表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY
206/579

戦闘2-2 ~合同攻撃部隊vs肉人壺

「――ここに来たのは君のほうかね」

 夕暮れの【機関】支部ビルの屋上で、ひとりごちる中学生のニュット。


 今から3年前のことである。


 その背後にはコートの人影。

 血のような色の夕日に染まりながら、ポニーテールの髪とコートが風に揺れる。


「つまり、そっちの手段で倒すと決めたというのだな」

「然り。……どのみち貴様は【レーヴァテインの光杖フォアーラードゥング・ラーザーカノーネ】を使わぬのだろう? ならばケルベロスを屠るには(人口衛星)を落とすより他はない」

 そう言って、コートの人影は笑う。

 その不敵な笑みは、そんな苦境を楽しんでいるようにすら見える。


「臆病者だと笑うかね?」

 ニュットも口元に乾いた笑みを浮かべる。

 だがコートは問いを一笑に付す。


大魔法(インヴォケーション)という爪を隠し続けるのが貴様の望みなら、好きにするといい。他人の臆病さに興味などないからな。……だが」

「――みなまで言わずとも、しかと教えるのだよ」

 ひとりごちるように、ニュットはコートの言葉を遮る。


「……戦略攻撃が着弾する瞬間に戦術結界によって封じこめ、内部だけを完膚なきまでに破壊する我が技術をな」

 そう言って笑う。


「だが、一瞬のタイミングが生死を分けるこの妙技、一晩で極められるかね?」

「……このわたしを誰だと思っている」

 不敵な声色で答え、コートも笑う。


 そう。血のような深紅のコートを着こんだ少女――ピクシオン・フェザーこと果心一樹は、技術担当官(マイスター)ニュットに一夜限りの師事を約束しながら鮫のように笑った。


 その翌日。


 あの凄まじい戦闘の末、ピクシオンは魔獣ケルベロスを打倒した。

 決め手は衛星軌道上からの質量攻撃だった。


 そして、その凄まじい打撃が地上に着弾する瞬間、落下物を魔獣もろとも戦術結界に閉じこめ内部を完膚なきまでに破壊せしめた妙技。

 その出所は不明とされた。


 ――そして3年後。


 肉人壺を破壊すべく悪魔の家に突入した小夜子とサチ。だが、


「な……!?」

 地下室に安置された肉人壺は、豚男の粗悪なコピーを大量に生みだした。


 小夜子はショットガン(AA-12)を掃射する。

 連射された無数の弾丸が、醜い豚男の群れをミンチに変える。

 だが豚男の壁に阻まれ、弾丸の嵐は肉人壺に届かない。


「小夜子ちゃん! 一旦、引きましょう!!」

「……っ!」

 サチの悲鳴に舌打ちする。

 それでもサチに引きずられるように、2人は部屋を飛び出し階段を駆け上がる。


 だが地上にたどり着いた途端。廊下を埋め尽くすような臭い豚の群に鉢合わせた。

 1階にも豚男が溢れていたのだ。

 それでも小夜子の躊躇は一瞬。


「……持ってて!」

「わっ」

 サチにショットガン(AA-12)を押しつける。

 そして先頭の1匹のたるんだ腹を指先からのびる【霊の鉤爪(パパロイツティトル)】で斬り裂き、ヤニ色の心臓を引きずり出す。


「我に歯向かう全ての者を斬り刻め! 羽毛ある蛇(ケツァルコアトル)!」

 叫びながら握りつぶす。


 途端、狭い廊下を激しい風が荒れ狂う。

 即ち【虐殺する風(エエカトルミクティア)】。

 贄を利用した強力な風の大魔法(インヴォケーション)


