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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第13章 神話怪盗ウィアードテールズ

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束の間の平穏1

 翌日の放課後。


「おーい、スミス」

 舞奈は学校帰りに『画廊・ケリー』を訪れていた。

 相も変わらず『ケ』の横線が消えかけた看板を見上げつつ、我が物顔で店に入る。


「いいかげん看板を――」

「――ウィアードテール! デビュー!」

 足元を何か通り抜けた。


「……?」

 リコだった。


 ステッキを振りまわしながら店内を走り回っていたらしい。

 着こんでいるのはコスプレ風のミニドレス。

 黒とピンクのきわどいドレスは舞奈のよく知るウィアードテールのそれだ。


 女児向け雑誌のアイドル怪盗は、ここでも人気らしい。

 あるいは桜あたりの影響か?


 こうして改めて見てみると、本当にきわどい衣装だ。

 だが来週末は舞奈も同じものを着て委員長宅にお邪魔するのだ……。

 まあ、せっかく鍛えた筋肉を、たまには見せびらかすのもやぶさかではないが。


「スミスに作ってもらったのか?」

「うん! かっこいいだろう!」

「あ、いい出来だ」

 舞奈は笑う。

 何はともあれ、リコが喜んでるなら良いことだ。


(それにしてもスミスの奴、割と何でも作れるんだなあ)

 以前に誂えてもらったワイヤーショットの手袋も既製品じゃなさそうだし。

 そう素直に感心し、


(ああ、そうだ)

 ふと思いついた途端、


「あ~ら舞奈ちゃん、おかえりなさい」

 奥から当のハゲマッチョがやってきた。


「冷たいレモネードでもいかがかしら? リコも少し休憩なさいな」

「おっ、さんきゅ」

「ラムネだ!」

 スミスから差し出されたグラスをあおる。

 レモンの香りを鼻孔で愉しむ。

 ひんやり冷たい甘ずっぱさで、のどを潤す。


「こぼすなよ」

 隣で舞奈を真似て飲み干すリコを見やって笑い、


「なあスミス、ひとつ用立てて欲しいものがあるんだが」

「あら、なあに?」

「銃を隠せるポシェットかなんか、作れるか?」

 再び元気に走り始めたリコをにこやかに見やりながら、何食わぬ顔で言ってみる。


 普段の舞奈は拳銃(ジェリコ941)をジャケットの裏のホルスターに入れている。

 だがジャケットなしでも隠し持てる手段があれば、ファッションにも幅ができる。

 そう思った。

 たとえばウィアードテールの扮装とか。


 もちろん梨崎邸の警備をかいくぐって委員長を連れ出すのに銃は必要ない。

 だが荒事に際して丸腰だと考えると、それはそれで心ともない。

 だからまあ、何となくだ。

 そんな舞奈の心情を知ってか知らずか、


「お安い御用よ」

 ハゲマッチョからは普通に色好い返事が返ってきた。

 流石はスミスだ。


「デザインとかの好みはある?」

 問われて何気にリコを指さす。

「舞奈ちゃん、高学年なのよね……?」

 スミスは言いつつジト目で見やる。

「いや、雑誌そのものは高学年が読んでもおかしくないやつだろ!?」

 舞奈は思わず抗議する。


「けど、突然そんなもの欲しがるなんて、どうしたの?」

「いや念のためっつうか、なんつうか……」

 真顔に戻ったスミスに問われて舞奈は困る。


 怪盗の仮装をして集団で友人宅に押し入り、娘を誘拐(合意済みだが)するという今回の茶番について、どこまで話すべきなのやら。

 あんまり白眼視されるようなことを言いたくないなあと、ふと考えた途端、


「――おお舞奈ちん。こんなところにいたのだか」

 声に見やると、今度は店先から糸目の女子高生があらわれた。

 技術担当官(マイスター)『どこにでもいる』ニュットである。


「どうしたよ? 仕事か?」

 来週末に予定があるんだが。

 そんな内心を押し隠しつつ、めんどくさそうな表情は隠さず問う舞奈に、


「いや、そういうわけではないのだがな……」

 言いつつ糸目はじっと見てくる。

 女子高生が舞奈を見やる視線の低さは、舞奈がリコを見やる低さと似ている。


「単刀直入に言うのだ。舞奈ちんの部屋にウィアードテールの予告状(間違い)が届いたと聞いたのだが、その時の状況を教えてほしいのだ」

「ぶっ!!」

 舞奈は思わず噴き出し、


「まあ、お行儀悪い」

(警察沙汰だと!?)

