日常1
萩山光が【協会】に保護され、皆にカツラが振る舞われた件の事件から数日。
舞奈たちは普通に登校して普通に授業を受け、夕方に下校するという退屈だが平穏な日々を取り戻していた。
そんな何でもない平日の、とある授業の始まり際、
「今日の体育は自習なのだそうです。外で好きなことをして遊んで良いそうなのです」
委員長が宣言した。
彼女は休憩中に呼び出され、担任教師の代わりに遅れてクラスにやってきたのだ。
クラス委員長も楽じゃない。
「……また何かやったの?」
「今までだって別に、あたしが何かしたわけじゃないだろう……」
舞奈は隣の席の明日香と顔を見合わせる。
他の生徒たちも少しざわざわした後に、
「ドッジボールしようよー」
「さんせー」
チャビーが言って女子の皆が賛同し、
「チャンバラがやりたい!」
「オレも、オレも!」
男子たちも希望を言い出した。そして、
「じゃ、じゃあ、サバイバルゲームをしよう。それなら玉も飛ぶし、戦いだし」
「いーよー」
「まーそれなら」
他の男子のひと言で、自習の内容が決定した。
まとまりの良い生徒たちである。
「銃はあるのか?」
「体育倉庫にエアガンとシューティンググラスが仕舞ってあるのを見たことがある」
「なら先生に許可を取ってくるのです」
言い出しっぺの男子たちが動き、委員長も動く。
すると残された面々もテキパキと動く。
「組分けはどうするよ?」
「男女で分けるか?」
「いや、それだと弱い者いじめになるだろ。それは良くない」
他の男子がちょっと男気のあることを言って、
「……志門と安倍を同時に相手するとか、何処の国の刑罰だよ」
情けなく落とした。
別に【掃除屋】だ仕事人だと吹聴しているわけではないが、身体を使う遊びで舞奈に勝てる者などいない。クラスの常識だ。
それはともかく皆はつつがなくチーム分けを済ませ、倉庫から銃をひっ張り出した。
幸い銃もシューティンググラスも人数分ちゃんとある。
その間に委員長は、首尾よく校庭とエアガンの使用許可をもらってきた。
授業時間の開始から10分足らず。
わりと優秀な小5である。
他に授業で校庭を使うクラスがなかったのも幸いした。
舞奈たちが通う蔵乃巣学園は、小中高を通して体育の授業が少ない。
なので校庭に並んだコート3面を豪華に使ったフィールドには、ハードルとシーツで作った即席のバリケードが手際よく並んだ。
「よーし! 銃を配るぞー」
「強い武器持つ奴はじゃんけんで決めようぜー」
「おーい志門、何がいいー?」
「まかせるよ。あたしにピッタリの奴を選んでくれ」
男子の問いに、舞奈は園香のシューティンググラスをチェックしながら答える。
顔を狙うのは禁止とはいえ、保護具は目を守るための大事なものだ。
なので舞奈と明日香は識者面して皆の装着具合をチェックしていた。
じゃんけんによる組分けの結果、桜は明日香と同じ白組になった。
チャビーと園香、委員長は舞奈と同じ紅組だ。
そしてテックたちはというと、
「わたしとみゃー子は弾が当たったかどうかの審判をするわ」
「おまえ、志門の動きなんか追えるのか?」
「ドローンに撮影させるから大丈夫」
テックは4枚羽根のドローンの動作をチェックしながら答える。
エアガンと一緒に体育倉庫から見つけてきた代物だ。
「いーぬーのーおまわりさんはー、バーン! バーン! バババババッ!」
「……小室の審判を誰が解釈するんだ?」
「それは、まあ……」
みゃー子は相変わらずだ。
だが、いちおう彼女の目の良さはドローン撮影並だと、クラスの皆は知っている。
そうこうしていると、
「志門、こいつでどうだ?」
やってきた男子が舞奈に拳銃を差し出す。
皆の武器が決まったらしい。
「Cz75か。ま、悪くないチョイスだ」
答えつつ、慣れた調子で弾倉を抜いてBB弾の弾数を確認する。
そんな舞奈に、男子は尊敬のまなざしを向ける。
普通の小5の男子にとって銃は映画に出てくるプロフェッショナルかっこいいアイテムだが、舞奈にとっては単に仕事で使う道具だ。
そんな舞奈の感触では、実銃と比べて軽いし重心の位置も違う。
