戦闘1-3 ~銃技&戦闘魔術vs梵術&修験術
パン! パン!
連なる銃声。
フランシーヌのリボルバー拳銃が火を噴き、明日香の氷盾を穿つ。
委員長宅の庭に形成された霧の結界の中。
瞬間回避を消費した明日香は、障壁を失ったフランシーヌと激戦を繰り広げていた。
その一方。
屋敷の一角にある委員長の部屋。
「いーぬーのーおまわりさんはー、バーン! バーン! バババババッ!」
子供部屋にしては広い自室の窓際で、みゃー子が視界を右から左へ通り過ぎる。
まったく何時の間に入ってきたやら。
部屋の主である委員長は苦笑する。
今日は初めてのステージの日。
あずさのライブの場繋ぎだけれど、夢にまで見た初舞台には全力で臨みたいと思う。
練習に練習を重ね、今日は最高のライブができると自負している。
手に慣れた折り畳み式ギターの調子もバッチリだ。
身支度も入念に整えた。
もちろんステージ衣装は『Joker』で用意してもらっている。
だからといって、だらしない格好で赴くのは主義に反する。
それでも、委員長の表情は冴えない。
今日のステージを、父親には猛反対されている。
だから友人たちはウィアードテールに扮して委員長を連れ出す計画を立ててくれた。
エキストラに本物の警官まで呼んで、とてもリアルな芝居だと思う。
けれど委員長は、別に父親が嫌いなわけじゃない。
父が言った、身なりは常にきちんとすべきという言葉は正しいと思う。
父の言葉通り誠実に、公平に振る舞い、勉学に励むことも良いことだと思う。
得難い友人たちと出会うことができたのは、父の教えのおかげだと思う。
父は尊敬に値する人物だと素直に思う。
委員長の厳格さと生真面目さは、いわば父との絆だ。
だが、歌ってはいけないという父の言葉にだけは、従うことができなかった。
歌を咎める父の顔は苦痛に満ち、言葉にも覇気がない。
それに委員長にとって、歌もまた絆だから。
「……お母さん」
ふと壁際のローテーブルに置かれた、古びた額縁を見やる。
「これから、初めてのライブに行くのです」
ひとりごちる。
額縁の中の美しい女性は、答えない。
この広い屋敷の何処にもいない女性は、ただ娘に向かって優しく微笑む。
「ネーコのおまわりさんは、シュババババババッ! ドドドドドカーン!」
みゃー子が今度は窓の前を、左から右へ通り過ぎた。
窓の外に普段は見えるはずの庭は、不可思議な霧に包まれている。
それが異能力による戦術結界であることに、委員長は気づく由もない。
そんな霧の結界の中で、連なる轟音とともに幾多の雹が地面に叩きつけられた。
だが、その中心に立つ舞奈は無傷。
猫島朱音の必殺の呪術をワイヤーショットで防いだ舞奈は、ニヤリと笑う。
対する朱音も不敵に笑う。
好敵手を見つけたとばかりに。
だから唐突に、朱音の舞踏が先ほどまでと変わった。
奔るような華麗な舞いから、荒れ狂うような力強い舞踏に。
同時に唱える呪文も変わる。
仏術や戦闘魔術ではあまり聞かない地天の咒。
舞奈はとっさに横に跳ぶ。
避けた舞奈の残像を何かが切り裂く。
足元から不意に生えた、岩の刃だ。
大地を刃に変える【地天の斬撃】。
以前に紅葉が使った【地の刃】と同様の呪術だ。
いきなり足元が刃と化して飛び出してくる故に回避の困難な術でもある。
しかも熟達した梵術士が操る石刃は、若きウアブのそれより巨大で、鋭い。
だが反面、朱音のステップ移動の速度が先ほどより遅くなったと感じた。
カバディとの併用が難しい舞踏なのだろう。
だから付与魔法を別のものに切り替えた。
仏術士は増長天の咒で身体の内側を、持国天の咒で外側を強化する。
だが梵術士は、それに広目天と多聞天を加えた4柱を四大天王として奉ずる。
即ち【四大天王の法】。
こちらはスピードや持久力はそれなりに、パワーとタフネスを重点的に強化する。
回避を割愛した捨て身の施術に相応しい。
「あんたは何故、ここに来た?」
鋭い刃を難なく避け、舞奈は笑う。
岩刃を回避できた理由は足元の微かな違和感だ。
同様の術である【地の刃】を知っていたということもある。
なにより朱音の手札が【大自在天の雹撃】と【帝釈天の雷撃】の2つとその派生だけのはずはないと思った。
何故なら常に舞奈の側に居る明日香は、新たな危機と対峙するたびに手数を増やす。
今では雷と火氷に加え、重力や幻術までをも使いこなす。
