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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第2章 おつぱいと粗品
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蹴散らす

「ここは……?」

 園香は気づいた。

 身体の感覚がないけれど、ふわふわして、いい気持ちだった。


「あなたは……だれ……?」

 おぼろげな視界の中に【教会】のシスターがいた。


 裏の世界では悪名名高い祓魔師(エクソシスト)を擁する【教会】。

 だが一般社会においては普通にメジャーな宗教であり、シスターも普通の聖職者だ。

 だから服装はちょっとヘンだけれど、園香は彼女に悪い印象は持たなかった。

 それどころか、金髪と彫りの深い顔立ちが格好いいと思った。だから、


「お嬢ちゃん、ちょっとだけ力を貸して欲しいのよン」

 そう言われて断る理由もないし、うなずこうとした。

 意図したとおりに首が動いた自覚はないけれど、意思は相手に伝わったようだ。


「何……すればいいの……?」

「お嬢ちゃんの、愛の力を借りたいの」

「愛の……力……?」

「そうよン。お嬢ちゃんの心の中を、愛でいっぱいにして欲しいのン」

「……?」

「簡単よン。好きな人のことを思い浮かべてくれればいいのン」

「好きな……人……」

 言われるがまま、想い人の姿を思い浮かべようとする。

 親友のチャビーが好きな人と同じ屋敷に住んでいる、クセ毛の少年。けれど、


「そうじゃないのン。思い浮かべるのは、お嬢ちゃんが一番、好きな人よン」

 言われた途端、脳裏に浮かべた刀也の姿がゆらぎ、別の人影へと変わる。

 自分と同じクラスの、小さなツインテールの……。


「……ダメだよ」

 思わず否定する。

 自分の心の中の恥ずかしい部分を、隠すように。


「どうしてン?」

「ダメだよ。だって、マイちゃんは女の子だもん」

 不安げな拒絶を、だがシスターは、


「ダメなことなんて、ないわよン」

 笑顔で一蹴する。

 言われた園香は驚いた。


 けれど【教会】の聖職者が言うのだから、そうなのだろうと思った。

 嬉しかった。


「愛は神から与えられた至高の感情だもの、愛はすべてを超えるのン。愛は他のすべてに優先される。愛にだけは、それが許されるのよン」

「そっか……」

 動いているのかどうかすらわからない唇で、微笑んだ。


「……わたし、マイちゃんを好きになっていいんだね」


 同じ頃。ビルの入り口で、


「たのもー!!」

 刀也が叫んだ。


「バカ野郎! 何してやがる!」

 舞奈は、崩れかけた玄関の前に立つバカ怒鳴りつける。だが、


「ここに敵がいるんだろ?」

 バカは悪びれる様子もなく答えた。

「んな所でゴチャゴチャやってるなんて、オレの性に合わないぜ!」

「おまえの性なんか知るか!」

「おまえらのやり方は退屈なんだよ!」

 舞奈の罵倒を背に、刀也はロビー跡に散乱した瓦礫を踏みしめる。

 兄の悟に譲ったはずの黒剣を構える。


「オレ様がこの剣で敵を倒すのを、そこで指をくわえて見てろ! 臆病者!」

 そう言い残して奥のドアへと走っていった。


「奈良坂さんは待っててくれ!」

「は、はい!」

 そして刀也を追って走り出そうとした途端、


「ぐえ」

「……あ」

 両開きのドアがバタンと開いて、刀也を跳ね飛ばした。

 そのままドアから数人の男女が部屋になだれこむ。


 薄汚れた背広やらジャンパーやらを着こんだ男たち。

 園香を抱えていた学ランの男。

 汚らしい色のコートを着くずした女。

 全員が火のついた煙草を手にし、あるいは咥えていた。


「喫煙所かよ」

 舞奈は露骨に顔をしかめる。


 祓魔師(エクソシスト)が使う【屍鬼の支配ドミナシオン・デ・モール・ヴィヴァン】の呪術は、体内に蓄積したニコチンを罪穢れと見なし、肺にヤニを溜めこんだ喫煙者を操る。