だがジェリコ941の前身ともいえる当銃の握把は、不思議と舞奈の手になじむ。
こいつの実銃を撃ったのは、少し前にチャビーが誘拐された事件のときだ。
元凶である滓田妖一を討つために【組合】から支給されたのだ。
その戦闘で滓田とその一味は完全に消滅し、幼いクラスメートは救われた。
舞奈はちらりとチャビーを見やる。
幼女はアサルトライフルを持ち上げたり構えたりして遊んでいる。
どうやら、じゃんけんで上手いこと勝てたらしい。
彼女が手にしたG36は、お隣さんの小夜子が多用しているFX05と似た銃だ。
もっとも殺しに手慣れた女子高生と違い、慣れないシチュエーションにはしゃぐ小さなチャビーの手には、黒光りするアサルトライフルは少しばかり大きいようだ。
そんなチャビーを見やって微笑む園香の手には拳銃。
知人が使っているのを見たことはないが、実銃は貫通力の高い専用弾を撃つらしい。
たしか以前に桂木姉妹が物色していた高価な銃のリストに載っていた。
そういう意味では山の手暮らしの園香にピッタリな銃と言えなくもない。
そんなことを考えていると、
「志門さん、これも使ってほしいのです」
委員長が自分の小型拳銃を差し出してきた。
こちらも馴染みのない銃だが、以前に統零町のガードマンが使っていた。
「それはわたしには必要ないものなのです」
「……?」
首をかしげる舞奈を見やり、
「わたしには、これがあるのです」
委員長は真面目くさった顔のまま、どこからともなくギターを取り出た。
それは良いのか? と舞奈は思う。
ルールの順守にこだわる委員長にしては珍しいとも。
だが彼女の挙動から、あまり銃とか好きじゃなさそうだと直感した。
すると今回のサバゲーの件、彼女は好きでもないのに尽力してくれたということになる。少し申し訳ないことをしたと思った。
だからというわけでもないが、素直に小型拳銃を受け取る。
ほとんど手癖で動作と弾数をチェックし、キュロットを止めているベルトに挟む。
本当はホルスターがあればよかったのだが。
舞奈は必要に迫られない限り2丁撃ちはしない。
だから予備の銃は収納場所を確保してから手にする。
先日の対萩山戦でも、2丁の拳銃はジャケットの裏のホルスターに、短機関銃は背に設えたスミス手製のホルスターに仕舞っていた。
そんなプロかっこいい舞奈を委員長が複雑な表情で見つめていると、
「郷田じゃなくて委員長が歌うのか?」
横で話を聞いてた男子が困惑げに問いかけた。
節操のない桜と違い、これまで委員長は学校でロックを披露したことはなかった。
こちらも何か心境の変化でもあったのだろうか?
だが別の男子は気にせず、
「それじゃー委員長は歌攻撃だな! 白組は長物多いし電動ガンあるし」
「それがいい!」
何となく皆で納得していた。
「歌……」
「攻撃……?」
舞奈と明日香は思わず顔を見合わせる。
だが他の面子にとっては割と一般的な概念らしい。
「感動したら命中なー」
割といい加減にルールが決定してしまった。
逆に普段からアイドル面して歌ってる桜は食いついてこなかった。
どうやら彼女は歌より銃を選択したらしい。
というか、こちらもじゃんけんで良い銃を引けたから手放したくないらしい。
彼女が両手で抱えているのはドラグノフ。
以前に奈良坂が使ったらしいAKに連なるスナイパーライフルだ。
本人の身長に迫る長身の銃は、スマートな見た目ながらも迫力がある。
そんなこんなで装備も皆に行き渡った。
ちなみに今回のルールはフラグ戦。
敵陣に乗りこんで、台に乗っている旗を奪えば勝ちだ。
もちろん相手チームを全滅させてもいい。
そんな取り決めを確認し、各々の陣地に集合した後、
「コケーコッコッコ! ニャー!!」
みゃー子の奇声を合図にゲームが始まった。
フィールドの脇でみゃー子が走り、テックが操るドローンが飛び立つ。
――ここはコンクリートの壁に囲まれた!
――冷たい鉄の檻の中!
――ボクらは堕とされ翼を無くしたANGEL!
委員長も歌いだす。
曲目は『堕天使のINNOCENT∵WISH』。
だが今回はゲームにあわせたアレンジか、イントロからハイテンションで飛ばす。
この出だしもいい感じだ!