生真面目な魔道士の明日香が、研鑽と探求を怠ることがないからだ。
経験を積んだ朱音の術が、それ以上じゃないと考えるほど舞奈の頭はめでたくない。
「あたしたちが本物のウィアードテールじゃないって、気づいてたはずだろ?」
問いつつ朱音めがけて跳ぶ。
高速戦闘を諦めた今なら、懐に跳びこめると判断した。
だから高速化の呪術に迫る疾駆を身体能力だけで再現し、術者に肉薄する。だが、
「本物じゃないからさ」
朱音は舞踏を続けながら答える。
同時に朱音の足元から岩石が隆起し、主を守るようにそそり立つ。
即ち【地天の加護】。
大地を操り術者を守らせる術だ。
舞奈は躊躇なく跳び退る。
そして素早く身構える。いつでも動けるように。
岩の刃による攻撃が、先ほどの1発で終わるはずなどない。
これまで見た朱音の戦い方、詠唱速度。
なにより相手も超常の敵と日々戦う立場の人間だ。
相手に反撃の余地を残して攻撃の手を緩めることはない。だから、
「出巣黒須市を単身で踏破可能なウィアードテールの偽物が、何者だかを確かめる必要があった。相変わらず地元警察の話は要領を得ないしな!」
答えと同時に、当然のように舞奈の足元を石刃が貫く。
舞奈も何食わぬ表情のまま避ける。
朱音の舞踏にあわせ、足元から岩石の刃が次々に跳び出す。
舞奈はリズミカルに避ける。
カバディに劣らぬ体捌きに、見ていた警部や小夜子たちが息をのむ。
朱音も驚く。
舞奈は笑う。
なるほど敵は、それなりの攻撃魔法を無詠唱で放てるらしい。
初打にだけ詠唱するのは牽制のつもりか。
あるいは2度目からは魔力を再利用しているのか。
梵術には岩石を拳にして打ちのめす【地天の拳撃】という術もある。
相手を殺傷する気がないのなら、通常はこちらを使う。
かつて戦った紅葉もそうした。
なのに【地天の斬撃】を使っているのは、拳より刃のほうが速いからだ。
公安の秘術により、どちらの術でも当たれば【地天の枷】に変化させることができるという理由もあるだろう。
朱音が仕事人として、公安として過ごした期間は舞奈のそれより遥かに長い。
……余談だが、地元警察の件に関してはニュットの誤魔化し方が原因かもしれない。
奴がどんな面白おかしい嘘八百を並べたのか、聞いてみたい気もするし、そうでもないような気もする。そんなことを考えながら、
「【機関】に任せようとは思わなかったのか?」
口元に笑みを浮かべて舞奈は問う。
足元から次々と飛び出る岩石の刃を、慣れた調子で避けながら。
舞奈だって、まだ少ない人生の中で幸か不幸か数々の強敵と戦ってきた。
魔獣にだって勝利したことがある。
そんな舞奈に剣は効かない。
刀剣に似た物理的な魔法も効かない。拳も効かない。
卓越した直観と空気の動きを読み取る鋭敏な感覚で、すべて回避することが可能だ。
むしろ先ほどの落雷や雹の方が対処し辛かったくらいだ。
「彼女は別に怪人じゃない。そういう微妙な仕事を子供にさせたくないんだ。首都圏のアイドルに無駄な嫌疑をかけるような仕事をな」
朱音も顔色一つ変えずに激しい舞踏を続けつつ、答える。
おそらく朱音も過去に、素早い敵と戦ったことがあるのだろう。
舞奈への対応が手慣れていると感じた。
絶えず回避を続ける高速戦闘は、一瞬の判断が生死を分ける。
同じ速さで攻め続ければ、いつか集中力が途切れミスをする。
それを朱音は、幾多の修羅場を潜り抜けた経験によって知っているらしい。
その考えは正しいと舞奈も思う。それでも、
「そいつを大人がやるなら、いいってのか?」
舞奈は口元に笑みを浮かべて問う。
「そのうち君にもわかるよ。別に子供が戦ったっていい」
朱音も笑顔で答える。
「ただ、子供の目の届かないところで汚れ仕事を引き受けるのは……子供たちに、この世界は命がけで戦う価値がある世界だって思わせるのは大人の仕事だ」
語りながら、走りながら、詠唱のない施術による幾つもの岩刃で舞奈を襲う。
何度目かに避けた直後、背後から何かが飛んできた。
舞奈はとっさに横に跳ぶ。
小さなツインテールの先端をかすめたそれは、背後の霧から放たれた水の砲弾だ。
即ち【水天の矢撃】。
岩刃の連撃にまぎれた奇襲攻撃。
それすら避けるのか、と朱音は舞奈を見やって笑いながら、
「君たちがいる世界は善人が守られ、悪党は罰せられる正しい世界だ」
朱音は語る。
