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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY
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襲撃2 ~銃技&戦闘魔術&高等魔術vs宝貝

「やれやれ45口径を撃ちこんだってのに、ふっとぶだけかよ」

 舞奈は顔をしかめて舌打ちする。


 その目前で、豚男は何事もなかったように起き上がる。

 顔面に大口径弾(45ACP)をまともに喰らったはずなのに。


 否、奴は先ほど幅跳びみたいな距離を豪快に跳んだ。

 だから弾丸のエネルギーは男に見た目ほどダメージを与えていなかったのだろう。

 舞奈はそう解釈した。


 一方、鷹乃は豚の前頭葉から生えた触角が先ほどより長いことを確認していた。


「邪魔ヲ! するナァァァ!!」

 豚男は唇に煙草を癒着させたまま、雄叫びをあげつつ走り来る。

 見た目通りに豚のような、不快な声。


 豚男が振りかざした槍の穂先がギラリと光る。

 その目標は、鷹乃を庇って立つ2人。舞奈とチャムエル。


 舞奈は拳銃(ジェリコ941)を撃つ。

 大口径弾(45ACP)は避ける暇もない豚男の、今度は脳天を正確無比に穿つ。

 豚はヤニ色の体液をまき散らしながら無様に転がる。

 舞奈は笑う。


 脂虫は――悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者は生きる価値のない虫ケラだ。

 それは鷹乃にとっても、もちろん舞奈にとっても同じだ。

 邪悪な脂虫は、正しい心を持ったあらゆる人々から嫌われ、死を望まれる。


 だから鷹乃は人類共通の敵を必殺の魔術で屠ろうと身構えた。

 加えて友人を襲われたからという理由もある。


 だが舞奈にとって脂虫はただのゴミだ。

 ゴミは処理しても問題ないのだから、ただ粛々と殺処分する。

 それだけだ。だが、


「……気のせいじゃなくて本当に効いてないのか。糞ったれ」

 舌打ちする。


 その目前で、豚男の傷跡が不気味な音をたてて蠢きながら再生を始めたからだ。

 そして悪態をつくうちに傷は癒え、豚男は立ち上がる。


 だが、その一連の間にチャムエルは素早く呪文を唱えていた。

 奉ずるは大天使カマエル。

 自身の名であるチャムエルの別名であり、鉄と戦争を司る火星の守護天使。


 豚男は女と2人の子供めがけて再び槍を振り上げて走る。

 だが、その目前に歪な金属の壁が出現した。


 豚は槍を壁に叩きつける。

 だが分厚い鋼鉄の壁はビクともしない。


「【機甲の防壁(ギアーズ・ウォール)】って奴か」

 ひとりごちたのは、金属の壁を創造する魔術の名。

 高等魔術師が得手とする【エレメントの創造と召喚】による防御魔法(アブジュレーション)である。


 以前のマンティコア戦の頃、舞奈は魔術に対して無知だった。

 だが、あれから少しは勉強した。

 だから共闘は初めてのチャムエルの手札も、ある程度は予測できる。


 そんな一時的なパートナーが創造した壁の高さは城壁ほど。

 幅は結界内部を横断するほど。

 回りこむのも突破するのも無理な代物だ。


 チャムエルは、首のネックレスに数珠繋がりになった護符を手に取る。

 所有している護符の数がハニエルより少ない。

 使う術を厳選しているのだろう。


 その中から彼女は火星の第1の護符を選び、壁に向かってかざす。


 すると壁の一部がギザギザの扉のように左右に開いた。

 金属を操る【火星の金属の統制マルスズ・コントロール・メタル】の術だ。

 豚男は雄叫びをあげつつ、開いた門をくぐって走る。


「馬鹿野郎! 壁の意味ないだろ!!」

 舞奈はツッコみながら、それでも撃つ。

 大口径弾(45ACP)は狙い違わず男の醜い眉間を射貫く。

 だが先ほどと同様に、豚男は薄汚い体液をまき散らしながらも再生する。


 その隙に、チャムエルは再び護符をかざす。

 すると門の内側から歪な何かが何本ものびる。

 金属部品をデタラメに組み合わせたロープのような何か。

 それが、ぶくぶくと醜く肥えた四肢に絡みついて動けなくする。

 即ち【鉄鎖の束縛(チェーン・バインド)】。


 チャムエルはさらに護符をかざす。

 すると【火星の金属の統制マルスズ・コントロール・メタル】によって、扉が勢いよく左右から閉じた。


「ガッ……!!」

 豚男はとっさに両手を突っ張り、扉を押し止める。

 左の扉を掌で、右の扉を槍を握った拳で防ぐ。


「……結構えげつないな」

 舞奈はやれやれと苦笑する。


 見た目は面白おかしいが、豚男の抵抗が間に合わなければ圧殺だった。

 あるいは、それでも豚は再生したのだろうか……?


