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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
序章 志門舞奈
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第三機関

 廃墟の街こと新開発区の隣には、人の住む街がある。

 俗に旧市街地と呼ばれる、ちゃんとした普通の街だ。


「あれ? 舞奈ちゃん、忘れ物かい?」

「まあ……そんな感じだ」

 廃墟を封鎖する2人組の守衛に、適当な挨拶を返して通り過ぎる。

 守衛たちは緑色の迷彩服に身を包み、アサルトライフル(89式小銃)を携えている。


 彼らは別に戦争をしているわけではない。

 法と文化に守られたこの国は、少なくとも今のところは平和だ。

 だが新開発区とそこに巣食う怪異の存在は、その周囲の人々に特例としての警戒と武装を強いていた。


 ……だが舞奈は今は、それどころではない!


「……ううっ、腹が減った」

 腹をさすって涙ぐむ。


 モヤシの代わりを調達するため、わざわざ旧市街地まで戻ってきたのだ。


 あのモヤシは数日食いつなぐつもりで買ったモヤシだった。

 他に備蓄なんてあるわけない。

 代りの食料を手に入れないと当分は夕飯抜きだ。


「それにしても、この通りはいつ見ても灰色だなあ」

 周囲を見回して苦笑する。


 旧市街地の中でも新開発区に隣した統零(とうれ)町は、民間警備会社(PMSC)の事務所や軍事企業の支部があるせいか、威圧的なコンクリート塀が立ち並ぶ物々しい街だ。

 人通りも無くはないが、女子供の姿はない。

 すれ違う人々は屈強で目つきの鋭い軍関係者ばかりだ。


 そんなキナ臭い軍人たちが、学生鞄を背負った小学生に訝しげな視線を向ける。

 だが突き刺さる視線を慣れた笑顔で一蹴し、舞奈は早足に歩く。

 最初に訪れるべき場所は決まっている。


「さっきの泥人間のことを【機関】に報告すれば報奨金が貰えるはずだ。今日のところは、そいつで弁当でも買うか」

 ひとりごちたのは、超常現象への対処を目的とした組織の通称だ。


 正式名称は【第三機関】。

 怪異や異能力への対応を一手に引き受ける超法規機関である。


 その前身は帝国陸海軍の非公式な諜報機関と言われている。

 だが、その出自は江戸・鎌倉の武家に仕えた密偵にまで遡ることができる。

 故に【機関】は国家機関に相当する権限を有するのみならず、官憲や政界、企業とも強い結びつきを持つ。


 そして、その名称は警察、自衛隊と並ぶ第三の執行機関であることを示す。

 それらと【機関】との差異は、【機関】が怪異や異能力と同じく、表の法を逸脱した『表向きには存在しない』組織だということだ。


「けど、もうすぐ日が暮れる……」

