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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY
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護衛

 張から双葉あずさの護衛を依頼された翌日、


「……♪ ……♪」

(くっ……明日香の奴……)

 舞奈は音楽室の机につっぷして、血反吐を吐く思いでうなっていた。


 2人用の長机の隣の男子は白目をむいて寝ている。

 他の席も似たような惨状だ。


「おーたーすーけー。ばた」

 徘徊していたみゃー子がふにゃふにゃと床に崩れ落ちる。


 園香は顔を青ざめさせ、チャビーは両手で耳をふさいでもがく。


 つっぷしたまま懐から何か取り出そうとしたテックの手が痙攣し、止まる。

 力が抜けた掌から、ポロリと何かが転がり落ちた。

 耳栓だ。


「……♪ ……♪」

 この惨状の原因は、涼しい顔で歌ってる明日香だ。

 容姿端麗、成績優秀な彼女の、ただ歌だけは周囲に致命的な効果をもたらす。


 舞奈は物理的には無敵で、飛んで来た机だって跳ね返せる。

 だが明日香の歌だけはどうにもできない。まるで悪い魔法だ。


 彼女の歌がこのような惨事を引き起こす理由を、誰も知らない。だが今日も彼女が歌いはじめた途端に窓ガラスはひび割れ、蛍光灯は消え、聴衆は声もなく崩れ落ちた。


 ならば特例を設けて明日香だけ歌わなきゃいいものだと誰もが思う。


 だが、それを痩身巨乳の音楽教師が許さない。

 音楽と生徒を心から愛する彼女は、生徒の歌が致命的に――否、破壊的に下手であったとしても、歌うのを止めさせることなどできないのだ。

 普段は気弱な先生の、そんな想いを知っている生徒たちも強くは言えない。

 地獄への道は善意で舗装されていた。


 4年の頃から状況は同じなので、クラスの皆も少しばかり耐性がついた。

 なので授業の締めに明日香が歌えば、放課中に歩ける程度までは回復できる。


 だからといって、今、教室中を蹂躙する呪歌が平気になるわけじゃない。だから、


(明日香の……奴……)

 舞奈は音楽室の机につっぷしたまま、歯を食いしばって耐えるしかなかった。


 そして、どうにか今日を生き延びて、放課後。


「……ふう、死ぬかと思った」

「悪かったわね」

 ウサギ小屋のウサギに向かって愚痴る舞奈の側で、明日香は口をとがらせる。


 護衛対象の双葉あずさ――張梓との待ち合わせ場所はウサギ小屋の前だ。

 初等部の生徒同士で待ち合わせようというと、ここが一番無難な場所になる。


 蔵乃巣(くらのす)学園初等部の校舎裏にあるウサギ小屋は、四畳半くらいの広さがある金網で囲まれた空間だ。小屋というより屋敷と呼ぶほうが適切に思える。

 屋敷の奥にはすのこ張りの寝室やかじり木が設置され、中央には誰が寄贈したやらつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像が鎮座している。