 だが今はそれより、


「友達を連れて結界の外に逃げろ」

 ちらりと背後を見やって言う。


「じゃが外には……」

 鷹乃は逡巡する。


 結界の外に伏兵がいるかもしれないと危ぶんでいるのだろう。

 それは妥当な判断だ。だが、


「あたしたちが、どこから来たと思ってるんだ?」

 舞奈はニヤリと笑う。


 その言葉で結界の外は安全だと悟ったらしい。

 直感と人間離れした感覚、そして戦闘能力を持つ舞奈が、結界の外から来たのだ。


 鷹乃の足元に倒れる梓と友人、次いで鷹乃の姿が消える。

 ここは鷹乃の結界の中。そして鷹乃は手練れの陰陽師だ。

 彼女自身が望めば自由に出入りすることができる。


 残された舞奈は、壁に挟まれた豚男を見やる。


 そして側のチャムエルは次なる呪文を唱え終えていた。

 熱と光を司る大天使ミカエルの名のもとに、壁めがけて電撃を放つ。

 即ち【電光撃ライトニング・ブラスト】。


 矢継ぎ早に太陽の第5の護符を掲げる。

 すると金属の壁は【電光撃ライトニング・ブラスト】を飲みこむ。

 雷撃のパワーを吸収した壁は、プレスした豚男めがけて放電する。


「グアアアアァァァァ!!」

 凄まじい電気ショックに、豚男は獣のように耳障りな声で絶叫する。


 電気を操る【太陽の雷の力の変成シェイプ・サンズ・エレクトリック・パワー】。

 それにより、自らが放った稲妻によって帯電させた電気を操ったのだ。


「こりゃ酷い……」

 舞奈は苦笑する。

 だが高い耐久力を持ち、たちどころに再生する相手に対しては有効な手段だ。

 それでも、


「流石にあの程度では……いえ、わたしの力不足なのでしょう」

「どういうことだ?」

 訝しんだ瞬間、豚男の力に押し負けるように、鋼鉄の壁は砕けて消えた。


 どんな強固な魔術も、魔力が尽きれば消える。

 チャムエルは術を使いこなしてこそいるが、魔力の創造そのものは不得手なようだ。


 そんな彼女をフォローするように、舞奈は豚男の前に躍り出る。


 おそらく何らかの術か異能で強化されているのだろう。

 豚男の身体能力は、かつて脂虫が魔法で変異した屍虫と同程度。


 ……舞奈の敵ではない。


 醜く肥えた豚男は、小柄な舞奈を槍で突く。

 舞奈は何食わぬ顔で避ける。

 そのままその場で一回転して勢いをつけ、槍の穂先めがけて回し蹴りを見舞う。

 槍こそ離さなかったものの意外にあっさり体勢を崩して前のめりになった男の、豚のような醜い頭の横に銃口を突きつける。


 躊躇なく撃つ。2発。

 至近距離から大口径弾(45ACP)を叩きこまれた豚男は、飛沫を振りまきながら吹き飛ぶ。


「今度こそやったか?」

 舞奈は笑う。


 だが豚男は槍を手にしたまま飛び起きる。

 ヤニ色の傷口は蠢き、癒える。


「……だろうな。糞ったれが」

 舞奈は悪態をつく。


 豚男の身体能力は屍虫程度、動体視力は人並み。

 それだけなら舞奈の敵ではない。

 だが、その耐久力が問題だ。そして、


「再生する度に虫に近づいてるってことなのか……?」

 舞奈も気づいた。

 砕けたはずの頭に生えた触角が、先ほどより少しのびている。


 だが訝しむより先に、今はすることがある。


 致命傷を幾度となく喰らわされた豚男は、逆上して無茶苦茶な勢いで突きを放つ。

 舞奈はのらりくらりと避けながら、


「他に策は!?」

 背後に叫ぶ。


「これからが本番ですよ」

「……だといいけどな」

 軽口を他所に、チャムエルは再び呪文を唱える。


 そしてあらわれたのは、2枚の分厚い鋼鉄の盾だ。