 夕闇を見上げて、ため息をつく。

「そういや【機関】の支部って何時まで開いてたっけ? まだ開いてるよな?」

 ひとりごちつつ足を速める。


 国家と深く癒着した【機関】の支部は、怪異の排除という活動を隠蔽するのに都合がいい保健所の一部門という体裁を持つ。

 もちろん、新開発区に臨した統零町にもそれがある。

 民間警備会社(PMSC)の事務所や軍事企業の支部と同じ街にある保健福祉事務所の敷地内に建つ、一般職員の立ち入りが制限されたビルがそれだ。


「お、明かりがついてる」

 野良犬の代わりに怪異を狩る、裏の世界の保健所。

 武骨な打ちっぱなしコンクリートのビルは、気味悪く不自然に薄汚れている。

 まるで怪異から流れ出た悪い魔法がこびりついているかのようだ。


 そんな不穏な施設に、だが舞奈はニコニコ笑顔で向かう。

 不気味な超法規機関の支部ビルも、舞奈にとっては慣れた場所だ。


 保健所の一般職員が訝しげに舞奈を見やるが、気にもせずに入館する。

 来客を拒むように奥まった場所にある自動ドアをくぐる。

 両脇に控えた検問にカード状の証明書を提示する。すると、


「よかった、まだやってた」

 殺風景な受付のカウンターの奥で、受付嬢が暇そうにしていた。

 舞奈はニコニコしながら歩み寄る。


「こ~ら」

 小柄で巨乳の受付嬢が、舞奈に気づいて声をあげた。

「子供がこんな夜遅くまで出歩いてると、こわ~いオバケに食べられちゃうぞぉ~」

 言っておどけた笑みを浮かべてみせる。だが、


「こわーい泥人間なら、さっき会ったよ」

 言って舞奈は苦笑する。


「新開発区で11匹殺ってきた」

「うそっ!? 舞奈ちゃんひとりで!?」

「仕方がないだろう。学校の帰りに鉢合わせたんだ」

 目を丸くする嬢に、舞奈は何でもないことのように言い返す。


 先ほど舞奈が苦もなく蹴散らした泥人間。

 だが仮にも異能力を持つ怪異だ。

 普通の人間なら大人でも1匹を倒せないだろう。

 嬢が驚くのも無理はない。


「それに一体多数の戦闘は、明日香の専売特許ってわけじゃないぞ」

 怪異退治のパートナーの名を出す。

 仕事で怪異を狩る時には、たいてい彼女とコンビを組むからだ。


 コンビ名は【掃除屋】。

 腕の立つ2人組として、それなりに名も知れていたりする。


 そして明日香の役割は、いわゆるグレネーダー。

 彼女は異能力を超えた神秘の力である、魔術を操る。

 それは圧倒的な火力を誇る恐るべき技術だ。

 だから接近戦で圧倒する舞奈に先んじて、強烈な攻撃魔法(エヴォケーション)を叩きむ。

 最も初歩の魔術である【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】ですら、砲撃の如くプラズマの奔流を放つことにより相手がどれほどの群であろうが瞬時に殲滅することができる。