「そう大人が示してやらなきゃならない。でなきゃ子供は安心して突っ走れない」
(あんたは本当は、突っ走りたかったわけか)
舞奈の口元には笑みが浮かぶ。
(若かったころに、そういう大人にいて欲しかったって、そう思ったわけか)
不正ばかりの地元警察とは違う、正しい大人に。
子供を導こうと奮起できる大人に。
子供を後押ししてやれる大人に。
そして朱音は、なることができた。
若かりし自分が、いて欲しいと望んだ大人に。
朱音は足を止め、施術に集中する。
数多の岩刃が、先ほどまでとは比べ物にならぬ速さで次々に舞奈を襲う。
まるで上位の術のような岩刃の猛打。
ついに防御を捨て、勝負に出たか。
舞奈に対して奇策より正面からの猛打の方が効果的だと判断したのだろう。
対して舞奈は、避けきれぬ1本の先端を拳銃の背で受け止める。
そのまま一緒に飛び上がる。
岩刃の触れた部分が変化して蓮が咲く。
公安に伝わる秘術によって現出した【地天の枷】が拳銃を絡めとる。
朱音は笑う。
だが先ほど雹雨をしのいだ際に、攻撃魔法が蓮に変わるタイミングは把握済み。
だから咄嗟に得物を放して拘束を免れ、勢いのまま宙を舞う。
それでも朱音の狙いは、岩の刃を変化させて舞奈を拘束することではなかった。
天にかざした朱音の掌に電気が集まる。
上空から雷を落とす【帝釈天の雷撃】の応用だ。
静電気を無理やりに集めて雷をでっちあげ、放つつもりだ。
普通に雷を落とすより当てやすい。
岩刃を避けて跳び上がった舞奈は避けられない。
魔法を使えぬ舞奈に、空中で移動する手段はないからだ。
それでも舞奈は笑う。
身をよじって背のポーチから改造拳銃を抜き、流れるような動作で撃つ。
狙いは朱音の頭上の雷球。
大口径強化弾は狙い違わず雷球を射抜く。
だが非魔法の弾丸は無情にも雷球にのみこまれて消える。
しかし舞奈の狙いも、雷を撃ち落とすことではなかった。
炸薬を増した45口径の反動で、自身の軌道を変えたのだ。
さらにゴツゴツした岩刃の凹凸に爪先をひっかけて蹴り上げ、無理やりに着地する。
偽ウィアードテールのブーツを捕らえ損ねた岩の蓮が空しく閉じ、焦って放った雷撃の呪術に飲みこまれて砕ける。
その一方で、舞奈は地面を転がりながら撃つ。
一挙動で跳ね起きながら再度、撃つ。外しようもない距離。
朱音は虚を突かれ、それでもカバディのステップで横に跳ぶ。
幾多の修羅場で鍛え抜かれた驚異的な反応速度。
必殺の大口径強化弾は、辛くも朱のコートをかすめて宙を裂く。
朱音は笑う。
だが、舞奈も笑う。
訝しむ朱の背後で、
「!?」
金髪の行者が被弾にうめいた。
朱音が避けた大口径強化弾は、その背後で戦っていた彼女の同僚を穿っていた。
ガラスが割れるような細い音。
行者の身体から弾ける魔法の光。
フランシーヌを守っていた【四大・須佐之男・究竟】が砕けたのだ。
舞奈たちと、明日香たちが戦う場所には少しばかり距離があった。
だが炸薬を増量した大口径強化弾ならば十分に有効射程だった。
だから朱音の背後にフランシーヌを捉えた状態で撃った。
魔力などこめられていない弾丸は、食らいつくように敵の付与魔法を破壊した。
フランシーヌはショックでよろめく。
その隙を、明日香は逃さない。
素早く真言を念じ、一語で締める。
かざした掌から青白い光線が放たれ、フランシーヌを穿つ。
すると行者の全身を氷の蔓が縛め、地面に縫い止める。
対象の動きを封じる【氷棺・弐式】の魔術だ。
「フランシーヌ!?」
朱音は叫ぶ。
だが熟達した公安の術者は使命を忘れない。
自分だけでも任務を完遂しようと、呪文を唱えながら舞奈めがけて走る。
もはや一刻の猶予もならぬ、至近距離からの大技でカタをつけようというのだろう。
なるほど、あれほどの術を間近で放たれては流石の舞奈も回避できない。
そんな舞奈と朱音を見やり、明日香はクロークの内側から短剣を取り出す。
訝しむ舞奈を尻目に、明日香は朱音に剣の切っ先を向ける。
途端、その剣が根元からへし折れた。
朱音が行使しようとした何らかの術に対して魔法消去を試みたのだ。
だが消去を反転され、得物を破壊された。
それも明日香は想定済みだったのだろう。
だから破壊されることを前提とした不要な武器に持ち替えた。
というか、最初からそういう使い方を想定して用意しておいたのだろう。
