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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第12章 GOOD BY FRIENDS
211/579

日常1

 とある平和な日曜の午後。

 駅のホームとホームを繋ぐ渡り廊下で、


「楽しかったー!」

「うんうん、千佳ちゃんいっぱい遊んだもんね」

 チャビーがはしゃいでサチが笑う。


「お土産もたくさん買っちゃった。小夜子さん、ありがとうございます」

「問題ないわ。後で全額【機か……バイト先から貰えるから」

 丁寧におじぎする園香に、小夜子は珍しくやわらかい笑みを返す。

 どちらも両手に土産物屋の紙袋を提げている。


 そんな皆を見やってサチも、そして舞奈も明日香も笑みを浮かべる。

 3人の手にも紙袋。


「でも小夜子さんはすごいな!」

 チャビーは小夜子を笑顔で見やる。


「小夜子さんがお仕事すっごく頑張ったから旅行をプレゼントしてもらったんだもん」

「いや、正確にはちょっと違って……」

 明日香がぼそりとひとりごちた。


「……?」

 チャビーは首を傾げて明日香を見やり、舞奈を見やる。

 舞奈はチャビーを見返して笑い、軽く明日香を睨みつける。

 余計なこと言うなよ、と。


 実は舞奈たち――というか今回の遠出には、皆には言えない事情があった。


 ――事の起こりは数日前。

 小夜子の業務に【組合(C∴S∴C∴)】から物言いがついた。

 脂虫を切り刻んで生贄に捧げ占術を行うという定型業務が、術者の人権を著しく侵害し、心身の健康を損ねているということらしい。


 まあ、普通に考えれば【組合(C∴S∴C∴)】の言い分は妥当だ。


 魔道士(メイジ)といえど人間である。

 脂虫――不本意ながら自身と同じ人形の喫煙者を、何匹も殺せばストレスになる。

 加えて臭くて不快な脂虫と日常的に接触する環境が術者の心身の健康を損ねるというのも、あながち間違いではない。

 魔道士(メイジ)を守るという理念のもとに活動する【組合(C∴S∴C∴)】が問題視するのは当然だろう。


 しかも小夜子は指定のカウンセリングを受けたがらないらしい。

 加えて、この件についてフィクサーから通達を受けた際も、小夜子は脂虫を使って他の術者への技術指導をしていたという。

 状況だけを見れば、ワーカーホリックを疑われるのもやむなしである。


 だが舞奈は知っている。


 小夜子が脂虫を捌く理由の大半は、個人的な趣味だ。

 無理にやめさせれば余計にストレスになる。


 そもそも技術指導の件にしても相手は桂木楓だという。

 おおかた同好の士と脂虫の面白おかしい殺し方でも模索していたのだろう。


 だが、その事実を【組合(C∴S∴C∴)】に語って聞かせたとしても、彼らは納得しないだろう。

 彼らは魔道士(メイジ)の安穏と魔法の保護のみを目的とした組織である。

 下手をすれば術者へのパワハラを隠ぺいしていると誤解されかねない。


 つまり【機関】は、小夜子の健康と安全、彼女の修めたナワリ呪術の繁栄のために最大限に努力していることを証明しなければならない。


 だがフィクサーは考えた。

 小夜子に気乗りしないカウンセリングを無理やりに受けさせ、心身に異常がないことを証明して一件落着とするのは、果たして理に適ったことだろうか?

