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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第14章 FOREVER FRIENDS
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日常2

 遠足帰りの舞奈が意外な事実を知った日の、翌日。

 空が気持ちよく晴れ渡った平日の朝。

 新開発区の一角にあるアパートの前で、


「志ぃ門! ハンカチと鼻紙は持ったか!?」

 アパートを出かけた舞奈の背中に怒声が叩きつけられた。

 見やると管理人室の窓から、ハンチング帽を目深に被った管理人が顔を出している。

 いつもの朝の光景だ。


「バスの時間は大丈夫なのか!?」

「ちゃんと持ったよ! っていうか、遠足は昨日で終わったよ!」

「おう! そうか!」

 慣れた調子でツッコみながら、舞奈はやれやれと苦笑する。

 耳が遠いのか癖なのか、相変わらず爆音レベルの怒鳴り声だ。


「気をつけて行って来い! この間から、ここらへんでも真っ昼間から泥人間や脂虫がうろついてやがる!」

「ああ! わかってるって!!」

 律儀に同じボリュームで答え、そのまま何食わぬ調子で歩き出す。


 舞奈は初等部の5年生だ。

 平日の朝に通学鞄を持って学校に行くのは当然だ。


 3年前は頼れる一樹といっしょに、あるいは暇していた美佳と3人で。

 2年前は少しの間、管理人が護衛してくれていた。


 だが今は1人で廃墟の通りを歩く。

 今や舞奈は最強だからだ。

 登下校の途中で泥人間に襲われても、特に危険もなく対処できる。


 それに脂虫なら旧市街地にもうろついてる。

 臭くて本当に迷惑な奴らだ。


 そして舞奈は気づいていた。

 ここ最近、新開発区に泥人間が増えたことに。

 先日なんて、この近くを清掃中の執行人(エージェント)が群に襲われた。

 たまたま居合わせた公安の協力で、どうにか対処したらしいが。だから、


「……わかってるよ、んなこと」

 ひとりごちる。

 廃墟の街の乾いた風が、頬を撫でる。


 何か大きな厄介事が始まろうとしている予感はある。

 たとえば滓田妖一が引き起こした一連の事件のような。


 だが、それが具体的に何なのか、舞奈には見当すらつかない。

 なにせ舞奈はただの最強だ。だから――


「――よう泥人間、今日はひとりか?」

 言いながら、抜く手も見せずに背後に投てき。


 朝日に光る幅広のナイフが、鋭く飛ぶ。

 そして見えざる何かに突き刺さる。


 そこに、空気からにじみ出るように何かがあらわれた。

 ピッチリした全身タイツを着こんで、竹製の手裏剣を背負ったニンジャスタイル。

 首にはナイフが刺さっている。

 泥人間【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】だ。


 だが透明化の異能力など舞奈には無力。

 舞奈は優れた感覚と反射神経を持ち、空気の流れを読んで気配を探る。


 素早く距離を詰めてナイフを奪い返す舞奈の前で、怪異は泥と化して地を汚す。

 遺された黒いタイツが落ちる。

