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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第12章 GOOD BY FRIENDS
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調査1

 舞奈と明日香が【機関】支部で依頼を受けた翌日の朝。


「おはよう、舞奈ちゃん」

「いってらっしゃい」

「ちーっす! いつもお疲れさん」

 新開発区を封鎖する守衛に、舞奈は普段通りに挨拶する。


 守衛は緑色の迷彩服を着こんでアサルトライフル(89式小銃)を携えた2人組だ。

 ひとりは妙齢の女性。

 もうひとりは戦争映画に出てくる軍曹みたいなスキンヘッドのおっちゃんだ。


「そういや、おっちゃん。先週の日曜日はずっと仕事だったのか?」

「ああ、そうだよ」

 舞奈は世間話のように問いかける。

 いちおう【機関】から請け負った依頼はハゲ探しだ。


 だが、その日の朝にも2人には会った。

 もちろん帰ってきた後にも挨拶した。

 見張りの仕事が暇だとはいえ、駅まで行って脂虫をふん捕まえて儀式をして戻ってきたと考えるには時間的な無理がありすぎる。

 それに2人とも術者ではない。

 裏技的な手段で距離と時間を無にはできない。なので、


「世間様は休みなのに、いつも大変だな」

 そのまま何食わぬ顔で会話を切り上げ、先を急ぐ。


 今回のターゲットは祓魔師(エクソシスト)のハゲ。

 それも脂虫を次々に襲って殺し、育毛の儀式の贄にしているハゲだ。

 まったくもってツッコミどころしかない猟奇殺害犯である。


 だが、いつまでもズッコケていても仕方がない。

 問題のハゲを探すべく、舞奈たちは心当たりに片っ端から聞きこむことにしたのだ。


 そして授業が終わった放課後。


「すまんがテック。そっちは頼む」

「まあ探してはみるけど、あまり期待はしないで。怪しいハゲなんて、ご町内にはいっぱいいるわ」

「そんなにいるのか……」

 テックに現場周辺の調査を依頼して、舞奈たちは足で調査開始だ。

 明日香も別に嫌がるわけでもなく着いてきた。

 他に良い方法も思いつかないのだろう。

 舞奈も明日香も所詮は小5だ。得意分野以外のノウハウは年齢相応でしかない。


 なので、まず訪れたのは繁華街。

 その片隅の、看板に3人の天女と『太賢飯店』の店名が描かれた中華料理屋。

 赤いペンキが剥げかけたドアを、舞奈は無遠慮にガラリと開ける。


「よう、張」

「こんにちは」

「アイヤー! 舞奈ちゃん、明日香ちゃん、いらっしゃいアル」

 店主の張が、饅頭顔に満面の笑みを浮かべて普段通りに出迎える。

 先日から娘の梓とその友人が店の手伝いを始めたのだが、平日なので今日はいない。

 巨乳な6年生たち(一名除く)のチャイナ服姿が見られないのは少し残念だ。


 流石の舞奈も、ご町内のハゲ全員に聞きこむつもりなどもちろんない。


 行われたのは、亜流とはいえ祓魔術(エクソシズム)の流れを組む儀式だ。

 執り行うにも呪術に関する相応の素養や教養は必要だろう。

 禿げあがっただけのそこらのおっちゃんでは試みることすら思いつかない。


 だが幸いにも、怪異や異能や魔法関連は舞奈たちの専門分野だ。

 その方面に造詣の深いハゲなら同業者として何人か知っている。


 その中で、正直なところ張が今更そんな儀式を行うとも思えない。

 だが性善説を唱え始めたら殺害事件の犯人探しなんてそもそもできない。

 そういう意味では、梓たちがいないのは好都合なのかもしれない。


「なあ張。先週の日曜日の夕方、どこで何してた?」

 舞奈が何食わぬ顔で尋ねると、