 嫌そうに布巾を取り出すスミスを尻目に、目を見開く。


 だが、それ以上の動揺の気配は見せずに無言で先をうながす。

 糸目はどこまで事情を知っているのやら。


「いや本来ならば地元警察が事情聴取しに行く案件なのだがな」

 何食わぬ顔で言葉を続ける。


「奴らじゃ新開発区の舞奈ちんの家まで辿り着けんし、Aランク以上の【機関】関係者には出頭要請もできんのでなあ、なんとか話だけでもと泣きつかれたのだよ」

「そっか……」

 努めて平静を装いつつも、舞奈は内心、頭を抱える。


 委員長をライブに間に合うように連れ出すべくノリで始めたウィアードテール。

 どうせなら本格的にと予告状も出してみた。

 だが、それがまさか、ここまでの大事になるとは考えていなかった。


「志門ちゃん、いったい何したのよ?」

 スミスが不審そうな視線を向ける。

 舞奈は居心地悪く縮こまる。


 以前にハゲの連続殺害犯を探す際、舞奈はスミスを疑って詰問した。

 彼は(主に舞奈の対応のせいで)無茶苦茶に凹みつつも、無実を証明してみせた。

 というか舞奈の勘違いだった。


 今はちょうど、その真逆な状況だ。

 しかも今度は勘違いではない。なので、


「いや、実はな……」

 舞奈は洗いざらい事情をぶちまけた。


 あの時、素直に事情を話してくれたスミスの誠意に答えた……わけでもない。

 単に隠し立てする労力を、話して困惑されるデメリットが上回ったからだ。


「舞奈ちゃん、イタズラにしたってそれは……」

「別に、あたしがやりたいって言ったわけじゃなくてだな……」

 前回の意趣返しというわけではないのだろうが、スミスは冷たい視線を向けてきた。


「ウィアードテールはしもんだったのか!?」

「いや、んなこと言ってないだろ」

 話が飲みこめていないのか、リコはビックリした目で舞奈を見やる。

 舞奈はどっと疲れ果てる。だが、


「うむ。警察のほうはあちしが適当に誤魔化しておくのだよ」

 ニュットが力強く言ってくれた。

 意外にも話のわかる女だ。


 ……否。


「楽しんでやがるな」

 舞奈はジト目でニュットを見やる。

 糸目のニュットは半笑いだ。


「……なあ、あんた。ひょっとして【協会(S∴O∴M∴S∴)】の関係者ってことはないか?」

「いきなりなのだなぁ」

 ふと思いついて尋ねてみた。


 芸術による精神高揚――強大なるプラスの感情を魔力に変換して利用すべく、芸術活動の振興を理念とする魔術結社。【ミューズ(Society)(Of)探索者(Muse)協会(Seeker)】。