 薄汚い喫煙者どもは、一部の執行人(エージェント)魔道士(メイジ)から、脂虫と呼ばれている。

 脂虫が術者の意向に逆らう度に【光のエレメントの変成】によって魔法的に発生された放射線が体組織の一部をガン細胞に変化させ、激痛をもたらすのだ。

 ヤニの摂取で忍耐力を失った脂虫は、痛みに耐えられず術者に従う。


 こうした術によって容易く操られるため、まともな魔道士(メイジ)は脂虫を忌み嫌う。


 そんなゾンビ人間の背後から、修道服を身にまとった派手な女があらわれた。

 首から下げたロザリオが埋まるほどの巨乳である。

 それに加えて、スカートに大きく入ったスリット。

 修道服の敬虔なイメージが台無しである。


 彼女だけが煙草を吸っていない。

 魔道士(メイジ)にとって、ヤニは奴隷を支配し利用するための道具だからだ。


「あなたみたいなお嬢ちゃンが、こんな所でどうしたのン? 迷子かしらン?」

 妖女は舞奈を見やり、鼻にかかった声で言った。

「道に迷ったからって、こんな方まで来るかよ。友達を探しに来たんだ」

「お友達がいないのン? 寂しいならお姉さんが相手してあげてもイイわよン?」

 言いつつ身体をくねらせる。


 ぷるんと揺れる豊かな胸を、舞奈は食い入るように見やる。

 焦りを悟られぬよう、不安に飲まれぬよう。

 そして、口元に笑みを浮かべる。


「そいつはラッキーだな。でも今は別の用事があるんだ」

「シスター・アイオス。このガキいかがいたしましょう?」

 男のひとりが口をはさんだ。

(あたしより先に名前言いやがって)