 だが、そんなパートナーを抜きにして怪異の群を屠った舞奈の実力も本物だ。

 愛嬌と化粧でいろいろ隠した受付嬢は、それを熟知している。だから、


「念のために怪異の出現情報と照合するから、ちょっと待っててねぇ~」

 嬢は手元の端末を操作する。


 確認作業の暇に、舞奈は奥の壁に設けられた掲示板をなんとなく見やる。

 くすんだ色の掲示板には、強力な怪異の手配書が貼り散らかさられている。

 舞奈はふと、その中の、色褪せたポスターに目を止めた。


「こんなもん、まだ貼ってあったのか……」

 ポスターには、ドレスを着こんだ3人の少女が描かれている。

 日曜朝のアニメに出てくる魔法少女を彷彿させる。

 ドレスは色違いのお揃いだ。


 中学生くらいの年頃のオレンジ色。

 小学校の高学年ほどの赤。

 そして低学年ほどのピンク色。


 小さなツインテールの幼いピンクの面影は、舞奈と少し似ていた。

 そして片隅には、グループ名らしき『ピクシオン』という文字。

 役所のイベントに使ったポスターを剥し忘れているようにも見える。だが、


『危険。単独での接触禁止』

 ポスターの目立つ場所に、そんなことが書かれている。


 但し書きには、彼女らは新開発区周辺で怪異と戦う正体不明の武装集団とある。

 彼女たち自身も、彼女たちが狩る怪異も、凄まじく強く、そして容赦がない。

 だから戦闘に巻きこまれたら被害が甚大なため、接触禁止と書かれている。

 ポスターは関係者への注意を促すためのものだ。


「ったく、勝手なもん作りやがって……」

 舞奈の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。その時、


「あら、ホントぉ~。占術士(ディビナー)が新開発区での泥人間11匹の消滅を確認してるわ~」

 確認作業が終わったらしい。

「舞奈ちゃん、やっぱりスゴイのねぇ~」

「よせやい」

 賞賛の言葉に、先ほどの乾いた笑みを隠すように無邪気に笑う。

「それより報奨金クレクレ! そいつでお釈迦になったモヤシの代わりを買うんだ」

 相好を崩して嬢に迫る。

 カウンターは子供が使うことなんて想定されてないから、つま先立ちだ。だが、


「でも、ごめんね~。そいつらは発見されたばかりで、報奨が決まってなくて~」

「つまり、どういうことだよ?」

 舞奈は焦る。

 受付嬢は苦笑する。


「報奨金が設定されてなくて、仕事人(トラブルシューター)の舞奈ちゃんには何もあげられないのぉ~」

「な、なんだって~」

 舞奈は悲鳴のような声をあげた。


 社会の裏側に潜む怪異に抗うべく【機関】は相応しい者に武装する権限を与える。

 そうやって人知れず闇の脅威と戦う者たちのうち、舞奈のように報奨金を目当てに怪異を狩る傭兵は仕事人(トラブルシューター)と呼ばれる。


 仕事人(トラブルシューター)が【機関】から受け取るのは報奨金だ。

 だから、報奨額が設定されていない怪異を倒しても何も貰えない。

 報奨を設定する前に倒してしまっても、何も貰えない。

 先回りして仕事をしても得るものはない。下請けの辛さである。


 おそらく頭脳労働担当の明日香がいれば、こういうミスは防げたのだろう。

 下フレームの眼鏡が似合う生真面目な彼女は、能天気な舞奈をいつも支えてくれる。


 ……だが、今いないものは仕方がない。


「舞奈ちゃんが執行人(エージェント)なら、査定に有利になったりボーナスが出たのにねぇ~」

 そんな舞奈の思惑など知らず、受付嬢はしみじみと言った。


 非正規の仕事人(トラブルシューター)に対し、上層部の命で動く正規隊員は執行人(エージェント)と呼ばれる。

 執行人(エージェント)は超法規的とはいえ公務員だから、まとまった給金がもらえる。

 さらに条件次第で住居や生活費まで支給される。


「それに舞奈ちゃんの実力があれば、どんな役職にだって就けるのに~」

「……そんな柄じゃないよ」

 背後の掲示板に貼られたポスターを少しだけ意識した嬢の言葉に、舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。

「あたしは今の暮らしが性に合ってるんだ」

 静かに答える。


 そして表情を一転させて、


「それより今は晩飯だ。あのモヤシは今日の晩飯だったんだ……」

 がっくりとうなだれる。

 どんなに強くても舞奈は子供だ。晩飯抜きなんてあんまりだ。だが、


「ほら舞奈ちゃん、食堂の食券あげるから元気出してぇ~」

 こちらも表情をコロリと変えて、受付嬢は胸元から紙切れを取り出した。


「わーい、お姉さん大好き!」

 満面の笑みを浮かべ、舞奈は食券を手に取る。

 そしてカウンターに乗り上がって受付嬢の胸に手を伸ばす。


「おっぱいも大好き!」

 どんなに強くても舞奈は子供だ。

 だから母親のそれを思わせるような豊かなおっぱいが大好きだ。けど、


「だぁ~め! そっちは舞奈ちゃんが大人になったらねぇ~」

 受付嬢は舞奈の額に指を当てて押し止める。


「えー。大人になったらって、何歳になったら? 6年生になったら?」

「うふふ~、もっと大人になったらぁ~」

「そんなの、待ちきれないよー」

 子供の舞奈は大人の嬢に、純粋な腕の長さでは絶対に勝てない。

「それより、早く食堂に行かないと閉まっちゃうわよぉ~? その食券、期限が今日までだから気をつけてねぇ~」

 そんな風に舞奈と受付嬢が戯れていると、


「そんな、こ、困ります……!!」

 舞奈の背後で悲鳴がした。


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