 そんな小屋の手前には、清潔な餌入れがすえ付けられている。

 そこでは、白毛とグレーの3匹のウサギが平和に葉っぱを食んでいる。だが、


「梓さん、来ないな……」

 そこに梓はいなかった。

 1匹のウサギが真新しい葉っぱから顔を上げ、舞奈を怪訝そうに見やる。


「お前の歌の噂を聞いて、警戒されたんじゃないだろうな」

「なわけないでしょ。6年生なんだから、きっといろいろあるのよ」

「いろいろね……」

 口をとがらせる明日香を見やり、やれやれと肩をすくめ、次いで校舎を見やる。

 そして気配を感じて振り返ると、


「ごめーん、舞奈ちゃん、明日香ちゃん、待ったー?」

 おさげ髪をゆらせながら、梓が手を振り走って来た。

 校舎とは反対側、管理人室の方向だ。


「ほんとにごめんね、ヤギの当番が長引いちゃって」

 梓は茶目っ気のある表情で詫びる。

 不思議とどんなことでも許してしまいたくなるような、自然な笑みだ。


「係の仕事、ちゃんとやってるんだな」

「うん。学校のことはちゃんとやるってパパや先生との約束だし。それに、お仕事のこと学校には内緒にしてもらってるのに、係の仕事を免除されてたらバレバレでしょ?」

「ま、確かにな」

 舞奈も笑う。


 ウサギ小屋の掃除や餌やりは、4年生と5年生が持ち回りですることになっている。

 6年生は、少し離れたところにあるヤギの世話だ。


 彼女は別に、明日香の歌に恐れをなしたわけではなかった。

 自分の仕事をやっていたのだ。

 凶暴なヤギの世話は、パッと見の印象上に重労働らしい。

 そんな難事を笑顔で片づけてきた彼女に6年生の貫禄を感じていると、


「デート楽しんで来いよー」

「はーい!」

 遠くからいつもの片割れが手を振ってきた。

 梓も手を振り返す。

 別に鷹乃が相手じゃなくても、彼女らはいつもこんな感じらしい。


 この友人は梓の秘密を知っているのか、いないのか。


 梓はアイドル活動のことは一部の教員以外には秘密だと言っていた。


 鷹乃には明日香が探りを入れてみたところ、知らないようだ。

 話題に出した途端、おっぱい教に入信したかと親身になられたらしい。

 奴にとって2人の友人は胸だけの存在なのか?