 舞奈は顔をしかめる。


「ずいぶんトウのたった妹さんだな。どいつのだ?」

 軽口に、アイオスは思わず舞奈を睨む。

 舞奈は感情を読まれぬよう、あいまいな笑みを返す。


「表にある車を使って女の子を誘拐したろ? 彼女を返してもらうよ」

「あらあら、バレてたのね」

 アイオスは悪びれもせずに笑う。

「返さないって言ったら、どうするのン?」

「返すさ、あんたたちは。そうしなきゃならなくなる」

 口元に剣呑な笑みを浮かべる。


「……力ずくで取り返すって言うことかしらン?」

「そう言ったら、あんたはどうする?」

 言われたアイオスは、舞奈と同じ笑みを浮かべる。


「こんなにたくさんのこわーい大人たちを相手に、たったひとりで、そんなことができるかしらン?」

 その言葉に答えるように、煙草を手にした薄汚い男女が一斉に舞奈を見やる。

 小柄な小学生に、侮るような、威圧するような視線を投げかける。


 だが舞奈は動じない。

 口元にニヤリと楽しげな笑みすら浮かべ、


「できるさ」

 静かにひとりごち、ジャケットの裏にそっと手を入れる。その時、


「……様子を見ててって言ったのに、なんでこうなってるのよ?」

「言っとくが、あたしのせいじゃないからな!」

 背後からかけられた声に、舞奈は振り向きもせずに怒鳴り返す。

 玄関の前に立つ明日香は黒い戦闘(カンプフ)クロークを身にまとい、同じ色のつば付き三角帽子をかぶっていた。


「今日はお客様が多い日ね」

 シスターは忌々しげに舌打ちする。更に、


「このオレ様を忘れてもらっちゃ困るぜ!」

「邪魔だ粗品。すっこんでろ」

 はねとばされて尻餅をついていた刀也がようやく立ち上がった。

 だが、この状況で彼が役に立つことはない。

 むしろ邪魔だ。


 実のところ、彼さえいなければ、舞奈は瞬時に男たちを片づけられる。

 なぜなら男たち全員が脂虫だからだ。


 脂虫は、魔術的には人間とみなされない。

屍鬼の支配ドミナシオン・デ・モール・ヴィヴァン】のように特定の怪異を操る術の対象になるからだ。

 そのせいか、悪臭と犯罪をまき散らす脂虫どもを【機関】は人ではなく怪異の一種と規定している。

 だから彼らを、触媒として消費しても問題ない。


 仕事人(トラブルシューター)が銃や異能力によって人を害せば怪人として【機関】から追われる。

 その例外は、対象が脂虫だった場合だ。

 彼らの人間としての身分は【機関】各支部の諜報部・法務部が剥奪する。

 そして彼らの死は行方不明や事故として穏便に処理される。


 だがそれは、刀也がいない場合の話だ。

 仕事人(トラブルシューター)には守秘義務がある。

 だから【機関】に属していない彼の前で権限を用いることはできない。


 たしかに彼には、なあなあで怪異や異能力について知られている。

 だが、さすがに表向きは人間である脂虫を目の前で射殺することはできない。

 大っぴらに魔術を披露することはできないから、明日香の動きも限定される。

 彼は百害あって一利なしの厄介者だ。だが、


「――様の!? どういうこと?」

 アイオスは刀也を見るなり動揺し、うわずった声をあげた。

 その只ならぬ様子に、舞奈は訝しげな視線を向ける。


「脂虫の皆さぁン! 彼女たちを足止めしておいてくださいな!」

 アイオスは手下に向かって妖艶に叫ぶ。


 その言葉に、誘拐犯の脂虫たちは足元に煙草を投げ捨てる。

 ナイフを抜き、あるいは鉄パイプを構える。

 その隙に、アイオスはドアの奥へと消えた。


「野郎! ゾマを連れて逃げる気だ!」

 舞奈は追いすがろうと走り出す。

 だが、背広と学ランが行く手を阻む。


 明日香の前にも、数人の男とコートの女が立ちふさがる。

 その手にはナイフや鉄パイプが握りしめられている。


 だが明日香はただ迷惑そうに眉をひそめて「対人(マンナズ)」と唱える。

 すると、ボンッという爆発音とともに薄汚れた女の目鼻と口から炎が吹き出す。

 女は倒れる。

 息はある。だが動かない。


 体内のニコチンを罪穢れと見なして発火させる【火葬(アインエッシュルング)】の魔術。

 男たちにかけられていた【屍鬼の支配ドミナシオン・デ・モール・ヴィヴァン】の同類だ。

 地味なので刀也に施術を悟られることはない。

 だが男たちは恐れおののく。


「明日香、園香を頼む!」

「オーケー!」

 答えと共に、明日香の左手に放電する小さな盾があらわれる。

 即ち【雷盾ブリッツ・シュルツェン】の魔術。


 魔術に限らず魔法に不可欠なのはイメージだけで、印や呪文は補助に過ぎない。

 だから熟達した魔道士(メイジ)は、異能力と同レベルの少ない魔力で使える簡単な術であれば、印や詠唱なしで行使することができる。