歌声に負けじとばかり、舞奈を先頭にして紅組は全員で突撃する。
フィールドはコートの並びに合わせて3分割されている。
紅組側、中央、白組側だ。
バリケードはそれぞれに設置されている。
双方が突撃し、接敵した場所のバリケードに潜んで撃ちあう算段だ。
だが紅組は舞奈を先頭に、自軍のバリケードをスルーして中央を目指す。
舞奈の身体能力を最大限に生かした電撃戦だ。
対して白組は散開し、別々のバリケードに人員を配置しつつ、じわじわと前進する。
――だからボクらは古びた鎖、引き千切って!
――何処へ続くか知れない彼方を目指して、走り出す!
「おっと!」
飛んできたBB弾を見てから避ける。
「はずれちゃったのー!」
遠くに見える白組側のバリケードから身を乗り出した桜が悔しがる。
手にしているのは黒光りするドラグノフ。
エアガンでも他の銃に勝る長射程を、さっそく堪能しているようだ。
「スナイパーライフルだ! みんな伏せろ!」
男子の合図で、他の面子は身を低くする。
足の速い何人かは中央のバリケードに無理やり滑りこむ。
舞奈は笑う。
読み通り、敵はこちらの要である舞奈を無力化しようと試みた。
だが狙撃手が撃ってくる前に中央バリケードまでの距離を詰められたのは幸いだ。
敵が真っ先に舞奈を狙うのなんて想定済み。
だから、こちらは舞奈を先頭にして、強引に距離を詰める作戦を決行したのだ。
BB弾なら余裕で見てから避けられる舞奈の身体能力チートあっての荒業だ。
――ボクは走る走る走る息が切れるまで、走る!
――羽は無くても2本の足があるから!
舞奈は敵の気配を探りつつ、人外レベルの視力で虎の子を探す。
厳正なじゃんけんの結果、白組に電動ガトリングガンが渡っているのだ。
バッテリー動力で無数のBB弾をばらまくという狂気の代物である。
それが明日香と一緒に姿が見えないのが、とにかく不自然で、不気味だ。
だが今はそれより、
「きゃっ!? 痛っ」
「あっ、ごめん真神!」
拳銃を手にした園香が悲鳴をあげる。
足の速い白組男子の何人かが中央バリケードにたどり着いたらしい。
バリケードまで走ろうとした園香は、そいつらに撃たれたのだ。
判定の余地もなく胴体に命中だ。
園香は「ごめんね、みんな」とフィールドの外に移動する。
そんな彼女の背中を見送りながら、撃った男子たちは呆けていた。
BB弾が園香のふくよかな胸に当たり、ぷるんと揺れたからだ。
それが証拠に彼らの両眼も、おっぱいみたいに揺れている。
そんな視線に気づいた舞奈は、
「野郎!」
叫びつつバリケードを飛び越え、件の男子に跳びかかる。
「ナイフだ!」
「うわっ!」
「ぎゃー」
ハリセン一閃、男子どもの頭を割らんばかりに引っぱたく。
撃たれるのはサバゲーだから仕方がないが、園香の胸を見る目つきが気に入らない。
園香父が普段、自分をどう思っているかが理解できた気がして不愉快だ。
ちなみに宣言されながらハリセンで叩かれると被弾と同じ扱いになるルールだ。
だから男子たちも慌ててフィールド外に移動する。
だが激情にまかせてバリケードを跳び出したのは舞奈らしからぬミスだ。
――ボクは歌う歌う歌う声がかれるまで、歌う!
――天使のリングなくても願いがあるから!
「悪りぃな、志門!」
「覚悟!」
アサルトライフルを構えた他の白組が一斉に舞奈めがけて撃つ。だが、
「おおっと!」
「何!?」
舞奈はスニーカーの爪先でバリケードのシーツを蹴り上げて壁にした。
白組は一瞬遅れて発砲する。
だがBB弾の雨はシーツに阻まれ地に落ちる。
「判定!?」
被弾してフィールド外に出ていた生徒たちが審判に詰め寄る。
「……当たってないわ」
テックの答えに、一同はどよめく。
「わわっ、マイちゃんすごい」
「志門だからなあ」
テックが手にしたタブレットの画面には、シーツの端から飛び出た流れ弾を不自然に身をよじって回避する舞奈の姿。
――走り続けるうちにキミと出会った
――キミはボクの隣で歌ってた
――何を願い走るのか忘れたまま
――気づくと皆で歌ってた
予期せず舞奈が作った機に乗じ、他の紅組もバリケードから半身を出して発砲する。
チャビーも撃つ。
もちろん白組も応戦する。
エアガンの軽い銃声とBB弾が交錯する。
被弾した両組の生徒がフィールドの外に移動する。
全員で突撃した紅組に比べ、所詮は小人数の先発隊である白組の不利は覆せない。
桜たち自軍のバリケードからの狙撃支援も焼け石に水だ。
さらに舞奈はシーツを蹴り上げた反動で素早く着地していた。
そのまま地面を転がりながら、シーツをはがれたハードルの下から撃つ、撃つ。
「うわっ!」
「痛っ!」
「ぎゃあっ!! ナニを撃たれた!」
「……あっ、すまん」
太ももや股間を押さえて白組男子は退場する。
結果、紅組は男子がひとり被弾。
中央のバリケードに潜んだ白組は全滅。
舞奈はそのまま白組陣地めがけて走る。
他の紅組も続く。
――それが愚かだなんてボクだって思うさ
――皆はボクらを指さして笑うさ
――けれどそれこそが冷たい壁を打ち砕く、POWER!