 大気が無数の刃と化して壁を裂き、豚男どもを斬り刻む。

 首をはね、四肢をなで斬り、腹を裂く。

 豚どもはヤニ臭い肉片になって飛び散る。

 それを【護身神法(ごしんしんぽう)】が見えざるとばりとなって防ぐ。


 だが、階段から降りてきた数匹の四肢は完全には千切れない。

 不気味な音をたてて蠢き、繋がり、裂かれた傷が再生する。


 その手には、頭蓋と毛で装飾された不気味な槍。


「方天画戟を……!?」

 小夜子は驚愕する。


 2階には方天画戟が貯蓄されていたのだ。


「小夜子ちゃん! 下から!!」

 サチの悲鳴に振り返る。

 地下へと続く階段からも、豚男の群が押し寄せていた。


 幸いにも狭い階段を通れる豚の量は少ない。

 だが地下の肉人壺からは豚男の粗悪なコピーが無限に湧き出している。

 このままでは豚男の群れに押しつぶされる。


「斬り刻め! 羽毛ある蛇(ケツァルコアトル)!」

 身をかがめて足元を狙った【切断する風(エエカトルテキ)】で、手前の数匹の脚を切断する。

 身動きがとれぬまま肉の障害物になった数匹の豚男が、後から押し寄せる群の進行を押し止める。


 その隙に拳銃(オブレゴン・ピストル)を抜き、豚男の隙間に狙いを定めて奥の数匹を狙い撃つ。

 撃たれた豚男の全身が、ゆっくりと黒曜石の結晶と化していく。

 そして心臓を残して石化し、砕け散る。

 即ち【生贄を屠る刃(イツテリママカ)】の呪術。そして、


「焼き払え! 喰らい尽くせ! トルコ石の蛇(シウコアトル)!」

 次なる必殺の呪術を成就させるべく叫ぶ。

 その途端に爆音、熱風。

 狭くて汚い悪魔の家が揺れる。


 即ち【虐殺する火(トレトルミクティア)】。

 重爆撃に匹敵する炎の大魔法(インヴォケーション)が、地下の豚男をまとめて焼き払う。

 階段から噴き出す爆炎は、サチの【護身神法(ごしんしんぽう)】が防ぐ。


 だが階段からは再び豚男が湧き出てくる。

 肉人壺がコピーを無尽蔵に乱造しているのだ。


 そして玄関前には、階段から降りてきた方天画戟持ち。

 さらに新たに創られたのだろう、別の豚男の群まで加わっている。

 多勢に無勢。


 そもそも小夜子の強みは、贄による大魔法(インヴォケーション)や重火器による攻撃力というリソースを無理やりにかき集め、一点に集中させられることにある。

 なればこそ必殺の一撃は結界すら一撃で砕き、破壊と暴虐の化身と化す。

 加えてサチの防御魔法(アブジュレーション)は、敵の必死の抵抗すら無力化する。


 だが、その反面、目論見が外れた場合の持久戦闘力は並程度だ。

 2人とも場慣れし、【護身神法(ごしんしんぽう)】で守られてはいるが、それにも限度がある。

 だから2人が進退窮まった、その時、


「――!?」

 窓際の豚男がまとめて爆発した。


 壁のあちこちがぶち破られ、外から火球が投げこまれたのだ。


「ケルト魔術の【召喚火球コンジャード・ファイアボール】……?」

 数多の火球の術の中から、サチが術の正体を見抜く。

 小夜子も思わずうなずく。


 なぜなら穴の外には、羽の生えた小さな少女が何人も並び、羽ばたいている。

 ケルト呪術【妖精招来(コール・フェアリーズ)】で召喚される妖精である。

 先程の火球を放った術者は彼女たちだ。


 少女たちのざわめくような輪唱とともに、火球の群の第2波が放たれて豚を焼く。


「ナァァァァ!!」

「ミギャァァァ!!」

 甲高いいくつもの猫の鳴き声。さらに、


「デスメーカー! 思兼(おもいかね)! 無事?」

 エリコが顔を覗かせた。


 胸に抱いているのは子猫のルージュ。

 警備員と揃いの色の首輪をはめた縞模様の子猫は、何らかの術を維持している。


「ティムの猫たちが手伝ってくれてるわ。今のうちに速く!」

「ティムって……Sランクの!?」

 出された名前に驚く。

 同時に、この現象のからくりがわかった。


 ケルトの魔術と呪術を極めたSランクは、その能力を恐れた上層部から何重もの制限を受けている。