 いろいろな意味で心配になった。


「それじゃ、デートに行こうか」

 そんな詮索を誤魔化すように、軽薄な口調で呼びかける。

 まあ、胸が気になるのは否定できない。


 なので明日香のジト目から逃れるように、2人を連れてウサギ小屋を後にした。


 校門でクレアから得物を受け取る。

 そして向かう先は繁華街だ。

 今日はそこにあるライブハウスで、双葉あずさのライブがあるらしい。


「――でね、そのヤギが、怒るととてつもなく凶暴で……」

「……そんなものを世話させられてるのか」

「来年はわたしたちがやるのよ」

「おまえもな。まあ、腕がなるっちゃあなるが」

「ヤギの世話をするのよ。やっつけるんじゃなくて」

「あはは、舞奈ちゃんは元気だなー」

 そんな話をしながら街を歩く。


 人通りが多い場所というのは狙われている身からすれば安心だ。

 だが護衛からすれば一概にはそうとも言えない。

 相手が襲撃を強行した場合、無関係な通行人が巻き添えになる恐れがあるからだ。

 それに周囲の空気の流れを読む鋭敏な感覚も、人ごみにまぎれられると効果が薄い。

 だから明日香と2人して普段以上に周囲に目を配らせつつ、


「あ、ここだよ」

 何事もなく目的地へと到着した。


「へぇ、ここが……」

 目前にそびえる打ちっぱなしコンクリートのビルは、想像していたより少し大きい。

 規模からすると幾分こじんまりとしたドアの上には、スタイリッシュな看板。

 黒地に銀文字で描かれた店名は『Joker』。


「こんにちはー」

 梓はドアの左右に直立不動した守衛に挨拶する。

 顔見知りらしい。

 守衛も梓と連れの2人に会釈して、


「あっ。これは明日香様」

「私用ですので、お気遣いなく」

 明日香に気づいて深々と頭を下げる。

 例によって明日香の会社のガードマンらしい。

 視察だと思われたようだ。


「……気にしないでください」

 不審げに見やる梓を明日香が促し、3人は中へと入った。


 大人っぽい雰囲気作りのためか照明は控えめだ。

 だが視界が悪いというほどでもない。

 出入り口が限られていることもあって、警備は容易だと思う。


 店内の壁はシックで落ち着いたレンガ張り。

 そこに据えつけられた棚に、楽器をモチーフにした趣味の良い調度品が並んでいる。

 高い天井には、ノスタルジックな天井プロペラが回る。

 薄暗がりに目が慣れるにつれ、装飾の数々がぼんやり見えてくるのが心地よい。

 店の隅にはカウンターが設置されていて、飲みながら歌を聞くこともできるらしい。

 そんな風に店内を見回していると、


「あら、梓ちゃん。いらっしゃい」

「オーナーさん、こんにちは」

 妙齢の女性が出迎えた。

 舞奈と明日香も会釈する。


 彼女がこの店の支配人だという梓の言葉には納得だ。

 背が高く、痩身なのだが立ち振る舞いのせいか男勝りに堂々として見える。

 フィクサーとは違った意味で、大人の女性という形容が相応しい人物だ。

 シックでシンプルな黒のドレスも、店の雰囲気にマッチしていて彼女と店の両方の魅力を引き立てている。調度品を選んだのも彼女だろう。


「梓ちゃんが歌うときは、普段とは違う層の客が増えるさね」

「いつもすいません」

「あはは、その方が面白いさ」

 そんな2人のやり取りに、舞奈は思わず客に注視する。

 確かにライブハウスという客層と違った感じの……


「……やれやれ、水も漏らさぬ警備じゃないか」

 見知った集団がいた。

 諜報部の執行人(エージェント)たちだ。

 相も変わらず不格好で野暮ったく、特徴的な顔立ちなのに特に気にならない。

 そういえば、彼らもあずさの熱狂的なファンだった。

 コンサートに来ていても不思議ではない。


 ちなみに他の客も、みんな彼らと似た微妙に野暮ったい若い男が大半だ。

 あと親子連れが少し。


 そんな面子を見やって苦笑する舞奈に、執行人(エージェント)のひとりが気づいたらしい。


「やあ、舞奈殿と明日香殿ではござらぬか。奇遇でござるなあ」

 手を振りながら、皆でぞろぞろやってきた。

 オーナーは気を利かせて場所を譲る。


「そちらはお友だちですかな?」

 梓が身を硬くする気配。

 正体がばれるやもと思ったか。


「(問題ありません。こちらで対処します)」

 明日香に言われて落ち着く。

 その台詞がファンがアイドルに言う台詞かどうかはともかくとして、


「あたしの友達は人見知りなんだから、脅かさないでくれ。また通報されるぞ」

「これは失礼したでござる」

 舞奈は何食わぬ顔で高校生たちを相手し、少年たちも笑う。


「それにしても、舞奈殿は会うたびに別の女の子を連れてるでござるなあ」

「おい、人聞きの悪いこと言わんでくれ」

 明日香がジト目で睨んでいた。

 だが少年たちは気にせず、


「でも舞奈殿のクラスメートくらいが、本来の双葉あずさの客層なのでござろうなあ」

 したり顔で納得する。


「そうそう、あの――」

 別の少年が語り始める。


 そうやって、ひとしきり双葉あずさを褒め称えると、彼らは別の知人の所に行った。


「……知り合いがスマン」

「ううん。高校生の友達がいるなんて、舞奈ちゃんたちはすごいなー」

 梓は少し笑っていた。

 今のもいちおう、ファンの声を生で聞けたことになる。


「それじゃあ、わたしは楽屋で着替えるんだけど……来る?」