 それに小夜子がネガティブかつ内向的なのも事実だ。

 メンタルヘルスには細心の注意を払うべきだろう。


 そういった処々の事情を考慮した結果、小夜子に慰安旅行を進呈することになった。

 発案者はニュットだ。

 小夜子には暫く仕事から離れて骨休めをしてもらい、それが術者への慰労と感謝の証であると【組合(C∴S∴C∴)】に対して主張する狙いだ。部下を持つのも楽じゃない。


 でもって、ひとりじゃ寂しかろうということで同行者の希望を確認してみた。

 すると小夜子はサチにチャビーに園香、そして舞奈と明日香を指定した。

 他に親しい友人がいないからだ。


 だが肝心の行先には特に希望がなかった。

 なので以前からチャビーが行きたがっていたネコランドになった。

 全世界の猫グッズが集うテーマパークである。

 ちょっと電車に乗って行ける都会にある。


 そうした計画を、【組合(C∴S∴C∴)】はいたく気に入ったらしい。

 理由は『ウィツロポチトリの心臓』『素顔のイシス』に加え、Sランクとその相棒が同行しているからだ。


 それを【組合(C∴S∴C∴)】は、【機関】の誠意と認識した。

 なので今回の旅行のために資金援助をしてくれた。


 だが正直なところ、近場への旅行にそこまでの資金は必要ない。

 目的地までは電車とバスで行けるし、日帰りだから宿泊費用も必要ない。

 それに舞奈がいれば護衛の必要もない。


 なので、余った巨額の資金は旅行中の諸費用に充てられることになった。

 つまり飲食費、アトラクションの別途費用、土産物の購入代金である。


 こうして実質的にあらゆる出費が経費で落ちる慰安旅行が実現した。


 そこにはもうリフレッシュしかない。


 そんなわけで小夜子とその一行は、始発で巣黒(すぐろ)市を発った。

 チャビーは半分寝たまま舞奈に担がれての移動となった。


 そこまでして無駄に朝早く出たのは喫茶店で供されるというモーニングのためだ。


 ネコランドのある異郷では朝のコーヒーと一緒に豪華な朝食がふるまわれるという。

 それを食べてみたいと舞奈が強固に主張したのだ。


 そんな異郷の駅に着いた一行は、起きたチャビーをなだめすかしつつ電車を降りる。


 いきなり漂ってきた出汁の香りに舞奈が吸い寄せられる。

 構内にきしめんの出店が設置されていたのだ。


 そんな舞奈を明日香が引きずり、駅を出る。

 そして駅前のアーティスティックな螺旋形の謎オブジェを見やり、近くのアーケードに立つ身の丈6メートルほどの女の像を見上げ、その後に地下に降りた。


 異郷の街は地下にある。


 もちろん地上にも普通に街はある。

 だが、いかなる仕組みか地下の街には脂虫が入ってこないので安心して歩けるのだ。


 そして小鳥がさえずる施設内放送をBGMに、目当ての店へ向かった。


 その間ずっと、寝起きでぐずっていたチャビー。

 だが皆といっしょに、いつか舞奈が【機関】支部で食べた厚切りの小倉トーストを堪能すると、すっかり機嫌が直った。


 一方、舞奈は別のメニューに挑戦した。


 皮はサクサク中はふわふわデニッシュパン。

 その上に、ソフトクリームを山盛りにした豪勢な代物だ。

 さらに好みで甘いキャラメルソースをかけられる。

 もちろん舞奈は残さずかけた。


 口の中で、ふんわりあたたかなパンの食感とアイスの冷たさが混ざり合う。

 そこにキャラメルの濃い甘さが加わったハーモニーを、舞奈は余さず堪能した。


 そんな豪華な朝食を平らげた後、舞奈たちは地上のバスで目的地に向かった。


「わー! ネコだ!!」

 バスの窓から猫の看板が見えた途端にチャビーは大はしゃぎ。


 程なくバスはネコランドに着いた。

 もちろん諜報部が用意したVIPチケットのおかげで待ち時間もなしだ。


 入り口近くの案内板を見やると、パークは複数のブースに分かれているらしい。

 テーマ別にグッズが展示されているのだ。


 一行はブースを順番に回る。


「ネコポチのお友達がいっぱいだね」

『ニャァ~~』

 チャビーはグッズに携帯の画面を向けて、ネコポチに会場をライブ中継している。


 グッズの種類は様々だ。

 猫をモチーフにした水彩画やこけし。