 本人が業務外の作戦に参加するなど論外だ。

 その制限下で、これが最大の火力を叩きだすための最適解なのだ。


 ケルト呪術師としての能力によって配下の猫を操り、自身の知る術を行使させる。

 猫たちは【妖精招来(コール・フェアリーズ)】によって、ぎりぎり報告の必要のない数の妖精を召喚する。

 妖精たちは主人の主人から魔力を借り、【召喚火球コンジャード・ファイアボール】の魔術を放つ。

 さらに爆炎の飛沫を使って【変成火球オルタード・ファイアボール】を行使して火力を倍増させる。

 しかもそれを乱射するのだ。


 通常の術者には不可能な離れ業。

 だがSランクの技量をもってすれば造作もない。

 執行人(エージェント)ティムは志門舞奈とは真逆に、魔術と呪術のみにより同じ高みに到達した正真正銘のバケモノだ。


 だがそれより、2人にとっては脱出することが先決だ。


 猫たちの援護を受けて、小夜子とサチは家を飛び出す。


技術担当官(マイスター)! 2人を救出したわ!」

『それでは結界外部に送り出すのだ。頼むのだよ鹿ちん』

『は、はひっ!』

 ここにいるはずのない技術担当官(マイスター)の声と、奈良坂の声。


 結界に同調して内側に声を伝えたり、介入するのは高等技術だ。

 奈良坂にそこまでの技量があっただろうか?

 そう訝しんだ瞬間、2人は結界の外にいた。


 屋外で用いられた戦術結界を外から見ると、黒みがかった半円形のドームに包まれているように見える。

 時空が歪み、可視光線が一部吸収されるためだ。

 だが魔法に関わりのない一般人は、時空の歪みを認識することを無意識に避ける。

 だから結果的に、結界自体が一種の認識阻害として機能する。


 そんな結界の中には、粗悪な豚男たちがひしめき合っている。


 結界の外にはエリコと猫たち、結界の主である奈良坂。

 そして技術担当官(マイスター)ニュットがいた。


「や、やればできるもんですねぇ」

「そうなのだろう? 鹿ちんの術者能力自体はAランクに匹敵するのだよ。それに地味に芸術センスも高いから、細やかな術の操作には適正があるのだよ」

 ニュットは普段と変わらぬ口調で奈良坂に語る。そして、


「こういう事態に陥っているということは、屋敷内で肉人壺と遭遇したのだな?」

「……ええ。でも肉人壺が大量の――」

「――みなまで言わずとも良いのだよ。想定内なのだ」

 悔やむような小夜子の言葉に、ニュットは糸目を細めて笑う。


「方天画戟が量産可能なのと同じように、肉人壺もまた過去に何度も用いられた。今回のが粗悪な個体ならば良かったのだが、残念ながら違ったようなのだよ」

 ニュットは普段と変わらぬ調子で語る。

 そう言う話は先にしてくれと小夜子は睨む。そして、


「それを破壊する策はあるの?」

 サチの問いにニュットは「うむ」とうなずいて、


「これより大魔法(インヴォケーション)により肉人壺を破壊する」

 何食わぬ顔で宣言する。


「待って! そんなことしたら周囲は焼け野原だわ」

「それも対策済みなのだよ」

 驚くサチに、ニュットは糸目をさらに細めて笑う。


「エリコちん、猫たちの点呼をとってくれたかね?」

 次いで側のエリコに問う。


「万が一にも逃げ遅れていると大変なのでな」

「うん、大丈夫」

 エリコは答える。


「……では鹿ちん、頼むのだよ」

「は、はひっ!」

 不安を誘う返事に続けて真言を唱え始める。

 すると悪魔の家を封じた結界が、円筒形のヴェールへと姿を変えていく。


 そして姿を変えた結界を、ニュットは糸目を細めて見やる。

 魔法感知で結界を調べているのだ。


「ふむ。上出来なのだよ」

 ニュットは満足げにうなずき、


「戻すときは最速で閉じるのだよ。タイミングはこちらで指示するのだ」

「はひっ!」

 鹿の返事を聞いて携帯を取り出し、


「こちらの準備は整ったのだ。頼むのだよ、鷹乃ちん」

『ふんっ、準備は整っておるわ!』

 通話で連絡する。


 次の瞬間、空を一陣の銀翼が切り裂いた。

 人間サイズの戦闘機(F-15J)

