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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第13章 神話怪盗ウィアードテールズ
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スードゥナチュラル

 いろいろあったものの委員長宅に予告状を届けた、その翌日。

 日比野邸の2階にあるチャビーの部屋で、


「よくもまあ、おんなじ雑誌をこんだけ買いそろえたもんだなあ」

 テーブルの上に積まれた『きゃお』誌を見ながら、舞奈はやれやれと苦笑した。

 側でネコポチが「にゃぁ~」と鳴く。


 チャビーは『きゃお』を毎号、欠かさず買いそろえているらしい。

 続き物の漫画が楽しみだからという理由だ。

 だが興味のない舞奈から見たら、似たような表紙の雑誌の山だ。


 放課後に、チャビーの部屋に集まったのは園香に明日香、そして舞奈。


 委員長と桜は学校の音楽室で歌の練習をしてから来るらしい。

 生真面目な委員長らしい賢明な判断だ。

 そもそも今回の茶番の最終目的は、委員長がライブの場繋ぎを完遂することだ。

 ウィアードテールの扮装は手段に過ぎない。


「ウィアードテール! デビュー!」

「うんうん、チャビーちゃん、似てる」

「えへへ、やった!」

 チャビーは決めポーズの練習をしている。

 園香はニコニコとチャビーをほめる。


 チャビーはもとより、園香もけっこう楽しそうにしている。

 こう見えてもチャビーと園香は同じ小5だ。

 園香もウィアードテールは好きなのかもしれない。

 それなら少しは気合を入れて頑張ろうかなあと舞奈も思う。


「安倍さんもマイも、これを読んでウィアードテールのことを研究しよう!」

「ええ、わかってるわ」

「へいへいっと」

 チャビーに促されるまま、テーブルの側に用意されたクッションに座る。


 手近な『ちゃお』を手に取って、パラパラとめくる。

 子供向けとはいえ少女漫画らしい繊細なタッチの漫画の中に、ひとつだけ極端に雑な絵柄を見つけて、すごく気になる。

 だが舞奈たちの目的は漫画を読むことじゃないので特集ページを探してみるも、


「あれ? 載ってないぞ」

「その号が出た頃には、ウィアードテールはまだいなかったと思うかな」

「活動を始めたのは最近って言ったでしょ? あと目次くらい見なさいよ」

 首をかしげる舞奈に園香が優しく、明日香は容赦なくツッコむ。


「……じゃあ何で積んだんだよ」

 不貞腐れつつ、桜の『つなよし』誌と読みっこするのが楽しみなのかもしれないと思った。そんなチャビーは舞奈が漫画雑誌を読むのが面白いのかニコニコ笑顔で、


「一番最初にウィアードテールが載ったのは、これ!」

 一冊を選んで差し出した。

 舞奈は「さんきゅ」と受け取り、何となく号数を確認する。


(ちょうどマンティコアの騒ぎがあった頃か)

