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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第13章 神話怪盗ウィアードテールズ
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公安零課1

 委員長の場繋ぎライブと舞奈たちの偽ウィアードテール活動を控えた、とある平日。

 舞奈は謎の女にナンを奢られ、執行人(エージェント)たちは謎の行者に救われた。

 幸いにも執行人(エージェント)たちには怪我ひとつなかった。

 なので、駆けつけた舞奈たちは、念のために彼らの作業を見守ってから帰宅した。


 その翌朝。

 ホームルーム前の教室で、


「偽ウィアードテールのこと、ちょっと面倒なことになってるみたい」

「これ以上、どんな面倒事があるよ?」

 登校して来て早々に、テックに言われて苦笑する。

 ただでさえ地元警察との対決が決定してるのに、これ以上の面倒は御免被りたい。


 舞奈は少し落ち着こうと、手にした紙コップの水をあおる。

 校庭の水飲み場から、朝食代わりに拝借してきたのだ。

 コップを手にして歩いていると、おしゃれなカフェのドリンクを歩き飲みしている女子高生みたいでちょっと格好いい気がする。

 ……まあ、中身は水なのだが。


「こんどは公安に目をつけられたわ」

「ぶっ」

 思わず舞奈は噴き出した。


 そんな舞奈をテックは嫌そうに見やる。

 だが、すぐに私物のタブレット端末に目を落とし、


「警視庁の福神(ふくがみ)警部っていう人がウィアードテールを専属で追ってるみたい」

 抑揚のない声で言葉を続ける。

「その人たちが巣黒(すぐろ)に来るらしいわ……もう来てるかも」

「そいつは確かに面倒だな……」

 掃除道具入れから拝借した雑巾で床を拭きつつ、舞奈はむうと口元を歪める。


 委員長を連れ出すためのウィアードテール騒動。

 それが警察沙汰になったところまでは、まあ仕方ないなと割り切った。


 だが今度は公安だ。


 舞奈のあずかり知らぬところで、厄介事のスケールと難易度がどんどん増していく。

 その様は、まるでいつもの仕事のようだ。

 仕事人(トラブルシューター)の仕事との唯一の違いは、無報酬だということだ……。


 そう思ってやれやれとため息をついて、


「公安ったって、所詮は警察だろ? そいつらが魔法使いの怪盗を、専属で追い回すなんて芸当が可能なのか?」

 ふと浮かんだ疑問を口にしてみる。

「そんなこと聞かれても……」

 問われたテックは困惑する。


 そりゃそうだ。

 あくまでテックは通信記録か何かをハッキングした結果を言っただけなのだ。

 理由まで知らんだろう。


 だが舞奈が以前に雑誌で見た限りでは、ウィアードテールは術者か魔法少女だ。

 しかも聞きかじった話では、背後に【協会(S∴O∴M∴S∴)】がいる。

 そんな相手を、一般の警察が追えるものなのだろうか?


