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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第12章 GOOD BY FRIENDS
213/579

坊主とロック

 よく晴れた日曜の朝。

 伊或(いある)町の一角にある、往常寺という寂れた寺で、


「ワシは見たんじゃ! 昼メシのサンマがな、こう、シュバッと空をだな……」

 大仰な袈裟を纏った貧相なハゲが、派手な身振りと必死の形相でわめき立てる。

 赤ら顔はタコそっくりだ。

 昼間だというのに、離れていてもわかるほど息が酒臭い。


「へえ、そりゃ大変だ」

 舞奈は本堂の畳の上にあぐらをかいたまま、退屈を隠しもせずに生返事を返す。

 側の皿に積まれた饅頭をつまんで、ひょいと食う。


 この痩せ細った中年のハゲは、往常寺の住職だ。

 なのに金にうるさく昼間から飲んだくれた、ダメ人間の見本のような男である。

 同じ聖職者であるシスターの爪の垢でも飲めばいいのにと舞奈は常々思っている。


 彼は深酔いしては幽霊を目撃し、【掃除屋】(というか明日香)に除霊を依頼する。

 ある意味、いいお客様である。

 ……もちろん悪い意味で。


 小夜子の楽しい慰安旅行から一週間後。

 舞奈たちは久しぶりに仕事をしていた。


「お話は良く分かりました。今調べてますので、ちょっと待っててくださいね」

 明日香はまとわりつく住職を適当にあしらいながら、本堂の外で作業を続けている。

 住職はいつもこんななので、明日香の塩対応も慣れたものだ。


「弁財天がパクッたんじゃないのか?」

 舞奈は大あくびをしながら言ってみる。

 あぐらをかいたまま、饅頭をつまんで口に放りこむ。

 もっちりした生地に包まれたこしあんの、大胆な食感と繊細な甘味がたまらない。


 側にいたブチ猫が、咎めるように「ブナァ~」と鳴いた。

 可愛げのない太った猫は、寺で飼ってる猫の弁財天だ。


 着せた濡れ衣が聞こえたわけじゃないだろうが、饅頭をつまんで猫に食わせる。

 すると猫はすっかり機嫌を直す。

 そんなだから太るのだ。


「こんなでっかい弁財天が盗ってったんなら、気づかん訳ないじゃろう!」

「……酒が入ってなければな」

 タコは必死にわめきたてるが、舞奈はジト目で赤ら顔を見やる。


 もちろん彼は昼間から酒は飲むが煙草は決して吸わない。

 かろうじて人間の尊厳だけは失っていない、愛すべき隣人だ。


 だが舞奈たちがこの商売を始めて3年近く。

 彼の依頼は何度も受けた。

 時には深夜や早朝に呼び出されたこともあった(明日香が)。

 けれど寺で起こった事件といえば、酔っぱらった彼が川に落ちたくらいのものだ。


 そもそも怪異だって、こんな何もないところに出没するほど暇じゃないだろう。

 こうした依頼にしても、明日香が占術っぽい儀式で調査のようなものをして、明日香が「霊なんかいません」と答えて、念の為に明日香が結界のようなものを張る素振りをして終わるのがお決まりのパターンである。