 ふと、感傷が脳裏をよぎった。


 当時、舞奈は悟との決戦による痛手を癒し、脂虫連続殺害犯【メメント・モリ】を追い、その結果、楓と紅葉が友人となった。

 その後しばらくして、チャビーは倉庫街のとあるビルで子猫と会った。


 だが子猫は魔獣と化した。

 事故で亡くした母親を蘇らせようとして。


 舞奈たちは友人たちとともに魔獣マンティコアを倒し、子猫を救い出した。

 そして子猫はネコポチと名付けられ、今は『きゃお』誌の山の隣でくつろいでいる。


 余談だが、以前に紅葉の呪術で会話した際、ネコポチは自身を『ボク』と呼んだ。

 だが動物会話の魔法では、性別に限らず相手は『ボク』と言うらしい。

 獣の言語に性別ごとの一人称が存在せず、それを無理やりに翻訳するからだ。


 なのでネコポチの一人称もボクだが、性別はメスだ。

 くつろぎまくって後足をなめる仕草を見れば一目瞭然だ。

 慣れてくれるのは嬉しいのだが、もう少し慎みを覚えてもらっても……


 ……それはともかく、ウィアードテールが活動を開始したのも、その頃らしい。


「――その号の特集のページは、ここだよ」

 物思いにふけっていた舞奈の手元で、チャビーが雑誌のページをめくる。


 あらわれたのは、以前にちらりと見た最新号と同じようなカラーページだ。

 映っていたのも以前と同じ、黒いミニドレスの少女。


 神話怪盗ウィアードテール。

 巷で人気のアイドル怪盗という体裁の、実は術者。あるいは魔法少女。


 こうした、あえて術者の存在をエンターテインメントとして露出する活動方法は、米国の術者が多用するやりかたらしい。

 あちらは市民が当たり前に銃を持っている。

 なので姿を隠してこそこそしていると、守るべき市民に撃たれてしまう。

 だから術者はヒーロー然としたコスチュームに身を包むことにより、市民への敵対の意思がないことをアピールするのだ。


 それを国内でやる意味はわからないが、ある意味で秋葉原らしいといえばらしい。


 舞奈は特集のページをめくる。


 最新号のような活動風景ではなく、カメラ目線でポーズをとった写真が多い。

 最初の特集だからだろうか。


 この怪盗、表情からするとわりとノリノリのようだ。

 性格的には一樹より桜やチャビーに近いのだろうか?