 人の罪を裁くのが警察。

 怪異や怪人を狩るのは【機関】。

 それが舞奈の知る世の理だ。


 まあ追い続けているということは、一度も捕まえたことがないということだ。

 魔道士(メイジ)を追う一般人という図式としては、妥当な落としどころなのかもしれない。

 それはそれで税金泥棒のように思えなくないが。

 そんなことを考えていると、


「警視庁の公安部には、非公式に公安零課っていう部署があるのよ」

 背後からうんちくが投げかけられた。

 明日香も登校して来たらしい。


 紙コップと雑巾を持ったまま振り返る。

 すると明日香は舞奈に、みゃー子を見るように冷ややかな視線を向けてきた。

 すごく理不尽に思えたが、それは置いておいて先をうながす。


「首都圏をはじめとする大都市に潜伏している怪異は、人に扮して権力を簒奪することも多いわ。だから【機関】じゃ効果的に対応できないのよ」

「まあ、そりゃそうだわな……」

 舞奈は思わず納得する。


 なるほど一部の泥人間は整形を駆使し、人里に潜んで人に仇成す。

 時に脂虫から地位と権威を簒奪し、権力者の座に居座ることもある。

 たとえば以前に倒した滓田妖一のように。


 人も組織もいっぱいな首都圏には、そんなのも沢山いるのだろう。


 対して執行人(エージェント)の大半は学生だ。

 それは人にまぎれた怪異を狩る諜報部にしても同じだ。

 官僚や権力者に成りすました泥人間に対処するには限界があるのだろう。


「だから公安警察が扱うのよ。正式には、警視庁公安部公安零課」

「なるほどな」

 明日香のうんちくに舞奈は珍しく素直に頷く。


「【機関】ほどじゃないけど、神社庁や【機関】OBの協力で魔法戦にも対応可能よ」

「へえ、あっちの方じゃ【機関】と警察が協力してるってわけか」

「実質的にはね」

 口元に笑みを浮かべる。


「だから零課の理念は【機関】に近いわ。異能力による市民への被害を防ぐことよ」

「へぇ、そいつは素晴らしい」

 軽口のように言った言葉は、だが、まぎれもない本心だ。


 舞奈の経験上、怪異との戦闘において警察は役に立たない。

 逆に奴らに利用され、結果的に人に仇成すこともある。


 だが明日香によれば、そうでない警察も……頼りになる大人もいるということだ。

 その事実がなんだか嬉しかった。


 だが。あるいは、だからこそ、


「ウィアードテールは怪盗だ」

 舞奈の笑みは皮肉げに歪む。

 側でテックも苦笑する。


「その活動は【協会(S∴O∴M∴S∴)】からは歓迎するべきものだが、公安からはそうじゃない」

「けど、もちろん魔法使い同士の抗争なんて双方とも望んでいないわ」

「当然だ」

 推論に対しての、明日香の返答に吐き捨てるように答える。

 舞奈たちが置かれた状況の外堀の事情に、気づいてしまったからだ。


 公安零課の理念は【機関】と同じ。

 異能による市民への被害を防ぐこと。


 対して【協会(S∴O∴M∴S∴)】の理念は、市民を楽しませることによる正の感情≠魔力の生成。


 魔法を使うアイドル怪盗の是非については、両者の見解は真逆だ。


 だが双方ともが、相当数の魔道士(メイジ)を擁している。

 魔道士(メイジ)は個人で戦車や戦艦並みの火力を持つ超人だ。

 そんな奴らが本気で争ったらどうなるかなんて、考えたくもない。

 本人たちもそれは自覚しているのだろう。


 だから、その代わりに――


「代わりに【協会(S∴O∴M∴S∴)】はウィアードテールに、【機関】は公安に協力してるのね」

 テックが無表情のまま状況を確認し、


「つまり組織同士の、体のいい代理戦争ってわけか」

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。


 そして舞奈たちは、その代理戦争の真っただ中にに飛びこんだことになる。

 なんとも面倒で厄介な話だ。

 完全に自業自得だという事実も含めて。


「どうするの? チャビーたちは残念がるだろうけど……」

 テックが遠慮がちに問いかける。


 このまま怪盗ごっこを続ければ、舞奈たちは公安零課と対決することになる。

 相手はただの警官じゃない。

 公安の魔道士(メイジ)だ。


 自分たちはともかく、戦闘能力を持たないチャビーや桜が相手するのは無謀だ。

 そう考えたテックの判断ももっともだ。それでも、


「奴らに【機関】や魔術結社の息がかかってるなら、逆にチャビーと桜は安全だ」

 舞奈はニヤリと笑みを返す。

 明日香はしばし考えた末、無言で舞奈に同意する。