白組側のバリケードに迫る舞奈を、桜や他の白組が狙い撃つ。
バリケードから身を乗り出した狙撃手たちが構えているのは、種々様々なスナイパーライフル。
だが舞奈は数発のBB弾を普通に避ける。
逆に舞奈が拳銃を構えると、桜を含めて全員が素早く身をかがめる。
拳銃じゃそこまで届かんのだが。
おそらく過度に警戒されているか、用心するよう厳命されているのだ。
防御策を徹底できる面子をしんがりに設置したのは明日香だろう。
彼女は自軍側のバリケードを決戦の場に選んだ。
舞奈を擁する紅組と正面からぶつかるのは悪手だと、明日香が理解しているからだ。
いつだって舞奈の役割は強引な正面突破。
明日香の役割は綿密に計画された後方からの超攻撃だ。
それにしても気になることがある。
肝心の明日香が先ほどから姿を見せないのだ。
だが躊躇している暇はない。
舞奈は気配を探りつつ、白組のバリケードめがけて走る。
残った紅組も後に続く。
突発的な狙撃で紅組ひとりが退場する。
だが距離を詰めた舞奈の反撃で白組は2人が退場する。
――だから走る走る走る走る倒れるまで、走る!
――そうさ立ちふさがるものすべてを蹴散らして、走る!
白組は自軍側のバリケードをフィールドの左右に並べていた。
うっかり中央を通ろうとした紅組メンバーに交差射撃を仕掛けるつもりか。
左右のバリケードを八の字に並べて同士討ちにしない工夫が心憎い。
舞奈はニヤリと笑う。
なるほど、勝負の決め手はフラグの奪取だ。
それが目前にあれば走るだろう。
だが敵には電動のガトリングガンがある。
フラグに気を取られた敵にそいつをぶちこむ算段だろう。
明日香らしい情け容赦ない作戦だ。
だから明日香の作戦に勝つ方法は、ただひとつ。
敵より早く動くことだ。
いつもと同じように。
「チャビーと舞花は右のバリケードめがけて撃ちまくれ! 残りは左だ!」
狙撃手たちを牽制すべく背後に叫びつつ、中央奥のフラグめがけて走る。
そういえばガトリングガンを白組の誰が持っているかは聞いていない。
だが明日香は左右どちらかのバリケードにいて、皆と一緒に撃ってくるはずだ。
弾幕+精密射撃か、正確無比な弾幕か。
それでも幸い、こちらにもアサルトライフルが2丁ある。
そいつで牽制し続ければバリケードから顔を出せないし、撃ってこれない。
少なくとも舞奈を狙って撃つのは無理だ。
そう考えて足を速める。
背後の紅組がバリケードめがけて発砲する。
対する白組のひとりは無理やりに舞奈を撃とうとするが、逆に被弾して退場する。
桜も一瞬だけ顔を出してすぐ引っこめる。
その頭上を数発のBB弾が通り過ぎる。意外に要領はいいらしい。
このまま目前の砂丘を迂回すればフラグはそこだ。
そう考えて舞奈は笑い――
――砂丘?
「おまえら伏せろ!」
叫びながらチャビーを抱えて横に跳ぶ。
腕の中で、たまたま舞奈の近くにいたチャビーが驚く感触。
次の瞬間、砂丘が爆発した。
否、砂を盛って砂丘に見せかけたシーツの下に、誰かが隠れていた。
そいつがいきなり立ち上がったのだ。
明日香だ。
――だから歌う歌う歌う歌う狂うまで、歌う!
――そうさ限界なんてさ無視して振り切って、歌う!
