言いつつ画面を見やる。

 皆も横から覗きこむ。


「長屋博吐。うちの学校のPTA会長よ」

 画面に表示された写真には、醜い顔の団塊男が映っている。

 ぬめつけるような嫌らしい目つきの彼は、なるほど女児を付け狙う輩だと言われれば納得ができる。


「……それで女児の住所をピンポイントで知ってたのね」

 明日香は不愉快げに顔をしかめる。

 警備会社の社長を親に持つ彼女は、学園の意外なセキュリティホールに少しばかり危機感を持った様子だ。

 

「それより奴の苗字、あずさを襲った犯人親子と同じだな。犯罪者に多い姓なのか?」

 そう言って笑う舞奈に、


「苗字のことはわからないけど」

 テックはマウスを操作して情報窓をスクロールさせつつ、


「こっちの長屋氏は、昔からいろいろやらかしてたみたいね」

「いろいろって?」

「定期的に女生徒を襲ったり、家に忍びこんだりしてたみたい」

「……そんな奴が、なんでPTAの会長なんかやれるんだ……?」

 舞奈は思わず苦笑する。


「知らないわ。けど学生の頃はもっと酷かったみたい」

「……これ以上、何があるよ?」

「レイプ未遂や下着泥棒、初等部の生徒への暴行の常習犯、あと徒党を組んで、当時の担任教師を流産させようとしたこともあるらしいわ」

「いやらしい人! 最低だわ」

 珍しくサチが不快感をあらわにし、


「だから、そんなのが、なんで野放しなのよ」

 小夜子もいつにも増して不機嫌そうにツッコむ。

 そんな奴が、チャビーの自室に忍びこもうとしたのが嫌なのだ。


 彼女の家は日比野邸の隣だ。

 居合わせればその場で本当に八つ裂きにできたのにと思っているのだろう。だが、


 テックは「知らないわ」と答え、


「学生時代のやらかしは未成年だからって理由で御咎めなし。成人してからの分も全部が不起訴よ。理由は証拠不十分らしいわ」

 無表情に言葉を続ける。

 もっともその声色は普段より冷たいのだが。


「ったく、雑な仕事しやがって」

 言って舞奈は舌打ちする。

 そして、ふと気づく。


 そういえばあずさを襲った長屋氏も、警察を通じて密輸品の拳銃を手に入れていた。

 そして復活の力を持つ宝貝(パオペエ)――悪の魔道具(アーティファクト)を手にしていた。

 今回の長屋氏も、同じように汚職警官と通じているのだろうか?


 そう考えて、苦笑する。

 その思いつきが本当なのか? 勘違いなのか?