 公安零課の理念は異能による市民への被害を防ぐこと。


 対する【協会(S∴O∴M∴S∴)】の理念は市民を楽しませること。


 ふざけてウィアードテールの仮装をしているだけの民間人を害することは、どちらの理念からも外れている。

 だから、むしろチャビーや桜は安全だ。


 公安の術者は、異能や魔法とは無縁な2人を無傷で確保しようとするだろう。

 対してチャビーたちも、魔道士(メイジ)を相手に怪我するような抵抗はできない。

 まあ捕まれば説教くらいされるだろうが、そのくらいは良い薬だ。特に桜。


 それに今の舞奈には、偽ウィアードテールになって確かめたいことがある。

 委員長の父親にとって、いちばん大事なものが何なのか。だから、


「せっかく皆で小道具を揃えてくれたんだ、楽しいお芝居にしようじゃないか」

 そう言って不敵な笑みを浮かべてみせる。途端、


「――あ! マイだ! はやーい!」

「テックちゃんも明日香ちゃんも、おはよう」

 タイミングよくチャビーと園香も登校してきた。


「おはようさん! っていうか、おまえらも結構早いぞ」

 舞奈は何食わぬ顔で微笑みかけ、テックと明日香もそれに続いた。


 そして放課後。


「昨日の話?」

 ウサギ小屋のウサギを眺めながら、明日香はえり子をちらりと見やる。


「ええ」

 えり子もウサギを見やりながら、真剣な表情で頷く。

 小3のえり子を小5の明日香から見ると、少し見下ろす体勢になる。


 そんなえり子の前にウサギが3匹とも集まり……というか自分が露骨に避けられているが、明日香は獣の挙動を努めて気にしないことにする。


 初等部の校舎裏にあるウサギ小屋は、四畳半ほどの広さの金網で囲まれた空間だ。

 屋敷の奥には、すのこ張りの寝室やかじり木。

 中央にはつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像。

 梨崎邸にも引けを取らないウサギ屋敷だ。

 屋敷の手前には餌入れがすえ付けられ、食事を終えた白毛とグレーの3匹のウサギが各々のポーズで手足をのばし、えり子の側で寝そべっている。


 そんなウサギ屋敷の前で、えり子は先日の襲撃について明日香と話していた。


 清掃作業中に突然あらわれた怪異の群。

 それをなぎ倒した謎の行者。


 もちろん舞奈や明日香とともに駆けつけたニュットに、状況はすべて報告した。


 けど、えり子にも知りたいことがあった。

 あの日、自分たちの周りで何が起きていたのか。

 いくら新開発区とはいえ、珍走団がたどり着けるような人里寄りで、あそこまで大量の怪異があらわれるのは不自然だ。

 そして、怪異の群を蹴散らした謎の行者。


 もちろん、えり子には明日香のような知識欲はない。

 それでもこの業界で、知識の有無は時に生死を分けると何度も思い知らされてきた。

 だから知りたかった。


 対する明日香は、不本意ながら公安との戦闘を控える身だ。

 だから他人の世話を焼く余裕はあまりない。


 それでもえり子の話を聞いているのは、件の行者の言動が気になったからだ。

 自分たちが厄介事の渦中にあるからといって、他の面倒が避けてくれることはない。

 この業界で生き残るためには、すべてのトラブルに的確に対処しなければならない。

 それには情報が必要だ。だから、


「まずは怪異の異常発生の原因について、諜報部による正式な調査が決定したわ」

 明日香は伝え聞いた情報を事務的な口調で伝え、


「ただ、気になるのは【心眼】が襲撃を預言できなかったことね」

 首をかしげる。


 巣黒(すぐろ)支部の諜報部において預言を担当するのは【心眼】中川ソォナム。

 彼女は非常に有能な占術士(ディビナー)だ。

 執行人(エージェント)たちの全滅すら有り得た襲撃を見逃すとは思えない。だが、


「……彼女の存在が織りこみ済みだったのかも」

「ずいぶん高く買ってるわね、その妖術師(ソーサラー)のこと」

 えり子の言葉に、明日香はふむとうなずく。


 預言も占術も、見るのは有り得る未来のトピックだ。

 だから増援が間に合わない可能性がゼロならば、危険そのものが察知されない。

 あのとき執行人(エージェント)たちの救援要請に応じ、長距離転移が可能な技術担当官(マイスター)とSランクに加え、明日香も半装軌車(デマーグ)で駆けつけた。途中で舞奈も拾った。


 だが預言に決定的な影響を与えたのは、件の行者だろう。

 えり子のその判断は間違ってはいないと明日香も思う。


 彼女たちの危機に颯爽とあらわれ、圧倒的な力量で怪異を屠ったという妖術師(ソーサラー)