「お店にいたアルよ。梓たちと一緒に」

「……ま、そりゃそうだな」

 張も当然みたいな顔で答えた。


 当然である。

 当日は普通に営業日で、梓たちは休日はこの店でバイトすることにしている。

 いわば目撃者つきのアリバイがあるし、鷹乃がいるので誤魔化すこともできない。


 だが出鼻をくじかれて舞奈は困る。


「……舞奈ちゃんたち、今度は何の仕事アルか?」

 逆に張が不審そうな表情で尋ねてきた。


「いやな、ハゲを探してるんだ」

 舞奈も正直に答える。

 その答えに張はひとしきり困惑した後、


「ハゲ……アルか……?」

 説明を求めるように明日香を見やる。

 舞奈から正確な情報を聞き出せるとは思ってないらしい。

 そんなみゃー子のような扱いに口をへの字に曲げる舞奈の側で、


「脂虫を殺害して儀式を行っている術者がいるそうなんです」

 明日香が事情を説明する。

 だが先の話と繋がらなくて、張は余計に困惑する。

 舞奈はやれやれと苦笑して、


「生贄を使った育毛の呪術があるらしい。そいつを試した奴が、この街にいるんだ」

「……それでワタシを疑ってたアルね」

 張はジト目で舞奈を見やる。

 だが本気で疑っていたわけではないのはわかるのだろう。


「けど、そもそも人間用の道術に贄を使った術なんかないアルよ」

 いつもと変わらぬ口調で言った。

「あるのか無いのかどっちだよ」

 舞奈も軽口を叩きつつ納得する。


 そもそも道術の使い手が、祓魔術(エクソシズム)の亜流の術を使うと考えること自体に無理がある。


 わざわざ他流派の左道に手を出すような理由にはならんだろう。ハゲが。

 毛髪に困りようもない小5の舞奈はそう思った。

 だが、ふと気になって、


「育毛の術もないのか?」

 何とはなしに尋ねてみた。


「【虎気功(フウチィーゴンズ)】を応用した気功術で毛を生やすことができなくもないアルが……」

 張も特に気にする風でもなく黙考し、

「ワタシには無理アルよ」

 禿頭をポリポリとかきながら答えた。


「そりゃ見りゃわかるが……あんた程の術者でも無理なのか?」

「大人になると付与魔法(エンチャントメント)がかかり辛くなるアルよ。異能力と同じアル」

 舞奈の問いに、張は何かを諦めたように苦笑する。


 異能力を使えるのは、若い男や少年だけだ。

 大人になると異能力は弱まり、老いると消える。


 そして付与魔法(エンチャントメント)と高い親和性を持つのは、男ではなく若い女性の身体だ。

 例えば付与魔法(エンチャントメント)の最上位である魔法少女になれるのは少女だけ。

 上限はぎりぎり中学生だ。


 道術における身体強化の付与魔法(エンチャントメント)虎気功(フウチィーゴンズ)】の応用術も同じなのだろう。


 男は女より魔法への適性も髪量も薄い。

 しかも年を経るとともに、髪も抜けるし強化の術も育毛の術も効かなくなる。

 そういうことらしい。


「ホルモンバランスの変化が原因らしいアルね」

「……そっか、そりゃご愁傷さま」

 苦笑して、


「そういやあ……」

 髪の話だけして帰るのもどうかと思い、別の話題を切り出してみる。


 そうやってしばらく話しこんだ後、2人は店を後にした。


 犯人について何か占ってもらおうと、ふと思った。

 だが今回の事件は張とは関係ない。彼には占う理由がない。

 それに、こんなハゲ探しにまで彼を頼るのも釈然としない。


 なにより問題の儀式が付与魔法(エンチャントメント)の応用なのかどうかはわからない。

 だが舞奈は、若かりし頃の彼を写真で見たことがある。

 彼がもし、付与魔法(エンチャントメント)の制限を受けない育毛の手段を見つけたら、昔のようなやわらかい髪を取り戻したいと思うだろうか?