 舞奈はニヤリと笑い――


「――なわきゃないか」

 地を転がる。


 少女の残像を切り裂くように、その背後にあらわれた3匹。

 いずれも日本刀を振り下ろしたニンジャだ。

 もちろん刀も舞奈には無力だ。


 舞奈は勢いのまま一挙動で跳び起きる。

 素早くナイフを左に持ち替え、拳銃(ジェリコ941)を抜く。


 銃声。3発。

 3匹の全身タイツが覆面の眉間を正確無比に射抜かれ、汚泥と化す。


 さらに間髪入れず、背後に撃つ。

 見えざる気配。

 だが大口径弾(45ACP)は、気配の目前に出現した何かに阻まれて落ちた。


 宙に浮かんだ岩石の塊。


 その背後に、にじみ出るようにニンジャがあらわれた。


 先に倒した4匹より少し豪華な覆面をしている。

 ニンジャの全身タイツの手には、符。


「道士だと?」

 訝しむ舞奈の前で、


「ヒーッヒヒ!」

 怪異は人の声色で、不気味に笑う。

「オレハ、子供ヲ痛メツケルノガ、大好キナンダ!」

「そうかい」

 何食わぬ顔で答えつつも、驚く。


 泥人間は喋らない。

 整形によって人間になりすましている個体以外は。


 つまり目前の個体は、脂虫の意識を三尸に変えて顔と記憶を奪う左道を使ったのだ。

 かつて滓田妖一とその息子たちを破滅させたのと同じ。


 そんな下術で力を得たニンジャは【土行・岩盾テウシン・イアンデウン】を消しつつ、次なる符を放る。

 口訣。

 符は巨大な岩刃と化し、横薙ぎに回転しながら舞奈を襲う。

 即ち【土行・石刃(テウシン・スレン)】。


 舞奈は素早く身をかがめる。

 その頭上を岩刃が薙ぎ、廃ビルの壁を斬り裂いて砕ける。


「糞ったれ!」

 罵りながら拳銃(ジェリコ941)を構える。


 ニンジャ道士も符を構える。

 新たな盾を創る気か? 厄介だ。


 だが敵は符を盾ではなく、岩の剣へと変えた。

 即ち【土行・作岩(テウシン・ゾイアン)】。

 ニンジャは奇声をあげながら、不格好な岩剣で斬りかかる。


 なるほど舞奈の背後は壁。

 近距離ならば銃より剣が強いと判断したか。


 それでも、舞奈は笑う。


 舞奈に剣は効かない。

 あらゆる近接攻撃は舞奈に対して無力だ。

 なぜなら舞奈は空気の流れで動きを察し、驚異的な反射神経と身体能力で避ける。


 だから舞奈は最強だ。

 ……かつての仲間がそうだったように。


 口元に乾いた笑みを浮かべたまま、流水の如くしなやかに剣戟をかいくぐる。

 剣の間合いよりなお近い、敵の懐に跳びこむ。

 覆面越しに怪異が驚愕する気配。


 守りようもない土手っ腹に拳銃(ジェリコ941)を突きつける。

 撃つ。


 手に慣れた反動(リコイル)と同時に、全身タイツの背中が爆ぜる。


 腹に風穴を開けたニンジャが吹き飛びながら汚泥と化す。

 そして全身タイツと一緒に風に吹かれて飛び去った。

 ふと覆面の下の顔を確認すべきだったかもと思ったが、今さら気づいても遅い。


 そして他に怪異の気配はない。


 ――すごいなカズキ! いちげきだ!

 ――大したことはしてない。敵より早く動いただけだ。


 懐かしい仲間がいたあの頃に、交わした会話が脳裏をよぎる。


 ――いつか貴様にもできるようになる。

 ――ほんとうか!?