 即ち【機械の装甲(ギアーズ・アーマー)】。

 明日香の氷盾や楓の岩盾と同じ、物質で形作られた魔術の盾だ。


 だが2つの盾のうちひとつは、舞奈のツインテールを揺らして豚男に肉薄する。


 チャムエルは護符を掲げる。

 すると盾は端から鋭い巨刃を展開し、豚男の背中に斬りかかる。

 同時に身をかがめた舞奈の頭上からも、残るひとつが豚男を襲う。


 その意図に豚男が気づく間もなく、2つの刃が前後から串刺しにする。

 豚の絶叫。


 チャムエルはさらに護符を豚男に向ける。

 すると盾の動きに力がこもる。

 そのまま、ぶくぶくと肥えた豚男の胴を切断するつもりらしい。

 まったくもってえげつなく、卑劣で邪悪な脂虫の処刑には相応しい手段だ。


 だが残念ながら、豚男の耐久力の方が上回ったようだ。

 2つの刃は根元から砕けた。

 破片は術者の制御からはずれて消える。


 豚男は仕返しとばかりに盾を突く。

 盾はそれを正面から受け止め、そのまま一旦、術者の元まで後退する。


 豚男は盾に追いすがる。

 だが、その脇腹を、舞奈が左手に握ったナイフが深く裂く。

 銃弾には限りがあるし、替えの弾倉(マガジン)なんて持ってない。

 もちろんワイヤーショットもない。


 だが当然ながら、斬撃程度の傷など瞬時に癒えて消える。

 舞奈は口元を歪めつつ、反撃代わりの蹴りを避ける。


 そんな舞奈の後で、鉄の盾はチャムエルの左右に回りこむ。

 そして砕けるようにパーツに別れ、鎧のように術者の身体を覆った。


 高等魔術は、魔術の盾に高度なアレンジを加えて全身にまとう。

 それは元素や物質による防御魔法(アブジュレーション)のひとつの到達点だ。


 更にチャムエルは虚空から得物を取り出す。

 それは2本の長杖だった。


「使いづらそうだな……」

 苦笑する舞奈の側を、チャムエルは杖を構えて走り抜ける。

 思いのほか速い。


 その背には白と黒の2対の羽根。

 黒い羽根はマンティコアが使っていた【重力浮遊(グラビティ・フロート)】。

 白い羽根は、粒子ビームを噴射する【光噴射(ライト・ジェット)】。


 そんな新手に、豚男は鋭い突きを見舞う。

 だが槍は不自然な挙動で急所をそれ、甲冑に弾かれる。

 こちらは近接攻撃を【重力浮遊(グラビティ・フロート)】に巻きこみつつ【機械の装甲(ギアーズ・アーマー)】で防ぐという、いわば二重の防御と言ったところか。


 チャムエルは左の杖を突きつける。

 すると杖の先に飾られた護符に黒い光が灯り、豚男を引き寄せる。

 即ち【重力の手(グラビティ・ハンド)】。

 異能力の【重力武器(ダークサムライ)】に似た重力場だ。


 次いでミカエルの御名を唱えて右の杖を突き出し、まばゆい光の砲弾を放つ。

 即ち【聖光撃(ホーリー・ブラスト)】。

 直接当てる場合には【電光撃ライトニング・ブラスト】よりこちらを使うことにしているらしい。

 至近距離から放たれた光の砲弾に、豚男は避ける間もなく半身を焼かれる。

 だが次の瞬間に癒える。


 得手とする機械と光(電気)、力場を操るチャムエルの戦術は思いのほか的確だ。

 だが決定打には欠ける。

 壁を破壊されたときにも思ったが、生みだす魔力が弱いのだ。

 先程の2対の羽根による移動も、マンティコアのように単体の術では飛行できない故の苦肉の策で、浮遊と加速で別の術を行使したのだ。


 だから光と重力の魔術すら、敵の再生能力の前では決定打になり得ない。

 銃弾以上の打撃力を持たない舞奈と同じだ。


 そう思って口元を歪めた刹那――


「――魔弾(ウルズ)