 それを判断する材料は今の舞奈たちにはない。


 側で明日香も何やら考えこんでいる。

 どうやら考えていることは同じらしい。

 ……結論を含めて。だから、


「この顔、小夜子さんたちが戦ったっていう泥人間と似てたりしないか?」

「……え? 全然違う人だったけど?」

 舞奈は唐突な質問で小夜子を困惑させ、


「別にこの界隈で起きるトラブルに、全部繋がりがあるわけじゃないでしょうに」

 当の明日香にまでツッコまれた。


 そうやって日曜日の会合は何の成果も残さぬまま終わった。

 そのままサチの家で昼食をご馳走になって、皆はそれぞれ帰宅した。


 そして週明けの月曜日。


「マイちゃんも! 明日香ちゃんも! 聞いて聞いて!」

「……ああ、聞いてるよ」

「……何度もね」

 ニッコニコ笑顔ではしゃぐ桜に、舞奈と明日香はうんざりした表情で答えた。


 予想通り、クラスは桜のオンステージだった。


 可愛い自分を襲う気だったと本人が強く主張する気持ち悪いおじさんを、頼れるナイトの2人がやっつけたと身振り手振りを加えて語り続けたのだ。


 しかも休み時間のたびに。

 給食の時間を含めた昼休憩には、食べながらずっと。

 ちょっとしたスター気分なのだろう。


 しかも普段はツッコミをいれる委員長も今日は桜の奇行を容認するつもりらしい。

 つまりサルの野放しである。

 なので舞奈も明日香もテックたちも、増長しまくった桜に辟易しっぱなしだった。


 ……まあ何事もなかったのは何よりなのだが。


 だがまあ、それ以外はつつがなく1日は過ぎ、ごく平穏に放課後になった。


 今日からは園香の護衛も必要ないので、皆もそれぞれの自宅に帰った。

 舞奈も新開発区のアパートに帰った。


 そして各々が団らんする夕食時。

 統零(とうれ)町の一角にある広くて厳つい梨崎邸の大広間で、


「……ということがあったのです」

「そうか」

 梨崎親子も普段通りに夕食をとっていた。


 側にはいつもの通りにメイド服姿の使用人が控えている。

 テーブルにはローストチキンをメインにした豪華な夕食が並んでいる。


 お抱えの料理人によって外はカラリと、中はやわらかく焼きあげられたチキンを完璧な作法にのっとっていただきながら、委員長は父に一日の出来事を報告していた。

 いつもの親子の日常である。


「桜さんが無事で本当に良かったのです」

「ああ、高校生のお姉さんたちだけでなんとかなって、何よりだ」

 今日の話題の中心は、先日の不審者騒ぎだ。

 桜は委員長の友人でもある。

 そんな彼女の身辺に起きた厄介事の話を、父は真摯に傾聴していた。


 あまりに家庭環境が違いすぎる桜とのつき合いを、父に反対されたことはない。

 他の様々な事柄と同様に、良い行動は褒められ、悪い行動はたしなめられるだけだ。

 先日に桜のアルバイトを手伝った件も褒めてくれた。

 そういった公平さも、委員長が父親を尊敬する理由のひとつだ。


「そんなことがあって、桜ちゃんもショックだろう。友人として励ましてあげなさい」

「もちろんなのです。桜さんは今日一日ずっと事件を肴にして歌ったり踊ったりしていたので、今日はそれを注意せずにフォローしたのです」

「……そ、そうか、それはよかった」(どういう子なんだ? その子は)