 ――ああ本当だ。身体と技を鍛え続ければ、いつかな。


 幼い舞奈が憧れた最強の戦闘技術も、一樹にとって児戯にも等しかった。

 今の舞奈にとっても。だから、


「……ったく、雑魚がいきがりやがって」

 舞奈は何食わぬ様子でナイフと拳銃(ジェリコ941)を仕舞い、歩きはじめた。


 同じ頃。

 統零(とうれ)町の一角にある梨崎邸の大広間で、


「では朝食をいただこうか」

「はい。いただきますなのです」

 委員長と父親は、使用人が見守る中で朝食に取りかかる。

 梨崎親子のいつもの朝だ。


 トーストとサラダと、軽くはあるものの舞奈が見たら目を剥きそうな豪華な食事だ。

 そんな食事を礼儀正しく口に運びながら、


「昨日の遠足はどうだったかね?」

 父は娘に問いかける。


「楽しかったのです」

 委員長は答える。


「お友達と一緒に、ライオンやゴリラを見たのです。大きくて立派だったのです」

 先日を思い出しながら語る。


「お猿さんの檻の前で……いえ、ふれあいコーナーにはウサギやハムスターがいたのです。みんなとても可愛かったのです」

「そうか、それは何よりだ」

 楽しそうに語る娘の話を聞きながら、父も微笑む。


 父は娘の話を、笑顔で聞いてくれる。

 音楽の話以外は。


 先日のライブ……ウィアードテール騒動の話も、その後はまったくしていない。

 父は友人たちを止めようと銃まで持ち出したにもかかわらず。

 だが娘たちの行為を非難することもないのは不可解だった。


 委員長は、それを避けるようだと思った。

 あるいは逃げるようだと。

 そんな反応だけは、父らしくないと思った。


 だが、そんなことを面と向かって指摘できるはずもなく。

 だから娘も、父と同じように別の話題で会話を繋ぐ。


「チャビーさんはスマホでライオンの写真を撮っていたのです。わたしもエース君にカピバラの写真を撮ってきてあげればよかったのです」

「紗羅、ハリネズミはネズミの仲間じゃないんだ」

「そうなのですか?」

「ああ。ネズミやカピバラは、真主げつ上目の、げっ歯目というグループなんだ。ハリネズミはローラシア獣上目のハリネズミ目に属している」

「ぜんぜん違うのですね」

「ああ。仲間と言う意味では、同じローラシア獣上目に属するネコ目のほうが近いな」

「ビックリなのです」

 父の言葉に驚いてみせる。


 普段と変わらず父は博識で、賢明だ。

 父は娘が知らない知識を惜しみなく分け与えてくれる。

 そんな父を、確よりも尊敬しているのは事実だ。

 父のような大人を目指して勉学に励むのも、やぶかさかではないと思っている。


「それなら今度、チャビーさんにカピバラの写真をコピーさせてもらうのです」

「ああ、それがいいだろう」

「そういえば、安倍さんがカピバラを触ろうとして、お洋服で口をぬぐわれたそうなのです。お洋服はベタベタだったけど、安倍さんはそれを記念品にするそうなのです」

「……そ、そうか、それはよかった」(どういう子なんだ? その子は)