 今回のように被害が起こり得ないからという理由で怪異の出現や襲撃が見逃される事例は、実は過去にも多々あった。

 主に舞奈のせいだ。

 登下校中の女子小学生を襲った怪異は何ら被害をもたらさず消滅する。

 例外はない。

 だから危機を察知する目的での占術や預言には反応しない。


 つまり件の深編笠(ふかあみがさ)をかぶった行者は、舞奈と同レベルの技量を持ち、えり子の危機に遅れる可能性すらなく駆けつけたということになる。


 ならば、まずはその行者について論ずるべきだろう。


「貴女の読み通り、その彼女は修験術士だと考えて間違いないわね」

 神使(しんし)に導かれたと言っていたので、神道に連なる術の使い手なのだろう。

 神術を操る呪術師(ウォーロック)は古神術士と呼ばれ、魔術師(ウィザード)は国家神術士と呼ばれる。そして、


「修験術は神術と仏術を習合させた流派よ」

 明日香は語る。

「古神術と同じように、この世界を構成する火や水や風や大地、森羅万象あらゆる存在の中に潜む魔力を利用するわ」

 解説に、えり子は再び無言でうなずく。


 森羅万象に潜む魔力を扱う呪術は多い。

 古神術はもとより、小夜子のナワリ呪術やベティのヴードゥー呪術も天地を司る魔力を神々のイメージに重ねることにより操り、力と成す。

 萩山光の悪魔術も同じ。

 火水風地の魔力はありふれていて、扱いも容易だ。


「けど修験術士は、それらの魔力を特殊な修練によって己が身に蓄えるの」

「仏術士みたいに?」

「ええ、修験術の根底にあるのは神仏習合の概念よ」

 明日香はえり子の疑問に頷き、

「だから真言と祝詞を唱え、神仏双方のイメージによって術と成すの」

 言葉を続ける。

 えり子も行者が唱えていた呪文の意味を知り、無言でうなずく。


 明日香は、さらに言葉を続ける――


 ――そんな修験術士が操る修験術は、他の流派と同様に3種に大別される。

 仏術士のように内なる魔力で生命力を活性化させる【心身の強化】。

 古神術士のように魔力で空間を歪める【防護と浄化】。

 そして己が身に蓄えた魔力を熱や電気に転化する【エネルギーの生成】。


 修験術士は【防護と浄化】による防御魔法(アブジュレーション)と【心身の強化】【エネルギーの生成】による付与魔法(エンチャントメント)攻撃魔法(エヴォケーション)を併用し、恐るべき魔法戦士へと成り得る。


 えり子から聞いた行者の獅子奮迅の活躍は、その定石に完全に合致する。

 件の行者は疾風の如く戦場を駆け抜け、錫杖に炎を宿し、自身は雷と化したという。


 だが明日香は訝しむ。


 巣黒(すぐろ)支部に修験術士はいないはずだ。


 彼女は何故、都合よく新開発区に――隣接する巣黒(すぐろ)市にいたのだろうか?

 神使(しんし)による自前の占術によって執行人(エージェント)たちの危機を知ったにしても、市外や県外から来訪する理由にはならない。これ以上の大事件は過去に何度もあった。

 あるいは、どこかの魔術結社の活動だろうか?


 少しばかり嫌な予感はするものの、だが理由が思い浮かぶわけでもない。

 なので、もう少しえり子に修験術の知識を披露しようと思っていると、


「安倍さんにえり子ちゃんだ!」

「2人とも、桜に会いたくて待っててくれたのね!」

「別に……」

「いえ別に……」

 チャビーと桜がやってきた。

 珍しい組み合わせだなあとふと思い、2人が今日のウサギ当番なことを思い出した。


「あのね、安倍さんってスゴイんだよ!」

 チャビーが満面の笑みを浮かべて言って、

「安倍さんが小屋のお掃除をするときは、ウサギさんたちみんな隅っこにどいて、ピンって並ぶの」

「それ、警戒されてるんじゃ……」

 えり子がボソリとひとりごちる。


 何を無礼なとばかりに明日香はウサギに目を向ける。

 すると3匹は跳び上がり、マーリン像の後に隠れてしまった……。


「ウサギにまで……」

「別にわたしが何かしたわけじゃあ……」

 ジト目で見てくるえり子から、明日香はバツが悪そうに目をそらした。


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