 舞奈にはそれはわからない。

 小5の舞奈は何度も仲間を失ったが、髪を失ったことはないからだ。


 そして、


「なんじゃ舞奈ちゃんと明日香ちゃんじゃないか」

 本堂の中から、赤ら顔のハゲが怪訝そうに出迎えた。


 張の店を後にした舞奈たちは、次に往常寺にやってきた。


「今日は何も妙なものは出とらんぞ?」

「この寺に何か出たことなんて一度もないだろ。それより聞きたいことがある」

「何じゃ?」

「先週の日曜日の夕方、どこで何してた?」

「そりゃ当然この寺で……その……なんだ……」

 言い淀みつつ、タコは視線を泳がせる。


「ブナァ~ァ」

 見やると本堂の隅で、デブ猫の弁財天が空の酒瓶をつついて遊んでいた。

 タコは昨日も普段と同じく飲んだくれていたらしい。

 まあ、当然と言えば当然である。


「……だいたいタコに毛生えの儀式なんか無理なんだ。自分とこの経すら怪しいのに」

「話だけでもって言ったのは貴女でしょう?」

 ひとりごちた舞奈を明日香がジト目で見やる。

 悪口を言われたのはわかったのだろうタコも、胡散臭げに睨む。


「ちぇっ」

 舞奈は口をとがらせる。


 2人が探しているのは相応の素養や教養を持ったハゲだ。

 その前提からすると、正直、彼には張以上に見こみはない。

 なんせ昼間から飲んだくれてるだけの術者ですらないタコなのだ。


 それでも聞きこみに来たのは、いちおう仏術には多くの亜流があると聞くからだ。

 たとえば中川ソォナムが使うチベットの仏術は、呪術的な要素を多く含む。

 あわよくばその方面の情報を得たかった。

 だが話してみたら、後者もやっぱりダメだった。


「そもそも舞奈ちゃんたちは、何しに来たんじゃ?」

「いや別に。あんたも昼間から飲んでばっかいると、そのうち本当におばけがでるぞ」

「なんじゃい大人を馬鹿にしよって!」

 タコの怒声を背に聞きながら、舞奈たちは往常寺を後にした。


 そして、


「あれっボスに舞奈様、忘れ物っすかー?」

 ベティが、これ幸いに絡んできた。

 他の生徒たちもすっかり下校し、暇だったからだ。


 ここは夕暮れ時の学校の校門。

 舞奈たちは学校に戻ってきていた。


「そんなんじゃないよ」

「じゃあ舞奈様もボケる年になりましたかー」

「……あんたの国じゃあ、10歳超えたらボケるのか?」

 軽口に、舞奈はベティをジト目で見やる。

 そんな2人の側で、


「校長先生はまだ帰られてませんよね?」

「ええ、まだ校長室にいるはずですよ。御用でしたら面会の予約を取りましょうか?」

「お願いします」

 明日香がクレアと話を進める。


 せめてコンビの片方が真面目で……というかまともでよかったと舞奈は思った。

 もちろんベティとクレアの組のことだ。


「この時間まで仕事か? 学校の先生も大変だな」

 自分たちのことは棚上げして苦笑する。

 だが校長が残っていたのはラッキーだ。


 もちろん彼も術者ではない。

 だが小中高の一貫校を束ねるに相応しく賢明で博識だ。

 正直なところ、儀式の存在を知って実行可能な見こみだけならタコより上だ。

 念のためにアリバイは確認しておきたい。そう考えて、


「なあ、ヴードゥーに毛生えの儀式ってのはあるのか?」

 ふと思いついて、尋ねてみる。だが、

「さあどうでしょうねー?」

 ベティは他人事みたいに答えた。

「おいおい……」

 舞奈はやれやれと苦笑する。


 ヴードゥー女神官(マンボ)の才を持つ彼女だが、腕前の方はお察しだ。

 そのせいで、以前に付与魔法(エンチャントメント)を暴走させて襲ってきたことがある。

 教室を占拠したモンスターペアレントを追い出そうとした時のことだ。


 そんな一件を思い出して露骨に顔をしかめる。


「気になるなら、こんど帰省したときにでも姪っ子に聞いてみましょうか?」

「いんや、そこまではいいよ」

「そうっすかー。それにしても、舞奈様も薄毛を気にする年になったんすねー」

「この年でハゲるか! だいたい女だぞ」

 軽口にツッコんで脱力する。

 まったく、この面白黒人は……。


 そんなベティは何か良からぬことを思ったかニヤーッと笑い、


「実はっすねー、舞奈様たちが入学する前にハゲの生徒がひとりいたんすよー」

 そんなことを言ってきた。


「そいつ授業中にカツラが落ちて大惨事に――」

「――そういう話を、面白おかしく言いふらしてやらんでくれんか」

 言って舞奈はベティを睨む。


 舞奈は別にゴシップを聞きたいわけじゃない。

 それに、なんというか……人の弱みを笑う行為は好きになれない。

 そんな2人の側で、


「校長、お時間をとってくださるそうです。校長室でお待ちしてると」

「ありがとう」

 明日香と有能なクレアが話を進めてくれていた。