 一見してドローン。

 だが、その実態は鷹乃の式神である。


 ニュットに奈良坂、小夜子とサチ、エリコと猫たちが見上げる空を式神が通過する。

 その際に、眩く光る何かを落としていった。

 先ほど小夜子とサチを救った【召喚火球コンジャード・ファイアボール】とよく似た火の玉だ。

 だがその熱量は、魔力は並みの魔術のそれではない。


「火行の大魔法(インヴォケーション)……!?」

「本当に大魔法(インヴォケーション)を!?」

 サチと小夜子が揃って驚く。

 その側でニュットが笑う。


 火球の正体は【泰山府君・焔法たいざんふくん・ほむらのほう】。

 陰陽師が誇る、五行による戦略魔術砲撃のひとつ。


 それをドローンを象った式神で空輸し、正確無比に投下する。

 さながら魔術の精密爆撃。

 それが可能な鷹乃だからこそ、街中での大魔法(インヴォケーション)の行使を許可されたのだ。


 そんな火球は悪魔の家を違わず捉え、ヴェールの中に落ちる。


「今なのだ、鹿ちん!」

「はひっ!!」

 奈良坂は再び真言を唱える。

 すると今度は一瞬で、円筒形の上部が塞がり半透明のドームへと戻る。


「うむ、上出来なのだ。ピクシオンより巧いのだよ」

 ニュットは笑う。


 次の瞬間、閉じられた結界の内部が光に染まった。

 結界ごしにすら暴力的な光と熱が、内部の豚男を焼き尽くす。

 それどころか悪魔の家そのものをも圧倒的な光熱によって粉砕する。


 だが土御門鷹乃の大魔法(インヴォケーション)はそれだけでは終わらない。


 五行相生の理に従い、爆炎の跡には焦土が残る。

 その土行の中から金行が生ずる。

 金行の表面に水行が生ずる。


 そして水行を吸収し、光輝く樹が生えた。

 即ち【泰山府君・神木法たいざんふくん・かむきのほう】。


「道術や陰陽術の五行では、怪異は土行に分類されるわ」

 サチが語る。


「……その残滓を、土行を剋する木行の大魔法(インヴォケーション)で浄化してるっていうのね」

 肉人壺が破壊される原理を聞きながら、一行は悪魔の家があった場所を見やる。


 樹はみるみる育って太く大きく巨大化する。

 悪魔の家の淀んだ魔力を聖樹が浄化し、無に帰しているのだ。


 ニュットの合図で、奈良坂が結界を解除する。

 すると黒いとばりは溶けるように消える。


 だが、そこに、もう悪魔の家はなかった。

 大魔法(インヴォケーション)による猛攻の跡に、あの醜い怪異の存在を表すものは何もなかった。

 結界の守護の賜物で隣家には何の影響もないまま、薄汚れた家だけが消滅していた。


 跡には代わりに、瑞々しい葉を茂らせた巨樹が立っていた。


「終わった……?」

「ええ」

 ひとりごちるような小夜子の言葉に、サチが答える。


「支倉美穂ちんの家にも襲撃があったのだ。無事に阻止したそうなのだがな」

 糸目を細めてニュットは言った。


「……つまり本命は予定通り、コンサート会場の双葉あずさを狙うってことね」

 小夜子の言葉に、一同は頷く。


 何のことはない。

 豚男は粗悪に複製されることによって、危惧された攻撃対象すべてを襲撃するつもりだったのだ。


 だから支倉美穂は襲撃された。

 なのに悪魔の家にも豚がいた。

 そして十中八九、コンサート会場にも。


 だが一行の顔に不安はない。


 コンサート会場の受け持ちは、舞奈たちだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