 そりゃまあ、怪異や怪人を相手に大立ち回りするよりはるかに楽で安全な仕事だ。

 明日香にしても、彼は報酬を支払うことにより安心を得たいのだと納得している。

 金に汚い彼が、この件に関してだけは多額の謝礼をポンと払うのだ。


 だが舞奈は、そんな理由で怪異退治なみの報酬を得るというのは釈然としない。


 ありていに言うと詐欺の片棒を担いでる気になる。

 なにより霊感商法みたいな明日香とタコの問答と、それに続く明日香のなんちゃって施術をぼんやり眺めているだけの仕事が楽しいわけがない。


「なあ、頼むよ! あんただけが頼りなんじゃ! ワシの命がかかっとるんじゃ!」

 舞奈じゃらちが明かないとふんだか、禿は明日香に絡みに行った。

 この展開も普段通り。

 往常寺は今日も平和である。


 舞奈は床に目をやる。

 そこには獄彩色の仏が描かれた紙切れが広げられている。曼荼羅だ。

 寺の備品ではない。明日香の私物だ。


 その周囲には、ドッグタグが等間隔で並べられている。

 いつもは 【雷嵐(ブリッツ・シュトルム)】で使っているような金属製のタグだ。

 刻印されたルーン文字は別のものらしいが。


 明日香が向こうでやっている作業も、これと同じものの設置だ。


 舞奈は指先でタグをつついてみようと、そっと手を伸ばす。

 途端、遠くで作業していた明日香が前触れもなく振り向いた。


「さ、わ、ら、な、い、で、ね」

「へいへい」

 舞奈は手を引っこめる。

 なんちゃってとはいうものの、いちおう効果のある術をかけているようだ。

 その生真面目さが明日香らしい。


 住職はそんな明日香にまとわりついている。

 はた目には邪魔しているようにしか見えない。


 居眠りしながら饅頭食ってるだけの舞奈も人のことは言えない。

 だが、することがないのだから仕方ない。


「……暇だ」

 つぶやいた矢先、明日香が再び睨んできた。

 さわってないぞと舞奈も負けじと睨み返す。すると、


「おじさーん、桜がお花を持ってきたのー」

「お手伝いに来たのですー」

 外から声がした。


 どうやら明日香の術は、侵入者に反応するもののようだ。

 だが普通の人間に反応したら意味がないのではないだろうか?

 あるいは後で、対泥棒用にでもセッティングし直すつもりだったのだろうか?

 そんなどうでもいいことを考えつつ、


「よう、桜に委員長じゃないか」

 舞奈はだらしなく饅頭を食いながら本堂から顔を出す。


「あ、マイちゃん!」

「志門さん、お寺にお参りに来るなんて意外に信心深いのです」

 無駄に元気な桜と、三つ編みおさげに眼鏡の委員長が挨拶してきた。


「いや別に……」

 別に信心深いわけじゃない舞奈は言葉を濁し、


「お前らは……家の手伝いか?」

 2人で引いてきたとおぼしきリヤカーを見やる。


「そうなのー! お花屋さんから、お寺で使うお花を運ぶお仕事なのー」

「わたしも桜さんのお仕事を手伝っているのです」

「お、そりゃ感心だ」

 自分のことは棚に上げて、舞奈は破顔して友人たちをねぎらう。


 桜は伊或町の住民だ。

 普段はあんな桜だが、子だくさんの家の家計の足しにするべく働いているらしい。


 委員長もそれを手伝っているのだろう。

 正反対な性格の彼女だが、意外と桜と仲がいい。

 家が近いのだろうか?