「来るー」

 ごろごろとお胸に甘えようとする舞奈と肩をすくめる明日香を連れ、梓はそっと従業員用のドアをくぐった。


 そして3人は廊下を歩く。


「梓さんはいつもこの店で歌ってるの?」

「うん。ここらへんじゃ一番大きいところだし」

「そっかー」

 舞奈は梓に問いかけつつ、楽屋へと続く通路の形を頭に叩きこむ。


 関係者用の廊下は、イメージ重視の店内と違って照明も普通に明るい。

 だがシックで手ぬかりのない雰囲気作りだけは変わっていないように思える。


 あの妙齢のオーナーにとっては、出演者すら自分が満足させるべき客なのかもな。

 舞奈はふと、そんなことを思った。


「じゃ、着替えてくるから待っててね」

「はーい」

 梓は室内で待っていた女性スタイリストと共に、楽屋へと消えた。

 他の気配はない。

 幸いにも、この時間に楽屋を使うのは梓たちだけのようだ。


 だからなんとなく、舞奈と明日香は表にいた守衛みたいにドアの左右に陣取る。


「……楽しそうじゃない」

「嫌そうに仕事しても仕方ないだろう」

 ボソリとこぼした明日香に答え、装飾を施された天井を見やる。


「……それらしい奴はいたか?」

「まさか。まだ初日よ?」

「ま、そりゃそっか」

 わかりきった会話が長続きする訳でもなく、どちらともなく押し黙る。

 中の物音を聞き逃したくないという思惑もなくはない。


 なので、しばらく2人してそうしていた。そして、


「おまたせ!」

 ドアが開いて出てきたのは、


「ヒュー! ほんとうに双葉あずさになってる」

 いつぞや見た携帯の待ち受けやポスターに映っていたのと同じアイドルだった。

 ドレスを着こんで髪をほどき、眼鏡を外すと別人だ。


「誰だと思ってたのよ」

 言って梓は――否、双葉あずさは苦笑して、


「そろそろ出番だから、客席の方で見てってよ」

 アイドルの顔と声でそう言った。


「パパが舞奈ちゃんたちのために、いちばん前の席をとっておいて……あっ」

 客席の一覧らしきものを見やったあずさは、アイドルらしからぬ声をあげた。


「どうした?」

「いちばん前には違いないけど、端と端じゃない」

 あずさは頬を膨らませる。


「パパったら、肝心なところでツメが甘いんだから」

「あたしは構わないよ。別に、ここにこいつの顔を見に来たわけじゃないし」

 その台詞に明日香が睨む。

 だが舞奈は笑う。


 張の仕事は細部まで完璧だ。

 2人を最前列の端と端に割り振ったのは、広いステージの両端を警護させるためだ。

 Sランクの身体能力を誇る舞奈はもとより、明日香も斥力場を操る術に熟達した今なら人前で暴徒を叩きのめすのも容易い。


 そんなこんなで、舞奈と明日香は割り当てられた客席に座った。


 やがて前側には主催者の気配りか親子連れが並んだ。

 後ろには微妙な容姿の大きなお友だちが連なる。

 そんな異様な客層ながらも席は埋まり、会場を熱気が満たす。


 そんな中、司会者の挨拶に続いてステージの袖からあずさがあらわれた。


 舞奈は周囲を警戒する。

 だがステージに駆け寄ろうとする不審者はいない。

 客席の合間から害を成そうとする気配も感じられない。

 そんな考えなど馬鹿らしいと思えるほど、子供も大人も双葉あずさに熱狂していた。


 やがて聞き覚えのある音楽が流れ始め、あずさが歌い始めた。


――ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪

――にゃんにゃん♪ ごろごろ♪ ごろにゃんこ~♪


 みゃー子が歌っていたのと子供番組と、舞奈がすっかり聞きなれてしまったフレーズを、双葉あずさのやわらかい声が紡ぐ。

 年相応に愛らしく、なのに母親が子供をあやすように優しい声。

 執行人(エージェント)たちが陶酔するのも納得できる可愛らしさだ。


――あ~さだおはよう♪ おきにゃんこ♪

――まえ足ペロペロ♪ みづくろい♪


――マ~マといっしょに♪ あさごはん♪

――ミルクをペロペロ♪ うまにゃんこ♪

――ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪

――にゃんにゃん♪ ごろごろ♪ ごろにゃんこ~♪


 耳に残りやすいフレーズだからか、前列の子供たちがつられて歌いだす。

 あずさはステージから、そんな子供たちを見返して笑う。

 そんな様を、後列の大友がにこやかに見守る。


 大人と、子供と、あずさが、歌を通して絆を形作っていた。


――おひるはなかまと♪ むれにゃんこ♪

――じゃれっこ♪ かけっこ♪ おにごっこ♪

――しろねこ♪ くろねこ♪ みけねこも♪

――み~んななかよく♪ ともにゃんこ♪


――ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪

――にゃんにゃん♪ ごろごろ♪ ごろにゃんこ~♪


――あそびつかれたら♪ ひとやすみ♪

――まんまるになって♪ おひるねよ♪

――きじとら♪ さばとら♪ はちわれも♪

――マ~マをかこんで♪ すやすやよ♪


――ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪

――にゃんにゃん♪ ごろごろ♪ ごろにゃんこ~♪