 魔術語(ガルドル)とともに、舞奈とチャムエルの間を縫って稲妻が飛来した。

 そして避ける間もなく豚男を飲みこむ。


 舞奈はニヤリと笑う。


「遅いぞ明日香!」

 背後を見ずに呼びかけ、


「ほら、いただろ? 全裸」

「……鎧着てるわよ?」

「ちぇっ」

 軽口を叩きあう。そして、


「【ミューズ(Society)(Of)探索者(Muse)協会(Seeker)】中部聖堂(ロッジ) 4=7 哲人(フィロソファス)、チャムエルと申します」

「……【掃除屋】安倍明日香よ」

 魔術結社特有の挨拶か、聞きなれぬ名乗りに明日香はぶっきらぼうに答える。

 そして豚男の醜く膨れた四肢と顔を見やって露骨に顔をしかめる。


 奴が手にした得物を見やり、


「なるほど、あれが宝貝(パオペエ)……方天画戟ね」

 ひとりごちる。


 外で鷹乃から事情を聞いていたか。

 つまり、こちらの戦況もお見通しだということだ。


「あの槍が、宝貝(パオペエ)っていう怪異用の魔道具(アーティファクト)よ」

「そいつで復活してるって訳か」

 腑に落ちる舞奈の目前で、豚男は焼けただれた全身を治癒させながら立ち上がる。

 そしてチャムエルに襲いかかった。


 チャムエルは装甲で槍を防ぎつつ、太陽の第3の護符を掲げる。

 すると鎧の輝きが無数の小さな光弾となり、豚男の全身めがけて降り注ぐ。

 祓魔師(エクソシスト)の【輝雨の誘導アンズイール・ドゥ・ブリエ・プリュイ】に似た光の雨。

 即ち【光の魔弾(マジック・ミサイル)】。

 無数のビームは光の弧を描いて誘導し、ぶよぶよと肥えた豚男の四肢を焼く。

 だが豚の身体は焼かれるはなから癒えていく。


 次いで舞奈が撃つ。

 大口径弾(45ACP)は狙い違わず豚男の喉笛を穿つ。

 それでも豚は肩と顎ごとえぐられた首を再生しながら舞奈を突く。


 舞奈は避けつつ、今度は槍の根元を狙って撃つ。

 だが豚男は不自然な挙動で腕を振り、大口径弾(45ACP)は槍の代わりに腕を穿つ。

 千切れかけた腕は、次の瞬間に癒える。


「野郎! 槍をかばってやがる」

 悪態をつく。


 そんな豚に杖を向け、チャムエルは何事かを唱える。

 奉ずるはウリエル。大地と死、そして重力と斥力を操る大天使。


 途端、悲鳴のような異音とともに、豚男の全身が何かに締めあげられた。


 手足ごと締められ芋虫のように転がり蠢く豚男の身体に、無数の亀裂が入る。

 ヤニ色に濁った薄汚い体液が漏れる。

 細く鋭く見えざる何かが、男の全身に巻きついているようだ。


「斥力場のワイヤーか?」

「ふふ、流石は舞奈さん。一瞬で見抜きましたね」

 チャムエルは笑う。


「斥力の鎖で縛めながら切り刻む、我が必殺の【吠え猛る鎖(ハウリング・チェイン)】……あっ」

「切れたじゃねぇか!」

 豚男は力任せに斥力の鎖を引き千切り、飛び起きる。それでも、


「……なるほど、いいことを思いついたわ」

 状況を静観していた明日香が、不敵な笑みを浮かべた。


「奴の気を引いて!」

「オーケー!」

 答えるより速く、明日香はドッグタグをベルトごと放って施術する。


 飛び退った舞奈とチャムエルの前で、凄まじい稲妻の雨が豚男めがけて降り注ぐ。

 即ち【雷嵐(ブリッツ・シュトルム)】。

 だがそれすら、綿密な計算の元に攻撃魔法(エヴォケーション)を振るう明日香にとっては牽制。

 嵐が止んだ後に、焼き豚のように全身がただれた男があらわれる。


「もうちょっとだけつき合ってけよ!」

 舞奈は焼き豚男に肉薄する。

 豚男は額から生えた触角を不気味に揺らしつつ、槍で突く。

 舞奈は槍をのらりくらりと避けつつ、左手にナイフを持ったまま片手で的確に銃弾を撃ち込む。


「そのナイフ、借りるわよ!」

 宣言しつつ明日香は「兵站(フェオ)」と施術を締める。途端、


「うぉ!?」

 左手のナイフが放電した。

 弾頭を――武器を帯電させる付与魔法(エンチャントメント)だ。


「【衝弾ショッキエレンド・ムニツィオン】よ。刃物にかければ、しばらく放電を続けるわ」

「【雷霊武器(サンダーサムライ)】みたいなもんか」

 舞奈が納得する間にも、明日香は錫杖を展開しながら走る。

 火炎放射に使う双徳神杖ツヴァイ・トゥーゲントだ。


「先ほどの魔術を、もう一度お願いします!」

 不敵な笑みを浮かべてチャムエルに要請しつつ、次なる真言を唱え始める。

 奉ずる仏は荼枳尼天(ダーキニー)