 明日香は電磁バリアを刀也の死角になる位置で構え、走る。

 男たちは明日香を押し止めようとする。

 だが放電するバリアに怯んで後ずさる。

 その隙に包囲を突破し、明日香はアイオスを追ってドアの奥へと消えた。


 舞奈はその背を不安げに見やる。

 本当は、彼女をひとりで行かせるのは気が進まない。


 【機関】の規定において、SランクとAランク以下には明確な差が存在する。

 最強・無敵であるか、そうでないかの差だ。


 Sランクは実質的な不死と不敗を体現する。

 そして単体で戦略的目標を達成可能な戦力として運用される。


 だがAランクは、あくまで常識的な範囲での最高位である。

 強敵を相手にはひとりでは苦戦するし、命を失う可能性だってある。

 明日香は舞奈ほどの反射神経を持ち合わせていない。


 それでも、舞奈では呪術師(ウォーロック)に対処できない。

 もちろん呪術が相手だろうが、自分の身を守るぶんには問題ない

 だが園香に何かされていた場合、知識のない舞奈ではどうしようもない。


 そして生真面目な明日香は、部外者の刀也の前では全力を出せない。

 だから、今回の敵を追うのは舞奈ではなく明日香が適任だ。

 その背に、薄汚い背広の男が追いすがる。


「あんたたちの相手はあたしだ」

 男の指先を、銃声とともに何かがかすめる。

 痛みと銃声に怯んだ男が見やった先には、拳銃(ジェリコ941)を片手に笑う舞奈。


「子供がピストルを持っているぞ!?」

「俺は聞いてない!」

「銃刀法違反じゃないのか?」

 誘拐犯たちは舞奈を遠巻きに囲む。

 手にした銃に恐れをなしたか。

 自制を知らぬ形ばかりの大人では、たとえその手に凶器を握ろうとも、撃たれ傷つく恐怖を克服することはできない。


 だが、後ずさった男たちの胸部が魔法的なチェレンコフ放射によって光る。

 男たちは激痛に身体をよじり、叫ぶ。

 彼らにかけられた【屍鬼の支配ドミナシオン・デ・モール・ヴィヴァン】が、命令違反に対する制裁を科したのだ。


「あ、相手は子供だ、一度にかかれ!」

 やぶれかぶれになったか、あるいは小さな子供と侮ったか。

 誰かひとりの言葉を引き金に、人数を頼りに襲いかかる。


 だが舞奈は口元に浮かんだ笑みを崩さない。

 拳銃(ジェリコ941)が火を吹く。

 たちまち6人が手首を押さえて地を這った。

 ナイフとパイプが転がり、空薬莢が床に落ちる甲高い音が響く。


 その側で、刀也がナイフ相手にへっぴり腰で剣を振り回していた。

 部活と遊び以外で得物を振るうのは初めてなのだろう。


 ふと入り口を見やるが、奈良坂が入ってくる様子はない。

 舞奈が待てと命じたからだ。

 待てと言われて本当に待ち続ける様は、鹿というより犬だ。

 だが慣れない戦闘にしゃしゃり出てこられるよりはずっといい。


「……!? トウ坊、後ろ!」

 しゃしゃり出てきた刀也の背後で、背広の男が鉄パイプを振りあげた。


 だが鈍器が刀也の頭をスイカみたいにカチ割る直前、剣が漆黒の輝きに包まれて打撃を弾き返し、男を怯ませる。

 舞奈の銃弾を防いだ泥人間の【重力武器(ダークサムライ)】と同じ現象だ。

 魔剣に術がこめられていたか。


 振り返った刀也は、男のガラ空きになった胴めがけて斬りつける。


「おいバカ、殺す気か!?」

 だが剣に引っ張られるような不自然な動きに違和感を感じた刹那、一撃を喰らった男は単に吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。


 よくよく見やれば、黒い魔剣の形状は叩き斬るための西洋剣である。

 鈍器に等しい刃で殴られたところで死にはしない。


 剣の魔法を見やる舞奈の背に、忍び寄った2人の男が掴みかかる。だが、


「――うわっ、臭っ!」

 舞奈は振り向きざまに、真後ろの背広にハイキック。

 右足と左足の間に撃鉄のような蹴りをくらった背広が、泡を吹いて崩れ落ちる。


 間髪いれず隣にいたジャンパーの腹を蹴りあげる。

 くの字になった男の顔面に、拳銃(ジェリコ941)のグリップを叩きつける。

 ヤニで歪んだ醜い鼻が砕かれ、男は吹き飛ぶ。


「不意打ちするなら、その臭いをどうにかしろよ。ドブ野郎」

 舞奈は不敵に笑う。


 刀也より、1ダースの大人の男より、舞奈ひとりの方がはるかに強い。

 のたうちまわる男たちを一瞥し、次なる攻撃に備えて構える。だが、


「う、動くな!」

 うわずった恫喝に、思わず見やる。


「じゅ、銃を捨てろ!! さ、さもないと、こいつがどうなっても知らないぞ!」

「……おいおい」

 学ランの男が刀也を組み伏せ、首筋にナイフを突きつけていた。


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