 そんな彼女らに、


「お、桜ちゃんたちじゃないか。いつもお花をありがとうな」

 住職は何気なく笑顔でやってきて、


「はい、お駄賃」

「わーい! ありがとうなのー!」

 労働の対価を支払う。


「……おい」

 思わずツッコんだのは、渡されたのがどう見ても小銭だったからだ。


 無意味に施術してる明日香や饅頭食ってるだけの舞奈は相当量の報酬を貰う。

 なのにリヤカーを引っ張ってきた桜たちは小銭である。

 おそらくワンコインずつ。


 流石の舞奈もこれには納得いかない。

 花屋のある商店街からここまで、結構な距離があるはずだ。だが、


「えへへー! いいでしょ! でもこれは桜のお金だからあげられないのー!」

「そりゃ、お前が稼いだ金だからな。……大事に使えよ」

 桜は羨んでいると勘違いしたらしい。

 だから舞奈も適当な返事を返す。


 住職と桜たちの取り決めを、とやかく言う筋合いはないのも事実だ。

 無論、自分たちの報酬を返上するつもりもない。

 だが釈然としないことには変わりないので、


「ああ、そうだ! お前らも饅頭食ってけ! たんとあるぞ」

 側の皿を桜たちの方に小突いた。

 弁財天が自分の分が減ると思って「ブナァ~」と非難するが、気にしない。

 そもそも、こいつのじゃないし。


「わーい! 持って帰っていい?」

 一方、桜はまるでチャビーみたいな純粋さで破顔する。


「夜食にでもするのか?」

「妹たちにあげるのー」

「なんだよ、桜のくせに泣かせるじゃねぇか」

 殊勝な台詞に、思わず舞奈も涙ぐむ。

 それでも桜は桜、目立つことや注視されることが大好きだ。だから、


「お礼に歌うなのー」

 そんなことを言い始めた。


「おう、アカペラか?」

 返すと同時に、歌というワードに反応して明日香が振り返った。

 舞奈は何でもないと手ぶりで返す。

 まさか自分も歌うなどと言い出さないとは思いたい。だが、


「違うのです」

 答えたのは委員長だった。


 何が? と訝しむ舞奈の前で、委員長はどこからともなく取り出した。

 それは小ぶりなギターだった。


「おうっ? 今、どっから出した?」

 意外な取り合わせに面食らっていると、


「こっちの作業は終わりましたよ……あら、貴女たち」

「あ、安倍さんも来てたのですね」

 結局、明日香もやってきた。


「桜はお手伝いに来たのー」

「……そう、おつかれさま」

 何気ない風を装いながらも側のリヤカーを見やり、そっと目をそらす。

 明日香も気にはしているのだろう。

 真面目に労働してきた彼女らに対しての、霊感商法まがいな今回の仕事を。


「まあ、2人の歌を聞こうじゃないか」

「いや舞奈ちゃん、ここお寺だし……」

 戸惑う住職を無視して舞奈はうながす。


 すると委員長はリヤカーの荷台に、ラフな格好で腰かける。

 眼鏡をずらして鼻にかける。

 普段の彼女からは想像しがたいワイルドな仕草だ。


 そんな友人の側に、ニコニコ笑顔で桜が立つ。そして、


――Welcome to Purgatory.


 委員長が、ひとりごちるように歌いだす。

 トーンを落としたかすれた声は、なかなかに雰囲気がでていると思った。


――I a――m, Demon Load.


 寺で歌うとは如何なものかと思う歌詞ではある。

 だが歌っているのは小5のクラスメートなので、物まねチックで可愛らしい。

 そう思った途端、委員長はいきなりギターをかき鳴らし、


――切り立った崖の頂きに立つ!

――神さえ恐れる異形の王!


――DEMON LOAD!! DARK STAR EMPEREOR!!


 桜といっしょに声を張り上げた。


 ロックだと!?


 普段の委員長とのあまりの落差に、舞奈は思わず目を丸くする。

 側で明日香が息をのむ気配。

 タコは酔いも吹っ飛んだ様子だ。


――瞳に地獄の炎を宿し!

――頭上には嵐を呼ぶ男!


――DEMON LOAD!! BLACK ARTS MASTER!!


 委員長のシャウトに桜が追従する。

 微妙に音程の外れた歌は相変わらず。

 だがロックは勢いだ。

 元気の良さがうまくそつを隠してくれる。


――千億の悪魔の群を連れて!

――冥府の底からやってきた!


――繋がれた愚かな人間どもを!

――悪魔の力に染めるため!


 意外にも、委員長のギターさばきはちょっとしたものだ。

 生真面目な彼女らしく、リズムも音程も桜と比べるまでもなく完璧だ。

 ありていに言うとレベルが違う。

 日朝のアニメに影響されて昨日今日始めたわけではないらしい。だが……


――王も貴族もデタラメばかり!

――自分の嘘に縛られて!

――真実なんて語れやしない!!


――騎士も勇者も身勝手な奴さ!

――力と名誉に酔いしれて!

――他人の痛みなど知りやしない!!


――神も坊主もボンクラ揃い!

――象牙の塔に引きこもり!

――下々のことなど見もしない!!


――DEMON LOAD!! AWAKEN FORCES HERO!!


 どこかで聞いたことがある歌だなあと舞奈は眉間にしわを寄せる。すると、


「(『DEMON∵LOAD』。10年くらい前のバンドの曲よ)」

 聞いてもいないのに明日香が囁いた。


「(んな古い歌のこと、よく知ってるな)」

「(貴女も聞いたことがあるはずよ)」

「(どこでだよ?)」

「(双葉あずさのコンサートで、場繋ぎのロッカーが歌ってたじゃない)」

「(……あの時は、それどころじゃなかったろ)」

 相変わらずな明日香の物知りっぷりに苦笑する。

 だが、どことなく聞き覚えのある理由が判明してすっきりした。


 まあ理由はどうあれ、舞奈はこのロックンロールが気に入っていた。

 何より雑な桜の歌声を委員長が先導し、それが元気でコーティングされて勢いのあるロックとして成立しているところが気に入った。

 饅頭の礼という体裁ながら、歌っている2人とも心の底から楽しんでいる。


 隣で慌てるタコを尻目に、明日香もにこやかに微笑んでいる。

 委員長の歌声が正確だからだ。

 術者である自身ももちろん発音は正確なのだが、歌は駄目なのだ。歌だけは……。


――神も王も勇者もみんな叩きのめして!