 まあ折角だからパフォーマンスの参考にでもするかと眺めてみる。

 アップの写真が多いのも初出だからか。


「……このペット、ハリネズミだったんだな」

 怪盗の肩に乗ってる小動物を見やり、ひとりごちる。


「うん! ハリネズミのルビーアイちゃん! 可愛いでしょ?」

「そりゃ強そうな名前だ」

 適当に返事しつつ見やる舞奈の側で、ネコポチが「なぁー」と鳴いた。


 会った当時は手のひらサイズの可愛い子猫だったネコポチ。

 だが相応に月日の経った今では顔立ちに精悍さが混ざり始めている。


「もちろんネコポチも可愛いよー」

「なぁ~!!」

 それでも甘えた声で飼い主の手の中に跳びこむ。

 その様を見る限りでは、まだまだ、ちょっと大きくなった子猫だ。


 そんな1匹とひとりを、明日香は羨むように、園香は見守るように見やる。


 舞奈は誌面に目を落とす。

 もう二度と戻らないあの頃を、思い出していることを悟られぬように。


「そういえば、ルビーアイちゃんの代わりはどうしよう? ネコポチやる?」

「なぁ~?」

 問いかけられて見上げる子猫を見やり、

「これ以上、話をややこしくせんでくれ」

 言って舞奈は苦笑する。


 アイドル怪盗の扮装をして委員長宅に押し入るだけでも後始末が面倒なのだ。

 そのうえに元魔獣で異能力を操る子猫なんて出てこられたらたまらん。


 それに舞奈は、なんとなく厄介事にペットを同伴させるのが気に入らなかった。


 まあ、隣の明日香も同意見ではあるらしい。

 なぜなら方々に手回しして後始末するのは、主に彼女の役目だからだ。


「だいたい子猫にハリネズミの格好させても、代わりにはならんだろう」

 舞奈は子猫を見やって苦笑して、


「ふふっ、そうでもないかも」

「どういうことだ?」

 園香の言葉に首をかしげる。


「ルビーアイちゃんって、仕草があんまりハリネズミっぽくないんだって。委員長が言ってたの。自分も飼ってるからわかるって」

「委員長のやつ、ハリネズミなんて飼ってたのか」

 まあ、あれだけの豪邸に住んでるのだ。ペットの1匹や2匹いても驚かない。

 それに彼女がウサギ当番でたまに見せる小動物に対する気遣いも、ペットを飼っていると言われた方がしっくりするように思える。


「じゃ、何っぽい仕草なんだ?」

「桜ちゃんの家のミケちゃん」

 そいつは猫だ。


 めずらしく素っ頓狂な園香の答えに、思わず舞奈は絶句する。

 まあ園香が言うのだから、委員長がそう言ったのは事実なのだろう。

 そして委員長が言ったのだから、彼女がそう感じたのは事実なのだろう。


 それにしても桜の家の猫。

 犬の絵のモデルになったりハリネズミ似だと言われたり、気苦労の多い猫である。


 ならば本当に子猫に仮装させるつもりなのかとチャビーを見やると、


「冗談だよ。ネコポチは大事な家族だもん。お家で待ってて」

「にゃぁー!」

 猫と視線を向け合って笑う。


 チャビーはネコポチに、ちょっとだけ過保護だ。

 それは一度ネコポチがいなくなって、必死で探したことがあるからだ。

 その子猫が、彼女の亡き兄と入れ替わりに家族になったからという理由も少しある。


 そんな事情を別に察したわけでもないだろうが、


「そもそもウィアードテールが4人になった時点でペットの有無なんて些事なんじゃ」

「う、うん、そうだね」

 明日香がボソリと正論を言って場を収め、隣で園香が苦笑する。

 その尻馬に乗ったわけではないが、


「で、こっちの背広マントのあんちゃんもウィアードテールの仲間か?」

 舞奈も別の写真を指さしながら問いかけてみた。

 こちらには、ウィアードテールと見慣れぬ若い男がセットで映っている。


「背広じゃなくてタキシード」

 明日香のうんちくを礼儀正しく無視していると、


「『真夜中はナイト』様だよ! ウィアードテールがピンチになると、どこからともなくあらわれる王子様なの!」

 チャビーが夢見るような口調で言った。


「お、おう、そりゃ頼もしいな……」

 舞奈は思わず苦笑する。


 チャビーが今回のウィアードテールごっこに積極的なのも、それが理由か。

 舞奈は少し合点がいった。


 幼女みたいな容姿のクセに、チャビーは惚れた腫れたの話が大好きだ。

 気になる人とやらの話をしたことも1度や2度ではない。

 それも毎回、別の男だ。

 たぶん彼女は、兄の代わりを見知らぬ誰かに求めている。


 今回のそれが、この『真夜中はナイト』氏なのだろう。


 ウィアードテールの真似をしてピンチになったら、王子様と会えるかもしれない。

 あるいは、それが理不尽な別れを余儀なくされた兄かも知れない。

 学年だけは5年生だが容姿も中身もお子様チャビーが、そう考えるのも無理はない。


 もちろん舞奈は、故人を復活させる技術や魔法に関しては懐疑的だ。

 そんなことを試みても、ろくなことにはならないと思っている。

 悟だって、ネコポチだってそうだった。


 だが、それは舞奈個人の経験からくる考え方であることも理解している。


 だからチャビーのセンチメンタリズムに付き合うのもやぶさかではない。


 まあ実際に王子様なんてものが、あらわれることはないだろう。