銃弾と魔術が飛び交う戦場で、それ以外に剣の使い道などない。
だが消去を反転した朱音にも、一瞬の隙ができる。
そして舞奈にとって、隙は一瞬で十分だ。
素早く改造拳銃を構え、撃つ。
「!?」
その一発で、勝負は決まった。
朱音もまた付与魔法を破壊されたショックでよろめき、膝をつく。それでも、
「強い……な」
言って笑う。
勝者に敬意を表するように。
「そうでもないさ。本当にサシでやりあってたら、負けてたのはあたしらの方だった」
舞奈も笑う。
相手の健闘を称えるように。
スポーツマンの紅葉の気持ちが、少しわかった気がした。
身動きすらおぼつかない今の朱音に、攻撃の手段はない。
それに、仮に何らかの手段でショックから回復しても、不意打ちはしてこない。
彼女にも戦う者の矜持がある。だから、
「――けどさ」
舞奈は朱音に背を向ける。
明日香も2人に一礼し、舞奈の隣に並ぶ。
「あたしらは今まで、ずっと2人で戦ってきたんだ」
「だから2対2でなら負けない……って訳か」
「……まあな」
はにかむように答える。
明日香と過ごした長いような、短いような激戦の日々を、こういう風に口に出すのは少しこそばゆかった。でも悪い気はしない。そして、
「そうそう」
ひとりごち、抜く手も見せずにカードを投げる。
朱音がそれを当然のようにつかみ取るのを気配で確かめ、
「おすすめは担々麺だが、何食っても美味い。それに、あたしの名前でツケがきく」
背中で言ってニヤリと笑う。
彼女に対して投げナイフを使わなかったのは正解だった。
そして周囲に立ちこめる霧を見やり、側の明日香に何かを手渡す。
「こいつで結界を張れるか? できれば警官どもも一緒に」
「なによこれ……って、小頭じゃない!?」
明日香は手にした破片を見やる。
小頭とは、ある種の仏術士や戦闘魔術師が大魔法に用いる大頭の欠片だ。
つまりは術者の魔力を補強する使い捨ての魔道具である。
もちろん大頭ほどの魔力はこめられていないが、小さいので取り扱いも容易だ。
「こんなものをどこから……?」
「いやな、梵術士は仏術と同じ仏を奉ずるって聞いてたから、まさかと思ってな」
「……ああっ!? いつの間に!?」
訝しむ明日香の台詞に、背後の朱音の叫び声が重なる。
朱音はコートを慌ててまさぐる。
戦闘中に接敵した際に、コートのポケットから拝借しておいたのだ。
まったく手癖の悪い舞奈である。
「このくらいの魔力だと、略式でしか施術できないけど」
そう言いつつ、明日香は素早く地蔵菩薩の咒を紡ぐ。
そして「施設」とくくる。
すると明日香の手の中の破片は激しく輝き、魔力そのものへ還元して崩れ去った。
同時に世界は変容する。
アスファルトの地面に無数のパイプが這い広がる。
霧に紛れて設置されていたパトカーも、機械と臓物が混ざり合った金属質のオブジェと変す。蛇腹の合間が蠢き、脈打ち、要所には金属質な髑髏が浮かぶ。
戦闘魔術による結界創造、即ち【拠点】。
オブジェと化したパトカーの陰から、小太りな警部がビックリして跳び出す。
次いでサチと小夜子も出てきて、サチがにこやかに手を振る。
小夜子は睨んでくる。舞奈を。……なんだか理不尽な気がした。
次いで周囲の霧が一瞬で消え去る。
晴れるのではなく消える。
この霧が、珍しい異能力者による結界によるものであった証拠だ。
明日香の戦術結界は、警部が作った霧の結界の外側に形成された。
だから、その内側にあった霧の結界に攻撃を仕掛け、破壊したのだ。
魔道士の魔法は、異能力をあらゆる面で上回る。
術者と異能力者の人生経験の差など関係ない。
だから消えた霧の向こうにあらわれたのは、パイプや蛇腹が這いまわる屋敷の壁。
いっしょにオブジェになったパトカーに、慌てふためく警官隊。
その中で、園香は無事な舞奈たちを見やってにこやかに手を振る。
……この結界の状況を、異能力とも魔法とも無縁な園香にどう説明するべきか?
否、今しなければいけないことは、そんなことじゃないだろう。
彼女の想いを無駄にしないため、委員長を無事に連れ出さなければならない。
だから舞奈もポーズを決めて園香に答える。
そして明日香と並んで、悠々と屋敷に向かって歩き出した。
そんな2人の背中を、朱音とフランシーヌは成す術もなく見送る。
そして、どちらからともなく顔を見合わせ……笑った。