――我が足元にひれ伏させてやる!


――本当のことを言ってやる!

――貴様らに痛みを教えてやる!

――俺様が世界を変えてやる!!


 渾身のシャウトを最後に、歌は唐突に終わった。

 そういう演出らしい。

 ロックには造形の浅い舞奈だが、なかなかに余韻の残る良い曲だと思った。


「へえ、上手いじゃないか」

「えへへーそう言われると照れるなのー」

「いや、お前じゃなくてな」

 相変わらずの桜に、やれやれと苦笑する。


 それにしても委員長がギターを嗜むなんて意外だった。

 音楽の時間には弦楽器の、ましてやロックの腕前を披露する機会はない。

 そもそも、それ以前に明日香の歌がすべてを台無しにしてしまう。


「いや、あのね、ここお寺だから、そういう曲は……」

「まあ、いいじゃねぇか」

 先ほどから何か言いたげな住職に、舞奈はニヤリと笑ってみせる。


 言わんとすることはわかる。

 寺だからという世間体を気にしているのだろう。


 だが、今は歌の余韻を邪魔されたくなかった。だから、


「あんがいホトケも、このくらいの方が退屈しなくて喜ぶかもしれんぞ」

 冗談めかして言ってみる。すると、


「いや、そんなはずは……」

「そうなのですか!?」

 住職を差し置いて、いきなり委員長が問いかけてきた。


「あ、ああ」

 意外にアクティブな反応に少し驚く。

 そんな内心を誤魔化すように笑顔で答える。すると、


「そうなのですか……」

 委員長は満面の笑みを浮かべた。

 これまた普段の彼女からは意外な、屈託のない笑みだ。

 今日は委員長の意外な一面のバーゲンセールだ。


 舞奈の言葉に気を良くしたか、委員長は再びギターを奏でだす。

 住職は慌てる。


 だが2曲目は住職の都合を汲んだのか、染み入るようなバラードだった。

 巧いだけでなくレパートリーも豊富らしい。


 さすがに静かな曲だと桜の音程のアレさが耳につく。

 だが委員長のギターと歌声は最高だった。


 そしてアンコールを終えた後、


「マイたちは午後から予定とかあるの?」

「……? いや、特にないが」

 良い気分で話しかけてきた桜に何気に答える。


「それなら、うちでご飯を食べた後に、一緒にツチノコを探しに行くのー」

「ツチノコだと?」

「ツチノコというのは、見つけるとお金持ちになれるヘビのことなのです」

「いや、ツチノコが何なのかは知ってるよ」

 妄言に、舞奈は2人をジト目で見やる。

 高学年にもなって、なに血迷ったことを言ってるんだという意味だ。

 桜だけならともかく、委員長まで付き合うのなら意外だ。……悪い意味で。


 だが午後から予定がないのは本当だ。

 ツチノコはともかく、桜の家でご馳走になるのも悪くない。

 大家族の桜の家は、飯の量だけは豪快だ。

 遊びに行くと腹いっぱい食える。


 そんなことを考えていると、


「おお、舞奈ちん、明日香ちん、こんなところにいたのだか」

 境内階段を登って糸目のニュットがやってきた。

 本当にどこにでもいる女である。

 そんなニュットは、


「友人と楽しんでるとこスマンのだが、急用ができたのだよ」

「いや、あたしはこれから桜の家で飯を……」

「下に車を用意してあるから、来てほしいのだ」

 問答無用で舞奈を引きずって行った。

 明日香も仕方なく、適当な挨拶を残してニュットを追う。


 後には呆然と見送る桜と委員長、住職、我関せずと饅頭食ってる弁財天が残された。


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