 魔力と斥力を司るその御名は、術者の体力を犠牲にすれば口に出さずとも作用する。

 その咒をあえて唱えるということは――


「……ふふ、そういうことですか!」

 明日香の意図に気づき、チャムエルも呪文を唱える。

 その目前に、光り輝く七芒星が出現する。

 即ち【魔道聖印(ベイバロンズ・シール)】。

 以前に舞奈が魔道具(アーティファクト)で使った【ダビデの盾(マゲン・ダーウィーズ)】と同様に魔力を強化する文様の盾。


 同時に明日香も「情報(アンサズ)」と施術を締める。


「こいつも持ってけ!」

 舞奈は豚男に跳びかかり、放電するナイフを喉笛に突き刺す。


「……ッ!?」

 そして素早く跳び退る。


 豚は声にならぬ声で叫びつつ、ナイフを引き抜こうともがく。

 だが喉元から放たれる凄まじい電撃によって全身が痺れ、それどこれではない。


 その目前で、チャムエルの杖から先ほどと同じ不可視の鎖が放たれる。

 先ほどは力及ばず消失した力場の鎖も、七芒星をくぐって強化される。


 同時に明日香の錫杖の先からも、同等の斥力場の鎖が放たれた。

 即ち【鎖力刃ケッテン・クラフト・メッサー】。


 見えぬが鋭い2つの鎖が、身動きできない豚男の全身を締めあげながら切り刻む。


 豚男は完全に身動きを封じられたまま、それでももがく。

 だが方天画戟による耐久力をもってしても、2つの刃の鎖からは逃れられない。

 いわば鋭利な刃鎖による綱引きだ。

 そして宝貝(パオペエ)とやらの魔力が尽きたか、豚男は全身を輪切りにされて散乱した。


 切り刻まれた豚男の断面は、明らかに人間のそれではなかった。

 そして舞奈の目前で、みるみる腐敗して崩れ落ちた。

 喫煙によって人であることを辞め、宝貝(パオペエ)に体組織を作り変えられた脂虫の末路だ。


 同時に当の宝貝(パオペエ)も砕ける。寄生していた怪異が死んだからか。


 チャムエルは護符で斥力場を操り、腐った豚の死骸と宝貝(パオペエ)の残骸を回収する。


 舞奈は臭い破片にまぎれたナイフを嫌そうにつまむ。


 明日香が携帯で何事か合図すると、結界が解除された。


 そこには鷹乃に抱きかかえられた彼女の友人。

 そして、張に抱きかかえられた梓がいた。

 張は店から走って来たらしい。


 やがて2人は目を覚ました。


「あれ……わたし……?」

「あんたたち、熱中症で倒れたんだとさ」

「あれ? 舞奈ちゃん……?」

「泡食った鷹乃ちゃんに呼び出されたんだ。ひとりじゃ病院に運べないってさ」

 何食わぬ顔でフォローする。

 梓はちっちゃな鷹乃を見やり、ふふっと笑う。


「梓、大丈夫アルか?」

「パパ……。心配かけてごめんなさい……」

「気にしないアル。それより病院で検査を受けるアルよ。お友だちも一緒に」

 張に促され、2人と鷹乃は病院に向かった。


 そして、おそらく【機関】の魔道士(メイジ)が接触し、事件についての記憶を封印する。

 諜報部のソォナムか、もうひとりのSランクあたりか。


 襲撃者の正体は魔道具(アーティファクト)で武装した怪異だった。

 怪異に襲撃されたという記憶を、一般人の中でそのままにしておくことはできない。

 十分な備えなしに怪異に関わった人間は、たいてい人生を狂わされて死ぬからだ。

 ……あの正義感溢れ、妹思いだった少年のように。


 タクシーを見送る舞奈たちの前に、ハニエルが園香とチャビーを連れてやってきた。


「マイちゃん、だいじょうぶだった?」

 園香が不安げに声をかける。

 ハニエルから、何かトラブルがあったと聞かされたのだろう。


「ああ、だいじょうぶだ。もう終わった」

 舞奈は園香を安心させるように笑った。


 いちおうは、という言葉は飲みこんだ。


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