 娘の話に(やや引き気味に)相槌を返す。


 その微妙な反応に、委員長は父が音楽の話題が嫌いだということを思い出す。


「……ごめんなさいなのです」

「?? い、いや、謝る必要はない」

 詫びる娘に、父は慌ててそう言った。


 そんな一幕があったものの、親子はつつがなく夕食を終えた。

 そして自室に戻る娘を見送ってから、


「……紗羅、その友達を大事にしなさい」

 父は小さくひとりごちた。

 食器を片づける使用人にすら聞こえないくらい、小さな声で。


 そして窓の外をじっと見やる。

 夜に圧されて消えようとしている夕焼けの向こうに、何かを見ようとするように……


 ……その日も脳裏に浮かんだのは、10年以上も昔の、あの頃の一幕だった。


「今日はこのくらいにしておこうか」

「お疲れさん」

 エースの一言で、楽器を構えた皆が一斉に弛緩する。

 貸しスタジオの一角でいつもの練習を終えた皆の顔は、満足げに上気している。


 ジャックは髪を整えてみせる。

 三枚目のムードメーカーは、ひょろりと長身な伊達気取りでもある。

 サングラスと鋲付きコートは彼のトレードマークだ。


 その側で、でっぷり太ったモンスター級のキングはペットボトルを一気に煽る。

 そんなノッポとデブのコントラストも、今ではすっかり板についていた。


「ジュースでも買ってくるよ。いつものでいいね?」

 クイーンは身だしなみを整えつつも、疲労をおして皆のジュースを買いに行く。

 いつも彼女は気が利いている。能天気な男どもとは大違いだ。


「おう!」

「いやはや、すいませんねぇ」

「おまえはその上、まだ飲むのか?」

「この体形を維持するのも、これで中々に大変でしてな」

 ジャックの軽口にキングがとぼけた笑みを返し、


「あはは、キングの中身はジュースなんだ」

 ジョーカーも釣られたように屈託なく笑う。


 5人になって新生したグループの評判は上々。

 中でも彼女の魅惑的な歌声は、ファンの皆を魅了し、熱狂させた。

 その天使のような、小悪魔のような可憐さに惹かれたのは聴衆だけではなく――


「なあジョーカー」

 彼女の仕草を見ていて顔が赤らむのを誤魔化すように、呼びかける。


「お前のギター、やっぱり何度聞いてもファの音が半音ずれてるぞ」

「もうっ、エースは几帳面すぎるんだよー」

 指摘した途端、ジョーカーが口をとがらせてタオルを投げてきた。

 そんな仕草も可愛らしい。

 今のメンバーになってから場数もこなし、今や彼女は後輩ではなく仲間だ。


 そんな彼女はどうやら気を利かせて汗を拭いてくれようとしていたらしい。

 その心遣いを小言で返されたら、まあ腹もたつか。


「だがなあ……」

 柄にもなく、もごもごと口の中だけで反論する。


 ずれてるものはずれてるんだ。

 そりゃ自分が融通がきかないのは理解してる。

 けれど、そこを譲ったらミュージシャンとして駄目な気がする。だが――


「――まあ、いいじゃないかい」

 そう言ったのはジュース缶を抱えたクイーンだった。

 ちょっとバカ話をしている間に人数分の飲み物を買ってきたらしい。

 彼女は気が利くだけでなく要領も良い。


「あたしらが創った、あたしらの曲なんだ」

 言いつつ放り寄越された缶を「サンキュ」と受け取る。

 いつものブラックコーヒーだ。

 四角い性格のせいでメーカーまでこだわる彼の好みを、彼女は把握してくれている。


「書いた楽譜より半音ずれたギターがオリジナルってことに、そのうちなるさ」

「んなわけがあってたまるか……」

「さっすがクイーン! 話がわかるー」

 か細い抗議を無視して笑みを浮かべ、ジョーカーはカフェオレを受け取る。

 ころころ変わる表情も可愛らしい。


 紅茶党だった彼女だが、なぜか最近コーヒーに目覚めたらしい。

 ……もっとも飲むのは9割方ミルクみたいな甘ったるいカフェオレだが。


「だいたいクイーン、おまえはジョーカーに贔屓しすぎなんじゃないのか?」

 代わりにクイーンに矛先を向ける。


 甘いと言えば、クイーンはジョーカーに甘い。

 年下の彼女を事あるごとにフォローする様子は、まるで妹に甘い姉だ。

 だからか姉のようにクイーンを慕うジョーカーの様子に、ちょっと妬ける。

 ……いや、無垢で可憐で突拍子もない彼女に心奪われるのは人として普通だろ?


「そういうおまえだって、ジョーカーのこと気にしすぎだぜ?」

「なっ……!?」

 ニヤニヤ笑うジャックの軽口に、思わず口ごもる。

 どうやらキングをからかうのに飽きたらしい。

 こっちに矛先を向けてきた。


 そんな彼が飲んでいるのはわかめジュース。

 ……いつもそれだが、どういう種類の冗談なんだ?


「まあ、仲が良いのは良いことですよ」

 わかった風な口ぶりでキングまで笑みを向けてきた。

 そして幸せそうに、先ほどと同じ大容量のミネラルウォーターをあおる。

 ……どうやら彼の中身はジュースじゃなくて水らしい。


「へぇー、エースって、そうなんだー」

「いや別に、そういうわけじゃ……」

 勢いづいて笑いかけてくる彼女に、もごもご言い返そうとするが言葉が出ない。

 何故ならそうする彼女の仕草を、声を、気にしすぎだってことにはもう気づいてる。

 だから、


「へぇーへぇーへぇ――」

 調子に乗りまくった笑みを浮かべて顔を覗きこんでくる彼女から、


「おまえなあ……」

 うんざりを装って目をそらそうとする。

 お洒落代わりに鼻にかけているダテ眼鏡に意識を集中しようとして、失敗した。


 だが自身もいつの間にか笑っていた。

 可憐なジョーカーの笑みには、そういう不思議な力がある。


 だから部屋にいたメンバー全員が、それぞれ満面の笑みを浮かべていた。


 ……その頃、目に映るすべてが輝いていた

 それは否定しようもない事実だと、今でも思う。


 側に居てくれる、無垢で可憐な彼女。


 生真面目な自分が本気で向かいあえる音楽。


 切磋琢磨し、笑いあえる仲間。


 すべてが最高だった。その時間が永遠に続いていればいいのにと思えるほどに。


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