 だがアイドル怪盗の扮装をして困ってる友人を連れ出すことができれば、それはチャビーの記憶には良い思い出として残る。


 そんなことを考えていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「あ! 桜ちゃんと委員長だ!」

「歌の練習が終わったんだね」

 言いつつ2人を出迎えに、チャビーと園香は1階へ降りていく。


 舞奈は再び雑誌に目を落とす。

 アイドル怪盗の肩に乗った、妙に人間らしい仕草のハリネズミを見やる。


「……ん? なんだよ?」

 頬の隣に獣の気配。


 ネコポチが、いつの間にか目前のペットと同じように舞奈の肩に乗っていた。

 少し育った6本指の子猫は、舞奈と並んで特集ページをじっと見つめていた。


 そんな様を、後ろから明日香が何となく見ていた。


 ――そして、その晩。


 舞奈は夢を見た。

 3年前、舞奈がピクシオンだったころの夢だ。


 ピクシオンにはブレスと共にフェイパレスから遣わされたマスコットがいた。

 ビクティムという名前の、魔法の力を持った子犬だった。


 幼い舞奈の通学鞄を噛んだり、おやつを勝手に食ったりする困った奴だった。

 しかも奴には頭の上に乗ってくる癖があった。

 成長が止まりそうだと舞奈が嫌がっているのに気にせず、隙を見せれば乗ってきた。


 けど可愛らしくてふわふわで、元気な子犬は幼い舞奈と気が合った。

 舞奈が学校に行っているとき以外は、ひとりと1匹はいつも一緒だった。


 だが、ある日、幹部のひとりがピクシオンの正体を突き止めた。


 幹部は舞奈がひとりで外出した隙を見計らい、襲撃を試みた。

 当時は幼く弱かった舞奈を、確実に倒すために。


 幼い舞奈は逃げようとして転んだ。

 ピクシオン・ブレスを取り出して変身しようと試みるも、間に合わない。


 幹部は日本刀で斬りかかる。

 ギラリと光る鋭い凶刃が舞奈に迫る。

 当時はまだ最強ではなかった舞奈に、それを避ける術はなかった。


 そんな舞奈をかばうように、頭上のビクティムが幹部に跳びかかった。


 あっ! と舞奈が反応する暇もなかった。

 幹部は子犬を無造作に切り払った。

 斬られた子犬は血しぶきをあげて吹き飛んだ。


 幹部は何事もなかったかのように、舞奈めがけて刀を振りかざす。

 そして凶刃が振り下ろされる寸前、瓦礫の隙間から美佳と一樹があらわれた。

 美佳が狂気による洞察によって舞奈の危機を察知し、角度を用いた転移を用いて一樹と共に駆けつけたのだ。


 美佳は舞奈を背にかばう。

 一樹は抜く手も見せず幹部に跳びかる。


 だが幹部は一樹のナイフを避けるように、転移によって姿を消した。

 小癪にも、計画の失敗に備えて撤退の準備を整えていたのだ。


 こうして幼い舞奈は辛くも生き残ることができた。


 だが身代わりに凶刃に裂かれたビクティムは、血を流したまま動かなかった。


 幼い舞奈は、子犬の亡骸にすがりついて泣いた。

 美佳は舞奈を抱きしめて、慰めてくれた。

 そして2人で、勇敢で可愛かった子犬を、アパートの前の花壇の側に埋めた。


 一樹はそんな様子を無言で見やったまま、泣きも怒りもしなかった。

 そして夜中に、ふらりと部屋を抜け出した。


 翌日、舞奈は失意のまま目を覚ました。

 昨日起きたことは悪い夢で、朝起きたら子犬が通学鞄を噛んでいるかもと期待した。

 だが3人のピクシオンが暮らす部屋に、もうビクティムはいなかった。


 美佳に送られて登校すべく、アパートを出る。


 すると、そこに一樹がいた。

 側には小さな塊が転がっていた。


 よく見ると……それは昨晩、舞奈を襲った幹部だった。

 小さいと思ったのは、それに手足がついていなかったからだ。


 エンペラーの幹部は、エンペラー自らが強大な魔力で創造した式神だ。

 だが一樹は、式神を普通のナイフで殺傷することができた。

 式神は魔力を循環し、自身を完全な状態へ変化させることで自己再生する。

 そこに苦痛と恐怖を与え続けて絶望させ、『欠損した状態』へと再生させるのだ。


 側に折れた刀が転がっていた。

 一樹はへし折った本人の得物を使って『それ』をしたのだ。

 おそらく一晩かけて幹部を探し出し、拉致して。


 幹部は昨晩の高圧的な言動が嘘のように、涙を流して舞奈に詫びた。


 そして言った。

 私を殺してくださいと。

 一樹の技芸によって、彼は苦痛と絶望以外のすべてを失っていた。


 舞奈は彼が憎かった。

 友達だった子犬と同じ運命を、彼に味合わせてやりたかった。

 なのに彼自身がそれを渇望していた。


 それでも当時の舞奈は、死より恐ろしい罰を知らなかった。

 だから彼の最後の願いを受け入れた。


 一樹は何の感情も見せぬまま幹部を頭上に放り投げた。

 そして術を放って焼き尽くした。


 日本刀使いの幹部を自身の得物で痛めつけ、妖術の炎で焼き滅ぼす。

 それが一樹なりの、奴に奪われた命への手向けなのかも知れないと今は思う。


 けれど術の炎に焼かれながら、幹部は言った。

 ありがとう、と。