 彼女の全力で楽しもうとするスタンスは、その理念に似てると言えなくもない。

 だがニュットは糸目のまま、


「違うのだよ」

 何食わぬ顔で即答した。


「【協会(S∴O∴M∴S∴)】は皆を楽しませて正の感情を生み出すために活動しているのだ」

「ああ」

 ニュットの言葉に舞奈はうなずき、


「だが、あちしは自分自身を楽しませるために全力で活動しているのだよ」

「……胸張って言うことかよ」

 続いた台詞に、思わず肩をすくめてみせた。

 スミスも思わず苦笑する。


 リコは訳のわからぬ会話に飽きたか、ステッキを振りまわして走り回っていた。


 そんな馬鹿な出来事があったのと同じ頃。

 同じ統零(とうれ)町の一角にある、広い敷地の中央に位置する屋敷の一角。


――夕暮れの街、君に会いたくて

――見慣れたコート、探して、目を凝らす


 委員長の部屋で、園香は歌の練習につきあっていた。


 子供部屋にしては広い自室の一角で、委員長はギターを弾きつつ歌っている。

 園香は向かいのベッドに腰かけて聞いている。


――そこにいるはずなんてないこと、わかっているけど

――君のいた場所、いつまでも、見つめていた


 隠れリッチな委員長の部屋は山の手暮らしの園香の部屋よりうんと広いのに、装飾品が少ないせいで、少しがらんとして見える。

 質実剛健ともいえるその印象は、家に来た時に挨拶した彼女の父親と似ていた。


――ふと振り返る

――そこには誰もいない

――けれど僕らが、来た道、確かにあるよ


 ワンピースの膝の上にちょこんと座ったハリネズミの背を、そっとなぜる。

 小さな可愛い生き物は、小さく「きゅい~」と喜んでみせる。


――2人で歩いてきた道、間違ってなかったと

――確かめるように、口元、歪める


――それが笑顔に見えたらいいな

――だって僕が笑うと

――君も微笑んで、くれたから


 園香には音楽についての知識などない。

 だが委員長は、聴衆がいるだけでも嬉しいと言ってくれた。


 それにチャビーや桜はポーズの振り付けを練習している。

 舞奈や明日香は委員長を連れ出す手はずを整えるために奔走してくれている。

 けれど自分には衣装を作る以外にできることがない。


 なので山の手暮らしの自分から見ても広くて立派な委員長のお屋敷にお邪魔して、委員長が飼っているハリネズミといっしょに美しいバラードを堪能していた。

 あずさの明るく楽しい歌の場繋ぎだから、静かな曲をリクエストされたらしい。

 その曲に、委員長は十八番の『GOOD BY FRIENDS』を選んだ。


 ハリネズミのエース君は、普段は大きなケージの中にいる。

 けれど今日は園香に抱かれたがっていたので、特別に膝の上で音楽鑑賞だ。


――この広い世界の中、ただ君が、いてくれるだけで

――光輝く、楽園だった


――僕がここまで来られたのは、君がいたからだって

――何度でも伝えたいよ


 亡くした誰かを想う歌。

 その美しくも寂しい曲目を、繊細なギターとボーカルが染み入るように奏でる。


 その旋律を支えるのは、門外漢の園香ですらわかるほど確かで、高度な技術。

 それは委員長が小5になるまで、多くの時間と情熱を音楽に捧げてきた結果だ。


 けれど、穏やかなのに心揺さぶるバラードの本質はそこではないと思った。


 何故なら別れの歌を奏でる委員長の瞳に、言いしれぬ悲しみが宿っていたから。

 まるで志門舞奈が時折見せる、寂しげな笑みのように。

 まるで、ツチノコ狩りで園香たちの危機を救ってくれた謎のロッカーのように。


――君が何処にいても聞こえるように

――笑ってくれるように

――僕の気持ち、歌にして、送るよ


 けれど過去をうかがい知ることすらできない2人と違い、園香は委員長の深い悲しみの理由を察することができた。


 何故なら多くの使用人が行き交う広くて立派な梨崎邸には、母親の存在を感じさせるものがあまりに少なかったから。

 まるで今のチャビーの家に、兄を感じさせるものがほとんどないのと同じように。


 それに委員長は音楽活動を父親に反対されていると言っていた。

 予告状を届けに行った舞奈も、父親は音楽に理解がなさそうだと話していた。

 けれど母親については誰も何も言っていなかった。

 委員長と仲のいい桜からも聞いたことはない。


――天国でも、地獄でもない、この世界の中

――この道はまだ、ずっと先まで、続いてるけど

――ひとりで歩く道じゃないよ

――僕にはまだ歌が、あるから


 娘のライブに反対しているという父親もまた瞳の奥に悲しみを宿していた。

 それが委員長の母親に関することなのか、あるいは別の何かなのか。

 あるいは、それがライブに反対する理由なのか。

 小5の園香には予想することもできなかった。


――2人で歩いた道

――2人で歌った歌

――絶対に、忘れやしない


――そうさ君は、歌になって

――吹き抜ける春の風になって

――僕の隣に、いるよ


 ……否。


 ハリネズミにつけられたエースと言う名前。

 それは委員長の母親が好きだった何か、あるいは誰かの名らしい。


 それが委員長の口から語られた、唯一の母親の記憶だ。


――あの懐かしい歌になって

――まばゆい木漏れ日になって

――僕の隣に、いるよ


 そして余韻のようなギターが、哀愁漂うバラードを締めくくった。


「委員長、すごい」

 園香はエース君を驚かさないように、歌に静かな拍手で答える。

 膝の上のハリネズミも、「キュイキュイ」と喜んでみせる。

 委員長もはにかむように微笑みながら、ずらした眼鏡の位置を戻す。


 プロ顔負けのバラードだと、お世辞抜きに思った。

 深く静かなバラードは、あずさの楽しい曲と鮮烈なコントラストを成すだろうと。

 その様を、本番で鑑賞するのが今から楽しみだった。


 その後も委員長は数曲を披露し、園香もエース君も美しい歌声を楽しんだ。


 そうやって楽しい時間を過ごした後、


「それじゃあ委員長も歌の練習がんばってね」

「園香さんも、いろいろとお手伝いありがとうなのです」

 言って笑顔を向け合って、門の向こうで手を振る委員長に背を向けて歩き出す。


 そして日も暮れかけてきたのに気づき、急いで帰路につこうと歩いていると、


「少し失礼、御婦人」

 知らない紳士に話しかけられた。

 コートを着こんだ、恰幅の良い初老の男だ。


「こちらのお宅にお知り合いでも?」

「はい、学校のお友達が」

 礼儀正しく答える園香に、


「なるほど、こちらにはお嬢さんがおられましたなあ。……おっと失礼」

 紳士は何かを取り出す。

 手帳のようだ。

 見慣れぬそれを、園香は思わずまじまじと見やる。


 ……警察手帳だった。


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