 娘の話に(やや引き気味の)笑顔で相槌を返す。


 だが不意に、


「その友達と言うのは、先日の彼女たちのことかね?」

 父は娘に問いかけた。


「そうなのです」

 委員長は硬い声色で答える。

 そのことを、とうとう咎められるのだと身構える。だが、


「……彼女たちを大事にしなさい」

 父は静かに言った。


「彼女たちは勇敢で、信念を持っている。ああいう……頼み方をされて、それでもはっきりと、礼儀正しくノーと言うことは、大人でもなかなかできることじゃない」

 予想に反して、父は舞奈と明日香を評価していた。

 言われた委員長がビックリするほど。


 ……否。父は公平なのだ。


 だから自分の意図に反して娘を連れ出した相手をも、正しく評価できる。

 あの2人の飛びぬけた強さ、聡明さを。

 そんな父の聡明さも、委員長は見習いたいと思っていた。


 委員長は父親のすべてを尊敬していた。

 ただひとつの、わだかまりを除いて。


「――それに」

 父は静かに言葉を続ける。


「おまえのために、あそこまでのことをしてくれる仲間は滅多にいない」

「はいなのです」

 父の言葉に委員長は笑う。

 そんな娘の顔を真正面から見やりながら、父は頷く。

 その口元にも、微かな笑みが浮かんでいた。


 その後は何事もなく朝食を終え、委員長は身支度をすべく部屋に戻った。


 そんな娘の後姿を見送りながら、


「大きくなったな……」

 父は静かにひとりごちた。


 齢を刻んだ男の視界を、窓から差しこむ朝日が光の色に染める。

 まるで何かを覆い隠すように。

 なのにそこに、忘れ去ったはずの過去が見えた気がして……悲しそうに笑った。


――今から10年ほど前。


「行っちゃうのね、スミス」

 感傷的なクイーンの言葉に、


「ええ、頼もしい後釜もできたし、安心して旅立てるわ」

 くねくねとしなを作りながら、オカマのドラマーが笑う。


 知的なのにどこか女性らしい繊細さを残したクイーン。

 女らしさを強調しながらも粗忽でツメの甘いスミス。

 そんな2人は対照的で、ある意味いいコンビでもあった。


 クールなクイーンは女性ながら優秀なベースだった。

 なよっとしたスミスは意外にもタフで、力強いドラムでバンドを支えてくれた。

 そんなスミスの喪失に戸惑う面々を励ますように、


「ほっほっほ。このわたくしに、どーんとお任せください」

 でっぷり太ったキングが朗らかに答え、太鼓腹をポンと叩く。


 新メンバーの彼は、信じられないくらいの巨漢だった。横に。

 高校時代に相撲部の主将をしていたらしい。

 それを差し引いても余りある巨躯は、初見から「本当に人か!?」と驚かれるほどだ。


 そんな王様の風格すら漂わせる巨体から繰り出されるドラムは正にモンスター級。

 スミスにも劣らぬ力強いリズムで、バンドを支え続けてくれた。

 そんなキングの側で、


「よろしくね」

 華奢で可憐なジョーカーが照れたように微笑む。


 天使のように愛らしい彼女の歌は、小悪魔の囁きのように聴衆を魅惑した。

 正直なところ、4人のバンドが5人になって新生してから、人気の理由の大半は彼女のボーカルだったのではないかと今でも思う。


「ねえ、この6人で記念写真を撮らない?」

「悪くないな」

 ジョーカーの提案に、まっ先に同意したのは生真面目なクロードだった。


「この面子が全員で集まる機会なんてもうないだろうし、面白い写真になるだろう」

「先輩方と同じ写真に並べるなんて、光栄至極にございますなあ」

「写真の8割くらいがおまえになりそうだけどな」

 太ましいキングの腹をポンと叩きながら、お調子者のライトが軽口を叩く。

 つられて皆も笑う。


 ライトはムードメーカーで、いつも憎めない軽口で場を和ませていた。

 だが軽いノリに反してギター捌きは一級品だ。

 それに4人でやっていた頃に稀に歌ったボーカルにも密かにファンがついていた。

 5人になってからはあまり歌わなくなったのが残念ではある。


「でもキングちゃんったら、貫禄があるのは確かよねぇ。ふふ、わたしも少しは男らしく体を鍛えようかしら」

「いや男らしくと言うなら、まず言動をだな……」

 スミスの言葉にクロードがツッコむ。


「こいつのは筋肉じゃなくて贅肉だろ」

 ライトもツッコみ、そして皆で笑った。

 クイーンはクールに、そしてジョーカーは子猫のように屈託なく。


 あの頃の皆は、自分は、ジョークと軽口と仲間を楽しんでいた。

 音楽を楽しんでいた。

 すべてを楽しんでいた。


 あの頃のすべてが最高だったと、今でも思う。


「もうっ、クロードちゃんもライトちゃんも」

 ツッコみどころだらけのスミスは拗ねたようにしなを作ってから、


「そうだわ。2人とも名前を変えてみない?」

 笑顔でそんな提案をした。


「名前を変える?」

「ええ。キングにジョーカー、クイーンが揃ったんですもの。あとエースとジャックがいれば、ロイヤルストレートフラッシュができるわ」

「ふふ、面白そうね」

「悪くないな」

 スミスの提案に、屈託なくジョーカーが飛びつく。

 そしてジョーカーに同意したのは、またしてもエースだった。けど、


「あんたはそれで、いいのかい?」

 クイーンはスミスに問いかける。

 賢明な彼女は、去って行く彼が仲間外れの気分になりはしないか心配なのだ。だが、


「だって貴女たちのグループですもの」

 スミスは笑って答える。

 いつものアレなしなと口調を、その時ばかりは茶化す気になれなかった。


「それならスミスが帰ってきたら、6人でウノのカードになるのはどう?」

「そいつは傑作だ」

 ジョーカーの提案に、またしてもエースが同意して笑う。

 皆も笑う。


 ジョーカーはいつも無邪気で、無防備で、時に突拍子もない言動をして、そんな彼女のすべてが皆に愛されていた。……あの頃からずっと。


 彼女は冗談のつもりで言ったのだろうか?

 それとも本気だったのだろうか?


 その答えを知る機会は、もうない。


 ただひとつ確かなのは、新生したグループの名前はロイヤルストレートフラッシュではなかったということだ。


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