 コンビの片割れがまじめに仕事するタイプの人間で、本当に良かった。なので、


「じゃ、どうもさま」

 早々に話を切り上げ、警備室を後にする。


「舞奈様も気をつけてくださいっすよー」

 後ろでベティがカツラが落ちるゼスチャーをしたので、

「地毛だよ!」

 思わずツッコミ、疲れながら校舎に向かった。


 辛うじて施錠前だった玄関を開け、下駄箱でシューズに履き替える。

 そして明日香とふたり、夕日に照らされた廊下を歩く。


 しばらく前にチャビーとおばけ探しのために、こうして夜の廊下を歩いた。

 その時にはおばけの代わりに子猫と小さな祓魔師(エクソシスト)を見つけた。


 そして今、舞奈はハゲを探して同じ廊下を歩いている。

 今度は何が見つかるのやら。


 そんなことを考えるうちに校長室の前に着いた。

 明日香がドアをノックをする。


「志門くんと安倍くんですね、どうぞ入ってください」

 柔和な声に答えてドアを開ける。


 校長室の机の向うで、小さな老人が出迎えた。

 舞奈たちが通う蔵乃巣(くらのす)学園の校長は、禿げた小さな老人だ。


 だが机の上には古い写真の入った額縁が立てられている。

 写っているのは6人のヴィジュアル系バンドのメンバー。

 その中心……というか他の面子を脇に追いやって写真を占領しているのは肥満児だ。

 足元の猫と比較すると、縦は舞奈の1.5倍、横は4~5倍ほど。

 腰まで伸ばした艶やかしい黒髪と、無駄に格好つけたギターが痛々しい。


 信じられないことに、これが若かりし頃の校長である。

 高校に上がった校長は部活を辞め、すっかり音楽活動にはまったらしい。

 その後に教職を目指し、今では校長先生だ。

 まるでピンボールのような跳ねまくりの人生である。


 それだけに、彼は舞奈たちより多くのものを見てきたはずだ。

 だからか彼の言葉には重みがある。

 実は何処かで祓魔術(エクソシズム)の儀式について学んだのだと言われれば、信じる程度には。

 そんな小さく大きな老人は、


「わたしになにかお話ですかな?」

 こんな時間に来訪した生徒を咎めることもなく、あくまで温和に問いかけた。


「実は――」

 明日香が事情を説明する。

 もちろん、呪術についての詳細は伏せて。


「それで、わたしも疑われているということですね」

「スマン、そういう訳じゃ」

「いえいえ、むしろ光栄ですよ」

 自身にかけられた嫌疑に、だが校長は微笑みを返す。

 悪気がないのはわかっているようだ。


「私の知識と経験が、貴女たちの事情に影響しうると思われたということですからな」

 にこやかに語られたその言葉に、舞奈は一瞬、身をこわばらせる。


 普通の学校の普通の校長は、異能力とも怪異とも無縁だ。

 だが彼は賢明で博識だ。

 そんな彼が、こちらの事情をどこまで知っているのだろうか?


「ですが、ご安心ください」

 舞奈の思惑に気づかぬように、あるいは見透かすように、にこやかに答える。


「その時間は仕事でこの部屋に籠っておりましてな」

「そんな時間までか? 先生ってのも大変だな」

「まあ、いつものことですよ。他の先生方とも何度か顔を合わせています」

 その台詞にほっとした。


 温和で術者ですらない彼が犯人である可能性は限りなく低い。

 だが、その上で彼ではないとはっきり否定されて安心した。さらに、


「榊先生は栗原先生といっしょにウサギ小屋を直していました。どうもドアの立て付けが歪んでいるようでしてな」

「そういやチャビーがそんなこと言ってたなあ」

 何気ない世間話を装って、伝えられた事実に舞奈はニヤリと笑みを返す。


 榊先生とは舞奈たちの担任の名だ。

 サングラスをかけた小太りな担任の、整った七三分けの髪はカツラだ。

 その事実は舞奈が知る限り、本人の他は舞奈と校長だけが知っている。

 舞奈は4年生のとき、彼の頭皮が二重になっていることに空気の流れで気づいた。


 そんな舞奈に気を利かせ、校長は担任のアリバイを保証してくれた。

 あくまで温和な笑みのまま。だから、


「なぜ榊先生のお話を……?」

 訝しむ明日香を放っておいて少し雑談し、その後に校長室を後にした。


 ちなみに栗原先生というのは、女子中学生みたいな容姿の体育教師の名だ。

 件のモンスターペアレントの一件では人質になっていた。


 彼女は術者でないだけでなく、ハゲてすらいない。

 だから今回の件とは完全に無縁だ。

 そう舞奈は思った。


「さて、明日はシスターにでも話を聞きに行くか」

 明日香と並んで歩きつつ、そう言って笑う。


 今日の進展はなし。

 だが知人の潔白を証明できて、悪い気分ではなかった。


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