 他国の猫を象った民芸品。

 デザイナーの作品から、果てはアニメにでてくる猫キャラのキャラクターグッズ。


 節操ないにも程があると思う舞奈だが、そのせいで見ていて飽きないのも事実だ。


「知ってる? この置物は北欧の……」

 明日香は縞模様の長い猫に反応し、うんちくを語り始めた。

 北欧の何とかいうデザイナーの有名な作品らしいが、舞奈は別に興味ない。


「わっ、明日香ちゃんってセンスいいんだね」

 園香だけは楽しそうに明日香の話に乗っていた。

 有名なデザイナーなのは本当らしい。


「あ、これって……」

 サチは見知った民芸品を見やってニッコリ。


「……」

 肝心の小夜子は基本は普段と変わらぬ陰気な表情をしている。

 だが、たびたび満更でもない感じで笑っているのを舞奈は見逃さなかった。


 そんな小夜子は像のひとつを、アステカの神テスカトリポカだと説明した。

 正確には猫ではなくジャガーだが。

 そんな彼女が博識だと、チャビーは無邪気に喜んだ。


 だが舞奈は知っている。

 小夜子の胸に下げられたペンダントの裏に同じ像が彫られていることを。

 それは彼女が恋人からプレゼントされた形見だ。

 けど小夜子はそれ以上は何も言わず、だから舞奈たちも何も言わなかった。


 その後、パーク内のレストランで少し遅い昼食とった。


 パンズが猫の形に焼き上げられたハンバーガー。

 袋に猫のマスコットが描かれたフライドポテトやナゲット。

 その可愛らしさに園香はニッコリ、チャビーは大はしゃぎ。


 だが正直なところ、舞奈はボリュームに比べて割高だと思った。

 それでも飲食費はすべて経費で落ちるのだから、なんら問題はない。


 午後からも引き続き、まだ見ていないブースをまわった。


「これはバースト神。猫の神様よ」

「そっか、紅葉ちゃんはこの神様を幻視して動物会話を――」

「うわっサチさん! ストップ! ストップ!」

 エジプトのブースでサチがうっかり口を滑らせる。だが、


「紅葉さんたち、猫飼ってますものね」

「バーストちゃんも可愛いよねー」

 園香とチャビーは姉妹が飼ってる猫のことだと解釈してくれて、事なきを得た


 そんなこんなで各ブースをひととおり制覇し、一行は程よくくたびれた。


 なので締めに物販のブースに寄って、友人たちへの土産物を物色した。

 当然、すべて経費である。


 戦利品の詰まった紙袋を提げた一行は、満ち足りた気分で帰路についた。


 ――そして冒頭に戻る。


 首をかしげるチャビーに向かって、


「……小夜子さんが(脂虫を切り刻む)仕事をすっごく頑張ったから(それを不安視した【組合(C∴S∴C∴)】にせっつかれた【機関】に)旅行をプレゼントされたんだ」

 関係者以外に口外できない事情を省いて説明する。

 チャビーと同じことを言ったが、他に言いようがないのだから仕方がない。


「そっか! やっぱり小夜子さんはすごいや!」

 チャビーは深くは考えずに小夜子にニッコリ笑いかけ、

「あっチャビーちゃんあぶないよ」

 改札口まで走っていって、

「よいしょっと。わーい出れた!」

 自動改札に切符を入れるのが面白いのかはしゃぐ。

 そんな仕草が微笑ましくて皆で笑う。

 もちろん小夜子もだ。


 ちなみに執行人(エージェント)魔道士(メイジ)はあらゆる交通機関の料金が支給される。

 私用で全裸女の天使を乗り回したり脂虫を門にしてテレポートすることを控えてもらう不便に対する補填ということらしい。

 だが今回は【機関】から交付された特別定期券ではなく普通の切符で改札を出る。

 一般人のチャビーや園香といっしょだからだ。


 そんな小夜子も、なんだかんだですっかりリフレッシュした様子だ。

 旅行の目的が果たせて何よりである。


 休日なのだが変な時間のせいで、一行の他には人がいない。

 なので、そのまま駅を出ようとして――


「――ちょっと喉かわいちゃった。外の自販機でジュース買って飲みたいんだが」

 舞奈が呼び止め、皆は立ち止まる。


「そうね。わたしたちで買ってきますから、小夜子さんたちは待っててください」

「いや、お前はみんなと待っててくれ。サチさん一緒に来てくれるかな?」