 子供向けの歌詞を奏でるやさしい声、やさしい歌に声をあわせて感化する会場の空気を感じながら、舞奈は昔を思い出していた。

 美佳と一樹が側にいた、あの頃。

 二度と戻れないその時間を、今こうして思い出すのは何故だか嫌じゃなかった。


――よ~るはおうちで♪ ばんごはん♪

――おいしいおさかな♪ たべにゃんこ♪

――いっぱいたべたら~♪ ねむねむよ~♪

――マ~マといっしょに~~♪ ねるにゃんこ~~♪


――ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪

――にゃんにゃん♪ ごろごろ♪ またあした~♪


 舞奈がもう少し聞いていたいと思い始めた頃に、曲は終わった。


 そして歓声と熱狂に答えるように、次の曲が始まる。


 そうやって、双葉あずさのコンサートは盛況のまま幕を閉じた。


 会場を揺らすような拍手に送られながら、あずさは舞台を後にした。

 結局、待ち構えていた襲撃はなかった。


 舞奈も明日香と合流して控室に向かう。

 コンサートは無事に終わったが、舞奈たちの仕事は梓が無事に会場を出るまでだ。

 その後は父親である張が迎えに来るらしい。


 なので舞奈たちは、先ほど覚えた道をたどって廊下を進む。

 流石は安倍の警備だ。事前に話が通してあるらしい舞奈たちを除き、熱狂的なファンも舞台裏には入ってこないのは、こういう場合には幸いだ。

 そして双葉あずさの後姿はすぐに見つかった。


「信託先の件は……」

「大丈夫ですってば。きっと、それも気のせいですよ」

 あずさはオーナーと不可解なやり取りをしつつ、楽屋に入っていった。

 後に残された妙齢のオーナーは、ため息をついた。


「何か問題でも?」

「……!? 君たちは梓の……。ごめんなさい、何でもないの」

 明日香が何食わぬ顔で問いかけるが、オーナーは言いつくろって無理矢理に笑う。

 内輪の事情だろうか。

 それでも明日香は微笑みながら、


「警備上の問題であれば、こちらで何とかできるかもしれません」

 何かのカードを提示した。【機関】の銃器携帯/発砲許可証シューティング・ライセンスに似ている。

 それを見やった途端、


「あんた、安倍の……!?」

 オーナーは目を見開く。

 それは民間警備会社(PMSC)【安倍総合警備保障】の社長令嬢としての明日香の立場を示すものらしい。


 なるほど張からは、梓には護衛の意図を知られぬようにと依頼を受けている。

 だから梓の警護のためという理由で情報提供を求めることはできない。


 だがファンのひとりが『たまたま』お抱えの警備会社の関係者だった場合は別だ。

 ファンがアイドルの危険を捨て置けないのも道理だし、警備に金を払っているオーナーにも相談を渋る理由もない。だから、


「最近の小学生ってのは、大したもんだねえ」

 言って安堵の笑みを浮かべながら、語りだす。


「お嬢ちゃん、著作権ってのを知ってるかい?」

「著作者以外が、音楽や著作物を勝手に使えない権利ですよね?」

「ああ。そしてそれを管理してるのが著作権管理団体さ。たとえば梓の曲を団体に信託すると、そいつらが梓の曲を使って商売してる奴らから集金して、還元してくれる」

「……あ、曲の著作者も梓さんなんですね」

「そうさ。梓が作った曲だからね」

 そう言ってオーナーは笑う。

 梓個人の事情に詳しいし、マネージャーを兼ねているのかもしれない。


「そりゃご機嫌じゃないか」

 2人の会話に、舞奈は笑う。


 楽しい曲を作って楽しませた奴が、相応しい報酬をもらうのは当然のことだと思う。

 舞奈だって、楽しい思いをさせてくれる園香やチャビーを身を挺して守っている。

 それが舞奈の恩返しだ。


「で、国内には大手の音楽著作権管理団体が2つあるんだ」

 オーナーは言葉を続ける。


「ひとつは【親亜音楽著作権協会(KASC)】。最大手なんだが良い噂を聞かなくてね」

「どういうことだ?」

「そうだね……。集金した額と、著作者の手元に入る額に差がありすぎる、とかね」

「なんだそりゃ」

 説明に、舞奈は口元をへの字に曲げる。

 つまりそのカスという奴らは、他人が創って歌って得るはずの金をネコババしているということだろうか?


「だから梓は別の団体に信託してるのさ」

 オーナーは舞奈の表情を見ながら言葉を続ける。


「振興の【音楽芸術保証協会(SOMAS)】。こっちは収支も明朗で、預ける方も歌う方もやりやすい。しかも、ここみたいに著作者の音楽活動に貢献してる場所には補助まで出る。表の警備だってそのおかげさ。こっちは逆に団体の経営ができてるのか心配なくらいだよ」

 そういって、言ってオーナーは笑みを浮かべる。

 舞奈も笑う。

 それなら、そっちに曲を預けた方が絶対にいい。


 だがオーナーは「けどね」と顔を曇らせ、


「最近、KASCから信託先を自分の所に移すよう要請されてるのさ。しつこくね」

「……なんだそりゃ」

 舞奈は口元を歪める。


 同時に、それを今、警備上の問題としてこの場で話す意味を訝しんだ。だが、


「そいつを断り続けるうちに、梓の所に謂れのない中傷の手紙や脅迫文が届くようになった。そして今回の騒ぎさ」

 オーナーから語られた事実に、口元を歪めた。


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