微妙に砂まみれな明日香が、電動ガトリングガンを腰だめに構えて掃射する。
「きゃあっ!」
「痛っ! 痛たたたっ!」
あまりの奇襲に対処が遅れた紅組たちが次々に被弾し、退場する。
とっさに地面を転がった舞奈とチャビーは、BB弾の嵐を辛うじて免れる。
「あんの野郎! 明後日の方向に本気出しやがって!」
悪態を、連なる銃声がかき消す。
――その先にあるのが楽園だなんて
――そんな保障は何処にもないけど
――走り続けた者しか行けない
――すごい場所だとボクは信じるさ
調子に乗った桜がスナイパーライフルの銃床をマイク代わりに歌い始める。
歌は歌いたかったらしい。
だが微妙に狂った音程のせいで、デュエットと呼ぶにはやや厳しい。
他の白組は、ガトリングガンの登場に合わせて一斉に立ち上がって撃ちまくる。
「ひぃ~! 感動した! 桜の歌に感動した!」
「んなわけあるか!」
弾幕に恐れをなした紅組男子が、当たってもいないのに退場する。
だが、敵の姿が見えてしまえばこっちのもの。
転がりながら撃った舞奈のBB弾が、白組の腕を的確に当たる。
「痛っ! 桜があんまり可愛すぎて撃たれちゃったー」
桜も皆と一緒に退場する。
まあ、それでも善戦したのは認めざるを得ない。
そして残ったのは白組の明日香、紅組の舞奈、チャビー、遠くで歌う委員長。
――だから走る走る走る走る振り向かずに、走る!
――それがボクの生き方さだから振り向かずに、走る!
「きゃっ! 安倍さんひどーい!」
……チャビーは流れ弾に当たっていた。
だが調子に乗って撃ちまくったせいか、明日香のガトリングガンも弾切れのようだ。
「かたきはとってやるぜ!」
舞奈は委員長から借りた小型拳銃を抜いて明日香に接敵する。
明日香もガトリングガンを降ろし、素早く予備のハリセンを抜く。
反動のほとんどないエアガンと、紙のように軽いハリセン。
当たれば同じように退場。
そういう条件では、実は明日香は強敵だ。
舞奈は銃技の達人で、接近戦においては空気を読んで敵の動きを察知する。
対する明日香は、そんな舞奈の手の内を熟知している。
しかも執事とは名ばかりの尋問官から伝授された短剣術もちょっとしたものだ。
「ナイフ!」
「へへっお見通しだ! ……野郎」
「残念」
明日香は笑う。
舞奈も笑う。
直観と身体能力チートで強引に押す舞奈 vs 綿密な計算を極めた明日香。
両者の戦闘は、至近距離からのBB弾とハリセンを回避し続ける接戦になった。
フィールド外の生徒たちが手に汗握る中、
「ナイフ!」
「ちっ!? しまっ……」
気づいたときには舞奈の頭頂にハリセンが迫っていた。
舞奈の動きを熟知したフェイントにまんまと惑わされた。
それにナイフの宣言は当てる前にすればいい。
だから頭上にハリセンを添えてから宣言してもヒットにはなる。
その裏技に気づかなかったという理由もある。
イチかバチかで回避しようと、舞奈は必死に身をよじり――
――だから歌う歌う歌う歌う何も考えずに、歌う!
――それがボクのやりたいことだから躊躇わずに、歌う!
「……?」
不意に明日香は動きを止めた。
舞奈も思わず立ち止まる。
明日香は憤懣やるかたのない表情で舞奈を見やる。
まるで最高の楽しみを前触れもなく妨げられたように。
それでも深呼吸して激情を無理やりに抑えこみ、
「被弾! 歌攻撃!」
生真面目な顔で宣言した。
「ずこー!」
みゃー子が器用にひっくり返った。
だが小癪にも、その言動は今の皆の心情を代弁していた。
――そこできっと空と大地は混ざり合う!
――ボクはボクだけの空を取り戻した、FALLEN ANGEL!
――何処までも走って行けるだろう!
呆然と見やる舞奈と生徒たちの前を堂々と歩きながらフィールド外へ移動する。
側で歌い終わった委員長の前を通りつつ、
「……トリの近くのシャウトするところ」
ぼそりと言って、親指を立ててサムズアップしてみせた。
そこに感動したらしい。
生真面目な明日香は、感動したら被弾というルールなら、感動したら素直に負けを認める。一切のごまかしはない。
だから白熱した勝負のあっけない幕切れに呆然とする一同を尻目に、
「Thank you!」
委員長はギターをつま弾きつつ、誰の影響なのやらキザに答えた。
その後、皆はコートの中に集まって、敵も味方も関係なくVIPを称えた。
つまり白組エースである明日香を倒した委員長をである。