「いいわよ」

「……なによ」

 明日香の険しい視線を背に、舞奈は小夜子を連れて駅を出る。

 出入口近くの自販機に小銭を入れて人数分のジュースを買って、


「……気づいたか?」

「ええ」

 2人して見やったのは、駅舎の隅にある木立。

 一見すると適当な木が数本立っているだけの何の変哲もない木立だが、


「戦術結界よ」

「やっぱりか。外から見えなくなるタイプってのは珍しいな」

「たしかに珍しい結界ね。……天使を使った祓魔師(エクソシスト)の結界に似てるかしら?」

「ってことは、呪術師(ウォーロック)か」

「けど舞奈ちゃんスゴイわ。よく気づいたわね」

「へへっ、窓から見えた景色がちょっとおかしかったんだ」

 サチの賛辞に気を良くしつつ、2人は油断なく結界に近づく。


 木立の前で立ち止まり、サチが小さく祝詞を唱える。

 結界に穴を開ける【岩戸開法(いわとひらきのほう)】だ。


 明日香の戦闘魔術(カンプフ・マギー)にも結界に穴をあける術はある。

 にも関わらずサチを伴ったのは、明日香に残りの面子を任せるためだ。


 この場所に結界を張った何者かの意図はわからない。

 対してサチの防御魔法(アブジュレーション)は絶大な威力を誇る。

 小夜子もなりふり構わなければたいていの敵を一瞬で屠ることが可能だ。


 だが街中で何かあった場合、最も的確に園香やチャビーを守れるのは明日香だ。


 そんなことを考える間に、木立の前の空間にぽっかり黒い穴が開く。

 大きさは人がようやく通れる程度。

 舞奈は缶ジュースを抱えたまま、躊躇なく穴に踊りこむ。

 サチも続く。


 そして結界内部。

 周囲の風景を投影しているのか、その様相は意外にも外と同じ。


 だが結界の中に立ちこめていたヤニの悪臭と血の臭いにむせかえる。

 視界の端に映るのは切り刻まれた人体。おそらく複数。

 幸か不幸かまだ生きている被害者が、苦痛にうめく。


 そして目前には男。

 コートをまとった、長身の男だ。


 黒皮のコートとブーツには鉄色に輝くリベットが埋めこまれている。

 同じ材質のズボンを穿いて、上半身は裸。

 パンクなロッカー風のスタイルと評すればいいのだろうか。


 そんな衣装を着こんだ男の身体は、だがスマートというよりひょろっとした感じだ。

 手足は筋肉が足りてない感じに細長い。

 剥き出しの胸も貧相で、ワイルドというより寒そうだ。

 長身と相まって、風に吹かれてぽっきり折れやしないかと不安になる。


 サチがこっそり男と舞奈を見比べる。

 小柄な身体を鍛えぬいた舞奈の手足や胸板とは、ある意味で真逆な男の身体だ。


 サングラスをかけているので男の表情はわからない。

 だが風もない結界の中になびく、光輝くように鮮やかな長い金髪が目を引く。


 手にはギター。

 派手なペイントを施された、おそらくはカスタム品。


「……見ない面だな。誰だ? あんた」

 油断なく身構えながら舞奈は問う。

 足元のうめき声を一瞥し、顔をしかめる。脂虫だ。


 男は答える代わりにギターをかき鳴らす。

 途端、ギターから紫電が走って舞奈の足元に突き刺さった。


 足元に転がっていた何かが消し飛ぶ。

 それは切断された人の腕……正確にはその手首だ。

 千切れた手首が舞奈の足に当たってスニーカーを汚す。


 舞奈はちらりと足元を見やって手首を踏みにじり――


「――新入りのヤニ狩りか。脅かしてスマン」

 笑った。


 今しがた踏みつぶした手首は指に煙草をはさんでいた。

 それに周囲に散らばる残骸から流れるているのも、よく見れば人の血じゃない。

 ヤニで黄ばんだ脂虫の体液だ。


 何のことはない。

 おそらく彼は、小夜子が安心して休日を楽しめるよう配置された執行人(エージェント)だ。

 舞奈はそう思った。


 脂虫は、駅の出入口のような人通りの多い場所で喫煙するのを好む。

 通行人に煙草の悪臭を嗅がせるためだ。

 他者の嫌悪と苦痛を好む脂虫――喫煙者らしい悪癖だ。


 小夜子はそんな脂虫を殺して捌くのが大好きだ。

 なので業務でも隙あらば殺す。

 脂虫をたくさん殺せる今の仕事が大好きだ。