 それが舞奈に恐怖を、子犬に死を与えた幹部の末路だった。


 けれど、それがあまりにあっけなさすぎて、失ったものと釣り合いが取れていない気がして、幼い舞奈は泣いた。


 そんな幼子の涙に心を痛めたか、美佳はビクティムを蘇らせるといってくれた。

 幼い舞奈は仰天した。


 術には期限があるものだ。

 だが美佳が子犬に施す術の期限は『舞奈が望まなくなるまで』だという。


 舞奈は一も二もなく美佳の申し出を受け入れた。

 大好きだった可愛い子犬と、ずっと一緒にいられると信じて。


 美佳が施術を施すと、花壇の側から子犬が這い出てきた。

 舞奈は子犬を抱きしめた。

 いつもいっしょだった元気な子犬は、以前と変わらず可愛らしく、ふわふわだった。


 そして舞奈は、アパートに子犬を残して学校に向かった。

 舞奈がいない間におやつを食べられてしまうんじゃないかと少し心配になった。

 でも今日だけは、おやつが全部なくなっていても、怒ったりしないと心に決めた。


 けれど舞奈が帰ってきても、おやつはなくなっていなかった。


 舞奈はビクティムと一緒におやつを食べた。

 いつもと同じ味のはずのおやつが、なぜだか美味しく感じられた。

 けど子犬は、以前のように舞奈の分をパクッて食べたりはしなかった。


 それからも、ひとりと1匹はいつも一緒だった。

 もちろん舞奈が学校に行っているとき以外は。


 子犬は以前と同じようにふわふわで、可愛らしかった。

 しかも以前のように鞄を噛んだり、おやつを勝手に食べたりしなかった。

 頭の上に乗ってくることもなくなった。


 その上、変身前の舞奈に危機が迫ると魔法の力で守ってくれた。

 全身から無数の触手を吹き出し、敵を串刺しにするのだ。


 舞奈は以前よりずっと子犬が大好きになった。


 けれど蘇った子犬と暮らすうちに、違和感を感じるようになっていった。


 だから学校に行く前、元気な子犬が舞奈を見送っていた場所を覚えておいた。

 些細な小物の位置をも正確に記憶しようとした。

 自分の感じた違和感が、気のせいだといいなと願いながら。


 そして学校から帰ってくると、それらは出かける前と全く変わっていなかった。


 元気な可愛いビクティムは、舞奈が帰るや否や嬉しそうにじゃれついてきた。


 それから数日、舞奈は同じことを続けてみた。

 皮肉にも、そうした行為によって舞奈の注意力と集中力は飛躍的に高まった。

 いつかの幹部が再びあらわれたとしても、自力で対処できる程度に。


 けどビクティムも、小物の位置も、舞奈がいない間に変わることはなかった。


 幼い舞奈は気づいてしまった。

 目の前にいる元気で可愛い子犬は、舞奈の知っている子犬じゃなかったのだと。


 それは舞奈が見ているときだけビクティムになるのだ。

 美佳の魔法によって。

 幼い舞奈が悲しまないように。


 そうでないときは、たぶん、それは何者でもない。

 少なくとも舞奈が大好きだった、元気で可愛くいたずら好きな子犬ではない。

 おそらくまだ花壇の側に埋まっているか、あるいはもう何処にもいない。


 幼い舞奈は観察に観察を重ねて、自身の推論を裏付けた。


 そして、ある日、美佳に問いかけた。

 ビクティムは幸せなの? と。


 美佳は答えなかった。

 それが舞奈の推論への、最後の答え合わせになった。


 だから、舞奈は告げた。

 ビクティムを楽にしてあげて、と。


 舞奈はもう『望んでいなかった』。

 ビクティムじゃない何かが、自分のためにビクティムのふりをしていることを。

 それが双方に対する冒涜だと思ったから。


 美佳は舞奈の言葉にうなずき、魔法を解いた。

 ビクティムをビクティムたらしめていた魔法を。


 子犬の姿はほどけるように、光の粉になって消えた。


 消え去る間際、舞奈が大好きだった元気で可愛い子犬は言った。

 ありがとう、と。


 魔法の光がすっかり消えた後、舞奈は泣いた。

 そんな舞奈を美佳は優しく抱きしめてくれた。

 そして今度は、それ以上何もしなかった。


 後に舞奈は、それがスードゥナチュラル生物と呼ばれるものだと知ることになる。

 エイリアニストの【混沌変化】【狂気による精神支配】技術によって、故人や生物を変化させて創られる式神の一種だ。

 ルーン魔術の【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】に少し似ている。


 同様に、脂虫を怪物に変化させて襲わせるミュータント化という技術もある。

 こちらは後日、別の幹部との戦闘で何度か用いられた。


 そんな術で仮初の命を得たビクティムが、幸せだったか舞奈には今でもわからない。


 子犬が最後に残した、ありがとうの意味も未だにわからない。


 ――そして3年後。


 舞奈は、美佳を蘇らせようとした悟を止めた。

 美佳が遺した魔力で母親を蘇らせたかったネコポチを止めた。

 失くした髪を蘇らせようとした萩山光を止めた。


 舞奈は故人を復活させる技術や魔法に関して、今でも懐疑的だ。


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