 だが【組合(C∴S∴C∴)】は、小夜子が脂虫を殺すのがストレスじゃないかと心配している。

 今日の旅行も、そんな小夜子をリフレッシュさせるためのものだ。


 でも、その帰りに脂虫なんか見たら、仕事をしたくなってしまう。


 慰安旅行の帰りに脂虫を捌いたら旅行の意味がない。

 だが大好きな仕事を放置したまま後ろ髪引かれながら帰るのもストレスだろう。


 だからフィクサーは考えたのだ。

 今日一日、小夜子の視界に脂虫が映らないようにしようと。


 そのために新人の彼が駅を見張っていたのだと考えれば、辻褄が合う。

 外から見えなくなる結界を使えば、人払いよりスマートに脂虫を掃除できる。

 そもそも優れた感覚を持つ舞奈がいなければ気づきもしなかったのだ。


 彼の顔を知らないのは本当だ。


 だが、別に舞奈は支部の術者全員と顔見知りな訳じゃない。

 新人で、なおかつ男というならなおさらだ。


 それに彼の格好は普通じゃない。


 だが街中をもっと奇抜な格好で出歩く魔道士(メイジ)を舞奈は知っている。

 例えば全裸や、全裸ストッキングとかだ。

 そういう輩に比べれば、ズボンを穿いているだけ彼は偉いと言えなくもない。


「そうだったのね。おつかれさま」

「えっ? あ、どうも……」

 サチは男と和やかに挨拶しあう。


 その様子を見て確信した。

 彼が善なる目的で秘密裏に脂虫を屠っていた執行人(エージェント)だと。

 先ほどの稲妻も、舞奈が臭そうにしたから煙草を消そうとして行使したのだ。

 慣れないせいか狙いは少しそれてしまったが。


 そう考えて舞奈は笑い、だがふと思う。


 小夜子は【機関】から旅行をプレゼントされた。

 ならば彼にも報酬が必要ではないだろうか?

 やっていることは同じなのだ。だから、


「……!?」

 抱えた缶をひとつ手に取り、投げる。


 男はあわててギターをかき鳴らし、缶を受け止める。

 缶の起動が不自然だった。

 大気を操って軌道を調整したのだろう。そう解釈し、


「邪魔してスマン。ロッカーの兄ちゃん頑張ってたって、上司にちゃんと伝えとくよ」

 そう言い残し、サチを連れて結界を出る。

 男は驚いたように、あるいはサンタクロースに思いがけないプレゼントをもらった子供のような表情で缶を見ていた。


 だから舞奈は笑顔で皆が待つ駅舎に戻る。


 襲撃を警戒して、だが結界の中には善意があった。


 側のサチも笑っていた。

 もちろん、表で同僚が仕事をしてたのは小夜子には内緒だ。


「わーい、ジュースだ」

「マイちゃん、サチさん、ありがとう」

 チャビーと園香はニコニコ笑顔で缶を受け取る。

 2人の好みは把握済みだ。


「はい小夜子ちゃん」

「うん、ありがとう」

 小夜子もサチから缶を受け取り、


「……何でわたしだけ飲みかけなのよ」

 明日香はギロリと舞奈を睨む。


「仕方ねぇだろ。おまえの分はちょっと……人にやっちまったから、代わりにあたしの分を半分やるんだ」

「自分の分をあげなさいよ。っていうか、何よ『カツオジュース』って」

「中にカツオ節が入ってるんだよ。凄いだろ! ジュースにおかずが入ってるんだぞ」

「……普通のジュースでいいわよ」

「気に入らないのか?」

「当たり前よ。まさかわたしにもこんなの買ってくるつもりじゃなかったでしょうね」

「安心しろ。おまえのは『ワカメジュース』だった」

「………………。あっそ」

「……明日香ちゃんも舞奈ちゃんも。あ、そうだ、帰りに商店街の喫茶店に寄って行きましょうか?」

「そうね。たぶんそれも経費で落ちると思うし」

「わーい!」

 そんな馬鹿話をしながら、一行は駅に背を向け歩き出す。


「えへへ、明日はウサギ小屋の当番なんだ! 楽しみー」

「チャビーちゃん、ウサギさんも大好きだもんね」

「そりゃよかった。がんばれよ」

「明日は貴女も当番だったはずだけど」

 どうでもいい会話をしながら、舞奈は笑う。


 駅舎の隅にある木立の周囲は、あいかわらず少し歪んでいる。

 だが駅の周りの空気は澄み渡っていた。


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